2021年01月20日

北関東の両雄

足利VS新田。
源義家の系統を汲む名家の両雄である足利尊氏と新田義貞の激突。

時代は足利尊氏に軍配を上げるものの
歴史的評価としての新田氏は徳川家康がそれに先祖を求めたといわれ、
加えて近代においては皇国史観が忠臣・新田義貞を讃えている。

それらのお膝元を見ていくと
足利は絹織物の産地として国家の列強への台頭に貢献。
現在は14万人の人口を抱えており、
日本最古の学校といわれる足利学校があったように学都としての顔も持つ。
JR(国鉄)両毛線と渡良瀬川を挟んで東武伊勢崎線という
2つの鉄道が結んでいる。

一方の新田氏の太田は大光院の門前町から
中島飛行場、SUBARU(富士重工業)が拠点を構え工業都市として発展。
人口は22万人。
こちらはJR(国鉄)はなく、
東武鉄道の独壇場といった感じで伊勢崎線・桐生線・小泉線が集約され
群馬県へと広がる鉄道網の中枢を成している。

安易に勝敗をつけるというのは
それぞれの文化や産業に対して失礼なので一概にいえないけれども
両雄の歩みと同じようにお膝元の歩んでいる街も大きく異なっている事と
独自の文化や誇りを今日に至るまで受け継がれているものと思われる。

ちなみに館林市は7万人。
榊原康政が入城し、徳川綱吉が城主を務めたこともある。
小麦、醸造、上毛モスリンに代表される織物の産地だ。
桐生遠征編2020
2020年11月24日、北千住駅から区間急行館林駅行きで
6:43、終点・館林駅に到着。
すかさず5番線ホームから同一ホーム上の3番線にスタンバイしていた
802編成3両編成伊勢崎駅行きに乗りかえ。
非常にスムーズに乗り換えができるようにダイヤが組まれているので
こちらの到着と乗り換え客の確認を受け、すぐさま出発となる。
相変わらずせわしない。
桐生遠征編2020
ここから単線区間に入り、日清製粉に続いて正田醤油の工場の脇を通っていく。
象徴的な貨物輸送との関わりを仄めかす立地関係を目の当たりにしつつ
南栗橋車両管区舘林出張所を過ぎて
日栄ハイツや河本工業の先で国道122号と並走。

ロマンチック街道にJA-SSやとりせん、ビバホーム、舘林自動車教習所、
そしてつつじ野団地を通り、築堤を走り抜けて
松井内科の先で藪を抜けていくと右手にソーラーパネルが見えて
6:49、多々良駅に停車。対向列車が待ってた。
相手方を先行させてた後、続いて「りょうもう6号」がやってくる。

6:53に多々良駅を走り出して矢場川を渡り水田をひた走る。
山々が前方に控えている中、
右手にコトラ牧場、田部井工業、ABCロジテムを過ぎて県駅に着く。
降りていくのは足利南高の学生。
南羽生駅からご一緒した女の子は本庄市まで通ってるらしい。
桐生遠征編2020
水田やビニールハウスを進んでいくと協和中が見えてきて
右にカーブして住宅地に近づいて
ラフォーレストウやスズキアリーナを経て福居駅へ。
のこぎり屋根の工場がこちらから目に入る。
トチセンの工場だ。トチセン……栃木整染……前身は足利織物。
製糸・繊維業から転換して化成品フィルムの染色を行っているのが今日の姿。

ソーラーパネルにパナハイツを通って畑やビニールハウスも見受けられる中、
笠原産業が見えてきて東武和泉駅に立ち寄り、
朝倉福居団地や丸山ガラスから足利健康ランドの前に出て
コジマ電機に島忠、今井病院を過ぎて左にカーブ。
高架へとあがり、足利製菓専門学校や水戸証券、ニューミヤコホテルのもとへ。
桐生遠征編2020
7:04、足利駅に到着。さほどヒトの乗降に変化は見られなかった。
列車行き違いをして駅前交番やニッポンレンタカーをあとに
足利スターレーンを左にカーブ。

八幡町住宅からダイナムと業務スーパーの前に出て野州野辺駅に至る。
一向に降車よりも乗車の印象が強く車内は混んでくるばかりだ。
タイヤガーデンとアキレスの工場の先で地上へと下りて住宅地を進み、
ソーラーパネルのもとから国道50号を潜ると水田に出ていく。

右手にソーラーパネルが広がり、駒形小や岩松寺を通り
赤城食品の工場をそばに韮川駅に滑り込み、ここでも列車行き違い。
ウェルシアと太田動物専門学校から左にカーブして
国道122号の下を抜けて長岡東住宅を通って高架に上がると
SUBARUの工場があらわれ右へとカーブ。
桐生遠征編2020
東横インに続いて太田グランドホテルとホテルルートイングランドの前に出て
ドンキホーテが脇にそびえる太田駅へと列車は到着。
桐生遠征編2020
7:15、太田駅着。
まとまった降車がある一方、列車は引き続き伊勢崎駅へと向かって行く。
桐生遠征編2020
太田駅の駅名表示板を撮影したところ。
SUBARU前の副駅名がついており
文字通りこちらの立地する企業の動向が旅客にも大きく関わっている。
とりわけ「りょうもう号」の需要を下支えしているのは
そういう経済活動に因るところが強い。
3面6線の駅構造を持つ高架駅だ。
太田遠征編2020
階段を下りた地上部コンコースの壁面にはスクリーンが用意されていて
やはりSUBARUのプロモーション映像が流れている。
基本的にやっている事となぞっているのは
例年のものを踏襲しているので、
これが続いている、投資している企業実績と展望を抱いている、といったことを
それなりに確認していることになる。
太田遠征編2020
一方でこういうご時世なので
マスクを着けた「りょうもう号」が制作され
新型コロナウィルスの感染予防のために
咳エチケットや手洗いの励行がこれによって促されていた。
太田遠征編2020
桐生線への乗り継ぎに30分ほどの時間が空くのでここで改札を潜ることに。

列車案内表示をしている発車標と時刻表、構内案内図のもとに
広告をドカンと掲出しているのは
伊勢崎線沿線、足利市に付属高校と中学校を持っている白鴎大学だ。

上り列車の方は「りょうもう号」の設定が1時間に1本あることからなのか
桐生線が上から2段を占めていて、伊勢崎線は1段のみ。
下りの方は都心部へと伊勢崎線に集約されるので
しっかりと伊勢崎線が上から2段を占めている。
太田遠征編2020
高架下には改札脇にこの1年の間にセブンイレブンが開店を迎え、
通路を挟んで交番とともに観光案内所とFM-TAROのスタジオが入っており
こちらでちょうど生放送が行われているところだった。

観賞ブースが設けられていて公開も行う機会がありながらも
新型コロナウィルスの感染予防の観点から閉鎖中となっていた。

東武鉄道といえばファミリーマートと関わりが深いのだけれども
太田駅はセブンイレブンだった。
太田遠征編2020
高架下にもSUBARUの
大々的なプロモーション映像が流れるモニターが設置されていて
いかんなく企業城下町の顔を成していることが伺える。
手前は待合所の「おおたん」の石像。
太田遠征編2020
「ようこそSUBARUの街へ」とあるように
スバル地域交流会が組まれていて
SUBARUを中心に取引先・下請けといった企業が
街づくりや地域貢献に絶大な役割を果たしている。

裏を返すとSUBARUをとりまく経営環境が
大きく都市の活動を左右させることに他ならないわけで
そういうものを抱えつつも重工業都市として確固たる地位にある。

街を走っている自動車のメーカーはどこ、とか
それなりに意識してみると興味深いものがあると思う。
全部が全部っていうわけじゃないけどさ……。
太田遠征編2020
開館時間帯に居合わせることがないので
シャッターが閉じているのを前にするばかりだけれども
街としての高架下活用として街なか文化館を設けている。

ギャラリーと会議室を持っていて
学習室としてギャラリーは9時から20時までの時間帯で開放される。

ラグビートップリーグのパナソニックワイルドナイツの試合日程が
脇に掲出されているのは練習場が太田市にあるから。
パナソニックと聞くとピンと来ないけれども
前身は三洋電機となると工場の立地と企業スポーツの関係から
こちらに密接な関わりがあるという点にひどく頷くものがある。

どこかの街は財政的なバックグラウンドも考えないで
高架下の利用が無限大に出来るように思われていたりするけれども
然るべき税収など裏打ちされるものや
維持に関わる人々の文化への姿勢など
大きな要因がいくつも結びつくものがなければできない話で
どこでも出来るというものではない。
太田遠征編2020
太田駅北口ロータリーから見ているSUBARU群馬製作所西本館。
工場敷地は東洋で突出した航空機メーカーだった
中島飛行機のものを引き継いでいる。
工場所在地はその名も「スバル町」となっている。

富士重工業を経てSUBARUへと改称。
自動車開発は言うに及ばず、航空宇宙分野や環境など
手がけている分野は思っているよりも広い。
かつては鉄道車両も製造していた。

太田市の群馬製作所は自動車をつくっている。
中島飛行場時代は陸軍の専用機をつくっていた。
そういうノウハウが軍需産業から転換されて今日の利便性をつくりあげている。
太田遠征編2020
SUBARU群馬製作所側の北口ロータリーで駅舎を見据えている新田義貞像。
1988年に建立されている。
太田遠征編2020
新田義貞像のそばから太田駅駅舎とともにロータリーを撮影したところ。
駅舎正面、セブンイレブン寄りに設けられているシェルターが
一番駅の出入り口に近いので身障者用の乗降スペースに充てられており
手前がタクシー乗り場になっている。
北口を出発着する路線バスはこの立ち位置から真っ正面にあたる
太田市美術館・図書館の前に乗り場があり
矢島タクシーが受け持っている新田暁高などへのバスが出発着する。
太田遠征編2020
カフェが中に入っているオシャレな建築の太田市美術館・図書館。
郊外型の中央図書館に対して駅前広場の整備を受けて
北口側の駅前にヒトを呼び寄せることを意図している施設。
駅とともに街の核をつくりあげていく役割を担っている。
「街の顔」は「北口」であり、
SUBARU群馬製作所のお膝元で市街が形成されてきた色彩が濃い。
太田遠征編2020
後発的に整備されてきている南口は
デイリーヤマザキと目がドンキホーテに挟まれた通路の先に
ロータリーを持っていて、
熊谷駅へと結ぶ太田シティシャトルや夜行バスなど
より広域的な地域への路線バスが出発着している。
ホテルルートイングランドや太田グランドホテルといったホテルも南口側。
市役所やSUBARUの矢島工場も南口方面に立地。
もともと市役所は北口側にあったものを移転しているのだとか。
太田遠征編2020
観光案内所の脇には太田市の特産品の自動販売機がある。
その品揃えにビックリだ。
はちみつやベビースターラーメンの太田焼きそば味、おおたんグッズ、
コーヒー豆やトートバックなど60品目にも及んでいる。
太田遠征編2020
新桐生駅までの乗車券260円を買い求めて、6番線へ。
窓口上部にリバティこと500系が3往復「りょうもう号」として
館林駅以遠にも乗り入れるようになったので
その利用をすすめる貼り紙が掲出されていた。

窓口は4:50〜23:10までと長く時間がとってあり
おおよそ30分間隔で運行される「りょうもう号」の需要の多さ
強いてはSUBARUを中心とした企業活動の盛んである様子を物語っている。

新型コロナウィルスの流行がJRの新幹線に比べれば、という次元であっても
確実に往来を控える潮流があるのは確かなことなので
そういうものがどの程度まで及んでいるのかも考慮に入れる必要がある。
太田遠征編2020
これを逃すことになると
次発の列車が「りょうもう1号」になるので乗り遅れは許されない。
自分と同じく列車を待つ人はほぼ学生。

7:37、8574編成2連が入線してくる。ほとんどの人が下車をされ入れ替わることに。
一人で車内の平均年齢を上げているような顔ぶれになった。
出発時刻となった7:43、対向列車の遅れの兼ね合いでこちらの出発が遅れ、
7:46、対向列車の東小泉駅行きがやってきて、これを受けて出発。

ケアパークそよ風や英進ハイスクール、ニッコーパレスホテルを過ぎ、
本島総合病院のそばから右にカーブ。
太田女子高と太田記念病院の先で地上に下っていくと
左には水田が広がるのとともに大島団地と大島住宅団地を通り抜け
水田向こうに太田警察署が目に留まると線路沿いに民家が集まり三枚橋駅へ。
もう新桐生駅まで降車という方はほぼいらっしゃらないので
そちらへと乗客を拾い上げていくというのがヒトの流れ。

鳥の郷団地と鳥山団地を抜けて畑やソーラーパネルから西慶寺に向かい
左にカーブ描くと治良門橋駅でさらに混雑が増してくる。
水路や県道78号と並走して北関東道を潜り抜け、
シンワシステムを過ぎると左に民家が並んできて藪塚駅に着き
ここで列車行き違いをする。
丹波家具や塚越電器から茂みや畑をひた走り
再び民家が集まってくると旧・阿左美駅を過ぎて右にカーブして
笠懸東小をそばに阿左美駅に至る。
この1年の間でバイパス拡張のために駅が移転してロータリーも整備された。
太田遠征編2020
片桐工業の先で国道50号を潜り築堤を進んで
ハリカ桐生とトヨタレンタカーリースに平和のもとへ。8:05新桐生駅到着。
大勢の高校生が降車するのとともに自分もこちらで下車。
こちらの列車に入れ替わり乗車されてくる高校生と車内に残る高校生は
いずれも大間々高に通う方々という事になる。
太田遠征編2020
波に呑まれながらも駅名表示板を撮影したところ。
太田遠征編2020
そして改札を出て転回スペースから新桐生駅駅舎を撮影したものになる。
風見鶏と時計塔を持ったデザインになっていて、
駅舎脇に郵便ポストと公衆電話。

転回スペースには
樹徳高と桐生ヶ丘学園つまり桐生第一高のスクールバスが控えていた。
桐生遠征編2020
そんなところで8:09、桐生女子高行きおりひめバスに乗車。
この1年の間におりひめバスは19時前後の最終便に該当する8便が
新型コロナウィルス流行による乗客減を受けてではなく
運転士さんの不足に伴って運休の措置を講じるところに至っている。
限られた体制の中で運行を図るのにあたって
優先される時間帯というところにあてはまり、旧来通りバスに与らせて頂いた。
桐生遠征編2020
工事現場から県道68号へと左折。
季節でたぶん劇的に印象が変わるであろう沿道から
新桐生駅前郵便局や群馬銀行、エネオスのGSを通って
魚仙と加藤造園の先で坂を上がり、吉田ガラスのもとから錦桜橋へ。
桐生遠征編2020
渡良瀬川を渡っていく。
対岸に着いたところで坂を下り、ゲオをそばに「錦町3丁目」へと向かい、
足利銀行と桐生信金を通り「錦町2丁目」から
梅沢呉服や錦町郵便局を過ぎて錦町十字路に出る。
そのまま直進してセブンイレブンを通り「錦町1丁目」へ。

アーケードが延びてきて川島眼科をそばに「本町6丁目」。
桐生寝具の先で両毛線を潜り抜ける。
桐生ガスプラザがある交差点を直進して
群馬銀行を過ぎて「本町5丁目」に向かい、
美喜仁ときんでん呉服を通って「本町4丁目」を通過。
東和銀行と桐生信金、村岡医院を過ぎると「有鄰館前」。
矢野本店と無鄰館を経て「本町2丁目」に続いて
「本町1丁目」がアナウンスされたところで下車。
桐生遠征編2020
これと前後してバスがぶつけられるというアクシデントに見舞われる事に。
幸いにしてけが人はなかった。
運転士さんが冷静に周囲を確認した後に乗客の方を降ろし、
現場検証が程なく行われることになった。

通学で手段とされている方は時間を考えれば徒歩となるところだけれども
こういう状況となれば、受け入れる以上のものはない。

この状況でも(居合わせていてもどうなるものでもないけど)
儀式的なものをキッチリとしている自分がいたりする……。
桐生遠征編2020
桐生天満宮のイチョウはちょうど落葉の時期と重なっていて
沿道の方がゴミ出しに出された袋には落葉が大量に入っているものが多く
シンボル的な景観は人びとによって維持されていることを
断片的に思うのだった。
そういう積み重ねが今日に至っているわけで
ごく自然に成り立っているものではない。

つづく
posted by 小林 慶太 at 20:36| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月17日

北関東には何がある?

日光を見ずして結構と言うなかれ!というわけで
足尾銅山へと向かうことを思い立った。

平成の市町村合併で日光市は広域自治体となっていて
世界遺産となっている社寺を抱えている地域だけでなく
こちら足尾銅山を中心に栄えた地域も日光市に属している。

さすがに遺跡や廃墟を中心にまわっていく事になるので
密になってクラスターという事態は
よほどの事がない限りあり得ないだろうという判断。
桐生遠征編2020
期日は2020年11月24日、行程は前日にようやく確定させた。
4時に起床して旅のはじまりはまたしても松戸駅。

びゅうプラザが閉鎖されてから
催事を主にする店舗が入りながらも固定化されていなかったことを受けて
パンフレットのラックが設けられていたスペースには
ガチャポンが占拠するようになった。

近日eスポーツステーションが入居するというアナウンスがあった。
桐生遠征編2020
例の如く松戸駅の改札。4か国語表記。

この段階ではきっぷ対応の改札は2台。
アトレや新京成の連絡改札は全部ICカード専用になっているので
その人々の環境への対応、
バリアフリー工事が進められている中で
エレベーターや多目的トイレというのは
毎度のように登場していても時系列を追っていくと
下地にあったものが何だったのか、設置に伴って
何をどうしたのか、というのを暗に示していくものになる。
桐生遠征編2020
松戸駅の3番線の駅名表示板。
実は緩行線はもちろん、微妙にみんな違うんだ……。
桐生遠征編2020
北千住駅までの乗車券220円を買い求めて
3番線から4:56発上野駅行きE231系15両編成に乗車した。
ピアザや東横イン、河合塾にソフトバンク、キテミテマツドをあとに
市民会館を通って戸定邸の足元から高橋製粉のもとに向かい右にカーブ。
日南金属を過ぎると外環道を跨いで国道6号と並走して
松戸テニスクラブに続いて江戸川を渡る。

金町メディカルモールやダイナムにプラウドタワーの建設現場、
そしてヴィナシスタワーを横目に金町駅を通過して
イトーヨーカドーにシティタワーと東京理科大、MGCの研究所から
中川を渡って長門小を過ぎると
アリオとともにレジデンスのマンションがそびえ
リリオホールの脇から南口のロータリーとともに亀有駅に出て
東部地域病院に一ノ台中を過ぎ、東京未来大福祉専門学校に続いて
4駅連続となるイトーヨーカドーがあらわれて綾瀬駅を駆け抜ける。
ニュークラウンや目利きの銀次をあとにして首都高三郷線を潜り、
東京拘置所の先で今度は東武スカイツリーラインと首都高環状線の下を抜け
荒川を渡って日ノ出町団地からアトラスタワーやルミネのもとへ。
桐生遠征編2020
5:05、北千住駅3番線ホームに到着。
桐生遠征編2020
これは通過列車待ちをする2番線の駅名表示板。
桐生遠征編2020
乗り換えをするべく東武スカイツリーライン乗り場に向かう。
もちろんルミネはまだ営業時間前なのでシャッターが閉じていて
ターミナル駅でありながらも人影は非常にまばら。
この辺が日中とのギャップ。

そういうところながら東京電機大をそばに控える東口のラーメン味噌丸は
この時間帯にも関わらず普通に営業していた。
桐生遠征編2020
乗り継ぎ時間を駅構内で潰すことは考えず、
一旦そこで改札を出ることにして太田駅まで990円の乗車券を購入。

新型コロナウィルス感染予防のために
券売機は一部の発行を停止させていた。
ICカードの普及もこういう決断を後押しさせている部分がある。

運賃表と路線図、
東武鉄道の路線が大きく分岐する駅、
東武アーバンパークラインは言うに及ばず、
スカイツリーラインから大きく枝分かれするのは
館林駅と太田駅の2つがあり、そこに何があるのか、というのを
現在軸と過去軸を合わせながら辿っていくと
背景にあった産業や時代環境というものが読みとれ
そういうモノが今日を組み立てている事につながっている事になる。
桐生遠征編2020
北千住駅の改札を前にしたところには
独協大学と三菱電機が広告を掲出されていた。
いずれも東武鉄道と密接なかかわりを持っているところ。
だからといって恒常的に広告費を捻出して下さるとは限らないけど。
桐生遠征編2020
改札脇のファミリーマートも6時からの開店なので
人影は言うまでもなく、構内の店舗は静まり返っていて
ズラッと並んだ列車運行案内の表示と
複雑な構内の乗り場誘導の措置が目立つものとなっていた。

そんなところでヴィドフランスは黙々と開店準備をなさっていた。
そういう光景を目にしつつ、自分の日常というものを顧みる。
桐生遠征編2020
1・2番線ホームで列車待ち。
こちらには東武アクセスの売店がある。ファミリーマートではない。
商品搬入がなされたりする時間であって、営業はまだ先のこと。

北上していくにあたって運用列車が何両編成で組まれているのかというのは
それなりに意識しておくべき点。
輸送量と沿線人口、折り返し運用も控えていることも考慮しなければならない。

見ているのはもちろん「電車」だから「どれくらいの人を運ぶのか」という事。
ヒトという次元で読みとると都心部から離れるほと短くなるわけだけれども
それでも敷設させてきた背景には何があるのだろう、というもの。
桐生遠征編2020
東武鉄道、北千住駅駅名表示板を撮影。こちらも4か国語表記。
地下1階から地上3階まで立体的に乗り場が展開されているので
構内案内図と別に主要目的地とともに乗り場をピックアップしている。
桐生遠征編2020
5:21、2番線に71715編成南栗橋駅行きが登場。
桐生遠征編2020
そして5:23には1番線に東武動物公園駅行き8010編成がやってきて
それぞれ5:23、5:24に走り出していく。
桐生遠征編2020
これを追いかけるように5:30、区間急行館林駅行き8両編成入線。
こちら12265編成に乗車していく。
車内に長生村が広告出していた。潜在的なニーズをくみ取っているようだ。

先程から引き返すようにアトラスタワーをあとにして
日の出町団地から荒川を渡って首都高環状線の下を潜り、
小菅駅を通過したところで常磐線を跨いで五反野駅へ出ていく。
弥生小やサミットを過ぎたところで国道6号を渡る。
足立四中を通り、梅島小のそばから梅島駅を通り抜け
リライズガーデンがそびえ立ち、イオンやドンキホーテがあらわれ
5:36、西新井駅停車。

右にカーブして栗原団地を進み、東京メトロの検車区に差し掛かって
高架へとあがっていく。
都営アパートに続いて西友やPアークの前へと向かい、竹ノ塚駅を通過。
といってもホームは地上部で目にすることはない。
竹ノ塚第7丁目から足立清掃工場と竹ノ塚中を過ぎ、国道4号を潜ると谷塚駅へ。
グリーンアベニューやリレント、東京ラミネートを通り
ライオンズプラザやダイエー、アコス、そして丸井のもとへと出て
5:43、草加駅に着き、先行していた南栗橋駅行き71715編成を追い抜く。

アークプラザや草加中と草加小を過ぎて左にカーブ。
アオキやツルハドラッグに続いてソライエがそびえ立ち
埼友草加病院をそばに独協大前駅を通過して
コンフォールやサンライトといったマンションやカインズの先で
外環道を潜り抜け、旭町団地から新田駅へと出た後、
メディス越谷と県営団地を過ぎ、蒲生駅を通過。
CAD製図専門学校と明徳団地からイオンの前へ。5:48、新越谷駅到着。

独協医大医療センターをあとにして
サンウィングプラザやセントラルウェルネスクラブから
ツインシティがそびえる越谷駅に滑り込む。5:50、越谷駅に停車する。
ディークラディア、ピースフル、ニューライフなどのマンションを通っていき
元荒川を渡り、北越谷駅へと出て複々線区間がここで終わる。

王子コンテナの先で国道4号を潜ると商店が線路沿いに並び
セブンイレブンから大袋駅を通過する。
順天堂越谷病院に続いてインドアテニススクールやPアークがあらわれ、
5:55、せんげん台に停車。
シティプラザに武里南小、武里団地を通り、武里駅に向かう。
備後小を過ぎ、マルエツのもとから一ノ割駅を通過して
春日部厚生病院を通り抜け、変電所の先を左へとカーブ。
東武アーバンパークラインを潜ってララガーデンとラフェスタの前から
6:00、春日部駅に到着となり、❝オラはにんきもの❞の駅メロに送られる。

大塚家具とイトーヨーカドーをあとにして右にカーブ描いて
春日部中の先で国道16号を潜り抜けると北春日部駅を通過。
春日部工高と南栗橋車両管区春日部支所を駆け抜け
ようやくあたりがうっすらと明るくなってきて
畑からローソンや姫宮北団地を過ぎて姫宮駅へ。
そこから左にカーブしていくと構内が広がり、ゆっくりと6:06、東武動物公園駅到着。
ここから各駅に止まっていく事になる。
桐生遠征編2020
ロータリーと造成地から日光線と分かれて
宮代学園大団地や宮代ゴルフセンター、むさし堤団地を通り、
左には畑が広がっていく中で須賀中のもとから和戸駅へ。
住宅地から畑へと出てひた走り、圏央道を潜っていく。

明るくなってきたところで
ようやく東武スカイツリーライン・伊勢崎線が交差する高速道路の一つを撮影。
桐生遠征編2020
線路沿いに民家が並び、久喜東小や久喜自動車学校を通り
東北新幹線の下を潜って東北本線の脇に出る。6:14、久喜駅に着く。
留置中の8500系の姿があった。最古参級。

クッキープラザから変電所へと向かい、ライオンズガーデンの先で左へとカーブ。
ここで東北本線を跨ぐ。
畑から県道3号を潜り抜けて青毛堀川を渡り、これを左へと移し、
わし宮団地と上内小、続けて鷲宮小を通り、カスミのもとから鷲宮駅に出る。
桐生遠征編2020
らき☆すたのイラストが描かれたお店から
ふるさとの森と鷲宮神社を通って水田に向かう。
桐生遠征編2020
ソーラーパネルの先で東北道を潜り抜け、花咲スクールをそばに花崎駅へ。
日光線はいうに及ばず、スカイツリーラインも
日光街道、国道4号の往還を意識して敷設されている側面も帯びている。
東北道もそういった街道の進化形態といった意味合いが強い。
「列車が下を潜る」というのが重要。

埼北自動車学校から住宅地を進み、舟橋運輸や日立物流の営業所や
東日本塗料にブリジストンなどの工場が集まる加須工業団地を走っていく。
住宅地の奥、左手には中山福や湖池屋の工場がある。
フラワーハイツを過ぎて
東武ストアマインとロータリーに挟まれ、加須駅に滑り込む。
桐生遠征編2020
引き続き住宅地を進み、畑やソーラーパネルも見受けられる中で
国道125号を潜り抜けて不動ヶ丘病院と加須西中を過ぎ、
水田から加須・羽生バイパスの下を抜けていき、
住宅地に再度差し掛かると公園の脇から6:31、南羽生駅に到着。
車内は一気に空く。ショッピングモールの兼ね合いと思われる。
桐生遠征編2020
水田やソーラーパネル、ビニールハウスを走って日本通運と羽生高を通り
右にカーブ描いて住宅地に入り、魚民をそばに6:33には羽生駅に至る。
秩父鉄道は自社の路線だけではなく伊勢崎線系統と東上線系統を結んでいるので
これらの路線網の輸送手段を担っている。
桐生遠征編2020
ベルクやホテルルートイングランディアをあとに浅間神社を過ぎて
水田から埼玉ブロックを通り土手へとあがる。利根川を渡っていく。
桐生遠征編2020
一つのエポックである利根川橋梁。
利根川を渡るということが敷設された時代において
非常に都心へとモノを大量に運ぶという事に対して重要なものだった。
桐生遠征編2020
渡良瀬川と合流するのはここからさらに下流。
利根川橋梁から上流部を見ているところになる。
東武鉄道が利根川に架けている橋梁は伊勢崎線と日光線の2箇所。
そして結果として果たせなかったけれども
ここから上流にもう一か所橋を架けようとした時代があった。

水田からJA邑楽館林のもとへと出て駐車場とともに川俣駅に滑り込む。
以前というか、本来は利根川対岸、埼玉県にあったらしい。

ソーラーパネルに橋本産業の先で谷田川を渡り
水田を走っていくと県営住宅が見えてきて
林を抜けてセブンイレブンを過ぎると茂林寺前駅に着く。
桐生遠征編2020
関東学園の競技場から国道354号を潜り抜け
館林六小やカスミ、舘林倉庫、そしてぶんぶく茶釜が描かれたガスタンクとともに
館林ガスを通って構内が広がるのとともに
日清製粉の工場があらわれ、6:43、館林駅5番線ホームに到着。
桐生遠征編2020
こちらは非常に接続に便宜が図られているので
直線上に位置する3番線に待っていた802編成3両編成ワンマンに乗り換え。
かなりせわしない。

館林市は小麦の産地であり、
日清製粉の工場が正田醤油の工場とともに
東武伊勢崎線の線路沿いに立地している構造を見ても明らかなことに
貨物輸送、販路拡大に大きく鉄道が貢献をしていたことを伺わせ
その立地や土地利用が今日にも大きく反映されている。

未だに構内から外に出たことないけど。

「跨ぐ」「潜る」は建造物における建設年代の前後関係を暗に仄めかしている。
今日はやはり首都圏への通勤客輸送が絶大な柱となっている東武鉄道ながら
利根川の先にある線路網が巡らされた土地の産業輸送に
絶大な期待を抱いて敷設がなされており
それが近代国家の牽引に大きく貢献していた。
北関東の三県の存在抜きにその時代が語ることができないのと同じように
東武鉄道が「運んだもの」「運ぼうとしたもの」の存在も看過できるものではない。

ダラ〜っと長い文章が例の如く伏線回収への布石となっているわけで。
何で東武動物公園駅の構内は広いんだろう……、
ロータリーと駅前の造成地はどういう下地の上に成り立っているんだろう?
杉戸機関区!? 妻沼支所って……、というところまで
今回は足を延ばしていく。

色々と意識的に目線を向けないと
自分が移転するとも微塵も思わないで住宅密集地で駅前広場を要望したり
住んでいる街で隣の駅がそばにあるのに気付くのに
工事がはじまって10年くらいかかるという幸せな人生が送れたりします。

京成電鉄と東武鉄道は貨物を引き受けていたか否かで決定的な違いがあり
初期からの主要駅の構造に大きく関わっていて
それとともに市街が決定されていく一因になっている。
posted by 小林 慶太 at 23:48| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月15日

高速化の恩恵 新幹線のあるセカイ

並行在来線における定期需要を辿っていったり
特有の気候条件に晒される分、沿線の景観を堪能することに満足する一方、
高速化・新幹線の恩恵が確実にその行動範囲を広げていて
そういうところに与られて頂ける機会を増やしてもらっているのも確か。
糸魚川遠征編2020
2020年10月28日、
富山駅からあいの風とやま鉄道とえちごトキめき鉄道を乗り継ぎ、
糸魚川駅へとやってきて、ここからようやくJR西日本・北陸新幹線へ。
糸魚川遠征編2020
こちらがJR西日本・糸魚川駅の券売機。
大糸線はえちごトキめき鉄道に委託されているので
新幹線を前提にした指定席券売機が2台配置されている。
これに別途みどりの窓口が6:30〜22:45で開設。

記事を書き起こすのがあまりにスローなので
この段階では開設されていたみどりの窓口は
黒部宇奈月温泉駅と同じく12月下旬に廃止された。
糸魚川遠征編2020
糸魚川駅に停車するのは「はくたか」のみ。
「はくたか」でも通過列車の設定がある飯山駅よりも乗降客数は少ない。
21時台まで東京駅行きが表示されるように
都心部と相互間における滞在時間の確保は新幹線によって絶大的に広がっている。
それがお互いにどの辺まで享受しているのか、というのが
災害などを踏まえながら突き詰めていくべき点。
糸魚川遠征編2020
改札を潜ったところで改札内の様子を
自由通路並びに新幹線乗り場の階段へと見ているところ。

当然というか、
訪れた方にも意識してもらいたいという
JR西日本の意向と思われるけれども
「がんばろう糸魚川」の呼びかけは改札内の方に向けてもなされている。

空間デザインは時代の先端部を象徴しつつ
地域特性を組み込んだものが採用されている。
象徴的なのが天井や構内を灯す照明をどのように、といった点。
糸魚川遠征編2020
地域の特性と近未来のバランスを保つように取り入れられているのが
木材であり、それが醸し出す柔らかさや温もりといったもの。
ベンチや時計を掲出している壁面に
これが取り入れられているだけで、地域の木材の特徴が緩衝役を果たしている。
糸魚川遠征編2020
こういうご時世なので、乗車前に待合室で
テレビを見ながら晩ごはんを食べてしまう。

やっぱり富山駅に行ったら富山湾弁当!
といいながら食べているのはなぜか糸魚川駅の待合室。
混雑が解消されなかったり、
こういうご時世なのでよっぽど車内が空いていないと
在来線で駅弁を広げて食べるというのは心理的に憚る状況。

食べたいものと代名詞的な特産品・料理が隈なく入っている。
ホタルイカの焚き出しごはん、べにずわいがにのちらしずし、
いかしゅうまい、ますのすし、幻魚の唐揚げ、白エビのかきあげ、
ぶり大根、ばい貝のうま煮、酢の物とわらびもち。

待合室はもちろんというか、幸いというか、皮肉にも、というか
独り占めというタイミングだったのでご満悦。
糸魚川遠征編2020
ます・ぶり寿司も一緒に平らげてしまった。
大奮発して豪勢な晩ごはんにして旅路を締めくくる。

こういうことをやっているから
夏の直江津駅で駅弁販売を目の当たりにして
状況や文化を鑑みて、その購買がささいなものであって
それらを組み立てていく可能性にどの程度のものなのかは定かではなくとも
確実に可能性を上げていくのは、買わないという選択よりも、
少しばかりがんばって買っていく、食べていくというのが
自分では正解だったのではないかと大いに悔いるものがある。

もちろん金銭という制約や
自分ができなくても社会で続くようにすることができるものがあるのかというのを
問い詰める中でのことなのだろうけれども。
糸魚川遠征編2020
北陸新幹線、糸魚川駅はJR西日本管轄にあたるので
「どこでもドアきっぷ」の乗り放題区間の対象となっていて
どこでもドアのフォトスポットには明星山と高浪の池が用意されていた。
糸魚川遠征編2020
新幹線ホームで糸魚川駅の駅名表示板を撮影。
JR西日本のデザイン様式に則っている。
新幹線ホームは2面2線の駅構造。
糸魚川遠征編2020
18:48、金沢駅行きの「はくたか571号」がやってきて
これを見送ると程なくこちらの列車入線のアナウンスがある。
糸魚川遠征編2020
それからしばらくして18:58「はくたか574号」がこちらに登場。
往路に続いて復路もE7系だった。W7系に乗りたかった……。

自由席で何も不自由なく座ることができた。
それぞれの地域における都市間輸送にも努めている列車ながら
首都圏への往来を絶対需要にしている。
糸魚川遠征編2020
糸魚川駅から「はくたか」に乗車しているので
この辺の話題をキッチリと拾い上げておきたい。
こちらの地元企業であるデンカが車内広告を掲出していた。

「はくたか」は「かがやき」「あさま」と共通運用なので
糸魚川駅にやってくる、来ないを別にして
北陸新幹線を利用する人が目に触れる機会があるというところにも
広告としての投資価値があるものと思われ、
それをデンカがやって下さっているということ。

糸魚川郵便局をあとにしてスピードを上げていき
すぐに糸魚川総合病院を通って金山トンネルへ。
早川渡って中浜トンネルに進む。
以後は日本海の海岸へと注ぎ込む河川ごとに
その都度顔を出しながら相次ぐトンネルを疾走していく。

高峰トンネルから名立川に出て、待っている桑取トンネルに突入。
今度は桑取川を跨いで即座に松ノ木トンネル、高田トンネルと続いて
俊足ぶりがトーンダウンして高田商高のそばから
アパホテルやオリックスレンタカー、トヨタレンタカーが見えてきて
19:12、上越妙高駅に停車。
糸魚川遠征編2020
上越妙高駅は2面4線の駅構造になっているので
「はくたか」を「かがやき」が追い抜くことができる駅。
その場面はそう何度もあるわけではないけれども。
ここからJR東日本管轄になっていく。
糸魚川遠征編2020
和田小を過ぎて国道18号を跨ぎ、街明かりが非常に乏しくなる。
猛烈に長い飯山トンネルを突き進む。
駅到着アナウンスが流れてもなかなか出口にはたどり着かず、
ようやく外へ出るとホーム照明とともに19:25飯山駅到着。
駅メロディの「ふるさと」に送られて、
赤十字病院の先で国道117号や千曲川を跨いで高社山トンネルへ向かう。

合同庁舎のそばから国道292号を跨ぎ、やがて高丘トンネルへと進んでいく。
千曲川と再会した後、コメリやワークマン、ユーパレットに
アップルラインゴルフセンターを通り
長野新幹線車両センターの脇へと出てきのこセンターを過ぎて浅川を渡る。
ホクトの研究所に総合リハビリステーションが見えてきて、
住宅地に差し掛かり、マンションが相次ぎ、
北長野駅から長野車両センターを通り抜ける。
往路も帰路もこれを目にして思う事は同じ。そこから先がない。
思わないままというものもあり得るけれども。
糸魚川遠征編2020
鶴賀病院、長野市役所、チサングランド、フレッサインにメグパルクとそびえ
19:36、長野駅に列車は滑り込む。
思いのほかの乗車があり、こちらで運転士さんと車掌さんがスイッチ。
JR西日本からJR東日本へとバトンタッチとなる。

ホテルメトロポリタンをあとにしてハローワークの先で国道117号を潜り、
裾花川を渡ってマルコメの工場と松栄裾花団地を左へとカーブ。
安茂里駅を過ぎて犀北団地と犀北ゴルフセンター、西河原団地の先で
犀川を渡り、なおもしばらく住宅地を進んでいく。
長峰団地や古森沢団地、今井ニュータウンを通って
長野保健医療大と篠ノ井高を過ぎると篠ノ井駅へ出て
御幣川団地の先で程なく千曲川を渡る。
中部建工を過ぎて今度は長野道を跨いで屋代団地から五里ヶ峰トンネルに突入。
15kmにも及ぶ長大トンネルを抜け、バローやガチャポンのそばに出た後、
アリオに労働総合庁舎、ホテルルートイングランド、東横インのもとへ。
糸魚川遠征編2020
19:50、上田駅に至る。
ここから敷設年代が違うから壁面やデザインに
時代背景として流れているものが異なるものに。

新幹線の長野車両基地をそばに思うものを、
こちらからの接続路線に対して思わないことはない。
でも同時にその辺が自分の限界でもある。

立体駐車場とオリックスレンタカー、ホリデイスポーツクラブから
イオンにパチンコキング、上田日本電線の先へ右へとカーブ。
千曲川を渡って八重原トンネルと御牧原トンネルという
2つの長大トンネルを突き進む。
やっと外に出たところで千曲川を渡って左にカーブして
中部横断道を潜ってイオンやマンションがあらわれ、
東横インをそばに20:01、佐久平駅に停車。
糸魚川遠征編2020
意外に降車があり、
この時間帯だと長野駅からこちらまで利用される方が
それなりにいらっしゃるようだ。「かがやき」が拾い上げられない需要。

ケーズデンキをあとに小田井トンネルへと進み、
小田井工業団地からコンスタントに児玉・向原・草越に3つの追分トンネルと
相次いで駆け抜けつつ別荘地から借宿トンネルを出ると
国道18語彙と並走して軽井沢高に軽井沢警察署、セブンイレブンを過ぎて
プリンスボウルとプリンスショッピングプラザの前へ。20:09、軽井沢駅到着。
糸魚川遠征編2020
軽井沢駅を走り出し、アパホテルをあとにしてやがて碓氷峠トンネルに向かう。

難所を一気にこのトンネルで駆け抜けて、
さらに一ノ瀬トンネルと秋間トンネルが続き、3つの長岩トンネルを越えると
20:18には安中榛名駅を通過していく。北陸新幹線区間この列車唯一の通過駅。

里見トンネルに進んでNSKの工場から浜川工業団地に浜川住宅団地に出ていき、
ジャンクションで上越新幹線と合流。
ベルクやスポーツヒマラヤ、コジマ電機、ホリデイスポーツクラブを過ぎ
マンションが目立つようになり、群馬レジャーランドにビッグツバメの前へ。
立体駐車場とヤマダ電機、モントレーに囲まれて20:26、高崎駅に滑り込む。
糸魚川遠征編2020
チラホラと乗車があって
高崎アリーナをあとに冬木工業と沖電気から国道17号を跨いで烏川を渡る。
続いて水処理センターから阿久津工業団地の先では鏑川を跨ぎ
藤岡ICから上信越道を跨いで藤岡中央高のもとから関越道と並行して
神流川を渡っていく。
上里SAやヤオコーの迫で関越道を跨いで
ベイシアとスシローがあらわれ20:33、本庄早稲田駅を通過。

暗闇をひた走り、埼玉工大や仙元山公園を過ぎて
秩父コンクリートに日本山村硝子、ニコン、太平洋セメントといった工場群を
一気に突き進んで熊谷運動公園を過ぎると
ベルクやホテルルートイン、ニトリ、八木橋百貨店、そしてイオンがあらわれ
20:38には熊谷駅を駆け抜ける。

アズとニットーモールをあとに、東部体育館やソシオ物流センターを過ぎ、
ものつくり大を通り抜けて熊谷バイパスを跨ぐ。

関東総合輸送と昭栄運輸、テイエステックを過ぎて
栢山ニュータウンを通り抜けて圏央道を潜り、
日本アクセスの先でニューシャトルとの並走がはじまる。

一転して街明かりとともに光ヶ丘団地や中山団地、向原団地から
伊奈中央駅を過ぎ、伊奈中が見えるとすぐに志久駅を通過。
栄北高からジャンクションにさしかかり東北新幹線と合流する。
いなげやとともに沼南駅を経て原市駅の先で
北川鉄工所と三井食品の物流センター、大正製薬の工場を
あっという間に過ぎ去り、今羽駅へと出ていき、
次第にマンションが目立つようになる。
糸魚川遠征編2020
イトーヨーカドーに島忠ホームズが見えてくると
もう鉄道博物館のもとへとやってきて、JR大宮工場を過ぎて
県営団地に続いてルミネやそごう、DOM、アルシェがそびえ
20:50、大宮駅に停車してここで3分の2くらいの方が降りていく。

高島屋をあとに埼京線と並走して国際学院埼玉短大、アパホテルを右にカーブ。
東横インとさいたまスーパーアリーナを過ぎて
アルーサとポルテの前に出て北与野駅へ。
与野体育館と与野区役所、ガーデンガーデンから与野本町駅へと向かい、
インドアテニスクラブやロイヤルゴルフセンター通って南与野駅に出ていく。
中浦和駅を通り抜けてライブタワーとラムザタワーがあらわれ武蔵浦和駅へ。
鴻池運輸とロッテ浦和工場、そして浦和球場の先で外環道を跨ぐ。

北戸田駅から戸田スポーツセンターを経て戸田駅に向かい、
戸田中央総合病院を過ぎて戸田公園駅に出て
東横インと明治の工場から荒川を渡って東京都に入る。

第一硝子の工場から浮間舟渡駅を通り
浮間中と壁のようにそびえる都営浮間アパートから新河岸川を渡り
トンネルを抜けると東横インとホテルメッツビビオの前に出て赤羽駅。
北トピアのもとからサンスクエアとともに王子駅を過ぎ、
飛鳥山公園と印刷局の工場、瀧野川女子学園を経て
尾久車両センターが見えてきて
JR東日本東京支社とJR貨物のビル、マルエツのもとから
田端駅の脇を通り過ぎセブン&アイのネットスーパーや
日暮里駅周辺の高層マンションを見上げつつトンネルへ。
糸魚川遠征編2020
列車は21:10、上野駅22番線に到着。
地下4階のホームから地上へと向かう。
チケットレスの❝新しい日常❞をうたうポスターやフリー切符のポスターが
エスカレーターのもとに貼り出され「コロナ禍」における
需要喚起が図られていた。

果たしてどれだけ適応できるのか否か、というものと
それによって組み立てられるものが
これからを導いていく糸口であるというのは確かなことでありながらも
道のりは憚るハードルが非常に多いように思う。
糸魚川遠征編2020
高速ネットワークが形成され
より観光やビジネスに伴う都市部の往来が活性していくところにあったものが
新型コロナウィルスの流行に伴い、感染予防を鑑みた上で、
ビジネスにおいてはとりわけ新幹線を移動手段としてビジネスをされるところは
通信インフラの先端に近いものを享受していることが少なくないので
収束後も費用対効果や負担を鑑みると
旧来型のビジネスモデルに一通り回帰するとは考え難く
大きな転換点になっていくことが予想される。

従って新幹線で得た利益を在来線にまわす、都市部の利益を地方交通線へ、という
そういった構造が必ずしもそれらを今まで通りに
成り立たせていくものではなくなりつつあることを
念頭に置かなければならないだろう。
加えて人口減が確実に影を落としている。
糸魚川遠征編2020
Go to キャンペーンの期間中に出かけてるけれども
そこで思い立ったものが、
キャンペーン終了後、新型コロナウィルス収束後に、
同じ水準、それ以上のもので弾き出せる感覚というのは
どれくらいあるのだろうか?

そういうものを問い詰めて躊躇している間にも
そこから派生する産業や関わる人々の暮らしが揺らいで
強いては社会を支えていく事になる人もまたより限られていくわけで
旅路は常にそれらと背中合わせにある。

何とか今回はそれを果たしている(つもり)なのだけれども。
posted by 小林 慶太 at 21:22| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月13日

新幹線にないセカイ

みんながみんなその線路沿いに住んでいるわけじゃないけれども
あいの風とやま鉄道、富山駅以西の沿線人口をイメージするにあたって
富山市41万4000人を筆頭にして
滑川市3万2000人、魚津市4万2000人、黒部市4万1000人、
入善町2万3000人、朝日町1万1000人。

これに対してえちごトキめき鉄道の日本海ひすいラインは
上越市18万9000人と糸魚川市4万1000人を抱えている中での
定期輸送を基本に生活インフラとして
それら都市中心部や沿線の高校や工場への
通勤輸送・通学輸送に機能するように努めている。

然るべきインフラを担うコストを補うだけの旅客需要を拾い上げることが
これらを成り立たせていく上の前提条件なので
それら絶対数が限られている中でやりくりをしている。
滑川遠征編2020
2020年10月28日、滑川駅から糸魚川駅までの乗車券1420円を買い求めて
1番線から17:02、521系2両編成泊駅行きに乗車。
糸魚川遠征編2020
521系車内の路線図。
富山駅を中心に列車が運用される金沢駅から糸魚川駅までを案内。
北陸新幹線の乗換駅も記載がなされている。

スカイホテルから富山地鉄と並走しつつ右にカーブして水田に出ていき、
浜加積駅を過ぎると民家が富山地鉄の線路が延びる左手中心に並び、
北陸発酵工業の工場を右手にして早月加積駅へと向かい、
その先に富山ホーム食品、三豊工業、愛二鉄工といった工場が集まる
滑川工業団地から東滑川駅に滑り込む。
越中中村駅の先で早月川を渡り、辻精機を過ぎて富山地鉄を跨いで市街へ。
角川を渡って千田建設に魚津総合庁舎、魚津西中、電鉄魚津駅を通り抜け、
市立図書館に続いてスカイホテルやサンプラザがそびえ
マンテンホテルのもとから17:10、魚津駅着。
車内が少しばかり空く。

アパホテルや日本通運、貨物ターミナルを過ぎてJAの倉庫をあとにして
水田へとひた走り、小山田団地を通り抜けたところで
富山地鉄と分かれて右にカーブをしていく。
ビニールハウスも向けられる中で柳枝社の先で国道8号を潜り抜ける。
片貝川を渡って新川みどり野高から左へカーブして布施川を跨ぎ、
YKKの工場にホテルアクア黒部、JX金属リサイクルの工場のもとへ。
17:18には黒部駅に滑り込み、2駅で混雑度合がかなり変わる。

堀切市営住宅から県道122号と国道8号の下を潜り抜けて
YKKの寮に中新住宅や清明中、コスモ石油を通ってひた走り、
県道53号を潜るとYKKの工場が広がり生地駅へ。
あたりはすっかり暗くなっていた。
生地駅から右へとカーブして協和土木の先で黒部川を渡る。
水田を駆けていき、右にカーブした後、
そのまま真っすぐ進んでいくと西入善駅に着く。
暗闇の中、黙々と水田を突き進み、県道2号を潜ると
サンリッツの工場に町営住宅、
そしてNECトーキンと京セラの工場の前に出て入善駅に至る。
駅を出ていくと少し離れてバローを核にしたコスモ21が見え、
そこから水田をなおも駆け抜けて小川を渡って
アスカとニットービバレッジのもとへ。
信号待ちをした後、17:37、泊駅2番線ホームに滑り込む。
糸魚川遠征編2020
2面3線の駅構造で列車が到着したのは島式ホーム。
駅舎へは跨線橋でコンタクトをとるようになっており
同一ホームでの乗り換えに配慮が置かれているように思う。
列車は効率よく富山駅へと折り返し運用に就く。
糸魚川遠征編2020
あいの風とやま鉄道とえちごトキめき鉄道の乗り換え案内。
直通運転を行う2本の列車以外は
同一ホームで前後に並ぶ双方の列車のもとへと乗り換えていく事に。
糸魚川遠征編2020
泊駅の駅名表示板を撮影したところ。
コンスタントに乗り換えに便宜が図られているので
行動範囲も目にする範囲も非常に限られているというのも確かだ。
糸魚川遠征編2020
前方に待っているET122‐2に乗りかえ。ここから気動車。
田辺工業のラッピング列車。引き続き電化区間。
車内には乗り換え客を含めて10人。車掌さんが乗務された。
高校生の方もいらっしゃり、
そこから定期利用として県境を越える方がどれくらいなのかという
その辺が興味対象になる。

滑川市でお風呂に入るという目論みを空振りをしている結果、
1時間半ほど前倒しして列車行程を進めているので
偶然にも下校時間帯に重なる方と出くわしている格好となった。
糸魚川遠征編2020
こちらはえちごトキめき鉄道の路線図。
北陸新幹線との乗換駅2駅を抱えていて
中心部に直江津駅を据えた構成となっており
魚津駅〜市振駅〜糸魚川駅〜直江津駅〜長岡駅までの区間や
接続路線の南小谷駅、長野駅、十日町駅といった範囲までをカバー。

17:43、ディーゼルをふかして泊駅を走り出して
泊高から左へとカーブしていくと県道60号が近づいてきて
海岸線を列車は走っていき、トンネルを潜ると
国道8号が右手に延びてきて宮崎鉱泉のそばから越中宮崎駅に着く。
ここまでが富山県。車内では車掌さんが検札を行った。
ドライブインきんかいやヤマザキYショップをあとに
高台には北陸道の越中境PAの明かりが見え、県道374号と並走。
糸魚川遠征編2020
境川を渡って新潟県に入り、道の駅市振の関を過ぎると
程なく17:54、市振駅に到着して高校生のお一人が下車。
まだ車内にはお二人の高校生の姿があった。
制服の文字から新川高だと突き当たる。魚津駅が最寄り。
交通機関の有無が選択肢の裾野を左右させる。

「子育てにやさしい社会を望む!」という方であれば
自ずと意識されるものであろうけれども
こういう乗降の光景を目の当たりにしないと認識しない人間だ。
絶対数はとにかくとして公共交通の果たす役割や
それを維持することによって維持される可能性、
そういう部分にも目を向けなければならない。

親不知トンネルへと突入していく。
とにかく長いこのトンネルを日々通学で往来されている方がいる、
それはいるのかもしれない、という部分はありながらも
現実と整合するとなおさらに。

北陸道と国道8号を潜り抜けて外波トンネルへと進む。
旧・歌外波小の足元から街明かりがポツリと。18:00、親不知駅に到着。
親不知郵便局の先で親不知子不知トンネルに突撃。
ガンガンと一両編成の気動車が全速力でこれを駆け抜けて
国道8号と並走して頭上から左へと移すと青海川を渡って青海駅へ。
ここで3人が下車して10人の乗車があった。
デンカの方が通勤・帰宅に利用されているものと信じたい。
慣れ親しんでいるグループでの利用のようだった。
それでもタイミングもあるとはいえ、
これくらいの規模が学生を差し引いた定期需要なのだろう。
高校生の方は旧・青海町からの通学ではなかったことがここで判明。
糸魚川の市街地もしくはそれ以遠から日々通われている事に
なおさらにビックリする。
糸魚川遠征編2020
レールオフステーションと青海小をあとにして田海川を渡って
デンカの工場の通り、やがて姫川を渡り、
明星セメントの工場や糸魚川ショッピングセンターがあらわれ
北陸新幹線の下をくぐってシティホールへいあんや糸魚川小のそばへ。
列車は18:12、糸魚川駅1番線に到着。
8分停車の後直江津駅へと向かうところをここで区切って下車。
お二人の高校生もこちらで。
ホームの照明がないと真っ暗でラッピングが目立たないからね……。
糸魚川遠征編2020
糸魚川駅はちゃんと在来線の改札を潜ることを意識しているから
キッチリとそちらに飾られている翡翠の勾玉を撮影するのが
ほぼルーティンになっているような気がする。
金額を可視化すると驚かれる方が多いと思う。
地上駅時代から引き継がれているシンボル。
目にすることができるのは新幹線ではなくえちごトキめき鉄道。
糸魚川遠征編2020
えちごトキめき鉄道糸魚川駅改札を撮影。
日本海ひすいラインとJR西日本・大糸線を受け持っている。

トワイライトエクスプレス再現車両の公開がはじまったので
それを記念した企画乗車券の案内が改札前に掲出されていた。

デジタルサイネージでは新潟県から
帰省・来訪者への新型コロナウィルスの感染予防への呼びかけがなされている。

こういう状況でも鉄印帳への反応はかなりのものらしい。
糸魚川遠征編2020
駅構内3カ所目となる観光案内所は実は移動ができる代物で
アルプス口の階段を前にしたところに場所を移していた。
合わせて北陸新幹線とブラック番長の顔出しパネルが用意されている。
糸魚川遠征編2020
アルプス口、ジオパル正面にくろひめ号がやってきた。
協和工業が1956年に製造した国産最後の蒸気機関車で
東洋活性白土の横町工場を活躍の舞台としていた。
糸魚川遠征編2020
これに伴ってジオパルのアルプス口のもとに展示されているジオラマも
東洋活性白土の工場や引き込み線を再現したものへと変わっている。
制作をなされているわけだけれども。その技術にも改めて感嘆させられる。
スーパーイチコや吉田病院はこの工場敷地が下敷きになって
今日の土地利用になっていて
シティーホールへいあんは専用の積み替え駅の土地にそびえたっており、
本町通りが本来の国道8号であったことが
こちらの図面から紐解くことができる。

あまり土地利用を考えないと
自分自身が移転したりするとも思わないで
何でも要望して誘致できると思い込んで幸せな人生が送れたりします。

糸魚川機関庫のレンガが1個2000円で売っていた。
糸魚川遠征編2020
今回はピンポイントだけどキハ52‐156を撮影。
夜間は館内照明で艶やかな車体がより映えるように見える。
糸魚川遠征編2020
ついにボードが取り外されてお披露目となった
天空ノ鉄道物語で展示されていたトワイライトエクスプレス再現車両。
公開時間や期間が限られているとはいえ
こうして対面を果たす事になった。

観光協会を窓口にして抽選で
日本海会席御膳を再現した鶴来家をはじめ、
アルプス口そばのヴォーノなど4店舗のいずれかから
お昼ごはんを注文してこちらで頂くことができる。

2人以上ということで、自分には程遠い話ながら
こういった活用方法、市域への活力の呼び込みがなされ、
トワイライトエクスプレスの文化が引き継がれていく事に。
糸魚川遠征編2020
待合室のテーブルや椅子も
トワイライトエクスプレス再現車両の公開とともに
これで一体的に空間の基調が揃うことになった。
列車待ちで時間をここで費やせるだけでも十二分に満足。
糸魚川遠征編2020
公開とともにJR西日本から実車の方向幕や装飾品、備品が譲渡され
合わせてこちらに展示されるようになった。
方向幕の「大分駅行き」は特別なトワイライトエクスプレスで用いたものとか。
照明器具の装飾は再現車両のモチーフになっており
その精巧ぶりに驚かれると思う。
(キハ52−156の窓越しに一応時間外からでも見物ができるところにあった)
糸魚川遠征編2020
合わせて愛好家の方が資料として寄贈をされ、より充実した資料展示へ。
こちらに限らずジオパルの資料は
愛好家の方々の厚意で拡充されている部分を濃く感じるので
それだけ求心力があることを伺わせる。
糸魚川遠征編2020
キハ52−156の車内の様子。
こちらは開館時間帯は出入りが自由。
経年とともに保存されている実車としての歴史的価値と
公開がなされている特殊性がより評価をされていく時代に足を踏み入れている。

アルプス口のキハ52‐156には会っていて
日本海口や海望公園の奴奈川姫さまには挨拶に行かないところに
自分の体たらくぶりを改めて思うのだった。

奴奈川姫様、この間、会ったじゃないですか!?

我ながら縁遠い人だなぁ。この辺で自嘲することで勘弁してください。
糸魚川遠征編2020
糸魚川駅からは北陸新幹線で家路へ。
並行在来線を前提に行程を引っ張った。

「がんばろう!糸魚川」と呼びかけているJR西日本の横断幕。
大火後のインフラ復興はゴールではなくはじまり。
そういった着眼点で街を見ていく事を前提としている。

もちろんうちの街の人びとの熱意や情熱は
それ以上に歳月を費やして身を添い遂げる思いに裏打ちされているかと。

つづく
posted by 小林 慶太 at 20:33| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月11日

空振りの対価

夕陽を美しいと思うか、哀しいと思うか、それはキミの自由だ。
滑川遠征編2020
2020年10月28日、
滑川市の市民交流プラザにある
あいらぶ湯でひと風呂浴びていくことを目論んだ。
しかしながら県道139号へと滑川駅から歩いてやってきたところ、
目にしたのは休館日の貼り紙で
そちらで代わりとなるみのわ温泉の利用をすすめていたものの
移動手段としての自動車ありきで途方に暮れるわけにもいかず
駅へと引き返した後、滑川漁港へと向かう事にした。
滑川遠征編2020
市民交流プラザに隣接している滑川中央公園。
奥にそびえている建物が滑川市立図書館・文化プラザで
あいの風とやま鉄道の線路沿いにエールとの間に
こちらへとアーケードとともに商店が並び滑川公園通りを形成し
県道とエールを挟むように延びている。
滑川遠征編2020
定休日と重なったり、営業時間の前だったりと、
とかくタイミングが悪いけれども公園通りの様子。
塾や楽器店、花屋、衣料品店にデイサービス、歯科、内科など
多種多様なお店が並んでいる。
歩道と重なる部分にアーケード。
積雪のある地域はそれを講じているという点を意識する。
雨よりも除雪する手間や負担を軽減させていることと
歩行者動線を確保していることにつながっている。
エールとの間には駐車場が延びていて
自動車の保有率が一世帯一台以上といわれるくらいに
富山県は高いので、駐車場の埋まり具合と実際に目にするヒトというのは
自分のイメージありきとはいえ、随分とギャップがあるように感じた。
滑川遠征編2020
滑川駅へと戻ったところで北口正面に延びる
その名もほたるいか通りを真っすぐ歩いていくと日本海にたどり着く。
だいたいのらりくらりと15分くらい。
あいらぶ湯から日本海が見えるのだから至近距離にあるというのは
わかっていたけれども、実際に歩いてみて、それを実感するというところだ。

道のりとして明治製薬の工場が左に見えてきて中川原西交差点には
交差点を斜めに挟んで憩いの広場と学びの広場が整備されていた。

時間帯としてのるmy carが
複数台街なかを走っているタイミングにあたったので
キラリンを模している顔を持つバスが、というのは何かシュールだった。
それだけ駅を中心に各方面へと
人々のサイクルを加味しているっていう事なのだろうけれども。
滑川遠征編2020
ちょっと雲がかっているところながら滑川漁港から見る富山湾の夕陽。
お目当てに空振りして選んでの結果とはいえ
能登半島の海岸線が見える中を
その奥に夕陽が沈もうという目にするのは
あいらぶ湯からの眺めとはまた趣きを異にするものだった。
滑川遠征編2020
滑川漁港に停泊している漁船を見ているところ。
何とホタルイカが水揚げの7割を占めるというほどに特化していて
わら網を用いた漁法を採用。滑川高は定置網実習があるらしい。

そりゃ、駅を降りた瞬間に「ホタルイカ」の文字が飛び込むのも
「ホタルイカのまち」と自負するというのも
資料やその数字を目にするとなおさらに納得してしまうものがある。

その次に多くとれるのがずわいがに。
漁獲量でいうとホタルイカはずわいがにの8倍近い量。
シーズンが文字通り最盛期となると想像も尽かないくらいだ。
滑川遠征編2020
夕陽に見とれながらも
その一方では立山連峰の眺望もまた捨てがたいものがある。
たまにやってくるから、
そういう感覚が抱けるわけで、という部分も否定はしない。
滑川遠征編2020
道の駅ウェーブパークなめりかわにてキラリンの自動販売機を撮影。
キラリンは十六茶のCMでガッキーこと新垣結衣さんとの共演経験アリだった。
そのスナップ写真が自動販売機に飾られていた。
キャラクターデザインが施されているのを除けば普通の飲料自動販売機だ。
滑川遠征編2020
夕陽や立山連峰は道の駅敷地内の展望台から眺めたもの。
観光案内所や深層水ジャグジーのタラソピア、
レストラン光彩、みちカフェwave、ほたるいかミュージアムから
道の駅は構成されている。
滑川遠征編2020
館内にはテレビモニターをそばにキラリンが腰かけていた。
一応キラリンは女の子だ。
滑川遠征編2020
弟にあたるピッカも。
事務室からのスタッフの方の会話を
このお二人を媒介にして耳にしていたから
これまた非常にシュールに感じることに。
キラリンとピッカがしゃべっているわけじゃないんだけど、
2体を前にして、どこからともなく、声が、となると、ねぇ。
そういう台詞を充てたくなる。
滑川遠征編2020
閉館時刻間際となっていたので建物外観を見て
こういう施設なのだというのを確認するばかりながら
ほたるいかミュージアム。
滑川遠征編2020
入口の植栽までもがホタルイカを模していた。
道の駅の物産コーナーはやはり海産物が占める割合が高く
文字通り地場産業に基づく品揃えが中心になされていたように思う。
滑川遠征編2020
完全に沈むまで魅入っていると
その日のうちに家に帰れなくなってしまうので
そこまでは時間を割くことはしなかったとはいえ
はまなす公園でギリギリまで粘っての一コマ。
滑川遠征編2020
滑川駅へとせわしなく戻って来たところで
ちょうど17:02、泊駅行きの521系2両編成がやってきて
こちらへと乗車していく。

今度の521系は移管・発足の段階でJR西日本から譲り受けているもの。
ライトの形状、行先表示がフルカラーではない点など違いがある。

移管を受けた後、新製車両の導入に至っていることや
高岡やぶなみ駅に続いて新駅設置の設置に動き出していたり、
あいの風とやま鉄道は当初の見通しよりも上回る旅客水準で推移している。
県庁所在地を抱えていたり、
公共交通を通勤手段に用いて下さる沿線、駅間近の工場立地など
とりまく展望は決して油断できるものではないけれども
こういう条件が追い風になっているようだ。

一方でえちごトキめき鉄道はこういった要素に乏しいので
そういう水準を下回っているといわれる。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:56| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月10日

空振り

滑川遠征編2020
2020年10月28日、富山市の中心市街地から市役所を経て
15時過ぎに富山駅に戻って来た。
2階からみどりの窓口へと富山駅構内を撮影したところ。

みどりの窓口は2020年11月から7:00〜21:30までに短縮されるところだった。
この段階では5:40〜23:30まで。
確実に現実に即した展望を見据えた舵取りがなされている。
(学割やジパング倶楽部は窓口・有人でなければダメ)

駅の天井からは「とほ活」のタペストリーが吊り下げられているほか、
通路の柱にも同様のデザインでデジタルサイネージのスペースを充てている。
右の柱に見えるのはTOYAMAキラリで開催されていた木梨憲武展のもの。

きときと市場とやマルシェでお土産と七越焼を買い求め、
ここでようやくお土産処で晩ごはんとなる駅弁を入手。
大体同じくらいの金額で顔ぶれも同じようなものを買っている。
右肩を上げたり、裾野を広げるお土産の買い方は
自分に逆立ちしても出来ない芸当。できても続かない。

新型コロナウィルスの流行で
新幹線をはじめ長距離列車の需要が格段に減っているので
駅弁の類では比較的消費期限が長います寿司やぶり寿司も
製造する商品の絞り込みがなされていたり、
ほかの駅弁も売れ筋と思われる商品に特化していた。

この時間帯だと入手できる。
滑川遠征編2020
また列車までの時間を費やしていた富山駅の2階部には
駅ピアノが設置されている。
滑川遠征編2020
富山駅2階部のちょうど真下に総合案内所があるほかに
クラルテのもとにも観光案内所がある。

スカイバスの当日予約受付と
市内電車とバスの一日フリー切符の案内が入口前に掲出されていた。
観光の受け皿となるこちらは通常営業ながら
隣接している日本旅行は新型コロナウィスルの流行に伴って
カウンター店舗は水曜日の定休日を増やしていた。
やってきているこの日は水曜日。

JR西日本は旅行業務を日本旅行とタイアップしている。
滑川遠征編2020
帰路は並行在来線・あいの風とやま鉄道を利用。
というわけで券売機を撮影したところ。
富山駅はJR西日本も北陸新幹線と高山本線が乗り入れているものの、
自社ICカードであるICOCAは
こちらのあいの風とやま鉄道のみに対応しているので
券売機にもそのICの表示とロゴが入っている。
チャージ金額で区間外までの乗車券を買い求めるためのボタンがあり
これも強調してある。
滑川遠征編2020
記事を書いていくスピードが
自分の街の高架工事はそれなりのリアルタイムさを追求しているけれども
こちらは非常にスローペースなので今さら感があるとはいえ、
ブラックボードの活用をこのようにされていたら
やはり記録して取り上げておきたい。
まったくもって絵心があるよねぇ、
あいの風とやま鉄道といいJR西日本といい富山駅の駅員さんは。
滑川遠征編2020
滑川駅までの乗車券370円を買い求めて
5番線へと向かい、521系2両編成泊駅行き普通列車に乗車。
自社発注の1000番台だ!!
正面を顔に例えるとライトが目に見える、というのは言われてみると
非常に納得する形状を持っている。

普通列車はこの2両編成を基本に組み合わせて最大4両編成で運用。
ラッシュ帯を中心に3両編成を基本としている413系の出番がある。

持て余さないように効率的に列車を充てているから
なかなか富山駅から座れない。
荷物抱えながら端っこにいることが多く、今回もまた然り。

ちなみに富山地方鉄道は経由地が違うこと踏まえる必要があり
この区間で620円、えこまいかを使うと560円だ。
滑川遠征編2020
4番線にIRいしかわ鉄道の521系がやってきたのを受けて
15:27、富山駅出発。
日本海建興をあとにして左へとカーブして
大鉄工業を過ぎたところでいたち川を渡る。
そこからさらに左にカーブ描いて丸本木材と信開メルシーの先で
富山地方鉄道と分かれた後、
赤江川を渡り北陸新幹線と分かれると
JR貨物の富山機関区に差し掛かりる。
滑川遠征編2020
金沢総合車両所富山支所を横目に。
あまり日中は出番がない3両編成413系がキハ120とともに休憩中。
滑川遠征編2020
今度は貨物ターミナルを通っていく。
コンテナを長大編成を成した貨物列車がスタンバイしていた。
この付近が新駅建設現場となる界隈で
オーシャンゴルフクラブの先で国道8号を潜り抜ける。

水田からミノヤセイキを通り過ぎ
東富山体育館と不二越の工場があらわれ、列車は東富山駅へ。
車両基地と貨物駅の存在があるので
一駅間の距離が非常に長くなっていたところに
富山県が持っている土地を利用して
国と県と市で費用を負担して設置することになる。

何も考えないで列車乗っていると
住んでいる街でも隣の駅がそばにあるのに気付くのに
自分で要望している工事が10年近くかかってようやく、という有様だったり
広場をつくっても住宅密集地で道路をつくるために
自分自身が移転するのも微塵も思わないで暮らす事ができたりする。

どこの街とはいわないけれど……。
滑川遠征編2020
東富山運動公園から右へとカーブして
日本海コンクリートを通って水田をひた走り
富山県リハビリステーションが見えてくると今度は右にカーブ。
ソーラーパネルの先を左へカーブ描いて常願寺川を渡る。
富士製薬と旭産業、田中精密工業のもとから水橋駅へ。
滑川遠征編2020
水橋高のカヌー庫がある白岩川を渡って左にカーブして
水田から水橋東部団地に差し掛かり
上市川を渡ると武内プレス工業と富士電機の前に出て
滑川高が見えてくると右から延びてくる富山地方鉄道と並走。
滑川遠征編2020
田中小を過ぎて中滑川駅や富山第一銀行に続いて
滑川市役所と市立図書館、市民交流プラザがそびえ
エールのそばからスカイホテルを前に15:41、滑川駅に到着。
滑川遠征編2020
例によって滑川駅の駅名表示板を撮影。
滑川遠征編2020
街の看板は基本的に揺るがない。
「ほたるいかのまち 滑川」だ。
滑川遠征編2020
あいの風とやま鉄道の滑川駅は
駅舎のあるホームと島式ホームから成る2面3線の駅構造。
現在の列車を基準にしてみるとあまりに持て余すホーム延長を持っている。
長大編成の特急列車の停車を前提としていたため。

島式ホームにも「ほたるいかと海洋深層水のまち」とあり
「ようこそ滑川へ」は4か国語で表記がなされている。
滑川遠征編2020
滑川駅きっぷうりば周辺の様子。
設置されている券売機は1台で窓口設置の有人駅。
有人時間帯は7:00〜19:30.
運賃表の下にJR切符の購入を滑川駅で進めており
脇に設置されているAEDそばの柱にはほたるいかミュージアムの案内がなされている。
滑川遠征編2020
滑川駅駅舎外観。
出入口部分には掲げられているのも
キラリンとともに❝ぼたるいかと深層水のまち❞だ。
滑川遠征編2020
駅前のロータリーにはコミュニティバスのるmy carが停車中。
こちらは市街地循環ルートの便。
全部で7つのルートが設けられており、それぞれ4〜6便の設定。
正面は文字通りキラリンの顔になっている車体。
車体脇もお尻もキラリンづくしで
広告は市内に工場を立地しているYKKapが掲出して下さっている。

これに加えてロータリーには
富山地鉄バスの富山駅を結ぶ路線バスがやってくる。
滑川遠征編2020
滑川駅北口のロータリーを撮影。
駅前交番はこちらに設置がなされており
富山地方鉄道の滑川駅とは地下道でコンタクトをとる構造。
タクシーの常駐もこちら。
滑川遠征編2020
地下道を潜って南口、富山地方鉄道の滑川駅に面したロータリー。
貨客分離の構造を前提として組み立てていたであろう市街に置いて
後発的に整備されたものと思われる。
こちらにやってくるのるmy carは3系統のみ。
駅正面から大通りが延びていてハローワークがある。
滑川遠征編2020
富山地方鉄道の滑川駅構内は1面1線の無人駅。
駅名表示板はキラリンが引き受けていて
名所案内ではほたるいか群遊海面、蜃気楼、
そしてほたるいかミュージアムが紹介されている。
いうまでもなくあいの風とやま鉄道の構内からまる見え。
滑川遠征編2020
富山地方鉄道滑川駅の待合所と北口を結ぶ地下道を見ているところ。
地下道の整備とロータリーの整備時期がほぼ重なる印象を受ける。
従ってこれがなかった時代の駅構造を考えると
少なからず日本海側に面した北口のロータリーが「顔」であり
こちらが「背」にあたる部分だったことと
ホームの延長幅が広い点を見ても分離するべきものを持ち得たことが伺える。
滑川遠征編2020
あいの風とやま鉄道からも
富山地方鉄道のホームは見える位置関係にあるので
こちらにも名産品をアピールしている広告ボードを設置して
空間活用に努めている。
滑川遠征編2020
北口からのメインストリートほたるいか通りから
県道139号へと出てショッピングセンターエールのもとへ。
滑川遠征編2020
マンホールもほたるいか漁がデザインされたものだ。
滑川遠征編2020
そして市民交流プラザのあいらぶ湯でお風呂に入ろうと思いきや
この日は定休日で、みのわ温泉の利用をすすめる貼り紙があったものの
下調べもないところで徒歩で向かうのには
暗雲が漂うことになりながらも
この際に、とばかりに夕陽を見るべく滑川漁港へ行く事にするのだった。

つづく

posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月08日

まちなかの磁力

富山遠征編2020
2020年10月28日、
南富山駅から市内電車で再び中心市街地「中町」電停にやってきた。
富山駅とともに公共交通体系における
団子と串のモデリングにおける核を成す地域。

両者を中心に「団子」である各地域の生活圏を
「串」である公共交通が結ぶことで
一番大きな「団子」である市街地とコンパクトな個々の生活圏「団子」が
ある一定水準のバランスを保っており、
その両者間の関係が同時に交通機関や道路インフラを成り立たせる相互関係にある。
富山遠征編2020
電停を降り立ってまず見上げるのは昨年の段階では建設中で、
晴れて完成を迎えた総曲輪BASEだ。
県道43号からアーケードの総曲輪通りの入口にそびえたつ超高層ビル。

23階建てで商業施設の総曲輪BASEとプレミストタワーというマンションから成る。
もと西武百貨店跡地の再開発による商業施設の開設とともに、
ここに一気に200戸近い住居空間が創出された。

極端な人口集中を図ると一個の団子が肥大化する一方で
交通機関が補完する団子が小さくなったり、数を減らす懸念があるものの
恒常的な賑わいをつくり出す前提条件を見たすようにしている事も確かなこと。
富山遠征編2020
ちなみにこの日は定休日なので窓越しに見てまわるといった感じだ。
黒を基調にした尖がった印象を受けるデザインが採用されるのとともに
アーケードに面した部分はみると
積極的に木材や緑を配置する空間設計がなされていて
抜群のスタイルバランスを保っている。
生鮮食料品を扱っている店舗と飲食店、ベーカリーがこちらに入居。
新型コロナウィルスの流行の最中でオープンを迎えているので
それに対する手応えというのを求めるというのは
かなり酷なものがあっても
それでも賑わいを維持していくことが付きまとっている。
富山遠征編2020
総曲輪BASEから総曲輪通りを撮影したところ。

やっぱり何度も触れるようにアーケードは天候に左右されない、
積雪がつきまとう地域においては除雪の負担がグッと軽減される点が大きい。
自動車の進入を前提としていない、
歩行者動線が個々の店舗に立ち寄りやすく
それぞれで駐車場を用意するコストというハードルが低く
文字通り商店が並ぶという景観をつくりあげていて
ここに総曲輪BASEがはめ込まれるようになった。

自動車の進入を前提としていないことで
モータリゼーションが進む中で敬遠されるようになっていた中で
グランドパーキングを新設したり、
セントラムをはじめとした交通機関の拡充でアクセスをしやすくして
店舗改廃が生じているのも確かだけれども
21世紀でも十二分に中心市街地の賑わいを原点回帰的な要素を下地にして
しっかりと組み立てている。

この辺は商店の方の努力もそうだし、
行政の施策に加えて、学術研究とも密接に連携をとっていることも大きいと思うし、
そういうものを受けて個々がどういう風に反応をしていくのかというが
問われていることに対して答を示すように努めている事もあるように感じる。

いちいち趣味愛好家の好奇心で聞くような話じゃないからね……。
富山遠征編2020
もう一コマ、総曲輪通りに面した総曲輪BASEの一画を見ているところ。
フロアガイドのデザインなども触れておくべき点であるのとともに
県道寄りの出入り口とまた違った空間提供を図っている。
富山遠征編2020
先ほどのアングルへとクルっとまわり込むと
総曲輪郵便局がこちらに入居しており、道路に面してポストが設置してある。
競合との兼ね合いも考慮しなければならないし、
相乗効果を導き出すものと捉える場合もあるけれども、
恒常的にヒトがやってくる動機づけとなるものを兼ね揃えている。
ここにやってくるための
「ついで」の用件を派生させていくことが賑わいにつながっていくので
金融機関、この場合は郵便局がここにあるというのは大きい。
しかも歩行者動線が必須だから。
富山遠征編2020
グランドプラザを前にした
MAGnet まちなか研究所は空き店舗となりテナント募集の貼り紙が掲出されていた。
富山遠征編2020
総曲輪フェリオとグランドパーキングに挟まれた
全天候型アトリウムであるグランドプラザへ。

総曲輪フェリオではこちらに面して
「STOPコロナ がんばろうTOYAMA」とある。

こうやって見ると密集している印象があるものの
旧来よりもベンチ配置に気を遣っていて
天井ありきとはいえ、屋外にある施設なので
換気に対する懸念といったものはさほどない。

あとは利用される方の心がけに因る部分もあるので
普段よりも座り方や喋り方、滞在時間の使い方に配慮する必要がある。

彩りとなっている樹木が移動できるから
イベントに限らず、こういう事態に際しても臨機応変に空間を組み替えることが可能。
富山遠征編2020
総曲輪通理を前にした上部に大型ビジョンが設置されているので
そちらへとグランドプラザを撮影したところ。
モニターは菅総理が国会答弁を行っている場面。
マルチに活用されている。
富山遠征編2020
グランドパーキングのそばには引き続きまちなかカートが用意されていた。
富山大徒歩圏研究会が独自開発して導入しているもの。
産学官民が連携して「歩いて暮らす」という概念のもとに生み出しているツール。
富山市役所にも置いてある。
富山遠征編2020
西町サイクルステーションから平和通りの車道越しにTOYAMAキラリを撮影。
ガラス美術館並びに図書館、富山第一銀行本店などから成る。
やって来た時は木梨憲武展が開催されていた。
木梨憲武さん……、とんねるずのあの方だ……。
ポスターに登場されていたのはペインティングされたご本人そのものだった。

呼び込める企画展の開催がこまめになされていることに加えて図書館もあり、
ヒトを集めるための発信ができる装置が周辺地域に集約がなされている。

中心市街地へと運び込んでくるのは
市内電車であり、セントラムであり、富山地鉄バスに加えてまいどはやバスであったり
自動車にシクロシティと様々なツールが用意されていても
市街を巡るツールは「徒歩」に主眼が置かれている
モノのつくり、組み立て方をしている。
富山遠征編2020
西町交差点。
アーバンプレイスの公共交通まちづくりインフォメーションセンターにおける
市街地を再現した模型の輪郭がいかに精密でリアルに表現されているのか
こういう一コマで実感してもらえるのではないかと思う。
富山遠征編2020
TOYAMAキラリとグランドプラザに挟まれた平和通りを撮影。
歩道には富山駅と同じく❝とほ活❞がPRされている。
シクロシティ導入と前後して自転車もまちなかを回遊できるように
道路構造、歩道の様式を組み替えてある。
富山遠征編2020
TOYAMAキラリの前にあたる「西町」停留所。
多くの系統の富山地鉄バスが乗り入れる停留所でもあるので
同じ名前でもナンバリングをふったシェルターが用意されている。

シンプルに時刻表とバス路線系統案内図、ベンチを施したシェルターとはいえ
ちゃんと広告媒体を組み込んであるところにも特徴がある。

道路向かいにそびえるのはグランドパーキング。
富山遠征編2020
約600台ほどの自動車が収容できる立体駐車場グランドパーキング、
その稼働ぶりを可視的に捉えるのは難しいけれども
ここに広域的に自動車でコンタクトをとってもらって
「まちなか」の賑わいにつなげる仕組み。

中心市街地へとダイレクトアクセスをしていても
個々の大和百貨店並びに総曲輪フェリオ、TOYAMAキラリには
ここから「徒歩」で向かうのが「ミソ」。
富山遠征編2020
グランドプラザとともにそびえ立つ総曲輪フェリオ。
グランドパーキングはこの商業施設とほぼ同規模。
富山市が結んだハローキティのライセンスはこちらでも使用がなされていた。
富山遠征編2020
ガラスの街とやまを称しているので
街なかにおいても随所にガラスアートが展示されている。
富山遠征編2020
グランドプラザ電停に停車中のTLR606を撮影したところ。
背景に自然と立山連峰が映り込む市街。
富山遠征編2020
城址大通りへと向かい、ユウタウン総曲輪のもとへ。
御宿野乃やJマックスシアターのほかにファミリーマート、リーフ総曲輪歯科に
イタリアントマトカフェなどの飲食店が入り
ファミリーマートの上部は立体駐車場になっている。
こちらも500台くらいの自動車の収容が可能という大規模なもの。
富山遠征編2020
Jマックスシアターの出入り口での一コマ。
8つのスクリーンを持っている。
❝SHIROBAKO❞はアニメ制作会社のご当地。(南砺市にある)ロングラン上映。
そして上映を控えていた井上真央さん主演の「大コメ騒動」は
モデルのコメ騒動の発端が
他ならない富山県だからなのか、プロモーションが目立った。
大正期の農村における登場人物を演じられるから
ポスターにおけるクレジットを見ても本当にご本人なのかと思った。
役者さんだよなぁ、と。
土地で公開している作品に対する扱いが随分と異なる事を実感。
富山遠征編2020
そのまま城址大通りこと国道41号を歩いていくと
ANAクラウンプラザホテルのもとから
城址公園前交差点へと出て富山城(郷土博物館)が見えてくる。
市内電車やセントラムは城址大通りを経由しない。
ここを走るのは富山地鉄のバスだけ。
富山遠征編2020
日医工のビルやまちなか観光案内所、富山第一ホテルを過ぎて
右手にそびえ立つ富山市役所へと向かって行く。
お目当ては言うまでもなく立山あおぐ特等席。
富山遠征編2020
市役所を前に塩倉橋で松川を渡る。
松川沿いには20体近くの彫刻が設置されている。
電気ビル方面へと見ているところ。
富山遠征編2020
富山市役所へとやってきて、
専用エレベーターで地上70mの展望塔へ。
富山遠征編2020
やっぱり昨年を踏襲するように心掛けているので
展望塔から総曲輪BASEを撮影。
中心部ひと際背丈の高いマンションがソレ。
富山遠征編2020
歩いてきた道のり国道41号
並びにANAクラウンプラザホテルと城址公園を眼下にした一コマ。
ホテルのお隣りは国際会議場だ。
富山遠征編2020
神通川へと見ているところ。
北陸新幹線の神通川橋梁と6連アーチを描く神通大橋が架かっている。
富山遠征編2020
特等席からの立山連峰。
一括りにそう称しているけれども、
毛勝山から薬師岳まで、立山や大日岳、剱岳などを含めた山々を指している。
こういう時世柄でも公開をして頂けていることに感謝。
富山遠征編2020
そしてパティオさくらとCiCビルの間から「電鉄富山駅前」電停の前に顔を出す。
ダイワロイネットホテルを奥に控えてTLR607との再会。
富山遠征編2020
横断歩道を渡って富山駅南口ロータリーに着くと
今度はオープンバスであるスカイバス富山と思わぬ対面。
すかさずシャッターを切ってご満悦といったところ。

期間限定運行で1時間間隔で6便の運行。
富山城から富山大橋、富岩環水公園を経て周遊をする。ガイドさんつき。
富山地鉄バスによる運行。
ロータリーに戻って来て乗客を降ろして、
次の便の運行へのインターバルで座席への消毒をされたり
屋外に近いような座席で客扱いをするバスでありながらも
入念な対策を講じている姿が印象的だった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 20:39| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月06日

ファンの裾野

資料は現在進行形のモノを鮮度感持たせて拡充して頂けるとありがたいです。
その目指すべき指針から、効果や感触はどうなのかというものを
検証しつつ臨機応変に施策に幅を持たせたり
目指すべき姿へと細部を調整していく事に主眼を置く状況にあるので。
	富山遠征編2020
2020年10月28日、「岩瀬浜」電停から12:25、富山駅にやってきた。
グランドプラザへと向かうTLR606をここで一区切り。
	富山遠征編2020
北口ロータリー向こうにそびえ立つアーバンプレイスの
公共交通まちづくりインフォメーションセンターに向かった。

