2020年02月02日

地理と克服

大多喜遠征編2019冬
2019年12月25日、養老渓谷温泉郷から
県道81号を歩いて老川十字路に向かっていく。
旧道と新道に分かれる分岐点から選ぶのは旧道の方。

トンネルを経てスムーズにアクセスが出来る上に
なおかつ十分な道路幅を持っている新道ながら
路線バスもまた本来から生活が営まれている
集落がある旧道を経由する。
大多喜遠征編2019冬
既に老川小は大多喜西小へと統合されて久しいものの
沿道には通学路だった名残を示すように
今もなお「学童注意」の標識が道端に掲出されている。

あったらあったで現実にそぐわない状況にあることを嘆くし
またそれがなくなったらなくなったで
学校があったことを証明するものの一つがなくなったことを
これも嘆いたりすることが想像するに難くない
非常に理不尽な自分がいたりする。

旧道は切り替え地点から坂を上がって
右に左にカーブを描いて勾配を克服させて
切通で集落への道のりを確保している。
その切通を抜けた先もまた切通を控えているのに対して
これらを新道はトンネルで格段に緩やかな通行を可能にしている。

土木技術の進展や投資に至った時代背景も驚異なことながら
カーブと切通を駆使して敷設されている
旧道も先人たちの知恵の上に成り立っているので
評価されるべきものなのかもしれない。
大多喜遠征編2019冬
集落にある「小田代」の停留所を過ぎて
そこから旧・老川小学校へとまわり込む。

低層で特徴的な教室配置をしているこの建築美は
やっぱり見とれてしまう。

良品計画がコワーキングスペースとして提供を行っていて
一人あたり1日500円で利用することができるほか
新たに菓子シェア工房が開設されるようになった。
商品衛生責任者資格を持っている方が該当して
お菓子やパンの製造をここで行うことができるらしい。

工房となった教室はどのようなものを用いたのかなぁ……。

活用にあたって旧・学校敷地内の維持管理、
とりわけグラウンドをはじめ
広い敷地を良好な状況に保っているだけでも
かなりの手間とコストを伴うものであるのは傍から見ても明らかなことで
これが閉校後、活用を引き受けて絶え間なく続いていることも
非常にスゴイことなのだと思う。

地元の方々のワークショップの場所として
カラオケ大会が行われたり、ハイキングの集合場所になったり
学校としての幕は閉じながらも地域のランドマークであることは変わらない。
大多喜遠征編2019冬
校門を前にしたところには
引き続き「老川小学校」の文字が入って
その入り口を案内しているほか
養老川周辺の老川いきものわくわくマップが
当時と変わらず今もその場所にある。

同時にそう機会があるのは好ましいことではないとはいえ
避難場所にも指定されているので
万が一、という場面に開放できるような状態に
自治体としても努めておかなければならない。
大多喜遠征編2019冬
坂を下っていくと大多喜町役場老川出張所があり、
その先で国道465号と交わる老川交差点に出る。
老川出張所は2階建ての建物で、簡易郵便局が入居している。
大多喜町は千葉県内の自治体で一番広い面積を持った街。
出張所はこの老川と西畑に開設している。
大多喜遠征編2019冬
老川簡易郵便局は今日は出張所内に入居しているものの
旧来はこちらの建物で営業を行っていた。
郵便局の移転後、出入口はシャッターを閉ざし、2階部も雨戸を閉めたまま。
脇に自動車が出入りしていくのを目にしたとはいえ、それだけ。
施設が出張所に集約され便利になった一方で
移転元となった場所は活用がなされなければ
自ずと意識が向く場所ではなくなっていくのも確かなことで。
大多喜遠征編2019冬
この郵便局だった建物へと通じる道路もまた
その切り替えを経て改良を受けて
今日に至っていることが遺構から伺えるところにある。
老川十字路側から見ているところになる。
大多喜遠征編2019冬
老川十字路は近接して2箇所ある。
旧道と新道がそれぞれ国道465号と交差している。
こちらは直売所やまびこから新道の老川十字路を見ているところ。
丘の上に見えるのが旧・老川小学校の体育館。
大多喜遠征編2019冬
老川十字路からは国道465号を歩いていく。

老川駐在所のもとから左へとカーブを描く道路は上り坂で
程なく右手に中村材木の工場があり、
そこからさらに「小田代」停留所へと歩いていき、
房総産業の工場を過ぎると人家はなくなり
蛇行しているのを辿っていくと
TOHSENのバイオマスホフが右手に広がる。

栃木県に本社を置く企業で、買い取った国有林から伐採した木材を
この場所に集積させて、良質な木材は製材用に用い、
悪いものはチップにして発電所や熱利用施設の燃料に使っている。

これを眺めていくとその先は下り坂。
以後、サミットを越えて民家が二軒ほど見えてきて
「伊保田」停留所に出て、幾重にもカーブを重ねて
清水林業のもとへとやってくると
右手にそびえる山の斜面に庚申様と馬頭観音が祀られており、
やがて道路前方には老川県道踏切が見えてくる。
大多喜遠征編2019冬
老川県道踏切へとやってきたところ。
道路を横切る小湊鐡道はこの段階では不通となっていたので
そう頻繁に警報機のなる踏切ではないけれども
一切、その音が鳴らず、遮断機も下りない状態にあった。
大多喜遠征編2019冬
山林へと延びる小湊鐡道の線路を養老渓谷駅方面へと撮影。
視界に見える範囲しかわからない。
1駅の区間は4km超で2つのトンネルを抱えていたりするように
険しい地形を通っていくので
復旧に時間を要する状況にあることを漠然と意識するばかりだった。
大多喜遠征編2019冬
踏切を渡って突き当りに鎮座しているのが水神山神神社。
龍の彫り物は長谷川一虎によるもの。
右手寄りには中野新町区の共同館がある。
大多喜遠征編2019冬
上総中野駅を中心にかつて商店を形成していた建物が沿道に並び、
駅の真っ正面に位置するなかじまやをそのまま直進して
西畑駐在所と西畑郵便局を通りぬけて立ち寄っていくのは
旧・大多喜西中学校。
最寄りにしている停留所は既に学校は存在していないけれども
今もなお「西中学校」を冠している。
校門の出入り口付近には道路に信号機付き横断歩道。
バス路線はこの学校の統廃合を契機に見直されて今日に至っており、
旧来にも増して通学手段としての役割が強い。
大多喜遠征編2019冬
この中学校も廃校に至りながらも避難場所に指定しているので
そういう事態に人々を受け入れられる状況に維持をしていく必要性があって
自治体はそれを確実に履行しているものと思われる。
何らかの活用を、というのを傍から見ていると当然思わないことはないし
そういうものを少なからず根拠もなく期待して足を向けて
これを眺めている部分はあるわけで。
大多喜遠征編2019冬
道路挟んで中学校の向かいには旧来の西畑郵便局だった建物がある。
こちらも活用はなされていない。
自動販売機が設置されていて、屋根の上では作業をなさっている方の姿があった。
興味本位で安易に尋ねることはなかったものの、
次回来訪の目的の一つとして拾っておこうと思う。

今日の郵便局の位置を基準にすると
公共施設が駅を中心として形成する半径を縮小させて
コンパクトにさせていることがわかる。
大多喜遠征編2019冬
転回スペースへとまわり込まないで
堀切興津踏切からいすみ鉄道の線路沿いを進んで
蒸気機関車の井戸を覗いていく。
昨秋に伺った話を受けて意識するものがあったのだけれども
こちらで泳いでいた金魚が一切いなくなってしまっていた。
たまたま見かけなかった、というものであれば。
大多喜遠征編2019冬
上総中野駅へとやってきたところ。
転回スペースを抱えていて
真っ正面に道路が延びて国道465号に突き当たる構造を持っている。
駅舎に併設して竹をモチーフにしたトイレ、
公衆電話に郵便ポスト、自動販売機を従えた無人駅。

入れ替わりで代行バスが養老渓谷駅に向けて走り出していった。
タクシーではなく「バス」だ。
見込まれる利用者を鑑みての車両選定なのか、
総動員という状況下だったのか、定かではないけれども、
充てられる代行輸送を担う車両は一つ、一事業者だけではないということ。
大多喜遠征編2019冬
自動販売機に描かれている「本多忠勝」と「おたっきー」。
ともに同じ方が描かれているというのは非常に信じがたい事実。
いずれも街のプロモーションに大きく貢献している。
こうやって自動販売機を撮影させたら仕掛けた方の思うつぼ。
大多喜遠征編2019冬
上総中野駅といえば「かえるの会」の花壇を取り上げるのが恒例ながら
これもまたその名前を記したプレートを見かけなかった。
誰が植栽の維持をなさっているのか、というものよりも
その空間を維持していく人々がいらっしゃるという事実と
積み重ねに着眼するのが本質なので
プレートの有無というのは
そこまで最重要視するものではないとはいえ。
大多喜遠征編2019冬
上総中野駅のいすみ鉄道の線路には
枕木オーナーのプレートが掲出されるようになった。

未だに線路沿いに見える古びた木造の小屋は
どのように用いられているのか目にしていながら知る由もない。
吊るされているジョウロは小ぎれいなものとはいえ、
誰がどのように使っているのかさえわからないまま。
大多喜遠征編2019冬
10:20、いすみ302がやってきてこちらに乗車していく。
カッピーとエビアミーゴのヘッドマークを双方に掲げていた。

この段階では小湊鐡道が不通状態にあったので
両者の横並びはかなわないところにあった。
そういう場面もあるからこそ、
なおさらに両者が顔を合わせる光景に感慨深いものを思うのも確かで。
それに向けて尽力されている方が
不通となっている線路の先にいらっしゃったのだろう。

さりげないけれども、ホームの上屋、
再塗装がなされて小ぎれいになっていた。

つづく
posted by 小林 慶太 at 23:48| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする