2020年03月28日

本線の片鱗

室蘭本線は長万部駅・室蘭駅から苫小牧駅を経て岩見沢駅を結ぶ鉄道路線だ。
俗にいう主要幹線といわれ
国策で展開された要衝❝鉄道の街❞を2つ抱えていたほか
夕張線(現・石勝線)や多くの炭鉱へと接続路線を持っていた。
1892年に東室蘭駅(当時:室蘭駅)〜岩見沢駅が開業しているので
非常に早い段階で敷設されたことからも
沿線ならびにその鉄道の重要性が推測される。
鉄道遺産といわれるものは岩見沢レールセンターを筆頭に
その界隈に6箇所に位置しており、
歴史的な価値というものを認識するような時代になってきている。

「北斗」「すずらん」という優等列車が
今日でも頻繁に往来する長万部駅〜苫小牧駅間に対して
苫小牧駅〜岩見沢駅間は石炭輸送を担うことで絶大な動脈であったので
産業の移り変わりとそれに伴う人口減少も相まって
年間で12億円の赤字を抱えている区間になってしまっている。

かなりJR北海道はがんばって維持に努めていたのだけれども
そのがんばりというのも限界に近いところに物事が推移して来てしまっている。

国鉄時代であっても廃止に至る水準の営業係数を弾き出しても
それでも各社は公共性の観点で運行や維持に努めているので
民間だから、というものだけで一概に片付けられるような
そんな話ではような構造に足を踏み入れている。

JR北海道は鉄道を維持する仕組みについて
設備の見直し、スリム化、利用者の少ない駅の廃止や列車の見直し、
運賃値上げによる相応の負担、鉄道を日常的に使ってもらう促進策、
運行と施設保有を分ける上下分離方式といったものを
人々に相談を持ちかけている。

現況について知ってもらう必要があるので
リーフレットを制作している。
空知遠征編2020
これによると利用者が年々減少していて
2018年度輸送密度は1975年度の約6分の1まで減少している。
1998年を基準にしても約半分だ。

約1億2000万円の収入に対して
約13億5000万円の費用が脆弱な軌道の維持管理や除雪も相まって
かかっていて年間約12億の赤字を出している。

岩見沢市は炭鉱港をテーマに北海道の歴史を学ぶ中で
一環として小中学生室蘭本線に乗車してもらっている。

安平町の追分小学校が修学旅行の際に苫小牧駅までバスで向かい、
そこからJR北海道の路線へ、という行程を組んでいたものを
❝利用するから必要なんだ❞という観点で
追分駅から苫小牧駅まで室蘭本線(石勝線経由じゃない)で団体利用を試みている。
JR北海道追分駅の駅員さんは見送りの横断幕までつくって
鉄道での思い出づくり、親しい存在としての鉄道を
小学生のみなさんにいつまでも刻んでもらえるように
感謝とともに見送りをなさったことが紹介されている。

安平町はほかにも「あびら夏!うまかまつり」でJR利用来場者限定に
会場で使えるクーポンを早来駅で配布して利用促進を図っている。

イベントでいうと栗山町も「花の恵み」車両の増結を依頼して
「くりやま老舗まつり」で鉄道による来訪者の呼び込みを行ったそうだ。
栗山駅は観光協会が乗車券の委託販売を受け持っている。

由仁町も三川駅で環境美化や花壇整備を行うなど
鉄道と接点を持たれている方はバックアップにつとめているので
そういう意識に触れたり、広がりを持たせるように呼びかけをしている。

WEBでもフェイスブックで利用を呼び掛けていたりするし
街づくりにおいても無論、駅を中心としたものを組み立てるのであれば
それはもちろん鉄道駅として機能することがなければならないから
これを維持していくことが絶対条件になる。
空知遠征編2020
JR室蘭線活性化連絡協議会は色々な切り口で
室蘭線で(に)出かけてもらう動機づけを試みている。

沿線の街について学ぼうという企画では
5つの市町の紹介がなされている。人口、特産品、名所、一口メモ。

岩見沢市、人口約8万1000人。特産品はおコメ、たまねぎ、きじ肉など。

栗山町、人口約1万2000人。特産品は地酒、きびだんごなど。

由仁町、人口約5000人。特産品はイチゴや花卉など。

安平町、人口約8000人。特産品はチーズやメロンなど。

苫小牧市、人口17万1000人。特産品はハスカップや北寄貝。

通学手段の交通機関として鉄道を選択肢することになることが多い高校は
岩見沢市に公立3校、市立1校と
苫小牧市の公立5校、私立2校並びに栗山町の栗山高、安平町の追分高。
由仁町は2020年段階では立地高校がない。
(途中駅に高校があるというのが存廃面で非常に重要になる)

もう一つの切り口は地酒。
周辺が稲作と水に恵まれているからできる産業と話の切り口。
対象年齢は「学ぼう」に比べると高いような気がするけれども、
醸造業を知るというのは一般教養の域にあるものかもしれない。

岩見沢市「ゆあみさわ」、栗山町「北の錦」、
由仁町「ヤリキレナイ川」、安平町「あびら川」、苫小牧市「美苫」が
それぞれ概略とともにピックアップされている。

文化や産業というのは鉄道や街を知る上で非常に重要なもの。
そういったものを自分自身の見聞とともに照合させていくという作業を
鉄道利用の動機づけに位置付けているものと思われる。
空知遠征編2020
2020年1月29日、岩見沢駅の1番線ホームで列車を待つ。
ぞの駅構造や線路の兼ね合いもあるとはいえ栄光の1番線に出発着するのは
優等列車ではなく普通列車ばかりの室蘭本線だ。
函館本線の優等列車は4番線並びに6番線に出入りする。
空知遠征編2020
12:40、岩見沢運転所の側線で一両だけ留置されていた気動車
キハ40-1767がこちらへと入線してくる。

学校が早く終わったこともあるようで
定期需要の高校生がこの時間帯にシフトしたことを考慮して
1両編成に約20人くらいの乗車があった。
思いのほか平均年齢は若いような気がする。

岩見沢市内の高校は
いずれも2次交通としてバスを組み立てないと
かなり通学に駅から距離を伴うところに立地している。
空知遠征編2020
出発前に札幌駅で入手していた「ひぐまのぜいたくおにぎり」を食べる。
駅舎のセンターホールで食べるつもりが
先客の方が結構いらっしゃったので
出発前とはいえここでお昼、ということに。

筋子(鮭・鱒)とズワイガニ、ホタテの具のおにぎりと
シイタケ・人参・がんもの煮物に厚焼き玉子とお漬物という顔ぶれ。
札幌駅に立ち寄ると企画駅弁がないと
自分は触手を延ばすことが多いような気がする。
あらゆるもので過去軸の人間だから。

何度も出発を前に札幌駅に行かないことが
車内でアナウンスがなされ、12:52、出発の時刻を迎える。
安平遠征編2020
コミュニティプラザとバスターミナルのそばへと走り出し、
秋田屋旅館に法務局を通り、北海軌道施設のもとに向かっていく。
右手には林を隔てて雪原が見え、左には広大な空き地が広がる。
操車場だった跡地。
現在の運転所のほかにこれだけの敷地を必要とするだけの産業が
かつては存在していたことを意味するわけで
同時に変遷とギャップを物語るものでもある。

洋服の青山にゲオ、ヤマダ電機、スポーツデポと相次ぎ、
スターゼンの工場を過ぎると国道12号が接近してくる。
奇しくも操車場跡地に近接する先ほどの商業施設が
いずれもロードサイド店に該当することになる。
安平遠征編2020
列車は左にカーブして国道12号を跨ぎ、
岩見沢ゆららの先で雪原をひた走っていく。
安平遠征編2020
道央道が前方に延びてくると
これを潜り、志文団地をはじめとした民家のもとへ。
志文駅に滑り込む。1人が下車をされる。
安平遠征編2020
2面2線の駅構造ながら随分と余裕を持って構内に架かる跨線橋が
この駅の本来の規模を断片的に教えてくれる。
安平遠征編2020
ちょうどもう一本線路があったであろう空白部分の延長線上に
今日の志文駅の駅舎が建っている。

空間に浸りたいけれども、
それだけに時間を費やすと後手後手になってしまうので
(ないけど)後ろ髪をひかれる思いでそのまま構内をあとに。
安平遠征編2020
農業倉庫のもとから幌向川を渡って再度雪原へと向かう。
幌向川の上流部はかつて万字炭山が位置しており
そちらの方へと万字線が延びていた。

一面雪景色であっても土地利用にその名残が見えるところにある。
不自然に草むらがカーブしていたりする。
左端あたりから左にカーブしていたのが万字線。

伝聞でのことしか知らないセカイながら
多くの支線を持っていたことがやはり本線たる所以。
安平遠征編2020
左手にビニールハウスが見えてくるのとともに
反対側には林が延びてきて、
これが途切れると民家が集まってきて栗山駅に着く。
旧・栗山町の玄関であったこちらでは4人が降車。
ここも農業倉庫が駅のそばにある。

その倉庫のもとから住宅地を抜けて雪原へ。
林が左上に延び、線路沿いは草むらも。
栗丘駅に出ると国道234号が接近してきて山林へと進む。
安平遠征編2020
そして国道234号を跨ぐと程なく新栗山トンネルに突入して
平地部へと出て栗山自動車学校や白戸家具が国道沿いにあらわれ、
列車はそこから右にカーブして給食センターの脇を通り
13:17、栗山駅に到着する。ここでも6人が下車。
完全に岩見沢駅から個々の駅に降車客を運ぶ役割に特化している。

栗山駅は夕張市から新札幌駅や野幌駅へと向かう
夕鉄バスがロータリーに乗り入れる。
その路線系統は夕張鉄道だった時代にものを踏襲しているものがあり
かつては鉄道時代は室蘭本線と夕張鉄道という
2つの路線が乗り入れる駅だった。
安平遠征編2020
石炭の産地を結んでいた2つの鉄道路線がやってくるところとなれば
必然的に構内もまたその広さを持っていたことは確かで
今日よりも規模が大きかったことが推察される。
安平遠征編2020
現代的でありながらも
これも少し持て余した感じで構内を跨いでいる跨線橋。
加えて2面2線の構造でありながらも
雪で埋もれているとはいえ、
もう1本、線路が入る余地がある事が伺える。
安平遠征編2020
空知信金と日本高圧コンクリート並びに栗山興産をあとに
ここからは道道692号と並走。同時に複線区間に入る。
この辺が夕張鉄道の栗山駅の構内と関わりがあるらしい。

夕張鉄道の方も廃止されて40年超の歳月が流れているとはいえ
夕張市方面への線路跡だったと思われる形跡が
ちゃんと確認できるところにあった。
こちらはタイミングにかすりもしないので画像はない。
安平遠征編2020
日本通運にJAそらちの玉ねぎ倉庫を過ぎて道道とともに雪原へ。
並走していた道道が左に反れると、こちらは夕張川を渡る。
ほとんど雪に埋もれていて川面が見えないような感じだけど
紛れもなく夕張川を撮影したところになる。
安平遠征編2020
住宅地に入って農業倉庫のもとから由仁駅に着く。
前日は夕鉄バスで駅舎側から見るばかりだったところを
今度は列車で駅構内にやってきた。
といっても通り過ぎていくばかりだけれども。
安平遠征編2020
由仁駅駅舎を見ているところ。ぽっぽ館。

小林菓子舗、てるなどをあとにして
由仁中と給食センターを過ぎると国道234号が延びてきて
由仁町役場のもとを通り抜ける。
庁舎には2019年度の応援大使である
ファイターズの清宮選手と上原選手の幕が掲げられていた。

そのまま国道234号と並走していくと
東洋コンクリートの工場があり、
建物がほとんどなかったところに
米賓館(貯蔵施設)があらわれ古山駅に立ち寄る。

中央通り踏切を渡ってなおも国道234号との旅路を続け、
ソーラーパネルや杉本紹介を過ぎて由仁川を渡ったところで
それと分かれ、右から林が延びてくる中で
国道274号を潜り抜けて程なく三川駅へ。2人が下車をされた。
安平遠征編2020
ここまで全部行き違いができる、もしくはできる駅だった。
列車運行が少なくなるにつれて縮小をしたり、
災害後の復旧を断念して単線化したところもあるけれども
それだけのキャパシティを必要とするところに
沿線やその時代は存在していた。
安平遠征編2020
輸送していくものとして石炭が非常に強調されるものの、
その大量輸送の能力は
それ以外の多くの物資を引き受けることができるところにあったので
いずれも農業倉庫が駅のそばに。
土地利用がその密接さを今日に伝えている。
過去形にするものと必ずしも、というものとどちらも。
安平遠征編2020
雪原を挟んで国道234号が左に延び、
林を抜けて築堤へと出て行き、牧場も見受けられる中で
道道226号が近づいてきて、その間に石勝線が割って入る。
安平遠征編2020
左へとカーブしていくと
追分スポーツアリーナとふるさと追分のもとから
13:40、追分駅に滑り込み、こちらで下車をすることに。

貴重な石勝線普通列車と並んでの一コマ。
これもまたその間に何本かの線路が入っていたりするように
駅構内のキャパシティを示していた。

つづく

結論、やっぱり沿線がどのようにあるのかというのは
暮していたら必然的に意識したり、知ろうとするのが必然であって
工事がはじまって10年近く経って
隣の駅に駅前広場があることに気付くとか
言われるまで何にも思わないで
強い要望だとか持ち上げて拾い上げて
今さらのようにそういった陳情に一年近く審議するいうのは論外でしかない。
そんな人いるわけないじゃないですか!?

知らなきゃ勉強したり、資料が引き出せる状態にしておけばいいだけ。
そういうものすら怠って
「熱意」「要望」を掲げることは断じてあり得ない。

収入もらって議員の立場にいる方であればなおさら。
ゆるキャラと記念撮影だけして「実績」とされる方は
人生何処までも幸せに生きれます。
posted by 小林 慶太 at 23:27| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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