富山駅高架下に開設された
路面電車等公共交通案内所と果たしていく役割が異なり
こちらの施設は公共交通施策のあらましと事業の推移を紹介をしている。
富山遠征編2020
アーバンプレイス1階、北口ロータリーに面した出入口すぐに位置する
公共交通まちづくりインフォメーションセンター。
富山遠征編2020
館内通路に面して貼りだしてあるコンパクトシティ富山のポスター。
セントラム導入、北陸新幹線開業、そして富山駅南北路面電車の直通運転という
一連のイメージイラストがほぼ現実のものとなったところまで
時間軸と物事が推移してきた。
富山遠征編2020
この施設の目玉はやっぱり総曲輪周辺から
富山駅南口、北口付近までをほぼ再現している模型。
鉄道模型のデモンストレーションは行われなくとも
かなり精密に特徴を掴んで建物の輪郭を表現していることに加えて
距離感を可視的に掴むことにおいても参考になる。

まず工事中、第2期事業に入っている富山駅の周辺整備。
南口ロータリーの整備予定を模型で落としている部分を見ているもの。
一番右手前がアーバンプレイス。
軌道が北陸電力のビルのもとへと延びているのは
あくまでも模型におけるものだけで
これ以外はほぼ確実に再現されるであろう姿。
富山遠征編2020
こちらが富山駅構内を跨いだ先、
エスタとマリエの足元に設けられている
北口ロータリーを再現しているものになる。
この1年の間で高架下がつながっている部分が現実になった。
富山遠征編2020
中心市街地、総曲輪フェリオやグランドプラザへと延びる県道6号の様子と
これを横切る市内電車が通っている県道43号の交差点付近を再現している一コマ。
もちろん左に見える建物がTOYAMAキラリ。

もう少し腰を落として模型を見るアングルは
まさに現実世界を見ているかのよう。
富山遠征編2020
県道43号から市内電車とともに「中町」電停方面を見ているところ。
ちゃんとこの1年の間で完成している総曲輪BASEが
模型の中でも再現されている。
富山遠征編2020
全天候型の広場であるグランドプラザや総曲輪フェリオ並びにアーケード。
この辺が「まちなか」と呼ばれる中心部で
周囲に人々を運び込んだ上で
歩行者動線を確保していく事を公共交通施策で体現している。
富山遠征編2020
これは電気ビル屋上からいたち川を富山城や富山市役所方面へとみると
おそらくこういった感じで見えるんだろうなぁといったイメージで
模型を見ているところになる。
真ん中に架かる橋は塩倉橋で
これが架かる道路は富山地鉄バスが路線網を延ばしており、
塩倉橋挟む桜橋と安住橋は市内電車の軌道が延びている。

とりあえずこの辺が現地入りする前の「予習」といったところになる。
現地を見てから模型と施策をすり合わせるという見方もあるけど
自分は模型と施策を先に見物していく順番にしている。
富山遠征編2020
展示されているパネルは
一部、旧・東岩瀬駅駅舎にも展示されているものと同じものがある。
おおよそ街づくりのあらましから未来を見据えて仕立ててある中で
もうこのパネルも半分以上までもが現実になっている。

路面電車南北接続事業を紹介しているパネル。
これで駅の南北の一体化を図り、15kmのLRTネットワークが形成された。

右端に図示されているのは
北陸新幹線とあいの風とやま鉄道の富山駅高架下部分を含めた
南北直結のイメージ図。

もちろん図面はすり合わせたり修正している部分もあるのだけれども
ほぼイメージ図がピタリと現実と照合するくらいなので
残されている北口広場の完成されるイメージも
ここに示されているものと変わりないものを目にするのだろうと思う。
富山遠征編2020
ナンバリングされているパネルで
一番数が大きい、つまり最後にあたるのがシクロシティの紹介。
自転車市民共同利用システム。
中心市街地での移動を便利にするのとともに活性化を期待し、
近距離移動で自転車を用いてもらうことで
環境に配慮したコンパクトな街づくりを行っている。

導入してからほぼ10年が経過するところに物事がこちらもあるので
それに対する手ごたえはどのようなものであったのかといった
数字的な資料展示の拡充が望まれる。やって下さい。
富山遠征編2020
富山市が行っている施策を紹介していることもあり
セントラムや旧・富山ライトレールのデザインや使いやすさに対して
どのように配慮がなされているのかという部分や
その評価並びに受賞歴に対する資料には富んでいる。

これが富山地方鉄道に託されているようになったので
手法を組み替えるという選択肢もあるのではないかと思う。
公共施策を体現していく上での大事なパートナーであるのとともに
可能性の鍵を握っている事業者だから。

人々の暮らしがどのように変わったのかというものも
より鮮度感の高い資料提示が展示の質の保持向上につながると思う。
評価は一過性ではなく続くものとしてもらいたい。
富山遠征編2020
お昼は「きときと市場とやマルシェ」で中華そばを食べた。
俗にいうブラックラーメン。
みんなごはんを一緒に注文するというのは食べてみて非常に納得するものだった。
富山遠征編2020
電鉄富山駅から14787‐14788の2両編成、岩峅寺駅行きに乗車。
もと東急電鉄8590系ということで、
富山地方鉄道でこれもまた関東私鉄の雄・東急の列車が
西武・京阪とともに陣容を支えている。
3つドア、オールロングシートという特徴を持っていおり
混雑時間帯での充てられる場面には重宝するのではないかと思われる。

この列車で南富山駅、さらには「西町」電停へと廻り込んでいく。
市内電車ではなく不二越・上滝線を選んでいるのは
この1年の間に新駅である栄町駅が開業しているのを受けて。

13:15発の本線・宇奈月温泉駅行きを見送って13:21、電鉄富山駅を出発。
ベルを受けて走り出す。
三井住友信託銀行やゴールデンボウル、高志会館をあとにして
いたち川を渡ってエイトピア千歳を過ぎたところで左へとカーブ。
日星や丸本木材、信開ヘルシーの先を右にカーブして
立山黒部貫光、サンシャイン88と稲荷公園のもとへ向かい
コインランドリーしゃぼんとアピアの前へ出て稲荷町駅に着く。
富山遠征編2020
ここから不二越・上滝線に入り、右にカーブ描いて
車庫の脇を通り抜けていく。
富山遠征編2020
2代目レッドアロー号こと西武10000系を目撃!!
14760系を挟んで新旧のレッドアロー号が富山県で再び同居している。
富山遠征編2020
河上金物、さとむら内科を過ぎて栄町公園の脇から栄町駅に滑り込む。
県立中央病院への最寄り駅。
一面一線の駅構造で非常に長いスロープが特徴的。
富山遠征編2020
場所をあまりとらないような駅設計になっている。
この辺は旅客に特化していることが後押ししているというのは
貨物を担ってきた上滝線の駅周辺の構造をみると
なおさらに浮き彫りになる。
富山遠征編2020
一番の乗降客となるであろう方々の目的となる施設が
県立中央病院なのでその施設案内にも強調がなされていた。
富山遠征編2020
地元の高架工事における観察記録スキルが活きますね……。
短い停車時間で効率的に記録をしつつ分析することに。

駅を出ると石金夢の森公園に差し掛かり
保育園(幼稚園かも)の子どもたちが列車に向けて手を振っていたのが目に入る。
乗客一人が応えるだけでムチャクチャ喜んでもらえる。

富山地鉄ファン人口獲得、もとい公共交通を大好きになってもらって、
社会インフラを支えたいと思ってもらえる将来を担って下さる方を
一人でも多くの方になってもらえるように貢献しなければ。

公園を通り抜けるとすぐに県道6号を跨いで不二越駅。
非常に至近距離の位置にあたる。
その名前の通り不二越の工場へと満天の湯をあとに向かって行き、
これを通り抜けると住宅地を進み、
大泉保育園の先で県道3号と交わって右にカーブしながら大泉駅へ。
そばに大泉中学校がそびえている。
富山遠征編2020
いたち川を渡って堀川中を過ぎると列車は減速して南富山駅に着く。13:33。
富山遠征編2020
南富山駅に降りたったところで記念撮影したところ。
富山遠征編2020
駅に降り立って構内踏切から駅舎を出るとほりなんバスが控えていた。
堀川南部地域コミュニティバス。1日8便。
富山遠征編2020
乗車していくのは富山地鉄市内電車、7023号車、富山駅行き。
1965年の日本車両生まれ!!
セントラムや富山港線には乗り入れないけれども、
市内電車の「顔」はこの型式。ちゃんとエコまいかにも対応している。
富山遠征編2020
車内の様子。オールロングシート。
サントラムやセントラムなど低床車両に比べると
やはり年代物といった形容は否めないけれども
21世紀、令和の時代でも然るべきサービス水準を
それなりに満たすだけのものを兼ね揃えて運用にあたっているのも特筆すべき点。
(地元で恒常的に利用されている方はまた違う印象があるんだろうけど)
富山遠征編2020
メゾン堀川とフールケア南富山を左へと曲がっていく。
南富山駅前のアーケードは北陸新幹線がデザインされている。
「大町」から富山銀行と富山いずみ高を通り「堀川小泉」に出て、
小泉郵便局に大田薬局を過ぎると「小泉町」。

ワタセサイクルの先で県道3号に突き当り、
これを渡って富山第一銀行をあとにして臼井美容専門学校の先で「西中野」を経て
朝日生命、エネオスのガソリンスタンドに白山神社から「広貫堂前」を通り抜ける。
ホクタテと北陸銀行、島歯科を過ぎ、花水木通りを前に「上本町」。
富山遠征編2020
リーガルシューズとセブンイレブンからピアゴのもとへ向かい
ここから歩道にアーケードが延びてきて「西町」へ。
富山遠征編2020
TOYAMAキラリの脇から交差点を渡ると13:47、「中町」着。
意外にもここまで淡々と停留所をほぼ素通りしてやってくることに。
富山遠征編2020
中町(西町北)電停の駅名表示板を撮影。
市内電車の方の路線図にも富山港線が入るようになった。
俗にいわれる「まちなか」区間はセントラム環状線も含めて
コンスタントに日中も1時間に15本以上の列車がやってくるという
ダイヤが組まれている。
富山遠征編2020
長期連載していることもあるけれども
ちゃんと完成形を目にするようにやってきた。
総曲輪BASEを見上げての一コマ。

つづく

列車から手を振る、列車に手を振るというのは
自治体によっては本気で議論をして取り組んでいるところもある。
好きとか嫌いとかそういうものではなく、本能的なものなのだと思う。
子どもたちのやることだ、的に思っている方でも
こういう形容を充てると納得してもらえるのでは。

それだけで意思疎通が図れて満足感に浸れるならやった方がいい。
事業者や鉄道員の方が列車を動かしているのはもちろんで
おカネがかかるのも確かなことで
どれもこれもやりくりが難しい中でも
沿線をはじめとした人々の思いが最終的には後押しするのだろう。
posted by 小林 慶太 at 20:52| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月05日

隆盛の片鱗

	富山遠征編2020
2020年10月28日、10:38、「奥田中学校前」電停からTLR607に乗車。
ようやくここで旧・富山ライトレールの車両、ポートラムに巡り合って車内へ。

イメージカラーは紫の車両で、ポートラムの表記はそのままである一方、
富山ライトレールを示すTLRの表記は車体からなくなっている。
こちらはサントラムと異なり2人掛けの座席を基本。

富山地方鉄道へと移管されるようになって
この車両で自分が一番大きな変化だと思ったのは
運転台の裏手に岩瀬地区の地図が置かれなくなったこと。
地図自体は2020年も版を変えて製作されている。

やはりそこへとアクセスするだけの列車ではなく、
各方面にまわるようになったことが大きいのかもしれない。
傘の設置がなくなったりというのは
ニーズやコスト面を考慮してという面もあるのかも。
時刻表も富山港線だけをカバーするわけではなくなったので
車内開架はされなくなっている。

「なくなった」が多いけれども
それ以上に直通運転による運賃統一、利便性向上は遙かに大きい。
この辺のコストバランスを旅客と運賃でやりくりをしていく事になる。
	富山遠征編2020
「奥田中学校前」を出ると鉄道区間に入るので
ご自慢のキュイイ〜ンという加速音とともにスピードアップ。
関西電力と北陸電力の社宅と富山化学工業を通って「下奥井」電停へ。
富山化学工業などへの貨物線もあった構内。
とても単線で想像も尽かないけれども。

聴覚支援学校にファミーユを過ぎると
シメノドラッグと大阪屋ショップの前に出て「粟島」電停に着く。

県道30号と並走して住宅地を進み「越中中島」電停に出て
木村モーターズやぞうざん荘をあとに
トヨタカローラの裏手を通り小木曽製粉所を過ぎると
沿線には水田も目に留まる。
Tトラストの先で国道8号を潜り抜け
なかじま食堂とエネオスを通って信開DOMSの足元から
10:43、「城川原」電停に至る。
	富山遠征編2020
「城川原」電停での列車行き違いの一コマ。
	富山遠征編2020
南富山駅の車両基地に市内電車やセントラムに加わってポートラムに至るまで
列車管轄は一元化されるようになりながらも
城川原車両基地は依然としてそのまま施設として機能していた。
富山ライトレール時代のイラストも変わらず。
この辺がやっぱりTLR8両にとっての❝ホーム❞(地元)っぽい。
	富山遠征編2020
乗務員の方が「城川原」電停で交代するというのも変わらない。
駅舎を兼ねていた本社だった建物は
旧来運転管理を行っていたり、夜間滞泊をするための施設だったもので
これが南富山運転区の管轄に切り替えられ
城川原管理所として扱われるようになっている。
真ん中の樹木の奥に見える建物がソレ。
	富山遠征編2020
ほり眼科やたかはた整形外科を過ぎ、
引き続き県道30号とともにローソンや山崎製作所、富山トヨタを通り
「犬島新町」電停へと走り、
日本通運に呉羽油脂、日本海ガスの工場があらわれ住友運河を跨ぐ。
	富山遠征編2020
県営蓮町団地から信開ペルシ―の足元へと向かい「蓮町」電停に至る。

電停として「蓮町」はそのままながら
副駅名として「馬場記念公園前」が添えられるようになった。
	富山遠征編2020
以前は県道向かいでJR西日本「蓮町」の駅名表示板を掲げていた
おでん屋さんだった建物がなくなった。
	富山遠征編2020
城川歯科をあとに富山住宅工業や昭和電工セラミックスの工場を通り
国道415号と交わって富山北幹部交番から「荻浦中学校前」電停へ。
この1年で「大広田」だった停留所が改称された。
列車行き違いをする駅である点は変わらない。
対向列車は「富山大学前」行きだった。
	富山遠征編2020
ここからは県道1号と並走。
ウェルシアを過ぎてアパガーデンコートのもとから
「東岩瀬」電停に滑り込み、ここで5人が下車をされる。
岩瀬小と富山北保健福祉センターを通り抜けていくところ。

この先で県道と分かれて「競輪場前」に至り、
終点を前にして一人が下車。

左にカーブして岩瀬運河を渡り、東ソーの工場の脇へと出たところで、
「岩瀬浜」電停の到着。10:54.。
	富山遠征編2020
富山港線に入ってからは岩瀬地区へと
旅客を運んでいく役割が根幹を成している。
工場がそばに立地しているのは
貨物輸送との関わりの深さを示している名残だ。
ここに限らず沿線においてすべからく。運河と工業の関わりも然り。
	富山遠征編2020
「岩瀬浜」電停の駅名表示板を撮影。こちらは線路側。
時刻表に隣接したアドボードは富山港湾運送のもの。
	富山遠征編2020
ロータリーに面したアドボードは
YKKapの協賛で北前船の歩みを紹介している。
フィーダーバス接続電停。こちらも運行受け持ちは引き続き富山地鉄バス。
30分に1本の設定がなされており、
割引対象が市内電車区間やセントラムへと及ぶようになっている。
	富山遠征編2020
「岩瀬浜」電停にやってきたら、まずはこれをやらなければ。
線路沿いの通路を歩いていって
自分の技量もさることながら天候という
いかんともしがたい壁に立ち憚られながら
岩瀬運河を渡っていくTRL607を撮影。
もちろん背景に立山連峰があらわれることをイメージしてのもの。
運河対岸は富山競輪場。
	富山遠征編2020
くるっと振り返ったところに岩瀬地区の観光拠点であるカナル会館。
この1年の間にお寿司屋さんがなくなり
そちらにカフェが引っ越しとともに名前を変えて入るようになった。
シーフードレストランとともに営業中。
とはいえ、岩瀬浜地区の街並みを成していく店舗は
生活圏の需要を受け皿にしているものよりも
遙かに広域からの観光客を受け入れて成り立たせていくところが多いので
新型コロナウィルスの流行に伴い
広域移動が避けられる昨今は非常に厳しい風に晒されていたものと思われる。
	富山遠征編2020
先ほどTRL607を撮影した場所で着岸に向けた準備がなされている中、
富岩水上ラインのFuganが岩瀬運河へとやってきて
そちらへと向かっていく。
	富山遠征編2020
県道1号、岩瀬橋からカナル会館前に停泊しているボートとともに
背後に控えている立山連峰を撮影したところ。
これぐらいの距離があると背景に自然と立山連峰が入り込むロケーション。
	富山遠征編2020
運河河口を前に架かる大漁橋へとプロムナードを歩いていく。
	富山遠征編2020
対岸へと大漁橋を渡り、大町新川町通りに向かう。
	富山遠征編2020
明治末期からの老舗料亭の前を通っていくところ。
この付近は電線と電柱がある事も触れておかなければ。
	富山遠征編2020
無電線化を図っている大町新川町通り。旧・北国街道。
北前船寄港地として多くの廻船問屋が並んでいる。
明治期建築のものを中心にその街並みの基調が整えてある。
	富山遠征編2020
この1年の間に廻船問屋の家屋が一軒リノベーションされて
満寿泉の桝田酒造店が有料試飲店に仕立て上げていた。
軒先に掲げてある看板ももちろん「満寿泉」の文字が入っている。
直営店。
内装は木のぬくもりを大事にしながら日本建築への敬意を払いつつ
なお先端をいくようなオシャレなデザインが採用されていた。
	富山遠征編2020
岩瀬地区は生活必需品を買い求めるスーパーが
荻浦小学校前電停付近にあるので
そこまでの距離を鑑みて移動型販売車「とくし丸」を駆使して
大広田ショッピングセンターのアルビスが慶集寺の琳空館前にやってきて
こちらで商品の販売を行っていた。
	富山遠征編2020
同じようなサイクルを保つように心掛けて
名物の三角どら焼きを買い求めて、食べ歩きつつ、
シンボルの北前船のモニュメントがある岩瀬大町公園へ。
今回はこのアングルで。

右肩を上げる購買をする、
限られた来訪者の中で今日ありきの水準を、というものを
弾き出す感覚や収入は自分には持ち得ないものなので
この辺が限界であって、求められるものもそれ以上のものはない。

一個人の次元でさほどでもなくとも蓄積されると
産業や文化、雇用というものが揺らいでしまったり
そこで、というものが十二分にあり得るのでもどかしい。
	富山遠征編2020
こちらも岩瀬大町公園。遊具のある一画を撮影。
大町新川町通りから脇に入ると電柱と電線が目に入る。

むしろこういう景観や道路構造の方が生活臭があり
そこから見えてくる文化、自動車を前提としておらず、
人が集落を成していかなければならない産業の存在が一方であったこと、
そういった時代に遡る土地であることを物語っていたりする。
	富山遠征編2020
とはいっても先代から引き継がれた文化と景観を伝えていく使命というのも
一方で帯びているのも事実で
そういった取り組みに広域から人々がやってくるだけの魅力に富んでいるのも確か。

毎度のように、というのを何度も自嘲しているけれども
同じ景観を維持していくというのは決して当たり前の話ではない。
	富山遠征編2020
こういった廻船問屋、とりわけ東岩瀬廻船問屋型と称される
独自の家屋型式が多く並んでいるのも
明治初期の火災による焼失を受けて
財力のあった廻船問屋が再建をさせていることから統一感を醸し出している。

それとともに延長線上にある廻船問屋、北前船の影響力を仄めかしているのは銀行。
大町新川町通りには地方銀行とはいえ3行が支店を構えていることからも伺える。
さらにもう1行あったといわれる。単に利便性というものだけではない。
そういった取引先が周辺にあった、現在進行形で存在するという事。
	富山遠征編2020
来るたびに撮影しているけれども
大町新川町通りに面して半分ほど、街並みに合わせていて
富山港に面した半分は現代建築となっている北陸銀行。
	富山遠征編2020
富山信用金庫も1階部分は
廻船問屋の家屋建築のデザインを取り入れたビルになっている。
	富山遠征編2020
洋風建築ながら富山第一銀行もかなり年代物で立派なものとなっていて
これら3行が地方銀行のとりまく状況は厳しいといわれていても
大町新川町通りの至近距離にいずれも支店を構えているというのは
偶然的な要素ではなく、廻船問屋で栄えた街、
それを礎にした産業や文化の背景にあるものが
どのようなものであるのかを垣間見るかのようだ。
	富山遠征編2020
新たな有料試飲店を仕立てることになった桝田酒造、
杉玉を掲げた蔵元を控えて大町新川町通りに面した店舗も引き続き健在。
	富山遠征編2020
醸造文化のある土地は豊かな水とおコメに恵まれていて
それらを手配できる土地であることに他ならないわけで。
純和風建築の醸造元。
低層建築を中心に街がつくられている中で
ひときわ高い煙突はシンボル的なものにさえ映る。
ここをフォークリフトが通っていったりするギャップもまた然り。
まぁ大町新川町通りも自動車やトラックも走るけど……
	富山遠征編2020
岩瀬港の守護神である金刀比羅神社へ。
文政期に創建された神社で、こんぴらさまは航海安全の神さま。
祀られているのは崇徳天皇と素戔嗚命。鳥居は昭和初期・
萩の湯温泉の裏手に位置している。
	富山遠征編2020
富山湾展望台はここの常夜燈がモチーフになっている。
高さ6mで慶応期につくられ灯台の役割も果たしていた時代があった。
	富山遠征編2020
日本海重工業を前にした敷地では富山市のもとで発注がなされ
ショベルカーが稼働して工事が行われていた。
目の前にあるパーツがどのようになっていくのだろうか……。
	富山遠征編2020
養願寺や岩瀬小のもとから道なりに県道1号へと出て
旧・東岩瀬駅駅舎へとやってきた。1924年建築。

御蔵町踏切側にまち歩き案内看板が掲出されていて
廻船問屋の建築について合わせて解説がなされている。

ホームを前にしたところには
「ここからは電車に乗車出来ません」と強調してある。
	富山遠征編2020
県道1号、正面から旧・東岩瀬駅駅舎を撮影。
公衆トイレ側にスロープが設けられている。
	富山遠征編2020
駅舎内は休憩所として一般公開がなされており
畳敷きになっているスペースを持っている。
この辺は改修をしてあるのでまるっきりそのまま、というわけではなく
基調となっている本来からのものの上に組み込んである。

この旧・東岩瀬駅駅舎を活動拠点にされている方々は
新型コロナウィルスの感染予防対策で活動を自粛なさっているところながら
相変わらず、もちろん誉め言葉、キレイに維持管理がなされていて
不特定多数の出入りする方もそれを酌んだ利用をされていることが伺える。
	富山遠征編2020
旧・東岩瀬駅駅舎内で紹介されている公共交通活性化のあらまし。
低床車両と停留所のバリアフリー化で誰にでも使いやすい交通システムを取り入れ
富山市がネットワーク形成を行ってきたことが述べられていて
構想としてある、とされている上滝線乗り入れを残して
環状線化、南北直結を果たしてきたところまで時代が推移してきた。
	富山遠征編2020
富山港線のあらまし。

富岩鉄道を前身として戦中から戦後期は20分間隔での運行がなされていた。
沿線の工業地帯をとりまく状況とともに減便がなされてきたところで
北陸新幹線や富山駅高架化を進めていく中で
社会的便益が最大であったことから取り扱いに議論のあった富山港線は
路面電車化案を取り入れ第3セクターでの運営を取り入れるに至った。

サービスレベルの向上を経て富山地方鉄道にバトンが渡されて今日へ。
この辺の記載を加える必要がある。
	富山遠征編2020
それとともに同時並行して行われてきた岩瀬の街づくり。
北前船寄港地で伝統的家屋の風情を残すために
行政が建物の修景に景観形成でバックアップを行って組み立てている。
	富山遠征編2020
御蔵町踏切から下り東岩瀬電停を通り抜けて
こちらにやってくるTLR606を撮影したところ。
「グランドプラザ」の行先表示が真新しい。
	富山遠征編2020
新旧のホームの高さを比較している一コマ。
低床式車両は格段にホームへのアクセスや乗降に際する負担を軽減させている。
お年寄りの乗車機会が増えているというのは
こういう一幕に象徴されている。
南北直結で行動範囲がどれくらいまで、というところに話が移ってきている。


そんなわけで12:05、「東岩瀬」電停からTLR606に乗車する。
アパガーデンコートをあとにして小野田踏切を渡ってサカイ接骨院のもとから
「荻浦小学校前」電停に向かい、こちらで列車行き違いをする。
昭和電工セラミックスがそびえる県道1号とともに
国道415号と交わり富山北幹部交番をあとにして県道30号と並走。
出光のGSから城川歯科と馬場記念公園の前に出て
「蓮町 馬場記念公園前」電停へ。
カットハウスぐいんぴいすを過ぎて住友運河を渡り
日本通運やトミフネ、富山トヨタを県道沿道に「犬島新町」電停に向かう。

たかはた整形外科とほりクリニックを過ぎたところで
12:12、「城川原」電停に到着。対向列車待ちをして
信開DOMSの足元から大阪屋ショップやセブンイレブン、
エネオスのガソリンスタンドの先で国道8号を潜り、
オークスにトヨタカローラ、Vドラッグを過ぎ、「越中中島」電停に着く。
続いてドミノピザを通って大阪屋ショップとシメノドラッグの前に出て
「粟島」電停へと向かい、中央印刷と聴覚総合支援学校を過ぎると
「下奥井」電停に至る。
	富山遠征編2020
富山化学工業と北陸電力・関西電力社宅を通って
12:21、「奥井中学校前」電停着。

セントラム9003がやってきて、入れ替わるように軌道区間に進む。
右折した列車はヘアショップ440や乃が美、オトヤ森書店から
北陸銀行がそびえる永楽町交差点へと出ていき、
八田橋でいたち川を渡った後、右にカーブ。
	富山遠征編2020
岩瀬地区へと行っている間に橋脚の足もとから
大きな黒い袋をクレーン車が道路脇へと引き上げて来ていた。

横浜幸銀信組からタワー111とインテック本社ビルの足元へ。
「インテック本社前」電停に立ち寄った後、
百川ビルから牛島町交差点を左折して
カナルパークホテルと北陸電力、アーバンプレイスの先に
富山駅北口ロータリー工事現場が見えてきて、12:25、富山駅到着。
	富山遠征編2020
中心市街地に向かう前にここで区切ることに。
	富山遠征編2020
もちろん寄り道はココ、アーバンプレイス、
公共交通まちづくりインフォメーションセンター。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:35| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月04日

水かけぽっくりさん

富山遠征編2020
2020年10月28日、9:49、上滝線で南富山駅へとやって来た。
ここから市内電車へと乗り換えていく。
ついに南北直結した市内電車・富山港線をダイレクトに乗車していく。

富山地方鉄道の研修センターを兼ね揃えた駅舎を撮影。
市内電車の車庫がある駅。
富山遠征編2020
乗車するのは岩瀬浜駅行き。サントラムが運用に充てられた。T102。
富山ライトレールだった富山港線には低床車両が乗り入れる。
自分は「3両編成」と形容していたりするけれども
連接してあるので「1両編成」が正しい。(敢えてずっと3両と形容する)
富山遠征編2020
サントラムの車内の様子。
「3両」と称してしまうくらいに細長く、座席は一人がけ。
運転台の背後に停留所案内をするモニターが設置されている。
こちらの下にはマスク着用が呼びかけられているのとともに
大和百貨店の物産展の広告が掲出されていた。
(この辺が広告のベストポジションだと思う)

富山ライトレールが富山地方鉄道に統合されても
富山まちなか岩瀬フリー切符は継続販売がなされている。
こちらはバスも使える。

9:52、8人の乗客を乗せて南富山駅を走り出す。
メゾン堀川を左へと曲がり、県道43号に入って
富山育英センターや富山自習学習室を通り「大町」へ。
さっそくこちらで3人の乗車がある。
富山遠征編2020
富山いずみ高と能力開発センターの先、「堀川小泉」でもお一人が乗車された。
朝日湯や北陸銀行を過ぎ「小泉町」に向かい、
富山第一銀行と臼井美容専門学校から「西中野」を通り、
白山神社に朝日生命、エネオスのガソリンスタンドを過ぎたところで
こちらにもまた白山神社があり、「広貫堂前」。

頭川証券の先にはこれもまた北陸銀行。列車は「上本町」に出る。

あいおい日生同和損保、個別指導Axisとスクールエーの先で
アーケードが形成され「西町」に至る。ここでお一人が下車をされる。

北陸銀行の支店を何度か目にする道のり。
それが何を意味するのかというのも実は裏テーマだったりする。
富山遠征編2020
TOYAMAキラリと西町プレミアから「中町」に着き
3人が下車をして2人の乗車があった。
三井住友銀行に北陸銀行、ホテルα―1、駐車場・荒町グリーンパークから
「荒町」へと着くと2人の下車。
ダイワロイネットホテルとエネオス、カラオケ館、北國銀行に
今羽証券、しん証券さかもとから「桜橋」に出て
マンテンホテルの先で停留所の名前となっている桜橋でいたち川を渡る。
富山遠征編2020
北陸銀行(本店)の向かいに電気ビルがそびえ「電気ビル」に至る。
こちらは北陸銀行本店を見ているところになる。
登録有形文化財になっている。1961年建築。
富山遠征編2020
ローソンやみずほ銀行、ホテルグランテラスとフコク生命から
「地鉄ビル前」に出た後、富山中央郵便局と北日本桜橋ビルを左折。
富山ゴールデンボウルとJTB、シティホール富山にセブンイレブンを過ぎ
ダイワロイネットホテルと東横イン、マリエをそばに「電鉄富山駅」に着く。
意外に車内は入れ替わらないまま。
富山遠征編2020
CiCビルの前に来ると右手に富山駅のバスロータリーが広がり、
ここを右折して富山駅の高架下へと向かっていく。
富山遠征編2020
ハローキティとのコラボフレームの
AMAZING TOTAMAの裏手を進んでいくところ。
富山遠征編2020
10:12、富山駅到着。3分停車。

2人を下車させた後、後ろのドアが開き、15人が乗車。
さらに出発を前に追って10人ほどの乗車があった。
やはり旅客の分水嶺となっている点は
交通結節点の核を成す地点としての面目躍如といったところか。

地下通路を潜り抜けて乗り換えるという
一連の過程が解消されてそのまま乗車していく事ができる。
フリー切符の恩恵を享受しているのでさほど実感はないけれども
市内電車と富山港線は運賃体系が統一、エコまいかを中心にシフトするのとともに
一乗車210円で移動が可能になっているので
乗り換えの手間以上に、市街や岩瀬地区への移動へのハードルが低くなり
より利用しやすくなっている、というのも拾い上げておかなければならない点。

停車している間に8000形が入れ替わり南富山駅へと走り出していく。
相手方は低床式の車両ではないので、旧来通りの市内線のみの運用のまま。
富山遠征編2020
10:15、富山駅工事中の北口ロータリーから走り出していく。
ここから富山港線区間、15分間隔での運行体制。

すかさず地元での高架工事の記録スキルを駆使して(大げさ)
旧・富山駅北電停跡並びに駅前広場における作業現場を撮影したところ。
富山遠征編2020
アーバンプレイスと北陸電力に挟まれたメインストリートを進み
カナルパークホテルの先で牛島町交差点を右折。
百川ビルとタワー111の眼下、「インテック本社前」へ。
インテック本社と寺崎工業、パレス日本海を左折する。
富山遠征編2020
いたち川を渡り、島田医院と北陸銀行を過ぎて永楽町の交差点を直進。
富山遠征編2020
乃が美に松一寿司の先を列車は左にカーブして
10:23、「奥田中学校前」に到着。
ここでサントラムとポートラムのすれ違いが実現。
富山港線でもこういった光景を目にするようになった。

引き返して「永楽町」電停の工事現場と
架け替えを経た八田橋の見物に向かうのだった。
富山遠征編2020
「奥田中学校前」電停、上り線ホームを撮影。
既に富山ライトレールからは
アテンダントさんがいらっしゃらなくなっていた上に
富山地方鉄道に統合されたとはいえ去就が(勝手に)注目されていた
引き続き富山港線の電停には「岩瀬ゆうこ」嬢が健在。
電停利用者へとメッセージを呼びかけている。

アドボードは宮本工業所と北陸硝子工業などの阪神グループ。
路線案内図には南富山駅・富山大学前電停、セントラムの区間までが
当然のように盛り込まれることになった。

富山ライトレールの特徴的なスタイル、デザインは
そのまま引き継がれている。

また富山市のハローキティとのコラボは
新しい生活様式の呼びかけにも用いられており、ポスターが貼り出されていた。
富山遠征編2020
こちらは降り立った下り線側、
富山県立薬業大学のあゆみについて触れたアドボード。東亜薬品が協賛している。
タイアップも富山ライトレールから富山地方鉄道へ引き継がれているようだ。
ここから鉄道区間。軌道併用区間は奥田中学校前電停まで。
富山遠征編2020
道路に面して設けられた広場と駐輪場を撮影。
車止めがしてあり、自動車が出入りするようにはなっていない。
ホームは右奥に位置している。
	富山遠征編2020
列車で辿って来た道路を引き返して
「インテック本社前」電停方面へと複線区間となっている軌道を見ているところ。
八田橋から「奥田中学校前」電停までがすれ違いができる構造になっている。
現行の日中はほぼ電停構内で行き違いをするダイヤ。
この付近まで完全なカタチではないけれども車道も4車線。
	富山遠征編2020
永楽町交差点。
こちらにも北陸銀行が支店を構えている。
車道は片側2車線ずつ、完全な4車線の道路構造になっていて
中央を複線となっている軌道が横切っている。
	富山遠征編2020
八田橋を前にしたところで線路は統合されて単線になっている。
新設される「永楽町」電停は手前の複線区間に設置される予定。
オークスカナルパークホテル富山前電停が
軌道脇に電気系統の溝を整備している事を鑑みると
永楽町電停の方が先を越された格好となっているようだ。
開業時期はおおよそ同じくらいになる見込みといわれている。

2つの停留所が富山駅から「奥田中学校前」間に新設されても
ほぼ旧来通りの所要、ダイヤが組めるように
先んじて複線区間がつくられている。

寄り道をするようになると単純に所要時間が増えるわけで
行き違いをしていた時間を加味して
これらのインフラで生じるであろう時間を解消することを意図している。
	富山遠征編2020
バリケードで仕切られている「永楽町」電停工事現場を撮影したもの。
昨年は工事関係者の方にご協力いただいたので
今回もちゃんと途中下車して歩いて見物にやってきた。
	富山遠征編2020
架け替えがなされた八田橋のたもとには
延命地蔵堂が改修されたのとともに
同じ一画に水かけぽっくりさんが新設安置されるようになった。
	富山遠征編2020
水かけぽっくりさん、ガラスでできているんだ……。
文字通り水をかけるとより緑色が映えるようになっている令和の信仰芸術。
奥に見えるベンチ壁面にセレモニーの様子が紹介されていた。
	富山遠征編2020
橋自体の架け替えが終わった後も西詰から大型クレーン車が稼働しており
まだ作業余地が残されていたことを伺わせた。
橋脚の足元には大きな黒い袋がまとめてあった。
	富山遠征編2020
「奥田中学校前」電停へと歩いていく。
前方に立山連峰が控えている光景、反則級だと毎度のように思う。
これだけで「旅」になってしまうかのようだ。
	富山遠征編2020
鉄道区間から10:39、セントラム9003が「奥田中学校前」にやってくる。
	富山遠征編2020
ちょうど9003が走り出したところで
岩瀬浜行きのTLR607がやってきて両者のすれ違いとなる。

なかなか複線化を実感する場面ですれ違ってもらえないけれども
ラッシュ帯や交通渋滞、信号待ちの関係という条件が重なっても
少なからずとも定刻運行を保てるように弾力が持たされているのは
この段階でも確かなことだ。
そこにセントラムやサントラムといった車両が乗り入れるようになってきた。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:25| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月03日

山岳信仰と貨物輸送

立山町遠征編2020
2020年10月28日、富山地方鉄道立山線で岩峅寺駅にやってきた。
立山町にある立山線と上滝線の合流地点にあたる駅。
神社建築をモチーフにした駅舎は
雄山神社の最寄りにあたるためといわれる一方、
その駅名にあたる岩峅寺という名前のお寺は
駅の周辺に存在することなく、地名にあるばかりだった。

そもそも岩峅寺自体が雄山神社、
とりわけ越中一ノ宮である前立社壇を指しているらしい。
背景には神仏習合があり、
立山信仰が仏教的な色彩が濃いことに起因している。
	立山町遠征編2020
そういう雄山神社の最寄り駅に位置する岩峅寺駅ながら
門前町が形成されているわけでもなく
立山線の線路に並行する駅舎に面した道路に対して
線路脇にパークアンドライドの駐車場が約20台分ほど用意されていて
JAアルプス岩峅寺支店と岡本酒店と向かい合っているという
そういった位置関係にあたり、
神社参拝よりも貨物輸送に主眼が置かれた駅構造を持っていたことが
公衆トイレやポケットパーク、駐輪場といった土地利用を踏まえても
色濃く伺えるところだった。

パークアンドライド駐車場は立山町と富山地方鉄道が共同で提供しており
半分くらい埋まっているので
それなりの効果をもたらしているように見える。
立山町遠征編2020
こちらは駅舎に近接して立山駅方面の線路沿いに整備されている
公衆トイレやポケットパーク。
線路間近に駐輪場が設けられていて
パークアンドライド駐車場よりも
こちらの方が整備年代が先であることは見るからに明らかだった。
	立山町遠征編2020
道なりに南下して岩峅寺踏切で線路を跨いでいく。
立山線の線路を岩峅寺駅方面へと見ているところになる。
保線車両が止まっているのが目に入る。
この1コマでポイントは3箇所設置されていて
一番手前が上滝線と立山線の分岐となるポイント。
保線車両は上滝線ホームを間近にしたところに位置している。
	立山町遠征編2020
雄山神社への道のりは意外にも集落の中に通じる道路を歩いていくだけで
美容室や理容店、クリーニング店はあれども
俗に自分がイメージするような観光的な色彩を帯びた門前町の商店や
飲食店というものはなく、いたってひっそりとしているもので
沿道には不動明王碑と道祖神が建立されているのが目に留まるくらいで
とても越中一ノ宮の神社がそばに鎮座しているようには思えなかった。
	立山町遠征編2020
最近はマンホールも記録するのが趣味になりつつあるので
今回もこちらを。
立山町は舟橋村、上市町とともに広域行政事務組合のもとで
上下水道を管轄しているので
マンホールも3町村の花、
つまり菊とさつきとリンドウがデザインされたものになっている。
	立山町遠征編2020
集落を歩いて突き当たりを右折すると
道路は林に囲まれ、雄山神社の杜へと入り、鳥居が見えてくる。
これが東鳥居と呼ばれる鳥居。
	立山町遠征編2020
東鳥居に続いてそびえ立つ神門を潜っていく。
奥の方にもう一つ別の神門がそびえ立っているのが見え、
そちらが表神門(表鳥居)にあたる。
	立山町遠征編2020
境内には水が湧き出ていて
これがどこに流れているのか、というのが
信仰との関わりの深さにつながっていく事になる。
	立山町遠征編2020
越中一ノ宮、雄山神社の拝殿のもとへ。
天之手力男神と伊邪那岐紙を祀る神社だ。
	立山町遠征編2020
拝殿の脇には砺波市の若鶴酒造の銘酒である「若鶴」の酒樽が奉納されており
厳粛的な雰囲気を醸し出す中でアクセントのように
おじゃる丸の顔出しパネルが参拝記念で用意されていた。
「27日」とあるけれども、やってきているのは「28日」だ。
	立山町遠征編2020
開運祈願の白いネズミが大きな描かれた絵馬とともに
こちらには七五三参りのドラえもんの顔出しパネル。
やはり富山県といえば、ドラえもんのご当地。
おじゃる丸との関わりはいかに……?

新型コロナウィルスの流行があっても
然るべきライフサイクルをある程度の水準で組み立てて執り行うように努めないと
頼みとなる神様までもが立ち行かなくなってしまう。

この辺のやんわりとした表現で宜しいでしょうか?
	立山町遠征編2020
拝殿は1942年建築で
建物を前に施してある彫り物が目に留まる。
	立山町遠征編2020
拝殿の中央部には賽銭箱が置いてある。
それはどこでも、といってもいいぐらいに神社で見かける光景ながら
これをそばに江戸時代初期につくられたという
石造の狛犬が安置されている点が大きく異なるところ。
	立山町遠征編2020
非常に愛嬌があるような顔をしている狛犬。
前田利長の正室である玉泉院が寄進したもの。
玉泉院は立山信仰に篤かったようだ。
	立山町遠征編2020
拝殿の存在もかなりのものながら
奥に控える本殿はさらに、というもので
源頼朝が再建したものをベースにして
足利義稙や佐々成政などの有力者による改修を重ねて今日に至っている。
北陸地方で一番大きい神社本殿。
室町時代の様式が非常に色濃いらしい。
	立山町遠征編2020
建物の年代や規模、権力者との関わりにも驚かされるけれども
境内にそびえる樹木や杜を成す木々も
背丈の高さや幹の太さが歳月と信仰の深さを物語っている。
	立山町遠征編2020
境内から表鳥居を抜けると常願寺川のもとへと出る。
湧き水は常願寺川に注ぎ込んでいた。
常願寺川は立山連峰に水源をもっているので
雄山神社はその流域に鎮座していることになる。

非常に河川敷の広さからも伺えるような暴れ川だったから
水害などを加味すると往時はもっと雄山神社は規模が大きかった。
またその被害に伴って下流域へと流出した
神社施設が神体となっていったといわれる。
	立山町遠征編2020
クルっと振り返ると常願寺川には
上滝線のトラス鉄橋が架かっていて
参道から交差する踏切には雄山神社踏切の名前が冠してあった。

鉄橋は手前はキレイな緑色に塗装されていても
大川寺駅方面は橋脚を含めて風雪に晒されているのもあるだろうけれども
著しいほどの古めかしいものに映った。

架橋年代が自分と同い年ぐらいだということに突き当たると
前言撤回をしたがる人だけど、さすがにこれを目にすると何も言えなかった。
	立山町遠征編2020
わりとがんばったかな……。
常願寺川橋梁を渡る10030形ダブルデッカーエキスプレスを撮影。
この車両型式を狙っていたわけではなく偶然の登場となった。
地鉄観光列車フリー切符を買い求めた際に時刻表を頂いたので、
間近にやってきた列車を捉えたというもの。
	立山町遠征編2020
岩峅寺踏切から集落へと延びていた道路の突き当りを右折すると
雄山神社へとたどり着く一方、
左折して常願寺川上流方面へと歩いていくと……。
	立山町遠征編2020
こちらには越中立山多賀宮が鎮座している。
立山大権現と多賀宮大神を祀っている神社。
明治期に周辺地域の氏神を勧請している。
明治百年を記念して建立した石燈籠がある。
狛犬はたてがみがライオンみたいだ。
	立山町遠征編2020
岩峅寺駅からの復路は上滝線で辿っていく。
駅舎から改札を潜って構内踏切で立山線を渡った先に
上滝線の乗り場が控えている。
	立山町遠征編2020
岩峅寺駅の構内案内図。
寺田駅と同じような番号の振り方をしている。
駅舎がそびえるホームが2番線。
	立山町遠征編2020
上滝線は3・4番線の1面2線の駅構造になっており
3番線に待っていた列車はダブルデッカーエキスプレスだった。
10033−31−10034の3両編成。10034号車はテレビカーだ!
	立山町遠征編2020
立山線よりも遙かにくたびれた印象のある
上滝線の岩峅寺駅駅名表示板を撮影したところ。
待合所がホームには設けられている。
	立山町遠征編2020
上滝線と立山線の間にある施設は保線グループの岩峅寺ルーム。
非常に年代物の建物を今も現役で用いている。
	立山町遠征編2020
ホームから見える岩峅寺公園は
かつての旧・岩峅寺小の敷地の一部を充てたものだった。
	立山町遠征編2020
お久しぶりのダブルデッカーエキスプレス!
まずはテレビカー!!京阪特急の代名詞の鳩マークが車内にも!
テレビの真新しさが際立つものになっている。
富山遠征編2020
中間車両にあたる2階建て車両。
富山遠征編2020
巡り合わせとはいえこれで南富山駅まで向かうことができるなんて!
2階部分を撮影したところ。格調高いモケット、2−2のロマンスシート!!

上滝線は本線と異なって
常願寺川上流の砂防や発電所建設における貨物輸送を前提にしている路線なので
貨物輸送の役割が自動車へと推移して以来、
沿線人口の兼ね合いもあって存廃が危ぶまれていた。
富山市内電車との直通運転が富山市のもとで検討をされているといわれている。

現在は岩峅寺駅をのぞいて全て富山市内を走っている路線ながら
平成の市町村合併で大山町に所属していた地域も該当している。
地鉄富山駅までは所要時間は立山線・上滝線さほど極端に変わらない。
富山遠征編2020
列車のドアが閉まって9:24、岩峅寺駅から出発。
左にカーブして県道15号と並走して亀山石材の工場を過ぎると
雄山神社駐車場の前に出る。右端に表鳥居が見える。
富山遠征編2020
そのまま常願寺川を渡る。
対岸に着くと大川寺駅に滑り込む。
貨物輸送を鑑みて精練所にかつては面しており
そのように敷設されていたらしい。
富山遠征編2020
常西水神社と上滝浄水場、滝社を通り、右手に住宅地が並び、
左には山林が延び、大山図書館や中滝団地、岡本組を過ぎて上滝駅へ。
富山遠征編2020
「上滝線」と称される駅は一面一線棒線駅だった。
これも一線を撤去して今日に至っているようで
土地利用から貨物輸送を扱っていたことがわかる。
富山遠征編2020
上滝中に社会体育館をあとにして草むらや水田へと向かい、
右にカーブして大庄保育園と大庄小が見えてくる。
そして列車は大庄駅に滑り込む。

JAあおば大山支店に面していることからも
こちらの駅においても貨物輸送の関わりが窺える。
ここも縮小している。
富山遠征編2020
引き続き水田をひた走っていくとアメニティ月岡が見えてきて
列車は減速して月岡駅に至り、タイミングよく列車が行き違う。
パークアンドライド駐車場、途中駅で一番大きいものだ。
富山遠征編2020
月岡自動車やJA南部ライスセンターに営農サポートセンターを通っていく。
富山遠征編2020
県道68号を潜り抜けると民家が込み入ってきて
瀧高寺のそばから開発駅に着く。

県道43号と並走しながら右へとカーブして水田に出た後、
エネオスのガソリンスタンドから住宅地に入り、
いちい保育園の先で布市駅へ。
富山遠征編2020
駅を出るとすぐに北陸道を潜り抜けていく。
富山遠征編2020
富山南高を奥に控え小杉駅に至る。
だいぶこの辺まで来るとだいぶ水田が小規模なものに。
ちなみに奥にそびえている校舎が富山南高。
線路というか、駅からの距離を示しているということで。
なかなかタイミングと自分の意図するものに重ならない。
富山遠征編2020
マルサムバラエティセンターとスギ薬局の裏から上堀駅に着く。
こちらにもホーム遺構が残る。
富山遠征編2020
富山第一銀行と大阪屋ショップを過ぎ
周囲にアパートが多くなってくるのとともに朝菜町駅にやってきて
サーパスやアパガーデンコートといったマンションも界隈に。
富山南郵便局やJA富山市が見えてくるのとともに右にカーブして列車は
9:49、南富山駅に滑り込む。

これでようやくついに富山地方鉄道を踏破達成となった!
長かった!!ほとんど踏破したという事実だけで
沿線の人口や産業構造とか高校立地など鑑みていないに等しいけど……。
「(他人の)子育てにやさしい社会を望む!」という方と違って
列車に乗る事だけの人だからね……。
富山遠征編2020
乗り換え。
富山遠征編2020
ここから市内電車、岩瀬浜駅行きへと乗車。
もちろん、ここまでは南北直結した路面電車へのプレリュード。

待っていたのはサントラムだった。3両編成。
市内電車で富山港線に乗り入れる車両は低床車両のみ。
南富山駅から直通運転するのは
1時間に1本が富山駅から延伸される格好で設定されている。
運転系統は富山地方鉄道に一元化。車両基地もこちらを拠点に推移。

つづく



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2021年01月02日

いざ越中一宮

2020年10月28日、
富山市街、北口に位置するホテルに泊まってこの日の朝を迎えた。
7時からレストランでの朝食がはじまり
ようやく同じ夜を過ごした方、といってもごく一部なのだろうけれども
顔を会わす事になった。
それもまたこれといった会話をすることもないし、
こういった方々がいらっしゃっていたのだ、という程度のもの。
行動を起こすのが比較的早い類にあたると思っていた自分よりも
さらに早くにチェックアウトをされていく方もいらっしゃった。
富山遠征編2020
総合体育館のもとから富岩環水公園の泉と滝の広場へと撮影したところ。
夜間はジョギングや散歩をされていた方がいらっしゃったのに対して
朝は清々しさとともに静寂に包まれていた。
富山遠征編2020
泉と滝の広場から鏡面対照を狙って天門橋に
明るい時間帯にも挑戦。
運命の赤い糸は夜に可視化されるものの、
明るい時間はさほどその存在に突き当らないといったところだ。
富山遠征編2020
明るい時間帯と夜のライトアップの対比。
スターバックスコーヒー富山環水公園店とともに
プロムナードを見ている一コマ。
葉桜が夜になると幻想的にシーズンを構わずに咲き誇るようになるので
そのギャップもまた一興かと。
富山遠征編2020
総合体育館の裏手からいたち川沿いを歩いて
湊入船橋へと歩いていく。
そびえるビルはインテック本社と北日本放送。
富山遠征編2020
こちらは富山駅北口からのメインストリートに架かる太平橋。
富山遠征編2020
両端の歩道を大きくとっている太平橋。
ベンチもロケーションを汲んで向きを意図的に整えてある。
こういう趣向を汲み取りやすいのは明るい時間帯の方。
富山遠征編2020
名水響のオブジェをそばにしたところには
シクロシティのサイクルステーション。
北口側に設置されている3か所のうちの一つ。
富山遠征編2020
レンタルを手掛けるステーションは全部で23か所。
神通川対岸にも富山大学に五福公園のほか
民俗民芸村と呉羽丘陵の多目的広場にまで範囲を広げている。

1日パスの申請箇所は
2つの宿泊施設が申し込み提携箇所から外れている。

基本料金500円で30分単位でステーションを効率良く移動すると
かなり広範的な移動手段として活用ができる。
30分以上だと200円。
1時間以降は30分ごとに500円が加算されるので
公共交通機関とうまく組み合わせるためのツール。

市内宿泊施設における市内電車半額利用券は
引き続き展開していることを加味しておきたい。
富山遠征編2020
富山駅北口へと歩いていく。
もちろんオークスカナルパークホテル富山前電停で
夜間作業を経ているので
停留所設置に向けた電気系統の整備作業の様子を見物していく。
富山遠征編2020
富山港線の軌道脇に側溝を設けて
停留所設置に向けた準備を執り行っていることがわかる。
牛島町交差点方面へと撮影したところ。
富山遠征編2020
アーバンプレイス1階部は店舗改廃が生じており
こちらにFMとやまのスタジオが入るようになった。
窓に映っている彫刻は道路に設置されているラバーズの彫刻だ。
スタジオ内にあるものではない。
自分が入らないようにすると構図に結構気を遣ったり妥協するよね……。
富山遠征編2020
富山駅北口をアーバンプレイス前の交差点から撮影したところ。
こちらも大型重機が夜間作業で投入されていたらしい。
富山遠征編2020
富山駅の下へとカーブを描いて新設されている軌道とともに
工事現場、つまり旧・富山駅北電停並びに
北口の仮駅舎が位置していた部分を意識しての一コマ。
仮駅舎や電停があった敷地内は防音幕が張られている。
富山遠征編2020
あ、富山鉄道部に一両しかない山口色のキハ120−22の姿が!!
完全な高架駅になっているから
目撃しても地上部からだとこれが精いっぱいだ。
上に下に、と、とにかく慌ただしい人だと我ながら思う。
富山遠征編2020
そんなところにやってきたのは
岩瀬浜電停からのセントラム9003。
通勤通学時間帯、ピーク区間に該当する車内の乗客の姿とともに
直通運転の効果、恩恵をダイレクトに享受される方は
どれくらいいらっしゃるのだろう……?

高校についてみると岩瀬浜電停側からだと
富山高や富山いずみ高、富山工高に通う方にしてみると
乗り換え、地下通路の移動の手間が手間が省けていることになる。
県庁をはじめ南側に勤務地を抱える方にしても同じ。

それとともに富山駅が依然として
ほとんどといっていいぐらいに乗降客が入れ替わる場所であるという
交通結節点としての磁力を持っていたりする。
富山遠征編2020
この辺の軌道敷設や切り替え工事を思うと何度見ても感嘆するものがある。
富山遠征編2020
入れ替わるように富山駅電停からは岩瀬浜電停行きを示した
これまたセントラムの9001が出発を待っていた。
富山遠征編2020
ぐ〜っと交錯する軌道をわたって
アーバンプレイス方面へと走り出していく一コマ。
富山港線における運行本数に変更はなく
日中は1時間に15分間隔でセントラムへの乗り入れが2本、
南富山駅直通と富山大学前電停直通を1本という内訳に振り分けている。
富山遠征編2020
富山駅北電衛のベンチは記念寄付で設置されていたので
そこにメッセージや名前を刻んだプレートが取り付けてあった。
電停の廃止ととともにベンチも役割を終えたわけだけれども
プレートは駅名表示板のもとに移設をしてある。

トランジットライディングウォールや
こういうプレートに思いや名前を寄付とともに託された方は
たぶん思い入れが強い、
公共交通に対してより意識を持たれているものと思われる。

逆にそういう行為をすることで
姿勢を維持されている方もいらっしゃるのかもしれない。
富山遠征編2020
2日目はやはり富山地方鉄道へ。

昨年に続いて地鉄観光列車フリー切符1500円を購入。
今回から富山ライトレールだった富山港線が富山地方鉄道に組み込まれたので
セントラムも乗車可能になっている。

元・西武鉄道のレッドアロー号こと16012編成を撮影したところ。
後継の2代目レッドアロー号も富山地方鉄道にやってきているので
西武鉄道の先輩と後輩が富山県でバッタリという場面が
ひょっとしたら、ということがあり得る状況。
世代交代をするというものも考えられなくもないけれども。
富山遠征編2020
ホーム脇にずらーっと並んでいるヘッドマーク。
滑川市のキラリンのヘッドマークもそちらに吊るされていた。
富山遠征編2020
乗車するのはこちら。
2番線にやってきた元・京阪電車の10043+10044の2両編成。
富山遠征編2020
東西の看板列車の共演。
ちなみに富山地方鉄道のオリジナルである14760形は
北総鉄道7000形と同い年。
後者は既に廃車になって一回りする歳月が流れているけれども
こちらはまだ現役でがんばっている。
立山町遠征編2020
10043+10044の2両編成は
運転席のそばには成田山のお札が掲げられていた。
特急立山行きとなり、すぐに列車は出発。
立山町遠征編2020
立体駐車場のもとから
三井住友銀行、富山地鉄ゴールデンボウル、高志会館を過ぎて
いたち川を渡ってエイトピア千歳を左へとカーブ。
続いて日星とかんでんエンジニアリング、丸本木材の先を右にカーブして
あいの風とやま鉄道と分かれ、
稲荷マンションと稲荷公園、アピアのもとから稲荷町に停車。
立山町遠征編2020
ご本家のオリジナル塗装をまとったダブルデッカーエキスプレスと遭遇。
もっと衝撃的な場面を目撃したのにも関わらず
そちらは撮影しそびれるという失態を晒すことに。
立山町遠征編2020
本線を進むべく左にカーブして赤江川を渡った後、今度は右にカーブ。
住宅地をガンガンとひた走り新庄田中駅を通過して
テイカ製菓の先で県道56号を潜り抜ける。
減速しながら右へとカーブして民家の間を縫って
新庄保育所のもとから東新庄駅へ。
対向列車が待っていて道を譲ってもらう。

カーサシンジョウを過ぎたところで国道41号の下を抜け、
列車はスピードを上げつつ富山自動車学校や北越信越運輸局を通り、
セブンイレブンや富山第一銀行のそばから越中荏原駅を駆け抜ける。
立山町遠征編2020
中越パッケージと金剛化学の脇を通り過ぎていくところ。
特急列車は工場の最寄り駅を通過していく事もあって
通勤・通学よりも立山町へのアクセスに特化しているものと思われる。
立山町遠征編2020
常願寺川に差し掛かり
これをゆっくりと渡って、
水田から山口ニットとヒナタ精工を通り過ぎ、8:07、越中三郷駅に運転停車。
立山町遠征編2020
しばしの運転停車となった越中三郷駅。
対向の急行列車がやってきてこれを受けて出発。
立山町遠征編2020
一面に広がる水田を駆けていくと左に民家が並んで来て
新興住宅地から無量寺の裏手を通り抜け、
駐車場を右手に8:12、越中舟橋駅へと滑り込む。
立山町遠征編2020
越中船橋駅でも運転停車をする。
JAアルプス舟橋出張所と舟橋村役場からファインネクスの工場を通って
ソーラーパネルや墓地も見受けられながらも水田を進み
県道15号を潜り抜けたところで住宅地に入る。
立山町遠征編2020
右にカーブして変電所を過ぎると8:14、寺田駅に停車。立山線に入る。
立山町遠征編2020
草むらから水田に出ていくと立山北部小が右手に、
反対側にはアイデックのデリカセンターが見えてきて稚子塚駅を通過する。
立山町遠征編2020
列車は水田をひた走り前方にあらわれた北陸道の手前で
田添駅を通り抜けてそのまま北陸道の下を潜り抜ける。
立山町遠征編2020
県道6号と一時並走して、まんてん米沢の先に立山製紙の工場があらわれ
列車は左にカーブして8:19、五百石駅に到着。
立山町遠征編2020
駅を出てJAアルプス立山支店と立山町役場から草むらへと向かう。
立山町遠征編2020
やがて広明電子を過ぎると榎町駅を駆け抜けて
立山中央小をあとにしていく。

少し離れた右手の県道沿いにコメリや中央体育館が見え、
列車は下段駅を通過する。

水田をひた走っていき、民家が線路沿いに集まってくるとともに
堀田農機のそばから釜ヶ淵駅へ。

そのまま釜ヶ渕小を過ぎて水田を走っていき右にカーブして
スーパー農道の下を潜り抜け、沢中山駅を通過。
常願寺川生コンクリートの工場を通り県道15号の下を潜り抜ける。
立山町遠征編2020
民家が集まって来るのとともに右手から上滝線が延びてきて
駐車場の脇から8:23、岩峅寺駅に列車は到着。
ここで下車をして越中一ノ宮である雄山神社へと向かうのだった。
立山町遠征編2020
岩峅寺駅の駅名表示板を撮影。
3面4線の駅構造になっていて、立山線は2面2線の対向式ホーム。
上市駅を最寄りとしている
日本海みそが大きな広告看板を掲出して下さっていた。
立山町遠征編2020
構内踏切から駅舎のもとへ。
非常に鄙びた雰囲気でがっしりと構えている駅舎だった。
それもそのはず開業の大正期からの駅舎なのだから。
立山町遠征編2020
映画「剱岳 点の記」では明治時代の富山駅として
岩峅寺駅駅舎は撮影が行われたというので
駅舎内にはその撮影風景のスナップ写真が事細かに紹介されていた。
立山町遠征編2020
ちなみに駅舎内改札付近をホーム方面へと撮影したところ。
ICカードに対応するようになっている点を差し引くと
ノスタルジックなロケーションに採用されても
何ら違和感を持たないくらいのものだった。
業務委託駅なので駅員さんの配置がなされる有人時間帯は7:00~20:00まで。
立山町遠征編2020
道路側から見ると神社建築を取り入れたデザインになっている。
これは「雄山神社」の最寄り駅ということが影響している。
でも駅名は「岩峅寺」。
駐車場スペースを含めて貨物輸送を手掛けていた事を
色濃く示している土地利用がなされているところでもあった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:15| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

プールバール

神岡遠征編2020
2020年10月27日、18:20、高山本線で富山駅2番線に戻って来た。
入線している富山駅の構内はあいの風とやま鉄道の管轄にある。
富山遠征編2020
北陸新幹線と異なり地域輸送を主に担うあいの風とやま鉄道。
従って改札へと向かう階段のベストポジションに広告を掲げる企業も
そういうものを汲み取ったところが手を挙げて下さっているわけで
北日本新聞がこの場所を占めていた。
両壁面に広告を出して下さっている企業も
新幹線の乗降客と異なり、より地域生活に近い性格を帯びたところが、
潜在的なニーズの掘り起こしや認知度向上に努めている。
富山遠征編2020
高架駅である富山駅、北陸新幹線の高架下には
お土産を中心に飲食店を含めて30店舗超から成る
きときと市場とやマルシェが入っている。

この日は7の付く日にバッティングしたので
すかざず七越焼を買い求めてしまうのだった。
食べる事ができるキャパシティが自分には限られているから
自ずとサイクルを意識して組み立てている中で
金銭以上に買える量というのは極端に増えることはないのだけれども
買い求める人の反応はこういう状況でも顕著なものに映った。

何とかこういう水準に回帰していると捉えるべき点もあるのだろうけれども。
富山遠征編2020
朝の時間帯では追い切れなかったり、
営業時間の兼ね合いもあったりするので高架下利用をここで少しばかり補完。
北陸新幹線の高架下、あいの風とやま鉄道富山駅との間における通路では
引き続き駅なかショーケースと題して「富山とガラス」の紹介がなされている。

売薬産業の中から生じてきたガラス製造の文化が
今日にも根付いており、ガラス工房や美術館といった施設のほかに
ガラス作品を街なかに展示しているストリートミュージアムや
富山駅構内におけるトランジットライディングウォール、
フロアシャンデリアといったものへと誘導・導入部を果たす役割を担っている。

展示手法を変える、中身を変えるという選択肢も当然あると思いつつも
常願寺川の水とともに揺るがないものとして
ひろく人々に認知してもらうものとしても見ている自分がいる。
富山遠征編2020
この1年の間にあいの風とやま鉄道の高架・富山駅が供用を開始したのに伴い、
北口側にあたるあいの風とやま鉄道の高架下にも
「とやマルシェのれん横丁」がオープンしている。

こちらは富山駅電停を挟んだ先に位置している「とやマルシェEATS」が
ナショナルチェーン展開しているお店が中心なのに対して
ご当地色と観光的な色彩が濃い飲食店が集まって顔ぶれを成していた。

ほかにセブンイレブンハートイン、忘れ物センターなどが
この1年の間に生じている新しい空間に充てられた活用法。
忘れ物センターはとにかくとして、
いずれも旅客が増えること、駅利用者が増えることを前提としており
より一層の賑わいの中心として集客を見込むものとしている一方、
新型コロナウィルスの流行が広域的な移動を心理的に憚るようになったり、
ビジネスにおけるリモートの拡充に伴い、
消費行動の比較的高い人の移動が大きく縮小されるようになっているので
こういう要素が大きな壁になっているものと思われる。

Gotoキャンペーンは単発的で、血となり肉となるまでは至らない。
あくまでも即時性でその場限り。
キャンペーンがなくなっても
しっかりと同じくらいの水準を組み立てることを
あらゆる状況の中であっても展望に抱くことができるか否かというもの。

おかげさまで10年超こなしましたけど……。
たかが知れている次元でそれもまたそのうち終わる。その程度のものでしかない。
富山遠征編2020
富山駅はあいの風とやま鉄道の高架化と
富山地方鉄道における市内電車・富山港線・セントラムの直結で
大きなエポックを迎えたのは確かなことながら
この後も北口駅前広場整備や道路改良などの行程を控えている。

富山駅北口に設置されている北口の駅前広場完成予定図と
おおよその整備スケジュール。
富山遠征編2020
市内電車と富山港線のレールが直結するという日を迎えているので
この節目を飾ったポスターが工事現場の侵入防護壁のもとに貼り出してあった。
南北地下通路の撤去を行いながら
北口広場の整備とそれに伴う地下道の新設に向けた作業が行われている。
富山遠征編2020
富山駅北口からあいの風とやま鉄道の富山駅と駅前広場予定地を撮影。
高架下部分がとやマルシェのれん横丁。
ちょうど1年前であれば富山駅北口電停がコマに写り込むアングル。
デザインは昼夜の印象を加味しているから
時間帯で独特の求心力のあるロケーションを醸し出している。
これをさらに空間的に組み立てていくのだから。
富山遠征編2020
この日は例によって富山駅北口にあるホテルに泊まりに行くので
北口正面から延びるメインストリートを歩いていく。

ブールバールと呼ばれる広場的な要素を取り入れている歩道が特徴。
照明や街灯は意図して組み立ててあるから
キレイに直線状で配置されていて整っている様子がなおさらに強調される。

この辺は毎度触れている話ながら
その景観を維持・持続させていくというのは
おカネや意識といったものだけではない。

新しく右手にあらわれてライトアップされているのは
ラバーズの彫刻でそばのホテルで結婚式を挙げられた方が
記念にこの場所に建立設置されたものらしい。
富山遠征編2020
沿道にあるホテルは新型コロナウィルスの感染対策として
道路にテラス席を設けるようになっていた。
気候的な要素がこのあとは絡んでくる季節に差し掛かっていくとはいえ
それができるのも広場的な要素を組み込んである広い歩道を持っているから。
富山遠征編2020
こちらのホテルに面したところには
富山港線の新設停留所の工事がはじまっていた。
オークスカナルパークホテル富山前電停。

停留所のイメージ図が示されていて
富山駅北電停〜インテック本社前電停〜奥田中学校前電停の3駅間に
それぞれ新駅が入り込み、よりきめ細やかな移動手段として
交通機関が機能していく事になると思われる。

発注しているのは富山市の活力都市創造部路面電車推進課。
受注を受けているのは富山地鉄建設だ。
富山遠征編2020
新設される停留所の建設現場を見ているところ。
これから夜間作業が控えているらしい。

地元の街の工事を見物していると自ずと動向を伺ってしまうようになりますね。
隣の駅がそばにあるのに気付くのに10年くらいかかるような
生活感と当事者意識のない方々には
爪の垢を煎じて呑んでもらいたいくらいだ。
(そもそもそういう次元ですら期待もしていない)
富山遠征編2020
北日本放送の先でいたち川に架かる太平橋をインテック本社ビル方面へと撮影。
設置されているベンチを含めて眺望に気を遣っている橋。
ベンチはロケーションのもとに組み立てられている特等席。
富山遠征編2020
例の如く名水響のオブジェのもとへ。
地下水をくみ上げる音色が
球体から飛び出ているパイプに耳を近づけると聞こえる仕組み。
環水公園に至る道のりにおける水への親しみを持ってもらうためのもの。
富山遠征編2020
予定時刻通りにホテルにチェックイン。
猪谷駅で列車に乗り遅れるという事態があると
立て続けに晩ごはんも予約していたので滞っていく羽目になるところだった。

本人確認のために身分証の提示を行い、検温がチェックイン時に行われた。
ホテルのレストランも新型コロナウィルス感染予防対策に伴って
宿泊者以外は2名での利用を原則としていた。

これまでは宿泊者用のメニューがあったものが
提供体制やいかんともしがたい需要の絶対数の兼ね合いと思われるけれども
コース料理での全て完全予約制になっていた。
お昼のお弁当提供に力を入れるようにしていたことからも
とりまく環境は自分が思っているよりも、というところなのかもしれない。

Go toイートのキャンペーンが行われていても
昨今は店じまいが早かったりするので
行き当たりばったりだと空振りする可能性を考えて、
同じ場所で、という条件を優先した。
少しばかり例年よりも支出金額が増えることになっても
絶対数が限られているから、むしろそれだけでは及ばないのかもしれない。

自分の収入を基準にしているからであって
ずわいがにのしゃぶしゃぶや鰤のお刺身など
破格のものを頂いているというのも確かなことだった。

レストランから窓越しに総合体育館が目に入るとはいえ
外でジョギングしている方は見受けられても、
施設内へと出入りする方の姿は今までよりも少なく見えた。
富山遠征編2020
やはりここで宿泊するとなると
ライトアップがなされている富岩環水公園に行かなければ、という
勝手な使命感のもとに見物に向かった。
船だまりだった空間を中心に遊歩道と公園を整備している公園。

ここまで土休日だけながら富山駅から
低速電動バスのブールバースが導入されるようになった。

低速電動バスは桐生市のコミュニティバス「MAYU」と同一型式のものだとか。
近隣のみどり市だけでなく、四街道市やこちらの富山市にも
フォーマットが採用され、場面は限られているとはいえ、広がりを見せている。
富山遠征編2020
夜に親水公園にやってきたら必ず挑戦。
ライトアップされた天門橋と運河で鏡面対照の構図を目指して撮影したところ。

シンボル的な空間だからなのか、
こういう時世柄もあって、取り止めるという事もあり得ると思っていたけれども
来訪者の有無に関わらずライトアップがなされていたので
今回も挑戦にありつけることができた。
なかなかうまく叶うものに仕上がらないけれども。

ライトアップは22時まで。
富山遠征編2020
泉と滝の広場での一コマ。
下敷きにあるのは運河の歴史とそれを担った輸送手段。
物流がトラックへと転換された時代に
埋め立てて道路にするという選択肢もあったものを
街なかの貴重な資源として活用するように舵をとったことが
今日につながっている。
富山遠征編2020
この噴水もまわり込んで鏡面対照を狙ってみたりしている。
富山遠征編2020
プロムナードは季節に関わらず桜の花が咲き誇るかのように
夜はライトアップの演出がなされている。
富山遠征編2020
照明演出が通年にわたって景観を組み立てている部分も大きい。
昼間とはガラッと変えることができるのもライトアップがあるから。
富山遠征編2020
世界一美しいストアデザインといわれた
スターバックスコーヒー富山環水公園店。
やはり訪れる方や駐車場の自動車の数は心なしか少なめ。
それでも状況を思えばむしろ、という感じだった。
富山遠征編2020
湊橋から総合体育館方面へと敷地内を撮影したところ。
富山遠征編2020
クルっと振り返って岩瀬浜・富山港方面を見ているものになる。
野外劇場を奥に控えている。
富山遠征編2020
富山県美術館やレストラン・ラシャンスも
この環水公園の景観を意識して建設がなされているから
一体的に空間をつくりあげている。
富山遠征編2020
空間演出は変わらずになされていても
とりまく人々の環境や心理状態が大きく変わることになってしまったこともあり
ジョギングや散策をしている方はあれども
夜景を見たりといったその場で滞在する時間を割かれる方は
ほとんどいらっしゃらなかった。
そういう事もあって噴水は無関係に湧き出ているばかりで
これを待って、という方の姿もなかったので、なおさら機械的な光景に映った。
富山遠征編2020
シンボルの天門橋に架かる
「赤い糸電話」も新型コロナウィルスの感染予防対策で
ライトアップはされていても見合わせになっていたりと
俯瞰的に見ると変わらない光景にも確実に影が落とされていた。
裏を返せばそういう状況であっても
変わらないものを変わらないように組み立てることができるものは
努めてそのように果たしていたのも確かな͡ことだった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 20:41| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年01月01日

暮らしは河川とともに

神岡遠征編2020
16:20 、濃飛バス神岡営業所から飛騨市営バス猪谷駅行きに乗車。
マイクロバスで乗車したのは自分も含めて3人。

往路がそうであったように復路もまた市街を経由して
ぐるっと回った後、国道41号へと向かうようになった。

神岡消防署を右折して加藤土木とふれあいセンターの間へと入り
緩やかに坂を上がって住宅地から手まりを過ぎて大津神社の前へ。
こちらを左折して千歳橋を渡り、コンビニエンス船津を左に入って
千成寿司や富山第一銀行のもとを通り「西里」を通過。
西里通りを進んで前田本店やみなべ旅館から西里橋を渡って
対岸に向かい、こちらにもある前田本店の先へと坂を上がり、
「神岡振興事務所」に至る。
駐車場をぐるっとまわってUターンした後、西里橋を前に右折し、
Vドラッグの脇から飛騨市民病院に立ち寄る。
そしてバローから東町発電所を通って右にカーブ。
かみおかトンネルを潜り抜けて
クリーニングSUNや夕陽ヶ丘団地、神岡郵便局の前に出て
16:29「宙ドームかみおか」着。引き返す。
神岡遠征編2020
江馬白山神社や夕陽ヶ丘団地から坂を下って再度かみおかトンネルへ。
神岡鉱業の亜鉛精錬工場の前から船津橋を渡って
「神岡鉱山口」に至り、ここでようやく国道41号に入る。
神岡遠征編2020
交通規制が11カ所で行われている国道41号、
高原川の対岸に神岡鉱業がそびえる中
バスは左へ右へとカーブを重ねて木地屋洞門を進む。

洞門内、交通規制を伴いながら
昇降機を用いて修繕・補強の作業が行われていた。
神岡遠征編2020
外へ出ても左にカーブした後、また右へカーブして吉ヶ原橋を渡り、
さらに左にカーブを描いていく。

強靭化を図るのにあたって道路インフラだけではなく
高原川における土砂災害に対しても
未然に防ぐために工事を執り行っているのが目に入る。
神岡遠征編2020
そして右へとカーブして割石橋を渡っていくところ。
神岡遠征編2020
そして信号機のある交差点を左折する。
ぐねぐねと坂を上がって「割石温泉」に立ち寄る。16:37。
割石温泉はこの日は休館日。
引き返していく途中にここにも白山神社があることに気付く。
神岡遠征編2020
国道41号へと復帰した後、左にカーブして坂を下り、
右にカーブ描いて二ツ屋橋から洞門へと進んでいく。
神岡遠征編2020
これから外に出ると足元から旧・神岡鉄道の橋梁が高原川を跨ぐのが見え、
そのまま右にカーブして洞門とスノーシェッドを抜けていくと
東漆山洞門に差し掛かる。
神岡遠征編2020
こちらでも交通規制を伴っての工事中。
神岡地区の市街から4カ所目にあたることが立て看板で示されている。
神岡遠征編2020
洞門内における工事現場の脇を通り抜けていくところ。
神岡遠征編2020
2つ目の東漆山洞門を抜けたあたりでも
高原川に架かる旧・神岡鉄道の橋梁が目に入る。
これはレールマウンテンバイク・ガッタンゴーの
渓谷コースで渡ることができる橋だ。

3つ目となる東漆山洞門から「漆山」停留所を過ぎ、
左にカーブして中之谷橋を渡り、
そこから右へとカーブ描いて4つ目、5つ目の東漆山洞門から
東漆山スノーシェッドへ。
神岡遠征編2020
工事現場の詰所のそばを通り抜けていくところ。
神岡遠征編2020
脇道にそれて坂を下り、
漆山橋から高原川対岸に見えていた集落へと
「ガッタンゴー漆山」を通って向かっていく。
神岡遠征編2020
営業が終わった「ガッタンゴー・漆山」を横目に
旧・神岡鉄道の線路を渡る一コマ。
神岡遠征編2020
西漆山の集落へと向かう途中で
高原川対岸の国道41号へと見ているところ。
神岡遠征編2020
16:56、「西漆山」着。
転回スペースから淡々とUターンして高原川を渡り、国道41号に復帰。
神岡遠征編2020
何か余計なものを見つけてしまったという感じで
山にそびえる鉱山遺構を見上げている一コマ。
東漆山地区にも鉱山の拠点が存在していた。
神岡遠征編2020
「鍋谷」から土発電所と工事現場を通り抜けて右にカーブ。
そしてさらに左へと大きくカーブ描いた後、
「土」から跡津川橋を渡る。
神岡遠征編2020
ここでまた交通規制のもと、工事現場を通っていく。
神岡遠征編2020
がけ崩れなどに対する工事をしているものと思われる
作業現場を横目にしているところ。
神岡遠征編2020
もう一コマ。
神岡遠征編2020
右にカーブしながら坂を下り、土スノーシェッドに突入。
S字カーブから土洞門に差し掛かり、
2つ目の土洞門から外へと迂回して工事現場を抜ける。
神岡遠征編2020
東茂住洞門に進んでいった後、東茂住スノーシェッドをひた走り、
新猪谷ダムを左手に2つめの東茂住洞門へ。
神岡遠征編2020
これを出ると茂住除雪センターのもとへ。
程なく東茂住郵便局が見えてくる。
神岡遠征編2020
東大宇宙線研究所をそばに17:07、「茂住」通過。
神岡遠征編2020
研究所も近接した敷地で工事が行われていた。

東茂住橋を右にカーブした後、今度は左にカーブし杉山トンネルへ。
蛇行を重ねながら進んでいくと民家があらわれ「横山」を経て
横山トンネルへと入っていく。

外へ出ると右にカーブして高原川橋を渡り、
左にカーブしたのに続いて右にカーブし、
東林寺とともに数軒の民家が並んで「中山」を通過し、
坂を下って左にカーブした後、また右にカーブ描いて
国境橋から猪谷トンネルに突入。
神岡遠征編2020
猪谷トンネルを前に左手に見える旧・神岡鉄道の橋梁。

トンネルをバスはカタカタ車体を揺らして右にカーブして外へ。
山下自動車工場に猪谷関所跡を過ぎ、
神峡橋が右手に見えたところで左折して
17:16、「猪谷駅」に到着。
楽今日館の送迎バスがやってきていた。

後続の列車が17;18発というところで
精算を前にしたお二人が手間取っていただけならまだしも
ご自身たちは送迎バスに乗られるようでニヤニヤされていたので
大慌てで精算を済ませて運転士さんにお礼を述べて
駅舎へと駆け込んで構内踏切を渡ってホームへ。

ちょうどJR東海の17:17発美濃太田駅行きが
駅舎のドアを開けたのと同じタイミングで走り出したにも関わらず
富山駅行きには何とか間に合った。乗車券を買う余裕もなかった。
神岡遠征編2020
キハ120−350、348の2両編成。乗客は4人ほど。
ちゃんと乗車後に確認している。
このキャパシティを満たしていく行程を辿る。

旧・神岡鉱業社宅をあとにした列車は猪谷トンネルを潜って
国道41号と並走しつつ、片掛トンネルへと向かっていく。

道の駅細入と西念寺を過ぎて峠トンネルを抜け、
今度は庵谷トンネルをくぐり、布尻楡原大橋の下から
細入地区センターをそばに楡原駅に着き、一人乗車。

北陸電気工業をあとに平地部から岩稲トンネルを潜って
楽今日館に県営競艇場、岩稲公民館を過ぎ、左にカーブ。
神通川第2ダムがあらわれ、笹津橋を右手に神通川を渡る。
笹津保育園のもとから17:33、笹津駅着。ここでも6人の乗車がある。
神岡遠征編2020
笹津駅で6分停車して対向列車の「ワイドビューひだ20号」の通過待ち。
踏切の音がして、17:38、これが駆け抜けていくのを見届けて出発。
北銀記念グラウンドやモロボシフレイテイジの工場に
いなしろ団地から水田へと出ていき、
神通川を渡ってトンネルを抜けると東八尾駅に至る。

この1年の間に待合所がリニューアル。
屋根付きの駐輪場も併せて設けられた。
この辺は特急列車ではとても意識がまわらない点。

暮らしている街でも駅前広場を持っている隣の駅がそばにあるのに
自分が要望した工事がはじまってから10年くらいかからないと
そちらに意識がまわらない人もいらっしゃるけど。
神岡遠征編2020
左手に県道25号を走らせて列車はやがて左へとカーブし、
井田前山の麓に沿って進んでいくと
ファミリーマートが見えてきて右にカーブしながら井田川を渡る。
富山地鉄バスの営業所の脇を通り、17:48、越中八尾駅着。
一気にロングシートまで車内の席が埋まり、様相が一変する。

八尾高の最寄り駅であるほかに
マクセルや富士通、日進工業などがこちらを最寄りとしており
ちょうど下校、終業時間と重なったため。
この辺から富山市市街地までの区間は
公共交通としてそれなりの支持を恒常的に受けている。

八尾総合病院や変電所をあとに望岳台団地を過ぎ
県道344号とともに走っていき、国道472号を潜ると
田中精密や津根精機、三光機械をしばに17:55、千里駅に滑り込む。
タイミングよく対向列車がやってきて
水田から右にカーブして峠川や井田川を渡って
国道359号の下を抜けて速星小に婦中支所のもとから
日産化学工業の工場が広がる中、17:59、速星駅に到着。
神岡遠征編2020
ここで半分くらいの人が降車され、
その半分くらいにあたる方の乗車があった。
日産化学工場のみならずファボーレの最寄り駅でもある。
ラフな格好の方もいらっしゃったので
その帰路に選んでいただいていると思いたい。

北陸道を潜ってイノベーションパークとパークタウン西本郷へと
列車は走っていき、婦中鵜坂駅へ。
ここでの乗車が社会実験の成果で常設駅に至り
歳月の経過とともに当たり前の光景に近いものへと築きあげた
富山市とJR西日本の協力と利用に努めたりした企業、
駅があることによって住まいを決められた方々の賜物。

県道9号の下を潜って3度目となる井田川との対面。
金屋企業団地や島田つくしの団地、地鉄白鳥団地を経て
プラザ寺町のもとから18:08、西富山駅停車。6人下車。
終点を前に5分停車。

寺町けやき台団地と多目的広場から住宅地を進んで
県道44号の下を抜けて呉羽山の足元から
桜谷小のそばであいの風とやま鉄道と合流。
桜谷小のグラウンドではサッカーをしている児童の姿があった。
神岡遠征編2020
神通川を渡って富山赤十字病院やアーバンプレイスがあらわれ
18:20、富山駅2番線に到着。
折り返し列車を待っている人が列を成していた。
改札で自己申告のもと精算。

あいの風とやま鉄道の駅員さんは
金銭授受の受け渡しとともに高山本線はJR西日本管轄なので
その内訳によって仕分けをなさっているようだった。

ともあれ何とか予定していた列車で富山駅へと戻って来たのだった。
つづく






posted by 小林 慶太 at 23:50| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月29日

共同水屋の文化 産業への楔

職業としてこういうネタを引っ張ってくると
なかなか成り立たせることができないけれども、
趣味と好奇心でやっている身にはそれなりの次元でこなせるもので
意外にこういう事象と相対するということも重要なものだったりする。

鉱山の街として栄えた飛騨市神岡地区は
豊かな水資源に恵まれ共同水屋を今日まで引き継がれているという
非常に特徴的な文化を持っている。

性懲りもなく同じことをしているということを
神岡軌道の遺構をなぞる際に
引き合いに出しているけれども
船津トンネル開削の際に湧水も危機に晒されたといわれるし
水屋は地域の方々の生活空間として利用されるのとともに
維持を図っていく事が不可欠だ。
神岡遠征編2020
2020年10月27日、飛騨市神岡地区、
旧・奥飛騨温泉口駅からブラブラと旧・神岡軌道をなぞったり
鉱山神社を訪ねたりしながら高原川沿いへと出て藤波橋へとやってきた。
神岡遠征編2020
藤波橋から高原川を神岡市街地、下流部へと見ているところ。
奥に架かっている橋が西里橋にあたる。
神岡遠征編2020
藤波橋を渡って藤波八丁遊歩道に突き当る左岸には
手すりのある坂道「神坂」が延びている。
鍛冶屋や呉服店、旅館に豆腐店などが並んでいた。
今日も急傾斜の坂道であるのにもかかわらず
これに面して玄関を構えている民家が集まっており
局地的に密度の濃い市街が営まれていたことが伺える。

自動車が一般的ではない時代に既に隆盛を極めて
多くの人々が集まって生活空間が形成されているので
あまり自動車に適しておらず
高齢化に伴う移動手段を講じるために
ダイレクトまでは至らなくとも乗合タクシーのような
こまやかに各地点を結ぶツールが導かれている。
	神岡遠征編2020
藤波八丁の遊歩道と神坂の合流地点には
方解石を飾った観光サインが置かれている。
	神岡遠征編2020
藤波橋から神岡城を眺めているところ。
神岡城は三井金属が1970年に天守閣を模して築き上げているもの。
戦国時代に江馬氏が築城した史跡に立地している。
一国一城令で取り壊された。
天守閣の存在は土地に対して求心力を持たせるものといわれる。
	神岡遠征編2020
高原川の右岸を辿っていくと
消防団の器具庫のそばにも観光サインがある。
こちらに飾られているのは魚眼石。
	神岡遠征編2020
道路へと突き出すようにそびえているケヤキの木。
これに因んだ焼肉店の脇へと入ると……。
神岡遠征編2020
右岸で唯一の共同水屋、権七水屋だ。
簡素ながら非常に生活臭を漂わせながら水が湧き出ている。
	神岡遠征編2020
そのまま高原川沿いを歩いて飛騨市民病院とたんぽぽ苑のもとに向かった。
背後にそびえる山をかみおかトンネルが貫いている。
もちろん「おくひだ3号」が止まっているから
すかさずこれをキャッチアップしている。
	神岡遠征編2020
そこに鎮座しているのが東町白山神社。
飛騨神岡祭の例祭が執り行われる白山神社はこちら。
江馬城の戌亥の方角における守り神として勧請がなされている。
鉱山神社である白山神社とともに創建年代が定かではない。

朝浦八幡宮と同じく小高い場所に社殿を構えているので
積雪地であることから鳥居を前に賽銭箱がこちらも設置してある。
	神岡遠征編2020
つづいての水屋を目指して
西里橋で高原川を渡って西里通りを真っすぐ進み、
富山第一銀行神岡支店や千成寿司、風な津に囲まれた交差点を左へと入り
牛ヶ口水屋へ。

神棚が飾られていて地域の方々が利用している水屋であるのはもちろんのこと
外部からやってくる方を意識したお願いと
この水屋の仕組みの紹介がなされている。

一番右が飲料水に使う水槽。
隣がスイカやビールを冷やしたり野菜を洗う水槽。
小さい水槽が足を洗ったりするものになる。
	神岡遠征編2020
牛ヶ口水屋から古田豆腐店を通り、突き当りを左に向かい、
下今公園を過ぎると山田橋の先に
旧・神岡鉄道の神岡橋が上部を横切っている光景が目に入るようになる。

レールマウンテンバイク・ガッタンゴーで上部を走り抜けていったところの
その足元にやって来ていることになる。
	神岡遠征編2020
鉄道駅時代であれば高架橋に描かれたイラストとともに
「ようきてくれなった」の文言に迎えられるところながら
これを目にする人はそう多くないのではないかと思われる。

橋脚の足元にはベンチと「旧・飛騨神岡駅」停留所。
山田川対岸の橋脚には「あわてずにみんなゆっくり行かんかな」とある。
	神岡遠征編2020
旧・飛騨神岡駅のそばには幸土泉水が湧いている。
国道バイパス工事で水源を断ちかねなかったものが
今日も往時と変わらないままにその恵みを享受できていることが
由来とともに案内板には示されている。
	神岡遠征編2020
幸土泉水のもとから旧・飛騨神岡駅駅舎へと撮影したところ。
周辺案内図や公衆電話が今も設置されているのが駅であったことの名残。
階段は中ほどから立入禁止になっている。
駅舎を前にした一画は駐車場が確保してある。
上部はレールマウンテンバイク・ガッタンゴーでしかコンタクトがとれない。
それもまた通り過ぎていく過程でのこと。
	神岡遠征編2020
レールマウンテンバイク・ガッタンゴーの街なかコースにおける
ランドマークの一つながら歳月の経過が著しく建物に反映されていて
「ひだ神岡」の「ひ」の字が欠けてしまっており
駅舎壁面には「だ神岡」の表記になってしまっている。
メンテナンスは当然おカネがかかるわけで、
沿道からはただただその風貌を見ていくばかりとなるのだろう。
店舗が入ったりするというのも現実的ではないし。
	神岡遠征編2020
さらに山田川上流部には上今水屋があるというので
そちらを探しながらウロウロ。

思い当たるそれらしき水屋のような場所には突き当たったものの
水槽の中身は空っぽで水は流れ出ていなかった。

とはいえ、はだか電球のもとに神棚が飾られていて
掃除用具がキチンと管理されていることが伺えるので
共有している施設、つまり紛れもない共同水屋。
神岡遠征編2020
山田橋から山田川を下流部高原川へと撮影したところ。
民家が山田川を背にギリギリのところまで立ち並んでいる。
奥、つまり下流には神岡鉱山を控えている。

さらに先には神通川、富山平野へと豊かな水の恵みが及ぶ一方、
鉱山開発はそういう資源を汚染するのとともに
土壌へと影響を及ぼしながら国家の牽引につながっていった。
神岡遠征編2020
神岡地区にある大正期からの醸造元の一つ、船津醤油の裏手を歩いていく。
醸造を営んでいくのにあたって豊かな水とコメというのは
絶対条件なのでそれを兼ね揃えた土地柄にある事に他ならない。
味噌もつくっている。
神岡遠征編2020
船津トンネルが貫いている山に鎮座している大津神社にやってきた。
ここも飛騨神岡祭の例祭を執り行う神社の一つ。
積雪期の参拝のために石碑の脇に賽銭箱がある。
神岡遠征編2020
大津神社から千歳橋へと歩いていくと、
これを前にしたところに紫水晶を飾った
案内サインが設置されているところに突き当る。
神岡遠征編2020
神岡祭のレリーフが両岸に配置されている山田川。
千歳橋からこれを下流域へと撮影したところ。
ガラッと山田橋からの光景と印象が変わり華やかさが加わっていても、
両岸に沿って延びる道路に面して民家が並んでいる、
限られた場所に人口集中がなされて
鉱山街が隆盛をしていたことを伺わせる点においては
やはり共通しているものだ。
神岡遠征編2020
花街に位置していた界隈、
料亭・森田楼の別館であったり三井金属の迎賓館でもあった神和荘。
現在は飛騨市のコミュニティ施設として利用がなされている。
神岡遠征編2020
山田川に沿って歩いて月見橋のもとへ。架橋されたのは昭和初期。
ここにも灰ばんざくろを飾った観光サインが設置してある。
神岡遠征編2020
月見橋の脇へと入っていくと柳川水屋にたどり着く。
大洞湧水と神岡の街の暮らし、
つまり豊かな水の恩恵を受けていたことに対して
天声人語の荒垣秀雄さんがエッセイを綴られている。
神岡遠征編2020
濃飛バスの神岡営業所や神岡鉱業の触媒工場を通り、
国道41号に出た後、船津北交差点へ。
こちらが地上部から見ている旧・神岡鉱山前駅。

上部にコンタクトがとれるのはレールマウンテンバイク・ガッタンゴーのみ。
そちらを通りがかる方を見かけたら
やはり手を振るというのはごく自然な成り行きかと。

ここの壁面に
国道41号が11カ所連続で国土強靭化工事が行われていることが案内されている。
神岡遠征編2020
ここで船津橋で高原川を渡って対岸へと向かう。
こちらも改修中だった。

船津橋から神岡鉱業の金属粉工場方面へと撮影したもの。

やはり山々の木々について触れなければならないと思う。
環境安全最優先というのは高原川(神通川)に対してのものだけではないし
現在進行形で将来にわたって沿道に掲げるのとともに
企業自ら遵守していく、同じ過程を繰り返さないために、
釘を刺しているものと思われる。

足尾銅山では古河機械金属の方に
鉱毒事件のことについて伺ったことがあるけれども
未だにこちらでは聞きにくいことだし、
所詮、好奇心的なものを自分が拠り所にしているものもあるとはいえ、
神岡鉱業や三井金属の方にそういう話を伺う機会というのはない。

歳月の経過とともにその時代の当事者ではなかった方々が
工場の操業にあたられているのは確かだけれども
企業の責任というのは個々人においても意識されない事はないと思う。
神岡遠征編2020
カドニウムによる土壌汚染はここからの排水によって起因している。
従って対策を講じているし、
文言を掲げるだけに留まることのない、意識喚起の上で
今日は流亜鉛の精練など工場操業がなされている(はず)。
過去の事をグダグダと、というわけではないけれども、
お互いに確認をしていくというのは大事なこと。
神岡遠征編2020
濃飛バスの神岡営業所のもとへと戻って来た。
神岡遠征編2020
16:20、猪谷駅行きのマイクロバスへと乗車していく。
飛騨市営バスで濃飛バスによる運行。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:56| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月28日

道路の正体 鉱山の影

土地利用の背景に突き当るもの。鉱山とその輸送手段の存在。
性懲りもなくやっていることは
ほとんど昨年を踏襲しているのだけれども
それらが続いていることを確認する事に意義がある。
神岡遠征編2020
2020年10月27日、旧・奥飛騨温泉口駅に戻って来たところで
高原川に架かる釣瓶橋対岸に位置する旧・神岡軌道の軌道跡を辿っていく。
神岡遠征編2020
釣瓶橋を渡って国道471号へと歩いていく。
鈴木工務店と浪岡工務店、さくら歯科クリニックを過ぎて
無人の野菜販売が行われている幟がはためく脇へと延びている道路が
旧・神岡軌道跡にあたるので
これが本来であれば横切っていたことになる。
神岡遠征編2020
この脇道へと入って坂巻公園へと振り返った一コマ。
沿道にある嶋木工所は軌道跡に面して軒先を構えている。
神岡遠征編2020
道路の正体が神岡軌道であったことを示すものが
この突き当りの茂みの向こうにそびえ立っている。
神岡遠征編2020
直進は物理的にできないのでまわり込んでこの延長線上を撮影。
途中で途切れているとはいえ橋脚遺構の姿があり、
同時にその先に本来であれば輸送べき資源のもとへ、
こちらは豊かな森林に軌道が延びていたことになる。

神岡軌道は鉱石輸送を主に敷設されていたものながら
木材輸送も引き受けていた。

廃線から半世紀が既に経過しているのにも関わらず
今もなお市街に近いところで姿を留めている遺構の一つ。
神岡遠征編2020
引き返して坂巻公園の脇に延びている神岡軌道の跡を辿っていく。
ごく普通に電信柱が立っていて生活道路として溶け込んでいる。
神岡遠征編2020
坂巻公園はこの1年の間に新しい遊具がデビューを果たしていた。
グラウンドを含む公園敷地が
どのように確保されたのかというのも
軌道が脇に延びているという位置関係や
その先に工務店や木工所を控えていることを考えると
いずれも何ら接点がなかったと思えるものではないわけで。
神岡遠征編2020
一段高い崖の上に延びる道路には日産レッドステージ。
この足元を軌道が敷設されていた。
沿道の家屋は道路に面して顔(玄関)を向けている。
軌道に対して顔を向けて民家が建てられるというのは
極めて稀なことなので、
やはり軌道が道路に転用されたあとに建てられたと思われる。
神岡遠征編2020
崖のもとから軌道跡に合流してくる道路、
これを辿って上に向かうと神岡鉱業の管理部であるマインピア神岡がある。
神岡遠征編2020
高原川に面した林へと延びていく道路。
この辺は崖の斜面と高原川の河原との間に
かろうじて平地を確保して敷設してある。
神岡遠征編2020
この辺の石積みは鉱山街を象徴している。
神岡遠征編2020
平地部が広がってくるのとともに沿道に民家が並んでくる。
神岡遠征編2020
共栄建材の前に出て神岡大橋から延びてくる道路と交差。
右に延びている道路が辿って来た旧・神岡軌道だった道路。
左は江馬町交差点方面へと通じている道路で
軌道だった道路からそちらへと切り替えて「殿」停留所を通り、
パチンコラッキーとエネオスのガソリンスタンドに挟まれた江馬町交差点を
国道471号へと左折していく。
神岡遠征編2020
やってきたのが道の駅・宙ドーム神岡。
この1年の間に左側のドーム部分にカミオカラボが併設され、
旧来のニュートリノコーナーがより拡充、スケールアップといった感じで
よりスーパーカミオカンデを可視的に体験できるようになった。
神岡遠征編2020
こちらは入口のスーパーカミオカンデのレプリカと
梶田隆章さんの署名が入った光電子倍増管。
文字通り施設の導入部といった意味合いで展示がなされている。
神岡遠征編2020
今回はここでお昼を頂いた。唐揚げコロッケ定食。

前回のお昼ごはんを食べたところでおやつ、という事にしたので
結果として自分が市街で使っているおカネは
このお昼分がプラスという事になる。

右肩を上げる、前年よりも高い水準を弾くというのは、
こういうところでかろうじて弾き出すだけで、
必ずしもムリなくというわけでもないし、
新型コロナウィルスの流行を鑑みれば、
絶対的な交易人口が本来よりも大幅に減っているから
到底そういうものを補えるものではなかったりする。

レールマウンテンバイクガッタンゴーにおける
腹ペコランチクーポンは道の駅は対象になっておらず
協賛を得ているのは個人で経営をなさっている店舗がほとんどで
そういうものを下支えしてもらいたい、という意向が含まれている。

お土産も道の駅だと品揃えも格段に違うし、選択肢も広い一方、
高山市や下呂市といった広域に跨って流通しているものも多い。
すっかり某アニメ映画の興行収入が遙かに凌駕しているとはいえ
アニメ「君の名は」の舞台だった土地。
変わらずにこれに関連したクッキーも並んでいる。
作品の価値とモデルとなった土地であったことは
歳月が流れても根本的には変わらない。

一過性にしないように努めないと
結果として翻弄することにつながってしまう場合もある。

お前のせいでうちの街は発展しないんだと
よくWEB上で言われたりしているし、事実だけれども
そう主張される方は日々右肩あがりの
消費行動や経済循環を滞りなく描かれているものと思われる。

交流拠点としての道の駅も、
街の賑わいにつながる個々のお店も、という事を思い描いた時に
果たせる対象とその次元というのは
自分の場合は笑い話にもならないものだと痛感している。
神岡遠征編2020
そして神岡鉱山の鉱山神社は
道路向かいに鎮座している江馬白山神社が他ならないソレだった。
飛騨三大祭りが執り行われる飛騨市民病院そばの東町白山神社ではなく
夕陽ヶ丘団地をそばにした住宅地のこの神社だというのは
何度も通りがかっていても何ら思わなかった。

戦国時代には既にあった神社でもともとは宮沢平にあったものが
神岡鉱業の鉱山精練所のそばにあったがために
施設に囲まれて神社敷地の樹木は煙害で多くが枯れてしまい
大正期にこちらに移転してきたものだという。

台座と色が違う狛犬の変色は鉱毒によるものらしい。
樹木だけではなくこういうところにも影響を及ぼしつつ
東洋一の産出量を誇る鉱山と都市の隆盛、
さらには近代国家が成り立っていた。
神岡遠征編2020
鉱山神社へと立ち寄ったあとは
引き返して神岡大橋へと歩いていく。

こちらは道のりで撮影した道路を跨ぐ神岡軌道の橋梁(現・歩道橋)。
もちろん軌道だったものは奥。
それを控えているので手前は高さ制限の標識が掲出されている。
神岡遠征編2020
❝ちょっと待て明るく生きる道もある❞と橋に文言が貼り出されている
神岡大橋から江馬町交差点方面へと撮影したもの。

架橋されたのが1966年なので自分が思っているよりも遙かに古く、
西里橋の方がむしろ新しい。

客死は両親が現地に来なきゃならなくなるから、
極力しないように一応行動は慎んでます。
神岡遠征編2020
こちらは藤波八丁といわれる景勝地へと神岡大橋から見ているところ。
だから景観に見とれているだけであって、
そういうことを旅先で思い立つことはありません。
神岡遠征編2020
神岡大橋のもとに設置されている案内サインには白地鉱が飾られている。
示している距離からちょうど旧・奥飛騨温泉口駅と市街地の中間位置にあたる。
神岡遠征編2020
レールマウンテンバイク・ガッタンゴー視点だけではなく
歩行者視点からも旧・神岡大橋駅を見ておくことに。

かつては公衆トイレだったキノコの待合所。
1986年につくられているベニテングダケを模したもの。

維持管理が大変なようでかなりテーブルと天井が汚れてきた印象を受けた。
神岡遠征編2020
改めてじっくり旧・神岡大橋駅の駅名表示板と弁財天の祠を見物、と。
神岡遠征編2020
飛騨三大祭りの例祭を行う神社の一つ、
朝浦八幡宮は神岡大橋のそばに鎮座しており
脇に藤波八丁の遊歩道が延びている。
積雪地帯の神社なので鳥居を前にお賽銭が入れられるようになっている。
アニメ「君の名は」でも登場している神社だ。
神岡遠征編2020
今回は藤波八丁の遊歩道ではなく
対岸の神岡軌道、先ほどの共栄建材からの延長線上を辿っていく。
神岡遠征編2020
もちろん線路とかは既にない橋梁。
今日は歩道橋としての役割を全うしている。
神岡遠征編2020
ここでまた軌道跡の道路から分かれて左へと下ることに。
従って右手側の真っ正面に奥へと延びる道路が軌道跡にあたる。
神岡遠征編2020
そして藤波橋へ。

高原川に沿って市街が形成されているので
両岸に架かる橋を辿っていくのも神岡市街地の愉しみの一つ。
どういうわけか鉱山街は
そういう地理的な要件を満たしているところが多く
往来を果たしていく上でも進展を見せていた土木技術が
早い段階で取り入れられている。

つづく
posted by 小林 慶太 at 21:54| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月25日

ひだかみ

神岡遠征編2020
2020年10月26日、旧・奥飛騨温泉駅から
5年ぶりにレールマウンテンバイクガッタンゴーを体験。

街なかコースは往復1時間くらいで行程を組まれているところで
非常にスムーズに物事が運び、
大幅に予定終了時刻よりも早く旧・神岡鉱山前駅から
折り返してこちらへと戻ってくる事になった。
神岡遠征編2020
申し込んだ回が11時開始だったので
ちょうどこのアトラクションを終えたところで
お昼どきに差し掛かりランチクーポンを提供して下さっているように
市街でお昼を食べて、というサイクルを描いていくのが
来訪者から派生していく波及効果になる。

クーポンは相手方の配慮であり、副次効果への布石。
あくまでも取捨選択は個々人の裁量であって
どこでどうしようと、という次元。

意図して組み立てるものと、偶然成り立つものと、
組み立てようとしても持てるモノのレベルで及ばないものと、
何にもかみ合いもしないものがあって
どれに照合するのかは問うものが多い。

線路跡を利用しているアトラクションと街づくりは両輪になっているから
暮している街の方々が
実際に資源となる施設を管理される方に加えて
その価値や維持に伴う効果を実感されていく事が大きいのだと思う。
この積み重ねが未来を切り開いていく原動力であって
どれくらい貢献できるのか、接点が持てるのか、といった話。
神岡遠征編2020
何だかんだ惰性の塊で昨年と同じものを踏襲することを前提としているので
お昼は現在の旧・奥飛騨温泉口駅駅舎脇にある
貨物駅だった建物で営業をされている喫茶店に立ち寄っていく事に。

先々代の旅客駅舎でもあった建物だったことを知る。

その線路の先にあったものと駅周辺の空間利用を思うと
これらの背景にあった産業が色濃く根付いていることがわかる。
神岡遠征編2020
新型コロナウィルスの流行に伴って対策を講じるために
喫茶店はお持ち帰りを主体にシフトしていて
お店の珈琲を根強く支持される方がいらっしゃり
その需要に応えるように大きく様変わりしていた。

昨年はお昼をここで頂いていたとはいえ
同じように、という条件を組み立てるのがお互いに難しいので、
ケーキを買い求めて食べ歩いていく事を思い描いていたら
こちらでどうぞと仰って下さったので
りんごジュースとともに
クリームチーズキャラットシフォンケーキを頂かせてもらった。

この辺が自分の果たせる次元の限界で及ばないもの。

あらゆるもので右肩を上げるものを
あまねく提供できる方は
どこまでも天井知らずの未来を描けるのだろうけれども。

意外に「芸がない」と自嘲しているものの
こういう局面にあると、
同じものを同じようにそれなりの次元で果たしていくというのは
今日ありきを鑑みるとかなり貴重な部分があったりする。
神岡遠征編2020
今回は14時台の富山駅行き特急バスが運休になっているので
その分滞在時間を引き延ばす事になったので
ケーキをおやつにして
旧・奥飛騨温泉口駅をそばにそびえる高台へと向かい、
昨年はたどり着けなかった飛騨神岡高校を目指す。

やはり鉱山と高校、
とりわけ工業に絡んだ学科や専門分野を持つところは
非常に関わりが深いことと
バスを通学手段として利用される学校がどこにあるのかというのは
地図上だけではなく現物に突き当らなければ、という
非常に安易な好奇心に因る。

梶山鉄工所や神岡衛生社を眼下にして
坂を上っていった高台の住宅地にフェンスで囲まれた集合住宅。
旧・教職員住宅の建物だった。
神岡遠征編2020
鉱工業がヒトを多く必要とする時代に隆盛を極めた市街なので
局地的に従事される方が暮らす事によって
高原川が作り出した河岸段丘を埋め尽くし、
追って高台にもそれが波及して住宅地がこちら釜崎地区にも形成されている。
住宅地にある釜崎公園にての一コマ。
水飲み場やベンチにも感染対策が講じられたり、呼びかけがなされていた。
遊具は公園敷地の隅っこに。日陰が多く確保されている公園。
神岡遠征編2020
釜崎地区から高原川対岸にそびえ立つ、
国道471号が麓に延びている山の斜面を見ているところ。
木々が山肌を埋め尽くす中で際立つ存在感。
鉱山開発の変遷やその社会情勢の渦中にあった街。

集約を果たしている格好となりながらも
ところどころに採掘の拠点の名残や痕跡、
その延長線上にあると思われる景観。
過去形にしてしまう部分も事実であるのは確かな事ながら
必ずしもそうでないところに物事があるのも一方での真実だったりする。
神岡遠征編2020
釜崎地区には高校が一校存在していた。
旧・神岡工高。
1997年に幕を閉じて今日は釜崎社会体育館として体育館だけが残っている。
洞門の名前からおおよその位置関係が伺えるばかりとはいえ
草創期は木地屋にあったという。
鉱山街にあった学校と時代背景とはいえ、定時制を持っていた。
町立高校だった。遡ると神岡鉱業、敷いては三井金属との関わりも深い。
母体はその名前も神岡鉱業高。
神岡遠征編2020
神岡大橋方面へと通じる道路には濃飛バスの停留所。
名前は「校舎前」。とはいえ、既に校舎はない。
こういうところがその存在を証明している。
吉田川方面に停留所を撮影したもの。
高山市方面に午後に3本、神岡市街に朝1本のバスの設定が設定がある。
神岡遠征編2020
釜崎地区の背後に延びるつづら折りを上っていく。
ここから旧・神岡工高グラウンド並びに体育館を見ている一コマ。
本来であれば校舎がここにそびえていたわけで。
神岡遠征編2020
上り切ったところで辿って来た道路を振り返ったところ。
学校通うのに一苦労だというのが率直な感想。
みなさん、これを通学路になさっているのだろうか……。
自転車は下校時は楽勝だろうけど、登校で力尽きちゃいそう……。
冬は雪もあるわけで……。

同時に旧・奥飛騨温泉口駅からの距離を思うと
神岡鉄道は通学路線として機能する余地がまるっきりない位置関係に
線路が敷設されていたことをなおさらに実感する。
それだけ貨物輸送に特化したものを背景にしていた事の裏返しでもある。
神岡遠征編2020
釜崎地区からのつづら折りを上った先は
自分が予想していたよりも遙かに平地部が広がっていて
それとともに水田が営まれていた。

ここにあるのが青雲寮。つまり飛騨神岡高の寮。3階建ての建物。
玄関が学校の昇降口を彷彿させるので
校舎が転用されたような印象を受けたけれども
もとからこういうデザイン。女子棟もあるらしい。
神岡遠征編2020
市街地の西里ふれあい公園に街かどギャラリーが設けられていた
飛騨神岡高は自分が思っているよりも遙かに郊外に立地している高校だった。
そういうアンテナ拠点を設けないと
やはり日常的に接点がもちにくい存在なのかもしれない。

4階建ての校舎2棟と3階建て1棟からなる学校。
船津高と神岡工高の統合で発足。1学年60人くらい。
特徴的なものでロボット部がある。
工業高校を組み入れている学校ながら
男の子と女の子は大体同じくらいの生徒数とか。

登下校の場面に居合わせた事もないので
数字と校舎を照らし合わせて、そういうところなのだなぁ、と。
神岡小中学校と連携した学校教育を行っている。
神岡遠征編2020
バスの停留所は下小萱集会所を前に設定がなされていた。
高校がそびえているからといって
学生のサイクルから派生する受け皿となり得るものは自動販売機があるだけで
道路を行き交う交通量も多いとは言い難いもので
登下校の時間帯とそうでない時間帯の印象は
随分と違うようであることが伺える。
通学手段に占めるバスの割合はどれくらいなんだろう……。
神岡遠征編2020
引き返して釣瓶橋を渡り、
今度は神岡軌道の軌道跡を辿りつつ鉱山神社へと歩いていく。

貨物輸送を失ったところで事実上命運が尽き、
ほとんど定期需要を持つことのなく廃線に至った線路が
神岡街づくりネットワークによってレールマウンテンバイクとして
シーズン中であるとしても広域的に集約を図ることができたり
広く認知されるものとなって
恐らくは最晩年の旅客水準以上の賑わいや波及効果を街にもたらしたり
資源として広く暮らしている方に実感して頂けるようになっているというのは
極めて稀有で特筆すべきもの。
立ち上げから経年を経てもそれが続いていて
街なかコースから渓谷コースへとその提供区間も広がっているのだから。

同時に鉄道が受け皿となっていなくとも
沿線に暮らしていた人々の生活があるわけで
そういうところにも意識がそれなりに向くものでありたい。
まぁ好奇心的なものばかりだけど。自分の場合は。

つづく
posted by 小林 慶太 at 20:37| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月20日

相方とホタルイカトンネル

神岡遠征編2020
相方とともに先行と車間距離を保ちながら適度に追いかける。
非常に人生を象徴しているかのようだ。
神岡遠征編2020
2020年10月26日、旧・奥飛騨温泉口駅から
レールマウンテンバイク・ガッタンゴーで旧・神岡鉱山前駅に向かう。
乗車したのは❝1人乗り❞を解禁してくれる「しんちゃんくみちゃん号」。

県道477号と木立向こうに流れる高原川に挟まれて延びる線路が
左にカーブを描くと神岡大橋が見えてきて
そちらへとペダルを漕いでいく。
神岡遠征編2020
一面一線の神岡大橋駅へとやってきたところ。
脇に側線が設けられトロッコが飾られるようになっていた。
神岡遠征編2020
駅名表示板とともに祠には弁財天が祀られている。
レールマウンテンバイク・ガッタンゴーのスタートとともに
これらが構内に復活している。
奥に見えるのはベニテングダケの待合所。以前は公衆トイレだった。
神岡遠征編2020
県道477号を右手に移して
そちらに面して並んでいる民家の裏手を進んでいく。
傘松城址があった観音山の足元にあたる界隈。
神岡遠征編2020
やがて神岡第2トンネルが見えてくる。
神岡小がそびえる丘陵をこのトンネルで一気に貫いて線路は敷設されている。
神岡遠征編2020
レールマウンテンバイクに搭載しているライトを頼りに
全長352mの真っ暗なトンネルを漕いで
出口から差し込む明かりがトンネル壁面と線路の輪郭を映し出す。
建築年代が比較的新しく高規格な技術が採用されていることが
少しばかり可視化されたところで伺える。
神岡遠征編2020
神岡第2トンネルを出ると山田川を跨ぐ神岡橋で市街を橋梁から一望。
あまり自動車を前提としていない時代から
住宅が密集して鉱山街として栄えてきたインフラを引き継いでいる。
神岡遠征編2020
それとともに旧・飛騨神岡駅を通過。
ホームを間近で目にすることができるのは
レールマウンテンバイク・ガッタンゴーだけ。
地上部からはコンタクトをとることができない状態にある。

こちらに祀られているのは恵比須さま。

名所案内で紹介されているのは
「昭和のにおいそのまま」の神岡の街並み散策、
「いたるところにある水屋めぐり」大洞湧水群、
そして「平成の芝居小屋」船津座の3つ。

この辺が街なかコースのハイライト。
神岡遠征編2020
旧・飛騨神岡駅を通過すると
今度は国道41号の下から大津神社の裏手を
神岡第1トンネルで貫いていく。全長524m。

何分にもトンネルが真っ暗で
ライトが照らす範囲が非常に狭いので
追突注意の看板を設置している。
神岡遠征編2020
神岡第2トンネルとさほど変わらないように見えるけれども
こちらは神岡第1トンネル走行中の一コマにあたる。
神岡遠征編2020
外に出ると国道41号よりも一段高い大洞山の麓に延びるレールを辿って
左へとカーブを描いていく。
ちょうど2段下には濃飛バスの神岡営業所が位置している付近を進んでいる。
まるっきりそういう実感はない。

いずれにせよ、旧・神岡鉄道は市街の
ど真ん中を貫くように敷設されているわけではなく
基本的には市街に控える山に沿って背後をまわり込んで敷設されている。
神岡遠征編2020
信号機を左手に特徴的なカーブに差し掛かっていくところ。
神岡鉱業の触媒工場の近辺にさしかかっている。
神岡遠征編2020
車庫の脇を抜けて旧・神岡鉱山前駅の構内が広がり、
ポイントの上を通っていく。
真っすぐ進んでいくと本来であればホームのもとへと滑り込むことになる。
神岡遠征編2020
水色のアーチを持つ船津橋が見えてきて
高原川向こうにも神岡鉱業の亜鉛精錬工場と金属粉工場がそびえ
山肌に「神岡鉱業」の文字が掲げてあるのが目に入る。
高度経済成長期の過剰な操業の代償が色濃く残っている。
神岡遠征編2020
旅客列車は2両しか持ち合わせていないにも関わらず
側線が枝分かれしていくところに
この駅の果たしている役割と
取り扱っていた貨物量、その産業の規模が伺える。
同時にそれらが過去になってしまったことに対する落差を物語っている。
神岡遠征編2020
旧・神岡鉱山前駅のホームが見えてきた。こちらも1面1線の駅構造。
構内の広さに比べるとあまりにホームの延長幅は短く、そして小さい。
貨物の存在が鉄道を支えていた。
11:25、旧・神岡鉱山前駅着。
下り坂を辿って来たので楽勝ムードながら
当然帰りは上り坂となっていくので
むしろ自転車を漕ぐという点ではむしろここからが本番。
神岡遠征編2020
自分は神岡鉱山を知ったのは小学校の社会科で
高度経済成長期に生じた4つの公害の一つ、
イタイイタイ病に起因する場所だった。
(足尾銅山鉱毒事件は国語の授業で田中正造の伝記で習った)

中学校でも改めて社会科の地理でも習ったような気がする。
それが公害が生じてさほど歳月を経ていない時代だったからなのか
まるっきりそういう事を知らない方が参加されていて
学生時代を過ごした社会的背景の差なのかというのを思った。

また習った、といっても
当時の自分は全て過去の事であるように捉えていて
賠償や環境保全の営みは21世紀にも入って
ようやく解決を迎えたり、
今もなお不断の努力をしているものであるというのは、
夢にも思わなかったわけで。

神岡鉱山は三井財閥の資本が閃亜鉛鉱や方鉛鉱の採掘へと
西洋の精練法や大型重機の投入をすることで
富国強兵から近代化を支えていて
隆盛期には2万7000人の人口を抱える時代もあったものの
円高やオイルショックなどで採算が採りにくくなり、
2001年に大規模採掘を休止。
非鉄金属のリサイクル精練や金属粉・排ガス浄化触媒の製造、
スーパーカミオカンデなどの地下利用事業が行われている。

公害は神通川のカドミウムが認知されているところながら
木材の需要が高まって伐採が進み
なおかつ神岡鉱山の精練による排煙で荒廃が進み、
大正期から国として砂防事業を務め、堰堤を整備することで
木々が安定して生息できる環境に努め、
歳月を重ねておおよそにわたって緑を取り戻してきていることが
ここで述べられている。

紹介ボード、2020年8月に設置されているので
主観者の言葉が今日へとダイレクトにリンクするものになっている。

日本の鉱工業採掘で言えることは
資源が枯渇してやめているのではなく
採掘に関わるコストが相対的に外国産の安さに太刀打ちできなくなり
これを見送る、断念するというケースが非常に多く、
とりわけ大がかりにヒトを必要とするものが成り立たなくなったものが多い。
今日の産業に共通する課題を先取りしている。
神岡遠征編2020
もう一つは神岡城の紹介と
鉱山街としての神岡は河岸段丘に形成されていて
高さの違う平地部に発展してきた経緯があり、
傾斜の急な山が迫っているので
江馬東町砂防堰堤郡の整備を行っていることが触れられている。

❝君の名は❞のモデルになったといわれる鉱山集落・栃洞も
土砂災害の起きる可能性が高く、
その直下にあたる道の駅・宙ドーム神岡界隈にも
被害が及ぶことが考えられており、
そういうものから暮らしを守るために投資を行っている。
神岡遠征編2020
高原川対岸のちょうど真ん中のあたりが
砂防によって緑化をしてきた六郎谷といわれる周辺。
眼下は国道41号が延びている。
神岡遠征編2020
旧・神岡鉱山前駅から船津橋や東町発電所など中心市街へと見ているところ。
繰り返しになるけれども、工場が操業している界隈、
風向きなどの影響もあるとは思われるところで
木々の生育状況がこちらを引き合いに出すとより顕著なものになる。

富国強兵や殖産興業といった近代化や
高度経済成長期というものはそういう代償を伴いながら描かれてきたもの。
神岡遠征編2020
旧・神岡鉱山前駅構内にも湧水がとくとくと流れ出ている。
これを飲むことができるのも
レールマウンテンバイク・ガッタンゴーの街なかコースしかない。
位置関係からしても鉄道時代は接点を持てなかったのではないかと思う。
神岡遠征編2020
鉄道時代の旅客駅・旧・神岡鉱山前駅のホームと検修庫。
名所案内では「養老年間から今も栄える非鉄金属鉱山」神岡鉱山と
「あゆと渓流魚のメッカ」高原川とある。
平成の時代の採掘がなされていた時代に取り付けられたものと思われる。
検修庫にはもう一両の「おくひだ号」の姿が確認できる。
ここから自走して旧・奥飛騨温泉口駅に一両をオンシーズンは展示をしている。
神岡遠征編2020
ホームに祀られているのは大黒様。
「ようこそレールマウンテンバイクへ」「ようこそかみおかへ」とある。
一応ホームへとステップが用意されていた。
神岡遠征編2020
関心事はこの先、渓谷コース方面と
解体されたといわれる神岡鉱業への貨物線が
どのようになっていたのかというもの。

国道41号と高原川を跨ぐ必要性があっただけに
然るべき構造を持っていたとは思われるのだけれども
延長線上には石を詰め込んだパレットが大量に山積みされていて
そこから先の姿を思わせるものはない。

猪谷駅方面への本線はフェンスで仕切られている。
街なかコースと渓谷コースのレールマウンテンバイクの
相互間の通り抜けや融通は現段階ではしていないようだ。
神岡遠征編2020
休憩を挟んでいる間にスタッフの方が
レールマウンテンバイクと相方の乗ったサイドカーの方向転換をして下さって
最後尾だった往路から一転してリードオフマンを務めることに。
神岡遠征編2020
先行していくスタッフの方を追いかけるように先陣を切っていく。
後続との兼ね合いがあるのでかなりのプレッシャー。
神岡遠征編2020" alt="神岡遠征編2020" src="https://s707721169.up.seesaa.net/image/DSC07080-5e965-thumbnail2.jpg" width="300" height="225">
高原川と国道41号を眼下にして上り坂中心となった線路を
ギアがついているのでこれと相談しながらやりくりをしつつ自転車を漕ぐ。
神岡遠征編2020
スタッフの方が乗車されているのはスクーター。
どんどん距離が離されていくことになりながらも本線へと復帰していき、
以後は完全に自分のペースが
車間距離をとっていく事になるので後続の足並みを左右させないように
それなりに全速力。
神岡遠征編2020
右にカーブ描いて神岡第1トンネルに向かっていく。
神岡遠征編2020
復路は幻想的な❝ホタルイカトンネル❞に。
ホタルイカブルーのレールがトンネル内を照らして
アトラクションへの抜群の味付けとなった。
神岡遠征編2020
旧・飛騨神岡駅へと顔を出していくところ。
神岡遠征編2020
今度は山田川上流部を眺めながら神岡橋を駆けていく。
右に左に味わい方は少なくとも2つ、それ以上に用意されているものを
どのように引き出して鑑賞しながら楽しんでいくのかというのは
主観者の切り口によるところも大きい。
神岡遠征編2020
神岡第2トンネルを経て観音山の足元を進んでいく一コマ。
左側の林には朝浦八幡宮が鎮座している。

ホタルイカトンネルは神岡第1トンネルだけだったので
後続をトーンダウンさせてでもゆっくりともっと堪能すべきだった。
神岡遠征編2020
がおろの道が高原川側の線路脇に見えてきて
県道477号とともに左へとカーブしていく。
神岡遠征編2020
立体感がさほどないので勾配が可視的に映らなくとも
確実にペダルには反映されている。
これもがおろの道がそばに延びている中で
左へとカーブをして自転車を漕いでいる一場面になる。
神岡遠征編2020
やがて奥に旧・奥飛騨温泉口駅のホームと
「おくひだ1号」が見えてきて駅構内のポイント上を通過していく。
神岡遠征編2020
ホームへのスロープを駆けあがったところでゴールとなる。
11:40、旧・奥飛騨温泉口駅に到着。
非常にスムーズにスタッフの方の運営と参加者の協力があって
予定されていた時間配分よりも大幅に短い所要で
行程を完結することになった。
神岡遠征編2020
レールマウンテンバイクを漕いでいる時は
風を切るのに寒い場面はあれども適度に運動をすることになるので
かなり薄着になって挑んでむしろちょうどいいくらいだった。
駅舎内の待合所で
コインロッカーにしまっていた荷物を手にして着込むことに。

さて、ここから、という話になってくるわけで。

アトラクションから派生する効果と対象というのは
個々人の裁量に委ねられているし、取捨選択は自由であって
誰がどうこう言うものでもないけれども、
こういった資産を活かしてもらうことを思うのであれば
自ずとどういう次元なのかはとにかくとしても、
描くものがあるのだろうなぁ、と。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月19日

変則タッグ

神岡遠征編2020
2020年10月27日、旧・奥飛騨温泉駅から
5年ぶりにレールマウンテンバイク・ガッタンゴーに挑戦。
これで再び旧・神岡鉱山前駅に向かう。
駅構内へとコンタクトをとることができる唯一の手段。

新型コロナウィルス感染予防のために
十分な消毒作業を行うこともあり、
15分前までに受け付けを済ませる必要があった。

まちなかコースは1日に最大で8便。平日は5便を基本にしている。
旧・漆山駅を起点にしている渓谷コースは最大6便、平日5便。

ダイナミックな高原川橋梁を渡るという
とんでもないアトラクションが加わっている渓谷コースの
インパクトもさることながら
まちなかコースも検修庫にもう一両「おくひだ号」が保管されているので
これをガイドさんの動向のもとで見学ができるツアーが組まれたり
日にち限定でありながらも運転体験が企画されるようになっている。
神岡遠征編2020
新型コロナウィルスの感染予防対策として
レールマウンテンバイク・ガッタンゴーにあたって
参加者を一堂に会して行う説明をレジュメで割愛するという措置を講じながらも
やはり集合場所となるのは説明ルーム。

ベンチは間隔を空けて座るように壁やベンチに貼り紙がなされていたり、
乗車する際に着けるヘルメットもヘッドキャップを用意されているほか
ドアも開けたままというところであっても
換気のための扇風機が置かれていて
乗車前、乗車後の手洗いの呼びかけもなされていた。
神岡遠征編2020
説明ルームに貼り出されている神岡鉄道の路線図。
神岡地区の市街地周辺のもの。

市街地の背後をまわり込むように線路は敷設されており
ガッタン・ゴーのまちなかコースでは
旧・奥飛騨温泉口駅から神岡大橋駅を経て
第2神岡トンネルを潜り飛騨神岡駅に出た後、
すぐに第1神岡トンネルに入り、そのまま築堤を旧・神岡鉱山前駅まで向かう
片道2.9kmの距離になっている。
神岡遠征編2020
こちらは猪谷駅から旧・茂住駅への路線図にあたり
赤い下地の白い文字表記がいずれもトンネルにあたる。
4つの中山トンネルや漆山トンネルなど
半分以上の距離がトンネル区間になっており
山岳地帯を地理・気候的な条件から安定した輸送力を維持できるように
敷設する技術力を有する時代に敷設されていることを物語っている。
神岡遠征編2020
「ただのかざり」と説明が付与されている
旧・奥飛騨温泉口駅の廃線間際の時刻表。

歴史的資料の領域に足を踏み入れているので
決して「かざり」と称されるばかりのものではない。

最晩年は1日に9本の列車設定。
最終上り列車は18:00発という❝店じまい❞の早さ。
うち3本は神岡鉱山前駅との折り返し運用で
市街地は200円で行き来が可能な距離間にあった。

鉄道自体の利用実績はとにかくとして
市街に4つの駅が設置されているのは
それだけ人口の集中があったことに他ならないわけで。
神岡遠征編2020
「おくひだ1号」をそばに
利用される方のニーズに対応したバリエーション豊かな
レールマウンテンバイクがホームを前にスタンバイ。

順番にこれらに乗車されて旧・奥飛騨温泉口駅を出発していく事になる。
最後尾はスクーターを組み合わせているスタッフの方の車両。
いずれもハイブリッド車両になった。

渓谷コースに比べて用意されている車両の顔ぶれからも
間口が広く、低く設定してある。
通年にわたって維持していくことが求められていて
それを果たされているからこその光景。
神岡遠征編2020
僕が乗車したのは1人乗りを解禁して頂いている
飛騨信用組合の「しんちゃんくみちゃん号」だ。サイドカー搭載。
神岡遠征編2020
今回は頼もしい相棒を付けて頂いた。シートベルトをしっかりと着用している。
前回は重しとなる袋だったから、
こうやってさるぼぼとともに出撃できることに感慨深いものがある。
神岡遠征編2020
スタッフの方を背後に控えているのを差し引くと
一番最後に出発となって先行するグループを適度に追いかけるように
ホームから滑り降りて自転車を漕いで線路を辿っていく。

距離を保ちつつペース配分をしていく事が求められる。
脇には各鉄道駅時代の道路標識が保管されている構内から
それなりに走り出していくところ。

往路は下り坂になっているので復路に余力を残すペース配分。
神岡遠征編2020
高原川に沿って茂る山林と緑ヶ丘や釜崎地区の住宅地の足元を
県道477号とともに進んでいく。
漕ぐマウンテンバイクに合わせてカタンコトンと軽快な音がする。
列車も走るようになったので
旧来よりも入念に線路や枕木に気を遣われているものと思われる。
神岡遠征編2020
色づき始めとなった高原川沿いの木々。
そちらへと線路沿いに神岡街づくりネットワークの方が維持されているのが
遊歩道であるがおろの道になる。
恒常的に維持に努められているものは
恐らくは自分が思っているよりも遙かに多い。
神岡遠征編2020
季節の変化に富んでいる沿線風景。
自転車を漕ぐというもののほかに
こういうものを堪能していくのもアトラクションの楽しみ。
神岡遠征編2020
左へと大きくカーブを描いていくのとともに
並走する県道477号が下り坂を描きつつ同じように左にカーブ。
神岡遠征編2020
高原川にかかる赤いアーチの橋、神岡大橋が見えてくると
今度は右にカーブしてそちらへと向かっていく。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:57| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月16日

おくひだ3号

神岡遠征編2020
2020年10月26日、10:02、
飛騨市市営バス(濃飛バス)で濃飛バス神岡営業所へと降り立った。
さっそく11時までに旧・奥飛騨温泉口駅に着くというのが
次の絶対条件なのでそちらへと向けて行動を起こしていく。
神岡遠征編2020
道路向かいに飛騨市消防本部神岡消防署が立地している
濃飛バス神岡営業所から道なりに。
ふれあいセンターでは消雪井戸の改修工事が行われているところだった。
道路に限らず生活インフラには定期的なメンテナンスが付きまとう。
神岡遠征編2020
たからやと宝タクシーを過ぎたところで
山田川の左岸にあたる遊具と四阿があるやなぎ公園のもとに出る。
神岡遠征編2020
三本橋で山田川を渡っていく。
神岡遠征編2020
神岡地区は鉱山で栄えた街という顔とともに
豊かな湧水群に恵まれた土地の顔を持っていて
街なかの至るところに水が湧き出ていて
共同水屋をはじめ、コミュニティとして共有する文化を持っている。

三本橋を渡ったところにも
船津大津水道の水が湧き出ていて
誰もが気軽に通りがかって水を飲むことができるように
配慮をして下さっている光景がある。

新型コロナウィルスの流行の中で神経を削られている部分もあるとはいえ
こういう文化が途切れずに続いていることと
根底にある湧水が絶え間なく市街を潤しているというのは
毎度のように触れる話だけれども、非常に大切なことだったりする。

人為的な大がかりな工事で枯れたりする可能性があったり
あくまでも気候風土や自然による恵みの部分があるので
どこまでも、というものを意識しない部分があっても、
必ずしもそういうものではない未来もあり得る事になる。
神岡遠征編2020
ナカダ薬局の先を左に曲がって❝平成の芝居小屋❞船津座のもとへ。
2005年建築で囲炉裏のあるロビーや
交流広場、多目的ホールなどから成る2階建ての施設。

こちらが正面から撮影したところながら
定休日に重なっているとはいえ新型コロナウィルスの感染対策で
出入口を円城寺側だけに絞り込んでいたので
この正面は三角コーンとバーで通行止めにして
入館案内を別途掲出するといった措置を講じていた。

駐車場に近い方が優先されている格好となっていた。
神岡遠征編2020
船津座に隣接している円城寺。山号は天照山。曹洞宗の寺院。
江馬氏の保護を受けてきた。
この場所に構えるようになったのは慶安期になってからのことで、
本堂は高山市の保寿寺を移築している。
神岡遠征編2020
円城寺と飛騨神岡祭の例祭を司る神社の一つである大津神社は
境内が隣り合う時代がかつては存在していた。
船津座がそびえる敷地は遡ると大津神社が鎮座していたところに突きあたり
旧跡であったことを示す石碑が建立されている。
神岡遠征編2020
円城寺の道路向かい、
住宅地側に設けられているポケットパークが大門公園。
周囲の建造物に対して洋式のデザインが取り入れられているのが
非常に対照的な空間配置だ。
神岡遠征編2020
本町通りに出て西里橋へと歩いて、
これを手前にした西里ふれあい公園へ。

神岡鉱山から採掘された鉱物が添えられた
案内サインが設置されている場所の一つ。
こちらは杢地鉱がオブジェの役割を果たしている。

自動車の往来を前提にしない時代から街並みが形成されているので
個人店が軒を連ねているところに
富山第一銀行、高山信金、飛騨信組が支店を構えており
これら金融機関を除くと大きな駐車場を持っていないところにも特徴がある。
神岡遠征編2020
西里ふれあい公園にも
打保谷湧水が湧き出ていて柄杓がそばに用意されている。
壁面のウィンドウは飛騨神岡高校の切り絵紹介。
どのように制作したのか過程とともに展示がなされている。
ワイドビューひだも風景写真に基づいて切り絵が制作されていてビックリ。
神岡遠征編2020
切り絵に限らず西里ふれあい公園のウィンドウは
飛騨神岡高の街角ギャラリーとして
学校生活や進路などを発信するスペースに充てられている。
手前は円山坑で用いられていた動輪。
神岡遠征編2020
みなべ旅館のもとから西里橋を今度は歩いて渡っていく。
ちょうど作業自体はなされていなかったけれども
この西里橋も橋梁補修の工事がなされており
高原川や山田川に架けられている橋は
いずれもそういう時期に差し掛かるだけの歳月を迎えていることになる。
意外にも神岡大橋の方が架橋年代が古かったりする。

河川がつくりだした平地部に市街が形成されていて
その中央部に川が流れているので両岸の往来には橋の存在が不可欠だ。
神岡遠征編2020
西里橋から高原川をバローや神岡鉱業方面へと撮影したところ。
こういった景観美が見事だ、というのは言うまでもない。
とはいえ市街を囲む山々を冷静に見てみると
神岡鉱業が立地している周辺だけが
ここからの距離でも色合いが異なっていて
隆盛期の操業における代償を今もなお色濃く残していることが伺える。
神岡遠征編2020
西里橋をわたって坂を上がって加永建設や前田本店を通り
神岡振興事務所へとやってきた。
3階建ての建物。図書館が一階部に併設されている。
磯崎新さんの建築デザインで、
外観からは1978年建築ということがとても想像がつかない
21世紀でもなお近未来を思い描けるものが採用されている。
もちろん旧・神岡町役場だった建物。
同一敷地に神岡町公民館。
神岡遠征編2020
神岡振興事務所の前に設置されている飛騨市神岡町観光案内図。
この1年の間に加わっているのは「カミオカラボ」。
逆になくなったことから上貼りしているものもある。
観光案内サインの所在もこちらに記載がなされている。
神岡遠征編2020
ここから10:18、「おくひだ3号」に乗車する。
1日7便設定されているかみおか巡回乗合タクシー。
一方通行でこの振興事務所と濃飛バスの神岡営業所を
市街地の各地を経由して結ぶルートを基本にしている。

神岡鉄道の気動車が「おくひだ1号」と「おくひだ2号」だったので
そのデザインがタクシーに採用されたのとともに「3号」が付与されている。
一乗車は飛騨市市営バスと同じく200円。
内部はごく普通の一般ジャンボタクシーながら
この外観が日常的に走る光景というのはシンボル的なものになり得る。

振興事務所から乗車されたのは自分を含めてお二人。
出発したバスは左折して前田本店の前から西里橋に向かい、
この手前を右折して高原川沿いを進んでいく。
神岡遠征編2020
対岸に船津座をのぞみつつ、飛騨市民病院へ。
「飛騨市民病院」で4人が乗車されてロータリーを引き返し、
バローにVドラッグから東町発電所へとまわり込んで
国道471号に入りかみおかトンネルに入っていく。
神岡遠征編2020
右にカーブした後、左へとカーブ。
そしてまた左へ。コインランドリーSUNや神岡郵便局の前に出て
10:22、宙ドーム神岡に着く。2人が下車。

カミオカラボや朝とれ野菜直売所がある敷地から
シンエイ地所にエネオス、パチンコラッキーを通り、
マツモトキヨシとコメリが見えてきて
コムスエンジリアリングを右折してそちらに向かい、
ここで一人が下車をされる。

突き当りを左折してたんぽぽ園を左折して
介護医療院たかはらのもとへ。
玄関へと立ち寄って左折した後、すぐに右へと曲がると
双葉保育園と旭保育園を前に残りの一人が下車となった。
神岡遠征編2020
神岡警察交番からサンモールに向かい、右折して国道471号に入る。
公共施設の立地とその土地に背景を念頭に置くべき必要がある。
神岡遠征編2020
坂を下って右折すると「坂巻」を通り
鈴木工務店と浪岡工務店、さくらクリニックに坂巻公園から
釣瓶橋へと差し掛かり
10:32、「旧・奥飛騨温泉口」に着く。ここで下車。

正面から見るよりも横から見る方がやっぱり「おくひだ3号」っぽい。
特徴づけるラインカラーがそっくりそのまま車体に当てはめられているから。
神岡遠征編2020
旧・奥飛騨温泉口は駅舎に面して駐車場と転回スペースが確保されている。
駐車場は今日では
レールマウンテンバイク・ガッタンゴーへのアクセスに伴うものとして
なおも役割を持っているほか、
バスとの交通結節点としての機能を持っている。

そしてこれだけのスペースを持っているというのは
その先にあった貨物輸送の名残である事に他ならないわけで。

中央部に設けられている神岡トロッ庫には
神岡鉱山と立山砂防専用軌道で活躍したディーゼル機関車が保存されている。

こちらは神岡鉱山のディーゼル機関車。
駅舎側に顔を向けている。
神岡遠征編2020
駅舎に背を向けて道路に顔を向けているのは
立山砂防専用軌道のディーゼル機関車。

旧・奥飛騨温泉口駅に隣接している喫茶・あすなろが
貨物駅駅舎だったものを利用しているから
この敷地が引き受けていた往時の貨物量を暗に仄めかしている事になる。
神岡遠征編2020
釣瓶橋から高原川を神岡市街へと見ているところ。
山々を切り裂いて延びている。
神岡遠征編2020
旧・奥飛騨温泉口駅の対岸、
坂巻公園の延長線上にあたる鈴木工務店と浪岡工務店。
こちらへと目線を向けるのは
神岡鉄道と高原川を挟んで神岡軌道が延びていたことに因る。
神岡遠征編2020
旧・奥飛騨温泉口駅駅舎内で
レールマウンテンバイク・ガッタンゴーの受付を済ます。
今回は同意書を記載して説明のレジュメに目を通すというプロセスに。
新型コロナウィルス感染対策で
説明ルームでの集合・滞在時間が大きく割愛された。

レジュメは1枚でシンプルに
「折り返しまでは降りない」「コース途中で止まらない」
そして車間距離は50m以上とって
「ぶつからない」ように注意が呼びかけられているもの。

裏面には二次的に効果を導いていくことを意図されていて
新穂高ロープウェイの乗車割引券、
奥飛騨クマ牧場、飛騨大鍾乳洞、流葉温泉Mプラザの割引券が付与されていた。

アンケートはどこから来たのか、というものと
宿泊は何処でするのかといった設問が旧来通りなされている。
上位項目に高山市や飛騨市内が並ぶので
富山市からコンタクトをとる自分は
公共交通機関を利用して現地入りすることに加えて希少なパターン(だと思う)。
神岡遠征編2020
線路上を自転車で漕ぐというアトラクション以上に
そこから波及していく経済効果、波及効果というものが
やはり地域にとって文化遺産を引き継いでいくのともに
投資しうるものとしていく点で重要なところで
ダイレクトに直結するのは「お昼をどこで食べるのか」という事になる。

この辺は店舗改廃や用意する特典も絡むのでシーズンごとに
クーポンを見直しながらも、飛騨市内のお店でお昼を食べてもらうように
動機付けを企画したりアクションを起こしているのだけれども
新型コロナウィルスの対策を講じるにあたって
当初と必ずしも同じようなサービスの提供をできなかったり
変更を余儀なくしているお店も少なからず見受けられた。

クーポンに留まらず、駅舎内の壁面にも協賛して下さるお店の紹介がなされ
何よりも営業日がレールマウンテンバイク・ガッタンゴーと重ならなかったり
規模の小さいお店は不定休というところもあるので
その日の営業の有無も示されるようになった。

こういう状況なので旧来と同じ水準を満たしていくのは
お互いに難しいところにあるので
どこまでができるもので、どの辺までが届かなかったり
果たせないものであるのかは
常に脳裏で区別して意識するべきことなのだと思う。
神岡遠征編2020
囲炉裏のある駅舎内待合室には神岡鉱山での鉱物が展示されている。
換気対策を講じているからストーブが焚かれていながらも
窓を開けて扇風機を用意している入念ぶり。
こういう措置を講じての営業を迎えている。
神岡遠征編2020
神岡鉄道時代の列車プレートや乗車券をウィンドウ越しに見ている一コマ。
神岡遠征編2020
さよなら運転のヘッドマークにサボに加えて
タブレットや社章、制帽といったものもこちらに引き継がれている。

旅客鉄道廃止が2006年12月のことなので
その当時に生まれた子どもがもう中学生になるだけの歳月が流れている。
ガッタンゴーとしてオンシーズンの運行へと
復活を遂げてからも既に8年を経過してきた。
2年前からは渓谷コースもはじまっているという極めて稀な路線にあたる。
神岡遠征編2020
ヘルメットを着けて、いざ街なかコースへ、というところで
顔出しパネルの背後にホームで控えているのは……。
神岡遠征編2020
車庫に姿を確認したことはあれども
ようやく至近距離で「おくひだ1号」との対面を果たすことに。

シーズン中に限り旧・神岡鉱山前駅の構内にある車庫に
保存されていたものが線路上を走行して
旧・奥飛騨温泉口駅のこちらの場所へ展示されるようになっている。
冬には車庫に帰って❝冬眠❞しているので
このオンシーズンに、という運びとなった。

現役時代は恥ずかしながら
囲炉裏のある気動車という以上のものは知らなかったし
鉱山や産業の改廃についても興味がそこまでなく
廃止に至るところでも致し方なしという以上のものはなかった。

現役を退いて10年以上の歳月、
再び自走できる状態を維持したり果たさせるように努めたり、
果たさせるように努め、ロストラインパークとして予算を組み立てた
神岡街づくりネットワークや飛騨市の取り組みが
ただのディーゼル気動車をそれ以上の価値に高めているものだと
少なくとも自分は思う。

リアルタイムで行こうと思えば行ける境遇にあったものが
こういう過去形になったところで対面するのは
不本意なものがあるけれども、
どういうものを失うことになったのかさえ思うことない場合もあったり
車輛自体も廃止に伴い命運も尽きることがほとんどである中で
こうして会えるというのは
同じように時を刻んだことがなくとも感慨深いのだから。

レールマウンテンバイク・ガッタンゴーは2人乗りが基本だ。
今回の相棒は……?ちゃんと相方が待っていて下さった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 20:38| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする