2020年03月04日

搬出 旧・初富駅2番線ホーム

この日は遠巻きに見ていると電気が灯っていて
普段と何ら変わりないように見えたけれども
アクロスモールのスポーツクラブNASが
新型コロナウィルスの感染拡大を防ぐために
当面(15日まで)の間、営業を見合わせることになった。

市川市ではスポーツクラブを利用されていた方が相次いで
これに感染されたことでクラスターの温床となり得ることに対して
万が一の事態を避けるべく企業的な責任を優先したものと思われる。

アクロスモール自体も従業員の時差通勤を促すように
前日から11時開店、20時閉店へと営業時間を縮小する措置を講じている。
立体交差事業2020年3月4日
くぬぎ山3号踏切から
旧・上り線との切り替え地点方面へと上り線を撮影したもの。
この付近、ビームが3本の線路を跨ぐ構造になっている。
地上部、既に旧・上り線とバラストは撤去され、
その下を潜っていたケーブルだけが残っている。
また地上線を走らせているにあたって必要だった
信号系統の設備並びに支柱も撤去を行っている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・地上線跡においては
2台のショベルカーがスロープ部分と重なる範囲で稼働中。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富1号踏切からこの作業光景を見ているところになる。
アスファルトを引き剥がしたりしているような気がする。
立体交差事業2020年3月4日
国道464号に面した先々代・北初富駅構内へのゲートから
先々代・北初富駅構内を見たところ。
北総鉄道高架橋寄りの進入防護壁のもとに
撤去したバラストを野馬除けの土手のようにしてまとめている。
手前に物置が置いてある。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富1号踏切から
先々代・北初富駅構内へと旧・地上線跡を撮影したもの。
バラストが撤去されている場内、信号機も一通り撤去してある。
車歩道間近ではアスファルトを引き剥がした。
立体交差事業2020年3月4日
現・北初富交差点から
旧・北初富2号踏切と旧・北初富駅駅舎と現・北初富駅駅舎を見ているところ。
手前地上部の旧・駅舎は足場と幕でその外観が一通り包まれ
解体作業に着手されている。

左に位置する現在の市道1560号、あくまで仮の道路だという点、
それなりに押さえておきたい。

車道挟んだ富栄ビルのもとにも
テープが張られ
「迷惑駐車はやめましょう」の掲示が出されている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富駅駅舎を撮影したところ。
進入防護壁で正面出入口を完全に遮断し、
そちらに周辺地域の案内図を引き続き掲出してある。
その向こう側で旧・駅舎は足場で囲まれ、
幕で包まれているものの、基礎部分のみとなっている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富2号踏切から旧・北初富1号踏切へと見ているところ。
バラストとケーブルが撤去されている。
立体交差事業2020年3月4日
高架・北初富駅駅舎と並行する
旧・北初富駅2番線ホームと旧・上り線跡並びに旧・地下通路を撮影。
バラストまで一通り撤去されている。

駅舎は基礎部分を残すのみで、周囲の一部に足場を組んで幕を張っているだけ。
ホーム部分は土台を構成する骨組みだけとなった。
また架線柱だった柱も撤去してある。
立体交差事業2020年3月4日
高架・北初富駅駅舎出入口から旧・下り線跡越しに
旧・北初富駅駅舎を見ているところ。
骨組みにあたる部分は一通り解体してあり、
基礎だけが残されている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富駅2番線ホームを見ているところ。
脇に工事車両が留置されている。
土台を構成する骨組みだけが残されている。
旧・駅舎部分はトイレ洗面台のものと思われる水道施設が見受けられた。
立体交差事業2020年3月4日
ホーム土台の解体を旧・北初富3号踏切側から見ているところ。
脚は残っていても全長は少しずつ短くなっているようだ。
立体交差事業2020年3月4日
旧・1番線ホームの方がもとから残されている範囲が狭かったこともあり
骨組みさえ脚の部分しかないところも見受けられるように
もはや風前の灯となっている。
立体交差事業2020年3月4日
線路跡を挟んだ高架駅舎寄りでも
旧・地下通路部分の解体作業がなされている。
それとともに高架・北初富駅2番線ホームの下を仕切るように
侵入防護壁を設置している。
立体交差事業2020年3月4日
北初富駅駅舎地上部、コンコースから改札方面へと見ているところ。
駅務室を前にモニター付きインターホンが設置されており、
向かい合うように引き戸を設けてある部分が
旧・地下通路への迂回路にあたる部分になる。
これに絡んだものが撤去されているのでがらんどうになっている。
そちらを侵入防護壁で仕切ってある。

上部には案内表示器とデジタルサイネージが取り付けてある。
路面はそれぞれの乗り場へと色分けをした上で
目的地を記載して矢印による誘導をしている。

モニター付きインターホンは改札外にも設置している。
立体交差事業2020年3月4日
北初富駅2番線ホームへのエレベーターの脇から
コンコースへと突き出ている仮設壁面に設けられている引き戸は
地下通路へのエレベーター部分を内包したところに設けられている。

旧・下り線跡に面して侵入防護壁で遮っていた箇所には
仮設壁面と引き戸を取り付けてある。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富3号踏切から旧・北初富駅と
それに並んでそびえ立つ北初富駅を見ているところ。

旧・北初富3号踏切を前に瓦礫が積まれており
脇に撤去したビームが置かれている。

一通り構内からこちらまでバラストが撤去されている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富3号踏切〜旧・北初富4号(先々代・6号)踏切間では
バラストの撤去範囲において架線柱とビームの撤去がなされており、
旧・上り線脇には盛土がところどころでなされている。
並行するヤードにはバラストが積んである。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富3号踏切〜旧・北初富4号(先々代・6号)踏切間における
バラストの有無の境目付近を撮影したところ。
この先は旧・北初富4号(先々代・6号)踏切までバラストとともに
架線柱やビームがある区間になっている。
それもまた撤去作業が及んできた。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富4号(先々代-6号)踏切から地上線を高架橋とともに
旧・北初富3号踏切方面へと撮影。

旧・上下線ともに踏切部分を前にしたところから撤去がなされている。
架線柱とビームの撤去作業が行われた。
この段階で残されていた架線柱とビームは
旧・北初富4号(先々代・6号)を前にしたものとこちらの2本だけ。

並行するヤードとともに線路が敷設されている敷地は
いずれもかつて北千葉線の敷設を予定するために確保された土地だ。

こちら側まで列車防護柵の撤去がヤード側、高架橋側ともに及んでいる。
立体交差事業2020年3月4日
ビームの撤去作業を別アングルでみているところ。
旧・下り線跡側の支柱のもとでは切断の準備が同時並行で行われた。
立体交差事業2020年3月4日
旧・北初富4号(先々代6号)踏切から旧・新鎌ヶ谷駅構内を見た様子。
搬入路は先々代の北初富6号踏切だったもので
いずれも軌道を撤去した後、整地を行い、
旧・上り線跡側には鉄板を一部に敷いている。
また通路部分を三角コーンで仕切ってある。

駅構内では旧・上下線ともに撤去がなされており
架線柱も既に消え、ホームも解体されている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・新鎌ヶ谷駅地上ホーム、
残されているホーム部分は東武線乗越仮橋梁寄りの一部のみで
ほかは跡形もなくなってしまっている。
立体交差事業2020年3月4日
上り列車から旧・新鎌ヶ谷駅地上部並びに東武線乗越仮橋梁を撮影。
解体作業がほぼなされている事もあり、残されている部分の存在が際立つ。
立体交差事業2020年3月4日
南北自由通路のもとへと北総鉄道新鎌ヶ谷駅駅舎出入口を撮影。

駅名表示板は黒を基調とし、
ラインカラーの北総ブルーはナンバリングにのみという
旧来のイメージを大きく覆すものとなっている。

ここの駅名表示板を大きくしているので
広告スペースを別途駅舎壁面に設けている。

南北自由通路を含めて点字ブロックが一直線につながってはいるものの、
高架下通路の所有者や整備年代がいずれも異なるので
三者三様のデザインになっている。
立体交差事業2020年3月4日
新鎌ヶ谷駅南口交通広場から
新京成・現・新鎌ヶ谷駅と
それに並行する新京成・旧・新鎌ヶ谷駅跡を撮影。
立体交差事業2020年3月4日
地上の旧・ホームは高架駅舎の新鎌ヶ谷駅の文字の下あたり、
東武線乗越仮橋梁周辺の一部のみに
わずかばかり残るだけとなっている。
線路も高架になった区間で残っているのはここだけ。
立体交差事業2020年3月4日
旧・新鎌ヶ谷1号踏切から東武線乗越仮橋梁を見ているところ。

基本的に交差箇所は地上部を走る事業者が
工事を受注して作業を行うということなので、
東武鉄道がその上部に架かる仮橋梁やホームの撤去をしていくことになる。
現・高架部分も工事を起こしているのは他ならない東武鉄道。
北総鉄道においてもこの部分は東武鉄道が工事を起こしている。
費用はもちろんそれぞれ当事者の負担だけど。

駅として一番古いのは北総鉄道ながら
線路敷設が一番最初なのは東武鉄道。
そこに新京成(鉄道連隊)、そして北総(開発)鉄道が
上を跨ぐように線路を敷設しているという順番を経ている。
立体交差事業2020年3月4日
駅舎内では壁面が旧・地上ホームへのスロープがあった付近を
高架駅舎と遮断しており、
関係者用のドアが設けられている。
これと別にスロープ解体を受けて仮設壁面を施してある。

こちらの方がドアがある部分よりも
背丈が高く、天井まで及ぶものになっている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・地上ホームへの階段部分も仮設壁面で仕切り
路面には点字ブロックの切り替え形跡が残っている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・新鎌ヶ谷1号踏切から
高架橋並びに新鎌ヶ谷駅ホームと並行する
地上部の旧・上下線跡を旧・地上新鎌ヶ谷駅ホームへと見ているところ。
線路が敷設されていた部分にはバラストが残るばかり。
立体交差事業2020年3月4日
こちらは旧・新鎌ヶ谷1号踏切から旧・新鎌ヶ谷2号踏切方面へと
地上部の旧・上下線跡を撮影した一コマになる。
バラストと補助信号は残っている。
立体交差事業2020年3月4日
続いて旧・新鎌ヶ谷2号踏切から地上線跡を
旧・新鎌ヶ谷1号踏切へと見ているところ。
こちら側においても線路は撤去されバラストが残るのみ。
高架橋の脇には補助信号が立っている。
立体交差事業2020年3月4日
国道464号、洋服の青山を控えた旧・新鎌ヶ谷2号踏切になる。
残されていた車歩道部分の軌道が完全に撤去された。
立体交差事業2020年3月4日
Ciaoビル側から見ている旧・新鎌ヶ谷2号踏切。
軌道撤去に伴う再舗装形跡が車歩道を横切るようになったのとともに
改めて中央線が敷かれるようになった。
立体交差事業2020年3月4日
旧・新鎌ヶ谷2号踏切構内を旧・新鎌ヶ谷1号踏切方面へと撮影したもの。
立体交差事業2020年3月4日
そして旧・新鎌ヶ谷2号踏切構内を旧・新鎌ヶ谷3号踏切方面へと
旧・上下線に代わって横切るようになった
2箇所の再舗装部分を見ているところになる。
立体交差事業2020年3月4日
こちらは旧・新鎌ヶ谷2号踏切を旧・新鎌ヶ谷3号踏切方面へ見たところ。
バラストと補助信号が撤去されている。
信号機の設置されていた柱は台座だけが取り外され、
柱自体はまだ残されている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・新鎌ヶ谷3号踏切から旧・地上線跡を旧・新鎌ヶ谷2号踏切方面に撮影。
バラストの撤去された線路跡には高架橋のそばに
信号機が設置されていた支柱だけが残されている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・新鎌ヶ谷3号踏切から旧・新鎌ヶ谷4号踏切方面へと見ているところ。
旧・地上線の線路跡はバラストが
旧・新鎌ヶ谷4号踏切のもとまで撤去してある。
立体交差事業2020年3月4日
旧・新鎌ヶ谷4号踏切から旧・新鎌ヶ谷3号踏切方面を見たところ。
旧・新鎌ヶ谷3号踏切方面からフェンスの足元まで
線路跡からバラストが撤去されている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・新鎌ヶ谷4号踏切から
旧・初富駅2番線ホームへと旧・上り線跡を見ている一コマ。
旧・新鎌ヶ谷4号踏切手前までバラストの撤去がなされている。
架線柱も既にない。
立体交差事業2020年3月4日
市道2347号から旧・初富駅駅舎を見たところ。

旧・駅舎は壁面で覆われており
「移転しました」の文字とともに現・初富駅の案内が掲出されている。

駅舎の照明がないので侵入防護壁に街灯を設置してある。
券売機付近も作業用の照明を取りつけている。

侵入防護壁で囲まれており、
旧・駅舎は出入口部分のシャッターが開いているのがわかる。
立体交差事業2020年3月4日
初富駅と市道2347号を結ぶ暫定通路から
ケヤキのある駅前広場用地と旧・駅舎を撮影。
高架駅舎への連絡通路は解体されている。
また旧・初富駅舎と高架駅舎への連絡通路の接続部分にドアを設置している。
立体交差事業2020年3月4日
旧・駅舎への連絡通路部分を
高架・初富駅駅舎地上部から見ているところ。
通路は既に解体されているけれども、野ざらしで点字ブロックが残っている。
立体交差事業2020年3月4日
高架・初富駅から
旧・島式ホーム跡、旧上り線跡、県道57号に旧・初富1号踏切、
旧初富駅前立体駐輪場跡地を意識しながら
ショッピングプラザ鎌ヶ谷へと高架上の営業線を撮影したところ。
立体交差事業2020年3月4日
焼肉きんぐ並びに丸源の駐車場から
旧・初富駅2番線ホームを撮影した一コマ。

トレーラーと大型クレーン車を搬入して
旧・初富駅2番線ホームの裁断を行い、
それぞれのユニットをトレーラーに搭載して
場内からの搬出をした。
立体交差事業2020年3月4日
旧・初富1号踏切から旧・初富駅2番線ホームを見ているところ。
土台部分だけが残されており、路面は剥がされている。
奥にはトレーラーと大型クレーン車が搬入されており
裁断したホームをトレーラーのもとに積み込んでいる。
立体交差事業2020年3月4日
こちらは旧・新鎌ヶ谷4号踏切から旧・初富駅2番線ホームへと
その作業現場を見たものになる。
立体交差事業2020年3月4日
トレーラーに搭載された旧・初富駅2番線ホームのユニット。
フェンスにそばにはホーム土台の脚が残っている。
立体交差事業2020年3月4日
市立図書館寄りは土台部分だけが残されており、路面は剥がされている。
立体交差事業2020年3月4日
ショッピングプラザ鎌ヶ谷2階サイゼリア前テラスから
旧・初富駅2番線ホームと旧・上り線跡を撮影したもの。
ホームの総延長がみじかくなっている。
立体交差事業2020年3月4日
初富第一架道橋の下を潜って県道57号へと搬出していく一コマ。
立体交差事業2020年3月4日
旧・初富1号踏切から旧・上り線跡を
地上部、旧・初富駅2番線ホームへと見た一コマ。

旧・新鎌ヶ谷4号踏切側から
旧・初富駅2番線ホーム部分を跨いで
旧・初富1号踏切を手前まで
一通り旧・上り線の線路とバラストを撤去している。

また旧・新京成スタシオンセルビス初富駅前売店店舗は
しっかりと高架下に収納されている。物置として使っている。

踏切間近にした部分を残して列車防護柵を撤去してある。
立体交差事業2020年3月4日
県道57号、ウィルパートナー付近から旧・初富1号踏切を手前に
架道橋を撮影したところ。
交通規制機器が警報機が置かれていた付近に設置してある。
立体交差事業2020年3月4日
旧・初富1号踏切からショッピングプラザ鎌ヶ谷へと
旧・上り線をみているものになる。
フェンス向こうの線路は撤去されている。
車道部分を跨ぐ架線はない。
立体交差事業2020年3月4日
鎌ヶ谷ショッピングプラザ2階サイゼリア前テラスから
先々代・初富駅跡地と旧・初富1号踏切、県道57号、
そして旧初富駅前立体駐輪場跡地を見ているところ。

段階的に縮小してきた踏切からは設備が撤去されているので
自動車は一旦停止をする必要がない。

踏切軌道を挟んでいずれも旧・上り線は撤去してある。
立体交差事業2020年3月4日
ショッピングプラザ鎌ヶ谷、2階サイゼリア前テラスから
「大仏R10」高架橋躯体ならびに旧・上り線跡を見ているところ。
その手前の架線柱のもとから
旧・初富2号踏切方面へとき電線が延びている。
高架下にはバラストがまとめてある。
立体交差事業2020年3月4日
旧・初富2号踏切方面から展開されているバラスト撤去作業。
ショッピングプラザ鎌ヶ谷の検品所付近までやってきている。
この日は進展がなかった模様。
立体交差事業2020年3月4日
富岡メディカルモール駐車場付近
「Kゲート」付近から富岡側第1工区詰所方面へと
旧・上り線跡を撮影。
こちら側からショッピングプラザ鎌ヶ谷検品所付近まで
バラストの撤去をしている。
立体交差事業2020年3月4日
旧・初富2号踏切から旧・初富1号踏切方面へと見ているところになる。
富岡側第1工区詰所付近までバラストの撤去をしており、
撤去を行ったところには高架橋寄りに鉄板を敷いている。
旧・踏切を間近にしたところには大きな袋がまとめてある。
立体交差事業2020年3月4日
初富1号踏切(旧・初富3号踏切)方面側も
バラスト撤去部分の手前と高架下に鉄板を敷いている。
立体交差事業2020年3月4日
初富1号踏切(旧・初富3号踏切)から旧・上り線跡を撮影。
ケーブルが線路跡を横切っている。
高架・上り線の防音壁は先端部の金属籠部分に整備余地がある。
これに沿って鉄パイプが組まれて板をあてがわれている。
立体交差事業2020年3月4日
こちらは作業に主眼を置いてみているところ。
躯体金属籠の脇に擁壁を仕上げている。
板をあてがって鉄パイプをそちらに施している。
立体交差事業2020年3月4日
そして上り線の脇に用意されているものは
まだ出番がない。2019年製のものと2020年製のものがある。
立体交差事業2020年3月4日
初富1号踏切(旧・初富3号踏切)から
切り替え地点付近を見ている一コマ。

高架線が敷設されているところが
本来の線路があった場所なので、
高架線へと直線上に線路が延びている。



立体交差事業2020年3月4日
市役所の市民ホールを前にしたところで
ファイターズがキャンプを行った名護市でのトップセールスの模様と
その反響が紹介されている。
タピックスタジアム名護でふるさと産品の試食提供を行い
もらった人に喜んでもらえたことで総括してある。

でも無料で試食してもらってアンケートに応えて
バッジももらったりするとなると
厚意的なコメントが出てくるのはある意味必然といえるわけで。

鎌ヶ谷にも行きたいです、というコメントがあって
それを体現してくれる方はどれくらいいらっしゃって、
どの程度続いていくれるのか自問すると自己満足のような気がする。

国頭村や名護市でのうちの街の認知度向上にどれくらい貢献しているのだろう?
例えば梨を見かけて「千葉産」で完結するだけでも
千葉県のレベルであれば効果があったと捉えることもできるものの
白井市や市川市を跳ね除けて
「鎌ヶ谷」という地名にインパクトを持ってもらわなければ
こういうところまで出かける意味がないわけで。

足寄町はこまめにファイターズスタジアムで足寄デーを企画して下さってる。
どれくらいうちの街で認知されている方はいらっしゃるだろうか?

「行ってみたいです」はリップサービスで言える。

現地に行くのは金銭面でハードルがあっても
例えばスーパーで並んでいる人参の箱を見て
北海道産ではなく「足寄」の文字に感嘆したりしてもらえているだろうか?

アクションを起こす方は
やはりご自身も相応のリアクションを示されているものと思われるけれども。

ポテトチップスも士幌産や上士幌産の原料を訴える商品に敏感だよね。
交流事業をやっている相手方なのだから。

まさかそういうものを気もしないでいて
「PRすれば認知してもらえる」という発想を持たれていたり
その後というものを検証して頂けなかったりすることはないはず。
posted by 小林 慶太 at 23:57| 千葉 🌁| Comment(2) | 立体交差事業 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

バス転換後の夕張

夕張遠征編2020
2020年1月28日、「沼ノ沢」停留所から夕張市石炭博物館行き夕鉄バスに乗車。
先客はお二人ほどいらっしゃり、そちらにもう一人の男性とともに車内へ。

石勝線夕張支線は2019年3月の臨時ダイヤ以前の段階で
新夕張駅〜夕張駅間には1日に5本の普通列車が設定されていた。

この路線廃止を受けて代替バスを運行する夕鉄バスは
平日基準で1日7本の便を設定し、
夕鉄本社バスターミナルから新夕張駅、夕張市石炭博物館へと
それぞれに区間運行便もあり、
旧来からの新札幌駅行きを含めると移動手段の選択肢は格段に増えている。

増発した時間帯はデータイムに比率を置き、
最終便の時間を新夕張駅基準では鉄道時代よりも引き延ばし、
一方で夕張市街からの便は前倒しするようになった。

線路跡向こうにマルハニチロの工場がそびえる中、
国道452号を進むバスはJA夕張市の先で坂を下っていく。
左に見えてくるのは骨のみながらビニールハウス。栽培するのはメロン。
夕張遠征編2020
豊田橋を渡って二部会館を前に坂を上がっていくとその停留所があり、
夕張ツムラの工場の先で夕張川を清沼橋で渡る。
右へとカーブして坂を上がり、「熊ノ沢」を経て清水沢工業団地入口に出る。

そして夕張高校が見えてくるとバスめがけて生徒が走ってきて
「夕張高校」停留所でその高校生をはじめとした3人が乗車され、
お一人が下車をされた。
非常に劇的なものを見たような気がした。

ともあれ鉄道時代と含めて沿線で定期利用をされているであろう方に
ここでお目にかかることになった。
夕張高校は生徒数65人規模の学校。
こうやって高校生の方が日々利用されていてありがたいなあと。

セイコーマートを過ぎたところにバス待ちスポットがあり、
ホーマックニコットを前にした「中学校前」では
こちらからの買い物帰りと思われるお二人が乗車される。

交差点を右折して「南清水沢」に向かうと
こちらでもお二人の乗車があり、
スーパーフレッシュの先で坂を下り、道道1008号へと右折する。
夕張遠征編2020
南清水沢郵便局や清水沢診療所を通りビジネスホテル夕張のそばへ。
ここが「南清水沢4丁目」停留所で、次の交差点を左折して
夕張友酉市場から「工業団地入口」に向かい、
林を左にカーブして坂を下ると清陵団地があらわれ
「清陵町」に至る。
Coopさっぽろを前にしたこちらでお二人が下車をされる。
乗車過程から鑑みて買い物目的と思われた。

減少に拍車がかからない状況下においても
人口の集約化を図っている地域を商圏にしている。
夕張遠征編2020
そして坂を下って右にカーブを描いてゆうばり小の前にまわり込む。
200人ほどの規模の小学校。
平日、この時間帯となると昇降口の間近までバスがやってきても
そこに降りる人も待っている人もないまま。

清水沢橋から右にカーブしてパーラーHABINのもとへ。
ここで宮前町交差点を左折して
ろうきんと夕張市役所南支所、清水沢郵便局、加えて夕張消防署を過ぎ
「清水沢3丁目」に出て、ここで2人が乗車された。

続いて佐々木電器の前から「清水沢2丁目」に向かい、
市街を進んで清水沢交番の先で志幌加別川を渡り、
道道38号に合流し右へとカーブしつつ「葬斎苑前」を通り
山間部を走っていく。

洞門を潜って左にカーブ描いた後、今度は右にカーブ。
温泉橋から「虹ヶ丘」を経て、平和運動公園の脇を進み、
そこから柳原技研のもと、平和団地に出て
「黄色いハンカチ思い出広場」停留所の先に民家が並び
やがて若菜交番や若菜郵便局をそばに「若菜市街」を通り右にカーブ。

12:22夕鉄本社バスターミナルに到着。2人がバスを待っていた。
加賀谷商店の先に若菜交差点。県道3号との分岐点。
そのまま直進し、夕張第一交通を通り「ときわ入口」から坂を上がる。
右へとカーブして「鹿ノ谷3丁目」に向かい、
そこから左へとカーブしていくと鹿ノ谷3丁目道営住宅が見えてきて
また右にカーブして「鹿ノ谷郵便局」のもとへ。
夕張遠征編2020
道路のそばに鹿ノ谷郵便局が位置しているので
停留所は「鹿ノ谷郵便局」となっているものの、
交差点の奥には旧・鹿ノ谷駅駅舎が見えるように
そちらの駅の代替停留所を兼ねている。

今度は坂を下って「鹿ノ谷1丁目」に向かい
坂を上がっていくと改良住宅がそびえ立ち
「末広一丁目」で一人が下車をされていく。
山光堂時計店を通り「夕張郵便局」の停留所でも一人が下車がある。
鉄道ではできないきめ細やかな停留所設定が
こういった降車を可能にしている。
夕張遠征編2020
ビストロ張元とゆうばり屋台村の脇を通っていくと
ドカンと大きなホテルがそびえ立ち
12:28「レースイリゾート前」に到着。
高校生の方とともどもこちらで下車をした。

冷水山に広がるゲレンデをそばにした
総合型リゾートホテル、レースイリゾート。
夕張リゾートのシンボル的な施設の一つ。

やっぱりスキーシーズンにしっかりとスキーヤーの来訪があり
そこで飲食をしてもらい、スキーを楽しんでもらうことが
その地域経済の循環につながっていく。

ホテルは京都桂高校の方々が
ほぼ貸し切りというようなカタチでいらっしゃっており
こういった団体利用の方がサイクルを描いて目的地に描いてくれると
一定水準のレベルで動くものを動かせることになる。

かつては夕鉄バスが新千歳空港からスキー場へと
シャトルバスを設定したものを
ホテル自らが宿泊者専用の予約制で設定して
アクセスの便を確保して集客を図っている。
鉄道廃止後もその姿勢は変わっていなかった。

いずれも果たせないと「今日ありき」で成り立たせていたものが
それが組み立てられなくなり、落差が一気に街を襲うことになる。
歯止めをかけるように努力しているものに対して、タガが外れてしまう。
過去とはいえ、
隆盛を極めていた産業が存在していたものを前提にしたインフラから
転換を図って観光へと舵取りをしているというのは
この街に限ったものではない。
夕張遠征編2020
巨大なホテルマウントレースイを前にすると
その規模が随分と小さく見えてしまう旧・夕張駅駅舎。
観光案内センターが入っているので
健在でありながらも休業中となっていた。
それとともにカフェ・スウィーツ和が入居しており
こちらは営業中で、その役割を一部受け持っていた。
夕張遠征編2020
JR北海道の方が列車運行に際して
もう屋根に上って雪をかいたりするする必要がない旧・夕張駅ホーム。
随分と至近距離にあるのに遠い世界を眺めているような感覚に駆られる。
駅名標や表示板がなくなりながらも
柵のもとには「夕張の鉄路にありがとう」の横断幕が今も掲げてあった。
夕張遠征編2020
旧・夕張駅の隣に位置するゆうばり屋台村。
入居する個々のテナントで営業日や時間帯に裁量がありながらも
お昼どきということもあり、
営業をされているお店に囲まれたテーブルには
相応の方々がいらっしゃった。

カレーそばや夕張ラーメンといった地元グルメに、
お寿司屋さんなど4店舗からなる顔ぶれ。
晩ごはんの時間帯も営業はしている。
宿泊を伴う観光をスキーは前提にしていると思われるけれども
ピークはお昼なのかもしれない。
何分にも来る機会も時間帯も限られた中での話。

どこかの街は11万人の人口を抱えていても
こういうものを企画しても維持ができない構造にあるというのは
その街に関わるヒトのライフサイクルや購買傾向などの
それぞれの特異性を鑑みると必然的なモノともいえる。
優劣をつけるというものではない。
夕張遠征編2020
冷水山の麓へとリフトが延びるレースイリゾートスキー場を見ているところ。
駐車場には北海道内からも江別市のとわの森三愛高をはじめとした
ハイデッカーバスが相次いでやってきていた。

こういった学校行事としてのレジャーの目的地の一つになっていて
そこから派生する経済やサイクルによって成り立っているモノへの
規模や影響力というのも強ち看過できるものではないと思われる。

補うだけのものを限られた人口の中で導き出すのは
並大抵なものではなく不可能に等しい。
そういうところで享受しているものがあったり
成り立っているものがあったり、成り立たせているものがあったりする。
非常に無自覚なものも多いわけで。
夕張遠征編2020
ホテルマウントレースイのしゃぶしゃぶ雪華を前にしたところには
ゆうばり小のスクールバスが止まっていた。
もちろんスキーの授業はここでも行われるという。
登下校に用いられるバスと授業の移動に関わるバスは
それぞれに違うようで、目にしているのは後者のもの。
道新ぶんぶんクラブのロゴが入っていた。
夕張遠征編2020
セイコーマートのもとを右折して坂を下っていくと
小高いところに延びる道道38号を背後に
本町の改良住宅が相次いでそびえ立っている。
こちらの地区は3階建てが中心となっている集合住宅。

夕張市の住宅戸数は半分近くが集合住宅の形態をとっていて
その背景には炭鉱を中心にした働く人々が生活していた
鉱山住宅に突き当たる。
夕張遠征編2020
本町地区に位置していた学校が旧・夕張中学校。
市の物品庫として活用されているらしいとはいえ
恒常的にヒトの出入りする場所ではなくなってから
もうまもなく15年の歳月が経過しようとしている。
本町と末広の地区の人口としては800人くらいを抱えるとはいえ
そういう人口構造にある中で学校統合を行い今日がある。

現在の南清水沢地区にある夕張中学校は
清水沢中学校へと幌南、千代田、緑陽のそれぞれの中学校を統合したもの。
夕張遠征編2020
廃校となっている中学校を前にしたところには
「本町6丁目」の停留所が位置しており
そちらには新たにバス待合所が新設された。

税金や市内の会社からの寄付でつくられたものなので
大切に使うように呼びかけがなされていて、
ホウキとスコップが備え付けられている。

汚れに気付いたらホウキで掃除を、
入口の雪もスコップで除雪をそれぞれにしてもらうことを意図しており
「中が込みあうときはお年寄りや低学年の人に席を譲りましょう」と
文言にあるので小学生中高学年向けに
それら施設に対する意識を呼びかけをしていることが伺える。
夕張遠征編2020
カフェらぷらすや再生市民会議、工房などが入居している旧・夕張小。
1983年に2つの小学校が統合されてこの名前に。
遡ると通学域には5つの小学校があった時代が存在したという
そんな人口集中と急激な産業転換に伴う減小並びに
同時並行して進んでいた少子化の構造を非常に示している。
夕張遠征編2020
旧・夕張本町駅と合築だった夕張市民会館。
入り口や駐車場にあたる部分が
鉄道駅時代は駅前広場にあたった。
1960年代の建築で老朽化に伴い使用停止完全閉館となりながらも
その姿をなおも留めた状態にある。
本来であれば解体していくことになるものに対して
閉館後5年を経過しようという段階になって着手に至っておらず
費用の捻出をするのも難儀な状態のようだ。

公共施設の集約化をはじめ現在を暮らしていく上での拠点整備を
やはり優先していく以上、止むを得ないものがある。
つくるのにもおカネがかかるし、壊すのもおカネがかかるし
使うために維持をするのにもおカネがかかる。
夕張遠征編2020
この裏手にあたるところにかつてはホームがあったといわれる。
鉄道の旅客駅としては1面1線のシンプルな終着駅でありつつも
今日の夕張市役所が建っているの一部敷地まで
貨物を引き受ける構内となっていたらしい。
そういう土地利用が市役所の立地の背景に存在していた。
夕張遠征編2020
夕張市民会館に隣接しているのが夕張市役所。
代名詞の黄色いハンカチに集約された応援メッセージは
引き続き館内で大切に飾られていた。
夕張遠征編2020
その足元にあたる一画、
館内には夕張高の学校だより「人生の牧場」が掲出されている。
見学旅行に取り上げられたもので
校長先生が薬師寺で山口県から観光にいらした方とお話をされて
夕張のイメージが「メロン」と「財政破綻」であったことを受け、
こちらにおいて
「夕張は元気です 夕張高校で次代を担う若者が確実に育っています」と
もっと情報発信をしなければならないのを
痛感されたことを述べていらっしゃる。

学校だよりなので紙面構成はひな壇みないな下地をもとに
トピックを盛り込んでおり
ここで学校運営協議会を行っていることも触れられている。

当たり前の地域に高校がある時代では既になくなっていて
地元進学率の高さと、他地域に通うことが地理的に難しい状況下で
現在の高校が存在しており、
北海道は基本的に1学年で3クラス以下の学校が再編の対象になり
加えて1学年の生徒数が20人を切ると
さらにその可能性が浮上するところにあり、
高校の存廃は人口の流出や将来の街づくりにも
大きくかかわってくるので
県立高校でありながらも自治体をはじめ
多くの人々が積極的に関心をもたれたり、意識する存在になっている。

2019年の1年生は20人だとか。
「(他人の)子育てに(も)やさしい社会を望む!」というヒトは
こういう課題にも常に肌身で感じるものがあるはず。

この人間は公共交通の観点で見据えている程度という
非常の浅い次元での事象分析に過ぎない。
夕張遠征編2020
夕張は各地区ともに山間部に集落が営まれていた中で
鉱山施設をはじめとした働く場所は低地にあり、
それに従事する人々は山の上に集合住宅で暮らすという
そんな土地利用の上で成り立っていたといわれる。
「夕張 食う(苦る)ばり 坂ばかり」が象徴している文言だとか。
映画看板の多いキネマ街道からの一コマ。
夕張遠征編2020
本町一丁目団地から夕張市立診療所に向かっていき、
すみぞめ橋を渡って花と緑の公園を過ぎると
左手に鎮座しているのが夕張神社だ。

夕張市で一番古い神社にあたり、
出雲大社と大山祇神社の分祀で創建されたという。

鳥居のもとから山へと延びる参道は
積雪に加えて三角コーンで閉鎖されていた。
夕張遠征編2020
この辺のぽっかりとした雪に埋もれた空間が
初代・夕張駅の貨物輸送を担った構内にあたり、
夕張炭鉱の隆盛とその転換に伴うギャップを物語っている。
夕張遠征編2020
花畑牧場はこちらに夕張工場を立地している。
そういった土地が確保できる背景にも鉱山の歴史というのは
決して無関係なものではないのかもしれない。

生キャラメルは中札内村でつくっていて
ホエー豚の加工をこちらで行っているらしい。
冬期は直売店は休業中。
夕張遠征編2020
石炭博物館へと回送バスが走っていくのを見送り、
そのバスが折り返して新夕張駅行きとなってやってきたところで
14:16、「夕張神社」停留所から乗車をしていく。
かつては「石炭の歴史村」「社光」「花畑牧場」という停留所が
この近辺に設定されていたものを
石勝線夕張支線のバス転換とともに
「夕張市石炭博物館」「夕張神社」の停留所へと改変している。
さほど不自由さは思わなかった。

つづく
posted by 小林 慶太 at 21:49| 千葉 ☁| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする