2019年12月06日

両端のドラマ

陸別遠征編2019
2019年9月4日、道の駅オーロラタウンりくべつ93から
北海道北見バス「北見」行きに乗車していく。
ベンチでバスを待っている際には高校生2人がそばにやってきたので
まさか陸別〜置戸間の定期需要を担う方なのではないのかと思いきや
実際はそんなことはなく、
置戸町役場の方が乗降調査をなさっている車内に乗り込んだのは
自分一人という現実を改めて実感するのだった。

乗車した14:25発北見行のバスは
前日には「小利別」〜「置戸」間を利用しているので
乗車していた区間の前後関係にあたるヒトの流れを辿っていく事になる。
非定期需要を鑑みつつも、おおよその見当がつくところと
思いがけない部分とそれぞれに。

道の駅オーロラタウンりくべつ93を走り出したバスは
陸別町商工会館を右折して陸別郵便局のもとから国道242号へ。
陸別遠征編2019
多目的広場と陸別消防署をあとに坂を上がって右にカーブ。
そこから今度は坂を下っていく。
壁面には沿道自治体のイラストが描かれている中で
「栄町」を通過して変電所の先へと市街をあとにする。
陸別遠征編2019
陸別跨線橋を渡っていくところ。
「線路跡」ではなく「線路」を跨いでいく。
陸別遠征編2019
線路を右手に移して百恋駅と松浦建設のそばを駆け抜ける。
脇道と看板が目に留まる付近に百恋駅。
道路はこの辺直線状に延びている。

清楓橋から右にカーブしたあと、
真っすぐ茂みに延びる道路を進んでいき、やがて左へとカーブ。
石井牧場から工事現場を通り、クンネベツ橋と第1号橋を渡って、
そこから左にカーブ描いてとうもろこし畑と牧草地を進んでいく。
陸別遠征編2019
「分線」停留所を通過していくところ。
待合所が設置されている。
陸別遠征編2019
ここから右にカーブ描いて分線跨線橋を渡る。
牧草地から山林に差し掛かって
右にカーブしながら坂を下って依田橋、川上橋と渡り、
今度は左にカーブしてまた坂を上がる。
陸別遠征編2019
さらに右へとカーブした後、山林を黙々とひた走っていく。
人家はない中に道路だけが延びている、という
そんな言葉が強ち過言ではない。
陸別遠征編2019
やがて左にカーブして旧・川上駅跡のそばを通り抜ける。
秘境駅として名を馳せていた時代もあったけれども
さらに遡ると隆盛を極めた林業を輸送を担ってきた場所。
山深い中でも平地部にこれが確保されていたことを物語っている。

今度は右にカーブ描いた後、真っすぐ進んで待合所のそばに。
北見方面へのバスは待合所に乗客の有無を確認しつつも
転回スペースには立ち寄らずに「川上」をあとにしていく。
陸別遠征編2019
そこから左にカーブして深雪橋と深雪跨線橋を渡り、
白樺並木と茂みを進む。
本当に淡々としている。

左へカーブして坂を上がって、右にカーブを描いた後、
今度は坂を下って村上牧場のもとへ。
続いて左へとカーブして、今度は右へとカーブし、日宗橋に出る。
陸別小利別ICまで2kmの標識がある。
陸別遠征編2019
法華橋を渡って道道143号と分かれる交差点が前方に迫ってくる。
陸別遠征編2019
バスはそのまま直進していくと
白い三角屋根が見えてきて「小利別」に至る。
こちらは「陸別」停留所方面に設置されている
待合所を見ているところになる。

前日であれば、置戸方面へと停留所に待っている自分がいたわけで、
乗降がなかったとはいえ、ここまでが
自分の目の前に至るまでのドラマだったことになる。

陸別小利別ICとソーラーパネルから山林へ。
大袈裟ではないくらいにまばらだった対向車がなくなる。

左にカーブして万才橋を渡り、十勝オホーツク道を潜って
さらに左へとカーブ描いて敷島橋のもとへ。
今度は右にカーブした後、黙々とひた走っていき、
左にカーブするとチェーン着脱所がある。

そこから真っすぐ進んで14:51、池北峠から置戸町に入り、
左へとカーブして坂を下っていく。
三国橋の先を右にカーブして
JAきたみらいの哺育育成センターから蛇行を重ね
フェンスのもとへと向かい、白髪橋、紅葉橋を通りぬけて
また幾重にも蛇行する道路を辿って
ようやく三好木材の前に出て「実習橋」に出る。

停留所をそばにしたバスアナウンスが流れるまでの
沈黙が非常に長いフリー乗降区間も終わりが近づく。

やっと沿道に民家が見受けられ、
ソーラーパネルの先で「公進橋」の停留所でお一人が乗車され
調査をなさっている置戸町役場の方を除くと
同乗者を得ることになった。
置戸遠征編2019
そこから右にカーブして拓殖橋を渡って右折。
ここから時おり距離を近くにする機会はあれども
なかなかそばには目にすることはない中でも
常呂川と行程を共にしていく事になる。
置戸遠征編2019
国道242号と分かれて置戸市街へと道道1001号に入る。
置戸トンネル側への国道242号にあった
セイコーマート店舗だった建物を見ている一コマ。

北見市街や訓子府町から留辺蘂方面へと向かう自動車以外は
ほとんどが無料の十勝オホーツク道にシフトしているので
その交通量が強ち無縁なものではないのかもしれない。

置戸市街に流入する交通を棲み分けるべく
国道が整備され、そちらへとシフトした交通量は
さらに高規格な道路に流れていき
利便性の享受を直間接的に受けているのも事実ながら
そこから派生していたものが及ぼしていたものというものも
自分が思っている以上に大きなものがある。
置戸遠征編2019
林友橋から左へとカーブして出光のガソリンスタンドランヴァや
網走中央森林署、石井工業、新生紀森林組合を通り置戸町役場の前へ。
いなだやの先を右折して15:02「置戸」着。
コミュニティホールぽっぽを前にした
こちらの停留所でもお一人の乗車があった。

前日はこの停留所で下りているので
その先のドラマを辿っていく事になる。

くるっと多田ファッションのもとから道道1001号に復帰して
置戸ハイヤーにJAきたみらい置戸支所、置戸郵便局を通り、
「置戸地区卸売市場」で公進橋から乗車されていた方が下車。

続いて北進工業とまつやを過ぎた「学友橋」では
置戸停留所からの方も降車され、
意外にも北見市街はおろか、訓子府町に至らずに
置戸町内でヒトの流れは完結してしまった。

裏を返せば町内の移動だけでも
タイミングを合わせてバスを選択肢にして下さるのも確かなようで。
その絶対数と投資をどのように捉えるのか、というのがある。

またまた乗客は調査員の方を除くと一人になってしまった中で
国道242号に復帰して坂を上がり「上鉱山」に向かっていく。
左へとカーブして「下鉱山」に出て、
坂を駆けあがって北光自動車を右折。道道50号に進む。
置戸遠征編2019
左にカーブして坂を下ってたまねぎ畑へ。
スクールバスとすれ違う一コマ。
置戸遠征編2019
「豊住7線」から中沢農園を通って「豊住5号線」に向かい、
右へとカーブして「北一線分岐」を経て、左にカーブ。
愛の川橋を渡って「境野2号線」へと左にカーブしていくと
民家が沿道に並んできて境野交流センターあぐりを前に「境野」に至る。

境野公民館をあとに丸富青果から右にカーブした後、
今度は左へカーブして「西富33号線」に出てたまねぎ畑をひた走る。

「西富31号線」のあたりで右手に少し離れて常呂川が見え、
そこから「西富30号線」「西富28号線」と進んで右にカーブして
紅葉橋を渡った後、ソーラーパネルのもとから右へとカーブ。
しばらく真っすぐ進んで「西富26号線」から住宅地に入っていく。
訓子府遠征編2019
最勝寺とセイコーマートを通って「訓子府25号線」を通過。
沿道の建物の奥にかつてスーパーとみやまだった店舗も。
ホクレンのガソリンスタンドやJAきたみらい訓子府支所、A-Coopを過ぎ
坂井商店と住吉商店を左折して
旅の宿くんねっぷを通りぬけて農業交流施設・くるネップを前にした
ロータリーのもとへ。
訓子府遠征編2019
15:25、「訓子府駅」着。

訓子府高の最寄り駅で下校時間帯に重なるのかと思いきや
バスはここに立ち寄ってすぐにUターンしてポケットパークを左折。
道道50号に復帰して「訓子府」へ。
さいとう商店を通って「訓子府東町」に向かい、
さらに「穂波23号」から柴田石材のもとへと進んでいき、
15:28「訓子府温泉入口」に到着。ここで下車。
訓子府遠征編2019
入れ替わり小学生2人の乗車があり、これを見送る。

訓子府温泉保養センターでひと風呂浴びて
「訓子府駅」もしくは「訓子府」停留所でバスに乗る、という
そんなシナリオを描いていた身としては
思いのほかの距離感や時間に追われる事になる。
訓子府遠征編2019
やってきた訓子府温泉保養センター。
この時間帯にやってくるのは初めてだったりする。
カランが埋まっていたので
割と一日を通してお風呂にやってくる方がいらっしゃるようだ。
訓子府遠征編2019
やっぱり訓子府温泉保養センターといえばコレ。
メロンがお風呂に入っているイラストで
その場所を案内している。

めろねっぷというキャラクターが登場して
農作物の箱にも描かれたりするようになっていても
保養センターの看板は引き続きこの❝メロン❞がお風呂に入っていた。
変わらないものに巡り合える(勝手な)安心感。
北見遠征編2019
待てば待ったで、バスが通り過ぎてしまったのではないかとヒヤヒヤし、
間に合わなければあわないでアタフタするという有様で
確実に家路につくことを最優先に「訓子府温泉入口」から
再度バスに乗車していくことを決断。

16:15、北海道北見バス「北見」行きに乗車していく。
高校生は4人ほど。訓子府高の方々だった。乗降調査はこちらでも。

成田喜八郎商店をあとにくるねっぷ観光バスを過ぎて「穂波21号線」へ。
穂波会館と農業倉庫から「穂波20号線」に出て行き
たまねぎ畑を進んで「穂波19号線」に向かう。
左にカーブして「穂波18号線」を通り、訓子府石灰から「日ノ出」に至る。
訓子府高の看板を過ぎて水田も見受けられるようになり
「日ノ出16号線」を経た後、
再度たまねぎ畑が沿道に続く中で左へカーブ描いて
「上常呂15号線」に向かっていき、16:20、北見市に入る。
北見遠征編2019
ソーラーパネルを左にカーブして「上常呂14号線」に出て、
そこから真っすぐ水田を進み、程なく左へとカーブし「上常呂13号線」へ。
右にカーブして「上常呂12号線」を通り過ぎて十勝オホーツク道を潜る。
北見遠征編2019
稲作がなされている光景の奥に十勝オホーツク道が延びている中で
手前には「北光洽田風清」の碑。
北見遠征編2019
左へとカーブ描いてアクシブ建設から「上常呂11号線」に向かい
さらに左にカーブしてコミュニティ広場のそばに出て「上常呂10号線」。
上常呂郵便局と森田屋商店が見えてきて「上常呂」を通過していく。

こちらは奥に旧・上常呂駅=上常呂コミュニティプラザへと見ているところ。
往時であればメインストリートということになる。

意外に乗降、とりわけ降車がないままに市街に進んでいく。
北見遠征編2019
上ところ診療所を右にカーブして上常呂小と上常呂神社の前を通り、
美山建設を左へとカーブして「北上8号線」に出て行き、
住商アグリビジネスを過ぎると「北上7号線」へ。
水田からたまねぎ畑を進んでいき、右手には北海道製糖の工場がそびえ立つ。

興和工業と工事現場を通って「北上」停留所の先で
桜田ボデーのもとから十勝オホーツク道を潜って左へとカーブ。
ソーラーパネルやサンコートハイツを過ぎ「北上5号線」に出て
北海学園から右にカーブして日伸建設のもとから
「北光社」を過ぎ訓子府川を渡っていく。
北見遠征編2019
道路は片側2車線の4車線へとなり、
北見信金とラルズマートを前に「北光4号線」に至り、
とん田通りから右折して2車線の道路に入る。
この停留所で一気に4人が乗車された。
北見遠征編2019
広明館と北光小の前を通りこちらの停留所でも1人の乗車がある。
セイコーマートを過ぎてたまねぎ畑から坂井コンクリートを通り
「北光2号線」に至り、ここでも2人が乗車。
グループホームひまわりと花園郵便局を過ぎると
右手にCR75の車体が目に入るものの、
無加川も渡ってないところで下車をして、
その後の行程を考えると無謀なので復路もまた素通りしていくことに。

「北光1号線」から左にカーブして無加川を渡って常盤通に入る。
清月やローソンを過ぎ、北一食品を通り「常盤町」に至り、
その道のりに自分の判断の賢明さを納得させる。
ここからバスカードでの乗降100円引き区間。
屯田公園からのみやま眼科とエフユニットの前に出て
ここを右折して国道39号に入る。
北見遠征編2019
ソフトバンクやタイムズカーレンタル、ホテルルートインを過ぎると
北見市役所建設現場があらわれ、パラボの先を右折して
16:43、北見バスターミナルへ。4番乗り場に到着。

意外に夕方のこの時間帯、
バスカードの恩恵で、という選択肢を選んで下さる方が
いらっしゃってこまめに停留所に、と思ったのに
交通量が若干それを緩やかにさせる程度で
速やかに終点に辿りつくこととなった。

偶然の要素も強いとはいえ
実に終点に至るまで一人も降車がなかったので
何だかんだ市街地中心とその駅、並びにバスターミナルの磁力は
その影響力があるのではないのか、というのが
ヒトの流れを見ての率直なところ。

高校生の方々は2次交通としての乗り継ぎを控えているのか
定かではないけれども
やはり図書館の存在も大きいのかもしれない。
北見遠征編2019
こちらはパラボに併設されていた
旧・北見バスターミナルを見ているところになる。
線路沿いに面しており、
待合所やカウンターがあった部分はシャッターが閉ざされ
一部のレーンは車椅子優先スペースが確保され駐車場になっていた。

というわけで、前日が火曜日、この日は水曜日で
休業日だった前日は淡々と貨物列車と記念撮影だけ済ませるかのように
ターミナルをあとにして、
パラボの営業日のこちら2日目に照準を合わせて
市役所庁舎建設とバスターミナルの様相を改めて見物していくのだった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 22:08| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月03日

足寄定食 僕とバスに乗ってもらえるんじゃないんですか!?

本題の方を追いかけるのに手いっぱいで
こちらも時系列を追って辿っている話ながら3カ月以上も前の話になってしまった。
足寄遠征編2019
2019年9月4日、十勝バスで「足寄南6条」停留所にやってきて
目の前にある足寄町学習塾を興味本位でぐるっと見物した後、
こちらの塾に通われている足寄高へと
その位置関係と動線を巡っていく。

鉄道時代は「足寄駅」=道の駅足寄銀河ホールが
高校への最寄り駅となっており、
現在も同様に停留所は設定がなされているものの
バスはきめ細やかな停留所の設定ができることから
十勝バスの案内においても待合所も設けてある
「足寄南6条」停留所が高校の最寄りとなっていて
足寄高校からこの足寄町学習塾、停留所と登下校の道のりに続いていた。

要は高校から通学手段としてバスを選択肢にしている生徒にとって
塾に行くのに迂回したり、別方向に向かうことなく
いずれも徒歩で通いやすい位置にある、という事。

簡易郵便局が隣接しているところに塾がある、というのも
強ち偶然のものなのだろうか、と思えるくらいの立地。
でも、「足寄」停留所からの乗降が多いような気がする。

高校生に真っすぐ家に帰るのではなく
何だかんだ買い食いをしてもらったり、
そういったサイクルが少なからず市街に及ぼすものがないと
それはそれで経済的なものや活力を左右するものになるので
ダイレクトにアクセスができれば
それでいい、ということになるわけでもないのだけれども。
足寄遠征編2019
高校の最寄りの停留所といっても
目の前に高校があるわけではなく
国道242号を近接する本町簡易郵便局から道なりに辿り、
サクライ家具やエネオス足寄中央SSを過ぎたところで
中央通りへと左折して
そこから山手通りに入り、正面に足寄神社を見据えて左折し
神社が鎮座する小高い丘へと
ゲストハウスのもとから坂を上がっていく。

いぬとねこのおうちという診療所の先に
里見が丘公園という広大な公園があらわれ
そのスライダーに圧巻されることに。

ちょうど鹿追町の小学生が遠足でやってきているところだった。
キャンプ場や野球場があったりする総合公園だ。
足寄遠征編2019
足寄高はその里見が丘公園のはずれに立地している4階建ての校舎の高校。
学校としては150人規模なので本別高よりも多い生徒数を抱えている。
池田町と北見市を結んでいた
北海道ちほく高原鉄道沿線の中では大きな学校の部類に入る。

道立高校ながら生徒数の確保は
やっぱり立地自治体から特定年齢層の流出を招くことになるので
こちらもまた足寄町が積極的なバックアップ。

十勝バスをはじめとした公共交通機関の定期代は全額補助。
自家用車の送迎も月2000円が支給される。
下宿代も月4万円まで補助してもらえる。

入学した際には制服や教科書代として7万円、
見学旅行にも3万円、希望者には小中学校の給食が無料で提供してもらえる。

高校1年生は希望者全員が足寄町は姉妹都市をカナダに持っているので
そちらへの海外研修派遣事業も全額補助で参加することが可能。

模試などの費用も全額助成。介護職員初任者研修の受講費用も全額補助。
看護や介護福祉を目指しての進学には修学資金の貸し出しを行い、
地元で一定期間の勤務を満たすと返還も免除しているという
いずれも超破格のもの。

加えて冒頭の足寄町学習塾。

野球部の外部コーチには池田剛基さん、
つまりファイターズの尾崎匡哉さんや小谷野栄一さんと同年代に入団された
元プロ野球選手の人材派遣を受けて
指導を受けたりすることもできる。
池田さんは足寄町の職員となっており、
ファイターズとのパートナー協定で人材派遣を受けているのだそうだ。
足寄遠征編2019
そういうわけでなのか総合体育館にも
ファイターズの北海道移転15周年の旗がなびいていた。
足寄遠征編2019
里見ヶ丘公園の足元、といっても
市街を木立ち向こうに展望できる中腹に鎮座している足寄神社。

こちらも令和の到来を祝う幟がはためき
秋の例祭へと準備を進めているようだった。
拝殿は1980年代のもの。共通するデザイン、神明造。
足寄遠征編2019
国道242号へと戻っていくところで道路と並行する
旧・北海道ちほく高原鉄道線路跡部分を仙美里方面へと撮影したところ。
往時を少なからず意識する身としては
延長線上にある建物を周囲と比べた上で
比較的「新しい」と捉えてしまうけれども
歳月の経過は確実にそういうものを市街に溶け込ませている。
むしろそうあるべきもの。
足寄遠征編2019
こちらはクルっと振り返って
もちろん奥に道の駅足寄銀河ホールが
そびえ立っていることからもわかるように
旧・北海道ちほく高原鉄道線路跡部分を旧・足寄駅へと見ているものになる。
A-Coopの背後に位置する駐車場。

これもごく自然なものに映るところに歳月は推移しているわけで
奥に駅だった建物(今も道の駅だけど)があって
直線上に意識的にこのように取り上げても
線路が延びていたことを伺わせる面影はないに等しい。
足寄遠征編2019
鉄道駅時代から既に道の駅としても機能していた足寄銀河ホールは
バス待合所をはじめとした転回スペースの新設を経て
線路跡部分を含めて平面的に
その施設展開を組み立ててあるのが今日の姿だ。
同時に駅舎自体の展望塔や2階部への出入りは普段は出来ないことに。
それもまたごく自然なものになっている感がある。

ふきのしたキッチン、足寄ありがとう牧場、地域交流物産館、
これらの施設の立地は鉄道があった時代では
その線路が延びていたこともあり組み立てることが出来なかった。
足寄遠征編2019
地域交流物産館での一コマ。
足寄町も酪農が盛んなので
それを象徴するように建物の入り口には乳牛を模したベンチが置かれている。
エサを穀物主体から放牧酪農による草にシフトさせて
負担による農家戸数が減らないような飼育法によるブランド化の試み。
足寄遠征編2019
道の駅足寄銀河ホールを貫く線路、といっても
鉄道時代を彷彿させるのとともにその歴史を刻んでいるオブジェ。
モニュメントとして組み替えており
往時とはその様相が異なりながらもなおもその存在を伝えている。
かつては2面2線の相対式ホーム構造だった。
こちらに足寄駅の駅名表示板が設置されている。

道の駅館内はあしょろ観光協会や十勝バス足寄案内所が入り
レストランあしょろにベーカリーショップ、
そして郷土の輩出した偉人、松山千春コーナーが設けられている。

やっぱり館内のBGMはず〜っとスピッツの「優しいあの子」だった。
十勝地方全域で❝なつぞら❞を盛り上げていた。
足寄遠征編2019
こちらの駅名表示板は鉄道時代を模したもので
レストランとベーカリーショップの案内図になっている。
線路挟んで北海道ちほく高原鉄道のあゆみについて触れているパネル。
足寄遠征編2019
「愛冠」の駅名があいかっぷ、すなわち愛のカップルに通じるということで
縁起のいい切符として取り上げられたこともあるので
その乗車券とともに足寄町の駅舎を中心にしたパネル展示。
沿線7つの自治体を北斗七星になぞらえて
主要駅には十二星座を充てた駅名表示板があった。
国鉄時代からの歩みを写真パネルで辿っており
足寄駅は現・バス待合所のモデルとなった先代駅舎が映っている。
足寄遠征編2019
レストランあしょろでお昼を食べた。これが足寄弁当だ!
天ぷらに入っているキス開き以外は
全部足寄町でつくったもので顔ぶれを揃えている。
つまりそういうことが可能な気候風土、農業の盛んな土地柄にあたる。
コロッケは南瓜。ファーストフードコーナーではシカ肉のコロッケも売っていた。
煮物と天ぷらにフキが登場しているのは代名詞的なものだからなのだろう。

うちの街だと水田すらないので
「ごはん」さえもプレートに載らない……。

農業が盛んでも気候の兼ね合いで
稲作が出来なかったり、小麦に向く向かない、というものがあるし、
このごはんの顔ぶれが揃うというのは
派手さはなくとも非常にスゴイことだったりする。
足寄遠征編2019
「足寄」停留所が設置されている待合所。
豚丼やうどんの幟がなびくようにゆめ風ひろばと足型工房が入っている。
待合所には郵便ポストと公衆電話が軒先に設置されている。
背後にはフクハラが立地していて
その間を往時は線路が横切っていた。
足寄遠征編2019
青地に白い文字の国鉄時代を彷彿させる駅名標。
こちらも線路と信号機のモニュメント。
足寄遠征編2019
時間に余裕があれば貨客混載便に乗車したかった……。
13:21、「足寄」にやって来た十勝バス「陸別」行きに乗車。
迎え入れたのは黄色いオーソドックスな車両。
一緒に乗車されたのは8名。いずれも高校生の方々だった。

ここから陸別町まで辿る、陸別町から足寄高に通われている、
つまり定期旅客となられている方はどれくらいで、
足寄町内においても、どのように登下校をなさっているのかというのは
路線バスの存在においても着目すべきものだった。

乗車するなり、十勝バスでは陸別以遠に向かう乗客の有無が尋ねられる。
そちらに向かう人は自分一人だった。
陸別〜置戸間の定期旅客をされている方に巡り合えるのかという
淡い期待感と好奇心は早々にかき消され、現実を受け入れることに。

貨客混載便は1日1便、足寄15:09発だ。
35kmのドライバーの移動距離削減やCO2削減がこれによって体現される。
専用車両が充てられることはなく、
十勝バスは座席部分にそのスペースを確保して
ヤマト運輸が専用ボックスの積み下ろしを行う。
これによってヤマト運輸がコストを負担することで
路線バスの維持につながっている。

高校生と辿るバスの道のりは道のりで意義があるものだけれども。
ここからほぼ陸別市街まで乗車需要を読みとるよりも
どこまで乗客がバスを利用されていくのか、という
そんなヒトの流れになっていくというのは想像するに難くなかった。

国道242号に復帰したバスはサツドラにホテルレウスアショロを通り
子ども園どんぐりと道東コンクリートの先で「足寄北5区」に出て
市街をあとに左へとカーブした後、S字カーブを描いて利別川を渡る。
架け替え工事の作業が行われていた。

そこから左へと脇道に入って「下愛冠団地」に向かい、
サンクロレラを過ぎて国道242号に合流すると
セブンイレブンと「足寄土木現業所」の前に。
ソーラーパネルのもとから右にカーブして
トウモロコシ畑やテンサイ畑を進んでいく。
足寄遠征編2019
畑を見て何の作物を育てているのか突き当たるものが乏しいというのは
語彙からしても明らかなことなのだけれども。

やがて右手から山林が延びてきてバスはその中へと進んでいき、
大きく右にカーブして十勝ノーサイを通り
廃屋も見受けられたりする中で「愛冠」に向かう。
駅舎だった建物は右手に健在(座っているのは左側)で
うどん店として時間が限られているものの営業中にあたり幟が出ていた。
そこから畑へと走っていき、
白樺とともに茂みに延びる道路を辿っていくと畑が再度広がり
西一線橋を渡って「足寄西一線」を通過。
右にカーブして今度は塩幌橋を渡り、
わずかながら民家が集まり「塩幌」に出て行く。
淡々と停留所のアナウンスが車内に流れるばかりでスムーズすぎる旅路。
足寄遠征編2019
第2利別橋を渡って脇道へと旧・上利別中を右折して入り、
そこから上利別郵便局の前を通って
旧・上利別駅があったところにあたる「上利別」停留所に立ち寄った後
再び国道へと復帰していく。
足寄遠征編2019
上利別橋を渡って「大誉地」へと向けてひた走る。
足寄遠征編2019
さらに第3利別橋、第4利別橋と2つの橋で利別川と交わりつつ
小学校が集落にある「大誉地」に至っても降車される方はいらっしゃらず、
乗車されていた高校生は
偶然にもいずれも陸別町に通われている方ばかりだったようだ。
足寄遠征編2019
やがて左手に牧草地が広がってきて「薫別伏古丹」を通過していく。
伏古丹神社と仲野牧場を通って右にカーブを描き、
梅田牧場から林に入り、左へとカーブしながら坂を下り、
「陸別関」停留所を通り、ふれあい農園を右にカーブ。
そこから左へカーブして坂を下った後、
今度は右にカーブしつつ坂を上がり、一時的に利別川と並走する。

佐々木林業の前に出て、石橋建設と加藤自動車工業をそばに
「陸別新町」にやってきたところでお一人が降車。

当然といえば当然ながら
こうも市街地を間近にしたところまで降車がないとは思わなかった。
限られた定期需要を担う方々もまた生活圏は絞り込まれるものになっていた。
陸別遠征編2019
バンドウと南建設の先で坂を上がって陸別橋を渡る。
左にカーブするとJA陸別町とA-Coopの前に出て、
セイコーマートを前に左折して14:02、「陸別」着。
道の駅オーロラタウンりくべつ93を前にパチリと。
陸別遠征編2019
迎えに来ている保護者の方もいらっしゃらなかったし、
コミュニティバスがやってきても、
そちらへとコンタクトをとられる方も見受けられなかったことから
なおさら市街地から通われていることが伺えるような気がする。
減少傾向がある中においても人口の集約化が進んでいることを
何となく仄めかされているのかもしれない。
陸別遠征編2019
宿泊もしない中で珍しくCR75と2日続けてご対面。
乗り換え時間は23分ほど確保されている。
陸別遠征編2019
こちらが改めて旧・陸別駅の跨線橋。
道の駅ステラほんべつの跨線橋とともに
保存の選択をとって頂いているとはいえ
それに対する姿勢はそれぞれに異なるものだ。
歴史的な価値を持つ認識が付与されるところに時代が推移している。
陸別遠征編2019
往路は復路を考えて荷物を背負い込まないようにしていたので
物見するばかりだったけれども
ここで❝なつぞら❞のチーズブッセと
本別・足寄・陸別の3町よくばりセットを購入。

よくばりセットは
日本一の豆の町、日本一広いまち、日本一寒いまちという
3つの「日本一」が集結して商品化を試みている。
それぞれの街を代表するお菓子がピックアップしてあるもの。

なつぞらの商品化は許可申請などに時間を要することから
放送期間に照準を合わせて早い段階で企画がなされ
こちらに実現していたものと思われる。

2日続けてやっぱりスピッツの「優しいあの子」が流れていた。

道の駅での買い物に完結してしまっているのは
徒歩と交通機関での行動を原則としている。
それなりの購買を果たしたら
水準だけでも持続させることも念頭に置かなければならないし、
同時にそれが果たせないと落差が生じるのも思わなければならないこと。

20分の乗り換えだとラーメンは注文してつくってもらうことを考えると
物理的に食べるところまでたどり着くのにムリがあるので
ぷらっと広場でりくべつラーメン、というシナリオは断念。
足寄町を通過してやってくる選択肢は
旅の目的として塾を見物するという確固たる目的があったので
最初から念頭になかった。
陸別遠征編2019
立ち寄る先々でことごとく某コンビニのメロン最中を買い求めて
上機嫌でバスを待っていると高校生2人がそばにやってきたので
ひょっとして「足寄」停留所段階では申告がなかったけれども
陸別〜置戸間を利用される定期利用の方にあたるのかと思い
その姿に内心感嘆したものの、談笑をした後、停留所をあとにされていった。

そんなわけで北海道北見バスの登場ながらも
置戸・北見方面へと向かう乗客は自分一人だった。
前日に続いて乗降調査がなされており
こちらには置戸町役場の方が同乗されていた。
訓子府町もなされているものと思われる。

つづく

posted by 小林 慶太 at 21:48| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月28日

足寄の塾

本別遠征編2019
2019年9月4日、11:34、「本別」停留所から
十勝バスふるさと銀河線ラッピングバス陸別行きに乗車した。
先客は3人ほどいらっしゃったものの、
停留所を走り出して早速お二人がA-CoopとJA本別町を過ぎたところで
「本別北6丁目」停留所において降車され、
池田町や本別町から足寄町方面に向かう人は
自分を含めて2人のみとなってしまった。

エネオス本別SSを通り、右手にソーラーパネルが見え、
「本別北8丁目」に出ていき、市街から林に入り左にカーブを描く。
ヤンマーとラーメン百番をそばに「上本別」を通り
佐川急便と本別自動車工業、上本別生活館の先を右へとカーブした後、
真っすぐ延びる国道242号をひた走ると
「仙美里39線」がアナウンスされ、左へカーブ。
本別遠征編2019
仙美里地区へとやってきての一コマ。
そして「フラツナイ」を経て、井上産業通り過ぎ「仙美里23号」に出る。
カーサービス本別をそばに直進していくと
仙美里小のもとへとやってきて、そこから脇道に立ち寄る。
本別遠征編2019
11:53、「仙美里」着。
旧・仙美里駅こと仙美里コミュニティセンター(鉄道資料室)へと
転回スペースから回り込み、出入り口を前にした停留所で小休止。
回り込んでいる場面で建物裏手を撮影したもの。
本別遠征編2019
明るい時間帯での仙美里コミュニティセンター。
トイレ休憩の時間を挟んだ後、
そこから国道242号に復帰して
仙美里郵便局と仙美里プロジェクトを左にカーブして
仙美里保育所に向かっていき、仙住橋を渡る。
本別遠征編2019
畑を右にカーブ描いて牧草地を進んでいくと
「仙美里橋」から利別川を渡り、足寄町に突入。
「明美入口」を通り抜け、さらに右にカーブして「下足寄」に向かう。
左手に山林が延び、信濃橋を渡り、足寄ICへと出た後、
光南車輛と味のちぬやの先を右に曲がり、
日農機製工、北海道クボタを通って
足寄郊南コミュニティーセンターのもとへ。
足寄遠征編2019
共成レンテムを過ぎて「足寄化石博物館」の先で
ローソンのもとで国道241号と合流し
イエローグローブやパチンコオアシス、ホクレンGSと
沿道に並んで来て市街に入っていき
セイコーマートとエネオスを過ぎたところで
「足寄南6条」にやってきて12:04、こちらで下車となる。
市街地の停留所でログハウス調の待合所を持っているところだ。
足寄遠征編2019
内部はゴミの持ち帰りのポスターを掲出していても
それが無用であるかのようにキレイに維持管理がなされ
木のぬくもりが際立つものとなっている。
足寄遠征編2019
降り立った目的はこの停留所がこちらの最寄りにあたるからだ。
足寄町が運営している学習塾。

高校の最寄りにあたるところにこの足寄町学習塾。
存在自体は既に意識していたものながら
ここでようやく、という運びとなった。

足寄町が道立の足寄高の学生のために設立した塾。無料で通える。
Birth47という日本個別指導学院などを手掛けるところが指定管理者になっており
中学校の復習から難関大学の進学までバックアップ。

裏を返せばそこまでしないと
その年齢層の人口流出の危機に晒されているという事に他ならない。

人口減に拍車をかける傾向にありながらも
その競争に追随しないとさらに先細るジレンマがあるというのは
自治体も個々人においても共通する点。

子どもが一人、二人と増えて行けば
塾に通わせるサイクルを保てる家庭は限られる一方、
そういう条件に当てはめなければ進学の競争には太刀打ちできない。

高校から通いやすいところに立地して
なおかつバスにも乗りやすいところ、というのが
自ずとヒトの流れを読みとる上で着目すべき点。
路線バスの存在を必要不可欠なものとされるのは
定期利用の方であって、ほぼ高校生であると思われるので
それらを意識しないことはない。

で、その高校はどこに、ということで
そちらへと向かっていくのだった。

さも当然のように綴っているけれども
鉄道時代は微塵も思うことがなかったりするくらい
沿線に対する着眼点に欠けていた。
今も非常に曖昧で乏しいものながら、当時に比べれば多少なりとも。

十勝バスの案内でも高校の最寄り停留所として案内されるこの場所ながら
印象としては「足寄」での乗車が多いような気がするのは
本別・池田駅方面へと向かう便で辿る機会が多いからなのだろうか?

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:19| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月27日

銀河の向こうには学校がある

何故鉄道時代にそういうところに意識が向かなかったのかというのは
知ったからどうなるというものでなくとも、ここに限らず悔いるものが多い。
本別遠征編2019
2019年9月4日、十勝バスでロータリーに「本別」停留所が設置されている
道の駅ステラほんべつこと旧・北海道ちほく高原鉄道本別駅にやってきた。

沿線に高校が位置する最寄り駅の一つで
現在もバスは通学・下校の交通手段にあたるので
その本別高校までどのように通われていたのだろう、というものをなぞりながら
同時に今回も限られた範囲ながらバスの窓の外に流れていく光景、
しかもほとんど暗い時間帯ばかりだったところは
どんなところなのだろう、というのを少しばかり紐解いていく事にした。

滞在時間は次発の陸別行がやってくるまでの2時間ほど。
本別遠征編2019
まず最初の興味対象となるべき場所、本別神社に向かっていった。
本別町もまた街の名前を冠した神社が鎮座しているので
例外なく立ち寄っていくことに。

本別神社は道の駅ステラほんべつから至近距離に位置しており
市街とは線路跡にあたる施設敷地がこれを隔てた反対側、
蜜厳寺の駐車場の奥、山林を背後に控えた
少しばかり小高いところに鎮座していた。
神居山のふもと。

拝殿は神明造りで周囲は杜で囲まれているわけではなかった。
集落の神社の廃社に伴う合祀の歩みを経ていながらも
ルーツは他の北海道開拓に伴う神社創建と共通するものがある。
やはり例祭日も同じく9月下旬というのも
その北海道の特徴的な気候に基づく
ライフサイクルに因るところが多いのだろう。
本別遠征編2019
御神木はハルニレの木。樹齢は270年とか。
奥に控えているのが本別神社の社務所。
そちらに平成29年御創祀120年とある。
本別遠征編2019
本別神社から国道242号へと出ていくところで
旧・北海道ちほく高原鉄道の線路跡と交わる。
本来であれば踏切であった場所だと思われる。
何ら違和感なく道路が延びていて
そばに小高く土が盛られている、というような
そんな風に映るのかもしれない。
築堤となっている線路跡に沿って並んでいる民家は
いずれもそれに対して背を向けているので
こういったところにもそれが線路跡であったことを示しているのとともに
これを挟んで市街が隔てられているというのも
林業を担っていた鉄道輸送、
貨物と旅客が駅構内によって分けられていたことを示している。

本別町の市街は駅を中心に変則的な方角設計が組み込まれていて
利別川に向けて広がる平地部にこれが形成されていた。
横軸を成しているのが国道242号で
これと絡むように鉄道が組み込まれていたのだった。
本別遠征編2019
これを「岡女堂本家」方面へと築堤をなぞっていくと
本別川に突き当り、そちらへと橋梁がなおも架かっていた。

網走本線時代からの本別川橋梁。
道の駅オーロラタウンりくべつの陸別駅構内のターンテーブルとともに
北海道の産業を支えたインフラとして土木遺産に指定を受けている。
橋台の煉瓦部分が明治期のもので
太平洋戦争時の空襲の弾丸痕跡が残っている。
本別遠征編2019
こちらは上部から本別川橋梁を見ているものになる。
線路と枕木が橋梁部分に残っていた。
並走している国道242号の橋梁と対照的なもの。
片や鉄道としての歴史は途絶え、産業を伝える存在となったものと
今も生活インフラとして往来が絶えない道路、
そして土木建築技術の変遷というものにおいても。

こういうものを何ら思うことなく
鉄道時代は数える程度の機会とはいえ
列車で通り抜けていったことというのは
貴重な体験であったのと思うのとともに
そういった背景にたどり着けるものがなかったことは
非常に悔いるものがある。

その時既に歴史に足を踏み入れていたというのに。
本別遠征編2019
本別町は現在の道の駅ステラほんべつとなっている駅舎へと
国鉄時代の駅舎から改修された時代と前後して
❝銀河の街❞と称した市街の整備を行ったであろうことが
「本別」停留所を前にした道路標識から伺うことができる。

鉄道時代はステラプラザという名称で
利別川へと延びる駅正面のメインストリートを銀河通りと称して
国保病院や運動公園がある界隈を「太陽の丘」に据え
そこに至るまでに「水星」「金星」「火星」「木星」といった公園と
商工活性センターとしてホールや交流センターを兼ねた地球館を対置し
街をそれに見立てていたようだ。

ステラほんべつのロータリーは「土星広場」で
天王星公園と海王星公園を東西に据えて、
太陽系の惑星がこの空間に揃っている。

道路構造はそれよりも早い時代、
既に開拓期に計画的に造営されている。
真っ新なところから組み立てて規模の大小はともあれ
今日でも不自由なく自動車の往還が出来る道路構造と
沿道に商店を形成できる幅を見据えていた。
本別遠征編2019
これが国道242号と銀河通りの入口にある木星公園。
こういったポケットパークを
市街メインストリートに組み込み、
回遊性を導き出すことを意図していたようだ。
休憩スペースとしてシンプルながら
プランターの植栽がアクセントになっていて
シンボルマークのデザインも凝ったものになっており
照明が用意されているから
昼夜で印象が変わるものと思われる。

毎度のように銀河通りに入口に位置するのに
今の今まで自分の意識に入らないのは
視線がず〜っとステラほんべつ(旧・本別駅)側に向いていることが
あまりに多かったことに他ならないのだと思う。たぶん。
この公園は道路挟んで反対側。

元気くんは道の駅のみならず、
市街に色々と出没している、ような気がする。
本別遠征編2019
時計台が特徴的なこちらは水星公園。
銀河通りに配置した公園は画一的ではなく
それぞれにデザインに趣向を凝らしたものになっている。
共通するのは休憩スペースの配置、
タイルやレンガの色合いや市街との景観に留意していること、
市街地にあるポケットパークだけに
そして「緑」はプランターによって添えていること。
本別遠征編2019
神社とともに徒歩圏にあると
何だかんだ立ち寄っていく建物、やっぱり役場。
本別町役場は1970年代建築のものを今日も庁舎に用いている。
この規模のものを
その段階で建てることが出来た、と捉えるべきなのかも。

噴水広場を庁舎前の駐車場に持っている。
コンパクトに市街へと主要公共施設をまとめる傾向にある
北海道の都市において本別町は
体育館や図書館、歴史民俗博物館と警察署を役場の周辺に立地させている。
図書館は役場と似通った外観の建築が採用されていたので
それらが整えられた時代の物差しになるのかもしれない。

町は自分のところで消防署、警察署を配置していたり
近隣自治体管轄からの支所でバックアップを受けていたりする中で
本別町は警察署を立地させている。足寄町と陸別町までカバー。
消防はとかち広域で管轄。
本別遠征編2019
一方で小中学校と高校はそれぞれ市街から
利別川を渡ってコンタクトをとっていくことになる。
本別大橋を渡っていくところになる。
本別遠征編2019
広大な河川敷を持つ利別川。
前日は小利別周辺から下流域へと辿り、
今度はこれを逆に遡っているわけだけれども
河川が織りなす平地部の恩恵は大きい。

都市や集落はそういうところに営まれていく。
規模の大きな農業の展開もこれに裏付けされるものがある。

こちらは河川運動公園になっている。
本別遠征編2019
豊かな森林資源を流域に抱えている利別川。
増水時は見とれてしまうくらいの河川敷まで
それが及ぶことが十二分にあり得ることを意識するのも確か。
本別遠征編2019
対岸の河川敷もまた広大なものとなっていた。圧巻のひと言。
本別遠征編2019
本別大橋を渡って河川敷に固唾をのむと
今度は大規模なひまわり畑にさらに圧倒される。
ちょっとタイミングがずれて花は枯れてしまっているところだけれども
一面のひまわり畑が迷路をつくり出しており
奥の方に道東道が目に入る。
たぶんあちらからもその存在に気付くくらいの規模なのだと思われる。
4.5ヘクタールに32万本のひまわりが植えられ
これを毎年のようにサイクルを描かれているのだそうだ。
本別遠征編2019
道なりに進んでいくと
本別中学校の入口がとうもろこし畑を前にあり、
狙っているかのようにここに本別高が
「伝統校の本別高校で夢をつかもう」とボードを掲出していた。

北見市街は別格として
旧・北海道ちほく高原鉄道沿線にある高校は
いずれも主要道に看板を設置しており、
生徒募集を至上命題としている。

高校だけの問題に関わらず、
特定の年齢層の流出を招くことになり得るので
道立高校であっても、
立地自治体にとっても存在を揺るがしかねない課題なので
積極的なバックアップが図られている。

同時にいずれもバックアップを行っていることが
むしろ当然なもののように映り、差別化に至ることが難しく
そういった支援の捻出にも奔走されているのではないかと思われる。
本別遠征編2019
とうもろこし畑向こうに本別中学校を撮影したところ。
本別町は2つの中学校を持っている。もう一つは勇足中。
130人くらいの規模だから1学年2クラスを保っている水準だと思われる。

といっても、リアルタイムに自分がやってきている時代の中でも
仙美里中が幕を閉じたりしている上でのこと。
本別遠征編2019
本別高は斜め向かいにあたる位置関係に立地していた。
ピラミッド型のような校舎外観。
てっぺんの六角形の屋根が目に留まる。
ここまで鉄道駅、もしくは「本別」停留所からアクセスをしながら
高校生は日々通学をされているようだ。
自転車置き場があり、それもまた通学手段になっている。

全校生徒は100人規模なので
意外にも本別中よりも生徒数が少なく1学年1クラス構成。
3人〜4人に1人がバス通学。自転車は2人に1人の割合。
やっぱり本別中からの進学先に見据えて
こちらに通われている方が多いようで
これも3分の2以上の割合を占めている一方、
陸別町や浦幌町から通われている方もいらっしゃるようだ。

交通機関から学校の所在を紐解く上では
そういうところに突き当たるべき点。

入学に際して制服は男女ともに全額補助。
バス通学は登校日分全額補助。
下宿費を月6万円を上限にこれも全額補助。
模擬試験の全額補助、補助教材の全額補助。
資格試験の検定料の全額補助。
オープンキャンパスの交通費の助成。
学校給食は255円で食べられる。

破格の条件が色々と並んでいるのだけれども
これをムリなく工面して続くものとしていくのは
他の自治体も同じとはいえ、並大抵のものではない。

大学進学が当たり前の時代になると
そこでまた流出の危機に晒されるし。
本別遠征編2019
せっかくなので本別中央小にも行ってみた。
こちらは2階建ての率直に言って飾り気のない外観だった。
創立50周年というのだから比較的歴史は浅いものになるようだ。
生徒数は200人くらい。
6学年でスライドさせると本別中の生徒数よりも少ないから
少子社会をさらに印象付ける。

小学校で自転車通学をされている方がいらっしゃるようで
自分自身の生活環境の中に
その選択肢が当時はなかったので駐輪場が小学校にあるということに
非常にささいな事ながら衝撃を受けた。

町村単位の枠で通学圏が収まる学校は
スクールバスを用意しているし、
本別町も例外ではないのだろうけれども。
積雪期はどうやって学校に通っているんだろうとか
まだまだ知らないセカイばっかりだ。

また小学校のそばに学校給食共同調理場があるので
学校は学校でコンパクトにまとめて
給食も提供しやすい体系に組み立てているといった感じだった。
本別遠征編2019
道路標識、バスとともにどっちつかずだな……。
道の駅ステラほんべつに戻って停留所でバスを待ち、
11:34、ほんべつじゅんかんバス南まわりコースがやってきて
これを見送った後、
11:41、十勝バスふるさと銀河線ラッピング陸別行を迎え入れて
こちらへと乗車していく。
池田駅方面からは3人ほどの先客がいらっしゃり
これから足寄町や陸別町まで旅路を共にするんだ、と思った矢先、
A-CoopとJA本別町をそばにした「本別北6丁目」停留所で
お二人が早々に降車されてしまうのだった。

トイレ休憩を挟んでいたりする長大路線バスながら
長距離を利用される方は思っているよりも遙かに少ない。
つづく
posted by 小林 慶太 at 22:30| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月24日

跨線橋からはじまる物語

本別遠征編2019
2019年9月4日、9:25、黄色い車体の十勝バスで
道の駅ステラほんべつを前にした
転回スペースに設定されている「本別」停留所に降り立った。

実に通りがかる機会は何度もあれども
本別町の市街地にこうやって下車に至ったのは
鉄道時代から含めてようやくここで初めてのことだった。

本別町は人口7000人弱の日本一の豆の街。
日本有数の日照時間の長さと寒暖差が十勝大豆・小豆の産地たる所以。
その平地部に市街や農地が形成されている。
岡女堂本家はこういうところを拠点として工場を構えている。

そして源義経の北行伝説に関わる土地でもあり
その名前を冠した山や公園、弁慶洞といった洞窟がある。
本別遠征編2019
通りがかるのにしても
明るい時間帯にやってくるのは極めて稀なことで
ようやくロータリーに足をついて
「本別停留所」のシェルターとともに
道の駅ステラほんべつの建物外観を撮影したところ。

コミュニティセンターを兼ね揃えていた
北海道ちほく高原鉄道の本別駅だった建物を改修して
道の駅として今日に至っている。
ところどころに三角屋根が際立つ建物は北斗七星をイメージしており、
旧・仙美里駅(仙美里コミュニティセンター)と共通のデザインが採用されている。
街を代表する駅だった建物なので規模はこちらの方が大きい。

バスの停留所は階段を前にしたところで
シェルターとベンチが設置してあり、
館内とはスロープを通して行き来もできる構造にある。

鉄道時代から
帯広バスターミナルから池田駅を経由して
こちら「本別」を通り、「足寄」までを結ぶ路線バスの設定があった。
路線バスは鉄道の廃止とともに運行本数が統合され、
以後、ほぼダイヤと本数はそれ以来変わらない水準で維持が図られている。
本別遠征編2019
ロータリーには停留所のもとにベンチが設けられているほか、
道の駅の建物内にもバスの待合所が設けられている。

シンプルながらエアコンと時計が兼ね揃えられており、
十勝バスのほかに太陽の丘循環バスと
本別浦幌生活維持路線バスがこちらから設定されているので
それぞれの路線図と時刻表が壁に掲出されていた。

本別浦幌生活維持路線バスは十勝バスの路線バスだったものを
廃止を受けて浦幌町とともに運行している。

時刻表はないけれども
阿寒湖へと結ぶ「まりもエクスプレス」もロータリーにやってくるほか、
「岡女堂」には帯広バスターミナルと釧路空港を結ぶ
peach航空便に照準を合わせた
北海道拓殖バスの「スイーツライナー」が経由する。

この辺が本別町の公共交通体系。
スイーツライナーとまりもエクスプレスが経由するのは
本別町には道東道が延びていて
足寄町方面と釧路市方面へと分かれるJCTを抱えていることも大きい。
著名な政治家の影響力の大きい道路といわれる。
本別遠征編2019
道の駅ステラほんべつの多目的ホールには
ファイターズの顔出しパネルがお出迎え。

ファイターズのメンバーが集結しているのは
本拠地である北海道であるからだけでなく
アオダモのバットの国内主要産地、
今日ではその唯一製造を行っている
山内バット製材工場が立地しているのと無縁ではないようで
野球を嗜むヒトには知られた存在の街なのだという。

イチローさんや小笠原道大さんなどの
専用モデルの展示コーナーを背後に控えている。
とりわけイチローさんが愛用していたものを
アメリカ産のバットに変えた際にはちょっとした話題になったらしい。

またバットの産地である、というのは豊かな森林資源に恵まれ
林業が盛んであった土地であることを物語るわけで、
旧・本別駅構内並びに道の駅ステラほんべつの敷地は
その隆盛の上に成り立っているものに他ならなかった。

大阪府の藍野高校の方々がいらっしゃる前後のタイミングで
こちらに立ち寄ったこともあり、
その歓迎もなされていた。
本別遠征編2019
今日の街の顔。
ひと言で「豆」といっても多種多様なもので
ズラッと窓際のカウンターには黒豆、とら豆、白花豆、青大豆、
大納言小豆、黄大豆、金時、パンダ豆、緑貝豆、くり豆とそれらが並ぶ。
非常に地味ながら馴染みのあるものから、無縁なものまで奥が深い。

マスコットの元気くんなるキャラクターは
「キレイマメ」なる豆を食べて若返ったという設定。

昨今は道の駅は無料Wi-Fiの提供が標準になりつつあるようだ。
手前に置かれている冊子は十勝ぐるっとスタンプラリーのもので
❝なつぞらの舞台十勝を巡る❞とお題目がついているように
ドラマによる波及効果を隈なく行き届くようにしていくための仕掛け。

なお、やっぱり道の駅ステラほんべつも
館内はず〜っとスピッツの「優しいあの子」だった。

道の駅はもちろんその豆を中心にした特産品販売所に
十勝バス本別案内所、銀河線本別駅簡易郵便局、先ほどの多目的ホール、
そしてレストラン秀麗からなる。

特産品はやっぱり「キレイマメ」の加工品に目が向く。
キャラクターづくりに関わるものというのはコレかと。
レストランは地元特産品を扱った中華料理で
道の駅のレストランでありながらも晩ごはんの時間帯も営業を行っている。
本別遠征編2019
旧・本別駅構内は鉄道廃止と道の駅開業とともに広場へと姿を変えながらも
鉄道時代に植樹されたサクラとツツジとともに
「緑でつなぐ銀河の里」の駅名表示板を模したボードが
今日もなおそこにあった。
ボードは小利別駅(現・小利別集会所)で目にしたことのあるものと同一のもので
時を同じくして線路を盛り立てるために
沿線自治体が一体となってこういう取り組みを立ち上げたことが伺える。

旧・本別駅は市街に位置しており、ボードもこうして残されている一方、
限られた人々でそれを守るように努めながら
何とかこのボードだけでも集会所に保管することに至った
小利別地区を思うと何とも言えないものがある。

ロータリーがある方が鉄道時代も今日も「顔」にあたるから
線路があったこちら側は「裏手」になるわけで
富士製紙が貯木場を設けていた時代もあるようなので
その土地利用が少なからず影響を及ぼしているものがあるようだ。

加えて利別川には王子製紙が網場を設けていて
そちらにも線路が延びていたらしいから
森林資源の輸送手段が利別川から鉄道に、
そして道路へと推移していった過程が読み取れる。
林業を取り巻く環境というものを加味することは言うまでもない。
本別遠征編2019
ホームの段差は既に嵩上げがなされて解消され
そちらに線路が一本再敷設されてはいるものの
鉄道時代と変わらない跨線橋が道の駅には保存されていた。

道の駅オーロラタウンりくべつの陸別駅構内とともに
駅舎と跨線橋の建築年代と外観のギャップがスゴイ。
非常に跨線橋はいずれも年代物であるというのは
誰の目にも一目瞭然。

鉄道時代は2面3線のホームの構造だった。
今回が実に初めて池田町から北上する旅路になっているので
鉄道時代の記憶もまた右奥に見えるホーム側からみた
この跨線橋の記憶しかない。
おぼろげながら蘇るものがあった。

ボードには本別駅ととりまく鉄道の歴史を今日に紹介している。
本別遠征編2019
池田駅方面への列車が入線していた2番線側から
15年以上の歳月を超えて
今再び、本別駅の跨線橋と駅名表示板を前にしたところ。
色々と変わるものばっかりでありながらも
根底に脈打つものはその日と変わらないものがあるような気がする。
本別遠征編2019
旧・本別駅の跨線橋は普段から出入りできる状態にあり
❝跨線橋からはじまる物語❞と銘打っていた。
デザインは仙美里鉄道資料室と共通している。

本別跨線橋。
銀河の想い、結びの場所として
線路跡を天の川に例えてお互い違う入口から入って
跨線橋のどの位置で出会ったのかで
お互いの想いの強さがわかる、としている。

非常にうまい仕掛けだ。

1965年度の乗車人員は28万2538人、降車人員は29万6665人だった。
1910年に開通して2006年に廃止する前まで
百年近くの間、何万人の人びとが本別駅と跨線橋を利用したのだろうか、
利用された方々の中には本別駅を舞台にした物語があったのではないだろうか、
涙した場所、喧嘩した場所、旅立つ場所、出会う場所、
笑顔になる場所、さびしさを感じる場所、
同じ駅でもひとり一人に違う物語がある。
今はもう線路はなくとも、跨線橋は今夜も残り続けると思う。
今立っているこの跨線橋が
これから始まる素敵な舞台の1つになればうれしく思うという導入部で
この跨線橋の物語ははじまる。

文言を組み立てている人がひと言でいえば上手い。
生活感に満ちている、
残す決断をされた方に寄り添った言葉を組み立てている。
本別遠征編2019
網走本線として蒸気機関車が行き交う時代から
北海道ちほく高原鉄道へと転換、そして廃線に至るまでの
スナップ写真が窓枠上部にフィルムを彷彿させるように飾られ、
道の駅の施設として組み込まれる際に
取り付けられたと思われるベンチとカウンターがあるとはいえ
現役時代を色濃く残した跨線橋の空間。
本別遠征編2019
跨線橋から三角屋根の駅舎だった
道の駅ステラほんべつの建物並びに池田駅方面へと撮影。
線路の延長線上、市街を隔てて左側に広がる空間が
その林業の隆盛とこれを担ってきた駅の重要性を物語るのとともに
土地利用を可能にしている背景もそこに眠っている。
転換に至った社会情勢がやはりそれもまたチラつくのも確か。
本別遠征編2019
こちらは同じく跨線橋から
仙美里コミュニティセンター方面へと見ているものになる。
整った市街を眺める一方で
ふれあい多目的アリーナなど目に映る建物や土地利用以上に 
牽引してきた産業が語り掛けているものは
漠然としながらも多いというのは少なからず思うものはある。
本別遠征編2019
道の駅や市街の至るところに出没している「元気くん」。
横断歩道を前に座っている彼だけでなく、
しっかりとベンチにもその顔が描かれていたりする。
自動車が並んでいる界隈が線路跡の延長線上。
面影はない。
鉄道が廃止に至っている以上、
保存を決断するした以外は
何らかの用途に転用されていくものが然りであって
むしろ喜ぶべきなのだろう。
同時に保存に至ったものについては
その価値を後世に認識してもらい、伝えていく必要もある。

過去にこだわる人間は滑稽で愚かだというけれども
土地利用をみても、
その足元を意識するのとしないのでは決定的な差がある。

旧・本別駅は本別高の最寄り駅だったので
今日もだけれども、どのような通学過程を辿っていたのかなぁ、という
興味本位のもとに、そちらへと向かっていく。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 🌁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月23日

豆と義経伝承の銀河の里 本別へ

池田町遠征編2019
2019年9月4日、池田駅のロータリーから先回りして
8:42、オーソドックスな黄色い十勝バス陸別行を迎え入れて
そちらへと乗車して北上していく。
池田駅停留所からは自分を含めて2人が乗車。
帯広バスターミナル方面から引き続き乗車されていく方はお一人いらっしゃった。
本別遠征編2019
8:43、十勝バス本社行きの南十勝夢街道のラッピングバスと同時出発。
ロータリーからよねくらを左折してワインタクシーとエネオスを過ぎたところで
先行する十勝バス本社行きバスと分かれ、
総合体育館と田園ホールを右折して右にカーブし
十勝いけだ地域医療センターに向かう。
本別遠征編2019
そこから「池田西1条8丁目」へと池田町役場やセイコーマートを通って進み、
さらに9丁目団地のもとから跨線橋で根室本線を跨いでいく。
坂を下って池田家畜診療所と池田消防署、丸藤シートパイルを過ぎて
「池田西1条11丁目」に出た後、
ソーラーパネルに音更電設から「清見神社前」を通り
畑の中に延びる道をひたすらにガタガタと進んでいく。
「様舞1線」から右にカーブしていくと右手に牧草地が広がり
やがて今度は左へとカーブ描いて少し離れた利別川の土手と並走。
陸別町まで長く続く利別川との旅路のはじまり。
本別遠征編2019
茂みや草むらを進んでいき「様舞」を通過し、
とうもろこし畑に牧草地を右にカーブして道東道を潜り抜け
「近牛8線」から「近牛コミュニティセンター」へ。

近牛神社から道沿いはなおも茂みが続き、左手には畑が広がる。
高昭寺を過ぎたあたりで民家が並んで
高島郵便局と品田商店を通って「高島」に出る。
北部地域コミュニティセンターから国道242号に右折すると
幅の広い歩道を持つ道路に入り、「大森3線」を通り、
若草橋を経て「大森5線」を皮切りに
以後「大森7線」「大森8線」「大森9線」と進んでいく。

続いて「勇足10線」がアナウンスされる。本別町にを通って「勇足13線」に向かい、
勇足小を過ぎてエネオスと勇足郵便局の前から友愛団地へ。
そこから「勇足17線」「勇足18線」と経てさらに「勇足19線」へとひた走り
北海道製糖の工場のもとへ。「北糖工場前」。
ダラダラと綴っているだけながら十勝地方が
有名なお菓子会社を抱えている背景を色濃く物語っているのとともに
道路インフラの整備が流通網のきめ細やかな発展に貢献していることを
さりげなく示していたりする。
本別遠征編2019
右にカーブして「北糖社宅」を通って再度道東道が前方にあらわれ
これを潜り抜けると「共栄23線」「共栄24線」「共栄26線」と続き、
ヰセキ北海道、前田自動車工業の先には本別IC。
本別遠征編2019
畑の中をなおも駆けていくと岡女堂本家と渋谷醸造の前に。

座っていた側と通路挟んで反対側だけど
駅名表示板がなおも掲出されている場所の一つなので
がんばって食らいついた。
本別遠征編2019
そこから左にカーブして市街に差し掛かり
共成レンテムと南公園、「真経寺」停留所、釧路トヨタ、本別建設工業、
トヨタカローラ、ローソンと通り抜けて「本別南2丁目」へ。

右にカーブしてツルハドラッグとセイコーマートを通って
今度は左へとカーブし、ヒラガデンキや本別郵便局を過ぎ、
フクハラを前に「本別南1丁目」に出る。
本別遠征編2019
本別川を大通り橋で渡ってセブンイレブンの前に向かい、
「本別北2丁目」を経て北洋銀行を過ぎると右にロータリーと
道の駅ステラほんべつがあらわれ
バスはそちらへと立ち寄り、9:25「本別」着。
ここで下車。

実に鉄道時代から通りがかることはあれども
今回が初めての市街地での下車となった。

ハッピーロータリーとして植栽の維持管理が続いているのは
バスからも目に入るものの一つながら
やっぱり降りたって間近にしてみるとひとしおのものがある。
本別遠征編2019
改めて明るい時間帯に撮影した道の駅ステラほんべつ。
旧・本別駅駅舎だった建物を鉄道廃止後に道の駅へとリニューアルを遂げている。
簡易郵便局が入居していて
そちらは既に駅ではなくなって10年以上経過しているとはいえ
今も「本別駅内簡易郵便局」を名乗っており
鉄道駅だったころの名残を垣間見ることができる。

仙美里コミュニティセンターとはほぼ共通のデザインを採用しているものの
こちらの方がやはり規模も大きなものとなっている。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月20日

おびくる

帯広遠征編2019
2019年9月4日、絶好の晴天に恵まれた。
ホテルから帯広駅並びにバスターミナルを見ているところ。
起床早々帰り支度をしていくことになる。

周囲は明るくても人通りはなく、ひっそりとしていて
これから一日がはじまっていくという
そういった感覚に満ちていた、というのも
そちらから市街を目にしての印象であって
それに向けてもう既に動き出している人々もいらっしゃるのだろう。

実際そういうものを受けて
ホテルでは朝ごはんを早い時間帯に頂けるわけで。

6:30に朝食提供がはじまって、これを平らげたのちチェックアウト。
素泊まりという選択もあるとはいえ
行動時間の立ち上げが前倒しできるのは
こういう提供をなさって下さるのが大きい。
ビジネスホテルなので、需要があってのものと思う一方、
スポーツ合宿などの利用やイベント時を中心とした観光需要など
様々なニーズに応えていたりするようだ。
帯広遠征編2019
帯広駅北口へとまずは向かっていく。
帯広遠征編2019
帯広駅はかつて地上駅時代には
根室本線のほかに士幌線と広尾線という路線が存在したので
それに敬意を払って線路跡が駅前広場にはデザインとして組み込まれている。
帯広遠征編2019
みどりの窓口とともに
非常に貴重となってしまったツインクルプラザが設置されている駅。
コンコースは朝からやっぱりスピッツの「優しいあの子」が流れていた。
そりゃお正月に「春の海」を聞きながら仕事をするのに比べれば
遙かにモチベーション上がるけれども、
駅員さんもまた一日中このメロディを聞いていて
飽きたり、染みついたりしないんでしょうか……。

先手、先手というわけで、コンコースでは駅弁を買い求めておく。
ぶた八の豚丼にぎりっ子。
帯広遠征編2019
駅構内はその辺にして、帯広バスターミナルのおびくるに向かう。
この1年の間で新設されているバスの案内所兼待合所だ。
ロータリーは全部で14の乗り場からなる。
北海道ちほく高原鉄道の代替バスは7番乗り場からの設定。
十勝バスと拓殖バスの路線バスに加えて
士幌線や広尾線の代替バスも出発着したり、
「ノースライナー」「ポテトライナー」「とかちミルキーライナー」といった
旭川、札幌、新千歳空港への高速バスもこちらから出発着するので
帯広駅とともに十勝地方の一大交通結節点を形成している。
帯広遠征編2019
真新しいバス案内カウンターと待合所の様子。
旧来に比べてゆったりとした空間とそれに伴うベンチ配置がなされ
カウンターをはじめ多くのモニターを上部に設置しており
各乗り場ごと、会社線ごと、高速バス、といったカテゴリーごとに
出発着する路線バスの時刻表がわかりやすく
リアルタイムに表示されるようになっている。

また空間がゆったりするようになったので
それに伴って出入り口からの動線を床に示すことで
それぞれにコンタクトをとりやすくしていたり、
カウンターの下の部分に広告スペースを設けていたり、といった
細やかな改良も見受けられる。

早朝なのでカウンターブラインドが半分ほど降りているけれども
高速バスの申し込みをされる方が顕著で
それを除くと定期利用の方が多い時間帯なので
ニーズに対するキャパシティは事足りるものかと思われる。

開設していくのには人員を配置しなければならないし
それに伴うコストもかかることは確かなので
そういったものに時間帯や季節などニーズに応じて
弾力的に運用を行っているのは
余裕を持たせるカウンタースペースを持っても旧来と同じだ。
帯広遠征編2019
女の子にハートを鷲掴みにされるというのは
そういうことなのかと思う程、衝撃を受けた。

新設されたバスターミナルおびくるは
旧来のバスターミナルに持っていなかった観光案内所の機能や
レンタサイクルの受付も手掛けるようになっている。
こちらが交通環境まちづくりセンターの「エコバスセンターりくる」だ。
❝交通環境❞を意識しているインフラを整備して
ソフト面での充実も図っているということだ。

ブラインドがカウンターに下がっていて
隣のモニターに映し出されている女性の姿が見えるけれども、
音声案内に応えるAIの窓口を受け持っていて、
絶対数が多い時間帯は当然有人で、カウンターが開く一方、
そういった時間帯でなくとも、
この女性がバスの乗り換え、観光案内、さらには翻訳まで受け持ってしまうのだ。

国内でAIの女性がいらっしゃるのは、ここおびくるだけなのだという。

時刻表に精通している女性は素晴らしいです。
こういう機会なので実際、彼女に尋ねてみました。

「陸別に行きたいです」とマイク越しにいうと
モニターに平仮名表示で「りくべつにいきたいです」と確認の意味で表示されて
それを理解してもらったように
バスの乗り場と近接バスの時刻が掲出される瞬間の衝撃といったら。

一方でドギマキしながら
AIの女性にマイク越しで尋ねている自分が非常に恥ずかしい。
「陸別に行きたいです」は日本語としてどうなんだろう、とか
「陸別に行きたいのですが、バスはどうすればいいのでしょうか」と
AIに対してそこまで丁寧に尋ねるべきなのかで悩む。

時刻表を掲出してもらえるとなると
「フラツナイ」とか「足寄郊南1丁目」とか
細やかな停留所に対応していたり、
陸別から先、つまり北海道北見バスの範囲まで対応していたりするのかとか、
「大誉地」に行って「上利別」に行って、
ぐるぐるっと廻って最終的に何時何分に陸別着に組むのには
どうすればいいのか尋ねてみたい好奇心に駆られるけれども
そういう事でAIとはいえ女性を困惑させてしまうと
大目玉くらってしまうような気がするので
その範囲で留めることにした。

といっても「観光案内」に代表するように
「〜〜〜に食べたいなぁ」とか
そういった日常会話から派生するヒトの言葉を
十二分に範疇にしていて、それを積み重ねて学習していく能力を持っているので
自分が遠慮しているよりも
遙かに手札となる言語や知識を兼ね揃えているようだ。

うちの街に連れて帰りたい。

北総鉄道と東武アーバンパークラインと
千葉レインボーバスあたりの時刻表を教え込んで日々の相棒にしたいくらい。

また時刻表を提示してくれたAIに対して無造作に
自分が「ありがとうございました」という言葉が出てくるのも滑稽だと思った。

「何やってんの!?」と知人だったヒトに見かけられたら
冷めた目で見られそうだけど……。
同時に時刻表は自分で調べるから楽しいんじゃないか、と
会社のヒトに叱責されてしまいそうだし。

AIの女性はあくまでも補完的な存在の範疇に留まってもらわないと
人間は冗談抜きでいらなくなってしまう。

だって休みいらないし、よほどのことがない限り病気(故障)もしないし、
24時間対応できるし、言語も長けているし、
融通が利くし、ヒトの叱責があってもへこたれたりしないだろうし
常に表情に富んでいても、接客に対応できる状態を保てるし、と
自分たちの存在をことごとく否定する要素を兼ね揃えていたりするのも確かだ。
帯広遠征編2019
帯広駅1番線ホームに待っていたキハ40-1766、1723の2両編成に乗車。
池田駅行きワンマン列車。
1両編成を基準としていても通学時間帯は増結がなされ
バスよりも「大量輸送」を可能にしている。

バスに乗るんじゃなかったの!?という
バスターミナルのAI女の子の声が聞こえてくるかのようだけれども
池田駅からコンタクトをとっていく。
競合・補完路線でヒトの流れが気にならなくもないものの
やはりタイミングよく鉄道の設定があればこちらを選ぶ。
JR北海道、今回乗車する区間、しかもここだけだし。

帯広駅コンコースの四季彩館の開店時間が7:40で
こちらのお店でお土産を買っていくというのが
僕の欠かせない消費行動であるのとともに
金額はたかが知れている次元とはいえ
意図している経済活動に該当するので
先行してしまう十勝バスは列車が池田駅で追いつくから
これを決定打にしている。

開店と同時にお邪魔するのは
いくら相手方が設定しているとはいえ
せわしないので気がひけるものの、
スポッとそれが抜けてしまうので
開店早々申し訳ない旨を述べつつ会計を済まさせて頂いた。

非常に買うものが予め決まっているし
ほぼ同じ金額を費やすことは意図しているので
買い求めて会計をして、改札を潜って、ホームで儀式をして
車内にはどれくらいの人が乗車されていて
年齢層は、というところまで突き詰めても
なお7:45着の芽室行きキハ40-1779「森の恵み」が入線してきたのを
あぁうらやましいなぁ、と思える余力はあった。

自分の場合、右肩を上げることは出来ない。下げる展望はある。
対象も広がることはない。浮気は結構するかもしれない。
この辺が意図しているところから導き出している結論。
覆せるものを持っている人はいくらでも持っているし
弾き出して持続させることができる。

帯広駅の四季彩館は
8:02発札幌駅行きの「スーパーおおぞら2号」に標準を合わせている。
同じく待っていらっしゃった方はそういう風貌だった。
エスタは8:30開店。
これが8:48発の「スーパーとかち4号」に乗車するヒトの需要の受け皿になり得る。
ライフサイクルに見受けられる開店時間。
はたらいていらっしゃる方は
早い方だとこの時間帯に既に準備に取り掛かっていらっしゃたったりする。
そういうものを見て日々の自分を納得させる卑怯な人間だ。

物産を扱っているのはともに帯広駅のエスタとセブンイレブン、
そして近隣のセイコーマートであって、
バスターミナルにないものを兼ね揃えている点でも
鉄道利用を選択肢にしなくても、
自ずと利用することになる施設があるという点で
間接的に鉄道、つまりJR北海道の存在が不可欠なものであったり
サービス提供の恩恵を受けている人も少なくないと思う。

乗車した列車は新得駅始発で、7:29に帯広駅に到着の後、
18分の停車を挟んで7:47、帯広駅を出発となる。
ヒトの流れは完全に、といっていいほど
帯広駅が分水嶺になっている。
十勝バスの陸別行を待っている人がバスターミナルにいなかったのに対して
こちらは2両編成で1ボックスに1人くらいの割合での乗車。
細やかな停留所設定を持つバスは
ターミナル以外の停留所からコンスタントに主要目的地である高校に
立ち寄りながら池田駅へと向かっているものと思いたい。

池田駅までの沿線の高校は幕別江陵高、そして池田高。
この1年の間に幕別高と江陵高が合併している。
共存する局面に現在はあれども、その筋道が出来上がった。

人口減少子化の波は確実に及んでいるし
交通体系にもそれが反映されるのが必然と捉えるべきなのだろう。

「子育てにやさしい社会を望む!」という方が
大してそういう社会を望まない人間よりもそういった観点に欠落しながら
「カネかかることがわかった」「(自分のもとに)支援を」と主張するような
浅はかなことは決してあり得ない。
池田町遠征編2019
リッチモンドホテルやエーワンビル、十勝ガーデンズホテルなど
ビルやホテルをあとにして高架を走り出して
ぜんりん会館やおびひろ眼科の先を左にカーブして
ツルハドラッグと岡書があるイーストモールの前に出て
明治の工場やかちゃぽんを通り過ぎ、土手から札内川を渡っていく。

やっぱり十勝平野を織りなす3大河川と巡り合うのは
明るい時間帯に尽きる。
しかも下り列車で渡っていくのは実に十数年ぶりのことだ。
池田町遠征編2019
札内川を渡った列車は左にカーブを描く。
ソーラーパネルが左手に続き
畑や茂みから住宅地に入ると今度は右にカーブ。
しまむらを通り過ぎて列車は札内駅に到着。
まとまった高校生の降車があった。つまり江陵高と幕別江陵高の生徒たち。
この段階ではともに同じ校舎。統合の道を辿る。
池田町遠征編2019
いくばくかの乗車も。3分列車は停車して特急「スーパーおおぞら2号」を待つことに。

ひょうひょうとこの時間で乗車されていく方がいらっしゃって
傍から見ていてヒヤヒヤしないもなのかなぁ、と思う。
池田高と幕別高に通う生徒。

ひょうひょうと記念撮影している人に心配されたくないなぁと
たぶんみなさん思われるだろうなぁ。
池田町遠征編2019
行き違いのワンシーン。
池田町遠征編2019
今回キハ283系「スーパーおおぞら」、ここでの登場だけなんだ……。
ほぼ確実に利用していた列車分の運賃分の経済補填は
冗談抜きでお土産程度で事足りるものじゃない。
旅客展望がどこまでも、という時代でなければなおさら。
そういうところでも自己矛盾を抱えている。
池田町遠征編2019
JAの倉庫から左にカーブして錦産業の先で途別川を渡ると畑が広がっていく。
カミヤマオートセブンに道東牛乳運輸、鈴木鉄工所、オリオン、合同通運と
右手に続き、幕別自動車学校を過ぎて茂みから右にカーブを描き、
この段階で既に旧・稲士別駅跡を通りぬけているわけだけれども、
左には畑が続く中、今度は左にカーブして草むらをかき分けて進み、
右へとカーブを描くと見晴らしが良くなり
やがて猿別川へ。

猿別川を渡った後、左にカーブして道道15号を潜り、
幕別高や勝山自動車商事、フクハラを通って
新田の森から幕別駅に着く。
高校生が降車されていくのはこの段階で幕別高に在籍する生徒。
統合が決まっているので、この流れが途切れることになる。
そして「幕別高」と指している校舎も
数年の間に「旧・幕別高」と指すことになるわけで。

池田高を控えていたり、
運転系統の要衝であるから池田駅までの運行区間は変わらないけれども
見えない次元であっても確実に影響が及んでくるのは確かなことのようだ。
池田町遠征編2019
JAの倉庫とニッタクスをあとに国道38号の下を抜けて畑へと出て行く。
作物などを考えると十勝地方が豊かなお菓子会社を生み出している事には
納得がいくものであって、そういうものの集積が
そういった顔をつくりだしている。
やがて右へとカーブしていくと
汽笛をあげて広大な川面を持った十勝川を渡っていく。
池田町遠征編2019
そこから右にカーブしてひた走り、畑の中でトーンダウン。
道道73号を潜って利別駅に至る。民家は右手に集まっているところ。
規模の小さい駅ながら
駅を中心にメインストリートを持つ都市軸を組み込んでいる。
池田町遠征編2019
国道242号を潜って左にカーブして利別川を渡り
そこから右へとカーブを描き、池田中のそばから
道道237号を潜ってフクハラや池田町役場、セイコーマートを過ぎて
ゆっくりと8:18、池田駅3番線ホームに到着。
池田町遠征編2019
当然みんな降車。
後続列車は1時間半後の「スーパーおおぞら1号」で
普通列車に至っては10:59発まで設定がないので
完全にここでヒトの流れが区切られる格好となっている。
平均年齢を一人上げている身だ。
池田町遠征編2019
ここが前日、真っ暗な状況下でも撮影した
旧・北海道ちほく高原鉄道乗り場あと。
ホームが少し欠けていて、柵で仕切っており
その足元には線路はなく、すっぽりと空白部分を持っている。
池田町遠征編2019
これもまた前日と同じく
池田駅構内をワイン城こと池田ぶどう・ぶどう酒研究所方面へと撮影したところ。
広い構内、往時はもっと側線があったことが伺える。
折り返し列車の設定はあれども、夜間滞泊はしないのが今日の池田駅。
池田町遠征編2019
特急列車が出発着する駅舎ホームの1番線では
改札を前に「ようこそワインの里 池田町」と降車客を出迎えている。
こういう街の顔は揺るがない。
池田町遠征編2019
明るい時間に池田駅駅舎と駅前の噴水を撮影。
ワイングラスはさほどでもないけれども
噴水をワインに例えるのはやっぱり夜の光景に尽きるような気がする。
池田町遠征編2019
停留所もしっかりとブドウがデザインされたシェルターを持っている。
池田町はスクールバス常盤線とあいIバスの設定を池田駅停留所に設けている。
小中学校の通学は自治体の枠組みの中で行われているから
独自に交通手段を確保するように取り組んでいる一方、
高校は自治体を超えて通う生徒が多いので
JR北海道や十勝バスの存在が重要になっている。
十勝バスは路線バスのほかに
一般の人も乗車できるスクールバスの運行もしている。
別途阿寒湖への急行「まりも号」もこちらに立ち寄る。

きめ細やかな停留所設定に加えて
高校の至近距離まで運んでくれる
バスの方に優位があるのではないかと思いながらも
かなりJR北海道の方も支持をしてもらえていることには
ありがたいものと思うのとともに
なぜ通学手段として鉄道を選択肢に、というのは
趣味の範囲であるとはいえ尋ねてみたい話だったりする。

抜群に運行本数が多いわけではない。
速達性では優位があっても、駅間でのこと。
そこに至る過程を踏まえると必ずしも、というのがある。
こういう条件で選択肢がほかにある上で
なお、鉄道を、となるのは必ずしも当たり前の流れではない。

DCTガーデンはバス停留所を模した案内板をここに設置しているけど
そちらへのバスはない旨がしっかりと記載されている。
池田町遠征編2019
ロータリーには8;23、陸別方面からの
「十勝バス本社行き」十勝バスが停車中だった。
これを見送っていくと
根室本線ではDF200レッドベアー牽引の貨物列車が釧路駅方面へと
すごい勢いで駆け抜けていき、
こちらには8:37、「十勝バス本社行き」十勝バスが登場となる。
池田町遠征編2019
降車された方がバスを写真に撮っている自分を見て
改めてバスの車体に意識が向かれるというのも。
走行履歴を物語っている南十勝夢街道のラッピング。

車内は5人が乗車されていて、降車されたのは4人。
後続の普通列車と帯広バスターミナルへの到着時間が大差ないにも関わらず。
先ほどの便と運行間隔が短いのは
足寄高、本別高への通学への便宜を鑑みてのものかもしれない。
池田町遠征編2019
そして8:42、「陸別行」登場。こちらはオーソドックスな黄色い車体。
池田駅を経て乗車されていく方はお一人で
ここから自分を含めた2人が乗車した。
いずれもバスは「池田駅」停留所まで乗車するよりも
池田高に通う生徒は「池田町役場前」や「池田西1条8丁目」の停留所で
降車すればより学校へのアクセスが近いので
そちらで降車があったものと捉えたい。
従ってロータリーのバスの乗客から
列車の方が優位だと捉えるのは尚早なものがあるのではないかと。

8:43、2台のバスが揃って池田駅ロータリーを走り出す。
つづく
posted by 小林 慶太 at 20:40| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月19日

なつぞら色さらに

池田町遠征編2019
2019年9月3日、20時過ぎに十勝バスで池田駅にやってきた。
例によってここで晩ごはんを食べて、
後続の列車に乗車するまでの
約1時間半が池田町での滞在時間になる。
本来であれば清見温泉にむかうところながら
この日は火曜日、定休日に当たったので
そこに充てていた時間帯分、
わずかばかりながら行動範囲を広げることにした。
池田町遠征編2019
といっても何だかんだ惰性の塊で
同じ場所を巡っていくのも目的の一つであるので
とりあえずJA十勝池田支所のもとから
根室本線と建物隔てて並行する道を歩いて
池田町南三線踏切のもとへ。

バスの停留所や踏切の名称からも明らかなように
池田町も大通りを中心に据えた方格設計の都市基盤を持っている。
機関庫があったといわれる池田駅は
この基盤に組み込まれている。

旭町から大通り方面へと撮影した踏切は
単線の線路が構内を横切る構造ながら
かつてはもう一本線路が延びていた。

今日の姿が当たり前になって久しいけれども
北海道ちほく高原鉄道の線路が
根室本線とともに横切っていたので
単線の踏切であっても幾ばくか構内が広い。

また遮断竿の構造を見ても
大通りと交わる道路は道路幅に余裕があることがわかり
早い段階でこういうものが組み立てられたものと伺える。

時代がかなり遡ると
北海道ちほく高原鉄道は網走本線に突き当たるので
2つの本線が横切る時代もあったようだ。
時代の変遷はこういう風にたどり着いてしまっている。
池田町遠征編2019
踏切をまたいだ先に鎮座している池田神社。
この時間帯にさすがに人影はないとはいえ
拝殿には明かりが灯っていた。
街の名前を冠する神社は例祭は9月下旬。
開拓の歴史と神社の関わりは深く
気候風土やライフサイクルに鑑みたものが
今日もなお脈打っている。

人口が減っていく時代は
集落や例祭を営むことが難しいところに推移している。
だから当たり前に見えるものも
必ずしも将来にわたって、といことが
全ての街に当てはまるものではない。
池田町遠征編2019
ここからさらに線路向こうに
フクハラを先に控えた住宅地が位置する
池田南4線踏切まで道道73号を気ままに歩いていくと
憩いの広場というベンチ2台のみの小さな公園が目に留まった。
植栽を含めて寄付によって作られた公園なのだという。

寄付された方の志が空間には宿っていて
そういう想いを酌みあげた上で
維持管理がなされているものだと思う。
見た目以上に込められたものがあるのかもしれない。

またやってきているのが
真っ暗で街灯によって
照らされているものを見ているので
明るい時間帯はまた印象が異なるのも確かだ。。

お店はローソンや一部飲食店を除くと
ほぼ営業時間を終えていて
もっとものように人通りや
自動車も市街においては
ほとんど見受けられなかった。
あとは塾。
池田町遠征編2019
池田町役場。
道道73号とバスでやってきた道道273号の交差点。
向かいにセイコーマートがあり、
池田小も間近。
大通りとは接点は無くとも
都市基盤の重心を成す存在。
池田町遠征編2019
大通りで気になるところといえばPonte!
チャレンジショップとみんなの遊び場として
池田町商工会が立ち上げている取り組み。

いけだ食堂 みんなのキッチンを日曜日に立ちあげるようになった。

これに加えて旧来から毎週やっているのは
池田高ボランティア部の放課後サロン。
高校生が小学生たちの遊び相手になってくれる。

池田高は学校の規模としては生徒数200人くらいの学校。
根室本線沿線で帯広市など
相応に人口を抱える自治体を近隣に抱えながらも
人口減や少子化、他の高校との競争に晒されているので
池田町も入学金の半分を補助したり
修学旅行の助成をしたり、給食の提供、
町内下宿の補助などを行なっている。

活力となりうる特定の年齢層の流出には
どこも危機感があって
本来であれば、この上ない条件のはずが
みんな好条件を提示しているから
それを当たり前、ありきのように捉えかねない。
池田町遠征編2019
一人占めの大通り。
街灯に照らされた静寂の市街もさることながら
パッと空を見上げるだけで、というのも
非日常の身にしてみるとこういう時だけの特権だ。

こういうところに経済を絡めることもできないし、
自分自身、そういうものを持ち合わせていないけれども
やっぱり土地の資源だと思う。

どこもみんな持っているものじゃ無くない。
特に真似しようとしてできるものじゃないから尚更。
池田町遠征編2019
池田駅へと戻ってきて列車待ちの間に
跨線橋から構内をワイン城こと池田町ブドウ・ブドウ酒研究所へと撮影。
広い構内を持っているのは交通の要衝であった

機関庫のみならず、
太平洋戦争以前は林業が極めて隆盛を極めた時代だったので
製紙工場があり、その貨物線もあったという。
しかも池田駅は空襲を受けたりしていることからも
アメリカ軍はここもまた重要なものとして認識していた、
そういうところまで把握していたことになる。

無差別に襲撃したわけではなく
軍事的、産業的な重要な場所を狙っている一方、
文化財などの価値の高いものは極力回避しているというのも有名な話。

機関庫をはじめとした鉄道に多くの人びとを必要とする時代に
その人達の暮らしが池田農場に開設された駅周辺に営まれて
賑わいを有したのが池田町の市街。
同時に鉄道にヒトや大量輸送を必要としない合理化や時代の変遷が
日常よりに非日常的な観光による経済活動の影響力を大きくしている。

駅の窓口の開設時間は7:00〜20:20。
特急「スーパーおおぞら」12号を見送って終了となる。
後続の釧路駅行きの設定は控えていても
札幌駅・帯広駅方面への需要に応える、旅客を見込んでいるのが明らかだ。
池田町遠征編2019
真っ暗だけど、島式ホームを利別駅方面に見たところ。
今日は2面3線構造ながら、かつては島式ホームにもう一つ乗り場があった。
それがココ。
長大編成に対応するホーム延長を持っていても
上屋を持つ部分のホーム照明で今日は事足りるので
こちらまではそれが及ぶこともない。列車は止まらないのだから。
池田町遠征編2019
21:37、キハ40-1737、新得行き登場。
ここから4人が乗車する。
釧路駅から紆余曲折を経てやってきた列車の車内は先客はいらっしゃらず
ようやく乗客を拾い上げたような感じだった。
車内中づりも❝なつぞら❞ということで
JR北海道の普通列車にもプロモーションが仕掛けられていた。
日常の通学・通勤手段にされている方にもアクションを起こすのが広告の使命。

ローソンや池田町役場をあとに左にカーブして
道道237号の下を抜けて池田中のそばから利別川を渡り、利別駅へ。
続いて真っ暗闇の中を進んでいくと
千代田大橋の街灯が見えてきて汽笛とともに十勝川を渡る。
そして旭町団地に入り、ニッタクスと新田のもと、
列車は幕別駅に滑り込む。
池田町遠征編2019
幕別駅での停車で対向列車と行き違い。
駅名表示板、「さつない」が上貼りされている。
駅名標の広告主のビール会社も話題を振っておいた方がいいでしょうか?
なぜこの会社なのか、というのを意識する人としない人と
そこに目を向けることのない人が世の中にはいる。

この幕別駅を出ると街明かりから離れて
猿別川を跨ぎ、真っ暗闇から幕別自動車学校や合同通運を通りぬけ、
もうこの過程において稲士別駅の存在を思うことがなくなっているわけで、
やがてJAの倉庫のそばから札内駅に至り、
ここでお二人が下車。
左にカーブ描いた後、今度は右にカーブして札内川の土手に向かい、
汽笛をあげて札内川を渡るとイーストモールを過ぎて
高架前方にマンションやホテルが目立つようになり、
帯広駅が間近に迫る。
池田町遠征編2019
帯広駅だ!!
ヒトの挙動を真似しないで下さい、と内心思わないことはないけれども
自分の行動でそういったものに意識が向いてもらえれば
それもまた悪い話ではないのかなあ、と。
池田町遠征編2019
もう一コマ。
列車は新得駅へと旅路を控えているところで乗客が入れ替わることに。
4番線に停車中の列車を撮影。
1・2番線ホームには池田駅への普通列車が停車中だった。
快速「狩勝」を冠している列車。
新得駅〜東鹿越駅間がなおも2016年の台風被害で不通となっていて
存廃に揺れている状況下にあるので変則的な設定になっている。
主要幹線は急ピッチで復旧にこぎつけ、
優等列車が往還する状況にある一方で。
池田町遠征編2019
エスカレーターから改札を出ると
コンコースは帯広駅もなつぞら一色!
広瀬すずさんのポスターが並び、
スピッツの「優しいあの子」が流れているというように
こちらもまたプロモーションの例外ではなかった。
十勝観光の拠点となる場所だけに。
池田町遠征編2019
昨年の段階から
既に「なつぞらの舞台 十勝へようこそ」のアクションが立ち上げられていたものが
広域的な観光客の受け入れに期待感を抱くのとともに
盛り上がりを見せていたのとともに、
その高揚感がどこまで、というものを思わないことはない。
だからプロモーションを重ねているわけだけれども。
なかなかヒトの気持ちは続かなかったり、移ろいやすいものなので。

左に位置するのは今や稀少なツインクルプラザ。
旅行商品のパンフレットやノロッコ号30周年のロゴ、
スーパーとかちの顔出しパネルがコンコースに用意されていた。
池田町遠征編2019
帯広駅北口を撮影。
バスターミナルとともに交通結節点でありながらも
ライバルである高速バスとの競争が激しいので
ネックとなっている運賃に対して
破格の条件となっている❝お先にトクだね❞をPRしていた。
北見駅からの「オホーツク」「大雪」は計4本に対して
こちらの帯広駅からの「スーパーおおぞら」「スーパーとかち」は11本。
高速道路網の拡充が進む中でも健闘している。
池田町遠征編2019
ロータリーからホテルのもとへ。
昨年は満室だったので某JR系列のホテルにお世話になったけれども
今回は以前から何度もお世話になっているところに与らせて頂いた。
路頭に迷いかけた時に以前泊ったことがある、というところから
救いの手を差し伸べて頂いたことは
取捨選択は自由とはいえ随分前のことでも忘れない。
過去にこだわる人間は滑稽で愚かだといわれようとも。
同じところに同じように、と必ずしもいかなくとも
果たせることは決してごく自然なものではない。

よくある苗字を名乗るだけでルームキーを渡されて
本当に大丈夫なのか不安になるくらいだけれども。

その時に10回泊まると1回無料で泊まれるスタンプカードつくりませんか、と
そういう風に仰って頂いた際には
どこまで続くのかわからないし、
そういう動機づけで来訪を重ねるのも何か抵抗があるということで
これを遠慮していたわけだけれども、
縁あって、そういう水準を間近にするところまで歳月は流れるに至った。
池田町遠征編2019
建物そのままなのにエレベーターの中身が入れ替わっていて驚いた。
モール温泉に浸かって部屋から北口ロータリーを眺めつつ
世は更けていくのだった。
つづく


posted by 小林 慶太 at 21:46| 千葉 🌁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月17日

一人占めスターライン

陸別遠征編2019
2019年9月3日、道の駅オーロラタウンりくべつ93を前にした
「陸別」停留所から18:02、十勝バス「十勝バス本社」行きに乗車。

車体側面はふるさと銀河線を彷彿させるラッピングがなされている車両。
陸別停留所から足寄町方面へと向かう最終便。

陸別町には高校がないので足寄町などへと下校する生徒もなく
北海道北見バスの接続に考慮した便ながら
そちらから乗り継ぐ人の姿もないままに、
出発時刻となった18:05、自分一人を乗せて
バスはみどり屋とぷらっとのもとから国道242号へと右折。

セイコーマートにA‐Coop、ホクレンのガソリンスタンド、JA陸別町を通って
右にカーブして坂を下っていき、陸別橋を渡る。
道路工業や南建設を過ぎると「陸越新町」停留所。
その先には石橋建設。
JA陸別町そばのひまわり畑を陸別小や商工会などと手掛けているところ。

山林に差し掛かり、佐々木林業を通り斗満橋を渡って
そこから利別川と並走。左にカーブした後、今度は右にカーブ。
木々が次第に利別川との距離を生じさせる。
さらに左にカーブして白樺並木の牧草地を進み「陸別関」へ。

道路は真っすぐに山林に延び、坂を上がって右にカーブした後、
今度は坂を下って梅田牧場のもとへ。
そこから左へとカーブしていくと
右手にトウモロコシ畑や牧草地が広がり
バスは真っすぐひた走り「薫別伏古丹」停留所を通過。
右にカーブして坂を下った後、今度は左にカーブして山林を進む。
だいぶ周囲が薄暗くなってくる。

左手に牧草地が広がる中、右にカーブ描いてひた走り、
山林を抜けて牧草地に出て大誉地橋を渡り
とうもろこし畑から林に入り「大誉地」に出る。
そこから坂を下り左にカーブして畑をひた走って「斗伏」を通り
茂みから斗伏川橋を経て左へとカーブ描き「笹森」に向かい、
ここから第4利別橋を渡る。程なく第3利別橋が控えてる。

カーブが多いのは利別川が織りなしている地形に因るところが大きい。

林や畑から右にカーブを描いた後、やがて左にカーブして上利別橋を渡る。
そして上利別本町交差点を左折して集落へと入り、
「上利別」停留所に立ち寄り、
旧・上利別中を前に右折して国道242号に復帰。
そのまま第二利別橋を渡り、「塩幌」に向かう。
塩幌橋を渡っていくと「足寄西一線」。
林から右にカーブして二度ほど利別川を対面してこれを渡り、
右にカーブ描いた後、真っすぐひた走り、
やがて左にカーブし「愛冠」を通過。
なおも左へとカーブ描き緩やかな蛇行を重ねて
セブンイレブンが見えてきて足寄土木現業所の先で右折し
下愛冠団地に立ち寄った後、国道242号に再度復帰する。

左に大きくカーブした後、今度はまた右にカーブ。
利別川を渡って市街にさしかかる。
「足寄北5条」からホテルREUSやあしょろ子どもセンターを通り
サツドラにフクハラがあらわれ
道の駅あしょろ銀河ホールの足元にあたるロータリーへ。
池田町遠征編2019
18:50、「足寄」停留所着。
国鉄時代の駅舎を模した待合所と足型工房の前にやってきて
ようやくここから4人が乗車した。
ロータリーから銀河ホールの前に出て
ウッディベルやフジクリーニングを通り
A-Coopにエネオスのガソリンスタンドを過ぎて
桜井倉庫に続いて足寄町学習塾のもとへ。
ここが「足寄南6条」。お一人が乗車する。
足寄高の最寄り停留所はこちら。

そしてセイコーマートに本別警察署の足寄交番、
ホクレンのガソリンスタンド、イエローグローブと
沿道に続きながらも次第に市街から外れていって
パチンコオアシスとローソンの先で「足寄化石博物館」を通過し、
共成レンテムを通り「足寄郊南1丁目」に向かい、
足寄郊南コミセンからちぬやファームを経て足寄ICへと出て
「下足寄」停留所に出て行く。
足寄市街以来、極端な起伏はなくなった。地形を反映している。

暗闇をひたすらに進んで「明美入口」に向かっていき
そこから右にカーブして本別町に突入。
仙美里橋から仙美里保育所へと左にカーブ描き、
今度は仙住橋を渡って右へとカーブ。
仙美里プロジェクトつまり旧・仙美里中や
ソーラーパネルと仙美里郵便局の先で右折して脇へと入る。
池田町遠征編2019
19:03、「仙美里」停留所到着。
旧・仙美里駅駅舎のコミュニティセンター。
ここでトイレ休憩の小休止を挟んで国道242号に復帰。
仙美里公民館と仙美里小をあとにバスのライトが照らす矢印を頼りに
「仙美里23号」「フラツナイ」「仙美里39線」と進んで左にカーブ。
上本別生活館を過ぎるとセイコーマートが見え「上本別」を通過。
焼肉豊寿園の先を右にカーブして「本別北8丁目」に進み、
市街に入っていき「本別北6丁目」を経て
ホクレンのガソリンスタンドやA-Coop、パーラーシンセイの先を左折する。
池田町遠征編2019
19:14、「本別」停留所に至る。道の駅ステラほんべつ。
足寄町からの3人が降車していく。いずれも高校生。
一方、ここから乗車があると(勝手に)思っていた
本別高の生徒の乗車はなかった。
生徒数だけでなく、バスを必要とする、
設定している時間帯に合う学校生活を送る生徒の存在が
路線バスを左右させていく事になる。
これがくどいけれども池田町方面への最終便。
部活動などの下校手段として時間設定をしているのは明らかなもの。

ロータリーをぐるっとまわって北洋銀行やセブンイレブンを通り、
帯広信金を過ぎたところで「本別南一丁目」に至る。
フクハラを前にしたこの停留所で残されていたお一人が降車され、
陸別町から乗車した際に思い描いていたよりも早くひとりになってしまった。

ちなみに芸もないようにコンビニの名前を拾い上げているだけでも
北海道はセイコーマートのシェアが高いことがわかる。

本別郵便局を通り「本別南2丁目」に向かい、
セイコーマートとツルハドラックを過ぎて左にカーブして
ローソン、トヨタカローラ、釧路トヨタを通り抜け「真経寺」へ。
そこから陽賀歯科に共成レンテムを経て右にカーブ。
「岡女堂本家」の前に出て、「共栄26線」から「共栄24線」へと向かい、
続いて「共栄23線」を過ぎたところで
北海道製糖の社宅のもとから工場の前へと出て行く。

そして「勇足19線」から「勇足17線」に進んでいき、
勇愛団地に向かい、「勇足」停留所に至る。
勇足小の脇を通って「勇足13線」を駆けぬけて
「勇足10線」へと右にカーブを描いた後、
今度は左にカーブして池田町に入り「大森9線」に向かう。
さらに「大森6線」「大森5線」と辿っていき、「大森3線」の先で
国道から外れて道道237号に左折して集落に入り「高島」。

JA十勝高島と旧・A‐Coop、高島郵便局を通り
道なりにひた走り「近牛コミュニティセンター」に向かい、
道東道を潜って「近牛7線」から「様舞」とひた走る。
真っ暗闇となると本来であれば並走していたであろう
線路跡を思う事はなおさらにない。

「様舞1線」を過ぎてガタガタと車体を揺らしつつ「清見神社」へ。
市街を間近にした「池田西1条11丁目」で時間調整を行い、
丸藤シートパイルや池田消防署をあとに左へとカーブして
「池田西1条9丁目」から根室本線を跨線橋で渡った後、
今度は「池田西1条8丁目」に進み、池田町役場とセイコーマートを過ぎ
十勝いけだ地域医療センターのもとから
池田総合体育館の前に出て左にカーブした後、交差点を右折。
駅前通りに入ると正面に池田駅とロータリーが目に入る。
池田町遠征編2019
19:58、「池田駅」停留所に到着。ここで下車。
実に本別町からここまで自分一人のために
バスを走らせてもらっていたような道のりだった。
トイレ休憩を挟んでバスはさらに帯広駅を経て
十勝バス本社への道のりを辿っていく。

この先の道のりにおけるヒトの流れも気にならないわけではないけれども
競合路線を控えていること、
ここで晩ごはんを食べていくというのを
行程上の絶対条件としているので
それを目の当たりにすることはないのかもしれない。
所要時間は普通列車であっても鉄道の方が早い一方、
バスはきめ細やかな停留所設定に優位なものがある。

なお池田清見温泉はこの日は定休日なので
その滞在時間分の余裕を抱えてここで降り立ったことになる。
池田町遠征編2019
ワインの栓抜きを模したオブジェを前に
池田駅の駅舎のもとへと向かっていく。
池田町遠征編2019
駅舎を前にしたところには
これもまた❝ワインの街❞をイメージしている
グラスに注がれるワインを模した噴水。

そこからほぼ晩ごはんを食べるお店へと歩いて行ったところ
営業時間がこの1年の間に縮小してしまったようで
既に営業時間終了の看板が出ていたので
以前も同じような事態に遭遇した際にお邪魔したお店に転がり込むのだった。

これといった話をするわけでもないけれども
おかみさんに会うことが出来なかった。
なかなか巡りあわせがうまくいくものもあれば、
そういかないものも多い。むしろ後者の方が圧倒的多数だ。

転がり込んだお店はまた世の中狭いなぁ、という出会いがあって
そちらの交友関係の広さに驚いた。

その日のおススメ品がYouTubeで公開するようになっていたのも
商品を確定させて、そこから撮影して第三者が見れるまでの時間を逆算すると
とても真似が出来ないものだったので、これにも衝撃を受けた。

しかもこの日のおすすめ品が千葉産のイナダだったので
北海道に来て地元の逸品を勧められるのには妙な感じがした。

でも冷静に考えると自分の生活圏でも逆の図式も成り立つわけで
それだけ流通網が発達している、
道路や冷蔵などの輸送技術の向上の恩恵を享受していることに
他ならないことを痛感するものがあった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:13| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月13日

染まれなつぞら色

北海道ちほく高原鉄道の廃止・バス転換を境に
それぞれ北海道北見バスと十勝バスは
置戸〜陸別間、足寄〜陸別間に新規にバス路線を延伸している。
陸別町は町内に高校がない。
通学手段としての公共交通は
特定の年齢層を繋ぎとめて置く意味でも非常に重要なものがある。

2019年9月3日、「置戸」停留所から
15:53発「陸別」行きの北海道北見バスに乗車した。
乗降調査をなさっていた北見市役所の方のほかに
下校手段としてバスを利用して下さっていると思われる高校生の方がお一人。

バスは置戸市街から日中であっても
不気味なくらいの山林の無人地帯に延びる国道242号を沈黙のままひた走り
哺牛育成センターや釧北牧場の牧草地が広がったのも束の間、
池北峠に差し掛かっていく。

例によって「カーブ」の表現が多いのは
自分の語彙が乏しいのとともに勾配を緩やかにするように
道路構造を鑑みた敷設がなされていて、
そういうところをバスが走っていくからに他ならない。

ここまでが常呂川とその支流をさかのぼる旅路で
池北峠を境に利別川を下っていく旅路になる。
河川と森林資源は非常に関わりがあり、
輸送手段を引き受けるようになった鉄道や道路もまた不可避の関係にある。
置戸遠征編2019
池北峠から左にカーブしてひたすらに進んでいくと岩見橋に出て
さらに突っ走って敷島橋を渡り、前方にオホーツク道があらわれ、
これを潜り抜けて万才橋を跨ぎ、右にカーブした後、
続いて左にカーブしていくと
陸別太陽光発電所のソーラーパネルが平地部に広がり
白い三角屋根の小利別集会所が左に見え、「小利別」を通過。

廃屋も目に留まる中、
集落のメインストリートを構成していた道道620号を受けた
小利別神社を前に横切る道道143号と合流して
そこから左にカーブ。

カタカタ車体を揺らして右にカーブして法華橋を渡り
その後、日宗橋を左にカーブして坂を下っていく。
陸別遠征編2019
さらに右にカーブ描いて草むらへと出て行き、
平地部を進んだのも束の間、蛇行しながら深雪跨線橋を渡り、
そこから右へとカーブしてトーンダウン。
熊の沢橋から「川上」の転回スペースに立ち寄る。
待合所が用意されている転回スペースは
バス転換後に整備されたところ。
陸別遠征編2019
少しばかりの小休止を挟むようにして国道242号に復帰。
陸別遠征編2019
右手に広がる草むらには川上駅跡。
バスはそこから右にカーブ描いて真っすぐに坂を下る。
そこから左にカーブした後、また右にカーブ。
なおも左へとカーブして依田橋を渡っていく。

左斜面に牧草地が見える中で坂を下っていき、左にカーブ描くと
平地部にも牧草地が広がり「分線」に出て行き、
1号線橋、クンネベツ橋と渡って石井牧場の前へ。

やがて松浦建設の前にやってくる。「百恋駅」がある界隈。
陸別跨線橋を渡って右にカーブ描いて変電所のもとから
「陸別栄町」を経て左にカーブしていき、市街へと差し掛かって
吉田機械や陸別自工に続いてぷらっとの前に至る。
久しぶりの信号待ち。そこからセイコーマートを右折する。
陸別遠征編2019
16:33、道の駅オーロラタウンりくべつ93の前に到着。
降り立ったところでパチリと。
待合所はシェルターが用意されていて
同一の場所から北海道北見バス、十勝バスが出発着。
同乗されていた高校生の方もこちらで下車。
色々と好奇心で聞きたいものはあれども
所詮好奇心に過ぎないものなので。
陸別遠征編2019
やってきた道の駅オーロラタウンりくべつ93。
道の駅と鉄道駅を兼ね揃え、
2階部分はオーロラハウスという宿泊施設が設けられている。

「93」が示すように設立が1993年なので
施設として四半世紀を経過しているところにある。
北海道ふるさと銀河線は廃止されながらも
なおも「駅」としてりくべつ鉄道の拠点となってる稀有な場所。

酪農の街をPRするように乳牛のベンチが
温度計とともに設置されている。
陸別遠征編2019
そして2019年上半期、陸別町といえば
NHKの朝のテレビ小説「なつぞら」の舞台。
新得町や池田町などとともに十勝管内が撮影協力され
帯広観光コンベンションが全面的にバックアップをしていたので
それに対する効果というのも期待され、
受け入れに対しても積極的なアクションが立ち上げられ、
事実そういう目的での波及効果や来訪をされた方が
かなりいらっしゃるようだった。

こちらは主人公なつが北海道編での暮らしを営んでいたところ。
NHKがロケ地を明らかにしていないことと
個人宅敷地にこの建物があることから
「ようこそ!なつぞらの舞台 十勝 陸別町」の幟をはためかせて
このようなボードを用意して記念撮影の要望に応える格好となっていた。

脚光を浴びることとなったのは喜ばしい反面、
冷めている人間なので
「賞味期限」というのを意識しないことはない。
すぐに滋賀県の信楽に関心が向くというのは明らかだし、
逆にそういう効果が生じなければ新規作品を立ち上げることもない。

普遍的な作品として愛されるものとなっても
広く人々に評価され続けるというのは
並大抵のものではなかったりする。
そういうものになり得るかは作品のみならず
受けてとなる人々の評価にも左右されるところが大きい。

支持する人が少ないとマニアだとかいうけれども
しっかりと相応の往来をしてくれたり、支出構造を弾き出す点では
あながち看過できる存在ではない。
逆にすぐ飛びついて飽きっぽい、見極めが早いというのは
短絡的にはすごく効果を弾き出すのも事実ながら
非常に翻弄していることに他ならない。

取捨選択は自由で個々の裁量に因るし
本質的には物事には
何らかのタイミングで終わりを迎えるのも確かなこと。
陸別遠征編2019
鉄道時代の待合所には「幸せの黄色ハンカチ」のハンカチが吊るされ、
2018年に開業10周年を迎えたりくべつ鉄道を祝うのとともに
ここに「なつぞら」のポスターなどのプロモーションが追加された。
なお館内のBGMはスピッツの「優しいあの子」。ずっと。
いく先々の十勝管内の道の駅はことごとくそうだった。

ファンにしてみると否が応でもこみ上げるものがある
雰囲気を醸し出している一方、
一日中はたらいていらっしゃる方は
名曲であってもどうなんだろう……。
お正月に流れたりする❝春の海❞とかを一日中耳にするよりも
遙かにモチベーションは保たれるんだろうけど……。
陸別遠征編2019
かつての鉄道駅窓口、
つまり十勝バスりくべつ案内所の窓口を前にした階段のそばには
「なつぞら」のポスターとともに複製台本や
広瀬すずさんに松島菜々子さんをはじめとした
主要キャストのサイン色紙が飾られていた。
陸別遠征編2019
三十年どころか四十年という歳月が流れても
世代を超えて認知をされたり
この作品の舞台といえば、というところに
昇華させることが出来るのだろうか?

夕張市が「幸福の黄色いハンカチ」の舞台としてイメージが強いものの
陸別駅もこの映画にしっかりと登場していて
無縁ではないこともあって映画の看板が掲げられ
先ほども触れているような黄色いハンカチが吊るされているという
そんな空間が造られている。

映画が上映された当時は紛れもない現代劇だったものが
30年、40年経つと時代劇であったり、
ロケーションとなった場所の当時の様子を断片的であっても示す
歴史的な資料に足を踏み入れる次元になってくる。

石勝線の夕張支線廃止の際に
「黄色いハンカチ」で見送ろう、と地元の方が思われるくらいに
歳月を経ても思うものというのは
そうなかなか輩出されるものではない。
陸別遠征編2019
ホームに留置されていたCR70−8は
何とガラッとイメージを変えて
なつぞらのラッピング車両となっていた。
保存鉄道としてでもこういった塗装変更は異例の事だ。
陸別遠征編2019
ラッピング車両はつい多面的に見てしまうわけで
そういう風にさせてしまったら
仕掛けた方々の思うつぼといったところだろうか。
いすみ鉄道のキハ52−125塗装変更に際するクラウドファンディングを見ても
かなりの費用を要するものなので
タイアップを兼ねていても実際に目の当たりにするとビックリだ。
陸別遠征編2019
さらにもう一つ別アングルで。
広瀬すずさんのメッセージが添えられていた。
しかもコレ、動態保存されているから線路上を走ることができるわけで、
往時とまでは行かなくとも、
こういったカタチで投資がなされる事とは思いもよらなかった。
陸別遠征編2019
昨年はバスの乗り継ぎ時間12分が
陸別町の市街地における滞在時間となってしまったので
宿泊とまでは行かなくとも遙かに時間を確保しての対面となった。

やっぱりほぼオリジナルの外観を保っている姿が
経年の不安を抱えながらも艶やかな車体を見ると安堵するものがある。
こちらはCR75‐101。宝くじ号。
行先には「寛斎〜下勲祢別」を掲出していた。

なつぞら塗装と並ぶとガラッと別の車両のような印象を受ける。
陸別遠征編2019
真っ正面から足元を含めてCR75-101を撮影したところ。
北見市街に台車部分を失った車体が現存していたり、
ミャンマーに渡って新たな活躍をしている車両もある中で
旧来からの舞台で、といっても走行範囲はかつてほどではないけれども
なおも動態で運転体験や乗車体験に健在ぶりを示している。
陸別遠征編2019
こちらはラッピング列車の先駆け、「白メーテル」ことCR75-3。
陸別遠征編2019
そしてもう一両、「黄メーテル」CR75-2だ。
保存鉄道として10年が経過する中でこの陣容を保ち
なおも集客を見込めるコンテンツとして健在であるのは
稀有なもので並大抵のものではない。

ディーゼル気動車の運転体験ができる場所が
全国でココしかないことと駅構内から線路を走るためには
経験を積む必要がある点が来訪頻度を重ねる必要性を生んでいるので
そういうものに興味のある人は惹きつけられるものがあるらしい。

陸別駅の広大な構内は機関庫が設置されていた要衝であるのとともに
豊かな森林資源を引き受けていたからで
その往時の産業規模が反映されている。
石北本線が出来る前までは本線だった歴史がある。
陸別遠征編2019
道の駅があるホームに掲げられている陸別駅の駅名表示板を撮影。
北海道ちほく高原鉄道時代のものが
りくべつ鉄道のホームに経年を物語っていても
往時と変わらずにそこに設置されている。
陸別遠征編2019
道の駅を兼ねている駅舎は1990年代に建設されたものながら
2面2線構造のホームを結ぶ跨線橋は国鉄時代からの年代物。
営業日のみ構内を渡るために入ることが出来る。

ちゃんとふるさと銀河線友の会メモリアルレールの
星型のプレートが保管されていて
階段部分の窓の下にそれが並んでいるのが見える。
陸別遠征編2019
跨線橋で結ばれているもう一つのホームの駅名表示板は
北海道ちほく高原鉄道時代に
「ふるさと銀河線」として12星座を主要駅に充てており
陸別駅は双子座に該当していたので
❝好奇心旺盛でさっぱりとした合理派 
有能で世渡りがうまく逆行にめげぬ力強い人生❞と
それにあたる方の性格が記述してある。

体験するのに明るい時間帯に来るのもいいけど
やっぱり夜間の構内と星空は何ともいえない魅力的なものがある。
寒かろうが暑かろうが、滞在時間をそこに充てた人の特権。
そういう価値観は自分自身の一番最初の旅路にあるのだと思う。
旅の目的の一つがお世話になっているホテルにお邪魔する、がある上に
行程が1泊2日というところで果たせなかったりする。

翌週にLCCで旅に出るという能力を昨今獲得したので
これを企てたものの頓挫している。
陸別遠征編2019
陸別駅並びに北海道ちほく高原鉄道がかつて本線であり
その主要駅であったことを示す遺構がこのターンテーブル。
明治43年に設置されたもので土木遺産として指定されている。
駅構内ととりまく周囲のギャップに加えて
改めて機能するようにしてあるので、
ピンと来るような印象に欠けているけれども
その駅構内、機関庫を構成している要素の一つであれば
自ずとその価値というのは推して知るべし。
陸別遠征編2019
歳月の経過とともに
工務施設なども歴史的な価値が高いものとして
いずれは認識されていくものと思われる。

どの程度の活用がなされているのか、というものや
内部の様子は知る由もないけれども、
外観がそれを物語っている。

気候風土が日本一寒いといわれるような特殊な条件下で
この外観を保っているのだから自分が思っているよりも
遙かに建築技術や維持管理というのは
超越したところにあることは確かだ。
陸別遠征編2019
年代物、と称するいずれの建築物を目にすると
道の駅を兼ねている駅舎は四半世紀を経ている建物でありながらも
その事実があっても非常に新しいものであるという印象は変わらない。
自分自身に言い聞かせているような部分もあるけど。

駅務室となっていた現・十勝バス陸別案内所から
窓越しにホームにいるこちらを見つめている女の子は
「りくべつ百恋(ももこ)」ちゃんというイメージキャラクターで
昨年の段階で既に登場していたというのに
短い滞在時間でその存在を知る事がなく
ようやくここで突き当たる事になった。

北海道ちほく高原鉄道時代に比べて
陸別町自体も「日本一寒い街」として
テレビで取り上げられる機会が多くなっているし
情報発信媒体も個々人で出来る時代になっていたり、
誰が見ても「どこにでもある鉄道」ではなく
「ここにしかない鉄道」になっているので注目度は高くなっている。

施設から派生する効果の対象などには
課題はあるものと思われるけれども
鉄道を失いながらもその財産をどのように、という部分においては
先進的な事例ものであり、十年経ってもなおそういうところにある。
陸別遠征編2019
僕、待ってましたよ。
ようやくファイターズの北海道179市町村応援大使、
2019年、陸別町には鶴岡選手と石川直也選手が務められるようになったので
こちらにもポスターが掲げられるようになった。
任期は1年間ながら、こういうのを契機に
現役を退かれても接点を持たれたりする方もいらっしゃるから
お二人には末永いおつきあいを陸別町にして頂きたいと思う。
陸別遠征編2019
ちゃんと陸別町役場にも
お二人が応援大使であることを紹介する垂れ幕が吊るされていたんだ。
エントランスは「なつぞらの舞台 とかちにようこそ」の幟。

何をしに役場にって、ふれあいの湯に入りたいなぁ、という
そんな願望に駆られながらラコーム通りを歩いていただけ。
それに役場は駅とともに街の顔。
プロモーションを仕掛けて街のイメージを体現している場所の一つ。
何だかんだ意識する建物になる。
陸別遠征編2019
道の駅オーロラタウンりくべつ93は
飲食施設が観光物産館のソフトクリームなどを除くと持っていないので
補完するような位置関係に国道242号に面して
コミュニティプラザぷらっとがある。

すし藤や花むすびといった飲食店が入り
ぷらっと広場ではフリースペースを提供しながら
りくべつラーメンやオーロラタピオカミルクティなどのメニューが
窓ガラス越しに紹介してあった。

WEB発信できるツールを持っている身なので
これを食べて、というシナリオを思わないことはなかったものの
夕ごはんには少しばかり早く、
ムリして一日四食にすると堪えることになるのでこれを眺めるばかり。
フリーWi−Fiはほぼ必然的な提供条件になりつつあるのも感じた。

とか呟きながら行く先々で
セイコーマートでメロン最中を買い求めて食べ歩いている人だけど。
公共交通で旅路を歩むと
道の駅がゴミの持ち帰りを推奨しているので
買い物をしたりした後のゴミの問題に悩むことから
欲しいものを買うのを躊躇う場面に直面することが多々あった。

メロン最中は買ってすぐに店内に設置されているゴミ箱で
袋を開けてブラブラ歩きながら食べ歩ていた。
そうでないとゴミをどこで捨てるのか、をずっと考えながら、
もしくは荷物に加えながら旅路を進めていく事になる。
自動車は多少なりとも溜めておくことができる。

鉄道駅は無人駅であっても事業者の配慮があって
これを用意して下さるけれども、
バスはそれを求めることは難しいものだと。

乗りたかった昨年に登場したコミュニティバスは目撃したものの、
郊外に向かう便は予約が必要で
スクールバスとの組みあわせ、
もしくはタクシーの利用を片道念頭に置くことが条件になり
郊外の方々が市街への利用を前提とされているものだった。
制約はあっても無料で運行している便だから
うまく利用すると重宝するかもしれない。

市街の便は1日4便。ちょうど最終便が止まっていた。
陸別遠征編2019
駅を中心に据えた碁盤目状の都市基盤を敷いている市街を
見据えるように小高いところに鎮座している陸別神社のもとへ。
拝殿は1995年築なので道の駅よりも新しい。
北海道の神社の例祭は気候もあって
自分の生活圏よりも1,2か月ほど早い。
北見からはじまり、訓子府、置戸、足寄、本別、池田、帯広と
辿っていく神社はいずれも例祭日が重なっている。

拝殿へと通じる石段を前にした鳥居のそばにある
旧・りくべつフードセンターは建設会社の事務所として
入居がなされるようになっていた。
陸別遠征編2019
陸別町にやってきたら惰性を重ねる人間なので
できるだけ同じものを同じように辿っていくこともあり
自ずと足を運ぶのは国道242号沿いに
陸別小と商工会、石橋建設によるひまわりの植え込みだ。
そういう取り組みは今回も続いていて
タイミングがバッチリと重なり
実に都合のいいところにやってきたという事になる。
みんな太陽の向きの兼ね合いでそっぽ向いてるけど。
陸別遠征編2019
ちゃんと回り込んでこれを撮影したところ。
背後にそびえているのはJA陸別町で
こちらにも酪農の街をPRするように乳牛のオブジェが沿道を前に
行き交う自動車を見つめている。
❝大地の恵み 牛乳でカンパイ らくのう王国陸別❞とある。
輸送手段となるトラックも積極的に外観からこれをアピールするデザインだった。
道路挟んで教員住宅がある。
十勝管内といっても広域にあたるので学校の先生も
こちらで暮らしつつ町内の学校で授業をなされる方もいらっしゃるのだと思う。
陸別遠征編2019
蒸気機関車79667の動輪とともに関寛斎の銅像をイベント広場にて撮影。
国道242号に面してこの広場を含めて道の駅が構成されている。
徳富蘆花の❝みみずのたはこと❞に陸別町が登場するので
その日も敷地内に建立されている。
陸別遠征編2019
駅を中心に市街が形成され、貨物と旅客を駅構内が分離する構造にあるのは
ここもまた例外ではなく、市街に面して転回スペースや停留所を持っているのに対して
その裏手にあたる一画には十勝バスと北海道北見バスの駐車場が設けられている。
いずれもダイヤの兼ね合いで滞泊する。
シャッターが閉まった車庫の外で次発の十勝バスが車体を休めていた。
陸別遠征編2019
十勝バスの陸別案内所にて「池田駅」までの乗車券を購入して
先ほどのバスの登場を待つことに。
陸別町には高校がないので町外へと下校する高校生の需要はなく、
小中学生もスクールバスが補完しているので
主たる役目である足寄高や本別高の学生の定期利用に出会うまでは
非定期需要を拾い上げるものと、
それら市街から陸別町への往来からの折り返しの意味合いが濃いので
やっぱりバスを待っているのは自分一人だった。
陸別遠征編2019
18:02、停留所に十勝バス登場。
正面は黄色のスターラインの顔ながら
ふるさと銀河線ラッピングの車体だ。
陸別遠征編2019
最後尾にはしばれくんとつららちゃんが同乗している。
ラッピング車両はつい「お尻」まで見てしまう人。
作り手の思うつぼ。
北海道北見バスは乗降調査がなされていたのに対して
十勝バスは運転士さんのみだった。
いずれにせよ旅客需要あってこそのバスの存在意義。
自治体は状況把握に努めているものと思われる。

本数は維持されている中で
ダイヤ改正が帯広市街地を中心になされたものを受けて
ここで乗車することになった。

つづく
※なつぞらラッピングの運行は2019年9月まで。
posted by 小林 慶太 at 23:59| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月12日

絶えることない花の街

置戸遠征編2019
2019年9月3日、15:04、
コミュニティホールぽっぽを前にした「置戸」停留所にやってきた。
ここから次発の15:53「陸別行」に乗車していくまでの
1時間弱が置戸町市街における滞在時間となった。

ほぼバスの本数とダイヤが固定されていて
目的地も旧来のものを踏襲しているので
その滞在時間も極端に変わらないこともあり
非常にピンポイントで辿るべきところを辿っていく。
置戸遠征編2019
置戸高の最寄り停留所は「学友橋」にあたる一方、
博愛寮は「置戸」停留所、つまり旧・置戸駅構内に面して
商店などが並ぶ道道1001号から線路向こうに位置している。
若者交流センターに隣接した薄いピンクを基調にした建物だ。

今回は置戸神社や校舎の方に足を延ばさなかったものの
置戸高は置戸町唯一の高校で全校の生徒数は40人に満たない規模。
福祉科の学校は介護福祉士の国家試験の合格率が極めて高く
そういうものに特化充実に図っていることが伺える。

寮を拠点に学校生活をなさっている方は3分の2くらい。
女の子が多い。
陸別町や訓子府町、北見市だけでなく
道内広域的に学生を募っている。

自治体(もしくは近隣)から高校がなくなるというのは
特定の年齢層の流出が避けられない事態になるので
こういったところには道立高でありながらも
置戸町もバックアップをしている。
同時にその競争に晒されているのも確かなことで
福祉に特化することで
中学校からの進路先として棲み分けをしているものと思われる。

寮費には月に1万2000円の補助を出したり、
北海道北見バスの定期代の一部負担もしている。
また町のバスで宿泊研修や
介護実習、国家試験模擬試験の送迎を行ったり、
福祉教科の教材や学校給食の提供も受けていたりする。

自治体にとっても
こういう負担を持続していくのは容易ではなくとも
一度途絶えてしまったりするものを再び、というのは
あまりに現実的ではないことを念頭に置いても
特定の年齢層の方々が流出していく事態を
極力避けるように努めている。

「(他人の)子育てにやさしい社会を望む!」という方は
バスや列車をアトラクションのように乗っているだけではなく
細部にまでアンテナを張り巡らせて
社会構造を紐解かれているに違いない。
置戸遠征編2019
中央公民館やファミリースポーツセンターも
また市街と旧・置戸駅構内を挟んでコンパクトに集約されている。
これら公共施設が集約できる土地の背景と
旅客と貨物を隔てていた駅構造を必要にしてきた
一大産業の変遷を物語っている一コマ。
置戸遠征編2019
置戸町立図書館も線路跡沿い、市街の向かいに位置している。
当然ながらここが移動図書館やまびこ号の拠点。
町内各地を巡るのは月の第一週。小学校や中学校にも向かう時もある。
非常に置戸町と図書館の関わりは深い。
今日の図書館も基金への人びとの寄付の上に成り立っていて
豊かな森林資源とその工芸が反映されたものになっている。
置戸遠征編2019
その工芸品の作り手の養成やオケクラフト製品の販売を行うのが
森林工芸館でそちらの前に身体を休めている
こちらのフクロウに会いにやってきた。
置戸遠征編2019
道道1001号と森林工芸館を結ぶ道路を前にしたところで
旧・置戸駅構内から残されている
北海道ちほく高原鉄道の「線路」はここで途切れる。
置戸遠征編2019
アスファルト部分も本来であれば踏切であったことを
次第に歳月の経過が意識を遠のかせているのも否めない。
そこから小利別方面へと「線路跡」を撮影。
うっすらとした空き地から草むらを経て
網走中部森林管理署の方へと本来であれば線路が延びていた。
市営住宅に姿を変えているのは一部に過ぎない。
置戸遠征編2019
セイコーマートの前に出て道道1001号に入ると
道路向かいにそびえるのが置戸町役場だ。
3階建ての庁舎の背後を国道242号が置戸トンネルで貫いている。

陸別町や留辺蘂地区、北見市へと向かう通過交通は
本来であれば市街の軸となっているこちらの道路を通るものが
これと分離され、さらにオホーツク道の存在を経て
交通量の推移が顕著なものとなっているので
役場を前にしたこの道路を通る自動車も
またその対象目的が限られたものとなっているのも確かだ。

街の中心を成す施設の一つである役場を前にしたところにも
メインストリートを織りなす代名詞的なプランターが置かれて
その景観づくりに努めていることが伺える。

毎度のように触れているけれども
来る度にちゃんと維持管理がなされているって
非常に大変なことでもっと評価されてもいい事だと思う。

「子育てにやさしい社会を望む!」とか
「11万文化都市!」とか「市民が主役!!」とか叫んでいても
経年とともにやたらとポイ捨て禁止を掲げる掲示物が増えて行ったり
「このお花はみんなのものです 持っていかないで下さい」まで
呼びかけられてしまう街もあるし。
どことは言わないけれども。
置戸遠征編2019
もう公衆電話はなくなってしまったので
バスから通りがかる際もその存在を当然意識しないわけがない。
こちらも健在であったラポラとポラのオブジェ。

本来であれば電話ボックスだったのだけれども
公衆電話は前述の通り既になく
ポケットパークを構成する
一つのオブジェ以上の何物でもなくなってしまっている。

でも置戸町に来たら僕は一番会いたいのが「彼ら」に他ならない。
アングルによっては不気味な表情を見せたり
ひょうきんな表情に見えたりするから不思議なものだ。
それは通りがかる自分の主観が左右しているのも、もちろんある。
置戸遠征編2019
ラポラとポラのタペストリーが飾られ
花いっぱい運動のプランターに彩られた
置戸町市街の道道1001号を撮影。

軒先に咲き誇っているプランターが目立つのは花屋さんではなく
実は衣料品店だったりするように
文字通り個々の商店をはじめとする人々の積み重ねが
派手やかではないけれども、街の景観をつくりあげている。
くどいけれどもそれが絶え間なく持続していることというのは
思っているよりも簡単にできるものではない。

出来る人は出来るからそう思われるのかもしれないし
さほど意識するものでもないのかもしれない。

ちなみに電柱はない。無電線化がなされている。
地中にしているのではなく市街を避けるようにしてある。
置戸遠征編2019
いなだ屋のもとにやってきて
手づくり郷土賞の受賞もあるモニュメントを前にした一コマ。
置戸遠征編2019
以前は手前の球体から先ほどのオブジェへと水路があった。
右に見える建物がいなだ屋。おそば屋さん。こちらが本店だ。
置戸遠征編2019
「置戸」停留所を前にした転回スペースでバスを待っていると
置戸町のスクールバスが相次いで通り抜けていく。
まきば号、そよかぜ号、へきすい号、なかよし号、しらかば号……。
この辺のバスを駆使して小学校の通学下校手段を講じている。
そして15:48には「北見」行きの
北海道北見バスがこちらを出発していく。

学生の姿もなく北見市街へと向けて乗降があるものと思いたい。
見送るたびにそういうことを思っているような気がしなくもないけれども
ライフサイクルを鑑みると
この時間帯は北見市街から帰路に向かう人を主に視野に入れていて
その復路を辿るところに差し掛かりつつある。

陸別方面へと向かうバスを待つ人というのは
やはり限られたものであって、
登場してくるバスも当然、と思いきや、
15:53、やってきた「陸別行」には
先客の方、下校手段として
定期利用に路線バスを使われている
高校生の方がいらっしゃってえらく感激するのだった。

聞きたいことは山ほどあるけれども、趣味と興味本位の話なので。

交通網が維持してもらえないと
こういう行程を組んだ往還を辿ることが
いずれは出来なくなってしまうことも十二分にあるだけに
定期利用を必要とされる方々というのは意識しないことはない。
特に下宿も選択肢にあるというのを知った矢先に
こういう場面に出会えると。

相手方と乗降調査の北見市役所の方は
何でこの人は妙に感激しながら(極めて冷静を装ったつもり)
バスに乗っているんだろうと思われたのかも。

鉄道時代であれば間違いなく鉄道を通学手段にされていた方。
そういったインフラがなければ
街からの流出や違う進路先を選ぶことになったのかもしれない。

早速「陸別」行きの北海道北見バスは
置戸町役場や網走森林管理所を通って林友橋に向かい、
国道242号へと左折して拓殖橋を渡って
置戸製箸工場をそばにソーラーパネルのもとから
公進橋を渡り工房優木を過ぎるをバスはスピードを上げていく。
置戸遠征編2019
三好木材を左にカーブして実習橋から山林をひた走る。
かろうじて明るい空が雰囲気を紛らわしているとはいえ
不気味なくらいの山林、対向車はほとんどない。
右にカーブして紅葉橋を渡り、フェンスのもとから白髪橋に出て
さらにゆるやかに蛇行しながら坂を下っていくと
哺牛育成センターから三国橋を渡り、釧北牧場の牧草地が見えたのも束の間、
黙々と道のりを先に進んでいくのだった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 21:22| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月10日

敷居

陸別遠征編2019
2019年9月3日、「小利別」停留所において
14:45、陸別市街方面から国道242号をやってきた
北海道北見バス「北見」行に乗車していく。

往路からの折り返し運用なのでバスと運転士さんはもちろんのこと、
乗降調査の北見市役所の方も同じ方。
車内はそのお二人のみだったので
往路と同じ顔触れでバスは進んでいく事となった。

置戸町〜陸別町間はフリー乗降区間にあたり
非常に沿道の人家も少ない区間にあたる。
加えてオホーツク道があるから対向車とのすれ違いも少ない。
進行方向をどちらにとっても。

国道242号を右にカーブしてしばらく真っすぐ進んでいった後、
左にカーブして万才橋を渡り、オホーツク道を潜り、
不気味なくらいの林を黙々と。
敷島橋に続いて岩見橋を渡り、左へとカーブ描いて
木立向こうに線路跡が見受けられる位置関係を保ちつつ進んで
そこから右にカーブした後、しばらく道路が直線状に延び、
池北峠を超えていく。
釧北牧場を控えているので牛の姿も。

そこからさらに三国橋、白髭橋と進み、
曲がりくねった道から実習橋へと出て行き、ようやく三好木材のもとへ。
やがて民家があらわれ公進橋を渡って右にカーブし、
拓殖橋で常呂川を渡ったところで国道242号から分かれて坂を下り
置戸町の市街へと差し掛かる。
置戸遠征編2019
弘法寺や網走中部森林管理署を通って
セイコーマートの前に向かい、置戸町役場を過ぎて
いなだやのもとからコミュニティホールぽっぽの前へ。
15:04、「置戸」停留所に到着。ここで下車。

結局、市街に入ってもこの停留所に至るまで乗車はなかった。
ここから置戸高や訓子府高は下校時間帯にバスの走行時間帯が重なるので
北見市街に向けての乗降は相応にあるものだと思いたい。

置戸高の最寄りの停留所は「学友橋」にあたり、
鉄道時代と異なり、細やかな停留所設定がなされているので
旧・置戸駅にあたるこの停留所でなければならないことはない。

何でこういうのを鉄道時代に意識するものがなかったのか
ひどく悔いるものがある。
置戸遠征編2019
旧・置戸駅駅舎、コミュニティホールぽっぽの外観を撮影。
2階建ての建物は駅務室だった一画に置戸歯科診療所が入り
置戸町商工会が拠点としている。
主要停留所の待合所としての役割も引き続き担っており
バス到着時間を間近にすると館内にはアナウンスが入る。
会議室やホールを持つ公共施設の顔のほかに
❝ぽっぽ絵画館❞という寄贈美術館としての顔も持っている。
置戸遠征編2019
2階部のぽっぽ絵画展は
この日は万代進さん並びに茂木三良さんの作品が中軸に据えられていた。
企画展示がこのように展開できるのは寄贈美術館であることと
それを支持する方々があってこそのこと。

これらとともに吹き抜けとなっている2階からバス待合所をはじめとした
パブリックスペースとなっている1階部へと見ているところ。
畳敷きの一画に飾られてい絵画は鉄道時代の光景が描かれたもの。
こういった当時を継ぐべき作品は不動。

てづくりの店ほっとは木曜〜日曜が営業日なので
未だにこういう場面にしか出会うことがなかったりする。
置戸遠征編2019
コミュニティホールぽっぽの置戸町商工会はICバスカード取扱箇所にあたる。
また復路では置戸町役場の方も乗降調査に立ち会っていらっしゃったこともあり
鉄道なき今日、移動手段としての路線バスを維持していくというのは
置戸町にとっても非常に重要なことなので
その利用の敷居を低くするようにバスマップの制作を行ったりして
身近な移動手段として位置付けてもらうようにしている。

ちなみに発行されたのは前年の旅路のすぐあとのこと。

鉄道時代から北見市〜訓子府町〜置戸町間は鉄道とともに
路線バスが設定されていた地域にあたるとはいえ
経年とともに人口減や高齢化、学校統合などが絡んでいるので
その時代と変わらない旅客水準を弾き出せるとは必ずしも限らない。

切り口としては
❝オホーツクの COOL CHOICEは公共交通の利用から❞を掲げ
二酸化炭素の排出量、北海道においては
自動車と暖房で半分以上を占める割合にあるので
バスの利用でこの排出量を削減できることをメリットに提示している。

同時に自動車を全く使わない生活というのは成り立たないことも
既に織り込み済みのことで、
高齢社会においては冬期の路面状態などで
地元の方であっても不安を抱えるものがあるので
そういうものを解消するためにもバスの役割を見直してもらいたいとしている。

置戸町内を走る3路線(重複区間あり)の地図を取り上げた上で
別途北見市街の地図を載せ、
バスの乗り方、運賃の払い方を紹介したり、
勝山温泉「ゆぅゆ」にバスで行こう、というものを提案している。

北見市街の地図は公共施設よりも医療機関が強調されており、
主要停留所案内においても
訓子府町と置戸町の医療機関の最寄りが案内されているように
やはり通院でのバス利用が交通機関としてのバスと
現実的な接点になるのかもしれない。
置戸遠征編2019
旧・置戸駅構内を陸別町方面へと撮影したところ。
鉄道時代は2面2線の駅構造だった。
ホーム部分に重なる線路部分はそのホームと同じ高さに整えられ
線路があった部分には動輪を模したオブジェを据えたベンチが設置されている。
ほとんどの線路が撤去されている中で、貴重な鉄道時代の遺構を抱えている。

ほぼ今日の主要インフラありきの市街しかしらないけれども
駅構内が商店が連なる道道1001号と
図書館や中央公民館など公共施設が集まる地域を分断する構造になっているので
旅客と貨物が分離する駅構造を持っていたのは確かなことで
その土地利用の変遷が今日に反映されている。

同時にそれだけの貨物を引き受ける豊かな資源に恵まれていた、
それを大量に輸送するために鉄道が敷設され
街が切り拓かれてきたことに他ならない。
置戸遠征編2019
こちらは境野地区方面へと撮影したところ。
イベントスペースから緑地を経て町営住宅へと
かつては線路が延びていた。
先人の営みを語り継ぐべくものとして残す部分は残し
活用できる土地は積極的に転換に図ることを果たせているところになる。
廃止されているものをずっと抱えているわけにはいかない。
むしろ刷新できる方が幸せなこと。
置戸遠征編2019
こちらが線路跡並びに鉄道敷地を一部取り込んで造営している町営住宅。
真正面に線路がかつては延びていた。
置戸遠征編2019
管内最初明治44年開駅の碑が
「続金色夜叉」ゆかりの松とともに
北海道ちほく高原鉄道の前身である池北線が
かつて本線であったことを示すように
こちらに建立してあり、
残されている線路とともにこの街に鉄道があったことを今日に伝えている。

網走(オホーツク)管内最初に設置された駅でありながらも
ありとあらゆる環境の変化がそれを過去のものにしてしまっており
面影となっているものは非常に乏しい。

過去にこだわる人間は滑稽で愚かだといわれるものの、
そういうものを持たないこともまた虚しい。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:48| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月04日

集落の灯

陸別遠征編2019
バスの乗車アンケートでは降車停留所は「小利別」を挙げ、
目的には「観光」ということで記述させて頂いている。

2019年9月3日、北海道北見バスで
13:25、「小利別」停留所に降り立った。


何で思い立ったのかは記憶にはないのだけれども
運命的な出会いを果たしたのは
北海道ちほく高原鉄道の最後の夏の事だった。

ほぼ廃墟に近いといっても過言ではないくらいに
荒んだ家屋があるばかりで林業によって栄えた集落といわれても
ピンとくるものはなかった。

そんな中で簡易郵便局だった建物の中から
不気味な音が響き渡っているわ、
遠くから野生動物の遠吠えが聞こえるわ、といった
恐怖心に苛まれる部分と
当時は小学校だった校舎が宿泊施設として

そして不気味な音の❝犯人❞は
新潟から移住を決められ、
この建物をリノベーションしてお住まいとされる方の
その作業の音だったというのは後になってわかった話。

廃墟のようだと思っていた集落は
限られた方々がその規模の割には立派な駅舎である集会所を
すごく大事に維持管理をなさっていらっしゃったり
今もなお集落を見守る神社のもとに例祭を執り行い
その集落の火は灯っていることと姿勢には惹かれるものがあった。
あくまでも通りすがりで都合のいい時だけやって来る、
そういう人間の観点だ。

ブランコなどの遊具が見受けられるようになったり、
間接的ながらお子さんの成長を垣間見るような気がした。

積極的に情報発信をされている方であったし、
陸別町においても移住のモデルとなるべき方であったので露出機会の多い方。
カフェは念願だったそうだ。

定休日やこちらの兼ね合いで
面と向かって直接お会いすることはなかったに等しいのだけれども、
毎度のように犬に吠えられていたりするし、
来る人が限られているような場所に
大体同じような格好でやってきていたのでご存知だったりするのかもしれない。

気が付けば加古川の方とともに
ちょくちょくと足を運ぶ人の一人になってしまっている。
頻度が高いわけではないけれども、
鉄道駅ではなくなったところに2年に1回のサイクルで10年超となると
そういうところにあなるのだなぁ、と。

念願叶ってカフェにお邪魔したのは昨年のことで、
そこではじめて当時は何の音に怯えていたのかというのを知ることになった。
つまりこういう内装をつくるために工事をしていた、ということ。

この1年の間に、というか、
2019年8月上旬を以て、tomonoが閉店することを知った。
だから今回は本当に閉店したんだ、引っ越されてしまったんだ、というのを
その建物を前に確認することを念頭に思っていた。
実際に8月いっぱいで陸別町から引っ越しをなさっていた。
陸別遠征編2019
何はともあれ白い三角屋根の集会所に立ち寄ってから。
待合所部分には今も「小利別駅」の文字が掲げられている。
引き戸を開ける感覚、線路はなくなり、
随分と経年がありながらも鉄道時代のソレと変わらない。
陸別遠征編2019
駅舎待合所内の様子。
駅名表示板を模した「緑でつなぐ銀河の里」のボードとともに
ラックがあり、来訪ノートがある。
このノートを手に取って、
気が付けばちょくちょくと来ている一人なのだと改めて実感した。

採光に優れていて窓の外の光景を見てぼんやりとするのにこの上なく、
施設に設置されているトイレとともに
こちらまで良好に維持管理もなさって下さっているので
これが来訪の動機づけの一つになっている。

当番制で集落の方が一週ごとで受け持って下さる。

出入口には鉄道時代の時刻表が掲出されている。
代替機関となった北海道北見バスは
運行本数を転換以来、10年近くにわたって維持をしている。
陸別遠征編2019
今日の小利別駅駅舎の役割は待合所や公衆トイレよりも
この集会所としての役割が主たるもの。

ところが集会所を前にウロウロしている挙動不審な自分のもとに
犬を連れてやってくる人の姿があった。
tomonoのオーナーの方だった。
まさかここでお会いすることになるとは思わなかった。

陸別町の小利別にお住まいになられようとするところに
ひょっこりとやってきた自分が
小利別を去られるその日にバッタリと。
運命ってあるのだなぁ、と思ってしまった。

カフェはスタンプを10個集めると
基本的にスタンプを集める人ではないので
遠慮なく断ることも当然脳裏にありながらも
集落の今後を担ってもらう方であったりご家族になられるであろうし、
それとともにどのように火が灯り続けるのか
見せて頂きたい思いもあったので
サイクルを保っていくと20年くらいかかることになるのだけれども
髪の毛がさらに抜けても、立ち会うのも悪くないと思っていたところで
こういう対面となった。

陸別町には陶芸教室開催に通われていて
引き続き接点を持って頂いているのは非常にありがたいと思う。

現実世界では「こんにちは」の会話だけ。
それ以上どうこう、たまにやってくる人がいうことでもないし、
直接顔を会わせることも本当に限られた場面しかなかったので。

ちなみに知人だった人に会っても淡々としているヒトだから
それ以上のことを求められてもムリなものはムリ。

散歩をされていた犬には去年ようやく吠えられなくなって
今回も覚えられていたからたのか、吠えられなかった。
そういう信頼関係がやっと、というのに、もうお別れとなってしまった。
陸別遠征編2019
お店やお住まいはガランとしているようなのは
遠巻きにも明らかなことで
本当に小利別の集落から引っ越されるのだなぁ、と
覚悟をして引っ越されたあとを目にするつもりで来たはずなのに
ご本人にお会いした上で
そちらのお店、つまり旧・小利別簡易郵便局を目にすると
なおさらに淋しいものがありながらも、
親しい立場ではなくとも見送るところに
バッタリ、というのは幸いなことだったりするのかもしれない。

横切っている道路が集落を構成する横軸となっている道道620号。
郵便局の位置は重要なところにあった。
当初は漠然とそこにあった、程度のものしか思うものがなかった。

十年くらい経つと都市軸がナントカ、カントカとか
道路構造がどうこう、という次元に突き当たる。
陸別遠征編2019
ブランコ。
集落にこれがある、
リアルタイムな時系列でブランコが設置された、つくられた、と
そういう風に追うことができたのは
お子様がいらっしゃって、その成長過程を
ご家族とともに集落の方々が見守られている光景があったからというのは
連想するのに難くないけれども、
大きな区切りを迎えることになった。

遊ばれていたお子様のお一人は高校生になられるそうで、
間違いなく進路先を決めるのにあたって
路線バスを必要とされる方となるのは明らかだったので
そういうものに注目していたりするものはあった。

進路先に決めた学校が北見市街であっても下宿だとか。
バスを使ってもらえると(勝手に)思ってました。
必要だったり、暮らしていく上で将来の選択肢を見据える上で
それを用意することを前提に、というところで
公共交通の存在理由があるので、
乗降調査の光景と絡んでこういうものにも不安を思うものはあった。

僕の背中は何か吹き出しでも出てたりするんでしょうか……。
陸別遠征編2019
集落の中での公共施設、小利別自治会館。
消防も司っているものと思われる。
陸別遠征編2019
北の花畑は植栽が変わらずに維持管理がなされていた。
それとともにプランターなどが若干縮小されており
経年とともに負担になりつつあるように思えた。
といってもここまで自分が知っている範囲でも
15年近くの歳月、限られた人たちで途切れることなく
この光景を続けているのだから十二分に驚異的なものだったりする。
陸別遠征編2019
スポーツセンターとなっている旧・小利別小学校の体育館を前に
草が生い茂っていてもパークゴルフが行えることができる
グラウンド部分はぬかるんではいても
比較的良好な状態で出入りできるところにあった。

スポーツセンターと冠していても
恒常的に利用をなさっているのかは定かではない。

避難をする場所として考えると
少なくとも出入りに支障があるように思うのも確かながら
維持管理を求めるのには誰に対しても平然とできるものでもない。
陸別遠征編2019
体育館もといスポーツセンターはとにかく、
もう校舎には足を踏み入れるのは
物理的に困難なのではないかと思う程になってしまった
旧・小利別小学校の校舎。

はじめて出会った校舎の脇では
「夢舎」として薪を焚いていた光景を目にしたのもので、
それがもう遠い夢のようだ。
学校だった時代はもっとそこから遡ることに。
それなりにリアルタイムに生きている時代だったのに
同時進行している物語を別のセカイのことにしか思っていなかった。

学校ではなくなって施設でもなくなっている状況で
それらに対する道のりを確保する理由はないのだから
必然的にこの光景を受け入れるしかない。
陸別遠征編2019
学校と同じく参道が生い茂った雑草の前に
埋もれてしまっている小利別神社。

秋の例祭に合わせて草刈りを行って
その当日を迎えるサイクルがある。

限られた方々の手でなさっているのだから
恒常的なところまでは至らなくとも
十二分に大変なものでそれを続くものとされてきた方々の
先人への敬意や集落に対する誇りを思う。

確実に経年とともに
それぞれの年齢というものが付きまとってくること確かなこと。
意識しないでいられる時代や若さを持っていたり
相応の人口規模があるわけではないので
ごく自然なものとして求められるものでもないのも否定はしない。
陸別遠征編2019
侮ってはいけないのがこのアングル。
小利別神社の鳥居のもとから
旧・小利別駅つまり小利別集会所へと撮影したもの。
小高い丘に神社を鎮座させて
駅までを直線状に結んだ道路を縦軸の中心に据えて
しっかりと都市基盤が計画的に築き上げられている。
アスファルト舗装の有無は
その必要とするに至った時代背景における
人びとの動線の変化に尽きるものと推測できる。

tomonoだったお店、つまり旧・小利別簡易郵便局があった
駅から真っ正面の道路と交差する横軸である道道620号は
現在の国道242号が敷設されるまでの主要道だったこともわかる。
分岐点にはtomonoがお店を開店する際に
看板を設置されていたので
おそらくはそれも取り外されたのだと思う。
少し遡ると夢舎の看板があったところだ。
陸別遠征編2019
道道143号から
国道242号並びに十勝オホーツク道方面へと見ている一コマ。
山々に囲まれた平地部にはソーラーパネルが広がっていて
一部斜面には牧草地も見受けられる。
集落を営んでいく上で平地が確保できるというのは
物流を担う拠点を築き上げる意味でも重要なものがある。
陸別遠征編2019
道道143号とともに小利別神社の鳥居を撮影したところ。
訓子府方面へと通じている短絡路にあたり、
集落を構成している横軸となっていた主要道路の一つ。
陸別遠征編2019
小利別は名前が示すように利別川の上流部にあたる。
どんどんと南下していくにつれて大河となっていく河川ながら
この界隈はご覧の通り、
小さな川という言葉を当てはめても何ら違和感のないもの。
しかしながら護岸改良工事が行われていて
道路建設の詰所に代わって
道道620号との合流地点をそばにしたところには
そちらに工事を受け持つ萩原建設が詰所を構えるようになっていた。
次回に来るべき目的がここで生じることになった。
陸別遠征編2019
道道620号は小利別変電所の先、日宗頌徳碑を前に
立入禁止のロープが張られ、
日宗地区はとにかくとして、
間近なのにそちらまでたどり着けなくなっていた。
工事に関わるものなのだろうか……。
北海道管理ながら砂利道。
敷設された時代背景と
そのとりまく地域社会の推移を物語っている。
陸別遠征編2019
国道242号に掲出されている十勝オホーツク自動車道
陸別小利別ICの道路標識を撮影。
駅名表示板だけではなく道路標識も興味対象。
一応公共交通愛好家だから。
北見・訓子府方面へと矢印が示されていて、
別途「足寄方面へはいけません」とある。

道路挟んでソーラーパネルが広がっている。
陸別太陽光発電所。ソーラーマネジメントが展開している。
陸別遠征編2019
十勝オホーツク道、陸別小利別ICを見ているところ。
北見市街から延びている高速道路はここが現段階では終点になっていて
以後、一般国道242号を辿っていくことになる。

現段階では陸別ICへと向けて整備を進めているので
いずれは終点ではない時代がやってくる。

無料であることが大きいとはいえ、
十勝オホーツク道がこちらまで開通したことで
訓子府町〜置戸町間はとにかく、
そこを通りぬけて陸別町方面へと向かう交通量が
一気にシフトしているから、さらに往還が減っていくことが懸念される。

とはいっても陸別市街から
北見市街への所要時間は大幅に短くなるし、
オホーツク圏からの苫小牧港への陸送の負担軽減など
大きな効果もあるのは確かなことで
そういうことに比べると
不安要素はとるに足らないものなのかもしれない。

陸別町からの病院への通院は北見市街に向かう方が多いと伺うものの、
バスはお昼時、夕方、という時間帯に乗車機会があっても
そういう方をお見かけすることが皆無に近いので
乗用車、つまりこの高速道に頼ることが多いものかと推測される。
陸別遠征編2019
時間があると待合所でこれを費やしたくなる。
小利別集会所を国道242号方面へと撮影。
線路跡を横切るように歩行者通路が設けてある。
陸別遠征編2019
ホームだったところから置戸駅方面を見ているところ。
線路跡は足を踏み入れるのが難しい。
延長線上には陸別太陽光発電所が広がっている。
土地利用に林業が隆盛を極めた時代の流れが組み込まれている。
陸別遠征編2019
フリー乗降区間なので
バスと遭遇したタイミングで合図をすれば
運転士さんが拾って下さるとはいえ、
万が一、という事態が怖くって仕方ないので
歩けるところまで歩いていき、
陸別市街からやって来るバスとコンタクトをとる、ということはせずに
結局は停留所の前でバスを待つことに。

現況の待合所と鉄道時代の駅舎(集会所)を並べて撮影したところ。
旧・小利別駅の駅舎、
つまり小利別集会所は1990年初期に建設されたものなので
まもなく築30年を迎えようとしている。
極寒の地に立地しながらも良好な状態を保っていても
経年という課題にいずれ突き当たることが懸念されるのかもしれない。

林業の隆盛期は当時の段階で既に過去のものとなり
鉄道の要衝としての役割も終えたところにありながらも
それを果たせたのは
ふるさと創生事業が行われたことが大きかったといわれる。
その時と同じように、というものは
現実的ではないことも念頭に置かなければならないし、
集落を構成する人々も歳月とともに歳を重ねていくというのも
他人ごとではないけれども確かなことだ。

次に託していく人たちに突き当たる必要がある。
陸別遠征編2019
14:45、陸別市街方面から国道242号をやってきた
北海道北見バス「北見」行に乗車していく。
先ほどの折り返し運用なので
運転士さんはもちろんのこと、
乗降調査の北見市役所の方も同じ方。
車内はそのお二人のみ。
置戸〜陸別間の乗客は極めて少ないのが現実。

そんな中での「観光」とは、
神社を小高い丘に据えて
駅を中心とした区画整理のなされた都市基盤を持つ
林業で栄えた集落を訪ね、
限られた人々が守ろうとされていくものと
暮されている方々と近い距離に身を置いて見聞する、というような
こういったところに突き当たるのではないかと思う。

もちろん鉄道時代の過去軸がかろうじてある人間なので
待合所だった一画でその往時を思いながら
なおも維持管理をしていく方々にありがたみを感じつつ
ぼんやりと時間を過ごす、というのもあるのだけれども。

これで目的の一つがなくなった、ということになるとはいえ、
旧来から暮らしていらっしゃる方々の生活や
集会所はそこに続いていくものと勝手に信じたいので
何だかんだそちらに足を運んで
またお邪魔するのではないかと思う。

集落を閉じるというものがどういうものなのか
断片的に知ってしまったし、
傍から見ている身でも
そういう未来がチラつかないことはないといっても。

新天地でのご活躍を願っております。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:45| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年11月02日

進化と往来

訓子府遠征編2019
2019年9月3日、12:47、
農業交流センターくるねっぷの脇に設けられた「訓子府駅」停留所から
陸別行の北海道北見バスに乗車していく。

ちょうどこの停留所で降車客と乗車客が入れ替わるように
それぞれ3名ずつ乗降があり、その一人が自分だった。
引き続き乗車をされている方はお一人。

こちらのバスにおいても
北見市役所の方が同乗されての乗降調査がなされていた。

くるねっぷの真っ正面に延びる道路をバスは
転回スペースから引き返して
住吉商店とセブンイレブン、ポケットパークに囲まれた交差点を右折し、
道道50号へと復帰し「訓子府」停留所へ。

A-Coopや柏食堂を過ぎると右手にセイコーマートが目に留まる。
「訓子府東町」付近にあった店舗がこちらに引っ越したようだった。
そして「訓子府25号線」停留所に着き、1名が降車される。

くるねっぷ=訓子府駅からこの距離でもタイミングがあうと
移動手段としてバスを選択肢にして下さる方がいらっしゃる。
置戸遠征編2019
恐竜がいる公園、いずみ公園からたまねぎ畑に顔を出して
「西富26号」を過ぎていき
ソーラーパネルやパレットの積まれたたまねぎ畑を進む。
道路両端の矢印は積雪時の道路の目印。

やがて左にカーブ。
続いて「西富28号」に向かっていき、
ひたすらに「西富30号」「西富31号」と進んでいく。
自分自身の線路跡を意識する感覚がどんどん薄くなってる。
置戸遠征編2019
左には常呂川が流れていてたまねぎ畑は沿道に続きながらも
次第に常呂川は道路から離れ、
「西富33号」に出た後、とうもろこし畑を右にカーブしていき
訓子府町から置戸町に突入。
置戸遠征編2019
山林を下って左にカーブ描くと左に畑が広がり
丸富青果があり、続いて民家も並んで来て
境野公民館と境野交流センターあぐりの前に出て「境野」へ。
置戸遠征編2019
こちらは❝あぐり❞の前を通りぬけていくところ。
古びた駅舎を持っていた旧・境野駅界隈は
これら施設によって随分と印象を様変わりさせていて
そういった光景が当たり前のものとなって久しいような感じだ。

鉄道駅時代は降り立ったことはあれども、
バス転換後は窓の外に見ているばかり。今回もまた例外ではない。

境野駅跡を示すモニュメントをあとに右にカーブして坂を上がり、
愛の川橋渡って「境野2号線」に向かい、左へとカーブ。

畑を進んで「北一線分岐」を経て、
中沢農園を通り「豊住5号線」に出て行くと
道路沿いには置戸高の看板がある。
置戸遠征編2019
バスは左にカーブして坂を上がり
国道242号との交差点に出て、北光自動車を左折して
その国道に入って山林に延びる道を下り
「下鉱山」へと走っていく場面になる。

「下鉱山」を過ぎると
今度は右にカーブして坂を上り「上鉱山」へと向かい、
さらに坂を下って左にカーブするとチェーン着脱所に続いて
「ようこそ置戸町」の看板があらわれる。
置戸遠征編2019
この看板を左折して国道から外れ、といっても
道路改良を経ているから本来はこちらがメインだったわけで
市街へとさしかかり、まつやを前に「学友橋」停留所に着く。
ここでお一人が下車をされ、
置戸駐在所に吉田呉服、北進工業を通り
「置戸地区卸売市場」にやってきたところでもお一人の降車があり、
「置戸」を前に北見市役所の調査員の方と自分のみになってしまった。

小田運輸や置戸郵便局、A-Coopから13:08、「置戸」着。
いなだやの脇から駐輪場のもとを通り道道へと復帰。
ファッションタダ、山本呉服、大衆酒場石太郎、セイコーマートを通り
メインストリートを進んで「置戸町役場」を通過。
市街からはずれていき網走中部森林管理署を過ぎて「林友橋」に出る。
置戸遠征編2019
バスの前方には貴重な図書館移動車やまびこ号。
またとない走行光景を目撃することに。
置戸遠征編2019
拓殖橋を渡って国道242号に再度合流し公進橋に出ていくところ。

工房優木を過ぎて黙々と山林の中を進んでいく。
ビックリするのは無人地帯というようなところなのに
図書館移動車がなおも前方を進んでいるということ。

実習橋を過ぎて「拓実」の方角を示す道路標識を前に
図書館移動車はそちらへと曲がっていった。
どういうところまで行政サービスの提供に努めているのか
興味があったものの、バスはそのまま国道242号を進んでいく。

オホーツク道が陸別小利別ICまで開業して以来、
置戸市街を過ぎて、対向車両と出会う機会は極めて稀というように
北見市に向かっていく自動車は
ほぼオホーツク道を経由しているようで
交通量が市街や国道242号からシフトしているのは実感する。
置戸遠征編2019
一部視界が拓けるところはあれども
山々に囲まれ、明るい時間帯でさえ不気味さを思うくらいのものがある。
鉄道や道路敷設は困難を極めたといわれる界隈。
陸別遠征編2019
木立ち越しに時おり見える線路跡。
フリー乗降区間でも興味本位で降車する勇気はない。

紅葉橋を渡ってゆるやかに曲がりくねった道を進んでいくと
右手にフェンスが設けられていて、その先には白髪橋。
橋を渡って左にカーブした後、今度は右にカーブ。

坂を下ってまた左にカーブ。北見行の対向バスとすれ違う。
カウントが出来てしまうくらいの自動車としか出会わない。
陸別遠征編2019
池北峠を越えて坂を下っていき、敷島橋を通り
前方にオホーツク道があらわれ
その下を潜り抜けて万才橋から左へとカーブ。
陸別小利別ICが右手に、
そして左手にはソーラーパネルに続いて
小さな白い屋根が見えてきてここで降車ボタンを押す。
陸別遠征編2019
13:25、「小利別」着。
ここから1時間半ほどが集落での滞在時間になる。
置戸市街方面へと国道242号、小利別停留所待合所を撮影。
道路向かい、オホーツク道陸別小利別ICの道路標識。
北見市街からここまで高速道路網が整備されている。
陸別遠征編2019
利用される方は限られているとはいえ
風雪に晒されるものでありながらも
外観を含めてキレイに維持管理が持続されているのは
そういう方々の日々の賜物に他ならない。

また同じものを取り上げて、といっても
それが続いていることを強調したいところになる。

どこかの街は自分たちで駅前広場、要望していて
ごみの散乱が一向に改善する余地もなく
それでいて法制化を「実績」とされる方もいらっしゃって
そこで話を終えているところもある。
陸別遠征編2019
何食わぬ顔をしてはいた上に、
淡々としていたとはいえ思わぬ方に会った。
運命ってのはあるんだなぁ、と大袈裟ながら勝手に思うものがあった。
相手方はどうなんだか。
一番最初に立ち会って、そしてこの日も。
顔を会わせる機会は本当に限られたところでしかなかったとはいえ。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恩義

メロンの収穫時期も知らずにやってきて
価格も一定ではないところで
駅近くの運送会社の方に今思うと仕事以上のご厚意を頂いて
メロンを届けて頂いてから15年以上の歳月が流れている。

過去にこだわる人間は愚かな生き方だといわれる中で
ずっと恩義に抱いてサイクルを描きつつやってきている身。

もう営業所はない。
それでもその場所に目を向けてしまうし
その日の事を思い起こすし、
どういったところで成り立って自分の手元に届いたのかというのを
断片的に知った過程を思わないことはない。

バッタリ会っても気付かないかもし、
お礼の手紙は書いたけれども、
あの日のメロンは美味しかったですと
ご本人に直接述べる機会をどこかで思っている自分がいる。

鉄道最晩年までの空白期間があったのは
どういうことなんだろう、というのと
サイクルを描くように意識的に果たしているのも
バス転換が契機になっていることも皮肉なものがある。
北見遠征編2019
2019年9月3日、北海道北見バスで「訓子府駅」停留所に降り立った。

既に駅ではなくなって13年、
そしてバスが訓子府高への通学に便宜を図り、
ここに乗り入れるようになったのも同じ歳月を数えていることになる。
線路跡部分を含めた敷地に転回スペースが確保されて
こちらで乗降の光景があるのもごく自然なものになっている。
訓子府遠征編2019
旧来の駅は農業交流センターくるねっぷと合築だったのでなおも健在。
訓子府商工会が入居するのとともに
駅茶屋が営業を行っているので
日常的にヒトが出入りする場所であることは変わりない。
建物にはしっかりと「ふるさと銀河線 訓子府駅」の文字が入っている。
訓子府遠征編2019
ここからバスが辿った道を少しばかり引き返して
道道50号との交差点を前にしたポケットパークのもとへ。
噴水やステージ、公衆トイレがあるパブリックスペース。
訓子府遠征編2019
道道50号の道路標識には
今も「ふるさと銀河線訓子府駅」の表記が掲げられており、
こういったところに鉄道が走っていて駅があったという名残がなおもある。
北見信金付近からこの道路標識を撮影。
車道挟んでポケットパークが位置している。
訓子府遠征編2019
町道末広線には新しくハチミツ屋さんが店舗を構えるようになった。
道路に面して幟がはためいていた。
それを横目に中央公園へと向かっていく。
訓子府遠征編2019
やってきた中央公園。
この日は噴水が出ておらず物静かな場所となっていた。
節目ごとにおける記念植樹がなされていたりする公園。
遊具はなく、市街における憩いの空間としての緑地の性格が濃い。
訓子府遠征編2019
敷地内で二宮金次郎像に会いに行く。
小学校ではなく公園にいる彼は1938年に建立されたもの。
「以徳報徳」の4文字が台座に刻まれている。
訓子府遠征編2019
奥に鎮座しているのが訓子府神社。
街や集落の名前を冠した神社を辿っていくのも恒例なので
今回もまた例外なく追っていくことに。
令和への改元を祝う旗が鳥居を挟んでなびいていた。
訓子府遠征編2019
町道末広線の街灯はメロンを模している。
思えばこの時間帯にやってくることがほとんどなので
街灯としてメロンが灯る光景は未だに目にしたことがなかったりする。

公共施設の案内板が集約されているところをパチリとしたのは
この案内板のみならず学校や役場、公共施設が
コンパクトに集約されている事に他ならない。
訓子府遠征編2019
2階建ての校舎の訓子府小学校。
訓子府町はこの小学校と日ノ出地区にある居武士小の2校体制。
こちらの児童数は200人ちょっと。
それに対して居武士小は10分の1の児童数。
給食センターもそばに位置している。

一つの町や村にそれぞれ一つの小中学校というように
統廃合の波が各地に押し寄せているので
無関係ではないものとしてそれなりに意識している。
訓子府遠征編2019
滞在時間も極端に変わらない上に
行動範囲もまた同じところを踏襲する傾向にある中で
今回はようやく叶橋で常呂川を渡り、
一部のバス路線が経由する末広地区へと足を延ばした。

訓子府小寄りに「飛躍」と「夜明け」のブロンズ像を、
末広側には「開拓」と「溌剌」のブロンズ像を配置している橋は
メロディを奏でるパイプが橋の歩道中央に設けられていて
その向かいの鐘を鳴らすと❝願い事が叶う❞といったストーリーが描かれている。

木の橋を悲願としていたコンクリートの橋にするための費用を
寄付によって実現したことがこの叶橋の由来であって
この逸話に起因したものらしい。
訓子府遠征編2019
河川敷はパークゴルフ場やグラウンドになっている常呂川。
訓子府中や日ノ出地区へと見ているところ。

土手との間に広がるその広大な河川敷は
増水時の川の表情を暗に仄めかしている部分もある。
そういったところの土地利用にリクレーションスペースを充てている。
訓子府遠征編2019
土手は桜堤となるように桜の木が植樹され
意識的な景観づくりがなされていた。
季節による富んだ表情を垣間見ることができるのは想像するに難くない。
訓子府遠征編2019
体育館側から見る機会しかなかったところで
今回は土手の方から回り込むことになった訓子府中。

町内唯一の中学校は2階建ての校舎を中心に
3棟の校舎をつなげたような構造となっている。

生徒数が120人くらい。
グラウンドの広さがこうしてみると際立つような気がする。
訓子府遠征編2019
幼保連携子ども園わくわく園を見ているところ。
小学校、中学校、そしてこの子ども園が徒歩圏に集約されている
非常に特徴的な市街を持っており、
コンパクト化が進められている中でこれを果たしている街になる。
北見市に近接しているので通勤圏とされている方も多い。
施設は木材の特徴をいかんなく有効活用させている。
訓子府遠征編2019
道路挟んで訓子府町役場と総合福祉センターうららがそびえている。
公共施設は比較的低層建築でまとめられているので
なおさらに広大な空や畑が際立ち、開放感を持っている。
訓子府遠征編2019
この一年で温水プールKAPPAと訓子府町公民館の間に
建設中だったスポーツセンターが供用を開始するようになった。
訓子府遠征編2019
館内に用意されていた顔出しパネルもやはり代名詞の訓子府メロンだった。
ロコソラーレの方々は北見市のみならず「オホーツクール」ということで
各自治体のプロモーションにも活躍なさっている。

施設は2つのアリーナや研修室などからなり
キッズスペースも設けられていたり、
建設年代と時代のニーズを組み込んだものとなっていた。
訓子府遠征編2019
不動の存在だと思いたい石造りの蔵。
道道50号と旧・訓子府駅からの正面に延びる道路との交差点にある。
インフラとなっている道路構造は条坊制を少し組み入れたようなもので
かなり遡ることが伺えるものなのに対して、
沿道の建物は近代的なものへと刷新がなされているから
極めて異彩を放つ存在であるように映る。
訓子府遠征編2019
ぐるっと回って少なからずお腹を空かせてお昼ごはん。
そのために戻って来た旧・訓子府駅駅舎内待合室の様子。
駅ではなくとも特産品がウィンドウに飾られている。
窓口側にお店を構えているのが駅茶屋。
訓子府遠征編2019
訓子府町は蕎麦よりもうどんだ、というのを学習したので
今回は迷わずにかつ丼セットでうどんを注文した。かつ丼はソースかつ丼だ。

テーブル席は全て埋まっている状況で
日常的に地元の方がお昼の時間帯に見える場所であることは変わりはなかった。
相変わらず漫画本がメニューに負けず劣らず充実している。
新しい類のものを手にとるものだと
同じくらいの年代のお客さんに見られてた。

行き交う場所としての灯を燃やし続けて頂いているところ。
ここでお昼を食べるというのは感慨深いものがある。
訓子府遠征編2019
旧・訓子府駅構内、かつては千鳥状に2面2線の駅構造だった。
駅名表示板は取り外されていて枠だけが残り、
北見市方面に信号機があるくらいで
ほぼその面影はホーム以外はないような状況にある。
左側に広がるのが銀河公園と銀河農場。
線路跡の一部はヘリコプターの着陸場に充てられている。

自分が知っている鉄道時代はこの駅舎ありきだけながら
銀河公園や近隣のJAきたみらいの農業倉庫を鑑み、
なおかつ「本線」であったことを思うと
その土地利用に至っている背景が存在しているのは
おぼろげながら確かなことだというのは年々感じるものがある。
訓子府遠征編2019
線路跡を跨いでこちら側に校舎を構えるのが訓子府高。

道立高校ながら訓子府町は学生を確保するために支援策を講じている。
入学時準備支援に5万円が助成されたり、
北海道北見バスの定期代の3分の2を引き受けたり、
希望者には学校給食センターの給食が240円で食べることができたり
教科書代や資格検定料の全額助成、修学旅行の3万円の支援などがある。

自治体から高校がなくなる、というのは
そこから特定の年齢層の流出を招くことになるので
旧・北海道ちほく高原鉄道沿線は積極的な支援策を打ち出している。
「子育てにやさしい社会を望む!」という方であれば
自ずと意識する地域課題。

道道50号をはじめバスが通る道のりには
訓子府高、置戸高、足寄高、本別高が
いずれも生徒を募る趣旨の看板を設置している。

小中学校は自治体がそれぞれにスクールバスを運行させたり
その手段を講じているけれども、
自治体の枠を超えて通学圏がある高校に対しては
民間の路線バス、こちらにおいては北海道北見バスの役割は大きい。

こういう施策も続くこと、続いていること、というのに
着眼していかなければならないから、
わりと話題として触れるものにしている。
訓子府遠征編2019
動輪のモニュメント。
北海道ちほく高原鉄道を走ったC11−171のレプリカが
置戸町方面へと線路跡にあたる延長線上に築かれた
小高い丘に飾られて、この街に鉄道があったことを伝えている。
歳月の経過は本当に歴史に足を踏み入れている。
ほんの一幕だけ接点があったに過ぎないのだけれども。
訓子府遠征編2019
そのレプリカの先、線路跡沿いにそびえ立つのが
JAきたみらいの玉ねぎ倉庫。

石造りの蔵やレンガ造りの倉庫が
旧・訓子府駅跡をそばにそびえ立つというのは
貨物輸送がそれらを引き受けていた事に他ならないわけで
道路網の整備や
貨物輸送のコストに見合う恒常的な出荷水準を満たす大量輸送には
これでも及ばなくなったことを意味している。

それでも端野地区や湧別町をはじめ
北見市周辺の産地からの玉ねぎを集約すると
今日でもシーズンには
定期的に貨物列車を必要とするだけの規模を誇るのは確かなこと。

銀河公園となっている敷地などに遡る背景を辿ると
もっとその鉄道が担っていたもの、というのは
想像するよりも遙かに規模の大きなものだったことが伺える。
訓子府遠征編2019
12:47、訓子府駅停留所から陸別行の北海道北見バスに乗車していく。
ちょうどこの停留所で降車客と乗車客が入れ替わるように
それぞれ3名ずつ乗降があり、
こちらのバスにおいても乗降調査がなされていた。

鉄道時代は漠然と学生の通学需要に
存在理由の一つがあるとは思っていたけれども
それぞれの学校を思う事はなかったし、
常呂川や利別川の河川を媒介にした木材輸送や開発を
一気にこの敷設が推し進めることになっていたところにも
これといって突き当たるものがなかった。

そういうものがないままに
終焉の時を迎えてしまったのは今も悔いる部分がある。
同時に鉄道がなくなったら来ることはない、と思っていたのを
気が付けば10年以上2年に1回のサイクルを描いて
それなりにやって来るようになるというのも思うことがなかったこと。

訓子府メロンはぐるぐる街なかを巡って
キングメルティ―が1個だけ並んでいたのを
「ここしかない!」的な決断で配送依頼をして手配をして頂いた。
商品と同じくらいの配送料。
それだけの手間をかけてサービスを享受しているので
自分が思っているよりも
実際は遙かに見合わない価格だったりするのかもしれない。

「メロンのお釣りです ありがとうございました」
一番最初に頂いた際のメロンに添えられた文言の先にあったもの、
そういうものがあるから
なおさらに感慨深く頂かせてもらいました。

同じことをやっている人間は芸がないといわれる。
つづく

posted by 小林 慶太 at 21:48| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月29日

好奇心の範疇

北見遠征編2019
2019年9月3日、北見バスターミナルにやってきた。
空港連絡バスから後続のバスへと乗り継いでいく事になる。

その乗り換え時間、新たなるターミナルとともに
何だかんだ覗き込むのはやはり北見駅。

JR北海道の北見駅、改札内は
実に北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線が廃止になった年、
つまり2006年の冬以来、足を踏み入れることもなく、
駅舎内や自由通路であるミントロードから眺めるばかりだ。

来訪手段が飛行機と連絡バスに固定化されている上に、
ここから向かう目的地への移動手段も
やはり北海道北見バスとなると、というわけとなると
接点は極めて乏しいものになるのも必然なのかもしれない。

バスターミナルとともに整備をしてきた車椅子昇降スペースが
シンボルである三角屋根の駅舎を目の前に設けられていて
そういった自動車での送迎に対しては
鉄道に優先した設計と土地利用のもとに組み立てられている。

列車本数はバスターミナルから
出発着するバスに比べて遙かに少ないけれども
都市基盤は鉄道駅を中心に組み立てられているので
重要な施設であることに変わりはない。
北見遠征編2019
北見駅駅舎内の様子。
みどりの窓口設置駅で
ツインクルプラザがあったところで駅レンタカーの受付を行っている。
自動券売機は一台で旭川駅・遠軽駅〜知床斜里駅間の運賃表を掲出してある。
一画はポスターで埋められているのは裏を返せば
もう一台分設置されていたことに他ならないわけで
事足りる次元になっている。
「これからも道民はJRに乗る」の文言が
風っこそうやの旗の脇に掲出されているのだけれども、
縮小をするところは多いとはいえ、
非常に限られた条件下で満たすべきサービスの提供に努めているのは確か。

改札間近にクレジットカード専用機が
長距離列車の需要に応えて設置されている。
こういう投資をするのとともに
JR東日本にもあるインターネット予約による「トクだ値」による
競合機関との価格競争にも相応に応えている。

非定期利用の人が多いのは
他ならない特急列車で「オホーツク」「大雪」の
本日の列車編成案内が外国語表記を加えて抜き出してある。

「トクだ値」は「大雪」「カムイ」乗り継ぎの方が
格段に札幌駅までの価格は安いものの
有効時間帯の確保が見込める
「オホーツク」の方が支持が多いことが
こういったところからも伺える。

いずれも2往復、4両編成での設定。
ツインクルプラザはなくなってはいても
キオスクの四季彩館は健在でそのサービスを保っていて
バスターミナルや長距離列車の利用客の需要に応えるべく
経営努力をなさっているようだ。
石北線唯一の四季彩館になっているから意識するものはあるし、
鉄道はここから利用しなくても
金額はともあれ確実に買い物をする場所だったりする。

またポケット農林水産というものが
オホーツク総合振興局管内自治体ごとで
ラックに用意されていたので、
これから訪ねていくことになる訓子府町と置戸町のものを入手した。
意図的に選んでいる町はいずれも接点があるところだし
そこに起因するものに何があるのかを思うと。

訓子府町は稲作も行っており、農業産出額は置戸町の約2倍。
それに対して置戸町は林業の規模は訓子府町の4倍あり、
家族経営がこれを支えている構造がある。
訓子府町のメロン農家は2015年段階で59戸。
このオホーツク総合振興局の約6割を占めるという。

自分は「水田がある」とかバカみたいな表現を多々使う人ながら
強ち稲作に適している気候風土や土壌の有無、
平地部かそうでないか、など左右する要素が多いので
単純な表現ではありながらも、そこに示しているものは深かったりする。

この辺が拾い上げておく点。
北見遠征編2019
昨年とはやって来ている時間が微妙に違うから
ホーム上で待っている列車も当然別の列車だ。
北見駅の待合室の様子。

NHK北見放送局のもとにテレビを前に座席が配置されていて
そのテレビのもとには広瀬すずさんのポスター。
いわんもがなテレビ小説「なつぞら」に因んだもの。
今回はそちら(十勝管内)へと向かっていくわけだけれども
パラボの建物外観やこういったところにも
北海道が舞台である事には変わりなくプロモーションが図られていた。

広域的に集客を見越したものであるのも確かでありつつも
同じ地域に暮らしている
人々の連帯感を強めるものにもなっている模様。
地元が舞台だと他地域よりも視聴率が高いといわれる。

待合室の開放時間は6:00〜22:30.
一番最初にやってくるのも、最後にやってくるのも
いずれも定期列車は特急「オホーツク」。

列車発車時刻案内が設置されている脇には
レールなどの展示とともに
北見市がポスターを貼り出したり、名産品を展示したりしている。
こういう姿勢も変わらない。
新設されたバスターミナルは構造などの兼ね合いからなのか
こういったアクションがないことからも
鉄道駅は「顔」であることが伺える。
北見遠征編2019
ミントロード脇の貨物ターミナルにもひょっこりと顔を出して
停泊中のDF200が牽引する貨物列車を覗き込んでこれを撮影。
北見駅は旅客駅脇に広大なコンテナが積まれた貨物駅が設置されているので
短い滞在時間でもこういった光景を見聞することができる。
たまねぎの出荷が本格的にシーズンを迎えようとしている季節ならでは。
定期列車ではなく、秋から冬にかけてのみ。
大量輸送を真価とする貨物列車の本領発揮といったところ。

1日に3便が設定されていて、
これをトラックで代替するとなると
ドライバーの方を相応に必要とするわけで
その価格が間接的に商品に加わってくるから
さほど意識しないところで
こういったサービス提供の恩恵を
日々、北海道と違う場所でも享受していることになる。

同時に流通網を切り開いている陰の貢献者。
多くの駅が貨物取り扱いをやめても
こういう一カ所に集約させて「大量輸送」の下地をつくると
まだまだというか、むしろ軽視できない存在にある。
北見遠征編2019
北見バスターミナル、10:12、5番乗り場に北海道北見バス陸別行登場!
こちらへと乗車する。ほかに15人くらい。お年寄りの方が多い。
北見市の方が乗降調査のために運転士さんに挨拶をされて同乗。
北見遠征編2019
10:15、新バスターミナルから出発。パラボはなお定休日だ。
大通り西交差点を左折して国道39号へと出て行く。
北見遠征編2019
観光案内所や明光義塾、セイコーマートにホテルルートインを過ぎ
網走交通本町ビルのもとへ。北見スイミングスクールが入居。
こちらは北見市役所新庁舎工事現場の脇を通りぬけていくところ。
先ほどの立体駐車場を含めて大がかりな刷新を遂げて
ブリッジを媒介にパラボとの接続を果たすことになる。

旅の主眼なのに、バスから眺めるだけ……。
ちゃんと今回は戻ってくるように行程を組んでいるので
いわば「下見」をしている感じだ。

他人の街でも「気になって」いれば
相応に意図的に来訪を重ねたり、どんな街づくりをしているのか、
そういったものを紐解いていくので
自分の街で「強い要望」のもとに「気になっている」のであれば
全身全霊を捧げる思いで
その営みに対峙されていく姿勢があって然りではないかと。
北見遠征編2019
そこからエフユニットを通り、
のみやま眼科にやなぎ歯科、三本木薬局から常盤通に入る。
屯田公園に北見プレスを過ぎ、コーポ中ノ島をそばに「常盤町」へ。
ここまでがバスカードにおける中心市街地100円引き区間になる。
郊外線に乗車しているからか
こういった効果を実感することは今回もなかった。

北一食品やサンケイプリント、ローソンの先にあるのが
❝赤いサイロ❞をつくっている清月の工場で
バスは「中ノ島公園入口」に着き、ここでお一人が降車される。

コーポ中ノ島方面へと見ている一コマは
かつて北海道ちほく高原鉄道の架道橋の下を潜る
アンダーパスの道路構造にあった界隈にあたる。

もう架道橋がない道路構造に何ら違和感を持たない光景になっている。
いつまでも遺構を抱える市街は好ましいものではないとはいえ
やはりそれがなくなったのが当たり前の光景というのも虚しい。
北見遠征編2019
北見日産とイト電商事の先で無加川を渡る。
莫大なおカネがかかるといわれる橋梁の撤去がなされて
この光景を目にしている中で
先達の歩みを思わなくなりつつある。
北見遠征編2019
ソーラーパネルがあり、東森商運を右折して「北光1号線」に出る。
台車はなくとも紛れもなきCR-75の姿があった。
例の如く見とれている間にお二人が下車。
北見遠征編2019
住宅地を進んで「北光2号線」に向かい、
坂井コンクリートを過ぎると北光小学校が見えてきて
この「北光小学校」でも2人の下車があった。

次第にたまねぎ畑が見受けられる場面もある。
郊外へと出て行くと次第に規模が大がかりなものになってくる。

広明館に大栄自動車を通りラルズマートとちもだちの前に出て
この交差点から左折してとん田通りに入る。
ハピネス北光をそばに「北光4号線」では4名が下車。
北見バスターミナルを出てここで初めて乗車があった。お二人。

北光歯科、北光郵便局とタイムはいつの先で訓子府川を渡り
「北光社」停留所に着く。ここでもお一人が下車された。
北見遠征編2019
日伸建設の先を右にカーブして北海学園のもとへと向かい、
ソーラーパネルやドリーム24の先でオホーツク道を潜る。
北見遠征編2019
桜田ボデーを過ぎ、工事現場から「北上」へ。お一人の下車がある。
県道50号を進むバスは興和工業から北海道製糖工場と社宅の前に出て行く。
北見遠征編2019
住商アグリビジネスの先で「北上7号線」を過ぎると
畑が沿道に広がり、左手遠方に常呂川の土手が見えてきて
バスは「北上8号線」で一人の乗車があり、
美山建設を通り上常呂小のもとへ。「上常呂小学校」では2人が下車。
北見遠征編2019
北常呂保育所とセイコーマートを経て「上常呂」へ出ても
同じく2人の下車があった。
ヤマト運輸のトラックが進んでいく先に
旧・上常呂駅=上常呂出張所が位置している。
北見遠征編2019
ホクレンのガソリンスタンドと上常呂郵便局から
「上常呂10号線」へと向かっていくところ。
待合所は小利別や川上などと同じものが用意されている。
北見遠征編2019
そこからコミュニティ広場を通り
畑へと出て行き右へとカーブ。
アクシブ建設から「上常呂11号線」に向かい、
その先で再度オホーツク道を潜り抜ける。

「上常呂12号線」を経て左にカーブして「上常呂13号線」へ。
水田とビート畑を沿道に右へとカーブ描いて
「上常呂14号線」を過ぎ、たまねぎ畑やソーラーパネルが広がる中、
「上常呂15号線」に出て行き、
そこから「日ノ出16号線」がアナウンスされるようになる。

続いて「日ノ出」へと向かっていき、
アイザワの工場のそばを通って「穂波18号線」に向かい、
右にカーブして「穂波19号線」に進んでいく。
沿道にはたまねぎ畑が続いている。
北見遠征編2019
JAきたみらいの農業倉庫の前を通りがかる一コマ。
集積された玉ねぎもさることながら
レンガ造りの建造物も圧巻だ。
北見遠征編2019
「穂波20号線」から「穂波21号線」を経て
くるねっぷ観光バスのもとから成田喜八郎商店へとやってきて
「訓子府温泉入口」を通りぬけ、市街へと差し掛かる。
ソーラーパネルを設置する現場の脇を通っていくところ。
あるんだか定かではないけれども
次回への自分に対する布石として認識するようにしている。

芝田石材や常照寺を近くに「訓子府東町」に至り、
1名の降車とともに1名の乗車があった。

さいとう商店と理容タニサワの先には
セイコーマートが見えてきて、と思いきや
お店はこの1年の間に閉じてしまったようで。
どこまでも同じ道のりを辿っているようであっても
必ずしもそれを双方が果たせるとは限らない。
北見遠征編2019
羽前屋から北見信金に続いて
セブンイレブンと住吉金物に囲まれ交差点から
ポケットパークを右折して10:46、「訓子府駅」へと到着となった。
バスは折り返して交差点へと向かっていき、
これを見送るのだった。

バス転換を図っても輸送量が国などの補助の条件を満たしていないと
存続の危機に直面に晒されることになる。
宗谷バスの天北宗谷岬線(=国鉄天北線)は補助金が2019年9月で打ち切られ
翌月からの減便を実施している。5便の廃止と7便の区間短縮をしている。
補助を賄う自治体の財政状況もこれを左右するわけで、
1日3往復あった音威子府〜稚内を結ぶ便はついに1便のみとなった。

自治体の方にえらく感心された。
趣味のセカイで見ている話で
社会的な関心度合いから分析している次元のものではないのだけれども。

鉄道路線もバス路線も沿線や沿道にどのような人口分布があって
どういった方々が利用していたり、
需要を見越してダイヤを組んでいるのか読みとり
実際と照らし合わせていくというのは
辿るべき道のりへのせめてものこと。

年齢、目的、現況のバス路線に対してどのように思っているのか
こういったアンケートが用意されていた。

JR北海道も列車削減を行っている中で
バス転換以来、運行本数を維持されている状況を思えば
多少なりの不自由を抱えるものがあったとしても
これだけの体系をなおも継続して頂けることに不満はないどころか
むしろ感謝するくらいだというのは
たまにやってくる身だからなのか。

沿道の人口はファーストコンタクト以来確実に減少傾向にある。
一部市街への増加はあれども、だ。
そして歳月の経過とともに確実に年齢を重ねているのも事実で
滞りなく循環できるものが導き出せていれば
何ら懸念するものはないとはいえ。
つづく
posted by 小林 慶太 at 21:55| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月26日

刷新された北見バスターミナルとの対面

2019年9月3日、女満別空港から北海道北見バスの空港連絡バスに乗車。
この1年の間で新たに供用を開始した北見バスターミナルに向かっていく。
北見遠征編2019
美幌バイパスを進むバスは女満別空港がある大空町から
美幌町へと入り網走川を渡っていく。
北見遠征編2019
畑を進んで左にカーブした後、右にカーブ描いて山林に入り、
右手にそびえる山の斜面に沿って進んでいくと
美幌バイパスの終点に突き当り、これを右折していく。

聖太建設にエムオーテック、日農機、美幌運送といった営業所や工場があり
「高野第三」から林をなおも進み、
今枝産業、妙純寺を過ぎると、
左にソーラパネルが見え、左へとカーブしながら坂を上がる。
北海設計をあとに国道39号をひた走り蛇行しながら坂を下っていくと
農場も見受けられ、緋牛内の大カシワの案内板のもとへ。
北見遠征編2019
防雪柵の工事が行われている現場から左にカーブ描き、
9:34、北見市に突入する。

木立向こうに畑が広がり、右にカーブしつつ
なだらかな下り坂から更に右へとカーブ。
「美野入口」を経て林を進む。

越智化成のコンクリート工場があり、
左に畑が広がる中、バスは右にカーブし、ホクレンの工場の前に出る。
北見遠征編2019
この肥料工場から右へなおもカーブしていくと車線が広がり、
沿道にはローソンやソーラーパネルがあり、
「緋牛内」停留所へ。石北線と並走。
北見遠征編2019
坂を上がり、左へとカーブして北見集散地家畜市場のそばへ。
畑が広がる中、網走水産のもとへと走っていく。
北見遠征編2019
網走水産の配送センターを通った後、
端野病院の前に出て右にカーブし、坂を下り、
一区生活センターの先で今度は左にカーブ。
端野大橋で常呂川を渡る。
北見遠征編2019
常呂川を渡っていく一コマ。今後辿っていく事になる河川だ。
北見遠征編2019
たまねぎ畑が広がる中をひた走り、
田中工業やエネオスの先に
端野消防署、端野神社、屯田の杜公園があらわれ
北見市役所端野庁舎の前を通りぬけていく。
北見遠征編2019
セブンイレブンに端野郵便局、北見信金、
さらにはのんたの湯、セイコーマートと沿道に続く。
端野歩道橋の下を通りぬけていくところ。

歩道橋が設置されているということは
近隣にそれを利用するであろう
小学校が位置することを意味しているのとともに
交通量の多さを端的に物語っている部分がある。
北見遠征編2019
置戸にも店舗があるいなだ屋のもとへ。うどん屋さん。
近隣の高速バスの停留所は郵便局に設定されている。
北見遠征編2019
A‐Coopとホクレンのガソリンスタンドから
鶏卵流通センター、ウィルオート、日立建機レックといったところに
マルハン、サッポロドラッグのような大型店。
そして東武イーストモールへとやってきて
さらに9月21日にオープンとの告知をしていたガリバーがあり、
自動車とそこから派生する暮らしを支える事業所や店舗が相次ぐ。
「東武」も停留所を設けていても淡々と通り過ぎる印象が強い。
北見遠征編2019
なおも国道39号にはピットオフにセブンイレブン、カーボーイ、
日本キャタピラー、北海道クボタと続き、
ばんえい十勝の場外販売所も界隈に。

小泉通りとの交差点での一コマ。
市街の建物向こうを走る石北線は高架区間になっている。
北見遠征編2019
さらに国道39号、
エアウォーターやヤンマー、洋服の青山を過ぎて柏陽高の前に出る。

こちらは柏陽高の最寄り駅にあたる
石北線柏陽駅方面を見ているところになる。

ヤマト運輸の営業所やしまむら、作業服屋さん、
くるくる寿司に遠軽信金を通り、9:55、「工業大学入口」着。
ここでお一人が降車。
途中での下車はこの方だけだった。

ラヴィーム公園前にツルハドラッグ、公園歯科、コーポ公園と
公園の名前が付くものが多いのは
近隣に野付牛公園が位置しているからで
auショップとカレーのちからの先には
昭和シェルとエネオスのガソリンスタンドがあり、
北見信金のもとへ。東支店。
北見遠征編2019
高台寺とすき家の先が東9丁目交差点で
市民温水プールに北見神社、ばんば医院、
ステーキビクトリアのあたりまで来ると
貨物ターミナルが左手に見えてくる。
北見遠征編2019
大通り東2丁目交差点から北見通運にホテルパコJr、日本通運を過ぎ
あらわれてくるのは北見駅で、
パラボを前にしたロータリーへとバスは入っていく。
北見遠征編2019
グルーっとパラボの周りを線路沿いへと回り込むことなくダイレクト。
北見遠征編2019
10:00、北見バスターミナル着。
北見遠征編2019
バスターミナルはパラボから分離され
6つの乗り場と待合所、カウンターから構成されていた。
旧来の北見バスターミナルの部分はシャッターが閉じる格好になっていた。

公衆電話は駅舎寄りに設置され
線路を挟んだ図書館側へも
地下通路がパラボのもとからの通路につながるようになった。
北見遠征編2019
北見駅を前にした郵便ポストはカーリングの街をデザインしたものだった。
北見遠征編2019
北見駅からパラボのもとへと北見バスターミナルを撮影。
NHKテレビ小説「なつぞら」と北見ハーフマラソン大会の垂れ幕が
パラボには掛けられていた。
足元のバスターミナルはプールに余裕を持たせた構造にあり
多くのバスを停泊させることが可能だ。
交通結節点の機能をより拡充させるのとともに
パラボから離れたことにより、
少しばかり駅舎との距離が縮まり、集約化が図られている。
北見遠征編2019
北見駅から国道39号へと正面から見ているところ。
ホテルルートイングランドと北見信金の本店がそびえたっており
その足元に国道39号が横切っている。
右に位置するのがロータリーで
バスターミナルとの間に駅前広場駐車場が確保されている。
20分間まで無料ということで
送迎を前提としているけれども、
パーク&ライドをバス、鉄道に対してしやすい環境づくりをしている。
JR北海道はパーク&トレインの駐車場を
特急列車利用を条件に無料で北見駅には58台分確保してあるので
これに対して裾野を広げることになっている。

自動車社会でも長距離の運転は敬遠する傾向があるようで
こういったところに高速バスが活躍している状況をつくりだしている。
公共交通を利用しやすいインフラ整備をしたところで
その対象をより近距離においても、というのが
地域輸送を担う普通列車や路線バスの存在理由につながってくるわけで。
北見遠征編2019
駅前広場を要望された方は
やっぱり全国各地を行脚されて構造や利用実態、
自治体の財政や鉄道会社の企業体力などつぶさに分析をされ
時系列を追いながらどのように営まれているのか
寄り添われているものと思われる。

思い付きで要望したりしていると
隣に駅前広場を持っている駅があることに気付くまで
工事がはじまって10年近く経ってから、とか
陳情が上がってようやく、という事態が稀にあったりするらしいですよ。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:56| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月23日

窓枠は譲れない

2019年9月3日、松戸新京成バスの高速バスで
何と6時ちょっと前に羽田空港第一ターミナルにやってきた。
新京成高速バス編
出発ロビーから飛行機に搭乗していくという過程の中で
さほど実感はないのだけれども
一連のターミナルビルは太陽光発電を導入して
二酸化炭素の削減の取り組みを行っていることが
出発着する航空機の案内とともになされていた。

太陽光パネルの直流の電気を受変電設備で交流に変えて
ターミナル内に供給を行っている。

示されているカウントは
JR東日本が東京駅で行っているものとほぼ同じもので
積算発電電力量、二酸化炭素削減量を取り上げており
イチョウの一日の二酸化炭素摂取量に換算すると
何本分にあたるのかまで表示されるようになっている。

この日は曇天だったので
日射強度は示されておらず、
発電もこちらからはなされていないところにあった。

細かくってわからないだろうけれども
第一ターミナルビルと第二ターミナルビルの時刻表は圧巻。
6時台から8時台にかけて
同時刻にそれぞれ3本から4本が出発するのは
この時間帯ザラのことで山手線や東京メトロ以上の運行間隔になっており
まさに❝ラッシュ帯❞。到着時刻も然り。
新京成高速バス編
出発ロビーに示されている時刻表は
運航会社と就航路線の地域で多少棲み分けがなされているので
過密ぶりが実際のものよりも和らいだ印象を受ける。
(中四国・九州は別枠になっている)

6:30発の伊丹空港行きと新千歳空港行きは
いずれも保安検査の通過を締め切った旨が表示されているけれども
一本目の松戸新京成バスの高速バスで
ダイレクトにそちらに向かうと十二分に間に合うところにある。

例によって「女満別空港」の現地天気に「傘マーク」が灯っていて
またしても雨男疑惑が降り注ぐこととなった。
新京成高速バス編
ともあれ、チェックインをした後、保安検査へと向かっていく。

かなりの頻度で保安検査に引っかかる確率が高い身としては
一発で珍しく通り抜けることが出来、非常に安堵するものがあった。

ペットボトルは開封の有無で入念な検査が加わるし
歳月の経過とともに
セキュリティ対策がより強化されているというのも
もちろん加味するべき点があるのだけれども。

今回の搭乗券の控えは裏面がジャパンタクシーの
アプリクーポンになっていて、
有効活用すべきスペースに着眼がなされ、
然るべきスポンサーがつく構造にある。

どれくらいの人がそれを利用するのか、という話もある。
渡道編2019
検査をクリアして17番搭乗口へ。
出発時刻が近づくにつれて必然的にベンチに座る人が増えてくる。
コンセントが昨今重宝される世の中になっているので
この辺の備え付けが順次浸透させているところにあって
一通り備わっている搭乗口と、
これから行っていくと思われる搭乗口が混在していた。

同時にこういったサービス提供を行う上で捻出する投資を
社会が求めていく中で、
捻出が容易にできるところばかりでは
必ずしもないのかもしれない。

航空会社は飛行時間帯のサービスの充実に努めている。
ニーズと競争を背景に読みとるべきものがあり
こういうものを加味した上で運賃が成り立っている事も
同時に念頭に置くべき点かと。

航空機の運賃は鉄道と異なって
価格の上下が需要に応じて激しいので
傍から見ていると旅客動態を見る上でも興味深いものがある。

同一の便でも旅行会社の買い占めがあると
一気に価格が上がったり、キャンセルが生じたりすると下がる。
今回は直前の予約にあたって後者のタイミングにバッタリ遭遇した。
渡道編2019
これから搭乗していく旅客機を見ているところ。
ボーイング737-8000.小型機。キャパシティはこれを基準にしている。
タラップは2020年東京五輪のオフィシャルスポンサーの
みずほフィナンシャルグループが飾っているけれども、
通路部分は三菱UFJだったりする。
ひと目に触れやすいところと、目にする人が限られるところの差なのかも。
地域特性を示している一幕でもある。

6:55、優先搭乗がはじまり、
追って6:57、後部座席にあたる22番以降の座席の方の搭乗が開始。
機内は満席とのこと。3−3シートの座席が必然的に埋まる。
服装はラフな格好の方が多い。
ドアが閉まったのは7:10のことで、荷物棚の点検がなされる。

気流の影響で揺れることが予想されると予めことわりがなされ、
頭上からモニターが出てきて非常用設備の案内がVTR上映された。
いずれも遭遇したくはない場面ながら
予め誰もが念頭に置いていくべき点であるのは確かだった。
渡道編2019
機体はその間のバックしてターミナルビルが右手に移り、
エンジン音がこだまする中で
一礼をして手を振って見送って下さる整備士さんのもとに
左へと方向を変えてのろのろと滑走路へと進んでいく。
渡道編2019
京浜工業地帯に囲まれた空港敷地、
格納庫やメンテナンスセンターそばへと向かっていき
なおも「ウロウロ」するように旋回をしたりしながら
その場所を求めた後、溜めをつくり、いよいよ離陸の瞬間へ。
渡道編2019
東京湾へと激走し、7:30、テイクオフ!
カクンと上空へと浮かび上がり、太陽を浴びながら雲の上へ。
渡道編2019
眼下の東京湾は船舶の往来が多く、
海上交通においても重要な役割を果たしていることを
再認識する一コマ。
渡道編2019
千葉県上空からさらに高度を上げていくと
雲の海の下へと❝海底都市❞は見えなくなっていく。
渡道編2019
埋め立てによってつくられた地形と
そこに成り立った産業、集約されてきた人々がつくりあげた都市は
非常にスゴイものだというのは、何度でも航空機を利用して思う事。
渡道編2019
代わって雲がつくりだす山々が形成され空の航海が本格的にはじまる。
モニターが再度頭上に出てきて航路が映し出される。
機内Wi−Fiではフライトマップが詳細を示してくれるらしい。
高度は3000mを超え、4500mに及び、さらに5000mとなってきて
時速は700kmの表示がなされるに至り、
7:46、シートベルト着用のランプがここで消える。

モニターでは「歩いて新発見宮城県編」の上映がはじまる。
渡道編2019
ひと段落したところで空弁を広げる。五種の穴守おこわいなりだ。
五目御飯、お赤飯、栗、山菜、梅という顔ぶれ。
入手する時間帯から逆算すると
何時くらいから製造してお店に並び
そこへ、ということはやはり思うもの。

広大な雲の海を前には移動している実感がないままに
起伏にも富まなくなってモニターでは1万m上空で
襟裳岬付近を飛んでいることが示される。

地形に富んだ地上部を眼下にするフライトに出会えるのは
天候に左右されることが大きい。
条件下においてそれぞれに愉しみはあるし、
滞在時間の過ごし方もそれぞれだとはいえ。
渡道編2019
ドリンクサービスを頂いている間に
雲が途切れ太平洋が見えてくる。
渡道編2019
港湾の形から厚岸湾付近を視野に入れていることがわかる。
渡道編2019
眼下にも特徴的な海岸線があらわれる。白糠町の恋問海岸だ。
渡道編2019
そして広がってくるのは釧路市街。
釧路川へと近付いていくと8:37、シートベルト着用サインが点灯。
釧路空港上空へと向かっていき、山林を中心に牧草地などが見受けられ
次第に高度が下がってきているのが実感できる。
渡道編2019
摩周湖や屈斜路湖が見えてくる中で
大きく機体が揺れる。気流の影響で、というのはこの事なのかと。
渡道編2019
広大な山林から牧草地や畑が形成されてきて
平地部が広がりつつあり、だいぶ地上が近づいてきた。
渡道編2019
8:53、女満別空港の滑走路へと着陸。
勢いを殺しながら地上部に降り立って3番ゲートのもとへと
機体は左に向きを変えてターミナルビルに使づいていく。
外の気温は21度とか。羽田空港界隈とは5度の気温差。
8:57、シートベルト着用サインが消灯し、
10分ほど遅れての到着となった。
北見遠征編2019
タラップからターミナルビルへと向かっていくところでの一コマ。
結構こうやると通りがかる人が真似してくれる。
意図的にやってる。
荷物の輸送、折り返しのための準備がタイトなスケジュールで
同時並行で展開されていく場面にあたる。
北見遠征編2019
到着ロビーへのベストポジションを占めるのは
日本ハムグループのブランド肉。
知床どり、知床ポーク、桜姫、麦小町。
やっぱりほぼ必ずといっていいほど
空港に降り立った人がエスカレーターに乗るところで目に入る場所。
北見遠征編2019
手荷物受取所のところには
ラグビーワールドカップの公式キャンプ地ということもあり
大々的な歓迎ムードが醸し出されていた。
これに限らず、スポーツの合宿による
経済効果というものを重要視していることに他ならない。
派生していく対象は思っているよりも多い。
同時に補うものや持続させていくものを導いていくことも
念頭に置くべき点であるのも確かなことで、
実際にそういうところで今回これを目にしている。
北見遠征編2019
玄関を前にしたところにはオホーツククールの顔出しパネル。
ハッシュタグでアップして欲しいとある。
情報媒体に奥行きが生じているので
副次的な広告効果を含んでいるものになる。
北見遠征編2019
前回の反省をもとに入念なカードを手札に
2番乗り場に待っていた北海道北見バスの北見行に乗車する。
北見遠征編2019
背後の1番乗り場には網走バスが控えていた。
またしてもいつ出発するのか明確ではないので身動きが出来なくなる中で
各レンタカーの送迎バスのもとに向かわれていく人も多い。
こちらのバスは15人くらい。
ビジネス目的のヒトの占める割合が高いのかもしれない。

9:15、3番乗り場にも回送表示の網走バスがやってきて
これが「ウトロ行き」となる。

昨年のデジャブ―という言葉が脳裏を過らなくもない。
北見遠征編2019
9:20、運転士さんがやってきてトランクをチェックし女満別空港を出発。
駐車場からワンズレンタカーを右折して
ラーメン一心、タイムズカーレンタル、日産レンタカー、
トヨタレンタカーリースを左折して美幌バイパスに入っていく。
北見遠征編2019
畑に囲まれた掘割を進んで美女橋から美幌町へ。
女満別空港は大空町にある。
林を突き進み、黒瀬川橋から坂を上がって右にカーブ。
美幌跨線橋から一面に畑が広がる。
北見遠征編2019
網走川を渡っていく。
新しくなった北見のバスターミナルとの対面に
心躍らせながらも、接続便にヒヤヒヤしている自分がいるのだった。
つづく

都道府県シールの千葉県版と島根県版が欲しいです。
なかなかフライトアテンダントさんは
みなさん業務に勤しんでいるところに
そのためだけに声をかけるわけにもいかず……。
往復同じ航空会社だったので虎視眈々と機会を伺っていたのだけれども。

そんなわけで今回は往復航路です。
posted by 小林 慶太 at 21:25| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月22日

羽田空港へ!松戸新京成バス

そちらにご実家がある職場の方よりも
何故か僕の方が訪れる機会が多いという……。
だって北見バスターミナルの整備や市役所庁舎の建設がなされていたら
やっぱりその進展を追ってみたくなるじゃないですか!?

というわけで2年に1回のサイクルを保っていたものを朽ち砕いて
2年続けてそちらを皮切りに訓子府町、置戸町……と南下して
お世話になっている某ホテルがある帯広市に向かっていく。
前回は満室だったので今回はキッチリと押さえさせて頂いた。
新京成高速バス編
そして前回の旅路のあとに新規開業しているバス路線、
松戸駅(新松戸駅)〜羽田空港間を結ぶ高速バスを利用することにした。

やっとこの機会に巡り合った!!
一日羽田へと5便が設定されており早朝の2本が新松戸駅起点。
羽田空港からの便は6便あり、深夜帯の2本が新松戸駅まで結ぶ。
運行を担うのは松戸新京成バスと京成バス並びに京急バスで
実に松戸新京成バスは初の高速バス路線だ。

これら高速バスの設定がなされるようになったのは
外環道が開通したことに尽きる。大きなエポックだった。
新京成高速バス編
旅のはじまりは2019年9月3日、松戸駅から。
新京成の改札を前にした上部には出口案内とは別に
松戸新京成バスが運行するバス乗り場の案内がなされている。

三矢小台や紙敷車庫、総合医療センターなどを結ぶ便は
いずれも東口から出発着するのに対して
羽田空港へと結ぶ高速バスのみが
他の京成バスや東武バスイーストの路線バスが出発着する西口に
その停留所を設けている。
新京成高速バス編
松戸駅西口、ペデストリアンデッキの様子。
イベントスペースにはキテミテマツドの案内幕が掲出してある。
バスの出発着するロータリーはこの真下に位置している。
早朝のこの時間帯となれば人影は非常にまばらな印象を受ける。
新京成高速バス編
4:55、西口ロータリーに
松戸新京成バスのハイデッカーバスはやってきた。
時刻表表記よりも早い登場にあたふたしながらバスのもとへ。
何だかんだ記念撮影はそれでも欠かさない人。
ここで10分間停車する羽田空港行き。
フルカラーLED表示でその行先を掲出している。

運賃1300円は先払い。
荷物預かりを乗車場所ごとに行って
運転士さんが積み込み、それとともに降車場所を確認するという
そういった業務をなされるので
その10分の停車時間は重要なもののようだ。

ICカード対応ということでSuicaでの乗車が大半だった。
松戸駅からは17人が乗り込んでいく。
新京成高速バス編
松戸新京成バスのハイデッカーバス車内の様子。
2‐2シートでいたって快適。Wi−Fi対応。トイレ有。
モニターも非常に大きく見やすい。
新京成高速バス編
車内誌が用意されていて
そこにみちる新聞が折り込まれていた。
車内誌は2018年に刊行された第一号だったものの、
みちる新聞は2019年につくられたもので更新がなされている模様。
新聞をつくっている星野みちるさんはシンガーソングライター。
バスアナウンスもなさっているとか。
新京成高速バス編
5:05、松戸駅を走り出したバスは
星乃珈琲、KFC、千葉銀行を沿道に
ロータリーから正面に延びる道を真っすぐ進んでいく。

次の停留所はもう羽田空港第2ターミナルであることがアナウンスされる。

ファミリーマートと市民劇場を前に左折。
かさやに高橋機械を過ぎて春雨橋を渡り、キテミテマツドを過ぎて
京葉銀行の前から松戸神社を通りぬける。
松戸郵便局のもとに向かい、角町交差点を右折。
小山交差点から土手へと出て行くと前方に外環道が見えてくる。

葛飾橋を渡らずに匠精機から左折して坂を下り
外環道の足元から矢切トンネルに突入。
これを出て松戸料金所から外環道に進んでいく。
新京成高速バス編
トンネル内を右にカーブして市川北ICを通ってひた走っていく。
こういう機会がないと近隣に出来た高速道路も通ることがないので
何もかもが新鮮なものに映る。
新京成高速バス編
京葉道と東関道の標識は目に入り、
蛇行しながら小松川線と湾岸線の標識も目に止まる中で
市川南ICから坂を上がって高谷JCTへ。
新京成高速バス編
ここから京葉道並びに首都高湾岸線に入る。
圧巻のジャンクション。
新京成高速バス編
近鉄エクスプレスやカトーレックを臨み、
右にカーブしてJFE物流のもとから京葉線との並走がはじまる。

寝ている間に着くのが便利だと思いきや
窓の外に見える光景は列車視点と異なるもので
目が離せるものではなかった。

京橋運送や西濃運輸に続いて市川料金所を通り
タカラトミーの物流センターに
住化ロジスティック、日本ロジスティックと物流を担う施設が相次ぐ。
新京成高速バス編
行徳警察署の前に出た後、野鳥の楽園から浦安ICに向かっていく。
右手にマンションがそびえ立ち、浦安市弁天界隈を進み、
東海大浦安高の先を右にカーブ。
夢のお城が見えてきて、そこから浦安大橋に出て旧・江戸川を渡る。

左には観覧車が見えてくると葛西臨海公園付近を通っているのがわかり
トラックターミナルにロッテ葛西ゴルフ、葛西水再生センターから
葛西JCTを経て荒川に差し掛かり、
東京スポーツ文化館から夢の島公園を通って京葉線の下を潜り抜ける。

銀座急送に西濃運輸を過ぎ辰巳JCTに出て
ナカノ商会やヒビノの先で今度はりんかい線と並走。
東雲駅から三国倉庫を経て東雲JCTへ。
周囲をマンションが取り囲む。
新京成高速バス編
ワシントンホテルにパナソニック、武蔵野大学を通り過ぎ
ダイバーシティと観覧車が見えてきたところで
東京港トンネルに入っていく。

外へ出ると東京貨物ターミナルのそばに出て
これを右にカーブしていくと
ずっと静寂が続いていた車内ではまもなく到着のアナウンスが入る。
新京成高速バス編
東海道新幹線の大井車両基地が沿道にあらわれる。
N700系を主力とする陣容が休息をとり、拠点としている場所で
これから本格的な一日を迎えようとしている姿に
ここで目に出来るとは思わなかった。
新京成高速バス編
大井PAと大田スタジアムを過ぎると
今度は大田市場があらわれる。
物流の中枢を担う道のりのハイライト。
新京成高速バス編
京浜大橋を渡ると山手冷蔵やヨコレイ、ヤマト運輸、東京冷凍と
これら市場やターミナルから派生するものを引き受ける
そんな施設や事業所が相次ぐ中、バスは空港北トンネルへ。
新京成高速バス編
ノンストップで外に出ると西貨物ターミナル地区へとやってきて
東京空港署、エクセルホテル東急のもとから
5:47、羽田空港第2ターミナル着。
運転士さんが降りて荷物の引き渡しをする。
新京成高速バス編
ぐるっと回り込んで立体駐車場から坂を下り
ようやく久しぶりの信号待ちで一旦停止をして
5:54、羽田空港第一ターミナルに到着。
新京成高速バス編
日本を動かす物流の神髄を見たかのような行程に大満足。
渋滞に巻き込まれることなく、
スムーズな時間帯の設定ということもあり
見事なまでのほぼ定刻運行での到着となった。

就航路線の兼ね合いでこちらで降車。
南ウイング4番ゲートそば。
バスは国際線ターミナル到着後、松戸へと回送するのだという。
紙敷車庫なのだろうか?
滞泊した後、折り返し運行というイメージのもとに
ダイヤを(勝手に)読んでいたので意外だった。
こういう手間を割いての運行のようだ。
新京成高速バス編
かくして6:00を前に羽田空港にやってきた。
このタイミングで空港内のテナントの多くは開店を迎える。
逆算すると何時くらいに仕事準備に取り掛かるのだろう……。
新京成高速バス編
これで羽田空港から6:30発の航空機に乗ることが視野に入った。
新千歳空港行きにギリギリ間に合う。
新京成高速バス編
出発ロビーはオリンピックとラグビーのワールドカップ一色だった。
6時を前にこれだけの利用者が行き交う光景というのは
空港という特殊な空間ならでは。
その受け皿とされている方は先んじた業務をなさっていたり
これを迎えたところで引き継ぎをされたりするのだろう。
新京成高速バス編
つづく

東京駅と品川駅の6:00発の東海道新幹線に間に合い、
7時前の成田空港の航空機にも
いずれもその日のバスや列車でコンタクトできる、という
そんな条件を満たすのはうちの街ならでは。
まぁ、いずれからも中途半端なところにあるだけなんだけど……。

バスの行程には大満足ながらも
同時に運河を堪能する東京モノレールという選択肢も捨てがたく……。
就航路線の設定時間帯もあるとはいえ、
前者に食指を動かしてしまいそうな初体験だった。
遠出する頻度が増える人間ではないので、
選択肢が増えるとそれを賄うパイをどうするべきなのかは
脳裏に過らないことはない。

余裕があればもちろん有無を言わさず北総鉄道〜都営浅草線〜京急ルート。
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年10月20日

過去形 現在形

いすみ遠征編2019夏
2019年8月6日、14:37、大多喜町の開運駅・東総元駅へとやってきた。
ここから並走する465号を辿っていく。
大多喜遠征編2019
最初に向かっていくのはこの道路標識の対象となっている小学校。
通学路の道路標識には「小学校あり」とはあるものの
既に過去形となって4年が経過している。
大多喜遠征編2019
程なく国道465号から脇道へと左折して
いすみ鉄道の線路を跨いでいく。
この踏切も学校は既に閉校してもなおも「小学校前踏切」だ。
同時にいすみ鉄道=木原線敷設段階で
既にこの小学校が集落にあったことを物語っているものでもある。
国道465号方面へと撮影したところ。
線路沿い左手に味の研修館が位置しており、
移住者のための土地分譲が行われた界隈。
それによって建てられた家屋も日常の光景となって久しい。
大多喜遠征編2019
道なりに歩いていくと旧・総元小学校がある。

教室や多目的ホールが使用承認申請書を大多喜町役場に提出すると
1時間単位で使用料とともに利用する事が可能。
大多喜小学校と統合されて幕を閉じていても
避難所として機能するので、然るべき維持管理が伴っているものと思われる。
あまり出番のある機会が生じることは望ましいものではなくとも
学校の立地というものは
そういったところに基づいて建設されていることが少なくない。

荒廃していくことを微塵も思わせないように映るのは
遠巻きから見ているからなのだろうか……。
大多喜遠征編2019
東総元駅のホームからも見える夷隅川。
旧・総元小学校の先で「一般車両通行禁止」の立て札がある道が
脇へと延びているので、それを意識しながら
夷隅川に通じる道を辿っていくと大戸の洗い越し。

沈下橋で対岸への道のりが確保されている、といっても
農作業の車両などに限られたもの。それゆえの「一般車両通行禁止」。
蛇行する夷隅川を克服する叡智と
それによってつくりあげられた景観。

対岸に渡るのにはやっぱり長靴を用意していかないとムリ。
比較的水深が浅いと思って油断するとかなり危ない。

涼を求めて眺めるものとしては
この上ないものでありながらも、
やはり増水時などは見違えるものであることは想像するに難くないわけで
そういったものと背中合わせにある。
大多喜遠征編2019
続いてもう一つの涼を求める場所、河伯神社。
鳥居は1921年築で国道297号に向かう道のりのランドマーク。
ここから眺める建物を「総元小学校」と称することが出来たのは今は昔。
「旧・総元小学校」であり、校庭に児童の姿が、というものも
それが見えたら、というものでもないけれども
ほぼ非現実的なものとなっている。

山々に囲まれて平地部に水田を営んでいる集落という形容も
必ずしもごく自然に成り立っているものではない。
児童数の減少は確実に集落や街の未来に
今日、明日という話ではなくとも、確実に影響を及ぼす。

「子育てにやさしい社会を望む!」という方は
公共交通愛好家のように
交通機関を乗っているしか芸のない人間と違って
人口動態や産業などあらゆるものに意識や神経が向いて然り。

観光というものに依存していく社会で
どれだけそこに目線が向くことになるのだろう。
なおかつ持続することを念頭に置かなければならないわけで。

交通機関に乗る、というのも
昨今はそれなりの❝芸❞にあたる次元になってるらしい。
大多喜遠征編2019
下川橋で夷隅川を渡って石祇山円隆寺やビニールハウスがある集落から
国道297号へと出て行って道の駅たけゆらの里おおたきに立ち寄り
ここで小休止を挟んでいく。
大多喜遠征編2019
道の駅たけゆらの里おおたきなどに設置されている自動販売機の
猛々しい本多忠勝のイラストと
大多喜町のマスコット❝おたっきー❞のデザインをなさった方は
同一人物でいらっしゃったりする。
このギャップが何度見ても面食らうものがある。
大多喜遠征編2019
国道297号の石神交差点を通って久我原橋へと歩いている一コマ。
道路の左手には林が続き、右手には水田が広がるという
そんなロケーションのところには
石神子ども育成会が菜の花の種を植えている旨を示す看板が設置されている。

美しい農村風景が何時までも続くように、との願いを込めた
国の交付金で進めている地域の保全活動。

これも続くことを意識して記録しているもの。

シーズンは誰の目にも留まるものがあるから自ずと、となる一方、
そこに至るまでの過程を思う人や立ち会う人は
遙かにそれよりも少ない。
大多喜遠征編2019
久我原橋を前にした交差点から右折して
坂を下って林を抜けていくと
大多喜町や鶴舞桜が丘高のスクールバスの運行を担うダイエー交通がある。
夏休み期間中なので恐らくは受け持っているスクールバスが
ほぼ一同に集結していたものと思われる。
児童・生徒数に合わせて車体運用がなされている。
大多喜遠征編2019
そこからぽつんと立っている立て札が指す方向へと進んでいく。
よもやこの先に駅があるとは思うまい、っていうところ。
大多喜遠征編2019
その先に位置しているのが三育学院大学久我原駅。
林に囲まれた一面一線の駅構造。
東総元駅方面へと駅構内を見ているところ。
待合所を設けている非常にシンプルな駅で
関東で一番近い秘境駅といわれる。
大多喜遠征編2019
紆余曲折を経て受け継がれている駅ノートが置かれている。
紙面媒体によって出会う人は実際に出会う方よりも遙かに多いのかも。
プランターなどの管理は
三育学院大学の方も協力されている。

この辺も続いていることに着眼しての来訪を重ねている。

虫の声や風の音を聞きながら列車を待つ時間を過ごすという
非常にぜいたくな日常ではできない、
思いつかない時間の使い方をするのも、この場所ならでは。
大多喜遠征編2019
16:09、カーブを描く線路からいすみ352がやってきて
これを迎え入れて撮影したところ。
なお左下に見えるのは駐輪場。

先客となっていらっしゃったのはお一人だけ。
ここで再び冷房の恩恵に与る。
そんなわけだから徒歩行程で汗だくで出没して再会する方には
妙に感嘆される旅路だったりする。

列車は切通や茂みをかき分けて右にカーブして
桜並木から国道465号と並走して味の研修館の脇を通りぬけて
夷隅川が迫る東総元駅へ。
総元駐在所と徳性寺にオサダ鈑金、フォレストハイム貝塚の先で
国道465号と交わって妙典寺のもとから
吉一食堂や三ツ星電器、蟹取橋をそちらにのぞみ、続いて小谷松駅に滑り込む。

水田に出た後、林に入って夷隅川を渡り、
広がる水田を進んで大多喜病院へと向かっていき、
右手に民家が並んだのも束の間、藪から第四夷隅川橋梁を渡って
大多喜小と大手門の脇から16:19、デンタルサポート大多喜駅へ。
ここで8分停車となる。
大多喜遠征編2019
16:20、対向のいすみ351、上総中野駅行き出発。
こちらは出発間際に男の子を中心に12人が乗車してからの出発。
夏休み期間中でなければもっと乗車があるべき時間帯。
といってもキハ52−125並びにキハ28−2346の2両編成を除くと
ほぼ1両編成で事足りるのが現実。

ちなみに昨冬大多喜高校の生徒を中心に
ダイヤ改正にアンケートがなされたのを受けたのが今日のダイヤ。
運行本数が限られた列車は
なおさらに人々の暮らしやライフサイクルを反映している。
「子育てにやさしい社会を望む!」という方が
それを読みとらないわけがない。

観光本陣をあとに右にカーブして関東天然瓦斯開発の先で夷隅川を渡り
水田からみつば保育園やカラオケうたうんだを過ぎて国道297号を潜り
大多喜ハーブガーデン城見ヶ丘駅に立ち寄り、
コメリとオリブをあとに切通と藪を抜けて
平林物産とともに国道465号が接近してくる。

神保電器の先で夷隅川を渡っていすみ市に入る。
第一エレクトロニクスと妙泉寺に続いて
JAいすみ中川配送基地が見えてきて上総中川駅へ。
新しい駅名表示板をNIGOが用意して下さっている。
大多喜遠征編2019
久保歩道橋を横目に茂みに進み、築堤を走って左にカーブ。
茂みをかき分け水田に出て行くと第2五ノ町踏切を通り過ぎる。

日本合成加工の工場が国道465号に見え、
それはこちらに近づいてきて
夷隅郡市広域市町村圏事務組合消防本部夷隅分署のところで
左へと移してコメリやセブンイレブンを過ぎ、
苅谷商店街の裏手を進んで風そよぐ谷・国吉駅に着く。
ここで5人が乗車し、4人が降車されていく。

パチンコABCと水田から林に入って夷隅川を渡る。
これが夷隅川を渡るのも最後。
水田から本楽寺と東漸寺を通り、新田野ファームライスセンターの前へ。
国道465号を右手に並走。
新田野駅に立ち寄ってストレートで切通を抜け、
藪から落合川を渡り、平野木材の裏手から上総東駅に着く。
対向列車の到着を待って16:50、上総東駅を出発。
国道465号と分かれて右にカーブして山林に入っていく。
大多喜遠征編2019
上り列車視点の方が同じ場面でも印象強い。

妖精たちがかつてはキャンプをしていた沼のある林から
水田へと出て行き、抜群の開放感の中を列車は走る。
実際に走っている以上に体感時間は長いような気がする。

国道465号が近づいてくると西大原駅で、
子山保育園のそばから椿公園がある丘の麓を迂回して
外房線と合流すると大原駅は間近に。
大多喜遠征編2019
17:00、大原駅2番線ホームに到着。
この列車の到着を受けて大原駅の売店は営業を終了。
閉店作業へと入っていくことに。
大多喜遠征編2019
大原駅17:19発の特急「わかしお18号」は見送ることに。
指定席はガラガラで自由席との埋まり方に随分とギャップがあった。

千葉県内の特急列車と
「踊り子」「草津」などの近隣他県の指定席の埋まり具合や
編成に占める割合が端的に示しているものがあるわけで。

次発の列車の待ち時間を使って「いすみんサブレ」を買い求めにぶらぶらと。
和三盆やバウムクーヘンまで商品化がなされるようになっていた。

そして2番線ホームで列車を待っていると
17:40、4連×2の8両編成大原駅行きが1番線ホームに入線し、
続いてこちらにも4両編成の千葉駅行きがやってくる。

乗客には海水浴客やサーファーが多かった。
大原踏切をあとに左に草むらがつづき、塩田川を渡ると水田が広がる。
ネッツトヨタや鶴岡木材、P-GODなどは
その水田向こうの国道128号沿いに見受けられ、
線路沿いに民家が集まってくると三門駅。
藪から水田に出てひた走って長者町駅へと向かい、
岬総合運動場からなおも水田を進む。

やがて高架に上がって夷隅川を渡った後、地上に下り、
スワンクリーニングとコメリのもとから太東駅に着く。
水田と梨畑から切通に向かい、椎木堰を通って
林に囲まれながら築堤へと出て行き東浪見駅に向かっていく。
日東総業を過ぎ水田向こうに延びていた国道128号が頭上から左に移り
右にカーブを描いて留置線やJA長生一宮支所の前へ。
大多喜遠征編2019
18:00、上総一ノ宮駅3番線着。ここで乗り換え。
一斉にというのが過言ではない大移動。
跨線橋から2番線ホームに向かう。
大多喜遠征編2019
2番線ホームに控えていたのはE217系15両編成東京駅行き。
先ほどの普通列車が先行する中、
ホーム側のドアが一旦全て開いた後、18:05、上総一ノ宮駅を出発。
中央ポンプ場の先で一宮川を渡って
船頭給県営団地を左にカーブ。
水田をひた走り、長生村文化会館が少し離れたところに見えてきて
八積駅を駆け抜けていく。非常に貴重な通過駅を持つ快速列車。
大多喜遠征編2019
農業総合研究センターと双葉電子工業を通って高架に上がると
ジャパンディスプレイの工場や関東天然瓦斯開発の工場とともに
「七夕のまち茂原」のガスタンクがあらわれ、
サンヴェルや山之内病院をそばに18:12茂原駅に停車。
ここで先行列車を追い抜く。

ヤックスに房総信組の先で右にカーブして
長生高と君塚病院を通り地上に下り
市民体育館やダイヤパレスのもとへ。
林を抜けて新茂原駅を通過。
水田からマルハン、オートアールズ、ベイシアと
国道128号との間に大型商業施設が相次ぎ、
つつじ野団地を経て国道128号の下を抜け
長生病院とMMKから本納駅へと出て行く。

サッと構内を駆けてJA長生と本納中を過ぎると水田に出て
ながた野の住宅地とケーヨーD2があらわれ永田駅を通過する。
前方にミオカステーロがそびえ立ち、
そちらから高架に上がってアミリィやヤマダ電機のもとから
桜ホテルの脇を通って18:22、大網駅に停車。
その快速ぶりもここまで。
左にカーブして高台から山林に入り圏央道を潜って
大竹調整池を眼下に土気トンネルに突入。
掘割から土気駅に滑り込み、引き続き掘割を進んで左にカーブ。
茂みや畑を走って千葉外房道の下を抜けて
スパジオやヤマセ生コンの前に出て程なく誉田駅へ。
少しずつ乗車を重ねる。千葉駅まではその傾向。

ロータリーとせんどうをあとに工事現場と誉田中・誉田小を通り
藪を抜けてリハビリステーションセンターの前へ。
程なく市街に差し掛かりゆみーるがそびえる鎌取駅に至る。
駅から左にカーブして鎌取会堂の先を右にカーブ。
スジャータコーヒーやパルシステムを過ぎ
茂みや林から生実川を渡って千葉工高の先で京葉道を潜る。
鴻池運輸を通り、住宅地を進んでいき
京葉学院やハローワーク、ツルハドラッグを前に18:40、蘇我駅着。
思いの外後者はなく、
千葉メディカルセンター、勤労市民プラザ、メガテックをあとに
京成千原線が左へと頭上から延びてきて
ヴィンランドに笑がおの湯、柏戸病院を通り本千葉駅へ。
千葉県庁やプラザ菜の花を遠巻きに
中央消防署の前から都川を渡り、
京成ホテルミラマーレ、ダイワロイネットホテル、千葉中央駅を過ぎ
1000シティビルやタウンライナーがあらっわれ
18:48、千葉駅3番線ホームに滑り込む。
ここで大きくヒトの流れに変化があれども、
混雑度合は乗車も多いのでさほど変わるものはなかった。
大多喜遠征編2019
再び快速列車の俊足ぶりを千葉駅から発揮。
西友がある西千葉駅を過ぎて弥生小に千葉大、西千葉公園に続き
スポーツクラブルネサンスやアイプレイスを通って
イオンやプラウドタワーがそびえる稲毛駅に停車。
マルエツにライネスハイム、アクアフォレスタを過ぎて東関道を潜る。
左にカーブ描いて新検見川駅へと向かっていき、
これを横目に検見川神社の杜のそばから花見川を渡る。
幕張駅からは京成千葉線と並走し、幕張車両センターに差し掛かり、
京葉道を潜ると幕張本郷駅で、
これを駆け抜けた後、京成千葉線と分かれて
菊田団地や給食センターに続いてイトーヨーカドーやミーナがあらわれ
19:00、津田沼駅に到着となった。
列車はここで貨物列車を先行させるべく通過待ち。

冬期への課題を抱えてそちらとの対面を果たしていくことになる。
たぶん。
posted by 小林 慶太 at 23:58| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする