2020年02月01日

二階建てトンネル

2019年12月25日、
この段階では小湊鐡道の里見駅〜上総中野駅間が不通という状況下にあり、
代行タクシーで里見駅から養老渓谷駅へと向かい、
以後、徒歩行程で辿るべきところを巡りつつ、上総中野駅を目指していく。
県道81号で老川交差点に出て、
以後、国道465号を道のりに、というルート。
先例を考えると代行タクシーやバスも同様のルートで
この2駅間を結ぶように手配して下さっていたのだと思う。
短絡路となっている線路を基準にしてこの2駅間の距離は約4.2kmあるものを
大回りしていくので所要は鉄道よりも遙かにかかるものとなっていた。
それでも代行交通で往還が確保して頂けているというのは
非常にありがたいものだ。
これを寄り道しながら徒歩で辿っていくと2時間近くかかるのだから。
市原遠征編2019
まずは小湊鐡道の朝生原踏切を渡って
市原市と大多喜町の境目にあたる養老渓谷の温泉郷へと向かっていく。
この踏切、不通区間上に位置するので
警報機や遮断機が下りることはないところにあった。
ここから築堤に延びる線路は
これといった被害に遭っているようには見えなかったけれども
それもまた視界に見える範囲だけでの話に過ぎなかった。
大多喜遠征編2019冬
アップダウンを重ねて林から切通へと延びる県道81号、
観光客を受け入れることが出来る体制にはありながらも
ところどころにはブルーシートで路肩部分を応急措置していたり
あくまでも、その体制を整えたといっても
すべからく万全とまではいえるものではなかった。
大多喜遠征編2019冬
台風15号や10月の大雨の被害というのも非常に大きいのとともに
敷設されている鉄道や道路インフラは
改良を重ねている箇所もあるとはいえ
そういった気象条件の影響を受けやすい地形のもとに置かれている。
極めて高い山があるというわけではないけれども

林から切通を抜けて坂を下ってやってきたところで
クルっと養老渓谷駅並びに朝生原踏切方面へと
県道81号を振り返った一コマ。

崖の上でカーブを描いて奥に控えている林から
こちらへと延びている道路を辿ってきてこれを撮影している。
大多喜遠征編2019冬
鶴乃家や喜代元といった温泉旅館のもとから養老川をそばに進んでいくと
市原市から大多喜町に入っていく事になり、
赤いアーチを描く出世観音こと立国寺への観音橋が見えてくる。
左にそびえ立つのは旧・岩風呂という温泉旅館だった建物。

台風以前に規模の大きな旅館は
それを満たすだけの集客を恒常的に図っていかなければ
やはり維持をしていくのは努力だけでは厳しく
いずれも営業をとりやめている。

規模の小さなところは
リピーターの方が足を運んで下さっているようで
既に紅葉のシーズンを終えた平日でありながらも
いずれも駐車場には宿泊をされていらっしゃる方の自動車が見受けられた。
そういうものも決して容易で楽観的な展望を抱けるところには
必ずしもあるものではないのだろうけれども。
大多喜遠征編2019冬
観音橋とともに養老川を撮影したところ。
源頼朝は石橋山の戦いで敗れた後、
再起を図るべく祈願をした寺院の一つである立國寺に架かる橋。
橋のたもとや河原には増水時の名残がなおも見受けられるところに。
目に見える川の流れだけからは到底及ぶものではないのは確かな事だった。
大多喜遠征編2019冬
養老温泉の源泉へとやってきた。釣り堀センターを控えている駐車場。
またそばの旅館界隈の沿道には缶ラーメンとうどんの自動販売機がある。
1個300円から450円だった。
大多喜遠征編2019冬
このまま本来なら県道81号を老川交差点へと
淡々と進んでいくところながら、
昨今、大多喜町が大々的にPRしているものがあるので
少しばかりそちらへと寄り道をしていく事に。
レストランであるラ・フランスを前にした
山林へと延びる道路が貫いているトンネルがソレだ。
お土産の絵葉書にもなっていたりする。
房総半島のトンネルはその地形もあいまって特殊なものが多い。
大多喜遠征編2019冬
俗にいう❝二階建てのトンネル❞。
正式な名前は共栄向山トンネルで、
出入り口に掲げられているトンネルの名前がそれぞれに異なっている。
大多喜遠征編2019冬
道路改良に伴って切り替えを行ったところから
今日のトンネル構造となったらしい。
旧来からず〜っと生活道路として存在していたものの
インスタグラムやツイッターの普及とともに
広く認知されるようになったこともあり
周辺案内図に取り上げられるようになったり、
このトンネルの概略や所在を示す看板が設置されるようになっている。
大多喜遠征編2019冬
こちらがもう一方の出口。
洞窟風呂で有名な温泉旅館・川の家がこのトンネルを通った先にある。
ここに掲げてある額は「共栄トンネル」の文字が入っている。
養老川に架かる橋は共栄橋。一部遊歩道は通行止めとなっていた。
道路構造の変遷を辿る上でも興味深いものがある。
先んじて掘削したトンネルの先は
既に切り替えがなされて久しく、
とても歩行者としても道路があったと思えるところにはなかった。
大多喜遠征編2019冬
県道81号に戻ってこちらも新旧の道路に分岐する中で
旧来からの道路を選んで旧・老川小学校に立ち寄りつつ、
老川交差点へと向かっていく。
道路構造は遙かに自動車往還を前提とした規格になっている新道ながら
路線バスは生活が長く営まれていた集落のある旧道を経由する。

つづく
千葉県は標高の高い山はないけれども
チバニアンのように特殊な地形を抱えていたりして
かなり奥が深い。
そういうものを克服して生活道路をつくり営んできた先人の努力は
脆弱に映るものもありながらも並大抵のものではなかったというのを
今さらながらに肌身で感じるものがある。

posted by 小林 慶太 at 23:59| 千葉 ☀| Comment(0) | 旅行編 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする