2020年03月16日

一日一本

札沼線遠征編2020
2020年1月28日、札幌駅から学園都市線こと札沼線に乗車して
列車に揺られること約40分、30キロ弱、7:18、石狩当別駅にやってきた。
当別町の役場所在地の最寄り駅で
こちらの駅並びに北海道医療大学駅を境に
沿線の鉄道との関わり具合を示すように列車の本数も大きく変わる。

当別町は札幌市に隣接する人口1万5000人くらいの街。
町域としては2000年を境に減少傾向にある。
ベットタウンの顔を持つ地域を抱えながら
稲作の盛んな石狩平野を構成しているところの一つ。
札沼線遠征編2020
あいの里教育大駅からは単線区間に入っているものの
交流電化区間は引き続き次の北海道医療大学駅まで及んでいる。
そちらへと線路を見ているところになる。
電化されているから13年前はなかった架線が加わっているところが
非常に自分にしてみると新鮮ながら
もはやごく普通の光景として浸透しているものと思われる。

いずれもここまでの区間の駅は
2面2線構造の対向式ホームを基本としているところが多い中で
この石狩当別駅は非電化区間の気動車の出発着をすることもあり
2面3線の駅構造を持っている。
札沼線遠征編2020
1番線にて石狩当別駅駅名表示板を撮影したところ。
JR北海道が用意されているものと
別に平仮名表記で開駅が示されたプレートが掲げられている。
1990年代に現駅舎になる以前に
石狩当別駅が開業したのに合わせて駅前に食堂を開設された方から
1979年に寄贈されたものを今日まで引き継いでいる。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅の時刻表。

札幌駅方面は11時台から14時台までは
おおよそ1時間に1本(12時のみ2本)の設定で
ほかは20分に1本列車が発車していく。
6両編成がスタンダードになっていて
わずか5本だけとなった3両編成は
夕方から夜間にかけて充てられるばかりとなっていて
函館本線や千歳線との共通運用を可能にするだけの
旅客需要を沿線が持っていることを示している。

そして石狩月形・新十津川駅方面は
1時間に1本〜4本の列車設定があれども
ほとんどが次の北海道医療大学駅までの運転で
終点・新十津川駅に向かうのはわずかに〇で囲んだ1本だけ。

気動車は一両で走るので編成表記がなく、
浦臼駅まで5本、石狩月形駅まで2本が他に設定されている。
この気動車運用が2020年の北海道医療大学駅〜新十津川駅間の廃止で
削除されていくことになる。
札沼線遠征編2020
橋上駅舎での一コマ。
石狩当別駅で花のおもてなしをする
「花の駅長さん」を当別高校が担っているというように
石狩当別駅は最寄りの高校を持つ駅。

ここから先、札沼線沿線にある高校は
石狩月形駅を最寄りとする月形高校のみ。
自治体においても高校の存在は
地域人口の流出に歯止めをかける点でも非常に重要な存在だ。
札沼線遠征編2020
改札を出た時には既に石狩当別駅を始発駅としていることもあり
先発列車よりも先に新十津川駅行きの改札がはじまっていた。
この表記が出てくるのは1日に1回しかない。
しかも途中駅ではなく終点であるのにも関わらず。
先発列車の北海道医療大学駅行きとの接続に一応便宜が図られている。
改札外と改札内をドアが隔てていたりする構造というのは
寒冷地ならではのもの。
札沼線遠征編2020
特需で一過性で終わってしまうのは
誰もが念頭に置いてるとは思うけれども
やはりフィナーレを飾ってあげたいと思うのは
誰もがこれもまた同じことで
JR北海道が札沼線記念入場券を発券していた。

沿線自治体ごとに区間を設けて
対象店舗で700円以上の買い物や食事をして
この切符の専用台紙を提示して証明スタンプを集め、
札幌駅の四季彩館に持っていくと
非売品のオリジナルクリアファイルがもらえるというもの。

当別町は飲食店を中心に13店舗が参加。

石勝線夕張支線は夕張市内で完結していたものの、
札沼線のこちらの廃線区間は自治体を跨っているので
その企画を踏襲して発展させたものとみていいのだと思う。
札沼線遠征編2020
一日1本しかない上に、家路に向かわなければならないので、
その企画を体験していくのにはかなりムリがあるけれども
記念乗車券を買い求め、
同時にみどりの窓口で新十津川駅までの乗車券を発券して頂いた。
「石狩当別」と「新十津川」の文字の入っているのがミソ。
券売機だと運賃しか記載されない。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅運賃表。
札幌駅と新千歳空港駅を際立たせて
その他主要駅は水色で塗りつぶしてあり、
2100円区間、奈井江駅、銀山駅、沼ノ端駅まで券売機で買い求めることができる。
こちらの運賃表にはナンバリングの記載がどの路線にも盛り込まれていない。
北海道医療大学から先の札沼線区間が
ここに示される期間は廃止までの期間までに過ぎないもので
もはや時間は限られたものとなっている。
札沼線遠征編2020
13年ぶりにこのWEBに登場。
石狩当別駅駅舎を南口駅前広場から撮影したところ。

橋上駅舎の構造は90年代の建築で
岩見沢駅や苗穂駅を引き合いに出すと
階段の構造に社会を構成する年齢層の変化や
バリアフリーに対する事業者や自治体の姿勢が
こういったところからより深く体現することになっていったことが
非常に読み取ることができるかと。
デザインやスタイルは90年代にほぼ確立されているといっても
過言ではないくらいに建設から20年以上の歳月を経過しても
通用するものをつくりあげている。

市街に囲まれてはいても貨客分離の駅構造を根底にしていることが
土地利用の点から考察されるのは
キッチリとした区割りを持っているわけではないけれども
こちらもまた例外ではない。

廃止になった、とか、壊しちゃった、とかよりも、
性懲りもなく芸もないように
同じものを同じように記録して
何が面白いんだか、といわれる方がいい。
札沼線遠征編2020
南口にはJA北いしかりが当別通りとともにそびえ立っていて
その脇には煉瓦造りの農業倉庫を転用した
ふれあい倉庫が街の顔を成すように位置している。
文字通りの多目的ホールとして用いられていたり、
地場農産物の直売をしたり、観光情報の発信拠点となっていたりする。
かつて倉庫に蓄えていたのはおコメ。
ちょうど前回の旅路と前後したタイミングで立ち上げがなされた施設だった。
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ロータリーにはコミュニティバス「ふれバ」の乗り場とともに
ふくろうによる観光案内図が設置されている。
石狩平野を構成しているのは町域の南部で北部は山林を抱えている。
伊達氏の開拓によって今日があるから
その記念館があったり、関わりのある街とも深い縁を持っていることが
この地図から伺えるところ。
乗り換え時間が限られているから13年前と同じように
駅界隈を相も変わらず芸のないことをするばかりだった。
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役場が位置する北口側には駅舎に面して白樺公園が広がっている。
夏期と積雪を伴う冬期では同じ場所でも全然印象が違う。
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石狩当別駅のコンコースには当別高校の掲示板があり
ここに学校紹介をするポスターや学校だよりが貼り出され
学校に通う人のみならず行き交う人々に目に触れるものとなっていた。
園芸デザインと家政科を持っている学校になる。
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ちょうど目にした生徒会執行部が発行している2019サーカスというものには
2年生の見学旅行について個々の生徒の方が感想を述べているものが
ほとんどの紙面を構成しており
そこにスナップ写真が盛り込まれていた。

奈良公園から東大寺に向かい、京都を見物した、というところまでは
ふ〜ん、という感じで見ていたのだけれども
そこから新幹線で東京都内へと出て
とうきょうスカイツリーにオリンピックパラリンピック関連施設や
会場クルーズをしたというその行動範囲とスケジュールには
非常にビックリした。
札沼線遠征編2020
3番線に控えていたキハ40-402に乗車していく。
1番線には折り返しを控えている733系6両編成。
このギャップたるや。
廃線を前にしている上に
1日に1本しかない新十津川駅行きということで
20人ほどの乗客を乗せて出発を待つことに。

7:39、2番線に北海道医療大学駅行き6両編成がやってきて、
こちらに6人が乗り換えてくる。
相手方を見送って7:45、ドアが閉まってゆっくりと列車は走り出していく。

月形高校まで通う方が定期需要を担っていて
存廃の点でこれが論点の一つになっていた。
札沼線遠征編2020
ラルズマートと当別町役場をあとにして
セイコーマートをそばに道道28号と交わって当別川を渡り
雪原へと出て行く。
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そこからひた走っていくと
国道275号が右手から近づいてくる。

道路の整備やモータリゼーションの進展が
鉄道から人々を遠のかせることになっている一因であれば
札沼線の場合はこの道路の存在が
大きな影響を及ぼしていることは想像に難くないわけで。

加えて自動車での往来が簡単になれば
石狩川対岸の優等列車が多い動脈たる函館本線に流れていくというのも
自ずと納得のいくものがある。

程なく左にあらわれるのは北海道医療大学で
列車は北海道医療大学駅に滑り込む。
先行していた電車を横目にお二人が下車をされ、
ここからお二人が別途乗車される。
下車されたお二方はわざわざ気動車に乗りかえて
一駅を乗車されていた方だった。

電化区間はここまでで、
北海道医療大学までの通学は札幌圏の人口集中もあり
交通手段としての鉄道を相応に支持してもらえているのとともに
存在理由を裏付けしてもらっている事になる。
グッと本数が減る区間。
札沼線遠征編2020
国道275号を脇に走らせて
それとともに距離を置いて延びている町道があるから
道路構造がどのように改良されたのか
窺い知ることができる中で
左手には山林が続き、そこから雪原が広がっていき、
ソーラーパネルと農業倉庫のもとから石狩金沢駅に着く。

再び山林が間近に迫ってくるところで
国道とともに進んでいき、左へとカーブをしていくと
同様に国道もこれに倣い、
道路との間に民家や玄米酵素の工場が割って入り、
山林とも離れて貨車を用いた待合所を持つ本中小屋駅へ滑り込む。
札沼線遠征編2020
本中小屋駅の駅名表示板。
以後、石狩月形駅を除いていずれも一面一線の構造の駅。
山林や風に配慮したホーム配置をしているようだ。
札沼線遠征編2020
ビニールハウスも見受けられる中、林に入っていき
雪原に顔を出したのも束の間、再度林を進む。
これを抜けるとまだ視界に入るところながら
国道275号とかなり距離が生じ、
そこから林を潜り抜けて左にカーブを描き
これとともに国道275号が接近して来て
そちらに中小屋郵便局が見え、中小屋駅に至る。
ここでお二人が下車をされた。
札沼線遠征編2020
中小屋駅も同じく貨車駅舎。
帰路ということもあり得るとはいえ
下車をされていく方の目的地はどこなのだろう……。
札沼線遠征編2020
国道275号に続いて同じように右へとカーブしていくと
その間に林が割り込み、国道に面して並ぶまばらな民家の背後を進む。
左に林が延びてきて月ヶ岡駅に出て行き、
山林から右へとカーブした後、
真っすぐに延びる線路を列車は進んでいき、
山林をそばに控えた雪原から一面の雪景色の中へと出て
道道11号と交わって知来乙駅に至る。
札沼線遠征編2020
駅を出て左にカーブ描くとこめ工房がそびえ、赤川を渡って林の中へ。
右手木立向こうに民家が集まり、
月形高の脇から樺戸博物館と農業倉庫のもとへと出て行く。
札沼線遠征編2020
そして列車は8:18、石狩月形駅に到着。22分停車。
一面二線のホーム構造を持つ駅でここから先は一閉塞。
要はその区間に入れる列車は一本だけという区間に。
札沼線遠征編2020
月形高校に通うと思われる方は先んじて降車をされていき、
対向列車到着まで束の間の休息を挟むことになる。

樺戸博物館は「るろうに剣心」の明王の安慈が服役をしたり
剣客兵器に襲撃をなされた舞台である樺戸集治監の本庁舎。
今日の月形刑務所はその歩みとは別物。
俗にいわれる囚人道路と呼ばれるような
信じられないようなところに敷設されたインフラの建設には
収監されていた受刑者を過酷な労働で行われていた。
そういうものがなければ成し遂げられなかったものの上に
今日があるというのも事実。

今日の札沼線における石狩当別駅〜新十津川駅間で
定期需要を担う月形高校は全校生徒70人規模の学校。
月形町が交通機関の定期代の半額を支給したり
月形中からの進学には20万円を補助したりして
バックアップを行い、自治体に立地する学校を盛り立てている。
おおよそ生徒数の3分の1くらいの比率で
札沼線を通学手段とされていた。
生徒数の変遷とともに鉄道でなければならないという
その輸送条件を満たすものでなくなりつつある上に
当時の高校生がバス転換を望む意見を持たれていたことから
廃止へと舵を切ることを後押しすることになったようだ。

13年前は沿線の学校の立地や
定期需要などを読みとるスキルもさほど持ち得ておらず
時系列を追って捉えていくこともあり得たのに、というのは
今になって後悔するものがある。

「子育てにやさしい社会を望む!」という方であれば
沿線の人びとのライフサイクルやスタイルを常に意識されて
そういった対象を事細かに分析をされたりするのでしょうが。

「雪原」と形容しているところは
夏期であれば水田が広がる穀倉地帯。
北海道のおコメはかつてはあまり美味しくないといわれていた。
寒冷地で不向きなものを温暖化もあるのだろうけれども
稲作に適するように開拓を行い
そこから品種改良を重ねて
今日では美味しいおコメの代名詞的なブランド築き上げられ
生産されるようになっている。

つづく
posted by 小林 慶太 at 21:34| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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