2019年11月27日

銀河の向こうには学校がある

何故鉄道時代にそういうところに意識が向かなかったのかというのは
知ったからどうなるというものでなくとも、ここに限らず悔いるものが多い。
本別遠征編2019
2019年9月4日、十勝バスでロータリーに「本別」停留所が設置されている
道の駅ステラほんべつこと旧・北海道ちほく高原鉄道本別駅にやってきた。

沿線に高校が位置する最寄り駅の一つで
現在もバスは通学・下校の交通手段にあたるので
その本別高校までどのように通われていたのだろう、というものをなぞりながら
同時に今回も限られた範囲ながらバスの窓の外に流れていく光景、
しかもほとんど暗い時間帯ばかりだったところは
どんなところなのだろう、というのを少しばかり紐解いていく事にした。

滞在時間は次発の陸別行がやってくるまでの2時間ほど。
本別遠征編2019
まず最初の興味対象となるべき場所、本別神社に向かっていった。
本別町もまた街の名前を冠した神社が鎮座しているので
例外なく立ち寄っていくことに。

本別神社は道の駅ステラほんべつから至近距離に位置しており
市街とは線路跡にあたる施設敷地がこれを隔てた反対側、
蜜厳寺の駐車場の奥、山林を背後に控えた
少しばかり小高いところに鎮座していた。
神居山のふもと。

拝殿は神明造りで周囲は杜で囲まれているわけではなかった。
集落の神社の廃社に伴う合祀の歩みを経ていながらも
ルーツは他の北海道開拓に伴う神社創建と共通するものがある。
やはり例祭日も同じく9月下旬というのも
その北海道の特徴的な気候に基づく
ライフサイクルに因るところが多いのだろう。
本別遠征編2019
御神木はハルニレの木。樹齢は270年とか。
奥に控えているのが本別神社の社務所。
そちらに平成29年御創祀120年とある。
本別遠征編2019
本別神社から国道242号へと出ていくところで
旧・北海道ちほく高原鉄道の線路跡と交わる。
本来であれば踏切であった場所だと思われる。
何ら違和感なく道路が延びていて
そばに小高く土が盛られている、というような
そんな風に映るのかもしれない。
築堤となっている線路跡に沿って並んでいる民家は
いずれもそれに対して背を向けているので
こういったところにもそれが線路跡であったことを示しているのとともに
これを挟んで市街が隔てられているというのも
林業を担っていた鉄道輸送、
貨物と旅客が駅構内によって分けられていたことを示している。

本別町の市街は駅を中心に変則的な方角設計が組み込まれていて
利別川に向けて広がる平地部にこれが形成されていた。
横軸を成しているのが国道242号で
これと絡むように鉄道が組み込まれていたのだった。
本別遠征編2019
これを「岡女堂本家」方面へと築堤をなぞっていくと
本別川に突き当り、そちらへと橋梁がなおも架かっていた。

網走本線時代からの本別川橋梁。
道の駅オーロラタウンりくべつの陸別駅構内のターンテーブルとともに
北海道の産業を支えたインフラとして土木遺産に指定を受けている。
橋台の煉瓦部分が明治期のもので
太平洋戦争時の空襲の弾丸痕跡が残っている。
本別遠征編2019
こちらは上部から本別川橋梁を見ているものになる。
線路と枕木が橋梁部分に残っていた。
並走している国道242号の橋梁と対照的なもの。
片や鉄道としての歴史は途絶え、産業を伝える存在となったものと
今も生活インフラとして往来が絶えない道路、
そして土木建築技術の変遷というものにおいても。

こういうものを何ら思うことなく
鉄道時代は数える程度の機会とはいえ
列車で通り抜けていったことというのは
貴重な体験であったのと思うのとともに
そういった背景にたどり着けるものがなかったことは
非常に悔いるものがある。

その時既に歴史に足を踏み入れていたというのに。
本別遠征編2019
本別町は現在の道の駅ステラほんべつとなっている駅舎へと
国鉄時代の駅舎から改修された時代と前後して
❝銀河の街❞と称した市街の整備を行ったであろうことが
「本別」停留所を前にした道路標識から伺うことができる。

鉄道時代はステラプラザという名称で
利別川へと延びる駅正面のメインストリートを銀河通りと称して
国保病院や運動公園がある界隈を「太陽の丘」に据え
そこに至るまでに「水星」「金星」「火星」「木星」といった公園と
商工活性センターとしてホールや交流センターを兼ねた地球館を対置し
街をそれに見立てていたようだ。

ステラほんべつのロータリーは「土星広場」で
天王星公園と海王星公園を東西に据えて、
太陽系の惑星がこの空間に揃っている。

道路構造はそれよりも早い時代、
既に開拓期に計画的に造営されている。
真っ新なところから組み立てて規模の大小はともあれ
今日でも不自由なく自動車の往還が出来る道路構造と
沿道に商店を形成できる幅を見据えていた。
本別遠征編2019
これが国道242号と銀河通りの入口にある木星公園。
こういったポケットパークを
市街メインストリートに組み込み、
回遊性を導き出すことを意図していたようだ。
休憩スペースとしてシンプルながら
プランターの植栽がアクセントになっていて
シンボルマークのデザインも凝ったものになっており
照明が用意されているから
昼夜で印象が変わるものと思われる。

毎度のように銀河通りに入口に位置するのに
今の今まで自分の意識に入らないのは
視線がず〜っとステラほんべつ(旧・本別駅)側に向いていることが
あまりに多かったことに他ならないのだと思う。たぶん。
この公園は道路挟んで反対側。

元気くんは道の駅のみならず、
市街に色々と出没している、ような気がする。
本別遠征編2019
時計台が特徴的なこちらは水星公園。
銀河通りに配置した公園は画一的ではなく
それぞれにデザインに趣向を凝らしたものになっている。
共通するのは休憩スペースの配置、
タイルやレンガの色合いや市街との景観に留意していること、
市街地にあるポケットパークだけに
そして「緑」はプランターによって添えていること。
本別遠征編2019
神社とともに徒歩圏にあると
何だかんだ立ち寄っていく建物、やっぱり役場。
本別町役場は1970年代建築のものを今日も庁舎に用いている。
この規模のものを
その段階で建てることが出来た、と捉えるべきなのかも。

噴水広場を庁舎前の駐車場に持っている。
コンパクトに市街へと主要公共施設をまとめる傾向にある
北海道の都市において本別町は
体育館や図書館、歴史民俗博物館と警察署を役場の周辺に立地させている。
図書館は役場と似通った外観の建築が採用されていたので
それらが整えられた時代の物差しになるのかもしれない。

町は自分のところで消防署、警察署を配置していたり
近隣自治体管轄からの支所でバックアップを受けていたりする中で
本別町は警察署を立地させている。足寄町と陸別町までカバー。
消防はとかち広域で管轄。
本別遠征編2019
一方で小中学校と高校はそれぞれ市街から
利別川を渡ってコンタクトをとっていくことになる。
本別大橋を渡っていくところになる。
本別遠征編2019
広大な河川敷を持つ利別川。
前日は小利別周辺から下流域へと辿り、
今度はこれを逆に遡っているわけだけれども
河川が織りなす平地部の恩恵は大きい。

都市や集落はそういうところに営まれていく。
規模の大きな農業の展開もこれに裏付けされるものがある。

こちらは河川運動公園になっている。
本別遠征編2019
豊かな森林資源を流域に抱えている利別川。
増水時は見とれてしまうくらいの河川敷まで
それが及ぶことが十二分にあり得ることを意識するのも確か。
本別遠征編2019
対岸の河川敷もまた広大なものとなっていた。圧巻のひと言。
本別遠征編2019
本別大橋を渡って河川敷に固唾をのむと
今度は大規模なひまわり畑にさらに圧倒される。
ちょっとタイミングがずれて花は枯れてしまっているところだけれども
一面のひまわり畑が迷路をつくり出しており
奥の方に道東道が目に入る。
たぶんあちらからもその存在に気付くくらいの規模なのだと思われる。
4.5ヘクタールに32万本のひまわりが植えられ
これを毎年のようにサイクルを描かれているのだそうだ。
本別遠征編2019
道なりに進んでいくと
本別中学校の入口がとうもろこし畑を前にあり、
狙っているかのようにここに本別高が
「伝統校の本別高校で夢をつかもう」とボードを掲出していた。

北見市街は別格として
旧・北海道ちほく高原鉄道沿線にある高校は
いずれも主要道に看板を設置しており、
生徒募集を至上命題としている。

高校だけの問題に関わらず、
特定の年齢層の流出を招くことになり得るので
道立高校であっても、
立地自治体にとっても存在を揺るがしかねない課題なので
積極的なバックアップが図られている。

同時にいずれもバックアップを行っていることが
むしろ当然なもののように映り、差別化に至ることが難しく
そういった支援の捻出にも奔走されているのではないかと思われる。
本別遠征編2019
とうもろこし畑向こうに本別中学校を撮影したところ。
本別町は2つの中学校を持っている。もう一つは勇足中。
130人くらいの規模だから1学年2クラスを保っている水準だと思われる。

といっても、リアルタイムに自分がやってきている時代の中でも
仙美里中が幕を閉じたりしている上でのこと。
本別遠征編2019
本別高は斜め向かいにあたる位置関係に立地していた。
ピラミッド型のような校舎外観。
てっぺんの六角形の屋根が目に留まる。
ここまで鉄道駅、もしくは「本別」停留所からアクセスをしながら
高校生は日々通学をされているようだ。
自転車置き場があり、それもまた通学手段になっている。

全校生徒は100人規模なので
意外にも本別中よりも生徒数が少なく1学年1クラス構成。
3人〜4人に1人がバス通学。自転車は2人に1人の割合。
やっぱり本別中からの進学先に見据えて
こちらに通われている方が多いようで
これも3分の2以上の割合を占めている一方、
陸別町や浦幌町から通われている方もいらっしゃるようだ。

交通機関から学校の所在を紐解く上では
そういうところに突き当たるべき点。

入学に際して制服は男女ともに全額補助。
バス通学は登校日分全額補助。
下宿費を月6万円を上限にこれも全額補助。
模擬試験の全額補助、補助教材の全額補助。
資格試験の検定料の全額補助。
オープンキャンパスの交通費の助成。
学校給食は255円で食べられる。

破格の条件が色々と並んでいるのだけれども
これをムリなく工面して続くものとしていくのは
他の自治体も同じとはいえ、並大抵のものではない。

大学進学が当たり前の時代になると
そこでまた流出の危機に晒されるし。
本別遠征編2019
せっかくなので本別中央小にも行ってみた。
こちらは2階建ての率直に言って飾り気のない外観だった。
創立50周年というのだから比較的歴史は浅いものになるようだ。
生徒数は200人くらい。
6学年でスライドさせると本別中の生徒数よりも少ないから
少子社会をさらに印象付ける。

小学校で自転車通学をされている方がいらっしゃるようで
自分自身の生活環境の中に
その選択肢が当時はなかったので駐輪場が小学校にあるということに
非常にささいな事ながら衝撃を受けた。

町村単位の枠で通学圏が収まる学校は
スクールバスを用意しているし、
本別町も例外ではないのだろうけれども。
積雪期はどうやって学校に通っているんだろうとか
まだまだ知らないセカイばっかりだ。

また小学校のそばに学校給食共同調理場があるので
学校は学校でコンパクトにまとめて
給食も提供しやすい体系に組み立てているといった感じだった。
本別遠征編2019
道路標識、バスとともにどっちつかずだな……。
道の駅ステラほんべつに戻って停留所でバスを待ち、
11:34、ほんべつじゅんかんバス南まわりコースがやってきて
これを見送った後、
11:41、十勝バスふるさと銀河線ラッピング陸別行を迎え入れて
こちらへと乗車していく。
池田駅方面からは3人ほどの先客がいらっしゃり
これから足寄町や陸別町まで旅路を共にするんだ、と思った矢先、
A-CoopとJA本別町をそばにした「本別北6丁目」停留所で
お二人が早々に降車されてしまうのだった。

トイレ休憩を挟んでいたりする長大路線バスながら
長距離を利用される方は思っているよりも遙かに少ない。
つづく
posted by 小林 慶太 at 22:30| 千葉 ☔| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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