2020年03月28日

本線の片鱗

室蘭本線は長万部駅・室蘭駅から苫小牧駅を経て岩見沢駅を結ぶ鉄道路線だ。
俗にいう主要幹線といわれ
国策で展開された要衝❝鉄道の街❞を2つ抱えていたほか
夕張線(現・石勝線)や多くの炭鉱へと接続路線を持っていた。
1892年に東室蘭駅(当時:室蘭駅)〜岩見沢駅が開業しているので
非常に早い段階で敷設されたことからも
沿線ならびにその鉄道の重要性が推測される。
鉄道遺産といわれるものは岩見沢レールセンターを筆頭に
その界隈に6箇所に位置しており、
歴史的な価値というものを認識するような時代になってきている。

「北斗」「すずらん」という優等列車が
今日でも頻繁に往来する長万部駅〜苫小牧駅間に対して
苫小牧駅〜岩見沢駅間は石炭輸送を担うことで絶大な動脈であったので
産業の移り変わりとそれに伴う人口減少も相まって
年間で12億円の赤字を抱えている区間になってしまっている。

かなりJR北海道はがんばって維持に努めていたのだけれども
そのがんばりというのも限界に近いところに物事が推移して来てしまっている。

国鉄時代であっても廃止に至る水準の営業係数を弾き出しても
それでも各社は公共性の観点で運行や維持に努めているので
民間だから、というものだけで一概に片付けられるような
そんな話ではような構造に足を踏み入れている。

JR北海道は鉄道を維持する仕組みについて
設備の見直し、スリム化、利用者の少ない駅の廃止や列車の見直し、
運賃値上げによる相応の負担、鉄道を日常的に使ってもらう促進策、
運行と施設保有を分ける上下分離方式といったものを
人々に相談を持ちかけている。

現況について知ってもらう必要があるので
リーフレットを制作している。
空知遠征編2020
これによると利用者が年々減少していて
2018年度輸送密度は1975年度の約6分の1まで減少している。
1998年を基準にしても約半分だ。

約1億2000万円の収入に対して
約13億5000万円の費用が脆弱な軌道の維持管理や除雪も相まって
かかっていて年間約12億の赤字を出している。

岩見沢市は炭鉱港をテーマに北海道の歴史を学ぶ中で
一環として小中学生室蘭本線に乗車してもらっている。

安平町の追分小学校が修学旅行の際に苫小牧駅までバスで向かい、
そこからJR北海道の路線へ、という行程を組んでいたものを
❝利用するから必要なんだ❞という観点で
追分駅から苫小牧駅まで室蘭本線(石勝線経由じゃない)で団体利用を試みている。
JR北海道追分駅の駅員さんは見送りの横断幕までつくって
鉄道での思い出づくり、親しい存在としての鉄道を
小学生のみなさんにいつまでも刻んでもらえるように
感謝とともに見送りをなさったことが紹介されている。

安平町はほかにも「あびら夏!うまかまつり」でJR利用来場者限定に
会場で使えるクーポンを早来駅で配布して利用促進を図っている。

イベントでいうと栗山町も「花の恵み」車両の増結を依頼して
「くりやま老舗まつり」で鉄道による来訪者の呼び込みを行ったそうだ。
栗山駅は観光協会が乗車券の委託販売を受け持っている。

由仁町も三川駅で環境美化や花壇整備を行うなど
鉄道と接点を持たれている方はバックアップにつとめているので
そういう意識に触れたり、広がりを持たせるように呼びかけをしている。

WEBでもフェイスブックで利用を呼び掛けていたりするし
街づくりにおいても無論、駅を中心としたものを組み立てるのであれば
それはもちろん鉄道駅として機能することがなければならないから
これを維持していくことが絶対条件になる。
空知遠征編2020
JR室蘭線活性化連絡協議会は色々な切り口で
室蘭線で(に)出かけてもらう動機づけを試みている。

沿線の街について学ぼうという企画では
5つの市町の紹介がなされている。人口、特産品、名所、一口メモ。

岩見沢市、人口約8万1000人。特産品はおコメ、たまねぎ、きじ肉など。

栗山町、人口約1万2000人。特産品は地酒、きびだんごなど。

由仁町、人口約5000人。特産品はイチゴや花卉など。

安平町、人口約8000人。特産品はチーズやメロンなど。

苫小牧市、人口17万1000人。特産品はハスカップや北寄貝。

通学手段の交通機関として鉄道を選択肢することになることが多い高校は
岩見沢市に公立3校、市立1校と
苫小牧市の公立5校、私立2校並びに栗山町の栗山高、安平町の追分高。
由仁町は2020年段階では立地高校がない。
(途中駅に高校があるというのが存廃面で非常に重要になる)

もう一つの切り口は地酒。
周辺が稲作と水に恵まれているからできる産業と話の切り口。
対象年齢は「学ぼう」に比べると高いような気がするけれども、
醸造業を知るというのは一般教養の域にあるものかもしれない。

岩見沢市「ゆあみさわ」、栗山町「北の錦」、
由仁町「ヤリキレナイ川」、安平町「あびら川」、苫小牧市「美苫」が
それぞれ概略とともにピックアップされている。

文化や産業というのは鉄道や街を知る上で非常に重要なもの。
そういったものを自分自身の見聞とともに照合させていくという作業を
鉄道利用の動機づけに位置付けているものと思われる。
空知遠征編2020
2020年1月29日、岩見沢駅の1番線ホームで列車を待つ。
ぞの駅構造や線路の兼ね合いもあるとはいえ栄光の1番線に出発着するのは
優等列車ではなく普通列車ばかりの室蘭本線だ。
函館本線の優等列車は4番線並びに6番線に出入りする。
空知遠征編2020
12:40、岩見沢運転所の側線で一両だけ留置されていた気動車
キハ40-1767がこちらへと入線してくる。

学校が早く終わったこともあるようで
定期需要の高校生がこの時間帯にシフトしたことを考慮して
1両編成に約20人くらいの乗車があった。
思いのほか平均年齢は若いような気がする。

岩見沢市内の高校は
いずれも2次交通としてバスを組み立てないと
かなり通学に駅から距離を伴うところに立地している。
空知遠征編2020
出発前に札幌駅で入手していた「ひぐまのぜいたくおにぎり」を食べる。
駅舎のセンターホールで食べるつもりが
先客の方が結構いらっしゃったので
出発前とはいえここでお昼、ということに。

筋子(鮭・鱒)とズワイガニ、ホタテの具のおにぎりと
シイタケ・人参・がんもの煮物に厚焼き玉子とお漬物という顔ぶれ。
札幌駅に立ち寄ると企画駅弁がないと
自分は触手を延ばすことが多いような気がする。
あらゆるもので過去軸の人間だから。

何度も出発を前に札幌駅に行かないことが
車内でアナウンスがなされ、12:52、出発の時刻を迎える。
安平遠征編2020
コミュニティプラザとバスターミナルのそばへと走り出し、
秋田屋旅館に法務局を通り、北海軌道施設のもとに向かっていく。
右手には林を隔てて雪原が見え、左には広大な空き地が広がる。
操車場だった跡地。
現在の運転所のほかにこれだけの敷地を必要とするだけの産業が
かつては存在していたことを意味するわけで
同時に変遷とギャップを物語るものでもある。

洋服の青山にゲオ、ヤマダ電機、スポーツデポと相次ぎ、
スターゼンの工場を過ぎると国道12号が接近してくる。
奇しくも操車場跡地に近接する先ほどの商業施設が
いずれもロードサイド店に該当することになる。
安平遠征編2020
列車は左にカーブして国道12号を跨ぎ、
岩見沢ゆららの先で雪原をひた走っていく。
安平遠征編2020
道央道が前方に延びてくると
これを潜り、志文団地をはじめとした民家のもとへ。
志文駅に滑り込む。1人が下車をされる。
安平遠征編2020
2面2線の駅構造ながら随分と余裕を持って構内に架かる跨線橋が
この駅の本来の規模を断片的に教えてくれる。
安平遠征編2020
ちょうどもう一本線路があったであろう空白部分の延長線上に
今日の志文駅の駅舎が建っている。

空間に浸りたいけれども、
それだけに時間を費やすと後手後手になってしまうので
(ないけど)後ろ髪をひかれる思いでそのまま構内をあとに。
安平遠征編2020
農業倉庫のもとから幌向川を渡って再度雪原へと向かう。
幌向川の上流部はかつて万字炭山が位置しており
そちらの方へと万字線が延びていた。

一面雪景色であっても土地利用にその名残が見えるところにある。
不自然に草むらがカーブしていたりする。
左端あたりから左にカーブしていたのが万字線。

伝聞でのことしか知らないセカイながら
多くの支線を持っていたことがやはり本線たる所以。
安平遠征編2020
左手にビニールハウスが見えてくるのとともに
反対側には林が延びてきて、
これが途切れると民家が集まってきて栗山駅に着く。
旧・栗山町の玄関であったこちらでは4人が降車。
ここも農業倉庫が駅のそばにある。

その倉庫のもとから住宅地を抜けて雪原へ。
林が左上に延び、線路沿いは草むらも。
栗丘駅に出ると国道234号が接近してきて山林へと進む。
安平遠征編2020
そして国道234号を跨ぐと程なく新栗山トンネルに突入して
平地部へと出て栗山自動車学校や白戸家具が国道沿いにあらわれ、
列車はそこから右にカーブして給食センターの脇を通り
13:17、栗山駅に到着する。ここでも6人が下車。
完全に岩見沢駅から個々の駅に降車客を運ぶ役割に特化している。

栗山駅は夕張市から新札幌駅や野幌駅へと向かう
夕鉄バスがロータリーに乗り入れる。
その路線系統は夕張鉄道だった時代にものを踏襲しているものがあり
かつては鉄道時代は室蘭本線と夕張鉄道という
2つの路線が乗り入れる駅だった。
安平遠征編2020
石炭の産地を結んでいた2つの鉄道路線がやってくるところとなれば
必然的に構内もまたその広さを持っていたことは確かで
今日よりも規模が大きかったことが推察される。
安平遠征編2020
現代的でありながらも
これも少し持て余した感じで構内を跨いでいる跨線橋。
加えて2面2線の構造でありながらも
雪で埋もれているとはいえ、
もう1本、線路が入る余地がある事が伺える。
安平遠征編2020
空知信金と日本高圧コンクリート並びに栗山興産をあとに
ここからは道道692号と並走。同時に複線区間に入る。
この辺が夕張鉄道の栗山駅の構内と関わりがあるらしい。

夕張鉄道の方も廃止されて40年超の歳月が流れているとはいえ
夕張市方面への線路跡だったと思われる形跡が
ちゃんと確認できるところにあった。
こちらはタイミングにかすりもしないので画像はない。
安平遠征編2020
日本通運にJAそらちの玉ねぎ倉庫を過ぎて道道とともに雪原へ。
並走していた道道が左に反れると、こちらは夕張川を渡る。
ほとんど雪に埋もれていて川面が見えないような感じだけど
紛れもなく夕張川を撮影したところになる。
安平遠征編2020
住宅地に入って農業倉庫のもとから由仁駅に着く。
前日は夕鉄バスで駅舎側から見るばかりだったところを
今度は列車で駅構内にやってきた。
といっても通り過ぎていくばかりだけれども。
安平遠征編2020
由仁駅駅舎を見ているところ。ぽっぽ館。

小林菓子舗、てるなどをあとにして
由仁中と給食センターを過ぎると国道234号が延びてきて
由仁町役場のもとを通り抜ける。
庁舎には2019年度の応援大使である
ファイターズの清宮選手と上原選手の幕が掲げられていた。

そのまま国道234号と並走していくと
東洋コンクリートの工場があり、
建物がほとんどなかったところに
米賓館(貯蔵施設)があらわれ古山駅に立ち寄る。

中央通り踏切を渡ってなおも国道234号との旅路を続け、
ソーラーパネルや杉本紹介を過ぎて由仁川を渡ったところで
それと分かれ、右から林が延びてくる中で
国道274号を潜り抜けて程なく三川駅へ。2人が下車をされた。
安平遠征編2020
ここまで全部行き違いができる、もしくはできる駅だった。
列車運行が少なくなるにつれて縮小をしたり、
災害後の復旧を断念して単線化したところもあるけれども
それだけのキャパシティを必要とするところに
沿線やその時代は存在していた。
安平遠征編2020
輸送していくものとして石炭が非常に強調されるものの、
その大量輸送の能力は
それ以外の多くの物資を引き受けることができるところにあったので
いずれも農業倉庫が駅のそばに。
土地利用がその密接さを今日に伝えている。
過去形にするものと必ずしも、というものとどちらも。
安平遠征編2020
雪原を挟んで国道234号が左に延び、
林を抜けて築堤へと出て行き、牧場も見受けられる中で
道道226号が近づいてきて、その間に石勝線が割って入る。
安平遠征編2020
左へとカーブしていくと
追分スポーツアリーナとふるさと追分のもとから
13:40、追分駅に滑り込み、こちらで下車をすることに。

貴重な石勝線普通列車と並んでの一コマ。
これもまたその間に何本かの線路が入っていたりするように
駅構内のキャパシティを示していた。

つづく

結論、やっぱり沿線がどのようにあるのかというのは
暮していたら必然的に意識したり、知ろうとするのが必然であって
工事がはじまって10年近く経って
隣の駅に駅前広場があることに気付くとか
言われるまで何にも思わないで
強い要望だとか持ち上げて拾い上げて
今さらのようにそういった陳情に一年近く審議するいうのは論外でしかない。
そんな人いるわけないじゃないですか!?

知らなきゃ勉強したり、資料が引き出せる状態にしておけばいいだけ。
そういうものすら怠って
「熱意」「要望」を掲げることは断じてあり得ない。

収入もらって議員の立場にいる方であればなおさら。
ゆるキャラと記念撮影だけして「実績」とされる方は
人生何処までも幸せに生きれます。
posted by 小林 慶太 at 23:27| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月22日

本線の牙城

札沼線と函館本線は石狩川を隔てて
それぞれ札幌駅から新十津川駅(石狩沼田駅)や滝川駅(旭川駅)へと
線路が延びているものの
片や浦臼駅以東は1日1本のみに絞られ、
北海道医療大学駅を境に2020年5月に廃線を迎える区間を持っているのに対して
優等列車がコンスタントに行き交う大動脈を今も成しているというように
非常に同じ石狩平野を舞台にしてはいても大きく置かれている状況が異なる。
札沼線遠征編2020
滝川駅は函館本線と寸断されているとはいえ根室本線が乗り入れていて
今日も1日1往復の貨物列車の設定がある。

各路線やそれぞれの駅からの貨物輸送はほぼ過去のものとなりつつも
大量輸送の条件を満たすと
まだまだ、むしろこれからも
世の中は鉄道の貨物輸送の恩恵や利点を必要としている。

旅客もまた同じことで個々の都市の人口や利用者の積み重ねが
大量輸送を必要とする条件を満たすと
一方で廃線の危機やそれを目の前にすることがあれども、
社会的インフラとしての絶大な効力を発揮することになる。

札沼線は地方交通線に対して対岸の函館本線は主要幹線。
沿線には旭川市を皮切りに深川市、ここ滝川市、
さらに砂川市、美唄市、岩見沢市と優等列車の停車駅だけを抜粋しても
人口減にいずれも傾いてはいても、
相応の人口を抱えていて、
札幌駅を中心とした市街までの移動距離は
モータリゼーションの進展とインフラ整備が進んでも
鉄道をはじめとした公共交通を必要としている。

加えて軍事的な目的から国家を牽引する産業を担ってきた地域と
その交通網は本線である
函館本線を中心に派生してきているというところにも
大きな特徴があると思われる。

石炭も芦別、赤平、歌志内、幾春別、万字など
鉱山で栄えた地域はどういうわけかみんな石狩川左岸に位置していて
ことごとく函館本線と接続を果たしている。
大量輸送を必要としているから複線で電化をしてある。
札沼線遠征編2020
2020年1月28日、思いがけないアクシデントで
JR北海道の現場の方がポイント切り替えに奔走していたため
停車時間が大幅に拡大されることになって
滝川駅から特急「ライラック18号」に乗車することができた。

789系、元・スーパー白鳥で活躍していた6両編成。
これと「カムイ」が1時間もしくは30分に1本の設定で
札幌駅から旭川駅までの主要都市を高速で結んでいる。

非常にこの区間は平地部で高速道路や国道も走行条件が良好で
加えて札幌駅へと結ぶ高速バス網が絶大な威力を発揮している
競争の激戦区になっている。

この789系「ライラック」の登場によって
グリーン車が増結されるようになったものの、
基本的にはモノクラス編成中心で
速達性と定時制が利用者にとって鉄道を選択肢にする条件のようだ。

一本の列車設定で北海道中央バスが運行している高速バスの
あさひかわ号、たきかわ号、いわみざわ号の
それぞれのバスのキャパシティ分の乗客を
一括で運ぶことができるのがこの優等列車の強み。
いずれも高速バスは15〜60分に1本で運行。
札幌駅を中心とした磁場の強さが非常に浮き彫りになっている。
空知遠征編2020
車内も青函トンネルに絡んだものを取り外して
テーブル裏手にあたるステッカーが変わったのを除けば
「スーパー白鳥」時代そのままだ。
2000年代初頭に東北新幹線八戸駅延伸を掲示に新製された車両なので
北海道新幹線開通を契機にその陣容を追いやるのには
まだ車歴が浅いこともあり、
電化区間であるこちらへと活躍の場所を移している。
お互いその間にそれなりに年をとって
相応に有限であることを確実に意識するようになっているとはいえ。

車両両端部の座席は一通り埋まっている状況にあるのが
ほぼ日常的な光景にあるらしい。
この区間、乗車する場面はいずれもそういうところであるし、
実際にこまめに乗車されている方も
そのように仰っていたからそうなのだと思う。

普通列車は岩見沢駅以西から一気に移動手段としての需要が落ちる。
通学手段としての役割が濃い。
空知遠征編2020
11:18、滝川駅5番線ホームから走り出した列車は
貨物ターミナルの脇から住宅地を左にカーブして
国道451号を潜って程なく空知川を渡っていく。

石狩川へと注ぎ込んでいく空知川。
流域には根室本線が敷設されていて
赤平市や芦別市といった石炭産業で栄えた街が位置している。

空知川を渡って林をかけ向け、国道12号の下をくぐり
以後はこれを左手に並走する。
国道12号は30km弱のロングストレートを抱えている区間。
雪原から林に入り、ペンケウタシナイ川を渡る。
これも上流部に鉱山を有していた歌志内市が控えている河川。
村中製作所や給食センターを過ぎて市街へと入っていくと
11:23、砂川パークホテルのもと、砂川駅に停車。
今日は接続路線はないけれども
上砂川と歌志内の鉱山へと線路が延びていた主要駅。
札幌駅までほぼ降車はないことは念頭に置いていた通りだった。

ショッピングプラザアイアイをあとに道道115号を潜り
住宅地を疾走すると林が延びてきて
ホーマックを通り過ぎ、
三井化学の工場を控えて豊沼駅を駆け抜ける。
そして豊沼奈井江川を渡って林から変電所のもとに向かい、
さらに林を進み、道道114号を潜り、
引き続き国道12号との並走が展開され、
住宅地にさしかかり、農業倉庫の脇から奈井江駅を通過。
コンチェルトホールや北海道クボタと砂子組を経て雪原を進んでいく。
北央共立販売の先で林を抜けたところで
JAのライスターミナルが見え、やがて農業倉庫のもとから茶志内駅へ。

瞬く間に通り過ぎ、やがてらいす工房美唄の先に
トヨタカローラ、パチンコハビン、花田病院が相次いであらわれ
ここもまた農業倉庫と駐輪場のもとから11:34、美唄駅に停車する。
やっぱり乗車ばかりで札幌駅が近づくにつれて
混雑度を増していくだけという特化した流れになっている。
鉱山への線路が延びていた駅。

ホテルビジコーや常願寺、美瑛尚栄高をあとにして美唄川を渡り、
イエローハットに美唄自動車教習所を通り過ぎた後、
国道12号へと右にカーブして
これを潜り抜けて光珠内駅を駆け抜ける。
直線道路は終わりながらもなおも国道12号との道のりを辿る。
空知遠征編2020
ひたすらに雪原を進んでいく一方、岩見沢市に入り、
国道12号沿いには民家が並んで峰延駅を通過して
丸紅と昭和シェルのガソリンスタンドを過ぎたところで
国道12号が次第に離れていき、そちらにイオンがそびえ立ち、
列車はそんな中で幾春別川を渡っていく。
積水化学や王子チヨダコンテナ、三幸社フィルムサプライを通り
スーパー.ビッグの前に出ると
武蔵商事の倉庫やアパートが並んできて
イベントホール赤レンガのそばから
11:43、であえーるを控え岩見沢駅4番線に列車は滑り込む。
ここで下車。
Kitacaエリアに入るように
普通列車の本数が30分に1本間隔で増えるとはいえ
特急列車を選択肢にされる方がいらっしゃり
入れ替わってホームに降りる。
空知遠征編2020
札幌駅へと走っていく789系ライラックを見送っていくところ。
空知遠征編2020
岩見沢駅は3面5線の駅構造で
室蘭本線と函館本線という2つの石炭産業を担い
なおかつ各港湾へと輸送していく大動脈が合流する地点なので
岩見沢運転所を抱えるなど非常に大きな構内を持っていて
その規模が隆盛ぶりを今日に伝えている。

3・4番線ホームには国鉄時代からの木彫りの農業用馬が
往来する列車を変わらずに見守っている。
ばんえい競馬の馬主会から馬具などは寄贈されたもの。

左に見える駅舎はグッドデザイン賞の評価を受けている。
空知遠征編2020
その岩見沢駅駅舎を南口から撮影したところ。
典型的な貨客分離の駅構造になっていて
これを中心に市街が区割りとともに組み立てられている。
取り扱いの貨物とそれに関わる鉄道施設の存在が広大な敷地を必要としていた。
だから旅客と貨物の棲み分けによって市街は大きく分かれる事につながっていて
今日においても影響が色濃く残っている。

3階建てになっていて煉瓦を基調に窓枠には線路が採用されていて
21世紀に建設された駅舎ながら
先達が築き上げた文化に非常に敬意を示していることが
大きく評価を受けている背景にあり、
こういう先例を受けて苗穂駅の駅舎の移転新設をJR北海道は手掛けている。

1階部分には岩見沢農園、セブンイレブン北海道ST、観光案内所が入っていて
観光案内所では岩見沢駅が駅弁取り扱い駅だった頃の駅弁が復刻され
名産品の販売とともに店頭に並んでいた。
2階部分はセンターホールと市民ギャラリーとなっていて
ガラス張りで採光にも優れており
お昼どきということもあるけれども
ベンチでごはんを食べている方がチラホラと見受けられた。
そういう見物をしている自分も例外ではなく
それを目論んでいたわけだけれども。
空知遠征編2020
ロータリーを前にそびえ立つシンボルツリーはメタセコイア。
石炭の木と呼ばれるもので
やはり地域を牽引してきた産業と
それとともに営まれてきた街を代表するに相応しい木だ。

奥に見えるシェルターを持つロータリーとは別に
近接する交流センターにバスターミナルが併設されていて
石狩月形駅へと結ぶ便をはじめとした
北海道中央バスの路線バスはそちらから出発着する。
空知遠征編2020
岩見沢駅の広い構内が大きく市街を分ける構造になっているので
これを結ぶべく自由通路が設けられており
そちらから岩見沢運転所を撮影したところ。
現在も運転系統が大きく分かれる駅であり、
留置されている列車もあれども
それでもなおも持て余してしまうほどの規模。
空知遠征編2020
しかも歴史は古く手宮工場の支所だったという
岩見沢レールセンターは近代化産業遺産になっていて
建物は明治32年につくられたもの。
北海道炭礦鉄道の紋章が入っている。
なおかつ現役の施設で北海道の線路は全部ここで加工しているらしい。
空知遠征編2020
北口のロータリーからレールセンターの全容を見ているところ。
この施設の規模だけでもかなりのものだから
その重要性たるや推して知るべし。
構内もこれだけの広さを持つのは
ある意味必然的なものだったのかもしれない。
空知遠征編2020
同じく北口側にある岩見沢運転所の建物を撮影したもの。
空知遠征編2020
6両編成の721系が多く留置されている中で
一両だけぽつんと留置されていた気動車キハ40-1767.
これがこれから乗車していく列車になる。
空知遠征編2020
ホームへと入線してくる列車を迎え入れるべく
跨線橋から1番線に向かっていく。
コンタクトを図るのは12:52発苫小牧駅行きの普通列車。
1本前は9:03発。これが3本目の列車になる。
空知遠征編2020
ようやくここで室蘭本線、岩見沢駅〜追分駅間の未踏区間へ。
鉄道はみんなの足 支えよう鉄路 
みんなで乗って鉄路を守ろう!のポスターが階段のもとに掲出されていた。
優等列車が走る長万部駅・室蘭駅〜苫小牧駅間と異なり、
苫小牧駅〜岩見沢駅間の室蘭本線は
石炭時代の隆盛は今や昔、
年間12億円の赤字を生んでいる区間になっている。
それでも本州へと向かう貨物列車は札幌貨物ターミナルに向かうと
方向転換をする必要があるので
こちらを経由するなどなおも然るべき役割があるのも
確かなことなのだけれども。

つづく
※ちなみに林が延びてきて、という林はほとんど鉄道林を指している。
平地部を走っていくと風の影響を受けやすいので
これを防ぐための措置であって、あくまでも石狩平野を辿ってきた。
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月21日

嗚呼ライラック

札沼線遠征編2020
2020年1月29日、一日1本しかない新十津川駅にやってきた。
13年ぶり。当時は午前、お昼ごろ、そして夜に3本の列車設定があった。

現在はその午前の列車だけに絞り込まれており、
少しでも滞在時間を長くしてもらうように
折り返し列車の出発時刻が9:40だったものが10:00に変わっており、
観光案内所をはじめ、限られた時間であっても
来訪者に対して積極的なアクションを起こしている。

その一つ、
とつかわこめぞーと駅長犬ララとともにキハ40‐400番台の顔出しパネルが
日本一早い最終列車が出発する終着駅として来訪者を出迎えている。
キハ40‐400番台は札沼線非電化区間の専用で2両しかない。
ディフォルメされてはいても、そういう部分にまでさりげなくこだわってる。

日常の交通機関としては一本しかなくなってしまった段階で
事実上は意味をなさないに等しくとも
その稀少性から駅や街の認知度には格段の貢献をしている。

ここから滝川駅へと歩いていくことに。
前回は新滝橋から石狩川をわたってこちらにコンタクトを果たしたので
金滴醸造などが沿道にある石狩川橋から滝川駅に向かうことにした。
札沼線遠征編2020
空知中央病院の足もとに位置している新十津川駅。
1日1本しか来ないことから注目を浴びるようになったとはいえ
列車で来る人はすぐに折り返していく人や
そのタイミングに合わせてやってくる方が多いようで
そのわずかばかりの滞在時間であっても
受け皿となるものを用意して
おカネを落としてもらったり、
見聞を広めてもらうように試みがなされるようになっていた。

観光協会による「しんとつかわ駅市」。
営業時間は9:00〜10:30までという
実にその列車が来る時間の前後に幅を持たせた特化したもの。

終着駅に因んだ新十津川町のおコメを原料にしたおまんじゅうは
何と前日訪ねた道の駅夕張めろーどに入居されている
阿部菓子舗が手掛けていらっしゃったのでビックリした。
買ってもらえる商品を製品化するのにあたって
ネットワークを駆使されているようだった。
札沼線遠征編2020
こちらの喫茶店「寺子屋」も
看板の一番最初に鉄道グッズの文字が出ているように
その充実ぶりもさることながら
営業時間はこちらも9:00〜10:30までと
1日1本の列車に照準が合わせているのは歴然としていた。
おまけに自動販売機も札沼線キハ40-400番台だ。
札沼線遠征編2020
駅から正面のメインストリートには
第一興産LPガス充填所とともにJAピンネの農業倉庫。
旅客以上に農作物を主に貨物の果たしてきた役割の大きさと
これを中心に鉄道と駅が都市基盤に組み込まれてきたことが伺える。

13年前は奥の手を使って出発間近の列車が待っている駅へと
コンタクトを果たしたので
実はメインストリートを辿るのはこれが初めてだったりする。
札沼線遠征編2020
国道275号との交差点の先にそびえ立っているのが新十津川町役場。
町のシンボルは母村である十津川村と同じもので
新築住宅と中古住宅の購入に
それぞれ助成金が出ることを告知する垂れ幕が下がっていた。
移住定住を呼びかけるのは何処も同じだ。

庁舎は滝川消防署の新十津川支所を併設しており、
奥にみえる幕を張った足場のもとで建て替えを行っている最中。

ここから札幌駅までの高速バスしんとつかわ号が1日1本、
滝川駅を経て滝の川団地までを結ぶ路線バスが
それぞれ北海道中央橋によって
ほぼ1時間に1本設定されているほか、
浦臼駅から滝川駅へと結ぶ便と
ふるさと公園を巡回して滝川駅に結ぶ便が沿道に
それぞれ停留所を設けており、
圧倒的に札沼線を利用しなければならない絶対的な理由は既にない。

道路網の整備、モータリゼーションの進展があれば
同じ鉄道駅であれば函館本線の駅である
滝川駅に向かうというのが自ずと必然的な流れなのだろう。
札沼線遠征編2020
役場に設置されている観光案内図。
町は滝川市街へと石狩川に架かる国道451号の2本の橋で結ばれていて
この道路が市街のタテ軸を形成しており
それに対して札沼線と並行する国道275号が横軸を成している。
地図はふるさと公園近辺を拡大しており
こちらで紹介されている宿泊施設はいずれもこの周辺に集中。
札沼線遠征編2020
やってきた日はしんとつかわ雪まつり開催から2日後のことだったので
総合福祉センターゆめりあ向かいの北中央公園には
その会場のメインステージだったと思われる舞台に
札沼線のキハ40-400番台の石像がそびえ立ち、
敷地内には同じく雪でつくられた巨大なすべり台があって
平日ながら小学生が先生と思われる方の立会いの下で
遊んでいる光景が見受けられた。

いたるところで400番台にこだわられているキハ40。
札沼線専用で2両しかないからだとはいえ
すごく強調されていることのは恐れ入るものある。

石像やすべり台を主に制作されたのは陸上自衛隊滝川駐屯地の方々。
さっぽろ雪まつりの雪像が精巧になった所以は
その陸上自衛隊の方が参加されたところにあるといわれるので
これもまた例外ではないことを伺わせる。
札沼線遠征編2020
国道275号を歩いていくと
左に見えてくるのが往来する交通、
もちろん自動車を対象にしていると思われる物産館である
食路楽(くじら)館だ。

こちらは列車の出発着と関係なく10:00〜17:30の営業時間。
駅市でも取り扱っていたお土産物に加えて
おコメやトマト、金滴の加工品などが並んでいて
普通に奈良県の十津川村の工芸品も
それとともに販売がなされていたり、
レストランではめはりずしがメニューに入っていたりするなど、
ルーツとの関わり合いを可視的な部分で判断しているところであるとはいえ
非常に大事にされているようだった。

建物がクジラをモチーフにしているのは化石が採れたからだとか。
札沼線遠征編2020
徳富川に架かっている新十津川橋を渡っていく。
札沼線の駅名に見受けられる徳富はこの川に因んでいるらしい。
石狩川に注いでいく河川。
札沼線遠征編2020
道なりに進んでいくとみどり団地へと出て、
セイコーマートや橋本郵便局を過ぎ、
石狩川橋をそばにしたところに大きな蔵を構えているのが金滴醸造。
明治期創業の造り酒屋。
札沼線遠征編2020
交差点から正面へとまわり込んでみているところ。

美味しいおコメとキレイなお水という条件を揃えないと
日本酒というのは醸造に向かないので
これを兼ね揃えている土地でそれを手がけている事業者があるというのは
やはり特筆すべきことなのではないかと。

日本の醸造業は清酒に限らず産業ならず文化としても非常に奥が深い。
札沼線遠征編2020
今度は石狩川を渡っていくことに。
石狩川橋は1963年からのもので橋供養を行って今日の橋に至っている。
土木建築の向上が対岸との往来を密にするのとともに
石狩川を挟んで敷設されていた札沼線と函館本線の
それぞれの絶対的な存在理由が変容を遂げたのも確かだ。
札沼線遠征編2020
非常に冬期に歩いて渡っていく人というのは極めて稀なようで
行き違う自動車からはすごく特異な目で見られていた気がしないでもない。

北海道最大の河川・石狩川。
先ほどの徳富川をはじめ多くの河川が注ぎ込み
穀倉地帯である石狩平野を成す一方、
流域の人びとは災害とも対峙をしてきた。
幅広い河川敷のみならず、平地部が意味するものは
そういうところにあるわけで
都合のいい場面に上機嫌でいるのは前回とまた変わらないものだったりする。

対岸からは滝川市に入る。人口は4万人くらい。
ファイターズスタジアムでホームランが出た時に
ジンギスカンのプレゼントをして下さる松尾ジンギスカンは
こちらの街が本拠地だ。
札沼線遠征編2020
滝川西高のそばから銀河団地やサッポロドラッグを通って
「西松」停留所に出た後、
アンダーパスで函館本線を潜っていく。
北海道内において国道が踏切で鉄道と交差する箇所は1箇所しかなく
ほかはいずれもアンダーパスやオーバーパスで交差する構造になっている。
札沼線遠征編2020
やがてスマイルビルのもとへ。
ダイソーや数研知能塾などが入っている。
看板や建物がずいぶんとシンプルなものになってしまっていた。
札沼線遠征編2020
向かいのビルはバスターミナルに代わって
たきかわ観光国際スクエアへとなり、文字通り観光案内の窓口に。
札沼線遠征編2020
それとともに新たなバスターミナルが整備され
ここを拠点にバスが往来する光景が日常のものになっていた。
札沼線遠征編2020
北海道中央バスの案内所は駅構内をそばした
こちらの駐車場側に配置がなされている。
札沼線遠征編2020
滝川駅駅舎とともにシェルターとバス乗り場を撮影したところ。
案内所に一番近いところが3番乗り場。
駅舎出入口を間近にしたところから番号を振っている。
札沼線遠征編2020
滝川駅のバスターミナルの案内板。

全部で4つの乗り場を設けていて
身障者用の駐車スペースと1番乗り場が駅舎出入口付近に。

路線バス乗り場と別に駅から次第に離れるように
タクシー乗り場と一般乗降スペースを配置している。

一番離れたところに短時間駐車場を設けていて
近接して駐輪場が確保されている構造になっていた。

高速バスは栄通りに面したスマイルビル寄り。

ピクトグラムでの案内に加えて
滝川駅と北海道中央バス案内所に対しては
音声案内もできるようになっている。

「強い要望」を掲げている人は
ちゃんと駅前広場の構造や
土地利用を分析されるくらいの姿勢があって然り。
札沼線遠征編2020
あ、ライラックだ!! 789系元スーパー白鳥。
現在は特急「ライラック」として札幌駅〜旭川駅間で活躍中。
7年ぶりに主戦場が変わったところを遭遇したもので
青函トンネル連絡を主としていた時代の印象が強いだけに
非常に変な感じがした。
同時に変わらずに走行している姿に再会できるのは
懐かしい知人に会うようで感慨深い。
札沼線遠征編2020
滝川駅構内にはレッドベアーDF200の牽引する
貨物列車が停車している最中だった。
跨線橋からこれを見ているところになる。
大量輸送の条件を満たすとこの列車の設定ができるわけで
この物流によるコストダウンは直間接問わず、
絶大な恩恵を受けている部分というのは計り知れない。
札沼線遠征編2020
何故か改札外で見かけていた列車に
いつの間にやらホームで対面ができてしまったりするのは
ポイントの切り替えができない状況で
こちらの列車の出発が遅れていたからだった。
復旧にあたられている方々には申し訳ないとはいえ。

フルカラーで行先と列車表示がなされるようになったり
転属にあたってマイナーチェンジが図られており
その示している「ライラック」「札幌」の文字は
非常に新鮮味があった。
札沼線遠征編2020
本当は後続のカムイ20号に乗車するつもりだったのだけれども
思いがけないアクシデントで
ライラック18号に乗車する事ができ、
「スーパー白鳥」時代以来の旅路を共にすることになった。
HEAT789のロゴに代わって沿線をピックアップしたイラストが
車体側面に描かれるようになっており
出会ったこちらは空知地方を表現したものとなっている。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:56| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

開拓

札沼線遠征編2020
2020年1月29日、一日に1本しかない新十津川駅行き普通列車に乗車。
石狩月形駅にて22分の停車時間を挟んで
対向列車の待ち合わせが行われた。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅駅舎内の様子。
石狩当別駅〜新十津川駅間における唯一の有人駅。
窓口の上部に掲げている運賃表は駅名と運賃のみを示したもの。
出入口を間近にしたところにはリーフレットなどとともに本棚がある。
月形町の札沼線記念入場券の取り扱い駅は当然こちら。
札沼線遠征編2020
グ〜っと電化区間に比べて格段に本数が少ない時刻表。
石狩当別駅〜石狩月形駅間の区間運行の設定もあるとはいえ
ここから先、浦臼駅並びに新十津川駅方面へ向かう列車は1日6本。
うち新十津川駅行きは乗車してきている1本だけ。
札沼線遠征編2020
公衆電話を出入口前に従えた
石狩月形駅駅舎外観を転回スペース側から撮影したところ。
月形町は石狩川対岸の岩見沢市と結びつきが強く
北海道中央バス路線バスの岩見沢ターミナル行きの設定もある。
自動車の浸透が対岸の自治体との往還をスムーズにさせていることもあって
札沼線への依存度は極めて低いものになっている。
札沼線遠征編2020
構内踏切から石狩月形駅ホームを見た一コマ。
1面2線の駅構造で側線を持ち、そちらにはラッセル車が留置されていた。
札沼線遠征編2020
ホームの乗り場案内。

鉄道廃止後は各方面へと結ぶ移動手段はバスへと転換され
これも石狩月形駅が系統を分かつことに。

路線バスの初期費用や20年分の運行経費のバックアップや
駅周辺の街づくりに関する整備、鉄道用地の無償譲渡などを
JR北海道が廃止を受け入れてもらうために
各沿線自治体に負担していく。
札沼線遠征編2020
8:35、構内踏切の音とともに浦臼駅からのキハ40-401がやってきた。
札沼線遠征編2020
札沼線の非電化区間を担っている2両のみのキハ40-400番台の両者が
ここで顔を合わせることに。

そちらからの列車で月形高に通われる高校生の方が4人ほど下車をされ、
この行き違いで折り返していく方が新十津川駅行きに乗車され
車内は25人ほどとなった。
いずれも廃線を間近にしたという条件の上での非定期需要。

8:40、新十津川駅行きのドアが閉まって
こちらの列車が先行して石狩月形駅を出発となる。
札沼線遠征編2020
住宅地から雪原へと出て行き、国道275号沿いに民家が見受けられたのが
すぐに途切れて林へと入り、石橋鈑金工業の先で右へとカーブ。
北陽団地が見えてきて、続いて塀に囲まれた建物があらわれる。
月形刑務所。

これをあとに林から右にカーブ描いて木立の合間を縫っていく。
国道との距離もあるだけに民家はない列車だけの道のりを黙々と。

ゆっくりと走っていた列車がさらに減速すると豊ヶ岡駅に着く。
木造の待合小屋のみで道は雪で埋もれていた。
除雪をしていく負担が半端ないことを伺わせる。
札沼線遠征編2020
引き続き林を進んで右にカーブしていくと
林から右手に視界がひらけ、すぐに一面の雪原へと出て行き、
そこから左にカーブ。
国道275号が延びてきて民家があつまり
農業倉庫も見えてくると列車は札比内駅へ。
かつては小学校を有する集落の中にあった。

左手に札比内神社をあとにして国道275号と並走していくと
山林が左から迫ってきてソーラーパネルのそばから右へとカーブ。
ビニールハウスも見受けられる中、
左からも道路が延びてきて晩生内ワークセンターを過ぎて
北日本建業とソーラーパネルに挟まれ晩生内駅に至ると
ここでお一人が乗車された。
浦臼町に入っているので晩生内駐在所は砂川警察署の管轄になる。
その駐在所とコミュニティ消防センターのもとから
左に山林を控えて引き続き国道275号とともに進んでいき
佐藤農園を過ぎたところで山の斜面が迫ってくるものの、
一時的なもので、雪原へと変わり、その山林との距離が生じて
浦臼町除雪センターのそばから札的駅へ。
札沼線遠征編2020
駅を間近にしたところから左に林が延びていて
これが途切れて雪原を進んでいくことになり、
民家は国道275号を中心に形成され、
グラウンドとともに浦臼小学校があらわれ
浦臼内川を渡って郷土資料館のそばから
ふれあいステーションのもとへ。
札沼線遠征編2020
9:07、浦臼駅着。ふれあいステーションが駅舎になっている。
このふれあいステーションが駅舎になっていて
そばにはスクールバスセンターがある。

石狩沼田駅まで線路が延びていた時代は
ここで運転系統が分かれていて
1964年段階は札幌駅方面に10本、石狩沼田駅方面に7本の列車設定があった。
いまや石狩沼田駅まで線路は既になく、新十津川駅まで。
しかも1往復のみ。
札沼線遠征編2020
その1往復しかない区間に突入。
住宅地から国道275号とともに雪原へと出て行き
黄白内橋を横目に森商店を過ぎ、
やがて旧・鶴沼小と集合住宅のもとから鶴沼駅へ。
国道275号と距離が生じてくる。
札沼線遠征編2020
さらに国道275号と離れて左にカーブし、
カントリーエレベーターやビニールハウスを通って雪原を進み、
数軒の民家が見受けられる中、於札内駅に立ち寄る。
札沼線遠征編2020
引き続き一面に広がる雪原を走って
南下徳富駅に向かっていく。

沿道には列車待ちの人がいたりするけれども
それも廃線を間近にしているところであるからで
踏切は一日に2回しか鳴らないところを進んでいる。

こういうものにメンテナンスが生じるし
道路も除雪が付きまとう以上は
すべからくこれを行うのは非常にムリがあるもので
優先順位が生じるわけで一部は通行止めになっているに等しい箇所も。
札沼線遠征編2020
民家は極めてまばらで撮影する人が自動車で先行していく中、
列車は農業倉庫のもとから駅舎を持っている下徳富駅へ。
ここで自動車で先行していた方がお一人乗車される。
札沼線遠征編2020
下徳富駅と新十津川駅の間には中徳富駅があったので
「しんとつかわ」の表記はそれに上貼りされたものになっている。
駅名表示板は一切「札沼線」の文字はなく、
全て「学園都市線」で統一されているのは
ここまで辿るとわかるかと思う。
札沼線遠征編2020
だいぶ離れて国道275号が延び、この間にもう一本延びている町道とともに
雪原をゆっくりと進んでいく。
民家は点在していて、旧・中徳富駅跡を通りぬけているのも
全然意識することもないままに
左から林が延びてきて民家が集まり、
林が途切れて一旦ビニールハウスもある雪原に顔を出した後、
線路沿いに再び民家が集まってくると
9:28、空知中央病院の足元にある終点・新十津川駅に到着。

乗車券は押印のために応援の方がいらっしゃっており
廃線を間近にしていることと、その需要が乗客を占めていることもあり、
ほぼ回収はなされなかった。
札沼線遠征編2020
13年ぶりにこちらも登場となった新十津川駅駅名表示板。
ピンネシリ山、ふるさと公園などを紹介した
名所案内がそばに並んで設置されている。
札沼線遠征編2020
この先、石狩沼田駅まで線路が延びていた時代があった。
そちらへと線路を見ているところになる。
雪に埋もれていてこれだけ提示すると実感はないけど。
段階を追って区間ごとに距離を短くしてきた札沼線。
そちらの代替交通機関は滝川駅を起点にしている。
現在は北竜町まで足を延ばしているだけで
沼田町に至る路線バスとしての交通網は維持できない、
さほど必要とされていないところに推移してしまった。
札沼線遠征編2020
駅舎に掲げている「歓迎ようこそ新十津川へ」のボードに加えて
ラストランを間近にした「ありがとう札沼線」の幟が降車客を迎えた。

天気がいい日は空知中央病院保育所の子どもたちが
この列車の到着を迎え入れ、出発を見送っていくことでも有名。
あまり天気が良くないのでこの日は見合わせていたそうだ。
札沼線遠征編2020
1日に1回しか列車がやって来ない駅となりながらも
逆に自治体としてはその駅がある事で一躍有名になったのも
JR北海道は費用対効果に見合わないとはいえやはり事実だ。
新十津川町のポスターにはそれが起用されている。

地味だけど右端に映っている「母子の村」という紹介も
新十津川町を語る上で非常に重要なもの。
札沼線遠征編2020
本当に1日に1本しかないのは時刻表を見ると明らか。
駅舎は無人駅だったところに新十津川町の観光案内所が入居し
窓口越しに業務を行っているので
廃線間近ということも多く、
少しばかり有人駅時代の雰囲気が
こうあったのではないかと思わせる部分がある。

とはいえ新十津川駅にやってきた列車は
10:00に石狩当別駅へと折り返して出発してしまうので
午前中を中心に物事が組み立てられている。
札沼線遠征編2020
だから本当に1本しか列車がないんだってば!!
前回やってきた当時は3本の設定があった。
ここまで絞られた段階で存続を強く訴えるのは現実ではないので
廃止を受け入れるのは抵抗感を抱くものはなく
改めてその事実になった時刻表を見ているばかりで
それ以上の感慨はなかった。
札沼線遠征編2020
駅ノートは空知中央病院によって管理されており
WEB上でも公開されているという非常に特殊なもの。
個々人が来訪歴とともに所感を綴るツールである点では変わらない。
札沼線遠征編2020
終着駅到達証明書。
文字通り1日1本しかない列車でやってきたことの証明書。
札沼線遠征編2020
新十津川駅駅舎を空知中央病院側から撮影したところ。
札沼線遠征編2020
こちらが空知中央病院になる。
建設年代も規模も明らかに違うので
非常に両者を見比べるとギャップがある。
手前に立っている看板は新十津川町の案内図だ。
通院手段としての鉄道という認識はないから
1日に1本の列車設定になっているのだろう。
浦臼駅からは路線バスの設定もあるとなればなおさらに。
これがそのまま代替交通機関になるともいう。
札沼線遠征編2020
13年前は滝川駅から新十津川駅に歩いてやってきて、
やっとの思いで列車出発を間際にしたところにたどり着き、
周囲を見渡す余裕がなかったけれども
今回はその所要時間などをそれなりに体得したので
限られた時間ではありながらも
配分に幾分か幅を持たせた見聞をしていくことに。

新十津川駅のある新十津川町は人口6500人の町。
滝川市との結びつきが強く、警察や消防、郵便はそちらの管轄にあり、
交通網も札沼線の廃止区間の代替バスは
いずれも滝川駅のバスターミナルから設定がなされている。

特産品はおコメ。
ありきたりな印象があるかもしれないけれども
開拓が行われる時代から切り拓いて
稲作に適する土壌や美味しいおコメに至る品種改良を重ねている。
このおコメとピンネシリの水という条件が揃って
「金滴」という銘酒が成り立つ。

「新・十津川」というのだから「新」がつかない「十津川」があるわけで
それが奈良県の十津川村にあたる。(母子の村)
入植の契機は十津川大水害によるものだったという。
十津川村は山間にあり、あまり農業に適していない土地柄なので、
石狩平野で稲作が盛んな土地をつくりあげたというのは
先人の方々にしてみると感慨深いものがあるに違いない。

街に暮らしていらっしゃる個々人としては
その関係をどのように思われているのか定かではないけれども、
新十津川町と十津川村の関わりは今日も非常に深く、
特産品コーナーにもしっかりと奈良県の十津川村の名産品が並んだり
「母村」として交流を自治体の枠では抱えている。

しかも「十津川村」に対して「新十津川町」で
人口も母村よりも今日は減少傾向にあっても倍近い数字を抱えている。
開拓の道のりは並大抵のものではないことは
あくまでも想像の枠の中でのことながら
その決断は思い切った決断であったと思われる。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:49| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月16日

一日一本

札沼線遠征編2020
2020年1月28日、札幌駅から学園都市線こと札沼線に乗車して
列車に揺られること約40分、30キロ弱、7:18、石狩当別駅にやってきた。
当別町の役場所在地の最寄り駅で
こちらの駅並びに北海道医療大学駅を境に
沿線の鉄道との関わり具合を示すように列車の本数も大きく変わる。

当別町は札幌市に隣接する人口1万5000人くらいの街。
町域としては2000年を境に減少傾向にある。
ベットタウンの顔を持つ地域を抱えながら
稲作の盛んな石狩平野を構成しているところの一つ。
札沼線遠征編2020
あいの里教育大駅からは単線区間に入っているものの
交流電化区間は引き続き次の北海道医療大学駅まで及んでいる。
そちらへと線路を見ているところになる。
電化されているから13年前はなかった架線が加わっているところが
非常に自分にしてみると新鮮ながら
もはやごく普通の光景として浸透しているものと思われる。

いずれもここまでの区間の駅は
2面2線構造の対向式ホームを基本としているところが多い中で
この石狩当別駅は非電化区間の気動車の出発着をすることもあり
2面3線の駅構造を持っている。
札沼線遠征編2020
1番線にて石狩当別駅駅名表示板を撮影したところ。
JR北海道が用意されているものと
別に平仮名表記で開駅が示されたプレートが掲げられている。
1990年代に現駅舎になる以前に
石狩当別駅が開業したのに合わせて駅前に食堂を開設された方から
1979年に寄贈されたものを今日まで引き継いでいる。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅の時刻表。

札幌駅方面は11時台から14時台までは
おおよそ1時間に1本(12時のみ2本)の設定で
ほかは20分に1本列車が発車していく。
6両編成がスタンダードになっていて
わずか5本だけとなった3両編成は
夕方から夜間にかけて充てられるばかりとなっていて
函館本線や千歳線との共通運用を可能にするだけの
旅客需要を沿線が持っていることを示している。

そして石狩月形・新十津川駅方面は
1時間に1本〜4本の列車設定があれども
ほとんどが次の北海道医療大学駅までの運転で
終点・新十津川駅に向かうのはわずかに〇で囲んだ1本だけ。

気動車は一両で走るので編成表記がなく、
浦臼駅まで5本、石狩月形駅まで2本が他に設定されている。
この気動車運用が2020年の北海道医療大学駅〜新十津川駅間の廃止で
削除されていくことになる。
札沼線遠征編2020
橋上駅舎での一コマ。
石狩当別駅で花のおもてなしをする
「花の駅長さん」を当別高校が担っているというように
石狩当別駅は最寄りの高校を持つ駅。

ここから先、札沼線沿線にある高校は
石狩月形駅を最寄りとする月形高校のみ。
自治体においても高校の存在は
地域人口の流出に歯止めをかける点でも非常に重要な存在だ。
札沼線遠征編2020
改札を出た時には既に石狩当別駅を始発駅としていることもあり
先発列車よりも先に新十津川駅行きの改札がはじまっていた。
この表記が出てくるのは1日に1回しかない。
しかも途中駅ではなく終点であるのにも関わらず。
先発列車の北海道医療大学駅行きとの接続に一応便宜が図られている。
改札外と改札内をドアが隔てていたりする構造というのは
寒冷地ならではのもの。
札沼線遠征編2020
特需で一過性で終わってしまうのは
誰もが念頭に置いてるとは思うけれども
やはりフィナーレを飾ってあげたいと思うのは
誰もがこれもまた同じことで
JR北海道が札沼線記念入場券を発券していた。

沿線自治体ごとに区間を設けて
対象店舗で700円以上の買い物や食事をして
この切符の専用台紙を提示して証明スタンプを集め、
札幌駅の四季彩館に持っていくと
非売品のオリジナルクリアファイルがもらえるというもの。

当別町は飲食店を中心に13店舗が参加。

石勝線夕張支線は夕張市内で完結していたものの、
札沼線のこちらの廃線区間は自治体を跨っているので
その企画を踏襲して発展させたものとみていいのだと思う。
札沼線遠征編2020
一日1本しかない上に、家路に向かわなければならないので、
その企画を体験していくのにはかなりムリがあるけれども
記念乗車券を買い求め、
同時にみどりの窓口で新十津川駅までの乗車券を発券して頂いた。
「石狩当別」と「新十津川」の文字の入っているのがミソ。
券売機だと運賃しか記載されない。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅運賃表。
札幌駅と新千歳空港駅を際立たせて
その他主要駅は水色で塗りつぶしてあり、
2100円区間、奈井江駅、銀山駅、沼ノ端駅まで券売機で買い求めることができる。
こちらの運賃表にはナンバリングの記載がどの路線にも盛り込まれていない。
北海道医療大学から先の札沼線区間が
ここに示される期間は廃止までの期間までに過ぎないもので
もはや時間は限られたものとなっている。
札沼線遠征編2020
13年ぶりにこのWEBに登場。
石狩当別駅駅舎を南口駅前広場から撮影したところ。

橋上駅舎の構造は90年代の建築で
岩見沢駅や苗穂駅を引き合いに出すと
階段の構造に社会を構成する年齢層の変化や
バリアフリーに対する事業者や自治体の姿勢が
こういったところからより深く体現することになっていったことが
非常に読み取ることができるかと。
デザインやスタイルは90年代にほぼ確立されているといっても
過言ではないくらいに建設から20年以上の歳月を経過しても
通用するものをつくりあげている。

市街に囲まれてはいても貨客分離の駅構造を根底にしていることが
土地利用の点から考察されるのは
キッチリとした区割りを持っているわけではないけれども
こちらもまた例外ではない。

廃止になった、とか、壊しちゃった、とかよりも、
性懲りもなく芸もないように
同じものを同じように記録して
何が面白いんだか、といわれる方がいい。
札沼線遠征編2020
南口にはJA北いしかりが当別通りとともにそびえ立っていて
その脇には煉瓦造りの農業倉庫を転用した
ふれあい倉庫が街の顔を成すように位置している。
文字通りの多目的ホールとして用いられていたり、
地場農産物の直売をしたり、観光情報の発信拠点となっていたりする。
かつて倉庫に蓄えていたのはおコメ。
ちょうど前回の旅路と前後したタイミングで立ち上げがなされた施設だった。
札沼線遠征編2020
ロータリーにはコミュニティバス「ふれバ」の乗り場とともに
ふくろうによる観光案内図が設置されている。
石狩平野を構成しているのは町域の南部で北部は山林を抱えている。
伊達氏の開拓によって今日があるから
その記念館があったり、関わりのある街とも深い縁を持っていることが
この地図から伺えるところ。
乗り換え時間が限られているから13年前と同じように
駅界隈を相も変わらず芸のないことをするばかりだった。
札沼線遠征編2020
役場が位置する北口側には駅舎に面して白樺公園が広がっている。
夏期と積雪を伴う冬期では同じ場所でも全然印象が違う。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅のコンコースには当別高校の掲示板があり
ここに学校紹介をするポスターや学校だよりが貼り出され
学校に通う人のみならず行き交う人々に目に触れるものとなっていた。
園芸デザインと家政科を持っている学校になる。
札沼線遠征編2020
ちょうど目にした生徒会執行部が発行している2019サーカスというものには
2年生の見学旅行について個々の生徒の方が感想を述べているものが
ほとんどの紙面を構成しており
そこにスナップ写真が盛り込まれていた。

奈良公園から東大寺に向かい、京都を見物した、というところまでは
ふ〜ん、という感じで見ていたのだけれども
そこから新幹線で東京都内へと出て
とうきょうスカイツリーにオリンピックパラリンピック関連施設や
会場クルーズをしたというその行動範囲とスケジュールには
非常にビックリした。
札沼線遠征編2020
3番線に控えていたキハ40-402に乗車していく。
1番線には折り返しを控えている733系6両編成。
このギャップたるや。
廃線を前にしている上に
1日に1本しかない新十津川駅行きということで
20人ほどの乗客を乗せて出発を待つことに。

7:39、2番線に北海道医療大学駅行き6両編成がやってきて、
こちらに6人が乗り換えてくる。
相手方を見送って7:45、ドアが閉まってゆっくりと列車は走り出していく。

月形高校まで通う方が定期需要を担っていて
存廃の点でこれが論点の一つになっていた。
札沼線遠征編2020
ラルズマートと当別町役場をあとにして
セイコーマートをそばに道道28号と交わって当別川を渡り
雪原へと出て行く。
札沼線遠征編2020
そこからひた走っていくと
国道275号が右手から近づいてくる。

道路の整備やモータリゼーションの進展が
鉄道から人々を遠のかせることになっている一因であれば
札沼線の場合はこの道路の存在が
大きな影響を及ぼしていることは想像に難くないわけで。

加えて自動車での往来が簡単になれば
石狩川対岸の優等列車が多い動脈たる函館本線に流れていくというのも
自ずと納得のいくものがある。

程なく左にあらわれるのは北海道医療大学で
列車は北海道医療大学駅に滑り込む。
先行していた電車を横目にお二人が下車をされ、
ここからお二人が別途乗車される。
下車されたお二方はわざわざ気動車に乗りかえて
一駅を乗車されていた方だった。

電化区間はここまでで、
北海道医療大学までの通学は札幌圏の人口集中もあり
交通手段としての鉄道を相応に支持してもらえているのとともに
存在理由を裏付けしてもらっている事になる。
グッと本数が減る区間。
札沼線遠征編2020
国道275号を脇に走らせて
それとともに距離を置いて延びている町道があるから
道路構造がどのように改良されたのか
窺い知ることができる中で
左手には山林が続き、そこから雪原が広がっていき、
ソーラーパネルと農業倉庫のもとから石狩金沢駅に着く。

再び山林が間近に迫ってくるところで
国道とともに進んでいき、左へとカーブをしていくと
同様に国道もこれに倣い、
道路との間に民家や玄米酵素の工場が割って入り、
山林とも離れて貨車を用いた待合所を持つ本中小屋駅へ滑り込む。
札沼線遠征編2020
本中小屋駅の駅名表示板。
以後、石狩月形駅を除いていずれも一面一線の構造の駅。
山林や風に配慮したホーム配置をしているようだ。
札沼線遠征編2020
ビニールハウスも見受けられる中、林に入っていき
雪原に顔を出したのも束の間、再度林を進む。
これを抜けるとまだ視界に入るところながら
国道275号とかなり距離が生じ、
そこから林を潜り抜けて左にカーブを描き
これとともに国道275号が接近して来て
そちらに中小屋郵便局が見え、中小屋駅に至る。
ここでお二人が下車をされた。
札沼線遠征編2020
中小屋駅も同じく貨車駅舎。
帰路ということもあり得るとはいえ
下車をされていく方の目的地はどこなのだろう……。
札沼線遠征編2020
国道275号に続いて同じように右へとカーブしていくと
その間に林が割り込み、国道に面して並ぶまばらな民家の背後を進む。
左に林が延びてきて月ヶ岡駅に出て行き、
山林から右へとカーブした後、
真っすぐに延びる線路を列車は進んでいき、
山林をそばに控えた雪原から一面の雪景色の中へと出て
道道11号と交わって知来乙駅に至る。
札沼線遠征編2020
駅を出て左にカーブ描くとこめ工房がそびえ、赤川を渡って林の中へ。
右手木立向こうに民家が集まり、
月形高の脇から樺戸博物館と農業倉庫のもとへと出て行く。
札沼線遠征編2020
そして列車は8:18、石狩月形駅に到着。22分停車。
一面二線のホーム構造を持つ駅でここから先は一閉塞。
要はその区間に入れる列車は一本だけという区間に。
札沼線遠征編2020
月形高校に通うと思われる方は先んじて降車をされていき、
対向列車到着まで束の間の休息を挟むことになる。

樺戸博物館は「るろうに剣心」の明王の安慈が服役をしたり
剣客兵器に襲撃をなされた舞台である樺戸集治監の本庁舎。
今日の月形刑務所はその歩みとは別物。
俗にいわれる囚人道路と呼ばれるような
信じられないようなところに敷設されたインフラの建設には
収監されていた受刑者を過酷な労働で行われていた。
そういうものがなければ成し遂げられなかったものの上に
今日があるというのも事実。

今日の札沼線における石狩当別駅〜新十津川駅間で
定期需要を担う月形高校は全校生徒70人規模の学校。
月形町が交通機関の定期代の半額を支給したり
月形中からの進学には20万円を補助したりして
バックアップを行い、自治体に立地する学校を盛り立てている。
おおよそ生徒数の3分の1くらいの比率で
札沼線を通学手段とされていた。
生徒数の変遷とともに鉄道でなければならないという
その輸送条件を満たすものでなくなりつつある上に
当時の高校生がバス転換を望む意見を持たれていたことから
廃止へと舵を切ることを後押しすることになったようだ。

13年前は沿線の学校の立地や
定期需要などを読みとるスキルもさほど持ち得ておらず
時系列を追って捉えていくこともあり得たのに、というのは
今になって後悔するものがある。

「子育てにやさしい社会を望む!」という方であれば
沿線の人びとのライフサイクルやスタイルを常に意識されて
そういった対象を事細かに分析をされたりするのでしょうが。

「雪原」と形容しているところは
夏期であれば水田が広がる穀倉地帯。
北海道のおコメはかつてはあまり美味しくないといわれていた。
寒冷地で不向きなものを温暖化もあるのだろうけれども
稲作に適するように開拓を行い
そこから品種改良を重ねて
今日では美味しいおコメの代名詞的なブランド築き上げられ
生産されるようになっている。

つづく
posted by 小林 慶太 at 21:34| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月15日

局地化

札幌遠征編2020
2020年1月28日、とにかく一日に列車が1往復しかない
新十津川駅に向かうべく札幌市街のホテルで宿泊した。

これで朝6時までに起きれなかったら
何のためにわざわざやってきたんだか、という
笑い話にもならないような事態に陥ることが懸念され
非常に不安で仕方なかったものの、
アラームに加えてモーニングコールもセットして
さらにテレビもその時刻に点くように、という
普段の仕事日でもしないような念の入れようの甲斐あって
何とか起きる事ができ、すぐにチェックアウトに向けて動き出すのだった。
札沼線遠征編2020
シナリオ通り照準合わせて6:00にホテル2Fのフロントでチェックアウト。
タッチパネルでこれも済ませる事となり
本当に無人ででもサービス提供ができるようなところに
技術というのは進化しているものだというのをまざまざと実感。
レストランでは朝食の準備に向けて業務をなさっている方の姿があり
こういう部分ではやはりヒトを必要としていた。
舞台裏を見ているような感じでホテルをあとにして札幌駅に向かった。
札沼線遠征編2020
札幌駅構内、パセオは静まり返っているのに
もうコンコースには手稲駅・江別駅からの列車が到着し、
早々に通勤されていくと思われる人々が行き交っていた。
逆に列車に乗りに行く人は
長距離の優等列車や新千歳空港に向かうと思われる
そんな風貌や荷物を持たれた方が多いような気がする。
札沼線遠征編2020
札幌駅の運賃表。
函館本線は方向ごとで2種類、各路線とも色分けがなされ、
いずれもナンバリングが入っており、主要駅は水色で塗りつぶされている。
札幌駅だけアルファベットのない「01」。

函館本線の比羅夫駅〜妹背牛間、
室蘭本線は荻野駅、石勝線は新夕張駅までの乗車券が
自動券売機で購入できる範囲。
札沼線遠征編2020
そこに示されている札沼線は
北海道医療大学駅を境に緑のラインからやや細いグレーのラインに変わり
それぞれの駅もナンバリングがない中で新十津川駅までの運賃が示されている。
このナンバリングがない駅の範囲が2020年5月に廃止を迎えることになる。
新十津川駅までは1890円で、石狩川を隔てた対岸の滝川駅と同じ料金。
比羅夫駅や妹背牛駅、萩野駅よりも札幌駅からの営業距離は短い。

営業キロが100キロに満たない行程なので
その都度降車ごとに精算をしていくことにして
石狩当別駅までの乗車券を購入して改札を潜ることにする。
札沼線遠征編2020
改札内では札幌駅弁立売商会がこの時間帯に既に営業していたので
ここで駅弁、ひぐまのぜいたくおにぎりを入手して
高架ホーム、札沼線が出発着する9・10番線ホームへ。
9番線には小樽駅からやってきた滝川駅行きの普通列車が停車中。
長時間停車を挟むものの、
札幌駅で大きくヒトの流れがガラッと変わるので
これを跨いで利用する人はさほど多くないことから
さほど不自由さを思うものではないと推測される。
札沼線遠征編2020
6:29、733系6両編成石狩当別行きが10番線ホームに入線してくる。
各方面特急を含めて列車待ちの人が見受けられるのに対して
こちらは極めて少なかった。
折り返して札幌駅へと向かう人たちを運ぶための送り込みを兼ねている。
列車は「札沼線」ではなく
「学園都市線」として案内されており、これがもう定着しているようだ。

13年前は非電化で「気動車」であるキハ141系が活躍していたものが
札幌駅〜北海道医療大学駅間において交流電化がなされ、
6両編成の「電車」が行き交うものとなった。
これで他の電化区間と運用を効率的に行うことが可能にしている。

札幌圏への人口集中を顕著に示す鉄道路線で
北海道医療大学駅までの区間は
沿線の宅地開発を受けて1975年を基準に3倍以上に輸送密度が増えており
営業係数は100〜110くらいの間で推移していて
大量輸送を必要としている条件下にあるので
JR北海道が単独で維持していくことを念頭に置いているのに対して
北海道医療大学駅以遠は同じ1975年を基準にすると
当時の15%を割り込む輸送密度しかなく、
営業係数も2000を超えてしまうくらいの状況にあり、
廃線を受け入れることになってしまった。
札沼線遠征編2020
6:39、汽笛を鳴らして札幌駅を出発。
ヨドバシカメラや大丸をあとにして、
ホテル京阪に京王プラザホテルのそばを通って
公務員宿舎やマンションが立ち並ぶ中、
列車は高架を進んでいき、
イオンや札幌市立大、市立札幌病院を前に桑園駅に滑り込む。

ローソンを過ぎて右に大きくカーブして函館本線と分かれ
札幌競馬場に八軒第三団地を過ぎ
琴似中央小が見えてくると八軒駅に至る。

札幌競馬場を控えての一コマ。
高架区間を進み対向式ホーム構造の駅が多いというのも
札沼線札幌市内における特徴の一つ。

それだけの市街を形成していることと、
単線だった中で旅客増に対応して複線化を行い、
ホーム増設や駅の開設をしてきたことが背景にある。

芙蓉ハイツやビューシャトーといったマンションから
新川通りを跨いで右にカーブし、
新川病院と生鮮市場を過ぎると新川駅に着く。
こちらには新川中と新川中央小をそばに控えている。
新川駅を出ると札幌道を跨ぎ、
タイヨーや鈴木病院、ケーズデンキを通り
Sタウン、ロピア、そして新琴似ハイツとマンションが相次ぎ
新琴似駅にやってくるとここで対向列車とすれ違う。
案の定の事ながら対向列車の混雑ぶりといったら。
札沼線遠征編2020
ブランズマンションにツルハドラッグ、新琴似歯科を過ぎて
地上におりて右に列車はカーブして
国道231号を潜って太平南小のそばから太平駅へ。

太平跨線橋を潜り、住宅地を左にカーブ。
東15丁目屯田通りを跨ぎ、パークハイツをそばに控えて百合が原駅に出て行く。

寿薬品をあとにそのままダイアパレスやエクセルシオールといった
大型マンションのもとに向かい、篠路駅に至る。
札沼線遠征編2020
農業倉庫のそばから右にカーブして木田製粉の先で伏龍川を渡ると
左手に雪原が広がるのも束の間、すぐに住宅地に変わり、
札幌三育小を通り拓北駅へ。駅前にはセイコーマートがある。
札沼線遠征編2020
ひまわり団地から拓北公園を挟んで
東光ストアや街づくりセンターのもとに向かい、あいの里教育大駅に着く。
ここから単線になる。

大規模マンションであるエスパシオがそびえ立った光景が一転して
低層化した戸建てを中心とした住宅地が続き、
道道128号を潜って東公園とあいの里東中、ウェルネススクエア札幌を過ぎると
あいの里公園駅に滑り込む。
この付近が超有名なチョコレートの製菓会社ロイズのお膝元にあたる。

道道112号の下を抜けていくと
右手に雪原が広がり、やがて石狩川を渡る。ここから当別町に入る。
当別町にもロイズはふと美工場を展開している。

雪原から道央新道を潜っていくと
やがて民家が集まってきて万葉の湯と農業倉庫のもとから石狩太美駅へ。
札沼線遠征編2020
林から雪原に向かい、鉄道林が続いた後、
これが途切れると銀世界をひた走っていくことになり
当別消防署から民家が集まってきて
列車は7:18、石狩当別駅1番線ホームに到着。
札沼線遠征編2020
ここで一旦改札を出る事に。
札幌駅からのこの区間、
1964年9月段階では浦臼駅を境にした運行系統が組み立てられており
1日に10本の列車設定であったものが
今日に至っては札幌市内(あいの里公園駅まで)は15分〜20分に1本、
そして石狩当別駅までは30分に1本の列車が設定されるようになっている。
相対的に廃止となる区間は減便・縮小を辿るばかりだった。

駅のそばに農業倉庫がある駅は宅地化がなされる前から
それらの輸送手段としての鉄道との関わりが深かったことを意味している。
ここに限った話ではないけれども。

つづく                     
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月11日

ひとりジンギスカンの夜 具現化した街づくりの理念

非常に過去軸の人間なので
自分はルーティンを大事にするというかこだわる人間だ。
はまなす編
13年前のあの日、寝台特急「北斗星」が台風の影響で運休になり
一転して奇跡のロイヤルでの夜を夢見たところから
よもやの急行「はまなす」におけるデッキでの一夜にならなければ
その街づくりにまで触れることはなかったのだろう。

札幌駅から夜行列車に乗る際は
ほぼ苗穂駅に立ち寄ってそばの駅前温泉「蔵の湯」でひと風呂浴びて
そこから、というのが自分の組み立てていたシナリオ。

急行「はまなす」に乗車する際は
ここに❝ひとりジンギスカン❞が加わって
行動範囲が幾ばくか広がったこともあって
そこから苗穂駅移転橋上化を
中心とした街づくりをしているところに突き当たる事となった。

ご存知のように急行「はまなす」に至るまで
北海道を出発着する夜行列車は4年前に全廃に至ったので
それを最後に現地に向かう事はないと思っていたものの、
札沼線の北海道医療大学前駅〜新十津川駅間の列車に乗車するためには
札幌市街地で前夜泊をしなければならないこともあり
ここで4年ぶりに苗穂駅周辺に降り立つことを思い描くことにした。
夕張遠征編2020
目的は苗穂駅と周辺の街づくりが主眼ではなく
ジンギスカンを食べに行くであって、
あくまでもそれらは副次的なものなので
やっぱり行程上、やってきたのは辺りがすっかり暗くなってからの事だった。

2020年1月28日、18:28、苗穂駅にやってきた。
普通列車小樽駅行き735系から降車して移転して新しくなったホームへ。

現・駅舎とホームに移転してから2年の歳月が経過しているところ。
下り列車はやはり札幌駅に流れていく人を運んでいくので
降車していく方はまばら。
一方の上り列車は札幌駅からの人を運んでくるので
わずか一駅とはいえ相応に降車があり、
この時間帯は双方向とも列車を待っている人はそう多くなかった。
夕張遠征編2020
全てが刷新されている苗穂駅。
駅名表示板と列車到着案内表示機を撮影したところ。
後者はフルカラーLEDを採用しているので
白い文字もまた非常にキレイに示されているものとなった。
千歳線と函館本線が乗り入れるので
この時間帯は普通列車とはいえ10分に1本くらいの間隔で列車がやってくる。
相応の本数と運行間隔が維持できるところにあるのが
乗降客数の増加傾向の恩恵を導いている背景の一つにある。
札幌遠征編2020
橋上駅舎となった中で、2面4線のホームを結ぶ改札内コンコースの様子。
階段を上がるとところどころに煉瓦を採用している部分に
その歴史を有する地域特性のエッセンスが採り入れられ、
これが反映されていた。

もちろん煉瓦の壁面に広告を掲出しているのは
これからジンギスカンを食べに行くサッポロビール園を経営している
サッポロビールに他ならない。

そばに立地している看板的な存在であるところが
こうして広告を掲出してくれているというのは
当たり前のように思えるけれども、ありがたい事だと思う。

中央部はベンチが窓を前に配置されていて
近隣に位置している北海道鉄道技術館がある苗穂運転所や
JR北海道苗穂工場を意識したロケーションを
ビューポイントとしてこれもいかんなく取り入れたものになっている。
札幌遠征編2020
こちらが札幌市が整備した南北自由通路。
運転所や工場がある上に、
貨物と旅客を分離する駅構造を基盤としていた
都市構造を持っていたところに市街が発展してきたため、
橋上駅舎化に伴って南側にしか改札がなく、
別途跨線橋を跨いでアリオのそばに向かう以外に
北側に向かう手段がなかったものが
これによって解消されることになった。

改札を前にしたところにはみどりの窓口が設置されており
セブンイレブン北海道ST苗穂店も営業を行っている。
いずれも7:00〜20:00までの営業時間。
また移転に伴って旧来のロータリーに立地していた
ローソンは営業をとりやめており、
全てが全てに陽が差し込んでいるわけでは必ずしもない。

照明の配置、点字ブロック、上屋のデザイン
やっぱり「気にしてしまう」わけで……。
スタイルにこだわっていながら温かみを感じさせるアクセントが
どのように施されているのかも見ていくと興味深い。

「熱意」とか叫ぶ方はそれぐらいの着眼点があって然り。
駅前広場を持つ隣の駅がそばにあるのに
工事がはじまって10年近く経って気付くような着眼点しかない方に
どうこう言われる筋合いはない。
札幌遠征編2020
あくまでも橋上駅舎化とそれに伴う移転というエポックを迎えただけで
まだまだ市街地の再開発は行われていくので
そのインフラ面での完成形をイメージした模型が飾られていた。
南北に駅前広場を持つ構造になり、
高層建築物とはいずれもペデストリアンデッキで結ぶことが
この模型によると思い描かれているらしい。

あまり考えもせずに自分のところも
同じように財源を全うして
捻出できるものと考える方がいらっしゃらないことを願って止まない。

行政の財政基盤、周辺地域の企業立地や土地利用、
そして人々の営みなど総合的に考慮すべきものがある。
なおかつ人口減社会の中でこれだけの集約化を果たすことは
その代価として何を伴うのかというのも
広域的に踏まえる時代に身を置いているのも確かなことだ。

工事受注を受けた企業が札幌市に模型は寄贈している。

階段は自転車にも配慮した勾配を確保しているので
段差が非常に緩く、
上り下りにはそれなりの距離が生じる設計になっていて
これは岩見沢駅駅舎をモデルにしているものと思われる。
エレベーターも設置してあるから
歩くのを負担に感じる方にも措置が講じてあり
そういったところからも設計の意図が読み取れる。
札幌遠征編2020
インフラ面を中心にした街づくりのあらましを紹介しているボード。

北口改札と南北分断(分離)解消といった人々の要望をもとに
地域の人たちと行政、さまざまな関係者と協働ですすめており
苗穂駅移転橋上化事業、街路事業、再開発事業といった3つの事業で
都心居住の推進、回遊性の向上、(札幌駅の)東側の拠点形成を意図している。

移転橋上化に伴って苗穂駅は300mほど札幌駅に近くなり、
これに伴って電気設備などの鉄道施設を再配置している。

駅前広場は南口の方が広く5000u、北口は3800uを確保。
ここからアリオのもとへと100mほど幅員16mの道路をつくり、
再開発地区を横切って線路を跨ぎ、
北3条通りにアクセスする道路を設けるのが街路事業。

再開発は民間が主体になっていて
南側には25〜27階建てのマンションを建て、
北口の方にもマンションとともに病院が整備されることになっている。
400戸くらいの住宅提供を見込んでいる。
札幌遠征編2020
駅舎の出入り口には
鉄道の街を象徴するような刻印レールプロジェクト。
全部で1200枚、街づくり協議会が企画されて実現している。
まちづくりへの思いや活動を次世代に継承するために
住民参加で何かできないかというものを可視化したもの。
個人のみならず企業でこちらに参加されているところもある。
札幌遠征編2020
北口に出たところでロータリー向こうに建設が進んでいるのは
我汝会さっぽろ病院。
奥に控えているのはアリオ札幌で、
これらを立地させている土地利用はJR北海道の研修施設の存在があった。
アリオ札幌もまたサッポロビールの工場の土地利用と関わりが深いわけで。
札幌遠征編2020
北口で建設をしているマンション、ザ・グランアルト札幌。
27階建てで300戸の住宅供給を果たすものとなる予定だ。
旧来からそびえるマンション、パシフィック北五条は
苗穂駅の移転で駅とロータリーが非常に間近なものになっている。
札幌遠征編2020
それらの建設現場側から苗穂駅駅舎・北口とロータリーを撮影したところ。
タクシーが乗り入れる事ができるようになった。
やはり身障者用の駐車スペースがシェルター、
特に駅舎出入口間近に配置されている。
札幌遠征編2020
アリオ札幌への短絡路が整備されたので
そちらから大日本印刷の工場へと向かい、
北8条通からサッポロビール園の正面にまわり込む。
北海道遺産に指定されている博物館と開拓使館。
明治開拓における殖産興業によるビール工場が今日の礎になっていて
1890年に建築がされた建物。
札幌遠征編2020
開拓使館と博物館の2棟を別アングルで。
今回は博物館内の総合案内所で受け付けを済ますことになった。
以前受け付けをした場所は
グッズショップスペースはそのままにカフェスペースに様変わりしていた。

