2008年12月10日

新鎌ヶ谷駅G

さて今度は新鎌ヶ谷駅の東口について紹介しよう。
いわずともがな、新鎌ヶ谷駅東口には2つの駅前広場がある。
新鎌ヶ谷駅8
東口を出ると目の前に見えるのがアクロスモールという商業施設で、
一つ目の駅前広場は新鎌通りとそのアクロスモールを前に広がっている。
交流空間機能が北総線高架寄りに位置し、
ききょうの木が植え込まれていたりするのだけれど、
某市議会議員さんが9月の定例会で一般質問に取り上げたように
ポイ捨ての目立つ空間だ。

これが東武鎌ヶ谷駅との大きな違いで、
KAOの会や町内会の人の尽力も大きいのは言うまでもなく、
非常に小奇麗な東武鎌ヶ谷駅前の広場に対して、
シルバー人材センターの方をはじめとした人たちも
清掃活動などを新鎌ヶ谷駅周辺で行っているのにも関わらず、
それ以上にポイ捨てがなされているというのが現状。

タクシープールを備えたロータリーを有して
ここから路線バスやコミュニティバス、秋元病院に東邦鎌谷病院の送迎バスが
発着している。
新鎌ヶ谷駅7
新鎌通りから駅前広場をパチリ。
北総線のC−フライヤーがさりげなく僕のブログに初登場。

出ている路線バスは千葉レインボーバスの鎌ヶ谷線、西白井線。
ともに白井駅や白井工業団地へ向かう路線。
前者は鎌ヶ谷市役所を始発に高柳駅や下総工業地帯を経由していくのに対し、
西白井線は新鎌ヶ谷駅を始発にしてベリーフィールドを経由する。
ともに西白井駅は経由しない。

加えて船橋新京成バスの鎌ヶ谷総合病院〜新鎌ヶ谷駅〜鎌ヶ谷大仏という路線が
07年から開業している。
ファイターズタウンでのイースタンリーグ開催時は
シャトルバスも発着する。ただし土日祝日のみ。

そして市内の主要駅ということもあって
コミュニティバスききょう号が全便このバス停を通るルートになっている。
東武鎌ヶ谷駅や鎌ヶ谷市役所と並んで乗換えができるバス停。
乗り換え時に運転手さんに申告すれば通しの料金100円で乗車できる。
路線設定はくぬぎ山地区を経由し中沢地区を循環し東武鎌ヶ谷駅を目指す路線と
北部公民館や粟野コミュニティーセンターを経由する市役所への循環線、
さわやかプラザ軽井沢行、最後に鎌ヶ谷駅やトレーニングセンターを経由する鎌ヶ谷大仏行が
ある。
新鎌ヶ谷駅11
さらに今年4月からは白井市のコミュニティバスナッシー号もやってくる。
こちらがバス停。イラストは「なし坊」。ちなみに彼には家族がいる。
白井の湯(工業団地)や西白井駅を経由する循環ルートの途中駅。
白井市役所を拠点にしたバスで1乗車150円。
なお、さわやかプラザ軽井沢にもナッシー号は乗り入れるのだけれど、
こちらは別路線。器用に乗り継ぐ必要がある。

とまあ一つ目の駅前広場を紹介したところで2つめの駅前広場に向かおう。
こちらは鎌ヶ谷ショッピングセンターの向かいに位置する。
新鎌通りを歩いて新京成の踏切を渡ったところだ。
新鎌ヶ谷駅12
新京成の高架がだいぶつながってきてしまってるんだよねぇ。
写真は新鎌ヶ谷1号踏切。
新鎌ヶ谷駅9
やってきた2つめの駅前広場がこちら。
ここを通っていくと東口からでも
歩行者は奥に見える鎌ヶ谷総合病院まで歩いていくことができる。
こちらも時計がシンボルかな。
仲間由紀恵さんのジョージアのCMに使われた駅前広場。
当時は脚光浴びたらしいけれど、覚えているかな?
交通機能を中心において周辺部に交流機能をもたせた構造になっている。
ロータリーは主に秀明大学や東京学館船橋高校など学校の送迎バスや
企業の送迎バスが出入りする。タクシーはほとんど来ない。
ききょう号はこちらにもバス停がある。
イベントに使われる余地を大きく残しているのはこちらの広場。
新鎌ヶ谷駅10
広場から新鎌通りと鎌ヶ谷ショッピングセンターを撮影。
東横インの建設も進み、マンションもなお作られていく地域だ。
それだけに新京成の立体交差事業の兼ね合いで、
道路事情が微妙に変わっていたりもする。
先ほどの新鎌ヶ谷1号踏切もそうだけれども
新鎌ヶ谷駅13
鎌ヶ谷総合病院前の踏切は少し北初富駅側に移った。
写真のものは元の踏切。
同じように道を歩いていても実は「元からあった道」ではなかったり、
新しい道ができることで以前歩いた道の記憶が人々から
次第に薄れていくのも確かなのかもしれない。
そんなの覚えていたって1円の得にもならないけれど、
それって哀しくないですか?
posted by 小林 慶太 at 22:32| 千葉 | Comment(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

新鎌ヶ谷駅F

今度は新鎌ヶ谷駅について改めて紹介する。
新鎌ヶ谷駅11
91年3月の北総線の二期線開通時に開業した駅。
鎌ヶ谷市初富で「林跡」という字(あざ)に所在していた。
島式ホーム1面と留置線をもつ高架駅で県道8号(現国道464号)に面して
暫定広場を有し、東口と西口からなる構造だった。
当時は西口高架下は市役所が北総開発鉄道から借り受ける、という
カタチで無料駐輪場となっていた。

当時からこの駅は新京成や東武野田線と交差する地点に位置しており、
92年に7月に新京成も対向式ホームを設置し、
これに伴い北総線と新京成の乗り入れが解消された。
京成津田沼からの鎌ヶ谷大仏行が廃止されたのもこの時期にあたる。
そして99年に東武野田線新鎌ヶ谷駅が開業。こちらも対向式ホーム。
エレベーターやエスカレーターを持っている駅だ。

同時に新鎌ヶ谷地区の土地区画整備事業が徐々に行われ、
2000年代に入り、その全貌が徐々に目の前に現れつつある。
そして新京成の立体交差事業も並行して着手され、
新京成は現在の島式ホームへと移行。
将来は高架駅へと変わる。現在はエレベーターを有している構造。
新鎌ヶ谷地区の街ひらきが04年に本格的にはじまり、
鎌ヶ谷ショッピングセンターがオープン。
続いて06年にはアクロスモールもオープン。
東口に面する道路は「新鎌通り」と呼ばれ、
現在は東横インのホテルが建設中になっているほか、
周辺は鎌ヶ谷総合病院が開業し、多くのマンションが建設されている。
加えて市では「新鎌ヶ谷」という住居表示の使用を開始し、
この新鎌ヶ谷駅も鎌ヶ谷市新鎌ヶ谷に所在する駅になった。
これによって鎌ヶ谷市初富に所在する駅はなくなってしまった。
初富駅は「中央」にあり、北初富駅は「北中沢」にあるのだ。

長らく東西に駅出入口を持つスタイルで、
04年からは東口に駅前広場を2つ有する構造だったのが
07年には北口が開設され、東口と西口が直結される構造になり、同時に西口が閉鎖。
東武野田線の駅舎を通り抜けて北口から東口へ歩くことができるようになった。
そしてこの頃に北総線は島式ホームを
成田新高速開業に備えて2面有する構造に変わり、
エスカレーターのみだった設備にエレベーターが加わった。

初富駅と並んで僕のブログによく出てくる駅だよね。
新鎌ヶ谷駅1
まずはこちら北口から紹介していこう。
右に見える高架線が北総線の新鎌ヶ谷駅で、
正面にそびえるマンションが新鎌ヒルズ。
それに挟まれてへこんでいる部分が東武野田線の新鎌ヶ谷駅。
新京成の新鎌ヶ谷駅は北総線と改札が一緒になっていて、
管理運営も北総鉄道が受け持っている。
新鎌ヶ谷2
こちらは先ほど紹介した東武野田線新鎌ヶ谷駅から北口方面を撮影。
駅前広場はなく新鎌ヒルズの玄関ともいうべきところに
ポケットパークがあり、
少し先へ進んだところに京成グループが管轄している駐車場と駐輪場がある。

新鎌ヶ谷駅3
北総線と新京成の新鎌ヶ谷駅北口がここ。
連絡通路がありAMPMがテナントとして入っている。
新鎌ヶ谷駅4
東武野田線の駅入口の前。
よく見ると右の壁に広告板があるんだけれどもわかるかな?

これが市役所の「自由通路広告板」で広告主を募るものの
他の鉄道会社との兼ね合いなどもあって、
価格面などからなかなか埋まらないのが現状。

12月の定例会でこの広告スペースを細分化したり契約期間の短縮などで
広告費を下げることを検討することになっている。
今のところファイターズのポスターが貼ってあるけど、
実はこれも教育委員会の主導によるもの。
改札は左に位置している。
新鎌ヶ谷駅5
閉鎖された西口跡は現在このようになっている。
新鎌ヶ谷駅6
そして北口の駐車場。
この近くに初富保健病院の送迎バス乗り場がある。
北口は商業施設もないこともあるので
人通りは決して多いとはいえない。

ここで乗降人数について触れておく。統計かまがやによると
北総線は06年で年間385万人の乗車と375万4000人の降車。
新京成は06年で年間477万7000人の乗車と416万7000人の降車。
野田線は06年で年間524万1000人の乗車と491万5000人の降車となっている。
一日平均で北総線は10547人の乗車、10284人の降車。 
     新京成は13087人の乗車、11416人の降車。
     野田線は14358人の乗車、13465人の降車。
年間でそれぞれ10万人ずつ乗車、降車が増加している一方で、
北初富駅、初富駅、鎌ヶ谷駅、六実駅は停滞もしくは減少傾向。
同時にそれはその各駅の商圏の衰退傾向を物語るものだと思われる。

鎌ヶ谷市のほか白井市の人たちも生活圏とする駅で、
それはナッシー号が乗り入れたりバス路線が
設定されていることからも伺える。
特にこれには北総線の運賃が関係している。

北総線の運賃と送迎バスの関係も大きく、
八千代市に所在する秀明大学や船橋市の東京学館船橋高校の送迎バスが
この新鎌ヶ谷駅まで学生の送迎を担うのは、
定期代における北総線の運賃負担分を解消している側面が
学生集客のための利便性提供よりも濃いのだと
自分は考えるけれど、実際はどうだろう?

次回は東口の駅前広場を語る。 
忘れちゃいけないけど、新鎌ヶ谷駅は北総鉄道本社の最寄り駅だ。


posted by 小林 慶太 at 19:06| 千葉 ☀| Comment(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月09日

鎌ヶ谷駅C

引き続き東武野田線鎌ヶ谷駅を紹介する。
今回は西口。
東武鎌ヶ谷駅7
駅を出るとみずほ銀行とサンクスがあり、
ペアーロード梨の木通りのアーチがお出迎え。
なおバスはこちらからは設定がない。
東武鎌ヶ谷駅6
現段階では駅前広場をもってはいないのだけれども、
すでにATM(歩いて楽しい道づくり)鎌ヶ谷では
その整備構想を持っており、
東口と対極をなすように従来の街並みを維持していた
西口も徐々に変わりつつある。
駅を出て左を振り向くと、ほら。タクシーがひかえている。
東武鎌ヶ谷駅8
昨年、交番が精工舎通りの馬場菓子舗近くからこちらに移転した。
そして現在は歩行者だけが通りぬけができるのだけれども、
西口駅前広場のロータリーとしての機能も徐々にできつつある。

ペアーロードはこんなところ。西口を出て左を向いてパチリ。
東武鎌ヶ谷駅9
「たまて箱」というボックスショップがある。
空店舗対策として設けられたもので
東武鎌ヶ谷駅前商店街振興組合が管理などを行っている。
イースタンリーグの試合結果などが時々お店の前に掲示されていたりする。
ファイターズの選手も見かけるらしい。未だに僕は見かけないけど。
東武鎌ヶ谷駅10
こんどは右を向いてパチリ。
2つの写真で気がつくかわからないけれど、
電線の多さって気にならないかな?これも地中化が計画されているのだ。

東武鎌ヶ谷駅西口近辺は前回(2年前)紹介した時と大きく変わった点がある。
それが東武野田線高架下を自動車でペアーロード梨の木通りと
東口駅前広場を直結させて伸びる都市計画道路3・4・4号線と
これから現在西口にある交番がもとにあった場所まで通じる道路である
都市計画道路3・4・17号が開通したことが挙げられる。
これとともに船橋新京成バスがパークサイド循環線の路線を設定。
非常にペアーロード梨の木通りは商店街が形成されているにも関わらず
精工舎通りとの往来をする自動車が多く、歩行者にとっては危険この上ない状況が
新たな道路の開通によって解消することができた。

これだけを語ると素晴らしいことだと思うかもしれないけれど、実際は違う。
確かに自動車が円滑に通れる道路ができ、ペアーロードは歩きやすくなった。
にもかかわらず、ペアーロードに賑わいがもたらされることはなかった。
むしろ自動車の往来がなくなったことによって
なおさらその道路の閑散さが印象に残るものになってしまった感も拭えない。

「駅前」を巡る商店の置かれている状況を認めざるを得ない事態だ。
だってこれまでは商店街が衰退へ向かっているのは
自動車の交通量が多く、歩道も狭いから、
買い物に出歩くのに不便だから、という回答が
利用者や商店側からでも考えられたものの、
実際にそれが解消されたにも関わらず、
その衰退に歯止めがかからないというのは
根本的に利便性追求が商店街の活性化につながらないことを
証明してしまったということになるし、
その不便さをお互いに言い訳にしていたものの、
それがなくなってしまったので、
どうにもならない苦境下は認めざるを得ない。

この2年の間に個人経営の魚屋さんが閉店している。
経営されている方が体調を崩された事が発端だけれども、
こういう事態に対して何ら手を差し伸べることができない事態は
より一層資本体力のあるところとそうでないところの差を
歴然とさせるものになっていることを物語っていると思う。

何より怖いのはその資本体力のあるところが
弱いところの受け皿に何らなりえないところと
自治体における社会的救済が何もないままに、
資本力のあるところの新規出店などを受け入れているところ。

強いところは極限まで営業時間を延ばす一方で、
個人商店などは売り上げや個人の体力などもあって、
徐々に営業時間は縮小傾向が進む。
そういうのを何ら憚ることなく淘汰していくことが
看過されていく現実。
そして何らこの事態に対して何もしないのかできないのか
無能な中年である自分。

こういうのも自分がこの街で生きてる上で抱えている悩み。

確かに街並みが整備されて通りやすくなった、
それというのは新鎌ヶ谷駅ができて、
東武鎌ヶ谷駅と新京成初富駅の不便な乗換えが解消され、
歩く人が少なくなり、
線路沿いの商店が軒並み苦戦を強いられる結果に至ったのと
よく似ている。

そろそろ気付きません!?
利便性が全てに幸せをもたらすものではないことを。

なお精工舎通りの由来となった「精工舎」は現在この街に既にない。
代わりにできたパークサイド鎌ヶ谷というマンションは
必ずしも鎌ヶ谷駅西口の受け皿となりえない現実。
自動車などを利用する人が多く、
鎌ヶ谷駅西口へ人が流れていくとは限らない。

ビックコバヤシ、フジマート、元気新鮮館、アントレと
相次いでテナントの入った店舗は未だ空き店舗のまま。

歩行者の安全が確保され、美しい景観が出来上がりつつある中で
賑わいあふれる空間は果たして創出されるのだろうか?
もちろん年1回の夏祭りと「よさこい」の時だけじゃない。
それを継続的にしていかなければならないのだ。

徐々に答に追い詰められていく。それがこの街の姿だったりする。
posted by 小林 慶太 at 23:05| 千葉 ☔| Comment(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

鎌ヶ谷駅B

最近2話更新の次の日は何らかの事情で更新できないという
ジンクスがあったけれども、これを跳ね除けて今日は鎌ヶ谷駅を紹介しよう。
東武野田線の駅で、新京成の初富駅と並んで市のほぼ中央部にあり、
うちの市の「玄関」ともいうべき駅だった。

いきなり過去形というのは、
新鎌ヶ谷駅に北総線、新京成、東武野田線が直結してから、
その玄関としての広域交流拠点機能は移しつつ事が挙げられる。
未だに機能している駅だ。

一般的に市内における「中心市街地」とは
新鎌ヶ谷駅〜初富駅〜鎌ヶ谷駅という東武野田線を軸にした地域を指す。

そして前話でも触れたけれども、
地元の人は東武野田線の「鎌ヶ谷駅」を「鎌ヶ谷駅」とは言わない。
一般的に「東武鎌ヶ谷駅」とか「トウカマ=東鎌」という。
パークサイド循環線のバスもここに「鎌ヶ谷」のバス停がある兼ね合いから
始発となるバス停は「東武鎌ヶ谷駅」ということになってる。
鎌ヶ谷バス停
だからこのバス停は鎌ヶ谷駅のものではない。
東武野田線鎌ヶ谷駅は鎌ヶ谷市道野辺中央に所在している。
鎌ヶ谷大仏駅は鎌ヶ谷市鎌ヶ谷に所在している。
こういう兼ね合いから「鎌ヶ谷」という地名は
一般的に後者を指すこともあるので限定の意味合いを濃くして
「東武鎌ヶ谷駅」というのだ。
東武鎌ヶ谷駅1
まずは東口を中心に紹介していく。
鎌ヶ谷駅は東西に出入口を持った高架駅で対向式ホーム。
エレベーターとエスカレーターを兼ね揃えたバリアフリー対応。
改札向かいに東武ストアなどが入っている。24時間営業。
東西は通り抜けができる。自転車は降りて通ること!!
いちいち迂回していたところをさっと通れる便利さを得た半面、
すずらん通りはかつてほど人の往来がなく、
もっぱら自動車の通り道と化してしまった気もしないでもない。
便利さが全てではないような気がする。

タクシー乗り場は西口、東口ともにあるものの、
整備されたタクシープールを持ったロータリーは東口にしかない。
駅前広場は05年に駅前土地活用グランプリを受賞したことのある広場。
この東口からバスが出ている。
船橋新京成バスのパークサイド循環線と
試合開催日のみ運行されるファイターズタウン行シャトルバス、
そしてコミュニティバスききょう号だ。

ききょう号は船橋新京成バス委託のものと鎌ヶ谷観光バス委託のものが
乗り入れてくる。
前者は鎌ヶ谷大仏駅から東初富や右京塚神社の近くを通って、
東武学習センターや南鎌ヶ谷、トレーニングセンターを経由して
この鎌ヶ谷駅にやってきて、以後県道8号を走り、市役所へと向かう便。
後者は非常に小型のバスで市役所から第三中学校を通り、くぬぎ山へと
寄り道をして北中沢地区を通ってこの駅にやってきた後、
グリーンハイツやファイターズタウンを回り再び鎌ヶ谷駅にやってくる便がある。

鎌ヶ谷駅は新鎌ヶ谷駅と市役所とともにききょう号の乗換えができるバス停で
運転手さんに乗り継いできた旨を告げると通しの料金(100円)で
乗ることができる。

オフシーズン、ファイターズタウンに市内からバスで向かうにはききょう号を使うしかない。
土日は運転されないので注意。

そして弥生の里聖地霊園や秋元医院の送迎バスもやってくる。

一年の乗降客数は統計かまがやに寄ると
乗車が06年で410万8000人、降車が419万5000人ある。
一日平均で算出すると11254人の乗車と11493人の降車。

東武鎌ヶ谷駅4
こちらが東口タクシー乗り場。
改札に極力近いところに設けられているのがよくわかると思う。
こういう設計もKAOの会と市役所が話し合いながら行い、作り上げてきた。
東武鎌ヶ谷駅2
駅前広場における「交流機能」を持たせた部分がこちら。
12月23日にはクリスマス会を開催するなど、イベントが行われる場所にあたる。

ちょっとマンションに囲まれて寒いけど。
この広場と道路を隔てるところにクリスマスツリーが何本か並んでいて、
こういう企画もKAOの会の方々が主催したり尽力して、
地域の人たちに呼びかけ行っている。
ちなみにたまに熊もやってくる。あの愛嬌のある熊。
東武鎌ヶ谷駅3
クリスマスツリーの前から鎌ヶ谷駅東口を見たところ。
ここにもヒマラヤ杉がある。
他にもいろんな演出がされているのだけれど、
この駅前広場と囲むようにそびえるガーラシティという
2つのマンションを管理しているのが
さっきから出てくる「KAOの会」というNPO法人だ。
東武鎌ヶ谷駅5
東口からそのガーラシティを撮ったところ。
タクシープールも備えた交通機能を広くとっているところに
市の玄関としての役割が駅前広場から見てとれると思う。

ガーラシティはマンションであると同時に
デイリーストアやカフェローザ、くすりの福太郎や
オリジン弁当、りすのこ園という保育園の分園、
そしていくつかの医院がテナントとして入っていて、
駅前で一通りのライフスタイルが完結できるようになっている。
かわりに建物で駅前をぐるっと囲んだ印象というのは
どうしてもぬぐえない。

2年前の記事でも語っている通り、
マンションが周辺では相次いでなおも建設されてきた。
マンションは一戸建てに比べて低価格かもしれないけど、
入居時期が非常に集中すること、
若い世代の入居があっても、その子どもの世代は
そのマンションからいずれ出て行くから
ある時期を過ぎると高齢化を一層早めることになること、
建築物の老朽化に対する対応がしにくいこと、
(老朽したマンションに新しい人たちは入居してはこないと思うけど)
という不安要素が幾つも抱え込んでいるということになる。

駅前広場から少し先へ行くと、コープがある。
ここも東武ストア、鎌ヶ谷ショッピングプラザなどとしのぎを削る競争が行われ、
サトームセン撤退後にくすりの福太郎が入居。
コープに入居していたくすりの福太郎は撤退。
そしてコープに入っていた書店もまた閉店したというのが
この2年間の主たる変化。

長らく発展期にKAOの会の方々が
果たしてきた役割というのは大きいものの、
駅前開発は一通り落ち着いた段階へと入ってきているのも
否定できない事実。
ガーラシティのテナントはこれからは入居を募るのではなく、
維持していくことに神経が費やされていくことになるし、
駅前広場も「新しいこと」よりも
「今あるもの」を主眼において継続的な営みをしていくという
新たなる局面へと入っている。

こういう課題の重みを他人事のように綴っているけれども、
初富駅や北初富駅の駅前広場ではスペシャリストではない人たちで
どこまでできるのか、そしてどこまで満足感を得ることができるのか
自分には不安に思えてならない。

けやきネットでアクセス道路や広場のどこにロータリーを置くのかというのだけでも
多種多様の考えがある中でそれをどう実現していくのか
たぶん参加した人はその事業の難しさなどを痛感したかもしれない。
そういう部分でも今さらながら平気で批判するところもあるけれど、
KAOの会の人たちのすごさというのが身に染みてきている。

明日は鎌ヶ谷駅西口を紹介。

posted by 小林 慶太 at 22:58| 千葉 ☁| Comment(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月07日

馬込沢駅A

今日は東武野田線馬込沢駅を紹介しよう。
かつては法典駅と呼ばれた駅で、所在地は船橋市藤原にあるものの、
駅東口界隈と西口周辺の一部地域が鎌ヶ谷市に属している。

その証拠に東口出て駅舎側にあるスリーエフは船橋市藤原だけど、
道路挟んで向かいにあるファミリーマートは鎌ヶ谷市東道野辺にある。
東口には駅前広場やタクシーロータリーが設けられていないことは
2市にまたがっている地域であることと無縁ではない。
木下街道に千葉レインボーバスや船橋新京成バスの
馬込沢のバス停が設けられてはいるものの、
東口は駅前までバスは入って来ることができないのも
道路事情や駅が鎌ヶ谷大仏駅のように木下街道に隣接していないことも
関係していると思う。
合併して政令指定都市になれば船橋市飛地とかそういう話も解決するのだろうか?
タクシーは丸十タクシー駅前にあるのでここで拾うことができる。
馬込沢駅1
東口を撮影したところ。
階段を少し下りたところに改札と券売機があり、
サンエトワールと東武ブックスが入っていて、
徒歩では西口へ抜けることができる。
馬込沢駅2
現在はバリアフリー化の工事が行われている。
この写真は撮影した東口のもの。
馬込沢駅3
東口駅前はこんな感じ。鎌ヶ谷駅方面へ向けて撮影。
例に挙げたスリーエフとファミリーマートは反対方向。
馬込沢駅4
馬込沢駅のホームは対向式。地上駅だけど丘陵部にある。
木下街道とは踏切で交差する。
こちらは先ほどの写真に見える奥の道路を
左に曲がって東武野田線の下をくぐったところから撮った。
馬込沢駅5
対照的に船橋市に面する西口は
レランドショッピングセンターを目の前にしていて
サミットを中心にテナントが入っている。
馬込沢駅もスーパーの激戦区になっていて、
県道8号線に面するマルエツが24時間営業。
そしてサミットが深夜1時まで。このほかにヤマイチが商圏を同じようにして
木下街道にあり、20時までの営業を行っている。

一年間の乗降客数は統計かまがやによると
06年で500万9000人の乗車と509万4000人の降車がある。
一日平均換算で13724人の乗車と13956人の降車ということになる。
船橋市の馬込町や丸山、藤原といった地域からの利用や
鎌ヶ谷市の西道野辺、東道野辺、南鎌ヶ谷という地域からの利用がある。
で、ここで注目して欲しいのは馬込沢駅は
船橋市にあるのだけれど、船橋市に馬込沢という地名はなく、
その地名は鎌ヶ谷市にあるということ。船橋市は馬込町になる。
この馬込という地名も小金中野牧に由来する地名。

西口にはロータリーがあり、
千葉レインボーバスの桐畑行と
船橋新京成バスの祐慈苑行の設定がある。駐輪場も西口が主。
馬込沢駅6
この写真は祐慈苑行の船橋新京成バスのバス停。
主にドレミ号という車体の小さなバスがグリーンハイツという団地を経由している。
コミュニティバスききょう号は馬込沢駅にはやってこない。
最寄は「東道野辺ふれあいの森」ということになるわけで、
背景には民間路線が設定されていることが挙げられる。

ちなみに船橋新京成バスや千葉レインボーバスには
鎌ヶ谷大仏駅〜馬込沢駅間に「鎌ヶ谷」というバス停がある。
鎌ヶ谷バス停
東武野田線の「鎌ヶ谷駅」とは全然違う場所だ。
この辺が本来の「鎌ヶ谷」なんだ。
地元の人は東武野田線の「鎌ヶ谷駅」を「鎌ヶ谷駅」とは言わない。
一般的に「東武鎌ヶ谷駅」とか「トウカマ=東鎌」という。
パークサイド循環線のバスもここに「鎌ヶ谷」のバス停がある兼ね合いから
始発となるバス停は「東武鎌ヶ谷駅」ということになってる。
たぶんこの話はまた東武鎌ヶ谷駅の回でもすると思うけど。

ついでに「二和道」のバス停近くにあるアカシア公園には鉄道連隊の橋脚がある。
鉄道連隊とは新京成のもととなる線路を引いていた主。
軍事用の線路敷設の練習をしていた跡。
バスからもちらりと見えるよ。

一昨年の記事は東武野田線の情景から書き起こしたから、今回はバス視点で。
posted by 小林 慶太 at 22:16| 千葉 ☀| Comment(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月06日

鎌ヶ谷大仏駅A

鎌ヶ谷大仏駅1
改札抜けたら〜〜〜 右に曲がんなよ〜〜〜♪
鎌ヶ谷大仏駅2
ちなみに左に曲がるとこちらに出る。
鎌ヶ谷大仏駅3
鎌ヶ谷大仏駅4
ともに立体駐輪場の前。2箇所出入口がある。
八幡神社
八幡神社の前を過ぎたら〜〜〜願い事を考えな〜〜〜♪
こちらが鎌ヶ谷八幡宮。かつてラジオサプライズの公開放送が行われた。
鎌ヶ谷大仏
さみしくなったら会いに来い!それが〜〜〜鎌ヶ谷大仏〜〜〜♪
実際は交通量の多い木下街道を横断しないと鎌ヶ谷大仏の前にはいけないけど。

「ロックンローラーMr.K.D」の歌詞に因んだ演出はどうでしょうか?
よく見ると改札だけ撮影時間が夜なのだ。
この歌詞が突っ込むけど、この街と鎌ヶ谷大仏を体現しているよなぁと
思う。

というわけで今回は鎌ヶ谷大仏駅の紹介をする。
新京成の駅で鎌ヶ谷市を代表する駅の一つ。
一応関東の駅百選の一つに選ばれている駅で、所在地は鎌ヶ谷市鎌ヶ谷。
一年の乗降客数は統計かまがやによると
06年で280万7000人の乗車と273万1000人の降車がある。
一日平均で7690人の乗車と7482人の降車があるということ。

市内にある新京成の駅で唯一駅ビルを持っている駅で、
新宿とんかつさぼてんや、サンエトワールなどが入居している。
色々と店舗改廃があったり、引っ越したりもしてる。
駅前広場やタクシーロータリーはない。
タクシーは向かいに丸十タクシーがあるので、ここから利用する。
この地区が木下街道に沿って延命寺のあたりから
形成されていた宿場町釜谷宿(釜谷=鎌ヶ谷)にあたる。
だから所在地の鎌ヶ谷市鎌ヶ谷というのは誤植じゃないんだ。
官軍兵士の墓があったり、八幡宮があるのはそういう歴史的経緯と無縁ではない。
道路も狭いのも、その時代から街並みの基盤となるものが
出来上がっていたことを伺わせるもの。
評判はよくないけど、魚文の碑があったりするような往来の場所であり、
今日も木下街道には多くの自動車が往来する要衝ということになる。
鎌ヶ谷大仏をつくらせたのは大黒屋文右衛門という人。
くどいけど一個人でつくっている次元で「大仏」。

島式ホームで船橋新京成バス営業所が隣接している。
ききょう号やナッシー号の一部はここに運転を終えると戻ってくる。
路線バスの設定は西白井・ニュータウン七次台行、北総白井病院行といった
白井市方面への便や北習志野駅行、三咲経由・運動公園経由船橋駅行という船橋市への
便があるように、鎌ヶ谷市のみならず、白井市や船橋市の方も利用する駅。
昨年、鎌ヶ谷総合病院(新鎌ヶ谷駅経由)行の路線も設定された。
鎌ヶ谷大仏駅6
バス乗り場は駅の目の前にもある。
北総白井病院行と運動公園経由船橋駅行は駅の前から出る。
こちらには待合所があるのだ。

コミュニティバスききょう号はここから鎌ヶ谷駅や市役所を経由して
新鎌ヶ谷駅へと向かう。
鎌ヶ谷総合病院行の路線バスと重複するところとしないところがある。
所要時間は路線バスのほうが早い。

船橋新京成バスのほかに西船橋から北方十字路を通り
木下街道をず〜っと走っていく白井駅、白井車庫行の
千葉レインボーバスのバス停もある。大仏の目の前。
なお千葉レインボーバスもききょう号とナッシー号を受け持っている。
こちらのバスは白井車庫が活動拠点らしい。
鎌ヶ谷大仏駅5
非常に道路渋滞に苛まれる路線で、
このバス路線沿線の中山競馬場との兼ね合いも加わって
かなり時刻表通りにバスがやってこないこともしばしば。
(中山競馬場は北方十字路近くにある)

この道路渋滞の要因が鎌ヶ谷大仏駅前の踏切にもあるということで、
高架化を望む声も多いのだけれど、
船橋市にさしかかることもあったりするので
今のところはこのスタイルのまま。

まあ構造的に難しい話だと僕は思う。
※歌詞一部引用ゴメンナサイ
posted by 小林 慶太 at 22:07| 千葉 | Comment(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月05日

初富駅F

前回に続いて初富駅の紹介。
初富駅にはバス停が設定されていない。
かつては路線バスの設定があったものの、
現在はバスが駅前の県道57号を通ることはない。

この駅から一番近いバス停はコミュニティバスききょう号のもので
「三橋記念館」と「郷土資料館」ということになる。
三橋記念館バス停
こちらが三橋記念館バス停。
鎌ヶ谷ショッピングプラザとともに初富駅周辺地区の
顔となる一画を形成する三橋記念館(中央公民館)の「三橋」は
貴族院議員三橋禰に因む。入口にその紹介があるのだ。
写真に見える道路は県道8号。
これ面していて、奥に見える高架橋は東武野田線。
郷土資料館バス停
もう一つの郷土資料館バス停はこちら。
バス停の後ろがその郷土資料館。国道464号に面している。
ともに路線設定は鎌ヶ谷大仏駅から右京塚神社や
鎌ヶ谷二中、東部学習センター、トレーニングセンターを通り
鎌ヶ谷駅を経由して市役所、新鎌ヶ谷駅へ向かうルート。
1日6往復の便がある。

そして構造的な問題もあるのだけれど、
タクシーもまた常駐はしていない。
初富駅タクシー乗り場
ここにタクシーが来るようにスペースが設けられているだけ。
丸十タクシーは引っ越してしまった。
電話すればタクシーがやってきてくれる。
写真にモザイクが頻繁に入っているのは電話番号部分にあたる。

初富駅9
初富1号踏切から撮った初富駅ホーム。
初富駅10
前話にも出てきたスロープを反対方向から撮影。
奥に見える踏切が前掲の写真を撮影した初富1号踏切。
道路は県道57号で建物は鎌ヶ谷ショッピングプラザ。
線路脇の道路が都市計画道路8・7・1号。
さりげなく鎌ヶ谷小学校PTAの駅利用に関する注意看板があるのだけれど
今は鎌ヶ谷小学校、鎌ヶ谷中学校で
登下校に新京成を使う子っていないのかな?
この2つの学校は現在は原則、徒歩って聞いたことがあった気がする。
初富駅11
ホームから市立図書館を見たところ。もと市役所があった場所。
郷土資料館はこれに一応隣接している。
玄関が道路側に向いている事もあるけれど、
初富駅からは初富交差点を通って迂回する必要がある。
初富駅12
8800形と鎌ヶ谷ショッピングプラザと図書館を枠に入れてパチリ。

8900系
こちらはすっぴんになった8900形、って
列車を紹介するのが本題ではないのに……。
撮影場所は初富駅だよ。

街の景色というものが限りなく続くものではない以上、
こういう光景を刻んでおくべきかもしれない。
価値があると思うのであればそれを守るべく努力を。
とはいえ高架になるのは現実の話。

新京成の方も見てらっしゃるんですか!?
コメントされても困りますけど。
posted by 小林 慶太 at 22:18| 千葉 ☔| Comment(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

初富駅E

久しぶりに市内の駅をしばらく僕が再び紹介して行こうと思う。
前回、紹介した記事が2年前ということもあって、
この間に街をとりまく状況は著しく変わったところと、
そうでないところがあるので、これを今一度確認する意味で。
ブログがSeesaaに引っ越したので写真も盛り沢山。

そういうわけで改めて今回は初富駅を紹介するよ。
さて初富駅はいわずともがな新京成の駅で
僕が住んでいる市内の中心部に位置する小さな駅だ。
初富駅8
駅舎があり、券売機で切符を買い、自動改札をくぐり
踏切をまたいでホームへと向かう構造になっている有人駅。

PASMOも新京成は対応しているけど、「券売機で〜」という
こういう表現にさせて欲しい。僕はアナログ人間。

すでに高架化されつつあることは避けられない現実であり、
その後、第三段階の無人化計画の対象になっているのも
今のところ否めない話だ。

脇に立っている木がヒマラヤスギ。
県道57号線から駅までの道のりは新京成の土地だから、
このヒマラヤスギも新京成の土地にそびえていることになる。

右に見えるのは立体駐輪場。市の所有物。
駅舎の手前の
初富駅ヒマラヤスギ
ヒマラヤスギを見上げたところ。

初富駅2
踏み切りを渡って駅舎の方を見たところ。
トイレは駅舎左側にある。
渡る踏切は下り列車(京成津田沼方面)の線路にかかっている。
ほぼ平日の日中は上り列車と下り列車が
大体同じ時間にホームに列車がやってくるダイヤになっている。
初富駅3
さてホームへ向かおう。左にあるのがスロープ。
階段もさほどあるものではない。これこそバリアフリーだと思うけど。
初富駅4
けやきネットの由来となるけやきの木をホームから見たところ。
左側の木だよ。
初富駅5
駅名表示板とけやきの木のツーショット。
この競演も高架化とともに叶わないものになる。
なおこの駅名表示板のある場所あたりが新初富駅の改札口になるんだ。
初富駅6
初富駅ホームから見た都市計画道路7・7・2号線の用地。
線路遠方に高架橋が見えるのがわかるかな?
初富駅7
ホームから駅舎とヒマラヤスギをのぞんだところ。

この初富駅から歩いて1分くらいのところに
県道船橋我孫子線との初富交差点と東武野田線の高架線がある。
道路向かいには鎌ヶ谷ショッピングプラザ、中央公民館。
駅からショッピングプラザに行くのには
駅舎の改札をくぐり、踏切をまたいでいくのが地元の普通。
伊勢屋という商店の前と、初富交差点にも信号機があるけれど、
踏切が下りるタイミングや県道の車の流れを見て渡ってしまう。
2年経っても変わらない。

ホームから鎌ヶ谷市立図書館、郷土資料館も見える。
(撮影するの忘れた。)
少し迂回しなければならないけど。
三十年近く前には市役所があった場所が今日の市立図書館。
市役所中心で物事をはかるのもどうかと思うけれど、
市の中心部なのだ。
それに字(あざ)も中央だし、鎌ヶ谷小、鎌ヶ谷中という市内最初の小中学校がつくられたのもこの辺り。

初富という地名は小金中野牧で
一番最初に開墾された土地であることに由来する。

新京成では二和向台駅と三咲駅、五香駅も
その開墾順序の数字を冠した地名。

乗降客数については「統計かまがや」には
06年度までしか資料がない。
その当時で年間101万4000人の乗車と132万3000人の降車があったことが
記されている(統計の資料提供は新京成)。
計算すると一日あたり2778人の乗車、3624人の降車ということに。

2年前の僕のブログ記事の乗降客数は
新京成の広報誌「Ciao」に基づいているので比較対象にはできないけど。
駅紹介は歳月とともにテナントや乗降客数が変わるし、
とりまく状況も変わるので、再び連載企画として
「Ciao」も取り上げてください。
北習志野駅も大きく変わってる最中ですしね。
posted by 小林 慶太 at 22:31| 千葉 | Comment(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月13日

新鎌ヶ谷駅E北口直結

新鎌ヶ谷駅の北口が
東武野田線改札のある東口と直結するようになったので
今回はこれを紹介。
DSC00180.jpg
従来は東武野田線改札を出ると
北総線、新京成にはampmがある連絡通路を経て
向かう必要があったのだけれども、
連絡通路にそびえていた壁が除去されたことで
こちらを通っても北口経由で
北総線、新京成の改札へと向かうことができるようになった。
何よりも北口から迂回することなく
東武野田線の改札へと直結でき、
なおかつアクロスモール方向へ向かうことができるのは
非常に大きい。

結果としてampmへの客導線が
減ってしまうおそれがあるのだけれども、
従来どおりの連絡通路を歩く人もいるから
どの辺まで深刻なのかはわからない。
それに実力があれば集客力を発揮して
歩行者の導線を意図的に
引き寄せることができる、と考えるのもアリかと。
(僕は基本的にそうは思わないけれど)

そして北口にそびえるマンション。
写真でいうところの左にある建物。
この名前が「新鎌ヒルズ」……。

コメントしていいですか?
二番煎じ的でいかにもという印象。

どの辺が「ヒルズ」なんだか、と思うのは僕だけ!?

ポケットパークが設けられているものの、
これはマンション入居者を想定しているように
僕は感じる。

マンションの脇にある井戸がポイント。
こうも開発されている中にポンと姿を見せていると
オシャレ。

従来の西口脇にあった個人宅が
一旦立ち退いたのだけれども、
道路整備に伴い戻って来られたようで一安心。

でもかかるコストとか事業全体で考えると
どうなのかな?とも思う。
つまり一度でも退いてもらう必要が
どこまであったのか疑問ってこと。

新鎌ヶ谷駅は新京成の高架化が控えているから
まだまだ形態を変えていくかと思われる。
それだけ開発が相次いでなされていくことが
十二分に想定される。
この担い手は行政であったり、民間業者であったり。

そして開発に伴う新規入居者との価値観の隔たりを
自分自身が非常に意識しているところに
次の問題が控えている。

どういうことかっていうと、
この辺に住むのにはどれだけの資本が必要で、
支払いに対して見通しがたつ必要があるのかを考えると
到底、自分にはできる可能性の余地もないことが明らか。

現状でできたとしても
収入が頭打ちになるのは目に見えているし、
その支払いをどれだけ全うできるかを踏まえれば
暗雲が漂う、という有様。

それに対して何の躊躇もなく入居をこなせる人が
実際にはいるわけで、
その人たちとの価値観が明らかに違うことを
予め感じているから、どう埋めていくのかが
非常に難しいものだと感じる。

このギャップすら感じない人もいるから困るのだけれど。

※また旅の話へ戻る予定。容量大丈夫かな?現在98MB。
posted by 小林 慶太 at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月21日

初富駅D

早速、昨日のブログ記事を補足すべく、
日中に初富駅前広場の様子を撮影。
一応、自分のブログの本来の趣旨だから。

朝5時半くらい。奥に見えるのが初富駅。

もちろん仕事のついでに迂回して立ち寄っているのであって、
そのためだけに朝早く起きたわけじゃない。

DSC01525.jpg

DSC01526.jpg

もう少し下がって撮ってみたところ。
ご覧の通りの更地。ケヤキの木の存在感が何とも言えない。
ちょうど朝1本目の松戸行の列車がやって来ている。

広場を作り上げながら、なおかつ自分達の日常を維持して
思い描かれた将来像へと働きかけをする。
本当に言葉よりも遥かに難しいことだと自分は思う。
目の当たりにすればなおさら。
posted by 小林 慶太 at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月03日

くぬぎ山駅C

今日はリニューアルしたくぬぎ山駅を改めてご紹介。
やっぱりエレベーターができた!!で喜べるような次元の
駅ではないと自分は改めて思うけど、どうだろう?
根本的に何かが間違ってる気がする。

つまり、どんなにエレベーターを付けようと、
街並みに欠落したところが存在していて、
これを何ら解決することなく、
駅施設の改良のみについて物事が触れられていることに
自分は非常に危惧するわけだ。

商店に賑わいが戻ったりするわけではなく、
背く事のできない如何ともし難い光景が駅前に存在している限り、
この駅というのは周辺に溶け込むような存在ではないという事。

かえって現実と向き合う事でギャップを強調する事になっていると
自分は感じた。

DSC01519.jpg

こちらが東口のエレベーター。
小杉商店側から歩いてくると従来の東口の手前にある。
伊藤書店側から歩いてきた場合は若干遠くなる。
まあ、そういうわけなんだけれども、
エレベーターが出来たといっても
道路向かいの駐輪場に利用者が往来する光景はもう叶わないし、
駅となりの食堂も自分が四半世紀くらい知ってるけど、
未だに何ら閉店したまま物事が動かないという事態に対して
深刻に受け止めるべきだと自分は思う。

でこの期に及んで何ら問題喚起がなされないのが
この街の謎。

しっかりと警備会社のステッカーが貼られているように
所有者が一応は管理をしているようだけれども、
この地区の時間軸というのは
これらが動かない限りは進んでいかないのだ。

等身大の街の姿なのだと言われれば動かしがたい真実だと
受け止めるしかない。

同時に従来の駅入口もリニューアル。
リニューアルされたから
なおさら駅前周辺とのギャップが空しい。

DSC01520.jpg

話題にしている食堂は写真左の建物ね。

DSC01522.jpg

新京成本社がある西口のエレベーター。
松下商店近くの駐車場から撮影。
従来の西口よりも奥に位置している。
同じように西口もリニューアルされた。
写真は撮らなかった。
西口から線路沿いに新京成本社の脇を歩くと
駅周辺の案内図が設置されてる。
(駅舎コンコースにも同じものがある)

これに加えて若干コンコースも照明が明るくなった。
だからこれもかえって周囲とのギャップが大きく感じさせる
結果になってるように思えなくもない。




で地元の統計で2006年度の市内各駅の乗降客数が
掲載されていたのでこれを抜粋。
《この間、市のHPにアップされた》

非常に人の流れを示している面白い資料
(年間乗降客数 単位は1000人)
東武野田線
馬込沢駅  乗車 定期3312 定期外1697 計5009
        降車 定期3312 定期外1782 計5094
鎌ヶ谷駅  乗車 定期2759 定期外1349 計4108
        降車 定期2759 定期外1436 計4195
新鎌ヶ谷駅 乗車 定期3109 定期外2132 計5241
        降車 定期3109 定期外1806 計4915
六実駅   乗車 定期1913 定期外 950 計2863
        降車 定期1913 定期外1101 計3014

新京成
鎌ヶ谷大仏駅乗車 定期1722 定期外1085 計2807
        降車 定期1722 定期外1009 計2731
初富駅   乗車 定期 550 定期外 464 計1014
        降車 定期 550 定期外 773 計1323
新鎌ヶ谷駅 乗車 定期3042 定期外1735 計4777
        降車 定期3042 定期外1125 計4167
北初富駅  乗車 定期 491 定期外 427 計 918
        降車 定期 491 定期外 548 計1039
くぬぎ山駅 乗車 定期 719 定期外 461 計1180
        降車 定期 719 定期外 650 計1369
北総線
新鎌ヶ谷駅 乗車 定期2535 定期外1315 計3850
        降車 定期2535 定期外1219 計3754      
どの辺が面白いの!?というわけで少し説明。
定期利用の人を見ても面白くないよ。
注目して欲しいのは定期外の利用者数。
何故か知らないけれども、乗る人よりも降りる人が多い駅や
逆に降りる人のほうが乗る人よりも多い駅があるのだ。
前者が野田線の馬込沢、鎌ヶ谷、六実の各駅。
新京成の初富、北初富、くぬぎ山の各駅。

後者は野田線・新京成・北総線の新鎌ヶ谷駅。
そして新京成の鎌ヶ谷大仏駅。

これらから何を読み取るのかを考えれば、
地形的なものや乗換駅としての
新鎌ヶ谷駅という駅の特殊性。
とりわけ新京成の初富駅、北初富駅が乗車よりも
後者が他に比べて多いのは
新鎌ヶ谷駅から乗り目的地へ向かい、
帰路は初富駅、北初富駅で降りるという傾向が
人の流れとしてあることが要因として挙げられる。
(逆もあり得るけれども数字上の話)

六実駅も松戸市にある駅だけれども
六実〜新鎌ヶ谷駅間の中間に住む人たちにしてみれば
同様の人の流れがあることが察し取れると思う。

それだけ駅間の距離が短いところにあり、
使い分けができる土地柄にあることを意味している。

くぬぎ山駅に関しては
北総線の大町駅や五香駅ならびにここから設定されている
バス路線のバス停を視野に入れることで
おおよその見当がつくかもしれない。
馬込沢駅は木下街道に設定されているバスで
船橋法典や西船橋、鎌ヶ谷大仏という各駅へ出て、
帰りは東武野田線という交通手段がとられていることを
仄めかしているように思えなくもない。

つまり交通体系が整備されており
流動的な利用が可能なので行動にある種の制約が
非常にかけにくいことを意味している。
つまりこの駅じゃなきゃダメ!という必然性がない。
それ故にあまり大きな駅前広場がつくられなかった事と
無関係ではないと思う。
逆をいえばこの駅でなければダメ!!という必然性や
必要性が生じなければ駅前広場は
なかなか存在理由を見出せないというわけだ。

もちろんおカネが無尽蔵にあって使いたい放題なら
そんな理由を見出す必要性もないのだろうけれど。

見出しても全体としての合意を得なければいけないわけで
この辺は具体的に踏み込んでいくと困難を極めるものかと。

一覧表にしてみれば明白だけれども駅前広場を設ける
北初富駅、初富駅の乗降客数の実数値を他の駅と比較してどう思う?
加えてこれらの駅における乗降客数の流動性を踏まえるとどうだろう?
自分自身は常にそういう部分を不安要素として抱いてる。
posted by 小林 慶太 at 23:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月10日

新鎌ヶ谷駅D国際基準の序章がはじまる

北総線新鎌ヶ谷駅の留置線にて工事がなされていた成田新高速鉄道開業を
想定した新設ホームが07年11月10日から使用が開始された。

DSC01406.jpg

新しくできた1,2番線から撮影。
今のところ活用しているのは2番線と4番線。上り列車が新ホームの2番線から出発する。
下り列車は従来どおりの4番線だ。

DSC01407.jpg

新ホームにできた待合室。エレベーターもホームには設置されている。
代わりに既存のホーム(下り列車用)の待合室はエレベーター設置工事の兼ね合いもあって
現在は閉鎖中。若干小さくなる見込み。

そして駅名表示も変わった。
DSC01405.jpg

よく見ると中国語(?)とハングル(?)がローマ字表記とともに加わってる。
今のところ「新鎌ヶ谷」駅の表示は北総線ホームのみ。
北口や東口は従来通りだった。でもこちらも出口案内には中国語(?)とハングル(?)が加わっていて
いよいよ成田空港へ直通する2010年の足音が近づいてきた感じだ。

ワクワクする?怖くって仕方ないよ。
地理的に成田市だけだった半ば空港の玄関口の特権を印西市や松戸市とともに奪い合う競争が
地域を越えて下手すれば国の枠の先で展開されることになるのだから。
中華人民共和国や韓国をはじめ多くの日本を訪ねる観光客を何としても引き止めなければ
それぞれの商業施設の維持は不可能に近いんだから。

そして競争に敗れ去ることになればこの中心市街地へと投資された裕福でもないのに
無理して工面した莫大なおカネや築き上げるために費やした労力や時間が
全て水泡に帰することになるのだから。(大げさだ)

そして鎌ヶ谷ショッピングセンター向かいの新鎌ヶ谷センタービル側の空き地に
いよいよホテル建設の看板が登場。
それもまた着実に受け止めなければならない悪夢の未来の訪れを告げる。
11階建てで東横インがついに鎌ヶ谷市に進出。

当然定期的需要が見込まれなければ施設は維持されないわけで
どれだけの人が新鎌ヶ谷を利用するのか自分には不安が尽きなかったりする。

余計なお世話だけど出店はやめたほうがいいと思う。
ホテル立地は観光資源が近くにあったり、企業ビジネス利用が見込める企業があったりしないと
傍から思うに経営難しいと思うんだけど。
そういう条件、うちの市ないから。
強いて言えば消去法で他が満室で仕方ないから需要があるとか、そういうレベルだと地元は思う。
ビジネス旅館とかで事足りてるし。
東松戸や千葉NTの方が世界的に名前の通じる企業もあるし商談で需要が見込めるかと。

何でそんな否定的なこと言うのかって?
だって縁起でもないけど採算が取れなければ従業員の人たちは“企業努力”で経営改善に迫られ
最終的には撤退という事態になってしまうのだから。
その“企業努力”が看過できるレベルを今の競争社会は超えないほうがおかしい。

そうなれば建てられたビルってのはガランと空いてしまうことになる。
それは景観的に多くの人が見苦しいと思うところだろう。

地権者の人たちはそういうのを考えながら事業主に土地を貸しているんだろうか?
そういうのを自分はすごく疑問に思う。
初富駅周辺なんてビル建ってるけど“テナント募集”ってのが多くない!?
入居してるのって二つの生命保険会社だけで入れ替わるの多くないですか?

立地条件良ければいくらでも代わりが来てくれるからそういう事態なの?
もっと借り手やテナントのことを考えて土地を貸した方がよくありません?

出店する方も出店するほうで人員が少ない中で既存店での成長が芳しくない中で、
無理な拡大路線で出店して地域を活性化という名の下に
熾烈な競争を招いて最終的には疲弊させ、お互いのためによくない事態を迎えないために
もう少し冷静になった方がよくありませんか? 

これは市街地への出店してくる企業に広く当てはまること。
ホテルのことだけを批判してるわけではありません。

そういう成長への企業努力を求める向上心がないから
僕は一流企業に就職できないわけなんですか?

努力することは確かに素晴らしいことかもしれないけど
それも度を越えてしまえばどういう事態を招くのかそろそろ考える事も必要なのかもしれないと
自分は思いますが。

※愚考なので本気にしないで下さい。
posted by 小林 慶太 at 21:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月06日

新鎌ヶ谷駅C北口

07年10月6日から新鎌ヶ谷駅北口が開設された。
東武野田線新鎌ヶ谷駅と北総鉄道・新京成新鎌ヶ谷駅の
連絡通路にあるAMPMの脇に位置する出入り口。
DSC01371.jpg

工事現場の作業場の中にあるみたいに見えるけど、
実際に色々工事が行われてるところにある。
これに伴って北総線の高架下に設けられていた
開業当初からあった西口は廃止になった。(写真下)
DSC01373.jpg
最終的には南北出入り口で
2つの駅前広場をもとに市街が広がる感じ。(写真下)
DSC01374.jpg
新鎌ヶ谷駅北口から東口方面を見たところ。
前にある建物は東武野田線の新鎌ヶ谷駅。連絡路ができそうでしょ。
脇には「ビル」ができるみたい。看板があった。

北口からは旧西口を通って鎌ヶ谷総合病院へと通じる道と
鎌ヶ谷三中から鎌ヶ谷警察の前に通じる道に交わる
道路が伸びている迂回路がある。

成田新高速開業と新京成立体交差事業の完成に向けて
着々と新鎌ヶ谷の市街地も完成図へと動いているんだけど、
用地買収や作業手順等々を思うと果たして効率の良い工事だったのかな?
というのが素朴な疑問。

東武野田線新鎌ヶ谷駅開業段階で
西口と北総線の高架下を通らないで済む連絡通路ができていれば
駅前広場ってもっと利用しやすいものだったと思うし、
もとからの街に広場を向けてくれないんだね、という
自分の言葉もなかったかもしれない。

まぁ。完璧な段取りはないわけで。

※愚考なので本気にしないで下さい。
posted by 小林 慶太 at 19:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月18日

新鎌ヶ谷駅B広場の先にあるもの

新鎌ヶ谷駅西口から伸びる道路
(鎌ヶ谷第三中学校から国道464号へ通じる道路につながってる)の
工事の関係で迂回路を設定する事になって
新鎌ヶ谷駅西口がご覧のように変わった。

DSC01305.jpg
06年5月14日記事「新鎌ヶ谷駅2未来の代償」で扱った
西口の写真と比べて欲しい。

当時の写真右側にあった家屋と倉庫が撤去されて
このような道路ができあがった。
道路の奥に見えるのが東武鎌ヶ谷駅とアクロスモール。

当然、ここに住んでいた方は転居、ということになる。

かくして新鎌ヶ谷駅西口には駅前広場はできなかった。
何故か東口に2つ設けられてる。
うち一つは東口から少し離れた鎌ヶ谷ショッピングセンター向い。
東口は国道464号が近い。そして商業施設が多い。
東武野田線新鎌ヶ谷駅の出口は東口側にしかない。
それが最たる理由なのだろうけど、
新鎌ヶ谷には元から東西の出口があって
整備が行われている中で、西口に何も設定されない背景は何なんだろう。
バス路線がないってのもあるけど、
初富保健病院の送迎バスは西口から出てるし、
道路整備を考えれば一つロータリーを西口に設定して東口を緩和させるという
選択肢もあったと思われる。

実現しないのは効率的な繁栄を築き上げる事と、
市街地活性のビジョンから西口地域つまり既存地域が
やっぱり外れているからなのだと
改めて思うのは僕の被害妄想なのだろうか?

ちなみに西口に広場をつくると
北初富の駅前広場構想は駅間距離の関係から絶対に必要ない!!っていう自分の考えを
後押しすることになるけどね。

そして今の東口の鎌ヶ谷ショッピングセンター向かいの
駅前広場の位置も初富駅との駅間距離から
自分に必要ないって言わしめる要因になってる。

こういう開発行為の中で
もとから住んでいたりする人は転居などを強いられることになる。
もちろん用地買収などが行われるから、タダでというわけではない。

でもそれをどこまで良しとして考えられるんだろう?

逆にどこまで事業を実現させることが
この人たちの思いに報いることなんだろう?

繁栄というモノは色々なモノの上に成り立っている。
逆に多くのものを乗り越えても
その輝く未来(将来)にたどり着けないことだってある。

そんな中で市街地形成にどこまで笑えるんだろう?
少なくとも手放しでもてはやしたり喜べるものじゃないよ。

※愚考なので本気にしないで下さい。
posted by 小林 慶太 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月26日

北初富駅B立体交差事業とアクロスシティ

DSC00113.jpg
話は地元に戻る。
現在の北初富の駅舎から新鎌ヶ谷方面を眺めた写真。
普通、撮るような光景ではないけれども、
高架化されるともう見れなくなるので掲載。
あと何年くらいなんだろう……。
左に見える高架線が北総線。
写真の中には二つ踏切があって、奥の方の踏切の先に
新しい北初富駅ができるように用地が確保されている。
「北初富駅A」の回で掲載した写真はその踏切から撮影している。
将来的には新京成線と北総線がこの区間を高架で併走するんだ。
鉄ヲタとしては結構ワクワクする光景かもしれない。

DSC00121.jpg
でも、新京成線は北初富駅を出て、くぬぎ山駅へ向かう途中で北総線の下をくぐり、くぬぎ山車庫の脇へと出ることになる。
それがこの場所。
だから高架はこの2枚目の写真のあたりまでしか物理的にできない。
それゆえ新鎌ヶ谷駅側へ北初富駅が移転することになった。

これで北初富と新鎌ヶ谷、両駅の区間が縮まる。
地図で見ると迂回しないといけないから
歩くと結構な距離があるけど、実は北総線の高架下は部分的に通行可能。
因みにこれは北総鉄道の好意による。
だから不法投棄とかしちゃダメだよ!!
好意を踏みにじると使わせてもらえなくなっちゃうからね!!
新鎌ヶ谷駅には駅前広場が既に2つもあるのに財政的に余裕のないのに
「地元住民の要望」で広場を造ってしまうわけだ。
この辺が根本的に納得いかない。
つまり、北初富駅と新鎌ヶ谷駅の距離が広がったりすれば自分は納得するけど、
近づくのに広場を造るのが不満。
そしてこの行政の発想を踏まえると、
そもそも高架化する根拠に懐疑的になってくる。
これは東武野田線の立体交差事業や、新京成線の五香駅の県道281号線の地下道化に伴う踏み切りの解消を
目の当たりにしたことが大きい。

こういう部分から自分の言いがかりにしか思えないようなパブリックコメントがでてる。

2枚目の写真の木が茂っている奥に建設されるのがアクロスシティ。もとは初富ハイデンスというマンションだったんだけど、高さがもとの倍近くなる。

要は何でもかんでも高層化、高層化という施策による
まちづくりというのは景観やヒトの精神衛生上の問題とかで非常によくないと僕は思う。ある程度は必要かもしれない。それでも限度あるよ。まああくまで僕のワガママだけど。そういう部分から鉄道高架白紙化まで主張したり、
マンション建設について批判的になってる。

アクロスシティもこの場所にできなかったら
ここまで僕の批判の対象にならなかったと思うよ。
だいたいこの写真撮ってる場所の背後にもエステハイツ鎌ヶ谷ってマンションあるし。
立体交差事業に加えて、このマンション建設って話で
僕の神経にカチンときたけど、立体交差事業がなければそこまでカチンとこないよ。

それでも行政のマンション建設を主導するかのような
体質には疑問を抱くことに変わりはないけどね。
DSC00114.jpg
北総鉄道下に位置する北初富駅無料駐輪場の様子。京成津田沼方面のホームの裏手。
奥のうす水色の建物は駅構内を挟んで位置するみどり幼稚園の園舎。
ふじ組だったかな?の教室。一応、僕OBだから。
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2006年09月23日

初富駅C受け継ぐのはモノとココロ

DSC00111.jpg
今さらだけど、僕がよく言ってる初富駅の
機能美についてご紹介。
駅舎側からみたところがこの写真。
駅舎からホームへ行くのには京成津田沼
方面の線路をまたぐ必要があるんだ。
DSC00112.jpg
こちらがホームから見たスロープ。
階段もそんなに段数がない。
非常に安上がりにバリアフリーを果たして
いると思ってた。
これを高架駅にしてエレベーターを
造るよりも遥かに安価だと思っていた。
でも車椅子で困っている人を
すんなりスロープで手伝ってあげる人が
この世の中にどれくらいいるのか
考えると、実際は駅員さんが手伝うことの方が多いのかもしれない。
駅員さんも合理化のもとに複数の駅長を大手鉄道会社も兼ねてる場合も
あるし、人件費的な負担の方がひょっとしたらエレベーターを造って
管理維持するのが鉄道会社にとって負担がラクなのかもしれない。
そんな事なければ、もっとハッキリとした根拠を提示して欲しい。

この辺何にも考えてない自分の発想が現実と乖離している可能性も
あることを呟いておくよ。

でもエレベーターを設置して完全なるバリアフリーを果たすことが
本当に良いのか金銭的な行政の負担もさることながら、何でも
モノで解決する社会に仕向けてしまう可能性あるし。

最終的に新京成でこの構造の駅が初富駅に残ったわけだけど、
逆に取り残された部分に精神的な価値観を見出す事はできないだろうか。
この間の鎌ヶ谷市協働推進委員会で来年度から実施されることになった
事業の一つに「心のバリアフリー推進事業」がある。
エレベーターを造っても、他人を思う心がない以上は設備は活きない。
逆に初富駅を今のまま残しても、ダサいとかいう印象を人々が抱いたまま
なら全然価値はないんだ。この辺はパブリックコメントで喧嘩を売ろうと
した自分が思いとどまったところ。
モノとココロ。両方ないと危険だ。
モノがないとココロだけじゃどうにもならない場合もあるじゃん。
いずれココロが風化するとしてもモノもあればその風化を少し
遅れさせることができると僕は思う。
この辺は「この街に住めることを幸せに感じる」とか
「意識の変身で元気に輝ける」という部分に通じると思う。
と、いうわけで無関係にブログで他の話を出してるわけじゃなかっ
たりするかも。
駅前広場もただ駅間の近い3駅にバンバン造って終りってハナシに
なると思う。絶対に初富駅はけやきネットに頑張ってもらって最悪でも
駅前広場の性格付けと価値認識を利用者に浸透させてもらいたい。
あくまでも僕は価値浸透がムリだと思うから反対だけどね。

今日はまた旅に出てきた。この話はまた今度。
posted by 小林 慶太 at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

初富駅3ひょっとして僕のせい?

初富駅のあたりを通っていて思ってたんだけど、
DSC00116.jpg
これって僕のけやきネットのコメントの所為?
全然意識しないで通っていたから
気がつかなかっただけかもしれないけど。
前からあった!?ならいいんだ。

ちなみに法律の世界では
「〜〜〜してはいけない」という条文が
できあがる背景には
「〜〜〜」をする人がたくさんいるという事実が
存在するってこと。
僕のせいだったりすると何だけど、
一応、ここを渡る人はそれだけ多いってこと。
老若男女問わず。市役所と警察署が設置。

初富駅については駅界隈に2ヶ所の信号機があり
駅向かいの鎌ヶ谷ショッピングプラザ側へ
渡ることができるんだけれども、
これがいかに「安全」であっても
利用者にとって「面倒」で「大変」なのかを
地図の上という「想像の世界」で考えているだけで
実体験に基づくものではないと思う。
もしくは自動車が第一にありき、という構造ゆえに
こうなってるんだろうね。

大体、市議会議員の人だって
道路向かいに横断するのに、交差点まで歩かないで
車の流れを見て渡ってたよ!!
僕、目撃したもん(笑)
あれは……って回想談のように綴ってもいいけど。

「歩行者は横断歩道を歩かせる」という発想や
横断機会のある場所をなくすという発想は
“必ずしも”歩行者優先ではないのだ。

信号機のない横断歩道で
歩行者・自転車が立っていてどれくらいの車が
止まってくれる?

踏み切りは車が止まる。
確かに危ないし、世間的にいいとは言えない。
でも地元を生きる人の知恵だよ。

踏切が都市軸を遮断するのであれば、
県道57号線は初富駅界隈を東西に人の流れを
滞らせているよね。
もっと正確にいうと交通量が。
DSC00115.jpg
2枚目の写真は初富駅を出て県道57号を渡ったところ。
鎌ヶ谷大仏駅方面。タクシー会社があったけれども
このように変わった。高架化に伴うもの。
地主さんが以前けやきネットで語ってた。
それが実施されただけのこと。


どう変わっていくのか、
この辺もちょくちょく書いてくつもりです。
愚考ですが、まだしばらくお付き合い下さい。
posted by 小林 慶太 at 19:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月30日

くぬぎ山駅3〜東口からこの街を語る〜

DSC00097.jpg
くぬぎ山駅東口から出て、左側を向いたところ。
奥にあるのが小杉商店とむさし家。左側の柵で囲まれた建物が駅舎だよ。
以前は柵のあった辺りに駅利用者が自転車を停めていたんだ。
あとは西口のワコーレというマンションの辺り。当時はワコーレもなかったけど。
後者は今は屋根も付いた有人で有料駐輪場になってるけど、
東口の柵がなかった頃はこちらも無人で空地に無尽蔵に自転車を停めるっていう感じだったよ。

手前に写真でも柵の中に自転車あるけどさ……。どうやって止めたんだろう?
因みに撮ったのは2006年ね。

柵ができた背景には路上駐輪対策がなされたから。
これに伴い、写真右側にあるくぬぎ山駅前駐輪場ができたんだ。
そして西口でもコミュニティーセンター脇にも有料駐輪場が設置されるようになった。
この時代、路上駐輪対策は市内の各駅でも本格的になされたわけで、
北初富駅も道路向かいに駐輪場が設置されたのもこの頃。
北総線の二期線の工事とともに駅舎側にも駐輪場が設けられ、一気に路上駐輪が解消された。

ところが、この施策がくぬぎ山駅東口の命運を大きく変えることになる。
くぬぎ山駅の駐輪場は有料で、北初富駅は無料なんだ。コレに伴い、人の流れが変わる。
駅近辺の人は徒歩だから置いておいて、
離れたところに住んでいて自転車でくぬぎ山駅を使っていた人たちが北初富駅、
もしくは元山駅を利用するようになってきたんだ。東口の駅前駐輪場は2階建てなんだ。
できた当時はそれに見合う需要があったものの、今日ではガランとした印象。
無人ながら契約した人だけが停められる。その台数も往時とは比べものにならないよ。
そしてこの間、僕が見慣れた商店は次々に移転、もしくは閉店になっていく。
宅地化がなされるのに随分と時間を要したことは「その2」で述べた通り。

一方の西口は、駅前界隈はワコーレができた他に宅地化とマンション建設が進み、
松飛台側からの駅への自転車利用者も増え、立場が逆転することになる。
それでも西口だって安泰だったわけじゃない。
ワコーレも入居が芳しかったわけではないし、
志村ビルのテナントは一時期全てにシャッターが閉ざされたりもした。
今日、くぬぎ山駅を利用する人は専ら西口からの乗降客だ。東口への乗降はあまりないんだ。

東口が衰退に追い込まれた理由に東側に宅地化やマンション建設が行われなかったこともある。
正しくは行うことができなかったんだ。新京成で北初富への一駅間を乗ってみよう。
くぬぎ山車庫あるじゃん。
向かいは畑。民家が並んできてサンピア鎌ヶ谷が見えてくると、
アクロスシティのできる用地やエステハイツ鎌ヶ谷が見えてくる。
この「向かいは畑」は、調整区域と呼ばれる地域指定であり、用途限定がなされている。
くぬぎ山界隈には観光梨園が多い。
これは積極的な理由(農家の皆さんの努力の賜物)と
消極的な理由(調整区域ゆえ宅地化がムリ)という結果なんだ。

イオン鎌ヶ谷ショッピングセンター界隈も以前は調整区域だった。
市街化のために解除がなされ、あの姿になってる。
それでも鎌ヶ谷市に住んでいる人に「鎌ヶ谷市の名物っ何?」と尋ねれば
10人中9人は「梨」と答えると思う。
(それでも梨のブランド名では白井が優る。イオンで産直梨のパンフレットを見てみよう。
鎌ヶ谷と白井、同じ梨でも取り扱い店舗の数が歴然として違うことも注意)だからといって
自分もそうだけど鎌ヶ谷市に住んでいる人が
みんな梨をはじめとする農業に理解があるわけではないし、逆も然り。
農薬散布の問題や不法投棄とかなかなか住宅地と農園の共生への糸口が見出せない。
これは鎌ヶ谷市全体に言えるんだけどね。

不法投棄に限って言えば、宅地化すれば、ほぼ解決すると思う。
なぜって、人間は貝塚以来、人の住んでるところにはゴミをまず捨てないから。
でもそんなことをすると梨畑はなくなるし、里山もなくなる。
農薬散布は農園を住宅地から離せば解決するだろうね。
これだって商業的には何ら問題はないのかもしれないけれど、
市内の人たちの距離(精神的にも)がグッと乖離したものになってしまうように僕は思う。

初富駅にはケヤキの木がある。それと同じようにくぬぎ山駅にはホームから梨畑が見える。
住宅地とともにこの街を象徴する「梨」の畑が見えるっていうのは、
農業に携わる人と住んでいる人が色々と揉めたりしながらも、
解決の糸口を探し出していくシンボルのように僕は思えてならないよ。
それがこの街のカラー。僕はそう思う。続きを読む
posted by 小林 慶太 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

くぬぎ山駅2〜昔話について語る〜

僕の知ってたくぬぎ山駅の光景を綴るよ。若い頃ね。
国道464号線をくぬぎ山歩道橋から進むと
現在は自衛隊松戸駐屯地の脇からくぬぎ山駅ホーム先端の踏切へと伸びる道路はなかったんだ。
今はアパートに一部がなってしまったけど、パチンコ信栄の駐車場があって、
ファンシーショップオガワが右向かい。
スナックがあって、東口へと伸びる道路入口にパチンコ信栄。
肉のしなだ、そしてラセーヌというケーキ屋さん
(現在は別の場所で営業中。ふるさと産品のケーキを扱ってるお店)蕎麦屋さんのむさし家、
小杉商店が並び、左側にはスナックや居酒屋が並んでいた。
駅東口から出ると、写真屋さん(こちらも現在は別の場所で営業中)と八百屋さんが右側にあって、左には理容オガワ、ラーメン亭、伊藤書店。
信栄の道を真っ直ぐ進んで伊藤洋品店の前に来ると駅のホームの脇に出て、
元山側の踏切を渡ると田端青果店、イトウドラッグ、村上米店がクランクに沿って並んでいた。
そんな光景。

僕は北初富駅と初富駅に関しては駅前広場と高架化に関して反対している。
それは幾度となく語る通り、
新鎌ヶ谷駅を含めた駅間の短い3駅に4つの駅前広場を設置するというのは
逼迫した市の財政を割いてまでやる必要はない、というのが最大の理由。

くぬぎ山駅、鎌ヶ谷大仏駅、馬込沢駅東口に関しては諸条件が叶えば、是非造るべきだと思ってる。どれも現在の市街地からの距離を考えると、
地域ごとのターミナルとしての役割を強調する意味でもね。
鎌ヶ谷大仏駅は木下街道との景観を考えたりすると、どうかな?って思うけれども、
くぬぎ山駅に限っては僕は無批判に歓迎すると思う。
むしろそういう行政のテコ入れを必要とする駅なのだと思う。
くぬぎ山駅には近くのコミュニティーセンター奥に一応「くぬぎ山広場」がある。
いずれは公園になるらしいけど。でもこれを駅前広場だ!!って言っても納得してもらえないと思う。

くぬぎ山駅は他の鎌ヶ谷市内にある新京成の駅の中で非常に特殊な存在なんだ。
というのも国道464号線から少し外れたところに駅の東口があるため、交通量が非常に少ない。
西口に至っては、駅近辺はさほど広くない上に入り組んでいて大型車は通れない。
同じく二車線がかろうじてすれ違う程度の車道になっている
東武鎌ヶ谷駅東口の商店街は交通量が多いんだけれども、
これは精工舎通りから県道8号線への抜け道になっているからなんだ。
つまり、くぬぎ山駅は駅への利用、ならびに周辺の商店への商品の輸送がなければ、
自動車はまず通らない構造になってる。
鎌ヶ谷市が本気で歩いて街並みを眺めつつ、買い物を愉しむという光景を創る気があるのなら、
これ以上、障壁のない地域はないんだ。国道464号沿いには大型店はない。
松飛台地区にはあるけどね。

文頭で「僕の知ってるくぬぎ山駅」を思い出しながら綴ってみた。
そういう背景があったからこれだけのお店が並んでいたんだ。
でも、今日のくぬぎ山駅はまるっきり違う。
ここ数年で、ようやくパチンコ信栄の駐車場がアパートになり、
信栄と肉のしなだの跡に住宅が建ってたけれども、
何とそうなったのは信栄や肉のしなだが閉店してから10年近い歳月を経てからのことだった。
その間、イトウドラッグがあった店舗に田端青果店が移ってる。
居酒屋も貸し店舗の看板がシャッターの前に貼られているのがほとんどだ。

DSC00096.jpg
これがくぬぎ山駅東口。西口に比べると大きいでしょ。
この駅舎が出来た頃はこちら側に住んでいる人たちが多く利用していたんだろうね。
自分の綴った商店の顔ぶれを見ても、それは分かると思う。
左側に車の止まっているピンクの建物。くぬぎ山食堂っていうんだ。
僕が物心ついた時にはやってなかったよ。以来、そのままになってる。
くぬぎ山食堂の隣の建物。これも20年近くはそのままだ。
八百屋さんも写真屋さんも今はないけれども、
写真屋さんも店舗外観は20年近くそのままになってる。こちらは利用されているみたいだけど……。
因みに北初富駅も半ば同様の建物がある。
それでも北初富駅界隈がそれなりの賑わいがある、と思えるのは
新京成と交差する国道464号線に賛否を別にして大型チェーン店が相次いで出店していて、
その印象をぼかしている部分があると思うんだけどさ。
土地や建物ってそれぞれに持主がいるから、
それをどう使おうと外野がどうこう言うものではないんだけれども、実態はこう。
背景には本当に様々なものがあるんだと思う。

※商店名について自分の記憶に基づくものなので
実際と違う部分がある(だろうという)ことを予めお断りしておきます。
また誹謗中傷の意図もないことをご了承下さい。
posted by 小林 慶太 at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月28日

くぬぎ山駅〜新京成の本社のある駅〜

DSC00095.jpg

最後はくぬぎ山駅について語ろう。
まず紹介するのは西口。写真左側の建物が新京成の本社だよ。駅は橋上駅舎で、島式ホーム。
出口はホームと平行になってる。一日の乗降客数は約6900人。
津田沼方向にくぬぎ山車庫がある新京成の主要駅だ。
LED電光案内表示板も松戸駅や八柱駅と並んで初期の段階で設置がなされた。
やっぱり本社のある駅だからね。トイレは男女共用。
橋上駅舎ながらエスカレーターやエレベーターはない。
駅のホームから梨園が見えるでしょ。
元山よりには「梨花苑」という老人福祉施設がバンと建っているんだ。
元山側を見ると自衛隊の松戸駐屯地があって、この辺りが新京成の撮影スポットの一つだよ。
たぶん桜並木を走る列車の姿が紹介されると大体はここ。

駅から降りて右を向くとこんな感じ。
DSC00094.jpg
松下商店と山中不動産が右側に並び、左に志村ビルがそびえ、奥にワコーレ鎌ヶ谷がひかえている。
志村ビルは1階に駄菓子屋さんとAMPMが入ってる。
駄菓子屋さんは一時期、店を閉じていたけれども、復活した。小学生のたまり場だ。
今も昔もそれは変わらない。以前は駄菓子屋・本屋・雑貨の三店が一階の顔ぶれだったんだ。
ききょう号はくぬぎ山駅には止まらない。
この通りを抜けるのに小さい車体のバスを導入したけど、
見ての通り、車が往来するのには不向きなんだ。
そこで近くのくぬぎ山コミュニティーセンターにバス停がある。
駐輪場もこことワコーレ鎌ヶ谷の手前にある。有料だ。
この辺が次回に紹介する東口と北初富駅の関係につながってくるんだ。

界隈にはマンションも多い一方で、町工場も所々に点在してる。けれども往時の半分くらいだ。
宅地化が進んでる。住工分離や高層化建築問題が常に存在してる地域でもある。
その一方でくぬぎ山駅は周辺の観光梨園への最寄り駅でもある。
東口からの方が近いかな?タクシーは東口から出て北初富方向へ歩くと
檪山交通があるからそこでひろうことになる。
市川市大町へ通じる「梨街道」もそんな遠いところでもないし。
駅前の商店は紹介したお店のほかに数軒。あとは住宅地に混在している。

新鎌ヶ谷地区よりも松戸市の五香駅周辺ならびに松飛台商店街が生活圏の地域かな。
西口についてはこの辺で。つづくよ。
posted by 小林 慶太 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 地元の駅紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする