2020年03月16日

久しぶりの登校日 ちゃんと「気にして」もらえたでしょうか

新型コロナウィルスは濃厚接触が伝染する温床になり得るので
そういったコミュニケーションを持つからといわれるとはいえ
イタリアやフランスをはじめ
ヨーロッパを中心に猛威を振るうようになり
世界規模であらゆるものを揺るがす事態にあるという。

生活必需品を扱うお店以外は営業をしちゃダメとか、
陸続きという概念が日本にはないので何だけれども
国境を越えて通勤をしないように、とか
対策を講じていても歯止めがかからないくらいだ。

そんな中で常磐線、
仙台駅まで直通するようになった特急「ひたち3号」が
2020年3月26日にはJビレッジ駅に臨時停車をする。

東京オリンピックの聖火リレーが国内で始まっていく日。
そしてまさにそのスタート地点がJビレッジにあたり、
これを見据えての停車駅設定だった。

本来であれば多くの人々が見守る中、
色々とたぶん言いたいことがある方もいらっしゃるだろうけれども
復興の灯をオリンピック開会式に向けて
リレーしていくことになるものが
無観客で実施することになり、
国内だけでなく開催に至るまでのハードルは非常に高くなりつつある。

不要不急の外出を避けたり、
クラスターの発生条件を満たさないように
多くの人が神経をとがらせたり、配慮をしている中で
今日ありきのものや
それ以上のものを導いていくというのは非常に険しい。

地元に話を戻すと久しぶりに市内の小学校は登校日だった。
「いつの間にやら」解体されていた
初富駅や北初富駅を前に話題にされているどころか
飾って頂いているチューリップに意識を向けて下さっていた方々は
どれくらいいらっしゃったのだろうか!?

ご両親や祖父母の方はご自身の要望で具現化したものを
次世代にどのような思いでつくって頂いたのか説いて
そのインフラの重要性を伝えていくくらいの姿勢があるから
「気になっている」「強い要望」を掲げていらっしゃったわけで
起きたまま寝言を呟いていたようなことは断じてないはず。

「さくら満開おでかけ切符」の有効期間に入っているのだけれども
こういう状況下だと用意していた「子ども用」の切符を捌くのが
非常に難しいものがあるし、
親子で出かけるどころか、一人で出かけるのさえ
動機付けをしていくイベントが軒並み中止になっていると
「大人用」さえも売れ具合を懸念するものがある。

高架化を成し遂げたあとはインフラを維持していくことが求められていく。
そういうものを体現していくのは
ここから派生していく経済循環に他ならないわけで
どのようなところに置かれているのか見渡すと
かなり厳しい状況に陥っていることは否定できない。

簡単に覆すことができる方は覆せる。
立体交差事業2020年3月16日
くぬぎ山3号踏切から
旧・上り線との切り替え地点方面へと上り線を撮影したもの。
この付近、ビームが3本の線路を跨ぐ構造になっている。
バラストもなくなっている線路跡は路面が剥がされており
土が一部箇所に盛られている。
立体交差事業2020年3月16日
国道464号に面した先々代・北初富駅構内へのゲートから
先々代・北初富駅構内を見たところ。
北総鉄道高架橋寄りの進入防護壁のもとに
撤去したバラストを野馬除けの土手のようにしてまとめている。
手前に物置が置いてある。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富1号踏切から
先々代・北初富駅構内へと旧・地上線跡を撮影したもの。
バラストが撤去されている場内、信号機も一通り撤去してある。
アスファルトの路面を引き剥がしているので
その瓦礫が踏切手前にまとめてある。
立体交差事業2020年3月16日
「北初R4」付近からスロープにかけての線路跡においては
進入防護壁のもとへとショベルカーが稼働していた。
こちらも足元はアスファルトの路面が剥がされている条件下で
この作業がなされていることが伺える。
立体交差事業2020年3月16日
現・北初富交差点から
旧・北初富2号踏切と旧・北初富駅駅舎と現・北初富駅駅舎を見ているところ。
手前地上部の旧・駅舎は足場と幕でその外観が一通り包まれ
解体作業に着手されている。

左に位置する現在の市道1560号、あくまで仮の道路だという点、
それなりに押さえておきたい。

車道挟んだ富栄ビルのもとにも
テープが張られ
「迷惑駐車はやめましょう」の掲示が出されている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富駅駅舎を撮影したところ。
進入防護壁で正面出入口を完全に遮断し、
そちらに周辺地域の案内図を引き続き掲出してある。
その向こう側で旧・駅舎は足場で囲まれ、
幕で包まれているものの、基礎部分のみとなっている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富2号踏切から旧・北初富1号踏切へと見ているところ。
バラストとケーブルが撤去されている。
立体交差事業2020年3月16日
高架・北初富駅駅舎と並行する
旧・北初富駅2番線ホームと旧・上り線跡並びに旧・地下通路を撮影。
バラストまで一通り撤去されている。

駅舎は基礎部分を残すのみで、周囲の一部に足場を組んで幕を張っているだけ。
ホーム部分は土台を構成する脚となっていた柱ばかりとなっている。
また架線柱だった柱も撤去してある。
立体交差事業2020年3月16日
高架・北初富駅駅舎出入口から旧・下り線跡越しに
旧・北初富駅駅舎を見ているところ。
骨組みにあたる部分は一通り解体してあり、
基礎だけが残されている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富駅2番線ホームを見ているところ。
土台を支えていた脚だけが残されている状況。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富3号踏切脇から
旧・北初富駅2番線ホーム裏手へと撮影したもの。
ホームの脚が連なって残っているだけ。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富駅1番線ホームも完全に脚を成していた支柱だけとなっている。
立体交差事業2020年3月16日
線路跡を挟んだ高架駅舎寄りでも
旧・地下通路部分の解体作業がなされている。
また高架・北初富駅2番線ホームの下を仕切るように
侵入防護壁を設置してある。
立体交差事業2020年3月16日
北初富駅駅舎地上部、コンコースから改札方面へと見ているところ。
駅務室を前にモニター付きインターホンが設置されており、
向かい合うように引き戸を設けてある部分が
旧・地下通路への迂回路にあたる部分になる。
これに絡んだものが撤去されているのでがらんどうになっている。
そちらを侵入防護壁で仕切ってある。

上部には案内表示器とデジタルサイネージが取り付けてある。
路面はそれぞれの乗り場へと色分けをした上で
目的地を記載して矢印による誘導をしている。

モニター付きインターホンは改札外にも設置している。
立体交差事業2020年3月16日
北初富駅2番線ホームへのエレベーターの脇から
コンコースへと突き出ている仮設壁面に設けられている引き戸は
地下通路へのエレベーター部分を内包したところに設けられている。

旧・下り線跡に面して侵入防護壁で遮っていた箇所には
仮設壁面と引き戸を取り付けてある。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富3号踏切から旧・北初富駅と
それに並んでそびえ立つ北初富駅を見ているところ。

旧・北初富3号踏切を前に瓦礫が積まれており
脇に撤去したビームが置かれている。

一通り構内からこちらまでバラストが撤去されている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富3号踏切〜旧・北初富4号(先々代・6号)踏切間では
バラストの撤去を進めており、
旧・北初富4号(先々代・6号)踏切に向けて展開されている。
並行するヤードにはバラストが積まれている。
立体交差事業2020年3月16日
野馬除けの土手のように積まれているバラストを
上り列車から見ているところ。
進入防護壁向こうは鎌ヶ谷総合病院駐車場。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富3号踏切〜旧・北初富4号(先々代・6号)踏切間における
バラストの有無の境目付近を撮影したところ。
この先は旧・北初富4号(先々代・6号)踏切までバラストが続いている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富4号(先々代-6号)踏切から地上線を高架橋とともに
旧・北初富3号踏切方面へと撮影。

旧・上下線ともに踏切部分を前にしたところから撤去がなされている。

並行するヤードとともに線路が敷設されている敷地は
いずれもかつて北千葉線の敷設を予定するために確保された土地だ。

こちら側まで列車防護柵の撤去がヤード側、高架橋側ともに及んでいる。
立体交差事業2020年3月16日
旧・北初富4号(先々代6号)踏切から旧・新鎌ヶ谷駅構内を見た様子。
搬入路は先々代の北初富6号踏切だったもので
いずれも軌道を撤去した後、整地を行い、
旧・上り線跡側には鉄板を一部に敷いている。
また通路部分を三角コーンで仕切ってある。

駅構内では旧・上下線ともに撤去がなされており
架線柱も既に消え、ホームもほぼ解体されている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・新鎌ヶ谷駅地上ホーム、
残されているホーム部分は東武線乗越仮橋梁寄りの一部のみで
ほかは跡形もなくなってしまっている。
第1工区以外で唯一残っている架線柱はココ。
立体交差事業2020年3月16日
南北自由通路のもとへと北総鉄道新鎌ヶ谷駅駅舎出入口を撮影。

駅名表示板は黒を基調とし、
ラインカラーの北総ブルーはナンバリングにのみという
旧来のイメージを大きく覆すものとなっている。

ここの駅名表示板を大きくしているので
広告スペースを別途駅舎壁面に設けている。

南北自由通路を含めて点字ブロックが一直線につながってはいるものの、
高架下通路の所有者や整備年代がいずれも異なるので
三者三様のデザインになっている。
立体交差事業2020年3月16日
新鎌ヶ谷駅南口交通広場から
新京成・現・新鎌ヶ谷駅と
それに並行する新京成・旧・新鎌ヶ谷駅跡を撮影。
立体交差事業2020年3月16日
地上の旧・ホームは高架駅舎の新鎌ヶ谷駅の文字の下あたり、
東武線乗越仮橋梁周辺の一部のみに
わずかばかり残るだけとなっている。
線路も高架になった区間で残っているのはここだけ。
立体交差事業2020年3月16日
旧・新鎌ヶ谷1号踏切から東武線乗越仮橋梁を見ているところ。

基本的に交差箇所は地上部を走る事業者が
工事を受注して作業を行うということなので、
東武鉄道がその上部に架かる仮橋梁やホームの撤去をしていくことになる。
現・高架部分も工事を起こしているのは他ならない東武鉄道。
北総鉄道においてもこの部分は東武鉄道が工事を起こしている。
費用はもちろんそれぞれ当事者の負担だけど。

駅として一番古いのは北総鉄道ながら
線路敷設が一番最初なのは東武鉄道。
そこに新京成(鉄道連隊)、そして北総(開発)鉄道が
上を跨ぐように線路を敷設しているという順番を経ている。
立体交差事業2020年3月16日
上り列車から旧・新鎌ヶ谷駅地上ホーム跡並びに
東武線乗越仮橋梁を撮影したところ。
架線柱、軌道ともに残っているのは仮橋梁部分のみ。
立体交差事業2020年3月16日
駅舎内では壁面が旧・地上ホームへのスロープがあった付近を
高架駅舎と遮断しており、
関係者用のドアが設けられている。
これと別にスロープ解体を受けて仮設壁面を施してある。

こちらの方がドアがある部分よりも
背丈が高く、天井まで及ぶものになっている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・地上ホームへの階段部分も仮設壁面で仕切り
路面には点字ブロックの切り替え形跡が残っている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・新鎌ヶ谷1号踏切から
高架橋並びに新鎌ヶ谷駅ホームと並行する
地上部の旧・上下線跡を旧・地上新鎌ヶ谷駅ホームへと見ているところ。
線路が敷設されていた部分にはバラストが残るばかり。
立体交差事業2020年3月16日
こちらは旧・新鎌ヶ谷1号踏切から旧・新鎌ヶ谷2号踏切方面へと
地上部の旧・上下線跡を撮影した一コマになる。
バラストと補助信号は残っている。
また引き続き高架下に交通規制の機材が用意されている。
立体交差事業2020年3月16日
踏切構内における
旧・上下線線路脇にはそれぞれアスファルト舗装が延びており、
道路を横切っている。
また車歩道の境目に置かれている柵の下にも
ぞれぞれアスファルト舗装がなされている。
立体交差事業2020年3月16日
続いて旧・新鎌ヶ谷2号踏切から地上線跡を
旧・新鎌ヶ谷1号踏切へと見ているところ。
こちら側においても線路は撤去されバラストが残るのみ。
高架橋の脇には補助信号が立っている。
立体交差事業2020年3月16日
こちらは旧・新鎌ヶ谷2号踏切を旧・新鎌ヶ谷3号踏切方面へ見たところ。
バラストと補助信号が撤去されている。
信号機の設置されていた柱は台座だけが取り外され、
柱自体はまだ残されている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・新鎌ヶ谷3号踏切から旧・地上線跡を旧・新鎌ヶ谷2号踏切方面に撮影。
バラストの撤去された線路跡には高架橋のそばに
信号機が設置されていた支柱だけが残されている。
ショベルカー留置中。
立体交差事業2020年3月16日
旧・新鎌ヶ谷3号踏切から旧・新鎌ヶ谷4号踏切方面へと見ているところ。
旧・地上線の線路跡はバラストが
旧・新鎌ヶ谷4号踏切のもとまで撤去してある。
立体交差事業2020年3月16日
コスモシティ5寄りの遮断機が置かれていた足元では
三角コーンを配置した上で電気系統の撤去を行ったものと思われる。
台座の部分を掘り起こしていた。
立体交差事業2020年3月16日
新京成の電路・信号区付近ではアスファルトの路面を引き剥がしている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・新鎌ヶ谷4号踏切から旧・新鎌ヶ谷3号踏切方面を見たところ。
旧・新鎌ヶ谷3号踏切方面からフェンスの足元まで
線路跡からバラストが撤去されている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・新鎌ヶ谷4号踏切から
旧・初富駅2番線ホームへと旧・上り線跡を見ている一コマ。
旧・新鎌ヶ谷4号踏切手前までバラストの撤去がなされている。
架線柱も既にない。
立体交差事業2020年3月16日
市道11号では
コーシンに隣接する個人宅敷地内でショベルカーが稼働して
トラックへと瓦礫の搬出を行った。
暫定駐輪場に面した幕やそれを張るための骨組みは撤去している。
立体交差事業2020年3月16日
市道2347号から旧・初富駅駅舎を見たところ。

旧・駅舎は壁面で覆われており
「移転しました」の文字とともに現・初富駅の案内が掲出されている。

駅舎の照明がないので侵入防護壁に街灯を設置してある。
券売機付近も作業用の照明を取りつけている。

侵入防護壁で囲まれており、
旧・駅舎は出入口部分のシャッターが開いているのがわかる。
立体交差事業2020年3月16日
初富駅と市道2347号を結ぶ暫定通路から
ケヤキのある駅前広場用地と旧・駅舎を撮影。
高架駅舎への連絡通路は解体されている。
また旧・初富駅舎と高架駅舎への連絡通路の接続部分にドアを設置している。
立体交差事業2020年3月16日
旧・駅舎への連絡通路部分を
高架・初富駅駅舎地上部から見ているところ。
通路は既に解体されているけれども、野ざらしで点字ブロックが残っている。
立体交差事業2020年3月16日
県道57号、旧・初富駅駅前立体駐輪場跡地のところの
工事車両搬入口から旧々・下り線跡にそびえる
高架橋躯体「初富R1」付近の様子並びに
ヒマラヤスギや先々代・初富駅駅舎があった付近を撮影。
もちろんヒマラヤスギと
先々代・初富駅駅舎の存在を意識してもらうためのもの。
立体交差事業2020年3月16日
旧・初富1号踏切から旧・初富駅2番線ホームを見ているところ。
線路跡にクレーン車が留置されている脇に目に入るのは
ホームを支えていた脚ばかりだ。
ピンクのマーキングがなされるようになった。
立体交差事業2020年3月16日
焼肉きんぐ並びに丸源の駐車場から
旧・初富駅2番線ホーム周辺を撮影した一コマ。
フェンスに白い幕を張る範囲は既にホームがない。
幕を間近にしたところに脚だけ。
立体交差事業2020年3月16日
市立図書館に面して侵入防護壁が施されている範囲も
こちらから目に入る部分も脚ばかりだ。
立体交差事業2020年3月16日
旧・新鎌ヶ谷4号踏切側から旧・初富駅2番線ホームを撮影したもの。
脚となっていた支柱が連なっている。ピンクのマーキングが目立つ。
立体交差事業2020年3月16日
ショッピングプラザ鎌ヶ谷2階サイゼリア前テラスから
旧・初富駅2番線ホームと旧・上り線跡を撮影した一コマ。
ホームを構成していたパーツが
高架橋の足もとなどにいくつか置かれている。
立体交差事業2020年3月16日
旧・初富1号踏切から旧・上り線跡を
地上部、旧・初富駅2番線ホームへと見た一コマ。

旧・新鎌ヶ谷4号踏切側から
旧・初富駅2番線ホーム部分を跨いで
旧・初富1号踏切を手前まで
一通り旧・上り線の線路とバラストを撤去している。

また旧・新京成スタシオンセルビス初富駅前売店店舗は
しっかりと高架下に収納されている。物置として使っている。

踏切間近にした部分を残して列車防護柵を撤去してある。
立体交差事業2020年3月16日
県道57号、ウィルパートナー付近から旧・初富1号踏切を手前に
架道橋を撮影したところ。
交通規制機器が警報機が置かれていた付近に設置してある。
立体交差事業2020年3月16日
旧・初富1号踏切からショッピングプラザ鎌ヶ谷へと
旧・上り線をみているものになる。
フェンス向こうの線路とバラストは撤去されている。
車道部分を跨ぐ架線はない。
立体交差事業2020年3月16日
この架道橋下、次なる作業に向けて下書きがなされている。
アスファルトの打ち替えをする範囲を想定しているようだ。
立体交差事業2020年3月16日
その作業に向けた下準備で
クリアパネルの向こう側、「初富AR1」躯体の足もとでは
歩道との境目を掘り起こして
白い袋を詰め込む作業が行われた。
三角コーンを置いている部分を照準にしていたようだ。
立体交差事業2020年3月16日
鎌ヶ谷ショッピングプラザ2階サイゼリア前テラスから
先々代・初富駅跡地と旧・初富1号踏切、県道57号、
そして旧初富駅前立体駐輪場跡地を見ているところ。

段階的に縮小してきた踏切からは設備が撤去されているので
自動車は一旦停止をする必要がない。
立体交差事業2020年3月16日
ショッピングプラザ鎌ヶ谷、2階サイゼリア前テラスから
「大仏R10」高架橋躯体ならびに旧・上り線跡を見ているところ。
地上部は架線柱を撤去しており、高架下にはバラストがまとめてある。
高架橋の足もとに沿って鉄板を敷いている。
立体交差事業2020年3月16日
地上部、旧・初富1号踏切から
ショッピングプラザ鎌ヶ谷方面へと旧・上り線跡を撮影。
立体交差事業2020年3月16日
ベルトゥムールと茂野製麺間の架道橋付近には
線路跡を挟んで撤去したバラストがまとめてある。
立体交差事業2020年3月16日
富岡側の第一工区詰所や「大仏R5」躯体と
旧・地上線跡を見ているものになる。
アスファルト路面の引き剥がしがなされた。
立体交差事業2020年3月16日
富岡メディカルモール駐車場付近
「Kゲート」付近から富岡側第1工区詰所方面へと
旧・上り線跡を撮影。
トラックは引き剥がしたアスファルトを搬出するべくスタンバイ中。
立体交差事業2020年3月16日
旧・初富2号踏切から旧・初富1号踏切方面へと見ているところになる。
富岡側第1工区詰所付近までバラストの撤去をしており、
撤去を行ったところには高架橋寄りに鉄板を敷いている。
立体交差事業2020年3月16日
初富1号踏切(旧・初富3号踏切)方面側も
バラスト撤去部分の手前と高架下に鉄板を敷いている。
立体交差事業2020年3月16日
初富1号踏切(旧・初富3号踏切)から旧・上り線跡を撮影。
ケーブルが線路跡を横切っている。
高架・上り線の防音壁の延長線上に
擁壁が整い、防音壁を取りつける土台が用意されつつある。
立体交差事業2020年3月16日
こちらは作業に主眼を置いてみているところ。
擁壁が躯体の延長線上に仕上がってきたのがわかる。
立体交差事業2020年3月16日
そして上り線の脇に用意されているものは
まだ出番がない。2019年製のものと2020年製のものがある。
立体交差事業2020年3月16日
初富1号踏切(旧・初富3号踏切)から
切り替え地点付近を見ている一コマ。

高架線が敷設されているところが
本来の線路があった場所なので、
高架線へと直線上に線路が延びている。



旧来のセオリーはもはや通用しないところに
物事が推移しているような気がする。

減税をすれば痛みが和らぐといわれているものの
これだけの高齢社会になった状況下となると
その対象となる人は思っているよりも少なかったりするし
直接税を下げることができても
一過性に終わってしまう可能性が十二分に高く、
もとの水準の戻ると文字通り元の木阿弥になってしまうことは
火を見るよりも明らか。

消費を刺激するといっても、人口減社会になっているところでは、
たくさん買える人は買えるだろうけれども、
浪費に近いほどの購買力を積み重ねるものを
手元に持っているのか問うと、その状況にある人はそう多くない。

平べったくいうと景気が回復したからといっても
旧来の倍、観光におカネを使うこともなければ
普段の倍、豪華な食事や衣料に対しておカネを使うというのも

様々な制約のもとで体現をしていくのは非常に難しい。
難しくっても人口が増えていく時代は
その積み重ねで何とか、という糸口があったものの
今やそれも交流人口で補っていたところにあるので
容易に果たせるものではない。

借金ばかりを積み重ねていても返す未来があればまだしも
余計に道のりを険しくしていくだけ。
現況を受け入れる以上に術はないのかもしれない。
posted by 小林 慶太 at 23:39| 千葉 ☀| Comment(0) | 立体交差事業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

一日一本

札沼線遠征編2020
2020年1月28日、札幌駅から学園都市線こと札沼線に乗車して
列車に揺られること約40分、30キロ弱、7:18、石狩当別駅にやってきた。
当別町の役場所在地の最寄り駅で
こちらの駅並びに北海道医療大学駅を境に
沿線の鉄道との関わり具合を示すように列車の本数も大きく変わる。

当別町は札幌市に隣接する人口1万5000人くらいの街。
町域としては2000年を境に減少傾向にある。
ベットタウンの顔を持つ地域を抱えながら
稲作の盛んな石狩平野を構成しているところの一つ。
札沼線遠征編2020
あいの里教育大駅からは単線区間に入っているものの
交流電化区間は引き続き次の北海道医療大学駅まで及んでいる。
そちらへと線路を見ているところになる。
電化されているから13年前はなかった架線が加わっているところが
非常に自分にしてみると新鮮ながら
もはやごく普通の光景として浸透しているものと思われる。

いずれもここまでの区間の駅は
2面2線構造の対向式ホームを基本としているところが多い中で
この石狩当別駅は非電化区間の気動車の出発着をすることもあり
2面3線の駅構造を持っている。
札沼線遠征編2020
1番線にて石狩当別駅駅名表示板を撮影したところ。
JR北海道が用意されているものと
別に平仮名表記で開駅が示されたプレートが掲げられている。
1990年代に現駅舎になる以前に
石狩当別駅が開業したのに合わせて駅前に食堂を開設された方から
1979年に寄贈されたものを今日まで引き継いでいる。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅の時刻表。

札幌駅方面は11時台から14時台までは
おおよそ1時間に1本(12時のみ2本)の設定で
ほかは20分に1本列車が発車していく。
6両編成がスタンダードになっていて
わずか5本だけとなった3両編成は
夕方から夜間にかけて充てられるばかりとなっていて
函館本線や千歳線との共通運用を可能にするだけの
旅客需要を沿線が持っていることを示している。

そして石狩月形・新十津川駅方面は
1時間に1本〜4本の列車設定があれども
ほとんどが次の北海道医療大学駅までの運転で
終点・新十津川駅に向かうのはわずかに〇で囲んだ1本だけ。

気動車は一両で走るので編成表記がなく、
浦臼駅まで5本、石狩月形駅まで2本が他に設定されている。
この気動車運用が2020年の北海道医療大学駅〜新十津川駅間の廃止で
削除されていくことになる。
札沼線遠征編2020
橋上駅舎での一コマ。
石狩当別駅で花のおもてなしをする
「花の駅長さん」を当別高校が担っているというように
石狩当別駅は最寄りの高校を持つ駅。

ここから先、札沼線沿線にある高校は
石狩月形駅を最寄りとする月形高校のみ。
自治体においても高校の存在は
地域人口の流出に歯止めをかける点でも非常に重要な存在だ。
札沼線遠征編2020
改札を出た時には既に石狩当別駅を始発駅としていることもあり
先発列車よりも先に新十津川駅行きの改札がはじまっていた。
この表記が出てくるのは1日に1回しかない。
しかも途中駅ではなく終点であるのにも関わらず。
先発列車の北海道医療大学駅行きとの接続に一応便宜が図られている。
改札外と改札内をドアが隔てていたりする構造というのは
寒冷地ならではのもの。
札沼線遠征編2020
特需で一過性で終わってしまうのは
誰もが念頭に置いてるとは思うけれども
やはりフィナーレを飾ってあげたいと思うのは
誰もがこれもまた同じことで
JR北海道が札沼線記念入場券を発券していた。

沿線自治体ごとに区間を設けて
対象店舗で700円以上の買い物や食事をして
この切符の専用台紙を提示して証明スタンプを集め、
札幌駅の四季彩館に持っていくと
非売品のオリジナルクリアファイルがもらえるというもの。

当別町は飲食店を中心に13店舗が参加。

石勝線夕張支線は夕張市内で完結していたものの、
札沼線のこちらの廃線区間は自治体を跨っているので
その企画を踏襲して発展させたものとみていいのだと思う。
札沼線遠征編2020
一日1本しかない上に、家路に向かわなければならないので、
その企画を体験していくのにはかなりムリがあるけれども
記念乗車券を買い求め、
同時にみどりの窓口で新十津川駅までの乗車券を発券して頂いた。
「石狩当別」と「新十津川」の文字の入っているのがミソ。
券売機だと運賃しか記載されない。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅運賃表。
札幌駅と新千歳空港駅を際立たせて
その他主要駅は水色で塗りつぶしてあり、
2100円区間、奈井江駅、銀山駅、沼ノ端駅まで券売機で買い求めることができる。
こちらの運賃表にはナンバリングの記載がどの路線にも盛り込まれていない。
北海道医療大学から先の札沼線区間が
ここに示される期間は廃止までの期間までに過ぎないもので
もはや時間は限られたものとなっている。
札沼線遠征編2020
13年ぶりにこのWEBに登場。
石狩当別駅駅舎を南口駅前広場から撮影したところ。

橋上駅舎の構造は90年代の建築で
岩見沢駅や苗穂駅を引き合いに出すと
階段の構造に社会を構成する年齢層の変化や
バリアフリーに対する事業者や自治体の姿勢が
こういったところからより深く体現することになっていったことが
非常に読み取ることができるかと。
デザインやスタイルは90年代にほぼ確立されているといっても
過言ではないくらいに建設から20年以上の歳月を経過しても
通用するものをつくりあげている。

市街に囲まれてはいても貨客分離の駅構造を根底にしていることが
土地利用の点から考察されるのは
キッチリとした区割りを持っているわけではないけれども
こちらもまた例外ではない。

廃止になった、とか、壊しちゃった、とかよりも、
性懲りもなく芸もないように
同じものを同じように記録して
何が面白いんだか、といわれる方がいい。
札沼線遠征編2020
南口にはJA北いしかりが当別通りとともにそびえ立っていて
その脇には煉瓦造りの農業倉庫を転用した
ふれあい倉庫が街の顔を成すように位置している。
文字通りの多目的ホールとして用いられていたり、
地場農産物の直売をしたり、観光情報の発信拠点となっていたりする。
かつて倉庫に蓄えていたのはおコメ。
ちょうど前回の旅路と前後したタイミングで立ち上げがなされた施設だった。
札沼線遠征編2020
ロータリーにはコミュニティバス「ふれバ」の乗り場とともに
ふくろうによる観光案内図が設置されている。
石狩平野を構成しているのは町域の南部で北部は山林を抱えている。
伊達氏の開拓によって今日があるから
その記念館があったり、関わりのある街とも深い縁を持っていることが
この地図から伺えるところ。
乗り換え時間が限られているから13年前と同じように
駅界隈を相も変わらず芸のないことをするばかりだった。
札沼線遠征編2020
役場が位置する北口側には駅舎に面して白樺公園が広がっている。
夏期と積雪を伴う冬期では同じ場所でも全然印象が違う。
札沼線遠征編2020
石狩当別駅のコンコースには当別高校の掲示板があり
ここに学校紹介をするポスターや学校だよりが貼り出され
学校に通う人のみならず行き交う人々に目に触れるものとなっていた。
園芸デザインと家政科を持っている学校になる。
札沼線遠征編2020
ちょうど目にした生徒会執行部が発行している2019サーカスというものには
2年生の見学旅行について個々の生徒の方が感想を述べているものが
ほとんどの紙面を構成しており
そこにスナップ写真が盛り込まれていた。

奈良公園から東大寺に向かい、京都を見物した、というところまでは
ふ〜ん、という感じで見ていたのだけれども
そこから新幹線で東京都内へと出て
とうきょうスカイツリーにオリンピックパラリンピック関連施設や
会場クルーズをしたというその行動範囲とスケジュールには
非常にビックリした。
札沼線遠征編2020
3番線に控えていたキハ40-402に乗車していく。
1番線には折り返しを控えている733系6両編成。
このギャップたるや。
廃線を前にしている上に
1日に1本しかない新十津川駅行きということで
20人ほどの乗客を乗せて出発を待つことに。

7:39、2番線に北海道医療大学駅行き6両編成がやってきて、
こちらに6人が乗り換えてくる。
相手方を見送って7:45、ドアが閉まってゆっくりと列車は走り出していく。

月形高校まで通う方が定期需要を担っていて
存廃の点でこれが論点の一つになっていた。
札沼線遠征編2020
ラルズマートと当別町役場をあとにして
セイコーマートをそばに道道28号と交わって当別川を渡り
雪原へと出て行く。
札沼線遠征編2020
そこからひた走っていくと
国道275号が右手から近づいてくる。

道路の整備やモータリゼーションの進展が
鉄道から人々を遠のかせることになっている一因であれば
札沼線の場合はこの道路の存在が
大きな影響を及ぼしていることは想像に難くないわけで。

加えて自動車での往来が簡単になれば
石狩川対岸の優等列車が多い動脈たる函館本線に流れていくというのも
自ずと納得のいくものがある。

程なく左にあらわれるのは北海道医療大学で
列車は北海道医療大学駅に滑り込む。
先行していた電車を横目にお二人が下車をされ、
ここからお二人が別途乗車される。
下車されたお二方はわざわざ気動車に乗りかえて
一駅を乗車されていた方だった。

電化区間はここまでで、
北海道医療大学までの通学は札幌圏の人口集中もあり
交通手段としての鉄道を相応に支持してもらえているのとともに
存在理由を裏付けしてもらっている事になる。
グッと本数が減る区間。
札沼線遠征編2020
国道275号を脇に走らせて
それとともに距離を置いて延びている町道があるから
道路構造がどのように改良されたのか
窺い知ることができる中で
左手には山林が続き、そこから雪原が広がっていき、
ソーラーパネルと農業倉庫のもとから石狩金沢駅に着く。

再び山林が間近に迫ってくるところで
国道とともに進んでいき、左へとカーブをしていくと
同様に国道もこれに倣い、
道路との間に民家や玄米酵素の工場が割って入り、
山林とも離れて貨車を用いた待合所を持つ本中小屋駅へ滑り込む。
札沼線遠征編2020
本中小屋駅の駅名表示板。
以後、石狩月形駅を除いていずれも一面一線の構造の駅。
山林や風に配慮したホーム配置をしているようだ。
札沼線遠征編2020
ビニールハウスも見受けられる中、林に入っていき
雪原に顔を出したのも束の間、再度林を進む。
これを抜けるとまだ視界に入るところながら
国道275号とかなり距離が生じ、
そこから林を潜り抜けて左にカーブを描き
これとともに国道275号が接近して来て
そちらに中小屋郵便局が見え、中小屋駅に至る。
ここでお二人が下車をされた。
札沼線遠征編2020
中小屋駅も同じく貨車駅舎。
帰路ということもあり得るとはいえ
下車をされていく方の目的地はどこなのだろう……。
札沼線遠征編2020
国道275号に続いて同じように右へとカーブしていくと
その間に林が割り込み、国道に面して並ぶまばらな民家の背後を進む。
左に林が延びてきて月ヶ岡駅に出て行き、
山林から右へとカーブした後、
真っすぐに延びる線路を列車は進んでいき、
山林をそばに控えた雪原から一面の雪景色の中へと出て
道道11号と交わって知来乙駅に至る。
札沼線遠征編2020
駅を出て左にカーブ描くとこめ工房がそびえ、赤川を渡って林の中へ。
右手木立向こうに民家が集まり、
月形高の脇から樺戸博物館と農業倉庫のもとへと出て行く。
札沼線遠征編2020
そして列車は8:18、石狩月形駅に到着。22分停車。
一面二線のホーム構造を持つ駅でここから先は一閉塞。
要はその区間に入れる列車は一本だけという区間に。
札沼線遠征編2020
月形高校に通うと思われる方は先んじて降車をされていき、
対向列車到着まで束の間の休息を挟むことになる。

樺戸博物館は「るろうに剣心」の明王の安慈が服役をしたり
剣客兵器に襲撃をなされた舞台である樺戸集治監の本庁舎。
今日の月形刑務所はその歩みとは別物。
俗にいわれる囚人道路と呼ばれるような
信じられないようなところに敷設されたインフラの建設には
収監されていた受刑者を過酷な労働で行われていた。
そういうものがなければ成し遂げられなかったものの上に
今日があるというのも事実。

今日の札沼線における石狩当別駅〜新十津川駅間で
定期需要を担う月形高校は全校生徒70人規模の学校。
月形町が交通機関の定期代の半額を支給したり
月形中からの進学には20万円を補助したりして
バックアップを行い、自治体に立地する学校を盛り立てている。
おおよそ生徒数の3分の1くらいの比率で
札沼線を通学手段とされていた。
生徒数の変遷とともに鉄道でなければならないという
その輸送条件を満たすものでなくなりつつある上に
当時の高校生がバス転換を望む意見を持たれていたことから
廃止へと舵を切ることを後押しすることになったようだ。

13年前は沿線の学校の立地や
定期需要などを読みとるスキルもさほど持ち得ておらず
時系列を追って捉えていくこともあり得たのに、というのは
今になって後悔するものがある。

「子育てにやさしい社会を望む!」という方であれば
沿線の人びとのライフサイクルやスタイルを常に意識されて
そういった対象を事細かに分析をされたりするのでしょうが。

「雪原」と形容しているところは
夏期であれば水田が広がる穀倉地帯。
北海道のおコメはかつてはあまり美味しくないといわれていた。
寒冷地で不向きなものを温暖化もあるのだろうけれども
稲作に適するように開拓を行い
そこから品種改良を重ねて
今日では美味しいおコメの代名詞的なブランド築き上げられ
生産されるようになっている。

つづく
posted by 小林 慶太 at 21:34| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする