2011年11月10日

届かなかった場所

届かなかった場所
2011年10月24日、松木村へと足を踏み入れた後、
特有の緊迫感を抱えたまま銅親水公園に戻ってきた僕はバスでやってきた道のりを歩いていく。
親水公園からのバスは1日2本。到着と同時に折り返すダイヤなので復路はこういう行程をとった。
何分にもバスで通り抜けてきた、目の当たりにした光景をじっくりと噛みしめたかったのもある。
バスから見た幾つもの緩やかな滝がダムから続く鮮明な光景も
歩く立場になればご覧の通りゆっくりと撮影が可能だ。
この先に控えていた光景を思うとやるせない気持ちになるのも確か。
そしてやるせない気持ちを洗い流してくれるかのようになるのも確かな事かもしれない。

銅山社宅が並んだという高原木の集落の跡(1949年には無人になったという)から
松木橋を渡り、大畑沢緑の砂防ゾーンを通り、愛宕下橋を進むと集落へと入っていく。
こちらが愛宕下の集落と呼ばれる地域。
届かなかった場所
往時(1959年)は181世帯819人からなる集落も1999年で30人を割り込む集落になってしまった。
松木川に面して愛宕下地蔵がある。
ちなみに写真に映る樹木は足尾さくら植樹会の方々が植えられた樹木だそうで、
何と古河機械金属グループの有志の方々からなる組織。

問題発言を承知で綴る。
この植樹だけじゃ失われた緑地というのを鑑みると免罪符にもならないと思う。
でもこういうものを積み重ねていかないと戻るものも戻らなくなってしまう。
そして一世紀以上過ぎた現代も継続して企業は存在するといっても
ヒトは入れ替わっていく中で鉱業を担ってきた企業と接点を有された方が
こうやって植樹をされて向き合われているという事実には
どこか当たり前に思われるものもあるかもしれないけれど、
容易にできるものではないと僕は思った。
ずっとこういうものを背負っていかなければならない。
「ならない」ってことはないのかもしれない。あくまでも「自由」。
国家という中に身を置いている僕もまた然り。
それでもグッとこの現実との距離の近い状況下にある中で
向き合うという選択をとってくれるというところにはどこか救われた思いがした。
届かなかった場所
古河機械金属足尾事業所。もと足尾銅山の精錬所。禍根となった煙突が見えてくる。
全てはここから始まったといっても過言ではないそんな場所。
そして道は龍蔵寺を通り、赤倉集会所の前へとつながっている。
龍蔵寺は松木村などの無縁墓が移された寺院で、
仁田元、久蔵の両村の無縁墓は
僕が既に生まれていた時代になってようやく移された経緯があるそうだ。
届かなかった場所
古河橋と同じく古河機械金属足尾事業所並びに足尾本山駅を望むアングル。
今度はここから先へ、昨年は行程上あきらめた場所を目指してさらに歩いていく。
それにしても熊出没注意の看板。わかっているとはいえ不安を掻き立てるものだ。
届かなかった場所
やっとたどり着いた本山神社の鳥居。佐藤信淵居住跡付近に位置する。
ここで本山の集落について説明があり、
行程の中で見かけた建物が
かつては倉庫や変電所、コンプレッサー、電車修繕場であったことがわかる。
スポッと1973年に138世帯477人が住んでいた集落が閉山に伴い
その年の8月に無人になってしまったこともあって、地図と現在残る建物の対比が
なおさらにそのギャップがいかなるものであったのかを物語るかのようだ。
このあと鳥居をくぐりさらに先へと進んでいるものの、
道が寸断されていて社殿まではたどり着く事ができなかった。
しかも熊出没注意を満たす「むやみに茂みに入らないように」という忠告に
ピタリと当てはまっているとなるとこれ以上の前進は危険だとの判断で断念。
ともあれここが通洞の鉱山神社とならんで
足尾銅山の集落などの信仰を集めた場所であったのは紛れもないモノだった。
届かなかった場所
本山鉱跡。フェンス越しに見ているところ。往時はどのようなものだったのだろう。
古河橋に戻り、赤倉や深沢の集落を通っていく。
一店舗ほど昨年見かけた店舗が空き地となって立ち入り禁止になっていた。
その一方でコミュニティー消防センターの建設も行われていたり、
本山の集落とはまた異なりどこかで虫食いのような鉱業の隆盛を示すかのような建物がありながらも
脈々と時間軸とヒトの営みが継続している。
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本山小学校跡。
このブログは廃校とか神社の紹介が列車に続いて多いような気がするのは気のせいだろうか?
逆に地域でそういう営みが成り立たなくなって来たり
行き届かせることができなくなってしまいつつある現実をもっと深刻に受け止めなければならない。
人口を吸い上げていく街づくりをしていくというのは
都市に寿命があるものだとしてもこういうものを一方で生じさせているのは紛れもない事なのだ。
届かなかった場所
間藤水力発電所跡はこんなアングルで撮ってみました。礎石が渡良瀬川に伺える。
つづく
posted by 小林 慶太 at 23:19| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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