重要文化財指定は国の申し出があったものを辞退しているらしい。
内装などに国の許可がいるためとか。
企業として観光施設だけでなく文化施設として保全をしていく責任を
同時に背負っている事になる。
札幌遠征編2020
奥にアリオ札幌を控えての一コマ。
それに加えてファイターズの室内練習場まで往時は工場敷地だったという。
間近に苗穂運転所があるというロケーションは
大量生産と輸送を可能にしていたのとともに
国内市場を拡大させていくのに絶大なものであったことが伺える。

これら企業がまちづくり協議会に関わる企業として貢献をしているし、
その根底にあるものを掘り起こすという作業も
新しい街をつくりあげていく上で必要不可欠なものであり
そういった精査のもちに計画がつくりあげられ、
具現化をしているところにある。

最終的に体現していくのは住んでいる、はたらいている、
接点を持っている個々人の人びとの意識や姿勢。
札幌遠征編2020
今回は開拓使館のトロンメルホールで
生寿司アラカルト食べ放題コースに挑戦した。

注文がこの4年の間にタブレット端末で受け付けるようになっていて
ちゃんと現在時刻と残り時間まで表記され、
一括で注文を捌くことができるスグレモノであったのにビックリ。
ジンギスカンの焼き台のテーブルや雰囲気はそのまま。

仕事の終わりに、というヒトから国内外の観光客に至るまでの来訪があり
近隣に高校や大学があって学生の方がいらっしゃり、
アルバイトの場所が確保されて好循環が導かれているところであることを
相対的に実感するものがありつつも
どこもみな同じように果たせることができるわけでもないのも
確かなことで。

急行「はまなす」の出発時刻に照準合わせてペース配分していたものが
一切気にもしないでよくなってしまったので
我ながら良く食べられたものだと思うというくらいに堪能させて頂いた。
ひとりだと全然テーブルスペースに遠慮しないから拍車がさらに。
漬けのジンギスカンが改めて何だけれども、非常にくせになった。
札幌遠征編2020
ジンギスカンに加えてチーズケーキにプリンまで平らげてしまったあとは
アリオ札幌を見物して、苗穂駅の自由通路を跨ぎ
南口と旧・駅敷地へと足を運んでいく。

苗穂駅の南口周辺における民間主導の市街地再開発地区は
北3東11周辺地区が該当している。
完全なカタチで駅前広場は供用に至っていない状況の中、
通路には苗穂地区周辺における北海道遺産の紹介がなされていた。

すなわち、開拓使時代の洋風建築や工場記念館群。
こういうものが地域内に点在、
広域的にみると苗穂地区に集積されていることが伺える。
札幌遠征編2020
開発事業者が主体となって開設している情報案内所「N3E11」。
街づくりに対して行政が体現している情報提供を
民間主体で同じように切り口を変えて行っている施設。
これを主眼とするのであれば
明るい時間帯に来るべきだったと後悔をしないでもない。
あくまでも目的はジンギスカンを食べる、お風呂に入る、だから。
札幌遠征編2020
苗穂駅南口の駅前広場を撮影したところ。
完全な状態で供用を迎えているわけではないとはいえ
タクシーがロータリーに常駐している。
路線バスは旧来通り、移転しても駅舎前には乗り入れをしない。
札幌遠征編2020
周辺は4つの街区に分けて
25階建てのマンションと27階建てのマンションをつくり
約400戸の住宅供給をしたり、商業施設や寺院、高齢者住宅を整備し
ペデストリアンデッキで結び付けていくことになる。
ちゃんと街づくりのイメージ図とともに理念が強調されているんだ。
来街者や地域住民が集い交流する交通結節点や、
地域住民にとって歩きやすい快適な街の実現という目的のもとに
歴史や景観を踏まえて複合型の高次機能交流拠点と歩行空間を
どのようにしたいのか文言で仕立てて
これを事業者が噛み砕いて体現していることをしっかりと示している。
札幌遠征編2020
旧・苗穂駅跡地を見ているところ。
空き地となっているその敷地越しに
苗穂運転所に営業投入を控えたピカピカのH100形が控えていて
否が応でもそのデビューに期待感を勝手に抱いてしまいそう。
ローソンは閉店。
引き続き札幌ハイジ保育園は場所を変えずに
そちらで利用者の方の受け皿となっているようだった。
最寄りのバス停留所は「北3条東13丁目」。
札幌遠征編2020
駅舎が移転しても最寄りであることは変わりないので
「駅前温泉」を引き続き名乗っている蔵の湯。
こちらでやはりお風呂に入っていくことに。
札幌遠征編2020
苗穂駅1番線から21:44発小樽駅行き
普通列車731系3両編成に乗車して札幌駅へと向かっていく。
見事に普通列車3回とも違う形式の車両に巡り合えた。
ロングシート主体になっている。
札幌遠征編2020
アリオ札幌にサッポロビール園、ファイターズの室内練習場を通り
左にカーブして北ガスアリーナ札幌46や札幌中央郵便局を過ぎると
ベガスベガスやエスタ、秀英予備校があらわれ
21:47、札幌駅2番線ホームに列車は滑り込む。
列車は13分、こちらで停車していくことに。
やっぱり乗客はほとんどここで入れ替わる。

急行「はまなす」が廃止されて
特急「すずらん」12号を優等列車は残すのみとなっていた時間帯、
四季彩館は変わらずに22:00までの営業となっていたり
構内のミスタードーナツも23:00までお店を開けており
帰宅に向かう人々がチラホラといらっしゃった。
札幌遠征編2020
札幌駅の駅名表示板を撮影したところ。
苗穂駅のソレと設置時期が違うので照明が異なっていたりする。
栄光の「01」のナンバリングが入っている。
札幌遠征編2020
札幌駅北口から駅舎を見ている一コマ。
ここから宿泊するホテルに向かう。
札幌遠征編2020
お世話になった某鉄道会社系列のホテル。
JR東日本ホテルメッツ札幌だ。「JR東日本」が出店しているホテル。
大体同じところにお世話になる人だけど
以前札幌市街で泊まったところは満室だったので
奮発してこちらに転がり込むことに。
札幌遠征編2020
何分にも出来てからまもない上に
JR東日本はマーケティングに長けていることもあり
自分にとってあらゆる最先端の技術と対面して驚きの連続に加えて
どのような人たちをターゲットにしているのか考察するのにも
興味津々なものとなった。

チェックインからタッチパネルで精算とともに
カード式のルームキーをうけとり、
エレベーターの乗り降りにもこれを使うというのにいきなり衝撃を受ける。
フロントの方がカウンターで付き添って下さってはいても
ほぼ無人で何もかもができてしまいそうな勢いのところに
物事は推移しているような気がする。

部屋のテレビはYouTubeは見れてしまうわ、
レストランやランドリーの込み具合までわかってしまうわ
そのそばに無料スマホはあるわ、というものに感嘆するばかりだった。

というわけで生涯初スマホを「ご自由にお使いください」とあったので
ここで手にとることになったものの、
それもまた言語設定を前提としていて外国人観光客に対応、
むしろそういった人たちの需要を見越して
ソフト面が整備されていること、
実際にそのような勢いで
札幌圏の観光を中心にした経済が組み立てられていることを
痛烈に感じるものがあった。

深夜帯なのでせっかく手にしたスマホでも
我が家に電話すると(寝ている時間帯)両親に怒られるだけだから
地図機能で辿ってきた道のりにおける
不明瞭な施設を照合させる作業に費やすだけだったとさ。

アプリはJR東日本のものがインストールされていた。
そりゃJR東日本のホテルだから。泊っているのは北海道札幌市。

というわけで札沼線で新十津川駅に向かうという
一大イベントを控えて翌日無事に起きれるのかだけが
不安なままに就寝するのだった。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:33| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月10日

急行バス夕張郡横断

夕張遠征編2020
2020年1月28日、清水沢三丁目の停留所から
下校の小学生でにぎわう夕張市石炭博物館行きの夕鉄バスに乗車して
16:09、夕鉄本社バスターミナルで降車。後続のバスへと乗り換える。
車道向こうがJR石勝線夕張支線と夕張鉄道の線路跡にあたる。
近接して2つの鉄道事業者が線路を敷設していた時代があった。
夕張遠征編2020
夕鉄本社バスターミナル外観。
いわずともがな夕張鉄道の本社の建物に待合所が併設されている。
旅行センターも兼ねておりそこから派生する貸し切りバスの運行も手掛けていて
夕張市のみならず近隣の学校でバスを必要とする場面には
こちらのバスの出番となることが多いようだ。
待合所はかつては売店もあったらしい。現在は自動販売機のみ。
夕張遠征編2020
夕鉄バスの路線図。
また懲りずに同じものを記録して何が面白いんだか、というくらいに
代わり映えしない路線系統を維持できるのが
自分としては望ましいのだけれども、
ところどころ廃止路線に伴い、白地で上貼りしている部分がある。

即ち、「清水沢駅前」からの「南部」までの路線だったり、
「沼ノ沢」からの「真谷地」であったり、
「新夕張駅前」からの「登川」「楓」だったりする部分。

どれもみんなバス路線は鉄道事業者の廃止を受けて設定していたもの。

これから乗車していくバスは急行バスというもので
南清水沢停留所を起点にして夕鉄バスターミナスから
新さっぽろ駅(停留所表記は平仮名)まで結ぶ。

由仁駅経由であるその急行便は平日は4本、土休日は3本の設定がある。
所要は約1時間40分ほど。ダイレクトアクセスが強み。
室蘭本線との接続は南清水沢停留所を起点にして夕鉄バスターミナスから
新さっぽろ駅(停留所表記は平仮名)まで結ぶ
由仁駅経由の急行便は平日は4本、土休日は3本の設定がある。
所要は約1時間40分ほど。ダイレクトアクセスが強み。

室蘭本線との接続は本数の兼ね合いもあるので
さほど考慮はなされていないものの
大谷地バスターミナルでは札幌市営地下鉄、
そして終点新さっぽろ駅でも千歳線と運行間隔の短い交通機関に
コンタクトをとっている。

平日は夕張市内7時台、9時台、14時台、16時台に便があり、
土休日は1本目と最終便が運休になり、12時台に1本加わる。

札幌市街からはこれらの折り返し運行となるため
9時台、13時台、16時台、18時台の設定。
土休日は18時台の設定がなく、9時台の便が少し前倒しになる。

別ルートで栗山駅、野幌駅を経由して
新さっぽろ駅まで結ぶ便も3本あり、
こちらが鉄道時代の運行系統を引き継いでいる。
新夕張駅を起点としているものの、
かつては南部(南大夕張)から運行していたものを
系統を組み替えて今日に至っている。
栗山高校の登下校に配慮した札幌市街からの区間便もある。

北海道中央バスと共同運行している札幌駅への高速バスは
夕鉄バスターミナルや清水沢地区に立ち寄らず
ホテルマウントレースイ、夕張本町地区へと結んでいる。
昨冬ちょこっと乗車しているように
一般バス路線の役割も帯びている。
夕張遠征編2020
16:35、夕張本町方面からの新夕張駅行き路線バスがやってきた。
急行便への接続に配慮したものだ。
これを受けて2番乗り場に出て行くと
16:39、急行・新さっぽろ駅行きハイデッカーバス登場。
これを迎え入れると夕張高の学生がお一人降車され、
代わって3人が乗車して車内乗客が入れ替わる。

16:42、夕鉄バスターミナルを出発。
いよいよ道道3号へと若菜交差点から左折して向かっていく。
夕張遠征編2020
「テニスコート前」と「文化センター前」を通り
前方に見えていた夕張トンネルに突入する。
やっとこのトンネルを潜る機会にありつけた。
夕張鉄道は平和運動公園の方から
三段スイッチバックで乗り越えていったらしい。
夕張遠征編2020
トンネル抜けると人家がなく山奥の中を黙々と進むことに。
鹿島鉄道で走っていたキハ714の故郷にあたるところながら
ここまで過酷な地理と気象条件下が主たる舞台だとは思わなかった。
左手にそびえる山に沿って道路は左にカーブを描き、
バスはそこから坂を下った後、今度は右へとカーブをしていくのを辿る。
対向車が極めて少ないことがさらに印象を強烈なものにさせていく。
夕張遠征編2020
ガソリンスタンドだった建物や廃屋があり
「峠下」に出て行き、左へとカーブしていくと
沿道にはビニールハウスやサイクリングの休憩所が見えてくる。
そこから右にカーブして「一線の沢」を経て
さらに左へ右へと蛇行して「富野」に出る。
夕張遠征編2020
自動販売機があったことにインパクトを受けるくらいに
荒涼としたところを進んでいくものの、
周囲は平地部も見受けられるように、
富野地区は100人くらいの人口を抱えていて
早朝に夕張中学校への通学便の設定がなされている。

「天理教前」から左にカーブして16:50、栗山町に入る。
北海道日本ハムファイターズの栗山英樹監督がお住まいの町なので
ご存知の方も多いと思われる。
稲作が行われていく地域になっていく。
小林酒造の「北の錦」というお酒も有名。
お酒ができる土地というのは
キレイなお水とそれに向いてるおコメが手配できるのが条件。

S字カーブを通りぬけて真っすぐ進んでいくと
「新二岐」停留所に出て、公衆トイレのそばを過ぎ、やがて右へとカーブ。
この付近が「新二岐駅」があったところで、
トイレの場所がまさにその間近であった名残。

雪原から沿道には岩崎建設工業や継立自動車工業があらわれ
JAそらち南の低温倉庫の先に継立郵便局が見えてくると「継立」の停留所へ。

林から坂を上がって共立建設を過ぎると
再び雪原を進んでいき、「旭台橋」から左にカーブして
しばらく真っすぐ走った後、やがてまた左へとカーブ描き
「夕張橋」の停留所に出てこれを左折する。
ここが由仁駅経由の急行便と栗山駅・野幌駅経由の分岐点。
立体交差事業2017年8月7日
由仁町へと入っていく。
我らが北総鉄道にふるさと納税の車内広告を掲出して頂いた
杉基イクラさんの出身地。ユンニの湯とかゆめっく館がある街。

夕張川を渡った急行便のこのバスはさらに道道3号を進み、
ヰセキ北海道やトヨタカローラを過ぎて由仁川を跨ぐ左にカーブして
セイコーマートのもとに向かい、
そば処井むらをあとにシャディにホクレンのガソリンスタンドを通り
ローソンの前を右折する。
そこから室蘭本線を跨いだ後、由仁郵便局へと向かい、
てるや小林菓子店のもとを右折して17:06、由仁駅に到着。
夕張遠征編2020
由仁駅の転回スペースに滑り込んで2分停車。
ここでお一人が乗車される。

引き返して由仁郵便局からゆめっく館へと進んで坂を上がった後、
右折して道道3号へと復帰してヤリキレナイ川を渡って山間部に進んでいく。
「緑豊苑入口」からさらに坂を上がって左へとカーブし、17:12、長沼町に入る。

長沼町に入ったところで坂を下り、左にカーブ描いた後、
真っすぐ延びる道路を走り、左へカーブして、今度は右にカーブ。
平地部を進んでいくとパーラーHABINが見えてきて
道道1008号との交差点を右折する。

あいチュらんどやセブンイレブンが街灯とともに沿道に。
うのふとんに㋚じんぎすかんを通り、
ホクレンのガソリンスタンドとJAながぬまのもとへ。
17:20、「中央長沼」着。お一人の乗車がある。
村さ来やピーコック不二家に北海道銀行を過ぎて長沼郵便局へと左折。

ローソンにエネオスのガソリンスタンド、ヰセキ北海道を過ぎて
セブンイレブンのもとから長沼南町二丁目2の交差点に出ると
市街の街明かりを出てまた真っ暗闇の中を進み、
長沼町運動広場を通っていき、やがて右へとカーブし、
しばらく真っすぐに延びる道路を辿り、
ローソンが見えてくるとこれを右折して国道274号に入って
「北広島東共栄」に至り共栄交差点を直進していく。
道路構造が格段にここから向上する。

なおも国道274号を進み、
イノベックスや共和コンクリートを過ぎ、ひた走るバスは
北海道リハビリーを経て坂を下って「上野幌駅通り」に向かっていく。
17:48にはどこかで見覚えのあるロケーションのその停留所に着き、
お一人が降車されて、程なく千歳線を潜り抜けて右にカーブ。
雪印種苗にツルハドラッグ、トヨペット、マックスバリューと沿道に続き、
星乃珈琲やCoCo壱番屋、新さっぽろ脳神経外科を過ぎて
「JRバス厚別営業所」を通過していく。
非常にモータリゼーションを前提とした市街ながら
これを補完するようにバスのネットワークも形成されている界隈だ。
夕張遠征編2020
営業所から右にカーブして道道3号に再度入って
やわらぎ斎場にリブウェルをはじめとしたマンションが並ぶ中、
厚別南中を通って馬場公園の先を左折する。
エネオスやイーグルタウンのもとからゲオの前に出てここを左折し、
CAPOを控えて18:00「大谷地バスターミナル」に到着。
札幌市営地下鉄との乗り換え停留所になるところながら
この日は降車されていく方はいらっしゃらず、
ここまで乗車された方は
いずれも新さっぽろ駅に向かうことが確定することに。

エネオスのガソリンスタンドへと引き返して県道3号から南郷通に入り
これを進んでいくとひばりヶ丘の駅舎出入口やコープさっぽろがあり
マンションの多さが際立つひばりヶ丘団地からサンピアザが見えてきて
羊ケ丘病院を左折し、サンピアザの足元へ。
夕張遠征編2020
アークホテルの足元にバスターミナルがあり、そちらに潜り込む。
18:10、「新さっぽろ駅」に至る。
階段を上がっていくとJR北海道新札幌駅のコンコース。
夕張遠征編2020
帰宅時間帯なので行き交う人々、列車待ちの人びとでせわしない印象も。
夕張遠征編2020
苗穂駅までの乗車券を買って改札へ。
新札幌駅は全ての特急列車、快速エアポートなど
優等列車がいずれも停車する駅で
改札上部に表示されている列車案内を見ても
非常に運行間隔が近接していることがわかる。
JR北海道管轄で4番目に乗降客数が多い。
夕張遠征編2020
18:17,735系6両編成小樽駅行きに乗車。
快速エアポートと違って日常の帰宅光景に近い車内。
少しばかり空席がある程度の込み具合。
やはり札幌中心部からの上り列車の方にヒトの流れが傾いている。

パーラータイヨーをあとに市街を進んで厚別川を渡り
札幌貨物ターミナルのもとへ向かい、函館本線と合流して
平和駅に滑り込み、道央道を潜り、北海道通運を過ぎると白石駅に着く。
札幌ゴルフセンターから
JR宿舎にアークスデリカセンター、長野病院、アイザワを通って
左へとカーブして菊水上町団地から豊平川を渡り
自衛隊の苗穂駐屯地とTC生コンの工場に続いて
マルハンが見えてきてヴェルビュ苗穂北3条通を過ぎると
18:28、新しくなった苗穂駅に到着。ここで下車。
夕張遠征編2020
しばらく来ない間に橋上駅舎構造の駅へと
その所在地を少しばかり移転して、
自由通路が構内を跨ぐものとなっている。
長く行われていた市街地再開発に伴う街づくり協議会が見据えていた
その未来が現実のものとなり、描かれていたものが
どのようになっているのか、というものを拝見していくことに。
もちろんその先に更なる未来が控えているから
あくまでも「通過点」であることに変わりはないのだろうけれども。

つづく



小林の名前のつくお店がところどころに出てくるけど僕とは無関係です。
よくある苗字だからね……。
posted by 小林 慶太 at 21:01| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月08日

清水沢の空白

夕張遠征編2020
2020年1月28日、旧・南清水沢駅周辺で整備されていた
拠点複合施設りすたを見物した後、
旧・石勝線夕張支線と並走する国道452号を北上していく。

コンパクト化が進められている中でも
人口を抱えていることを物語るように
ホーマックニコットやA-Coopが沿道に立地している界隈から
陽光団地のそばを通って
旧・石勝線夕張支線の第8志幌加別川橋梁を横目に第二志幌橋を渡る。

この橋梁はJR北海道が旧・石勝線夕張支線廃止に際して
施設の老朽化が顕著なものの一つとして例示したもので
大正7年に架橋しており、
一世紀以上にわたって往還を成してきた銅桁3連の橋。
鋼材の腐食が見受けられることが指摘され、
その銅桁を交換したりする工事に9000万円くらいかかることを
当時の段階で提示されていた。

この橋梁と稚南部トンネルの補強工事(6億5000万円)を行うことを断念して
廃止を受け入れたことで
夕張市は持続可能な交通体系を構築する費用である
7億5000万円をJR北海道から拠出してもらい、
新夕張駅のシェルターの改良や
拠点複合施設りすたなどの整備といったものに充てている。

列車は走らないので線路跡と同じく
ガーター橋には雪が降り積もったまま。
撤去するのにもおカネがかかる。
夕張遠征編2020
道道38号との交差点を左折して
引き続き国道457号をなぞり、線路跡を跨いで清水沢宮前町の交差点へ。
セイコーマートや夕張消防署がそばに位置しており、
ここから左折して線路跡沿いに進んでいけば
清水沢生活館や公衆トイレ、駐車場がその間に立地し
一方、道路右手には商店が並び、旧・清水沢駅の前に着く。

旧・清水沢の駅は廃止されたものの、
道路向かいの食堂は引き続き「駅前食堂」を名乗っている。
こういうところに鉄道施設と別に
そういったものがあった名残を
後世に伝えていくことになるのかもしれない。

シャッターが閉じている隣接する店舗と合わせて
かつては旅館だったことが剥がれた文字の形跡から伺える。

清水沢炭鉱で非常に賑わった上に
大夕張方面への接続を果たしていた時代もあっただけに
行き交う人々を受け入れるだけのキャパシティを
かつては必要としていた。

同時にあまりに大きなそういうものが失われるのとともに
補う術を持ち得ない以上、
その落差が市街に大きく影を落としたのも確かなようだ。
夕張遠征編2020
ちょうど清水沢駅に降り立ったのは10年前のこと。
昨年は列車から通り過ぎるばかりだった。

旧・清水沢駅駅舎を撮影したところ。
当時は有人駅だったものが廃線時は無人駅として迎えている。
駅名表記が剥がされ、
変遷を物語るようなガランとした感覚は
旧・南清水沢駅よりも遙かに強いものがあった。

ゆうばり小のスクールバスがちょうど小休止していて
真谷地方面に向かう車両であることがわかり
夕鉄バスの路線バスが補完している地域は
一般の路線バスでの登下校がなされ、
それがない地域には別途然るべき措置を講じていることが伺われた。
実数値としてどれくらいの児童の方が
こういった交通機関を必要とする状況で登下校をされているのか
加えてその距離というものを実感できるものではなかったけれども。
夕張遠征編2020
大夕張炭鉱へと結ぶ大夕張鉄道との結節点となっており
かつては貨物の取扱量も想像を超える規模であったことを物語るように
雪で埋もれているとはいえ非常に広いもので
道道38号側と駅構内が市街を分離しているため跨線橋が架かっている。
夕張遠征編2020
跨線橋から旧・清水沢駅駅舎とホーム並びに構内を撮影したところ。
JR北海道の旅客駅としては1面1線構造ながら
ホームと駅舎との間には留置線と大夕張鉄道のホームが
かつてはあったそうで、持て余している空間は
そちらばかりではなく旅客ホームにまで及ぶようになってしまった。
ヒトの出入りのない非常に広い空間が残されている。
夕張遠征編2020
線路跡を旧・夕張駅方面へと見ている一コマになる。
つい1年前までは列車が来る光景だったものが
もう二度とやって来ないものへ。

遠い昔話だと思っているような大夕張鉄道に続いて
石勝線夕張支線もまた過去のもとになり
歳月の経過とともに
同じような感覚を抱く時代が必ずやってくるのだろう。

さて、足尾銅山といえば古河機械金属が、
神岡鉱山は神岡鉱業(三井金属)、
小坂鉱山はDOWAホールディングス、というように
鉱山閉山後も工場をはじめとした事業を
せざるを得ない側面を抱えつつも、その土地で展開しているのに対して
夕張の石炭産業を推し進めてきた企業には
そういうものが見受けられない。
工業団地はあれども、そこに立地する企業の中にその名前はない。

北炭は会社更生法の適応を受けている。
大夕張の開発を推し進めていた三菱系列においても
そういうものを思わせるものを目にすることはなかった。

だからといって決して無縁なのか、というわけではなく
「三菱マテリアル社有地」の看板が立っている空き地もあり、
そういったところに皆無ではない影響が
今もなおそこに持ち得ていることことを垣間見ることになった。
夕張遠征編2020
「清水沢3丁目」停留所(旧・清水沢駅代替停留所)で
夕張市石炭博物館行きの夕鉄バスを待っていると
15:59、バスがこちらにやってくる。

ゆうばり小の児童でごった返していて、非常に賑やかな車内となっていた。
下校風景にお目にかかることができた。
公共交通機関を児童への安全・防犯面に配慮して登下校の手段にすることなく
スクールバスを独自に、というところが多い中で
登下校に路線バスを選んでいる、選ぶようにしている、というのは
非常にありがたいものが第三者としてもある。

バスは「清水沢2丁目」から左へとカーブして交差点に出て
道道38号に合流し、志幌加別川に沿って「葬斎苑前」を通り
蛇行して洞門を潜り、山林を進んで志幌加別川を渡った後、坂を上がる。
淡々と進んでいって「温泉橋」「虹ヶ丘」を通り、
左へとカーブ描いて平和運動公園のそばから
平和改良住宅へと向かい、「黄色いハンカチ広場」を過ぎると
沿道には民家が続き「若菜市街」を経て、
16:09、「夕鉄バスターミナル」に到着。ここで乗り換えるべく降車。

乗り継ぎ目的で降りる人だけだと思いきや
こちらで同様に降りていく児童の姿があった。
おまけに保護者の方が駅や停留所に迎えに来たりする場面も
そう少なくない時代でありながら
それぞれ個々人で家に帰っていくというのも
自分の時代はそれが普通であったのだけれども、意外な印象を受けた。

posted by 小林 慶太 at 23:41| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月07日

りすた前夜

夕張遠征編2020
2020年1月28日、14:16、「夕張神社」停留所で
夕張市石炭博物館からやってきた夕鉄バス「新夕張駅行き」に乗車。
ここから自分を含めた2人がバスに乗り込み、
バスは夕張市立診療所に向かっていく。

病院帰りの方の乗車があり得ると思っていたものの、
バスは淡々とそちらの停留所を通り抜けて
栄団地から「ホテルシューパロ前」へ出る。
そこから夕張本町郵便局に進み、坂を下り商工会議所や北酒販をそばに
「本町四丁目・夕張市役所」でお一人が乗車される。
改良住宅と旧・夕張小を過ぎて待合所が設けられている「本町六丁目」に向かい
坂を上がって右にカーブし、セイコーマートの前に出た後
左折して道道38号に入り、エネオスのガソリンスタンドのそばから
ホテルマウントレースイを前にしたロータリーに着く。

旧・夕張駅の代替停留所のこちらでスキーヤーの方々6人の乗車があり、
屋台村を通って「夕張郵便局」でもお一人の乗車があった。
山光堂時計とみのわ歯科を過ぎ「末広一丁目」に至るとお一人が下車。
末広改良住宅とマイショップおおたを左にカーブして坂を下ると
「鹿ノ谷一丁目」。そばには旧・鹿ノ谷浴場がある。
そこから「鹿ノ谷郵便局」を経て
道営住宅の先を右へとカーブし「鹿ノ谷三丁目」を通り
夕張支線の線路跡とともに坂を下り「ときわ入口」へ。
ここでもお一人が下車され、
こまめな停留所設定があることで非定期需要とはいえ、
各地域内に移動にバスを選択肢て下さる方がいらっしゃる。

夕張第一交通と加賀谷商会を過ぎて
14:27、夕鉄バスターミナル3番乗り場に着き、
ここでもお一人が下車をされる。
スキーヤーと自分を除くと本町周辺からのバスを利用された方は
こちらで一通り降車されたことになる。

県道に復帰して「若菜九番地」に向かい
沿道に建物が並びこすげ薬局のそばから「若菜市街」停留所に出て
小倉屋をあとに左へとカーブし、
柳原技研と平和公園から坂を下って右にカーブ。
山間部を進んで「虹ヶ丘」や「温泉橋」といった停留所を通過して
洞門を潜り抜けて今度は左にカーブして「葬斎苑前」に至り、その先を左折。
道なりに進んでいくと民家が並んで来て「清水沢三丁目」に着く。
ここが旧・清水沢駅の代替停留所。3人の下車があった。

駅前食堂にセイコーマートを通って
清水沢郵便局や夕張市役所南支所に立ち寄り、左へとカーブ。
坂を下って夕張川を渡り、右にカーブして「ゆうばり小」へ。
ゆうばり小の小学生4人が乗車された。
スクールバスが一通り登下校の交通手段を引き受けていると思っていただけに
少しばかり意外な印象を受けた。

改良住宅のもとからコープさっぽろ「清陵町」に向かっていき、
坂を下って清陵橋で夕張川を渡り、
共成レンテムをそばに「工業団地入口」から道道1008号に入る。
アーバンコート南清水沢を過ぎて「清水沢四丁目」のアナウンスがあり
即座に降車ボタンを押して14:48、「清水沢四丁目」で下車をした。
夕張遠征編2020
降り立った「清水沢四丁目」停留所が
石勝線夕張支線の廃止に際して
夕張市にこちらに整備を進めていた拠点複合施設「りすた」の最寄りになる。

多目的ホールや図書コーナー、そしてバスターミナルを兼ね揃えた施設で
敷地内はまだ立入禁止ながらまもなくの供用を控えたところだった。

JR北海道は石勝線夕張支線の廃止に際して合意してもらうために
この施設に必要となる鉄道用地を夕張市に一部譲渡することを呑んでいる。
「りすた」の建設費が12億円で、
交通体系の再構築にもJR北海道は7億5000万円を捻出していることもあり
そういうものがコンパクトな街づくりを体現させていくことを
後押しすることになった。

国道452号にコンタクトをとるために線路跡を跨ぐ必要があるので
この土地を夕張市が譲渡を受けたものと思われる。

図書コーナーは財政破綻の際に廃止された図書館の機能が
保健福祉センターにあったから。これが引っ越す事になる。
夕張遠征編2020
バスで辿ってきたゆうばり小や清陵町の市営住宅を見ているところ。
旧・南清水沢駅を中心にした南清水沢地区には人口が約1400人、
清陵町には約450人ほど、そして旧・清水沢駅周辺の300人と
これら周辺の清水沢地区には約2900人の人口が集まっており
小学校や中学校をはじめ、公共施設を集約して
ここに都市拠点を置いて南北に都市骨格軸を図っている。
夕張遠征編2020
こちらが旧・南清水沢駅構内の様子。
一面一線の駅構造でヒトの出入りがある場所ではなくなってしまっているので
間近に眺めていてもやはり随分と遠くのセカイをみているような
そんな感覚に陥る部分は否めないものかもしれない。
夕張遠征編2020
スーパーフレッシュを奥に控えて
本来であれば道路を横切っていた踏切は
既に軌道も撤去されており、
線路敷地とはこちらも柵で隔てられている。
夕張遠征編2020
国道452号側から見ている旧・南清水沢駅駅舎。
駅舎壁面から駅名表記が剥がされている。
公衆電話は雪の前に出入りができない状況にあったものの
鉄道駅廃止後も機能できる状態にあるのだろうか……。
夕張遠征編2020
これも国道452号に出て眺めている「りすた」の様子。
道路工事が行われていたので車道越しに見ているところで
先ほども触れているように
国道から敷地内に入るのには線路跡を跨ぐ必要があるので
これを用地譲渡によって解消するのとともに
進入しやすい道路構造を実現しているようだ。
夕張遠征編2020
「りすた」へと役割を移すことになると思われる
「中学校前」停留所をそばにした❝バス待ちスポット❞。
平日は12:00〜19:30まで、
つまり新夕張駅行きの最終便が出る直後まで
その利用が可能になっている待合所。

建物自体はシンプルなプレハブながら
維持運営は夕張高の方々がこれをプロデュースされている。

所詮愛好家の好奇心の次元で見ている話なので
たかが知れている程度の踏み込んだ観点しかない身にとっては
非常に奥行きのない見物に留まってしまうのだった。
機能面では明らかに「りすた」の方が立派で
より充実しているのだけれども
このような試みができる、託すことができることの方が
遥かに地味でありながらも夕張市や高校生の
底力を垣間見た気がする。
少なくともターミナルはおカネがあれば
うちの街でもできる。
これは真似ようとしても簡単なことじゃない。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月04日

バス転換後の夕張

夕張遠征編2020
2020年1月28日、「沼ノ沢」停留所から夕張市石炭博物館行き夕鉄バスに乗車。
先客はお二人ほどいらっしゃり、そちらにもう一人の男性とともに車内へ。

石勝線夕張支線は2019年3月の臨時ダイヤ以前の段階で
新夕張駅〜夕張駅間には1日に5本の普通列車が設定されていた。

この路線廃止を受けて代替バスを運行する夕鉄バスは
平日基準で1日7本の便を設定し、
夕鉄本社バスターミナルから新夕張駅、夕張市石炭博物館へと
それぞれに区間運行便もあり、
旧来からの新札幌駅行きを含めると移動手段の選択肢は格段に増えている。

増発した時間帯はデータイムに比率を置き、
最終便の時間を新夕張駅基準では鉄道時代よりも引き延ばし、
一方で夕張市街からの便は前倒しするようになった。

線路跡向こうにマルハニチロの工場がそびえる中、
国道452号を進むバスはJA夕張市の先で坂を下っていく。
左に見えてくるのは骨のみながらビニールハウス。栽培するのはメロン。
夕張遠征編2020
豊田橋を渡って二部会館を前に坂を上がっていくとその停留所があり、
夕張ツムラの工場の先で夕張川を清沼橋で渡る。
右へとカーブして坂を上がり、「熊ノ沢」を経て清水沢工業団地入口に出る。

そして夕張高校が見えてくるとバスめがけて生徒が走ってきて
「夕張高校」停留所でその高校生をはじめとした3人が乗車され、
お一人が下車をされた。
非常に劇的なものを見たような気がした。

ともあれ鉄道時代と含めて沿線で定期利用をされているであろう方に
ここでお目にかかることになった。
夕張高校は生徒数65人規模の学校。
こうやって高校生の方が日々利用されていてありがたいなあと。

セイコーマートを過ぎたところにバス待ちスポットがあり、
ホーマックニコットを前にした「中学校前」では
こちらからの買い物帰りと思われるお二人が乗車される。

交差点を右折して「南清水沢」に向かうと
こちらでもお二人の乗車があり、
スーパーフレッシュの先で坂を下り、道道1008号へと右折する。
夕張遠征編2020
南清水沢郵便局や清水沢診療所を通りビジネスホテル夕張のそばへ。
ここが「南清水沢4丁目」停留所で、次の交差点を左折して
夕張友酉市場から「工業団地入口」に向かい、
林を左にカーブして坂を下ると清陵団地があらわれ
「清陵町」に至る。
Coopさっぽろを前にしたこちらでお二人が下車をされる。
乗車過程から鑑みて買い物目的と思われた。

減少に拍車がかからない状況下においても
人口の集約化を図っている地域を商圏にしている。
夕張遠征編2020
そして坂を下って右にカーブを描いてゆうばり小の前にまわり込む。
200人ほどの規模の小学校。
平日、この時間帯となると昇降口の間近までバスがやってきても
そこに降りる人も待っている人もないまま。

清水沢橋から右にカーブしてパーラーHABINのもとへ。
ここで宮前町交差点を左折して
ろうきんと夕張市役所南支所、清水沢郵便局、加えて夕張消防署を過ぎ
「清水沢3丁目」に出て、ここで2人が乗車された。

続いて佐々木電器の前から「清水沢2丁目」に向かい、
市街を進んで清水沢交番の先で志幌加別川を渡り、
道道38号に合流し右へとカーブしつつ「葬斎苑前」を通り
山間部を走っていく。

洞門を潜って左にカーブ描いた後、今度は右にカーブ。
温泉橋から「虹ヶ丘」を経て、平和運動公園の脇を進み、
そこから柳原技研のもと、平和団地に出て
「黄色いハンカチ思い出広場」停留所の先に民家が並び
やがて若菜交番や若菜郵便局をそばに「若菜市街」を通り右にカーブ。

12:22夕鉄本社バスターミナルに到着。2人がバスを待っていた。
加賀谷商店の先に若菜交差点。県道3号との分岐点。
そのまま直進し、夕張第一交通を通り「ときわ入口」から坂を上がる。
右へとカーブして「鹿ノ谷3丁目」に向かい、
そこから左へとカーブしていくと鹿ノ谷3丁目道営住宅が見えてきて
また右にカーブして「鹿ノ谷郵便局」のもとへ。
夕張遠征編2020
道路のそばに鹿ノ谷郵便局が位置しているので
停留所は「鹿ノ谷郵便局」となっているものの、
交差点の奥には旧・鹿ノ谷駅駅舎が見えるように
そちらの駅の代替停留所を兼ねている。

今度は坂を下って「鹿ノ谷1丁目」に向かい
坂を上がっていくと改良住宅がそびえ立ち
「末広一丁目」で一人が下車をされていく。
山光堂時計店を通り「夕張郵便局」の停留所でも一人が下車がある。
鉄道ではできないきめ細やかな停留所設定が
こういった降車を可能にしている。
夕張遠征編2020
ビストロ張元とゆうばり屋台村の脇を通っていくと
ドカンと大きなホテルがそびえ立ち
12:28「レースイリゾート前」に到着。
高校生の方とともどもこちらで下車をした。

冷水山に広がるゲレンデをそばにした
総合型リゾートホテル、レースイリゾート。
夕張リゾートのシンボル的な施設の一つ。

やっぱりスキーシーズンにしっかりとスキーヤーの来訪があり
そこで飲食をしてもらい、スキーを楽しんでもらうことが
その地域経済の循環につながっていく。

ホテルは京都桂高校の方々が
ほぼ貸し切りというようなカタチでいらっしゃっており
こういった団体利用の方がサイクルを描いて目的地に描いてくれると
一定水準のレベルで動くものを動かせることになる。

かつては夕鉄バスが新千歳空港からスキー場へと
シャトルバスを設定したものを
ホテル自らが宿泊者専用の予約制で設定して
アクセスの便を確保して集客を図っている。
鉄道廃止後もその姿勢は変わっていなかった。

いずれも果たせないと「今日ありき」で成り立たせていたものが
それが組み立てられなくなり、落差が一気に街を襲うことになる。
歯止めをかけるように努力しているものに対して、タガが外れてしまう。
過去とはいえ、
隆盛を極めていた産業が存在していたものを前提にしたインフラから
転換を図って観光へと舵取りをしているというのは
この街に限ったものではない。
夕張遠征編2020
巨大なホテルマウントレースイを前にすると
その規模が随分と小さく見えてしまう旧・夕張駅駅舎。
観光案内センターが入っているので
健在でありながらも休業中となっていた。
それとともにカフェ・スウィーツ和が入居しており
こちらは営業中で、その役割を一部受け持っていた。
夕張遠征編2020
JR北海道の方が列車運行に際して
もう屋根に上って雪をかいたりするする必要がない旧・夕張駅ホーム。
随分と至近距離にあるのに遠い世界を眺めているような感覚に駆られる。
駅名標や表示板がなくなりながらも
柵のもとには「夕張の鉄路にありがとう」の横断幕が今も掲げてあった。
夕張遠征編2020
旧・夕張駅の隣に位置するゆうばり屋台村。
入居する個々のテナントで営業日や時間帯に裁量がありながらも
お昼どきということもあり、
営業をされているお店に囲まれたテーブルには
相応の方々がいらっしゃった。

カレーそばや夕張ラーメンといった地元グルメに、
お寿司屋さんなど4店舗からなる顔ぶれ。
晩ごはんの時間帯も営業はしている。
宿泊を伴う観光をスキーは前提にしていると思われるけれども
ピークはお昼なのかもしれない。
何分にも来る機会も時間帯も限られた中での話。

どこかの街は11万人の人口を抱えていても
こういうものを企画しても維持ができない構造にあるというのは
その街に関わるヒトのライフサイクルや購買傾向などの
それぞれの特異性を鑑みると必然的なモノともいえる。
優劣をつけるというものではない。
夕張遠征編2020
冷水山の麓へとリフトが延びるレースイリゾートスキー場を見ているところ。
駐車場には北海道内からも江別市のとわの森三愛高をはじめとした
ハイデッカーバスが相次いでやってきていた。

こういった学校行事としてのレジャーの目的地の一つになっていて
そこから派生する経済やサイクルによって成り立っているモノへの
規模や影響力というのも強ち看過できるものではないと思われる。

補うだけのものを限られた人口の中で導き出すのは
並大抵なものではなく不可能に等しい。
そういうところで享受しているものがあったり
成り立っているものがあったり、成り立たせているものがあったりする。
非常に無自覚なものも多いわけで。
夕張遠征編2020
ホテルマウントレースイのしゃぶしゃぶ雪華を前にしたところには
ゆうばり小のスクールバスが止まっていた。
もちろんスキーの授業はここでも行われるという。
登下校に用いられるバスと授業の移動に関わるバスは
それぞれに違うようで、目にしているのは後者のもの。
道新ぶんぶんクラブのロゴが入っていた。
夕張遠征編2020
セイコーマートのもとを右折して坂を下っていくと
小高いところに延びる道道38号を背後に
本町の改良住宅が相次いでそびえ立っている。
こちらの地区は3階建てが中心となっている集合住宅。

夕張市の住宅戸数は半分近くが集合住宅の形態をとっていて
その背景には炭鉱を中心にした働く人々が生活していた
鉱山住宅に突き当たる。
夕張遠征編2020
本町地区に位置していた学校が旧・夕張中学校。
市の物品庫として活用されているらしいとはいえ
恒常的にヒトの出入りする場所ではなくなってから
もうまもなく15年の歳月が経過しようとしている。
本町と末広の地区の人口としては800人くらいを抱えるとはいえ
そういう人口構造にある中で学校統合を行い今日がある。

現在の南清水沢地区にある夕張中学校は
清水沢中学校へと幌南、千代田、緑陽のそれぞれの中学校を統合したもの。
夕張遠征編2020
廃校となっている中学校を前にしたところには
「本町6丁目」の停留所が位置しており
そちらには新たにバス待合所が新設された。

税金や市内の会社からの寄付でつくられたものなので
大切に使うように呼びかけがなされていて、
ホウキとスコップが備え付けられている。

汚れに気付いたらホウキで掃除を、
入口の雪もスコップで除雪をそれぞれにしてもらうことを意図しており
「中が込みあうときはお年寄りや低学年の人に席を譲りましょう」と
文言にあるので小学生中高学年向けに
それら施設に対する意識を呼びかけをしていることが伺える。
夕張遠征編2020
カフェらぷらすや再生市民会議、工房などが入居している旧・夕張小。
1983年に2つの小学校が統合されてこの名前に。
遡ると通学域には5つの小学校があった時代が存在したという
そんな人口集中と急激な産業転換に伴う減小並びに
同時並行して進んでいた少子化の構造を非常に示している。
夕張遠征編2020
旧・夕張本町駅と合築だった夕張市民会館。
入り口や駐車場にあたる部分が
鉄道駅時代は駅前広場にあたった。
1960年代の建築で老朽化に伴い使用停止完全閉館となりながらも
その姿をなおも留めた状態にある。
本来であれば解体していくことになるものに対して
閉館後5年を経過しようという段階になって着手に至っておらず
費用の捻出をするのも難儀な状態のようだ。

公共施設の集約化をはじめ現在を暮らしていく上での拠点整備を
やはり優先していく以上、止むを得ないものがある。
つくるのにもおカネがかかるし、壊すのもおカネがかかるし
使うために維持をするのにもおカネがかかる。
夕張遠征編2020
この裏手にあたるところにかつてはホームがあったといわれる。
鉄道の旅客駅としては1面1線のシンプルな終着駅でありつつも
今日の夕張市役所が建っているの一部敷地まで
貨物を引き受ける構内となっていたらしい。
そういう土地利用が市役所の立地の背景に存在していた。
夕張遠征編2020
夕張市民会館に隣接しているのが夕張市役所。
代名詞の黄色いハンカチに集約された応援メッセージは
引き続き館内で大切に飾られていた。
夕張遠征編2020
その足元にあたる一画、
館内には夕張高の学校だより「人生の牧場」が掲出されている。
見学旅行に取り上げられたもので
校長先生が薬師寺で山口県から観光にいらした方とお話をされて
夕張のイメージが「メロン」と「財政破綻」であったことを受け、
こちらにおいて
「夕張は元気です 夕張高校で次代を担う若者が確実に育っています」と
もっと情報発信をしなければならないのを
痛感されたことを述べていらっしゃる。

学校だよりなので紙面構成はひな壇みないな下地をもとに
トピックを盛り込んでおり
ここで学校運営協議会を行っていることも触れられている。

当たり前の地域に高校がある時代では既になくなっていて
地元進学率の高さと、他地域に通うことが地理的に難しい状況下で
現在の高校が存在しており、
北海道は基本的に1学年で3クラス以下の学校が再編の対象になり
加えて1学年の生徒数が20人を切ると
さらにその可能性が浮上するところにあり、
高校の存廃は人口の流出や将来の街づくりにも
大きくかかわってくるので
県立高校でありながらも自治体をはじめ
多くの人々が積極的に関心をもたれたり、意識する存在になっている。

2019年の1年生は20人だとか。
「(他人の)子育てに(も)やさしい社会を望む!」というヒトは
こういう課題にも常に肌身で感じるものがあるはず。

この人間は公共交通の観点で見据えている程度という
非常の浅い次元での事象分析に過ぎない。
夕張遠征編2020
夕張は各地区ともに山間部に集落が営まれていた中で
鉱山施設をはじめとした働く場所は低地にあり、
それに従事する人々は山の上に集合住宅で暮らすという
そんな土地利用の上で成り立っていたといわれる。
「夕張 食う(苦る)ばり 坂ばかり」が象徴している文言だとか。
映画看板の多いキネマ街道からの一コマ。
夕張遠征編2020
本町一丁目団地から夕張市立診療所に向かっていき、
すみぞめ橋を渡って花と緑の公園を過ぎると
左手に鎮座しているのが夕張神社だ。

夕張市で一番古い神社にあたり、
出雲大社と大山祇神社の分祀で創建されたという。

鳥居のもとから山へと延びる参道は
積雪に加えて三角コーンで閉鎖されていた。
夕張遠征編2020
この辺のぽっかりとした雪に埋もれた空間が
初代・夕張駅の貨物輸送を担った構内にあたり、
夕張炭鉱の隆盛とその転換に伴うギャップを物語っている。
夕張遠征編2020
花畑牧場はこちらに夕張工場を立地している。
そういった土地が確保できる背景にも鉱山の歴史というのは
決して無関係なものではないのかもしれない。

生キャラメルは中札内村でつくっていて
ホエー豚の加工をこちらで行っているらしい。
冬期は直売店は休業中。
夕張遠征編2020
石炭博物館へと回送バスが走っていくのを見送り、
そのバスが折り返して新夕張駅行きとなってやってきたところで
14:16、「夕張神社」停留所から乗車をしていく。
かつては「石炭の歴史村」「社光」「花畑牧場」という停留所が
この近辺に設定されていたものを
石勝線夕張支線のバス転換とともに
「夕張市石炭博物館」「夕張神社」の停留所へと改変している。
さほど不自由さは思わなかった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 21:49| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月29日

沼ノ沢 2つの学校

夕張遠征編2020
2020年1月28日、夕鉄バスで旧・沼ノ沢駅で営業を行っている
レストランおーやまに昨年に続いてハンバーグをお昼に食べるべくやってきた。
あいにくこの日は定休日でそれが叶わず、
後続のバスを待つまでの時間を
こちらの集落での行動範囲を広げることにした。

旧・沼ノ沢駅のホームを見ているところ。
雪が降り積もっている上に待合所部分の駅舎とともに立入禁止となっていて
至近距離にありながらも随分と遠い世界になってしまった印象を受けた。

昨年は普通にここに列車でやってきて、
ホームに降り立って、というものができたものが
今や果たす事どころか足を踏み入れるのもできないところにある。

沼ノ沢地区は今日では700人規模の集落。
夕張遠征編2020
少しばかりバスでやってきた国道452号をさかのぼって
線路跡、つまり踏切だったところへと延びる道路から
旧・沼ノ沢駅構内へと撮影。

一面一線の駅構造ながら真谷地炭鉱への貨物線が延びていたのを
引き受ける役割を持っていたので
構内はこれに対応した規模を持っており、
旅客と貨物が分離するように選炭施設が近接していたらしい。

石川鉄工所と昭協エンジリアリングが今日は立地している。
夕張遠征編2020
踏切で線路跡と交差する道路は道道750号で
マヤチ川に沿って延び、上流部に真谷地炭鉱がかつては存在していたという。

沼ノ沢橋からマヤチ川を上流部へと見ているところ。

貨物線は今日の道道と辿る経路を異にしていたようで
大量輸送を必要とするだけの石炭の産出があったことや
道路状況も随分と脆弱なものだったと推測される。

現在の真谷地地区には140人ほどの方が暮らしていらっしゃり
世帯構成人員は2を割り込んでいる状況。

小学校もかつてはあったことが道の駅夕張メロードの展示で紹介されていた。
夕鉄バスも路線網をそちらへと延ばしていたものを2017年に廃止している。
5kmほどの道のり。
夕張遠征編2020
夕鉄バスの停留所は「沼ノ沢駅前」から石勝線夕張支線廃止に伴い
「沼ノ沢」に名称変更がなされたものの、
旧・駅舎を前にした交差点は引き続き「沼ノ沢駅前」を称していた。
ホクレンのガソリンスタンドを奥に控えて
手前にはかつてA−Coopだった建物が位置している。
人口と購買力の変遷を物語っていて、
これを覆すというのは物理的に困難なことに等しいものかもしれない。
夕張遠征編2020
沼ノ端地区を構成する市営住宅は低層で
4〜5戸で1棟を形成しておりそれぞれに煙突を持った構造。
夕張遠征編2020
往時はそういった住宅地で営まれていた家庭の
子どもたちが通っていた学校が
現在の沼ノ沢郵便局となっている建物で旧・緑小学校。

雪に埋もれかけているけれどもしっかりとその名前は残されているし
昇降口だった郵便局の入口にも校章が残されている。
郵便局前のポストにはメロンがのっかっている。もちろんオブジェだ。
夕張遠征編2020
栗山警察署沼ノ沢駐在所の背後にも
また別の学校の校舎と体育館がそびえ立っている。
旧・緑陽中学校だったもの。

真谷地地区にもあった中学校と登川地区の中学校も統合している学校も
既に過去のものへとなってしまっていた。
校舎自体はNPO法人のあ・りーさだの杜というところが
こちらを拠点に活動しているので
丸っきり人の出入りのしない場所ではない事には
少なからず安堵するものがあった。
夕張遠征編2020
集落に鎮座している沼ノ沢神社。
鳥居は大正15年に建てられたものだった。
夕張遠征編2020
線路跡とともに国道452号を歩いていく。
向かいにそびえるのはマルハニチロの工場だ。
冷凍食品をここでつくっているらしい。
工場を立地するための土地に目途が立っている背景を遡ると
やはり突き当たる存在というのを思わないことはない。
夕張遠征編2020
新鉱橋から石勝線夕張支線線路跡を旧・沼ノ沢駅方面へと撮影。
線路と枕木が雪に埋もれて浮かび上がっているように見える。
まぁ、そういう風に見えるばかりで
実際にあるのかどうかというのはこの状況では確かめる術はない。
左に見えるのが先ほども触れているマルハニチロの工場。
夕張遠征編2020
こちらが旧・南清水沢駅方面を見ているところになる。
新鉱橋は1980年に架けられた橋だった。
夕張遠征編2020
夕鉄バスの「沼ノ沢」停留所は
旧・JA夕張市だった建物の前に設置されている一方、
今日のJA夕張市は国道452号をそちらから少しばかり北に移設させており
敷地内には夕張メロンドームなる施設を有していた。
開館は夏期を中心としたもので、
外観や窓ガラス越しに内部を伺うばかりだった。
夕張遠征編2020
11:54、「沼ノ沢」停留所から再び夕鉄バスに乗車していく。
先客はお二人ほどいらっしゃった。

つづく
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2020年02月27日

石炭とメロンとダムと

夕張遠征編2020
2020年1月28日、石勝線「スーパーおおぞら3号」で新夕張駅にやってきた。
夕張市の紅葉谷地区にある駅だ。
人口8000人弱の人口を抱える夕張市の中で
紅葉谷地区は約600世帯1000人ほどの人口を抱えている。

ここから夕鉄バスに乗り換えて沼ノ沢・清水沢・本町といった
かつての夕張支線沿線に向かっていく。

鉄道とバスの接続に考慮してなのか、
乗り換え時間に余裕を持たせている事になったことから
ピンポイントで列車の窓の外から見るばかりだった
道の駅夕張メロードにやっと、ようやく、とうとう立ち寄ることができた。
夕張遠征編2020
旧・紅葉山駅の駅名表示板が残されているロータリーから
階段を下りてすぐのところにあるのが道の駅夕張メロード。

A-Coop紅葉山店に道の駅の機能を持たせたものなので
店舗外観は刷新されているとはいえ、
やはりスーパーマーケットを思わせる風貌はそのまま。
引き続きA-Coopの店舗としても営業をしている。
10:00〜19:00まで。

道の駅の機能である休憩機能や情報発信、地域の連携機能を
スーパーマーケットの空間に取り込んでいる。
24時間利用可能な駐車場や公衆電話は既にスーパーマーケットの時代から
そういうものありきで兼ね揃えていたものが下地になっていて
コストダウンを図った中で立ち上げがなされた施設。

トイレは胆振東部地震の際に損傷してしまったようで
新夕張駅を利用するように案内がなされていた。
復旧をさせていくのにもコストが生じるので
至近距離にある施設と融通をつけながら
利用者としても周囲を一体的に見ていく必要があるのだと思う。
さほど不自由さは感じる距離ではないはず。
夕張遠征編2020
夕張市内のA-Coopは各地区にあったものが
人口の減少に伴う購買力の変遷とともに
清水沢とここ紅葉谷の2店舗に集約される格好になっているので
売り場面積と消費者の購買水準のギャップによって生じたスペースを
苦渋の部分もあるのかもしれないけれども
非常に効率よく道の駅の機能に廻すことによって
スーパーマーケットと道の駅の施設という
2つの顔を兼ね揃えるようにさせているようだった。
夕張遠征編2020
情報発信をするという点では夕張市の顔を紹介しており
石炭、メロン、シューパロダムというものを中心に
展示スペースが構成されていた。

代名詞的な映画の「幸福の黄色いハンカチ」を彷彿させる
黄色いハンカチの装飾とともに
石炭輸送に絶大な貢献をした鉄道施設にまつわる展示品が
所狭しと集約されており、
路線バスが廃止されてなかなか徒歩と公共交通でコンタクトをとるのが
非常に厳しいものとなった三菱大夕張鉄道に関わる史料も
ここで目にすることができるようになっている。

国鉄夕張線時代のものからJR北海道夕張支線の廃止に至るまで。
交通網は石炭を中心とした貨物輸送と
それに従事するために各地区に住んでいる人々の暮らしぶりや
産業としての国家からの位置づけを色濃く示していた。
同時にその変遷というものも。

そういうところで
「夕張の鉄路にありがとう」という松本零士さんのポスターも
その歴史を物語る史料になるところまで物事は推移している。

夕張支線の最後の列車を「見送ろう」と思い立たれたのも
他ならない「幸福の黄色いハンカチ」だった。
夕張遠征編2020
夕張市の人びとの暮らしは石炭産業に因るところが大きかったので
抱えていた人口とそれに伴う子弟の暮らしぶりを示す
学校の所在もまた産業の規模や隆盛を示す史料であるのとともに
今日に至るまでの石炭産業の転換、
それを補うだけのものを持ち得なかったこと、
(規模があまりにすごかったことに他ならないわけだけど)
これに伴う人口流出、減少、少子高齢化が
現在という時間軸と照らし合わせると浮き彫りになる。

最盛期は17つの小学校と8つの中学校があって、
高校も工業高校を含めて4つあった。
小学校はみんな坑道や鉱山住宅があったところに設置されていて
それでも人口増を補うように建設しているところもある。

現在は小中学校、高校ともに1校ずつ。
しかも生徒規模も歴然としたものになっている。

シューパロダム建設によって湖に沈んだという小中学校の校章も。

「(他人の)子育てに(も)やさしい社会を望む!」という方は
やっぱり人口構造やその分布、
学校の所在や児童生徒数などに必然的に意識が向くものであるに違いない。
「カネがかかることがわかった」程度は誰でも言える話。
自分のところにそれを引っ張ってくるだけで
崇高な理想を描いていることを微塵も疑わない人もいる。
夕張遠征編2020
今日の街の代名詞「夕張メロン」の紹介。

ブランド化が確立されているメロンは
実に夕張市の農業従事者の96%が
この栽培に携わっているという事に非常に驚いた。
逆にいうと訓子府町や茨城県の鉾田市は
玉ねぎやサツマイモなど他の農作物も
栽培収穫に適したものを持ち得ているのに対して、という事なのだろう。

雪深く山中に位置するだけに
気候や平地部が限られていたり、
土壌の兼ね合いで作物が絞り込まれる中でメロンが選ばれ、
通年栽培をしているところもあったり、
他のメロンに比べて2次加工などでも広く流通しているというのは
石炭産業の転換と前後する中で
救世主としてなり得るものとして着目されたことに
改めて頷かされるものがある。

メロンは実ができてから40日くらいで収穫をしている。
品質の確かさを保つために検査はヒトが行っている。
普通にメロンばかり育てていると連作障害が生じてしまうらしいので
これを接木することで防いでいたり、
非常にメロンに縁の深い街に何だかんだ接点があるわりには
知らない事ばっかりだという有様。

有名なホリの夕張メロンピュアゼリーは砂川市でつくっている。
もちろん夕張メロンを原料としているわけだけど。

寒暖差が大きいというのは食べ物を非常に美味しくさせる。
メロンはそういうところで抜群のものになっていく。
夕張遠征編2020
こういうパネルを目にすると伝説と呼ぶような時代に
少しだけでも手が届くところに居合わせて頂いたことを
今でも光栄に思う。

夕張川にあるシューパロダム。
完成に伴って森林鉄道の三弦橋は湖の中に沈んでいる。

リアルタイムで沈む前の姿を見ていたり、
建設現場を遠巻きに眺めたり、
インフォメーションセンターの方にお話を伺っていたりするわけだから。
ちゃんとこのWEB、長期連載もあいまって
往時の姿が記録していたりする。

その際に頂いた石炭は今も手元にある。
石炭は枯渇して閉山を余儀なくされたのではなく
採掘に伴う工夫の人件費などがコスト高を導き、
安価な中国産の前に太刀打ちができなくなったことが今も印象に残っている。

40年も半世紀も前に既に未来を予測するように
その歴史が展望を示していた。

これからは観光の時代だ、コストの安い中国に生産拠点を移していく。
一つの石炭という産業に限った話ではなかった。
奇跡的に転換を果たしたところが皆無ではないけれども、
多くはそれを補う術を持ち得なかったところを
なおも、というところで積み重ねたものが
何なのか突き詰めると……。
夕張遠征編2020
ダムは提高110mでかんがい用水、発電、上水道などの機能を持った
大夕張ダムをスケールアップさせたもの。
究極の環境に優しいエネルギーは水力発電であるといわれる。
一般家庭の2万6000戸分が1年に使用できる電力量を発電できる。

川の氾濫を防ぐだけでなく、水量を一定に保つようにして
流域の生態系の保全をするのとともに
夕張川は石狩川に注ぎこむ河川だから
石狩平野の農作物の安定した収穫にも貢献している。

大夕張ダムを機能させながら
このダムをつくっていた、というのは
展示パネルやパンフレットを手にすると
断片的に見ていたもの以上に思い当たるものがあって
そういうものを何故そこまで
意識的に読み取ることができなかったのだろうと悔いるものがあった。

乗り換え時間20分で展示物を細かく見る事ができなくても
パンフレットがあったので、これを頂いて宿泊先のホテルで読んだ。
往時の出会いがなかったら、思い立たなかったのかもしれない。
自分の社会的観点はその程度しかない。

限られた時間でも追って資料を把握できるツールが開発されたり
そういうものを許容してもらえたりする
そんな時代になっているのもあるけれども。
夕張遠征編2020
メロードに入っているお菓子屋さんで
メロン大福とめろドラ(=メロンどら焼き)を買い求めて
新夕張駅のロータリーに向かうと
武道館前にとまっていた夕鉄バスがロータリーにやってきて
夕張石炭博物館行きとなったこの車両に乗車していく。

このお菓子屋さん、新十津川町でまた縁があるもので
世の中ってのは本当に狭いものだなあ、と思うのは後の話。
夕張遠征編2020
JR北海道石勝線夕張支線の廃止と代替バスへの転換と前後して
該当する路線網が組み替えをした1日フリー乗車券1200円を買い求める。
これで夕張市内のバス路線は一日自由に乗降ができる。

特需が過ぎると本来の需要供給は、という現実と
それに対する地域の足を引き受けて下さっているバス。
運転士さんや車両も限られている中で
旧来のものを改変した路線網やダイヤが組まれている。
夕張遠征編2020
ロータリーからメロードの脇を通り、メイプルタウンの前へと出て
これを左折して国道274号に入り、紅葉山神社の脇から
セイコーマートのもとに向かい、ここも左折。国道452号へ。
エネオス丸大石油を通って「博愛社前」を通過。
左にカーブして夕張川を渡って石勝線を潜っていく。
占冠駅方面へと向かっていく橋梁を見上げての一コマ。
夕張遠征編2020
紅葉橋から右にカーブして林を進んでいき、
今度は左にカーブを描いて線路跡を跨ぎ、
沼ノ沢駐在所や旧・緑小体育館の前を通り、
レストランおーやまを過ぎ、旧・JA夕張市のもとへ。
ここが「沼ノ沢」停留所。こちらで降車。10:28.

鉄道よりもやや所要はかかる。
コンスタントな停留所設定がそれを補っており、
「博愛社前」のほかに「紅葉橋」「六部入口」を挟んでいる。
夕張遠征編2020
まずは旧・沼ノ沢駅に向かうので国道274号を少しばかり引き返していく。
線路跡沿いに並んでいる建物の一つ、
定額貯金の文字がシャッター上部に見受けられることから
これが旧・緑小学校に移転する前の沼ノ沢郵便局だったことが伺える。
土地所有はその延長線上に今もあるらしい。
夕張遠征編2020
昨年と同じようにハンバーグを食べることを目的の一つとしていたのだけれども
あいにくこの日は定休日だった。
旧・沼ノ沢駅駅舎とレストランおーやまを撮影したところ。
駅舎待合室部分は立入禁止となっているものの
レストランは昨年の段階では今後は未定とされていながら
引き続き営業をされている、決断をされた、
これを受け入れてもらえている、という事に安堵するものがあった。

鉄道駅ではなくなったので
転回スペースの降り積もった雪を除雪するのだけでも
一苦労だというのは目に見えてもわかることながら
昨年はそういうものを思う視点に
非常に欠けていたことを痛感するばかりだった。

旧・沼ノ沢駅の維持管理をされていた沼ノ沢ボランティアの方々は
地域に設置されている公衆トイレも掃除を日々なさっているようで
トイレ内、清掃をしている旨を述べてある貼り紙のところに
来訪者の方が「ありがとうございます」と
何人かがコメントを寄せていたというのも、ここで初めて知る事になった。
駅だけではなく引き受けている対象は他にもあり
同時にその姿勢に対して感謝を述べられる方がいらっしゃること、
そういうことを思い描かれるだけのことを
なさっていることを強く物語っていた。

街に対する営みは果てしなく続く。
そういうものに向き合い、寄り添われている方がいらっしゃるというのは
苦境となるものが多々あると思われる中でもかけがえない財産だと思う。
夕張遠征編2020
沼ノ沢郵便局になっている校舎のほかに
旧・緑小学校は体育館が健在でこれも公共施設として機能しているようだ。
機能させるのにはコストを伴うわけで
それらの維持負担も行政への課題としてのしかかっているのも
恐らくは想像するに難くない。
人口は減少傾向にあるものに歯止めがかからない。
夕張遠征編2020
雪で埋もれてしまっても立入禁止の柵が
JR北海道の名前のもとで講じられている線路跡。
新夕張駅方面へと撮影したところ。
夕張遠征編2020
こちらは旧・沼ノ沢駅構内へと見ているものになる。
左側の木立とともにホームが映っている。
営業時はこれもまた除雪をして列車運行をするための下地をつくり
そこから日々列車を走らせていたわけで
その負担から解き放たれたことに対しても何ともいえないものがある。

機械や車両だけでやっているだけでなく人海戦術で行う場面もあることを
目撃すると頼もしく思ったのと同時に
非常に負担でありコストを伴っていることを思わないことはなかっただけに。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:15| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月25日

時代を牽引した産業

北海道遠征編2020年1月
2020年1月28日、新千歳空港駅から8:45発快速エアポート
733系6両編成札幌駅行きに乗車した。

車内はUシート以外はいずれもロングシート。
有料の着席サービスは
やはり札幌駅以遠を目的地にされる方が多いのだろうか?
時間帯もあって空いていたような印象を受ける。
こっちにやってくる列車のソレは盛況そのもの。

出発した列車はトンネルの中を軽やかに走って
道央圏連絡道の下から外へと出て国道36号と並走し
アルカディアプラザと駐車場をそばに南千歳駅に滑り込む。
夕張遠征編2020
8:48、南千歳駅2番線ホームに到着。
ここで乗り換えをしていく。
石勝線や函館駅方面への列車との乗換駅で
もちろんアナウンスはなされるとはいえ、
降り立つ人は極めてまばらだった。
同時にこの列車の到着を待っている人も
それと同じくらいに少なく空港の存在が際立つことに。
夕張遠征編2020
2面4線の駅構造。
石勝線にとっては起点となっている駅なので
3・4番線ホームには0キロポストのモニュメントが設置されている。
夕張遠征編2020
南千歳駅駅名表示板。
札幌駅方面のお隣は千歳市の市街に位置する千歳駅。
アウトレットモールレラをそばに控えているとはいえ
乗り換え駅としての性格が濃い。

一方の反対方向には
新千歳空港駅、植苗駅、追分駅と各方面へと路線が分岐しており
特急列車も出発着するものの、普通並びに快速列車の設定は非常に少ない。
植苗駅との間にはかつては美々駅が表記されていた時代があった。
現在は信号所になっている。
苫小牧駅方面には1時間に1本の設定になり
ここからグッと運行本数が絞り込まれることに。
さらに苫小牧駅以遠はもっと少なくなるわけだけれども。
夕張遠征編2020
途中下車するのには一旦南千歳駅までの乗車券で区切るか
100キロを超える乗車券を手にしなければならないので
乗り換え時間は橋上駅舎の待合室でテレビを見て時間をつぶす事に。

こちらで営業をしているキオスクは8:10〜19:00の営業。
バルナフーズの駅弁を取り扱っている。
夕張遠征編2020
優等列車には近接する列車3本に対して
乗車位置の案内がモニターによってなされている。

乗車口と停車する列車の編成、号車番号を照合させていて
3〜4か国語表記で列車運行状況の案内も兼ねている。

ちなみに3本の列車「スーパー北斗」「スーパーおおぞら」と
いずれも「スーパー」を冠しているものが2020年3月ダイヤ改正から
これを外すことになっているので
表記をまた改める必要が生じることになる。

あからさまなものはいうまでもないけれども
思っているよりも細やかなことで手間を割いたりコストを伴って
限られた人員によるサービス提供の中でも
十二分に対応できるわかりやすさを体現している。
夕張遠征編2020
今回は特急列車。
9:06発の追分駅行き普通列車を見送って
石勝線へと進んでいく次なる列車である
「スーパーおおぞら3号」を1番線に迎え入れる。

2019年3月の夕張支線廃止に前後して
旧来の通常ダイヤで組まれていた
追分駅〜新夕張駅間の普通列車は下り4本、上り6本から
下り2本、上り3本に減便がなされ
それに伴って追分駅、新夕張駅に停車する
「スーパーおおぞら」の増発の措置が講じられている事になり
選択肢が絞られるものとなった。
夕張遠征編2020
やっぱり札幌駅からの乗車が圧倒的で
通路を挟んで両端部はいうに及ばず、
乗車した自由席はほぼ埋まりかけている状況であり、
高速バスとの競争に代表されるように帯広市や釧路市という
大きな都市への輸送とその途中にある停車駅への輸送を引き受けている。

自動車ありきの社会の中で鉄道が選択肢にあがるのは
その特定の移動距離を超えたところに目的地が生じた時や
気象条件が加味されたものであることを非常に多く物語っていた。

そんなところで車内へと入っていくわけで。
夕張遠征編2020
昨夏は通過列車として見送るだけだったので
久しぶりに乗車したキハ283系車内。
タンチョウをモチーフにした座席とモケット。

札幌駅からの乗客を含めて検札が行われた。
ほぼ南千歳駅を出たところで
乗車需要はほぼ満たされ、
以後は降車需要に応えていく道のりになっているというのも
こういった流れから推測できること。
夕張遠征編2020
早速駅弁を広げて食べてしまうのだ!
自分が非常に執着する駅弁の一つ、まるいのほっきめし。
南千歳駅のホーム売店で入手した。

昨年は営業時間前だったし、
一昨年前の夏は列車接続の関係で
遅延が生じたので断念せざるを得なかったものの
やっぱりこれを食べたかった。

特急列車に前後してホームへと荷受けをなさっていたのを
ちゃんと確認して買い求めた。

噴火湾の北寄貝、炊き込んだごはん、
お茶があると抜群に美味しいことこの上ない。

そんな至福の時間を味わっている間に
鉄道林のもとへと進んで左にカーブしていくと
トヨタレンタカーやオリックスレンタカーの営業所があり
そこから雪原を突き進んでいく。

牧場や農場からスノーシェッドを潜って駒里信号所に出て
林を抜けて雪原へと向かい、再び林を経て雪原から切通に入り
第一追分トンネルに進み、西早来信号所から第二追分トンネルへ。

引き続き林をひた走り雪原に出ると国道234号と室蘭本線が接近してきて
北海道プラスチックにソーラーパネルを過ぎ
JAとまこまいの農業倉庫とともに民家が集まり、
追分高を奥に控えて町営中央団地のもとから9:43、追分駅停車。
夕張遠征編2020
センターブリッジに広い構内。追分駅の様子。
乗車している車両と列車停車位置の兼ね合いで
決定的なものはないけど。
安平町の追分庁舎にスポーツセンターから左にカーブして
室蘭本線と分かれた後、国道234号と道央道を潜って雪原へ。
夕張遠征編2020
スノーシェッドを潜って東追分信号所を通過。
林から切通を抜けて道道462号と並走しつつ
民家が見えてくると川端駅を駆け抜けて
国道274号とともに山林に入っていく。
夕張遠征編2020
夕張川と対面した後、道央道を潜って滝ノ下信号所で対向列車待ちをする。
「スーパーおおぞら2号」が駆け抜けていくのを見送って
9:53、こちらを出発して
一面雪に埋もれているような姿になった夕張川を渡る。
橋梁渡っている一コマ。

改めて注釈をいれないとわからないくらいだけど夕張川だ。
出会う場面で全然印象が違う。
雪の積もりやすいところとか川幅を広くとる地形とか
そういうものに大きく左右されているようだ。

左にカーブを描いた先で国道274号と再度並走して右へとカーブ。
農協名産センターが見えてくるとスノーシェッドを潜って
旧・滝ノ上小とともに滝ノ上駅を通過する。
夕張遠征編2020
右にカーブして国道274号を右へと移し、
そこから左にカーブすると今度は十三里信号所がスノーシェッドの先にあり、
道央道を潜って左へとカーブ。
山の中腹から第一紅葉山トンネルに突入していく。
ここまでの区間、信号所だったところもかつては駅を称していたところも多々。
夕張遠征編2020
長かった第一紅葉山トンネルを出ると
願正寺の背後から市街を眼下におさめて
10:02、新夕張駅1番線に列車は滑り込む。

特定の都市間の輸送に絶大な存在理由を持っている上に
需要となる旅客の絶対数も自ずとそちらに偏るので
それを除いた途中駅の降車数は非常に乏しいものになっていて
大きな都市の持つ磁力が相対的に
途中駅にあたる自治体並びに都市を求心力を弱めている。

降り立ったのは偶然とはいえ実に自分一人だったから
なおさらにそういった印象を強めるものになった。
夕張遠征編2020
新夕張駅から構内並びに第一紅葉山トンネル方面へと見ているところ。
広い構内に加えて長大編成に対応したホームも
非常に持て余している2面4線構造の駅。
そしてそちらへと至る道のりは険しい山間部を辿ってくる必要があるわけで
これに至った産業の存在や規模というものは
今もなおインフラ面においては大きな影響を垣間見るものになっている。
夕張遠征編2020
新夕張駅駅名表示板。
「たきのうえ」と「しむかっぷ」を両端に据えているものの
上貼りしているのは明らかなもので
廃駅を挟んで今日の表示が成り立っている。

加えて支線表記(つまり沼ノ沢駅)もする必要がなくたったので
「しむかっぷ」を表記している貼り紙は
少しばかり幅が大きいものになっている。
夕張遠征編2020
こちらは新夕張駅時刻表。
ここから先、新得駅までは特急列車しか走らない区間ということもあり
それを示す赤い数字ばかりというのは
さほどでもないけれども、
札幌、南千歳、追分方面もほぼ同様に近いくらいに
3本の普通列車を残していずれも特急列車しかなくなった。
もちろん旧・夕張駅への普通列車の記載もこちらから消えている。

極限まで絞り込んだ状況であっても
定期需要が見込めていたり、存在するところは
キッチリと地域輸送の足を確保している。
同時にそれ以上のものを導くことを求めるのが難しいところにある。
夕張遠征編2020
特急列車が停車する1・2番線ホームから改札への階段のもとには
変わらずにメロンとともに「ようこそ夕張へ」との歓迎がなされており
支線が廃止されても玄関駅である役割を引き続き担っている。
夕張遠征編2020
といっても階段を下りていくと
3・4番線ホームを前にしたところには立入禁止の文字とともに
柵が講じられ、点字ブロックも誘導が1・2番線ホームまでで途切れており
2面4線の駅構造も事実上1面2線の構造へと
縮小するようになってしまっていたり
より持て余す構内の印象を強めるようになっていた。

通路壁面には夕張支線の廃止の際に松本零士さんが描いた
❝夕張の鉄路にありがとう❞と銘打ったメーテルのポスター。

市街地(本町)へと結ぶ線路は廃止されたものの
夕張市から鉄路が全て消えたわけではない。
夕張遠征編2020
改札を出たところで
窓口上部に掲出されている運賃表をパチリと。

こちらもまた既に廃止されているので
旧・夕張駅までの線路と各駅の表記が消えている。
石勝線・根室本線は新得駅以遠は特急停車駅である
十勝清水駅、芽室駅、帯広駅の3駅のみに
省略されて示されているのに対して
追分駅以遠、札幌駅周辺は豊沼駅、篠路駅、稲穂駅、虎杖浜駅までの区間で
それぞれの駅までが券売機で買い求めるように掲出してあり、
やっぱり札幌駅と新千歳空港が目立つように表記を行っている。

引き続きみどりの窓口開設がなされ、有人駅であることに変わりはない。
夕張遠征編2020
新夕張駅駅舎から廃止された夕張支線の代替交通を担う
夕鉄バスの新夕張駅前停留所は
シェルターのもとに設置されており、
その鉄道路線廃止とともに
路線体系の見直しや停留所表記の変更を行っている。
夕張遠征編2020
新夕張駅駅舎をロータリーから撮影したところ。
シェルター部分は夕張支線廃止に伴って
JR北海道が費用を講じて整備をしているものになる。
昨冬の段階で既に供用を開始している。

1700万円かけて、
駅前広場へとバスが入れる道路幅に拡張したりする措置を講じており
駅だけではなく夕張市の公共交通に対して
鉄道廃止に伴って投資したインフラの
その先をここから見据えることになる。
夕張遠征編2020
駅は紅葉山地区の小高いところに位置していて
そのロータリーには国鉄時代の旧・紅葉山駅の駅名表示板が残されている。
石勝線がなかった時代のもの。
紅葉山駅は新夕張駅へと変わりながらも
記載されている駅はいずれも過去のものになっている。

一段低い市街が形成されている駅名表示板背後では
紅葉山武道館を前に出発を前にしている夕鉄バスの車両が止まっていた。

乗り換え時間を使って
やっと、ようやく、ここで道の駅夕張メロードに向かうことに。
つづく

線路がなくなっても人々の営みは続いていく。
強い要望をしていて鉄路が続いていればなおさらに。
どことは言わないけれども。
posted by 小林 慶太 at 21:42| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月24日

位置取り

北海道遠征編2020年1月
2020年1月28日、成田空港から
朝7時発のジェットスターGK103便で新千歳空港に向かった。
8:25には山林から新千歳空港の滑走路へと着陸し、
そこからターミナルビルへとゆっくりと場内を進んでいく。
そしてシートベルト着用サインが消灯したのが
ちょうど8:30のことでキッチリと定刻通りに目的地に到着した。
北海道遠征編2020年1月
新千歳空港で降り立った旅客機をパチリと。
ターミナルビルとのブリッジに掲出されている広告主は
チョコレートの製菓メーカーであるROYCE。
本社や工場は今回向かっていく札沼線(学園都市線)沿線に立地している。

機内は暑いくらいだったのにブリッジに出ると
その気温差もあってヒヤッとする。
内側はいわずともがなサッポロビール。

ターミナルビルに一目散に向かっていく人が多いことを踏まえても
ブリッジのそのポジションを目にしたり
さりげなく意識するのは
飛行機から降りる時よりも搭乗する時の方なのかもしれない。
北海道遠征編2020年1月
到着ロビーへの階段並びにエスカレーターのもとには
ヨシミのOh!焼とうきびがそのポジションをキッチリと押さえている。
北海道遠征編2020年1月
手荷物受取所を経て5番ゲートに出て
そこから地下一階のコンコースに向かう。
昨年は胆振東部地震の被害で一部立入禁止の掲示が見受けられた箇所もあったものを
今回は通っていく経路が必ずしも、という部分はあれども
そういうものを目にすることがなかったので
空港という範囲においては通常に戻りながらなお、というものも
ようやく解消に至ったと捉えていいのではないかと思った。

そして2020年からは北海道の7つの空港は
いずれも北海道エアポートという会社によって運営管理がなされるようになった。
それぞれの空港を管理する会社の株式取得して完全子会社にした上で
その施設運営を本格的に着手し出したところだった。

そういうわけでいたるところに
その発足を告知するアドボードも
PRを兼ねて掲出がなされている場面にやってきていた。
北海道遠征編2020年1月
地下一階、新千歳空港駅。
北海道唯一の地下駅の壁面の広告を占めている企業の一つは
ここもまたやっぱりサッポロビール。

「子育てにやさしい社会を望む!」と主張されて
「カネがかかることがわかった」と述べられている方は
それぞれ原資となる社会経済を組み立てる
企業の経済的な活動にも造詣が深いから
工場をはじめとした産業構造などにも関心があるものと思われる。

広告もオーソドックスなものから
プロジェクションマッピングを駆使して
同一スペースを複数の企業でシェアするようにプロモ―ションを行うものなど
年々その進化の度合いや表現手法の向上、空間活用に対して
非常に驚かされるものがある。
北海道遠征編2020年1月
本題は2日目に控えている中で、
初日はまずは夕張市に向かっていくので
券売機で新夕張駅までの乗車券と特急券を購入する。

運賃表は札幌駅が非常に強調されていて
富浦駅、鵡川駅、占冠駅、小樽駅、北海道医療大駅、岩見沢駅までの
それぞれの範囲を買い求めることができる。
この1年の間に石勝線の夕張支線がなくなってしまっているので
直接は関係ないけれども、新夕張駅から枝分かれする線路がなくなっている。
これを受けて当然2020年5月に北海道医療大駅〜新十津川駅間が廃止されるので
遠からない日に札沼線に示されている部分が
省かれることになるというのも想像するに難くない。

また同じ運賃表を撮影して芸がないなぁ、といわれるくらいに
交通網の体系が変わらないことが望ましいとはいえ
現実はそう甘くない。

そもそも記録をしているのも、そうなる未来を意図しているからだ。
券売機のタッチパネルは札幌駅と小樽駅の2駅だけ
その枠が大きくとってある。
北海道遠征編2020年1月
新千歳空港駅は日中は15分間隔で
Uシートを連結した6両編成の
快速エアポートが札幌駅並びに小樽駅まで運行している。

ドル箱と呼ばれる線区でありながらも
営業係数が100を上回る状況にあったものが
外国人観光客の利用が増えたことを受けて
2018年度の営業係数が管理費を含めても
ようやく100を切るようになり
2020年3月のダイヤ改正では12分間隔で運行していくことになっている。
1面2線のホーム構造もあってキャパシティが限られている中で
増加する旅客に対応していく措置が講じられた結果に。
北海道遠征編2020年1月
自動改札潜った正面にも
プロジェクションマッピングで
プロモーションを兼ねた映像が入れ替わり映し出されている。

こちらは列車から降りて改札に向かう時よりも
空港から列車に乗る時に視界に入るものだから
当然そういうヒトの流れを意識したものが
これに組み込まれていることになる。

地元の人に昆布を買って欲しい、認知を深めてもらうというよりも、
遠方から来た人に買ってもらう、認知を深めてもらう、という
そういう意図を読み取るべきかと。
北海道遠征編2020年1月
2番線ホームに待っていた733系6両編成快速エアポート85号に乗車。
Uシートを除くといずれも乗客数に応じたロングシートの車内。
この車内には京浜急行が広告を出していて
飛行機に乗る前に羽田空港から都心部へのアクセスを呼びかけている。
京成電鉄も札幌駅に出していたりするし。

アクセスとしての鉄道もさることながら
どの空港を利用してもらうのかというのも
事業者や立地自治体などには重要なことだったりする。
税収や経済循環に関わって来ることだし。

広告は企業や事業者のイメージ認識やサービスの購買などにつながるのとともに
いかに対象となるもの、この場合は空港施設だったり駅だったり
列車だったりするわけだけれども
そういったものを維持していくために投資をしていくのか
企業の姿勢を垣間見るものだったりする。

アトラクションで列車乗ってる人よりも
崇高な理想を抱かれている人はもっと深いところまで
突き詰めていらっしゃるかと。

スマホという奥行きのあるツールがあればなおさらに。
即座にコンタクトまでとれてしまうのだから。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月23日

悪天候貫通

北海道遠征編2020年1月
2020年1月28日、新千歳空港に向かうべくLCCの出発着する成田空港へ。

締め切り間近のところでチェックインを果たして保安検査を受け
これを何とか無事にクリアして出発ロビーに向かっていく。

第三ターミナルは非常にコストダウンを図っているので
あらゆるものにおいてデザインがシンプルであったり
しっかりと押さえておくべきものに絞り込みがなされているのが顕著だ。

保安検査は大げさのように綴っているけれども
引っかかる頻度が非常に高い人間。(復路で引っかかった)

ペットボトルは中途半端に持ち込んでいるとこれも検査対象になる。
前回はそのままゲートを通過したスノーブーツも
スリッパに履き替え、別途検査を受けるというように
年々警備が厳重になってきているようだ。
北海道遠征編2020年1月
第3ターミナルの国内線時刻表。
7時台〜8時台までにそれぞれ5便、6便が集中している。
新千歳空港にはこの2時間で4本の設定。
旅客需要の高いところにLCCの活路がある。

ほぼ同じように行程を組んでいる中で
今回は利用する航空会社を変えることになった。

一番最初に現地に向かう航空機を運行する会社、
それに尽きるというのが導いている結論。

うちの街は羽田空港と成田空港の6時台の飛行機に
東京駅始発6時の新幹線が
いずれも利用できる交通手段があるので
そういった使い分けをすることができるところにある。
北海道遠征編2020年1月
頻繁に飛行機に乗ってもらうことがLCCの存在理由につながるので
出発ロビーに向かう道のりにも
次の旅を見据えた広告を掲出していたりする。

運行時間帯や曜日における旅客需要の変動に対して
価格がこまめに変わる上に路線の改廃やダイヤの見直しも
一般の航空会社よりもシビアなものになっている。

新型旅客機の導入が告知されているけれども
LCCを運行している航空会社はいずれもエアバス製。
機体自体もその価格を具現化させている。
北海道遠征編2020年1月
エスカレーターで4階へと向かっていき、
ブリッジを渡ってそちらから出発ロビーへ。
こちらも案内図は言語よりもピクトグラムや数字を重視している。
移動距離も盛り込まれている。
簡素なつくりになっている通路なので
なおさらにこういった案内表記が際立つ。
北海道遠征編2020年1月
遅ればせながら出発ロビーに到着。
天井からはホテルマイスデイズが広告を掲出している。

こちらのロビーにはジェットスターが有人で売店を構え、
ピーチは色々な自動販売機を集約させており、
いずれもLCCならではの店舗形態をしている。
北海道遠征編2020年1月
搭乗口163から航空機に搭乗していくことになる。
6:40には優先搭乗がアナウンスされ、
ロビーにやってきた時には既に全ての人を対象にした搭乗がはじまり
長蛇の列が出来ているところだった。
この辺の光景が非常にLCC独特のもの。
北海道遠征編2020年1月
階段から外へ出るとシェルターが用意されていて
雨に濡れることなく旅客機に搭乗できるように配慮がなされていた。
晴天時と荒天時ではその出発に至る行程で組み立てていくものが違う。

待っていた旅客機はエアバス320という機体。
3-3シートで窓側と通路側がそれぞれ埋まるくらいのところだった。
北海道遠征編2020年1月
大雪が予想されていたこの日、幸いにして雨が降っていても
出発まで無事にこぎ着ける事となった。

6人のクルーの方が搭乗されていて
コロナウィルス対策でマスクをしているとのことわりをなさった後、
非常用設備の案内をジェスチャーを交えつつ実演している間に
7:05、旅客機は後ろに下がり出し、
向きを右に変えて走り出していくと機内は減灯がなされ
滑走路が左手に見えてきてそちらへと進んでいく。

飛行機の列が出来て、灯がこれを照らしている中で
溜めをつくって轟音と共に激走して7:14、離陸。
雲の中に入って高度を上げていく。
北海道遠征編2020年1月
雲を文字通り貫いて、その上へと出ると、
青空が広がって雲が浮かぶ海の航海をしていくことに。
7:32にはシートベルト着用サインが消灯。
気流の影響を受けやすく揺れやすいとアナウンスが入った。
北海道遠征編2020年1月
窓の外を見ながらもクルージングも楽しいけれども
やはり機内誌を読むのも一興かと。

「お手軽グランピング千葉」と題した特集が組んであって
そちらにワイルドビーチ木更津が取り上げられていた。
就航空港に因んだ知多半島を巡る旅がもう一つの特集で
アニメツーリズムにも頁が割かれており、
手に取った冊子には「長門有希ちゃんの消失」と長野県善光寺が扱われていた。
成田空港の第2ビルにはアニメデッキなるものがあるらしい。
ビジネスコンテンツとして看過できないところにあるようだ。

スカ〇ライナーと東京シャトルの割引乗車券の案内も
パンフレットとして用意されているのとともに
中部国際空港からは名鉄と岐阜バス、濃飛バスがリンクして
京都や高山へとアクセスを図る企画乗車券を立ち上げたので
これも同様にパンフレットが盛り込まれていて
既に飛行機を降りる前の段階から2次交通となる事業者が
その顧客取り込みに積極的に布石を打っている。

スカ〇ライナーは2019年10月のダイヤ改正で運行時間が拡大されたので
それに伴って取り扱いの乗車券も機内での
販売時間を繰り下げるようになっていることも触れておかなければ。
北海道遠征編2020年1月
7:37、雲の上をただ飛んでいるというだけで
現在地はどの辺という実感がない中で
機長さんからのアナウンスで仙台上空1万3000m上空を
時速900キロで飛行中との案内があり、
千歳市は−11℃で定刻着陸を見込んでいるという。

そういう気温を前提にしている格好なので非常に機内は暑かった。
機内販売が行われ、8時を前にクルーの方がゴミ回収に各座席を周って
その時間が終わるのとともに着陸態勢に入ってくる。

空調音ばかりの静まり返った機内。
ようやく太平洋が眼下に見えてきて
8:15、シートベルト着用サインが点灯。
特徴的な苫小牧の港湾を遠方に、次第にそちらへと近付いていく。
北海道遠征編2020年1月
王子製紙の工場に港湾をそばにしたコンビナート、
出光のオイルタンク、そしてメガソーラーが広がってくる。
北海道遠征編2020年1月
沼ノ端駅上空を通っていくところ。
タイミングはずれているけれども
地上部を走っていく千歳線の列車と
典型的な区割りのなされた市街に感嘆するしかない。
北海道遠征編2020年1月
ウトナイ湖や日高道を越えて
ゴルフ場や山林からぐるっと回り込む。
北海道遠征編2020年1月
どんどんと地上が近くなってきて8:25、滑走路へと着陸し
ターミナルビルへとゆっくりと場内を進んでいく。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月22日

誘導線

羽田空港以上に成田空港で感心するのは
ピクトグラムの配置やカラーリングなどに尽きる。

多国籍な方々の利用を前提に言語だけでは伝えきれないものや
なかなかわかりにくいものを
そういったものを駆使して動線を引っ張って
利用しやすい、飛行機に乗りやすい空間をつくってる。
北海道遠征編2020年1月
2020年1月28日、7:00発の航空機で新千歳空港に向かうべく
大雪になるのかもしれないと懸念されていた天候の中、
成田空港第2ビル駅にやってきた。
今回は京成成田空港線経由。
到着時刻は京成津田沼駅に出て京成本線を辿るよりも10分ほど遅いものの
新鎌ヶ谷駅からの出発時刻も1時間ほど遅いので
大幅に所要は短縮されている。

初めて利用する際は何もかもがわからなかったこともあり
その空港に10分早く着くというのを優先した。
それなりに行程における経験値が加わったので
天候の不安を抱えながらも効率よく消化していく段取りを組んでいる。
北海道遠征編2020年1月
改札を出てカプセルホテルナインワークスの案内がなされている柱と
ドトールコーヒーを左折して
JR東日本トラベルサービスセンターの前を通って
第2・第3ターミナルを目指していく。

天井から吊るしている案内板には
ターミナルの表記を日本語筆頭に4か国語表記。
飛行機のピクトグラムを採用している。
これと別に壁面にも第2・第3で色分けしながら
それぞれのターミナルへの矢印を示してある。

スムーズに通行ができるようになっていながらも
防犯カメラも設置しており
セキュリティにも配慮がなされている。
北海道遠征編2020年1月
ターミナルへのエスカレーターを前にしたところには
有人の案内所が設置されている。
この辺も柱に「?」を大きく〇で囲んだデザインの
ピクトグラムを採用している。
早朝のこの時間帯は案内のお世話になることなく
ヒトの流れにのっていくような感じで
淡々とエスカレーターへと
スムーズに足早に向かっていく人ばかりというそんな印象がある。
北海道遠征編2020年1月
エスカレーターに乗っていくところ。
就航路線を受け持つ航空会社によって
そのターミナルが異なるので
それらの航空会社のロゴと向かうべき先をまとめている。

第3ターミナルと第1ターミナルは
徒歩またはバスでの移動となるので
これも合わせて文字とピクトグラムで案内をしている。
出発ロビーを示すものには航空機が飛び立つ姿が
ちゃんとそちらに描かれている。

向かうべき第3ターミナルは5つの航空会社のロゴが並ぶ。

エスカレーターはほぼ飛行機を利用する人がみんな利用する空間。
視覚に訴えるのにベストポジションとなる場所には
SK-Uが広告を出している。
利用する人、購買するであろう可能性となる人、
この辺のマーケティングの上で挙手をして頂いているものと思われる。
北海道遠征編2020年1月
第2ターミナルビルから外へと出てバス乗り場に沿って
おおよそ20mごとに第3ターミナルビルへの距離と
その場所を示す矢印が路面に施されているので
これを辿っていくことに。もちろん反対方向も同様だ。
バス乗り場は全部で33の乗り場がある。
北海道遠征編2020年1月
1番乗り場から出て行く第3ターミナル行きの連絡バスに乗車していく。
既に満員という状況だった。すぐに6:20出発。
こちらから左にカーブして坂を上がり、
今度は右にカーブを描くとCargo4の文字の入った建物が見えてきて
バスはさらに右へと曲がり第3ターミナルのロータリーにまわり込む。
わずか1分強の所要の旅路。
北海道遠征編2020年1月
シャトルバスもミライトワとソメイティが描かれていたので
刻一刻とチェックインと保安検査の締め切り時刻が迫っているのにも関わらず
雨に打たれながらこれを撮影してしまうのだった。
北海道遠征編2020年1月
第3ターミナルのバス乗り場は全部で19ある。
そのうち12〜19が降車専用で
降り立ったターミナル連絡バスは10番乗り場だった。
タクシーや身障者用の乗降所とは棲み分けをしている。
もちろんそれらはエスカレーターに近いところに設置をしてある。
北海道遠征編2020年1月
エスカレーターで2階部分にあがって通路をさらに。
非常にコンスタントに距離を示したピクトグラムが割り振られている。
とりわけコストダウンをしている空間だけに
それが目立ち、アクセントになっている。
北海道遠征編2020年1月
第3ターミナルビルに到着。
北海道遠征編2020年1月
色分けした通路はビル内においても同様に採用されている。
こちらに入ると飛行機のピクトグラムは
出発ロビーを示すことになるので
離陸する様子を描かれたものになっている。
北海道遠征編2020年1月
第3ターミナルのローソンは24時間営業を行っている。
ほかにファソラブックという書店やファソラドラッグ、GRAN SAC'Sに
東京食賓館、7店舗からなるフードコートが入っていて
いずれもこれらはおおよそ5:00〜22:00を営業時間としていて
文字通り飛行機の離着陸の時間帯を中心に需要を見込んでいる。
北海道遠征編2020年1月
ターミナルビルに入るなり、
チェックイン締め切り間近のアナウンスが入る状況で
段取りがわかっていても、
そういうものを受けるとあたふたと動揺してしまう有様で
半ば駆け込みで何とかチェックインをすることになった。

LCCを受け持つ航空会社はいずれも破格の料金を具現化するように
サービスはシンプルに絞りつつも
スタイリッシュにそれぞれのコーポレートカラーを散りばめている。
北海道遠征編2020年1月
こちらがフードコート。
早朝の就航路線前の需要を拾い上げるように
開店時間は4時に設定しているところが少なくない。
ピーチと春秋航空はフードコートを前にしたところに売店を構えている。
引き合いに出すまでもないけれども
羽田空港を出発着する航空会社が経営する売店と
そのコーナー化や商品陳列など似ているようでいて、
かなり違う部分がある。
北海道遠征編2020年1月
国内線と国際線の保安検査場所を前にしたところには
コカコーラが広告を出している。
分岐点となる場所だけに、
自ずとピクトグラムとともに視界に入ることが多いと思われる
そんなポジションをこの会社が押さえている。
北海道遠征編2020年1月
そして保安検査。
年々その検査が厳格になっているようで
今回はスノーブーツも一旦脱いでスリッパに履き替え
別途それも検査する対象になった。
ポケットを空にしてコートなどは脱いでゲートを潜る。
非常に緊張する瞬間を無事クリアする。

この検査のハードル・基準は空港によってなのか、
機械によるものなのか定かではないけれども
同じように通っても
引っかかる時とそうでない時があったりするのは
何故なんだろう……。

冬なので寒い事には変わらないといっても
やっぱり北海道に向かう人と福岡に向かう人では
着ている服にも随分と差があるもので
そういうものを読みとるのも一興かもしれない。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:59| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月19日

「成田の方に行ってきます」

世の中には1日に1本しか列車が来ない駅がある。しかも日本国内において。
それが北海道の札沼線の鶴沼駅〜新十津川駅間だ。

この区間を含む札沼線(学園都市線)の北海道医療大学駅〜新十津川駅間が
2020年5月をもって廃止になるということで
1日1本体制となってしまっているところに
再び廃止を前に13年ぶりにそちらへと向かうことにした。

13年前は寝台特急「北斗星6号」でロイヤルが奇跡的にとれたものが
台風で運休となり、急行「はまなす」のデッキで
まさかの一夜を過ごすという旅路を味わった時だ。

当時はまだ1日に3本の設定があったので
それなりに融通が利くところで行程を組むことができたものの、
1日1本となるとそれに照準を合わせなければならないので
沿線で一泊して、という条件が付きまとう事に。

ここで夕張市が南清水沢地区でJR北海道から廃線を受け入れる代わりに
用地提供の協力を受けて整備しているバスターミナルの進捗を見たり
札幌市街で泊まることを思い立って
一人ジンギスカンを試みるのとともに
苗穂駅も駅舎移転とともに駅前広場を整備してきたので
その状況を見物していくことを組み込んだ。
これもまたその際の「はまなす」に乗るにあたって生じた縁で
何だかんだ追いかけていたりルーティンとしたものを発端にしてる。

一応確認しておくけれども
「熱意」とか「情熱」という言葉を掲げる方は
他人の街の駅前広場への取り組みなども
ちゃんと時系列を追いながらどのように取り組まれているのか
しっかりと各地に足を運ぶことの
手間を惜しむことなくなされているものと思われる。

間違っても自分の街の収入に見合うのか否かも考えなかったり、
隣に駅前広場を持つ駅が至近距離にあることに気付くのに
工事がはじまってから10年近く経ってようやく、という有様だったり、
今さらのようにそういう陳情を1年にわたって継続審議されたり、
切り替え作業も立ち会わなかったり、
一番列車を手を振って見送らなかったり
都合のいい時だけゆるキャラと一緒に記念撮影して
さも実績といわんばかりに式典に出席されるような方は論外ということで。

そんな人いるわけないけどさ……。

冬の北海道、津軽海峡を渡って旅に出るというのは
うちの両親がもっとも懸念する事の一つなので
昨年は「成田の方に出かけてくる」とやんわりといって
成田空港からLCCで北海道にわたり、
安平町と夕張市に日帰りするということをやってしまったものの
さすがに成田市で一泊ということは考えられないので
白状して強行することに至った。
北海道遠征編2020年1月
旅のはじまりは2020年1月28日。

大雪が懸念されていたところで朝には雨が降っていたので
一番最初の選択として京成津田沼駅に出て行くのか、
はたまた北総鉄道で向かうのか、というものを迫られる事になる。
(新鎌ヶ谷駅2:59発成田空港行きのバスは起きれなかった)

天候に左右される要素が濃いのはどちらなのか、
また所要は、など天秤にかけるもの多々。
天候が悪くなると自動車の選択肢を持っている人が
公共交通にシフトしたり、乗車時間帯を前倒しする傾向があるから
その混雑度合も念頭に置いたりもする。
北海道遠征編2020年1月
決断を下すごとに手元に残されて使えるカードが限られていく中で
北総鉄道経由での成田空港第2ビルまでの乗車券を買い求めて
改札を潜っていくことにした。
これで出発時刻が1時間超繰り越すことができる。

こういう機会なので新鎌ヶ谷駅改札前に設置されている
発車案内表示器を撮影したところ。
奥に見えるイデカフェ上部に設置されているものとは
年代も違う上に、フルカラーが採用されていたりしている事を受けて
その書体に用いる色も結論付けているのは言うまでもない。

時間に余裕があってもステーションラウンジこもれびではなく
ホーム上の待合所で暖をとることを選んでしまうのだった。
北海道遠征編2020年1月
新鎌ヶ谷駅3・4番線ホームへとやってきたところで
こちらに掲出されている発車案内表示器を見てみよう。

表示できる色については先ほど触れている通り。

北総鉄道新鎌ヶ谷駅の3番線は
本線で通過列車もこちらを駆け抜けるのに対して
右側の4番線は通過列車待ちをする列車がやってくるのを原則としている。

時刻が5時台であっても4番線に6時台と7時台の表記があるのは
そういう列車、アクセ〇特急と
普通列車が近接している時間帯に設定されていることを意味している。

2019年10月のダイヤ改正で成田空港の旅客機離着陸時刻が
6:00〜24:00までに延長されたことを受けて
LCCの需要の高い早朝時間帯に、さほど普通列車を跳ね除けることなく
時刻表に表記されていない優等列車、
つまりスカ〇ライナーが3本盛り込まれるようになり、
より優等列車を文字通り優先したダイヤを組み立てるようになっている。

「お客様はお姫様」というキャッチフレーズのもと、
お姫様が最優先されるダイヤになっている。
外国人観光客は絶大な競争相手がいて、
それにヒトが流れやすい仕組みがあるので
価格面で優等列車を選択肢にしても「安い」ことがウリにして
LCCとのタイアップを試みているようだ。

羽田空港よりも成田空港を選んでくれるヒトを運ぶこと、
LCCは首都圏の空港では成田空港しか離着陸していないこと、
この辺が京成電鉄においても千葉県においても重要な点。
北海道遠征編2020年1月
5:34、3番線に7501編背印旛日本医大駅行き登場。
これに乗車して5:35、新鎌ヶ谷駅を出発。
時刻表上は上り列車と同時発着になるところながら
相手方を迎え入れることなく走り出していく。
天候におけるヒトの流れが起因していたものと思われる。

矢切駅始発のこの列車は一本目のアクセ〇特急の停車しない駅から
その旅客需要を拾い上げる、そこに選択肢を用意するのが
こちらの列車の隠された使命。

駅を出るなりC-flyerとすれ違い
アクロスモールや鎌ヶ谷警察署、市制記念公園を通って
福太郎スタジアムのそばで地上へ下りて掘割に進み
粟野山トンネルを疾走し、
大山口団地からランドロームジャパンを過ぎて
グランメッセとマルエツに挟まれた西白井駅へ。
上り列車の出発直後だからホームに人影はなかった。

白井駅以遠は時間の経過とともに
列車待ちの人がホームに列を成してくる。
どれもみな上り方面に対して、であってのもの。

清水口団地から神崎川渡って
並走する国道464号のエネオスやガストが見えてくる中、
白井大橋を潜っていくと中銀マンションがそびえ
トウズやケーズデンキのもと、白井駅に滑り込む。
カワチやホーマックをあとに二重川を渡り
国道16号を潜って小室ハイランドを控えて5:42、小室駅着。
3番線をすぐに出発していく。
釈迦寺のそばから高架に出て水田を進んで神崎川を渡り、
国道464号とともに林を駆け抜け
コスモ石油やエネオスに続いて
年金機構研修センターに信組情報サービスがあらわれ、
ニトリにトライアルやドンキホーテ、イオンと大型店が相次ぎ
5:46、千葉NT中央駅へ。下り方面への反応は淡々としている。
近接列車が迫ればなおさらのことか。

アルカサールやベイシア、カインズをあとにしても
SGET千葉NTメガソーラー発電所と国道464号と並走して
大型店が沿道に続く。
島忠ホームズ、オードバックス、東京インテリア、しまむら。
印旛明誠高や牧の原消防署の先にも
ケーズデンキやジョイフル本田に牧の原モア、Big Hop。
列車は印西牧の原駅に至る。5503編成が留置中だった。
北海道遠征編2020年1月
各駅を立ち止まりながら辿っていく至福のひと時。

マブチモーター技術センターやスズケン、北総車両基地、日栄インテックを過ぎて
トーンダウン。林の先にエストニオいにはのがあらわれ、
5:53、印旛日本医大駅2番線ホームに滑り込んで
降車客の有無を確認がなされた後、回送されていく。

ここも入れ違いで上り列車が出発したあとなので
ホームに人影が極めて少なく、
待合所に待たれていた方はいずれもアクセ〇特急待ちだった。
北海道遠征編2020年1月
ここからは京成成田空港線。
やってくる列車は全部アクセ〇特急なので
時刻表はオレンジの数字ばかり。
1時間に1〜2本の設定で40分間隔を原則としている。
北海道遠征編2020年1月
5:59、双方向にア〇セス特急特急登場。
こちらは3054編成、上り列車は3053編成だった。
ここで乗客の波が逆転。ガラガラに近い上り列車に対して
新鎌ヶ谷駅と千葉NT中央駅でどれくらいの乗車があったのかは
定かではないものの、ロングシートはほぼ埋まり、
キャリーバックを持たれている方が多かった。
そして加えて多国籍、というのはパッとみてもわかるところだった。
(アジア系の方は喋る言葉で突き当たるくらいの感覚しか持ち合わせてない)

2019年10月のダイヤ改正から京成高砂駅始発になった。
都営浅草線と京成本線からの
1本目の列車から接続できるようになっているので
運転系統を組み替えているだけ。

折り返しスタンバイになっている7501編成の脇を十って
真っ暗闇を国道464号とともにひた走る。
北総自動車学校のある交差点の足元を通りぬけて
山林から平地部へと出て行く。
印旛水路と甚兵衛渡しを一気に駆けていき
やがて松崎トンネルのもとへ。
国道464号の北千葉道路区間が2019年3月に延伸されるようになったので
まだまだ旅路を共にしていくことになる。
暗い時間だから写真はない。

6:05、成田湯川着。大谷津運動場へと向かっていき、
国道408号と成田線を跨ぐところで
北千葉道路との並走が終わる。
北海道遠征編2020年1月
イオンにMGM、ケーズデンキを通って空港に向かう成田線とともに
山林に差し掛かり東関道を潜ってトンネルへ。
グリッサンドゴルフクラブの先で2つトンネルを潜って
駐車場の脇に出て、なおもトンネルが相次ぐ。
ホテル日航や成田東武ホテルがその間に位置している。
京成本線と合流してゆっくりと6:12、空港第2ビル駅2番線に到着。
北海道遠征編2020年1月
JR東日本、京成電鉄ともにホームドア設置駅になっている。
この1年の間での変化。
京成本線へと出て行く行程に比べて到着時刻は10分の差異。
前回はこれを絶対に優先条項にしていたものの
出発時刻の兼ね合いでそこまで絶対的にする必要がなくなった。
北海道遠征編2020年1月
改札を前にしたプラレールやポスター。
パンフレットや時刻表は都区内へと向かう方々を
意図しているものがあるとはいえ、
引き締まった空間に
少しばかりやんわりとした雰囲気が散りばめられたような気がするけれども
こうやってカメラを向けないと立ち止まってくれない人が多いのは
非常にもったいないような気がする。
逆にそういうアクションを起こせば気にしてもらえるから
それなりに意識している部分もあるけど。

posted by 小林 慶太 at 22:56| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月12日

果たせるサイクル 果たせないサイクル そして続くサイクル

大多喜遠征編2019冬
2019年12月25日、20:09、城見ヶ丘駅からいすみ301大原駅行きに乗車した。
これが上り最終列車になる。折り返してくる下り列車を1本残している。

シナガワグースへの高速バスは21:00発。
鉄道の方が「店じまい」は早いとはいえ、
沿線の旅客を拾い上げる余地がある。

冬休み、年末も差し迫った時期なので、
大多喜高の方々の姿はなく、
恐らくはデンタルサポート大多喜駅からと思われる男性お二人が
先客としていらっしゃるばかりだった。
定期需要としての高校生、大多喜高と大原高の登下校が
この路線の存在理由を裏付けるものとして非常に重要。

切通を抜けて平林物産のそばから国道465号が近づいてきて
神保電器の先で夷隅川を渡り、
真っ暗闇から第一エレクトロニクスを通って
NIGO上総中川駅に着く。
立ち寄っていくばかりで、というヒトの流れを確認していくに等しい。

さらに国道465号と並走して築堤にあがり
切通を抜けて水田から大原消防署の夷隅分署のもとへ出て
国道465号と交わって焼き鳥みずほ分店にセブンイレブン、コメリに続き
商店街の裏手を進み、20:18、風そよぐ谷・国吉駅着。お一人が降車された。

パチンコABCから林に入って夷隅川を渡り、
新田野ライスセンターのそばで国道465号と再会して
これを右に移して並走しながらサンテック新田野に立ち寄り、
切通へとひた走り落合川を二度ほど跨いで
平野木材の裏手にまわり込んで上総東駅へ。

程なく国道465号と分かれて山林に入り、
これを抜けると水田に出て真っ暗闇をゆったりと。
やがて左から国道465号が接近してくると 西大原駅で
子山保育園の先で山に沿って右にカーブ描き
民家が集まる中、塩田川を渡って外房線に合流。
上総通運やファミリーマートをそばに
20:35、大原駅2番線に列車は滑り込む。
大多喜遠征編2019冬
列車は折り返し最終列車デンタルサポート大多喜駅行きになる。
特定日運行の臨時列車の設定もないので
この範疇で公共交通を必要とするであろう方々のライフサイクルは
十二分に納まるようで、
それ以上の投資をしても需要を
コストに対して納得できる水準まで掘り起こせるものではないのだと思う。

最終列車の設定はダイヤ改正を前にアンケートを行い、
それを受けて今日のダイヤを結論付けているのでなおさらに。
大多喜遠征編2019冬
4分ほどの乗り換え時間。

大原駅ロータリーのイルミネーション、
こちらが暗くなってから撮影したもの。

完成形だけでなく、仕掛けを明るい時間帯に見て、という
2段階の過程を経るとまた味わいに深いものが出てくるような気がする。

平日はとりわけこういうものを
外出機会の動機づけにつなげることができる人というのは
さほど多くないので目にしてもらうことを最大級の目的とすると
非常にもったいないものがある。
大多喜遠征編2019冬
JR東日本の1番線にやってきた209系6両編成千葉駅行きに
大原駅からは乗車していく。

大原踏切を通りぬけて塩田川を渡り、
少し離れて並走する国道128号沿いには
モスバーガーやヤマダ電機、MGM、カインズ、ベイシアといった
ロードサイド店と鶴岡木材の工場が並び
みかど台団地に差し掛かったところで、こちらは三門駅に立ち寄り、
暗闇をひた走って長者町駅に向かっていく。

岬総合運動場を通りぬけ、やがて高架に上がって夷隅川を渡る。
そしてスワンクリーニングのそばで地上に下りて
コメリの脇から太東駅へ。
切通から椎木堰を通って細田跨線橋の下を潜っていき
列車は東浪見駅に滑り込み、タイミングよく対向列車と行き違いをする。
右手に延びていた国道128号が頭上から左に移り、
留置線のもとへと出て右にカーブして
20:57、JA長生一宮支所がある上総一ノ宮駅3番線に至る。
大多喜遠征編2019冬
駅舎があるホームが3番線にあたる上総一ノ宮駅、ここで下車。
降りたってこの普通列車を見送り、
後ほど本納駅で追い越していくことになる。
大多喜遠征編2019冬
跨線橋で1・2番線ホームへと向かっていく。
ヒトの流れを考えると駅へと街へと降り立っていくよりも
ここから帰る人が目にするような位置関係にあるのだけれども
新設される東口の設定が
これを目にするヒトの機会を増やしていくことになるのかもしれない。
玉前神社の鳥居が「ようこそいちのみやへ」とともに
跨線橋の階段に描かれるようになった。
大多喜遠征編2019冬
東口の開設に向けて建設が進む跨線橋の工事現場の様子。
年に2度しかほぼ通りがかることはないけれども
とりあえず「気になっている」程度の事は呟いておく。

別に住んでいる街で工事がはじまって10年近く経って
隣の駅に駅前広場があることにようやく気付くような方々ですら
「気になっている」と呟いて「悲願」と
寝言のようなものをそこまで盛り上げられるレベルなのだから
ちゃんとそれなりに記録しているところとなれば、何ら呟いても支障はないはず。

普通、他人がどのように街づくりに真摯に向き合っているのか
時系列を追いながら対峙したりするから
そういう言葉が出てくるのだと思うけれど。
大多喜遠征編2019冬
千葉市街へのヒトの流れが列車に占める割合として高いから
同じように乗り換えていく人は少なくない。

2番線ホームに待っているE217系15両編成快速久里浜駅行きに乗車する。
通過駅をそれなりに持っている快速列車。
3番線ホームに折り返しとなるE233系5000番台がやってきて
これを受けて21:02、上総一ノ宮駅を出発。
不動開発をあとに一宮川を渡る。
真っ暗闇の中で鉄橋を渡る音だけながら
上流部は秋期の台風19号で氾濫の被害のあった地域にあたる。

左にカーブしてスピードを上げてひた走り、
長生村の文化会館が見えてきて、
コミュニティセンターとともに八積駅を通過。
長生ダイナミックゴルフクラブや双葉電子工業を通りぬけて
高架へと上がり、市街にさしかかり
関東天然瓦斯開発や宍倉医院、山之内病院のもとへ。
21:10、茂原駅着。

ぼうしんを過ぎて右にカーブして長生高に君塚病院を過ぎて
市民体育館のそばで地上におり、程なく新茂原駅を駆け抜ける。
貨物ターミナルだった土地と関わりが深い
ニトリやカインズ、マルハン、オートアールズと大型店が相次ぎ
つつじ野団地を経て水田に出て長生病院を過ぎると
本納駅で先行列車を追い抜く。
JA長生と本納中をあとにながた野の住宅地とケーヨーD2へと向かい
永田駅を駆け抜けていき、前方にミオカステーロがそびえ立ち
そこから高架に上がってアミリィやヤマダ電機を左にカーブ。
東進ハイスクールやさくらホテルのそばから
21:19には大網駅に停車。極端な乗降は生じないまま。
高台を進んで圏央道を潜り、大竹調整池をそばに林を走り、
土気トンネルに突入した後、掘割から市進学院のもと土気駅に滑り込む。
この辺から駅前と塾とそれを経営する企業の分布が顕著になってくる。

「(他人の)子育てに(も)やさしい社会を望む!」と主張される方であれば
良くも悪くも塾がなければ、というような時代になってきていたり
市場化が進められているので自ずと意識されるものに違いない。

ロータリーをあとにして土気団地と百合ヶ丘団地を通り
ファミリーマートの先で千葉外房道を潜ってスパジオを過ぎると
やがて誉田駅に着く。こちらは京葉学院がそばにある。
まぁ線路沿い、しかもその地理的条件から目にしている範囲の話だけど。

誉田中や誉田小を過ぎて再び千葉外房道がそばに延びてきて
リハビリステーションセンターやこども病院を通りぬけ
市進学院やゆみーるがそびえる鎌取駅に滑り込む。
そこから左にカーブして鎌取会堂や鎌取団地を通り
住宅地から草むらに出て生実川を渡って館山道を潜り抜ける。
南町団地から右にカーブして京葉学院とハローワーク千葉南の前へ。
21:37、蘇我駅2番線に到着。相応の乗車がある。
大多喜遠征編2019冬
コミュニティセンターと千葉メディカルセンターにグランシーナをあとに
テンボスの先で高架に上がっていくと
京成線が左に延びてきてヴィンランドと笑顔の湯を通り過ぎ
本千葉駅に立ち寄り、中央消防署から都川を渡って
千葉中央駅を横目に京成ローザ10にアサヒボウルを経て
1000シティビルとそごうがそびえ立ち、21:44、千葉駅3番線に滑り込む。

京葉線用の233系5000番台が
木更津駅行きで千葉駅にやってきているところに
お邪魔している一コマ。
大多喜遠征編2019冬
JR東日本の千葉駅から中央改札を出て
エスカレーターで下って京成千葉駅に向かっていく。
こちらは京成千葉駅を前にしたイルミネーション。

千葉駅は例に漏れずにびゅうプラザが閉鎖されていて
橋上駅舎をつくる段階でみどりの窓口と一体的に作り上げていたので
デッドスペースを抱えることになっていた。
自分の持ち合わせている時間感覚もあるけれども
転換の移り変りの速さを物語っているように思った。
大多喜遠征編2019冬
22:01発(京成)津田沼駅行きの3553編成6両編成に乗車して京成津田沼駅へ。
引き続き総武線快速に乗車しなかったのは
始発駅からの完全着席を目論んでのこと。
所要時間は思っているよりも大差なかったりするのだけれども
接続を考慮するとこちらの方が時間を要する行程になっている。

千葉中央駅からの乗客がどの程度なのかで座れるのかというのが
大きく左右することになり、
以後はみどり台駅でまとまった降車があるから
そのチャンスを見極めるだけのこと。
途中駅で乗車が多いのはやはり幕張本郷駅。

基本的にいかに座るのかという着眼点から
旅客の流れを読みとり、その背景に何があるのかを突き詰めると
ライフサイクルにぶつかるものがあると思う。
普遍的な部分と何らかのエポックによって左右されるものがあるわけで。

毎度のことながらそこから先の記述が短いのは
「気になっている」とか叫んでいる方が
15年近くも工事が行われてきた中で
沿線の旅客動態を把握されていないことはあり得ないという事で。

線路沿いに住宅地が迫っているところで
高架化要望すれば移転しなければならないことは
当然思うだろうし、広場をつくるにあたっても
道路構造を日常で意識されないことはない。

加えて乗降客数の最下位と下から2番目に位置する駅に
駅前広場を要望している図式と、
そういったものを求めている対象である企業や自治体の位置づけすら
何ら思わないことはない。

次は1日1本しか列車が来なくなってしまったところに行く話。
前回行った時は3本あったんだけどさ……。

年賀状は本当にありがとうございました。
その分それなりに来訪頻度を保つように努めなければと思う所存です。
posted by 小林 慶太 at 21:26| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年02月11日

竹灯籠イルミネーション

いすみ遠征編2019冬
2019年12月25日、
風そよぐ谷・国吉駅1番線からいすみ351に乗車していく。
この駅から乗車するのは自分一人だった。
車内は15人ほどの方が乗車されていた。

駅を出た列車は水田へと出てパチンコABCの先で林に入って
夷隅川を渡った後、再度水田を走り、
本泉寺に東漸寺を過ぎ、
新田野ライスセンターの先で国道465号と交わって
これを右に走らせてサンテック新田野駅へ。
サンテックはこれもまた香川県の企業。

俗にいう「新田野ストレート」から切遠井を抜けて
落合川を渡って左にカーブして藪に入り、
再度落合川を跨ぎ、平野木材の裏手から上総東駅に至り
ここで対向列車を待って、いすみ301の到着を受けて走り出す。
いすみ遠征編2019冬
上総東駅から国道465号と分かれて右に曲がり、林に入っていき、
途中で濁った池のもとへ。
もう妖精たちはキャンプをしていることはないけれども
自ずと目線が向いてしまう場所だったりする。

ここからさらに左にカーブして山林に挟まれながら水田に出て
次第に右手から山林が遠のいていき、
一面に広がる水田をゆったりと進んでいく。
いすみ遠征編2019冬
いすみ市内における沿線のハイライト。
平地部に営まれている水田、山林からの開放感。
やがて国道465号が近づいてきて西大原駅に着く。

コーヒーいこいや鈴木モーターズを沿道に
列車は茂みをかき分けて子山保育園の先を右にカーブして
そびえる山の麓から民家の合間を縫って
藪から塩田川を渡り、外房線と合流。

ファミリーマートや上総通運が見えてきて
大原踏切を通りぬけて終点・大原駅1番線に滑り込む。
いすみ遠征編2019冬
16:04、大原駅に到着。
これと前後して大原駅の売店は閉店時刻を迎え、
シャッターが閉じたあとだった。
この辺が冬期の平日における非定期需要・観光のサイクル。
いすみ遠征編2019冬
冬の旅路は暗くなってから大原駅にやってくる事が多く
イルミネーションが飾られていても
その明るい段階でどのようになっているのか触れる機会があまりないので、
ここで暗くなる前に大原駅ロータリーを撮影。
大原高校のインターアクトクラブと大原ロータリークラブの方が
飾りつけをなさっているのが恒例となっており、
今回も例に漏れることなくそれが行われていた。
いすみ遠征編2019冬
大原駅で拾い上げていく話題はやっぱりいすみんNEWS。

いすみ市観光センターのレンタサイクルの案内。
開館時間は英語表記もなされている。

たこしゃぶまつりが大原漁港で2020年の1月12日から
毎週日曜日に港の朝市会場で行うことが告知されている。
ガチャガチャやスタンプラリーも企画しているとある。

温泉ガストロノミーウオーキングやホーフ市、
いすみロケ地バスツアーというものが貼り出してあり、
夏期と変わらないのは「映画やドラマに出演して見ませんか」、という
エキストラ登録のいすみ外房フィルムコミッション。

いすみ市に移住して港の朝市から創業して見ませんかというものには
「いすみ市お試し居住」が加わっている。
山田地区にその施設(民家)があって、そこで一週間ほど滞在してみて、
その住環境を体験してもらうものらしい。
いすみ遠征編2019冬
大原駅は外房線の特急停車駅であるのとともに
いすみ鉄道の始発駅でもあるので
駅正面から延びるメインストリートには観光案内所が構えており、
ここで平日でもレンタサイクルの受付を行っている。
電動アシストで1回500円で受付時間は8:30〜15:30。
返却は16:00まで。
自転車は買い物かごにいすみ200´型があしらわれている。

行動範囲を広げて、きめ細やかに立ち寄ってもらう、
つまり観光における効果をそういうところに及びやすいようにする点でも
自転車は重宝するものがある。

自動車はすぐに止まれないし、駐車場の制約がある。
徒歩は自ずと行動範囲が絞り込まれる。
いすみ遠征編2019冬
大原駅入口に位置する
移住定住促進カフェ・ぶんかむらとhanohano。
こちらに面している部分は15:00〜18:00の営業で日祝日が定休日。
その時間帯設定と営業日を示すように
大原高の学生の方が立ち寄られていた。
大多喜遠征編2019冬
ここからはいすみんサブレを買い求めた後、
再び16:40発上総中野駅行きとなったいすみ351に乗車して
夏期に果たせなかったガージャー御膳を食べるのと
イルミネーションを見物するために
デンタルサポート大多喜駅へと向かう。

折り返し列車となったいすみ351は
冬休みに加えてこの時間帯ということもあり
乗客は2人ばかりで、途中駅から乗車される方もいらっしゃらなかった。
大多喜遠征編2019冬
西大原駅を出て水田を走って山林を抜けていく間に
辺りはすっかり暗くなり、上総東駅ではいすみ352号と列車行き違い。
16:58には風そよぐ谷国吉駅に着くものの、
やはり大多喜町へと向かう、もしくは戻る人の姿もなく、
顔ぶれを変えることなく
17:12、デンタルサポート大多喜駅に至ることになる。

日没時間を境に構内にイルミネーションが点灯した中、
やってきたといっても
降りたってどころか、列車からこれを目にする人が、というのは
非常にもったいないものがあった。
土休日はまた違ったヒトの流れやサイクルが生じるのだろうけれども。
そういうところに居合わせない身としては想像のセカイに過ぎない。
大多喜遠征編2019冬
保線車両のもとへと飾られた竹灯籠のイルミネ―ション。
旧来と志向を変えての展開となった。
大多喜遠征編2019冬
もう一コマ。
竹をモチーフにしたものは
一番最初にミステリーツアーと称して行われた
久我原駅のイルミネーションが印象深いので
そういう光景が重なる部分もあった。
大多喜遠征編2019冬
2番線のもとに飾られたイルミネーションは
明るい時間帯にその仕掛けを見ているので
ここで意図したものを拝見させて頂く事になった。
大多喜遠征編2019冬
ホームだけでなく駅舎の出入り口にも
竹灯籠が飾られ夜を彩っていた。
大多喜遠征編2019冬
ガス灯をモチーフにしたモニュメントとともに
ロータリーからデンタルサポート大多喜駅駅舎を撮影。
大多喜遠征編2019冬
そして天然ガス記念館のもとのガス灯にも明かりが灯る。
こちらが本物のガスによる照明。
ロータリーのモニュメントの明かりと対比すると
その明かりに幾ばくか温もりがあるような色合い。
なかなかこの時間帯まで
観光で滞在するサイクルを描く方はいらっしゃらないけれども
ガス灯の方は通年で見る事ができる。
明るい時間帯のソレしか知らないのはもったいない。
大多喜遠征編2019冬
竹灯籠が駅構内を灯すと
それが及ばないことから対照的に大多喜機関区に留置されている
いすみ206とキハ52-125の姿が寂しげに映る。

とりわけ艶やかな塗装をまとったキハ52-125はとにかくとして
もう検査期限の兼ね合いで線路の上を走ることのなく
走行履歴が車体ににじみ出ているいすみ206においては。
まだこうして姿を留めてこの場所あるというだけでも
良しとしておかなければならないのかもしれない。
大多喜遠征編2019冬
本題を前に例のごとくお土産にどら焼きと最中を買い求めるべく
酒蔵小路を通ってそれぞれのお店へと向かっていく。
それなりに使うべき金額や対象を意識してのこと。

大多喜城こと千葉県中央博物館大多喜城分館のライトアップも
やっぱり暗い時間帯にならなければ
目にすることのできないもの。

手前に明かりが灯っているのは
建築的に評価を受けている大多喜町役場。

個人というベクトルにおいて右肩を上げることはないし、
それ以上対象を広げることもない。
できる人はどこまでもそれらを広げることができるから
観光における経済展望を抱くことができるのだと思う。

最中は取り扱っているお店が営業時間をまわってしまっていたので
それが果たせなかったものの、
どら焼きは相手方が営業されていて下さったこともあり
夏期と同様にこれを手にすることができた。
いずれも経営されている方が、どういうわけか鉄道好きな方。

道を歩いている方は皆無に等しいくらいで
お店の営業時間が、というのも納得できるものはある。
絶対数に対する費用を鑑みれば自ずと。
この辺は歩行者動線を受け皿にしているのか、というのも
やっぱり関係があるのではないかというのは
後ほど思うことになる。
大多喜遠征編2019冬
夷隅神社とともに
登録有形文化財となっている大屋旅館の前を通っていくところ。
大多喜遠征編2019冬
城下町にあった旅館の一つ、旧・寿恵比楼旅館は
建物外観がネットで囲まれた上で解体されてしまっていた。
植え込みの伐採からこれに至るまで結論が導かれていたようで
同じように果たすことができても
それと巡り合えるとは必ずしも限らない。
大多喜遠征編2019冬
そばにある御禁止川公園。
ほんのりと街灯が照らすばかり。
大多喜遠征編2019冬
そこから「久保」の停留所へと歩いて
夏には建設中だった飲食店に小湊鐡道バスで向かった。

やっとここで新しくできたお店にたどり着いて
いざ晩ごはん、と思いきや、
店内はマスターが厨房で片付けをしたりしているところで
沿道には営業中の文字はあれども、
既に出入口は閉まっていて、
窓ガラス越しにそれを眺めるばかりだった。

そういう状況で何とかアピールしても、というのも
たかが一人のために、というのも望むべきことではないので
あるのか定かではない次回へと繰り越すことに。
駅から離れたことでお昼に特化する戦略に変わったみたいだった。
大多喜遠征編2019冬
もう一つの選択肢であるお寿司屋さんに顔を出すというのも
すぐに思い立ったとはいえ、夏期にお会いしているし
いずれはゼロになることを念頭に置いているところで
2回という数字を弾いてゼロになるのを避けるように
サイクルを保つべきだと判断して
国道297号から向かったのはおおたきショッピングセンターオリブだった。
大多喜遠征編2019冬
ここでいのしし丼膳を頂いて晩ごはんに。
やっぱり平日に、晩ごはんを、外食で、という選択肢は
相手方が間口を用意して下さっても絶対数として、というのを
ひどく思うものがあり、ありがたい反面、申し訳なく思うものもあった。

ロードサイド店で営業時間終了間際まで居合わせることがないので
ヒトの流れを見る、道路の交通量を見る、という機会に巡り合えたのも
なかなか興味深いものだった。
城下町の歩行者の量と比べると
駐車場を埋める自動車や交通量は格段に違うのは言うまでもないし。

クリスマスからお正月に売り場を変えていく日で
こういう日に公休日に重なって
他を見る、というのも滅多にないので
後ろめたいものは付きまといつつも
お互いにそういう風にやっているのだから、と
非常に自分自身を納得させたりするのも確かだった。

しょうもないことばっかりやってるでしょう。
大多喜遠征編2019冬
今回は城見ヶ丘駅から列車に乗っていくことにした。
国道297号から見ている城見ヶ丘駅。
住宅地に位置する駅でも、
ライフサイクルが早かったり、もしくは遅かったりする兼ね合いで
ホームの明かりしか見えないくらいに
真っ暗なところに位置していた。
大多喜遠征編2019冬
城見ヶ丘駅といえば
大多喜高の方々が花壇やプランターを手入れされているところの一つ。
ボードを設置して下さった当時の方々は
今どのようなカタチで
大多喜町と接点を持たれているのか知る由もないけれども
鉄道に対する取り組みは続くものとして受け継がれている。
大多喜遠征編2019冬
ここも大多喜バーブガーデンのネーミングライツが入っている。
最寄り駅ながら相応の所要がかかる位置関係にある。
大多喜遠征編2019冬
一面一線の駅のフェンスには
そのハーブガーデンで第3日曜日に開催される
あつまんべ市の横断幕が掲げられていた。
大多喜遠征編2019冬
寒い中、ようやく20:09、大原駅行きいすみ301がやってきて
その車内に入って暖をとることに。

つづく
posted by 小林 慶太 at 22:55| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする